06/03/2026

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ニッケイ新聞 2009年4月9日付け ブラジル鹿児島県人会(園田昭憲会長)の第一期実習生、中村瞳さん(29、薩摩川内市)、春田沙弥佳さん(23、曽於郡大崎町)が六日に来伯した。約一年間、中村さんは邦字紙記者として、春田さんはピラール・ド・スル日本語学校で教師として実習する。中村さんは高校を卒業してから十一年間、陸上自衛隊に入隊していたという異色の経歴の持ち主。東京、宮城、北海道、滋賀、鹿児島の部隊を経て、最近は事務方の仕事を任されていた。「一線に出て体を動かしたくてうずうずしてた」という時、地域リーダーの青年育成という同実習の募集を知って惹かれたと話す。大学卒業後に一年間、小学校の英語講師をしていた春田さんは、「ずっと海外に出てみたかった」と念願だった外国での生活に引き締まった表情を見せる。日本語教師としての経験や知識はないが、子ども好きという長所を生かして「頑張ります」。二人とも、本などでしか知らない日系社会を肌で感じ、帰国後に日本でこの経験を生かしたい、と意気込んでいた。一緒に来社した園田昭憲会長は、「最低レベルの生活で甘えられない環境だけど、自由さもあって良いところを伸ばせる国。外に出て鹿児島の良さ悪さ、日本の良さも悪さも体に叩き込んでほしい」と激励した。
ニッケイ新聞 2009年4月9日付け 「抗議の意味で文協を脱会します」――。ブラジル岩手県人会(千田曠曉会長)は先月三十日付けで文協の会員の脱会届を提出、「現体制はコロニアのことを考えておらず、信頼に足りない」と痛烈に批判している。〇七年末から現在までに百十七人(十四法人)が退会しており、法人も含め、会員の文協離れは顕著となっている。一九五六年の創立以来、コロニアが支えてきた文協だが、今その在り方が問われている。 「県人会と県連は分かるが、文協との繋がりは意味がないのでは」岩手県人会は、理事会の場で若い会員からのそういった意見を受け、脱会を決めた。「実際、メリットは会場を借りるときだけ。お付き合いで年間四百九十二レアルは厳しいと判断した」という千田会長は、「経済的な問題だけではない」と続ける。「今の体制はコロニアのために働いていない。もちろん良くなれば、再入会するつもり」と次期体制に期待を掛けつつ、会員制度の在り方に一石を投じた形だ。中島エドゥアルド文協事務局長によれば、約四十の県人会が文協会員となっているが、その多くが創立時や六四年に落成した文協ビル建設のさいに入会している。いわば〃心意気〃で文協を支えてきたわけだが、そういった時代を知る県人会幹部も少なくなり、文協もあぐらをかいてはいられない状態といえるだろう。県連が毎月開く代表者会議では、「県連が会員になっているのだから、県人会は脱会してもいいのではないか」と発言があった。ある会長は、「文協に入っても何もないよ。年貢みたいなものだけど、うちはもう何年も会費を払ってないね」と笑う。現在の会員数は三月現在二千三百九十人(三百十七法人)で、〇七年末から百十七人(十四会員)が脱会している。今年二月にも日系企業が脱会を申請したが、「カテゴリーを下げることで継続をお願いした」(中島事務局長)法人会員は七つのカテゴリーがあり、九千六百レアル(A)から、四百九十二(G)となっている。先月二十八日にあった文協総会で評議員が選ばれた。従来の秋田、北海道、福岡、熊本、県連に加え、沖縄、鹿児島、長崎、宮崎、大分、宮城、愛知、鳥取、栃木の計十四団体が当選している。理事会選挙への投票権を持ち、選挙後も評議員として、文協運営に発言力を持つことは間違いない。各団体の求心力が弱くなっている現在、御三家といわれる両団体の連携も今月二十五日に発足する新執行部の一つの課題かも知れない。
ニッケイ新聞 2009年4月8日付け 「鹿児島県農業・語学研修生制度」の最後の研修生(第十期)となる宇住庵真弓さん(27、うじゅうあん、鹿児島市)が三日、一年間の研修を終えて日本に帰国した。一年間、ピラール・ド・スル日本語学校で教師を経験。「ブラジルの温かさ、人の温かさをすごく感じました。また絶対に戻って来ます」と感想を話し、充実した日々をうかがわせた。来伯前は、中国上海で一年半日本語教師と私塾の国語教師として経験を積んでいた宇住庵さん。「ここでは日本の小学校の先生みたいに国語や算数、美術など幅広く教えなくてはいけなくて、大変でした」と苦労を振り返る一方、子どもたちの一生懸命な姿に励まされ、また貴重な経験を通して自身も成長したと満足した様子を見せる。帰国後は、また日本語教師の経験を積み、「JICAボランティアなどでブラジルに戻って来たい」と語っていた。同制度はブラジル鹿児島県人会(園田昭憲会長)の創立九十周年を記念して五年限定で開始され、園田会長の援助と県、県人会の協力で計二十三人を受け入れてきた。同制度による研修生は宇住庵さんが最後となるが、昨年の創立九十五周年の際に五年間新たに実習生制度を設けることが決まっており、今年は二人の新実習生が来伯する。
ニッケイ新聞 2009年4月8日付け 在伯埼玉県人会(根本信元会長)は五日午前、聖市ビラ・マリアーナ区のSOHO源氣で定期総会を開催した。会員ら計十七人が出席し、満場一致で飯島秀昭氏を新会長に選んだ。飯島新会長は埼玉県出身で一九七九年着伯。八二年に美容店SOHO一号店を創業、約三十店舗にまで増やし、聖市有数のチェーン店に育て上げた。昨年二十五周年を盛大に祝ったのを機に引退し、四国お遍路巡りなどをして話題になった。現在も「美しくする会」などの主要メンバーだ。飯島会長は、就任の挨拶の中で、意気揚揚と「アクションなくして何も達成することはできない。新企画を考え出し、県人会を盛り上げていきたい」などと語った。「元気になる埼玉県人会」という新方針を掲げ、地球温暖化にまで気を配り、グローバリゼーションの風潮の中で埼玉県人会の活動を考えていきたいという。「さらに会員の枠を広げていきたい」と熱意も示した。根本前会長も「飯島新会長には革新的な企画をもって、県人会の未来を支えていってほしい」とエールを送った。〇八年会計では収入が四万八千七百九十三レアル、支出が三万三千百二十二レアルで、一万五千六百七十レアルを繰り越したと報告された。今年からは、会計をブラジル方式の年度末締めへ移行すると会議の中で発表した。加えて飯島会長は、「母県の県議会とつながりをもっと深め、協力していきたい」と意気込む。埼玉県所沢市で計画されている「ブラジルフェア」への協力なども行う見通しだという。定期総会の後は、会員同士歓談を楽しみながらの和やかな昼食会が催された。今回就任した飯島会長の任期は二年間。その意を汲んで、一月八日には新事務所をブリガデイロ・ルイス・アントニオ大通りに構え、着々と新体制を整えている。
ニッケイ新聞 2009年4月4日付け サンパウロ日伯援護協会(森口イナシオ会長)の進める福祉センター建設に対し三月二十七日午後、沖縄県人会の琉球芸能イベント「さんしんの日」実行委員会から千レアルの寄付が届けられた。知念直義実行委員長と島袋安雄さんが援協事務局を訪れ、三月一日に開催した同祭の収益金の一部を、同県人の具志堅茂信事務局長に手渡した。島袋さんは、「同世代の人たちが、立派な建物を作ろうと頑張っていて、ほんの一部だけど応援しなきゃと思ってね。みんなのために(頑張ってくれて)ありがとう」と述べた。具志堅事務局長は、突然の寄付に感謝を表しながら、「外見だけが立派でもしょうがない。ちゃんとした魂入れられるように頑張らなくてはいけないですね」と表情を引き締めていた。
「京都ブラジル友好の森」創生植樹が先月上旬、日本の派遣団によりパラー州サンタバーバラ市であった。昨年初めて府知事の来伯に漕ぎ着けたブラジル京都会も着々と日伯友好の絆を深めていたが、「こんなことがあったなんて知らなかった」と杉山エレーナ元会長。 主催は日本のNGO。府、京都市、京都ブラジル文化協会も後援しているのに「連絡が来ないなんて、悲しいやら情けないやら」とため
ニッケイ新聞 2009年4月4日付け 江戸時代から続く徳島県の伝統芸能「阿波人形浄瑠璃」が五月に初来伯し、徳島県人会館、憩の園、サントス厚生ホームの三カ所で公演を行なう。公演を行なうのは、同県内の人形座の一つ「平成座」(藤本友幸座長)。県人会の原田昇会長が昨年十月に訪日した際に藤本座長を招待したことから話が進み、同座の創立二十周年を記念して、「日系の年配の方、ブラジルの人たちに見てほしい」と来伯が決まったという。十六世紀末に淡路で始まったとされる人形浄瑠璃。阿波人形浄瑠璃は義太夫節の浄瑠璃と太棹の三味線、三人遣いの人形の三者によって演じられる人形芝居で、一九九九年に国の重要無形民俗文化財指定を受けている。徳島県では阿波藩主蜂須賀家の庇護の下で発展。領内各地に常設の農村舞台が作られ、民衆の娯楽として親しまれてきた。屋外での公演が多かったことから文楽の人形などより頭が大きく、目や鼻がはっきりと彫られた大ぶりの人形が用いられる。来伯するのは同座の十人ほか、来伯公演実現に尽力した徳島ブラジル友好協会(林啓介会長)から尾形光俊副会長など十人。公演では、主家のお家騒動を絡めながら母と娘の情愛を描く「傾城阿波の鳴門 順礼歌の段」を披露。開始前に日ポ両語であらすじの説明も行なう。当日は阿波踊りの共演もある。公演日程は、五月三日午後三時から徳島県人会館(ツクルビー区Dr.アントニオ・マリア・ラエト街275)。入場無料。訪問団はさらに、一日に憩の園、ニ日にサントス厚生ホーム(いずれも午後三時を予定)でも公演を行なう。案内に訪れた原田会長は、「伝統ある人形浄瑠璃の舞台、人形の動きを見てほしい。できるだけいろいろな人に来てもらえたら」と期待を表わした。
ニッケイ新聞 2009年4月3日付け 山形県の鶴岡東高校サッカー部から選手、コーチなど十八人が三月二十四日からブラジルを訪れた。三十一日までの日程で、練習や地元チームとの親善試合などを経験。二十九日には聖市の山形県人会館で会主催の歓迎昼食会が開かれ、親睦を深めた。同校のブラジル遠征は昨年七月、鶴岡市で開かれたサッカー交流祭にブラジルからニッポン・カントリークラブが参加した際に、訪日団長の国井精さんが提案。同校で〇二~〇三、〇五年にコーチを務めたファビオ・カシオ・ゴンザガさんがアチバイアに住んでいることもあって実現した。正午前から開かれた昼食会には、県人会から鶴岡市出身の会員など二十人あまりが出席した。斉藤広副会長は、「ブラジルで学ぶことを、サッカー以外でも、これからの人生に生かしてほしい」と激励。受け入れに関わった国井さんもあいさつし、歓迎会の開催に謝意を表わした。「サッカーをやるものとして、一度は子供たちをブラジルに連れてきたかった」。あいさつした渡會健史・同校監督は訪問を喜ぶとともに、「地球の反対側に住む日本人、山形の人たちの歴史や苦労を子供たちに学んでほしい」と語った。その後は選手たちと県人会関係者がそれぞれ自己紹介し、昼食へ。会員が野菜などを持ち寄り、同会婦人部(斉藤佳子部長)会員が朝から準備した手料理だ。テーブルをはさんで向かい合い、料理を食べながら午後一時まで話ははずんだ。現在はサンジョゼ・ドス・カンポスのコーチを務めるファビオさんは、「子供たちにサッカーを教え、自分も日本の文化をたくさん学ぶことができてよかった」と当時を振り返る。一行は着伯後、アチバイアでの練習のほか、ニッポン・カントリーや、サンカエターノ、サンパウロなどのユースチームなどと親善試合を行なった。そのほか、サンパウロ対パルメイラスの試合観戦やセアザ見学なども経験した。「これまでたくさんのチームを迎えたが、今回ほど行儀の良い子はなかった。先生方のおかげです」と国井さん。遠征チームキャプテンの丸山準矢さん(17)は、「ブラジルの選手は上手いし、体が強い」と試合を振り返り、また「皆いろいろなことを話してくれて、やさしい人ばかりでした」と満足した様子。渡會監督は「今回試合したプロ下部チームの選手たちのような熱意と強い気持ちを持って戦えるチームになってほしい。試合には負けているけど勉強になりますよ」と話していた。全員で記念撮影後、一人一人と握手を交わし、一行は次の試合会場へと出発した。
ニッケイ新聞 2009年4月3日付け NGO団体「青葉健康生活協会」(中沢宏一会長)が主催する青葉福祉祭りが四日、通常の青葉祭りが十八~十九日にそれぞれ午前七時から午後五時まで、リベルダーデの宮城県人会館(ファグンデス街152)で開催される。同県人会の鈴木運蔵副会長、サンパウロ日伯援護協会の坂和三郎副会長、川守田一省広報渉外室長が来社して来場を呼びかけた。四日の福祉祭りでは、援協創立五十周年事業である福祉センター建設募金活動の一環として、同福祉部が中心になって、食堂の運営と餅つきを行う。坂和副会長は「金額の多寡に関わらず、ご協力をお願いします」と寄付を呼びかけ、当時の来場を促した。朝九時ごろから行われる餅つきでは三十キロが搗かれる予定で、白餅販売のほか、屋上でお雑煮、お汁粉として販売もされる。なお、午前十一時から開始される屋上食堂では、同福祉部が昼食と生ビール、おつまみを用意する。通常の青葉祭りと同じく、地下では農協婦人部連合会による有機野菜や手作りお惣菜など、自然食品の販売、マッサージなども行われる。なお、十八日からの通常の青葉祭りでは、地下はいつも通り、午前十一時から屋上食堂で秋刀魚定食、イカポッポ焼き、ソースイカ焼きそばほか、郷土料理のずんだ餅、はらこ飯などが出される。
鳥取県人会は恒例のヤキソバ祭りを五日正午から、同県人会館(聖市サウデ区ドナ・セザリア・ファグンデス街三二三番)で開催する。 ヤキソバの他、美味しい餃子なども販売される。また、同県人会館で開いている趣味の各講習会の発表会と〇八年度県費留学・研修生帰国報告会、〇九年度留学・研修生の紹介も行われる。三十日、 案内に来社した本橋幹久会長、末長ゆみこ、長尾みつよ婦人部役員は「多くの人の来場を」と呼びかけている。
岩手県代表の花巻東高校が、甲子園のセンバツ高校野球大会準々決勝で南陽工に競り勝ちベスト4に進出。 同高の予想外の健闘に岩手県人会も「もしかすると優勝も」と大騒ぎ、ここまでくれば後二試合勝ってくれと千田会長名で花巻市に準決勝進出の祝電と激励の電報を発した。 役員が酒豪揃いだけに「今日も勝った今日も勝った」と連日の祝宴、もし優勝ともなると来る者拒ばわぬの祝勝会は必至。左党の中に「花巻頑張れ」のにわかファン急増中。
岩手県人会館で人気の無料図書貸し出しコーナー「ふるさと図書」の蔵書が一万五千冊を突破したそうだ。 知名度の高まりとともに来訪も増え、今では月の来場者のべ二百五十人。さらに寄贈も続き、十二月、一月と毎月百冊以上、二月では、五日までだけで九十冊近い寄贈があるほどだ。 近隣だけでなく、聖州奥地やミナス、ブラジリア、さらにはナタールから訪れる人もいるとか。
徳島県の伝統芸能である「阿波人形浄瑠璃・平成座」公演が、五月三日午後三時から聖市ツクルビー区の徳島県人会館(ドトール・アントニオ・マリア・ラエト街二七五番、地下鉄ツクルビー駅前)で開催される。阿波人形浄瑠璃のブラジルでの公演は今回が初めて。人形操作を行なう平成座の創立二十周年記念も兼ね、本公演以外に憩の園、サントス厚生ホームでの慰問公演も行なわれる。徳島県人会(原田昇会長)では多数の来場を呼びかけている。入場無料。 資料によると阿波人形浄瑠璃芝居は、「義太夫節の浄瑠璃」「太棹(ふとさお)の三味線」「三人遣いの人形」の三者によって演じられ、一九九九年に重要無形民俗文化財に指定されている。 徳島では屋外での公演が多かったことから、文楽の人形よりも大きく、目鼻がはっきりと彫られた大振りの人形を使うのが特徴。十八世紀に活躍した浄瑠璃作家・近松半二の傑作「傾城阿波の鳴門」が有名だ。 昨年五月に創立五十周年を迎え、母県関係者から阿波踊りの指導をしてもらったという徳島県人会では、原田会長が昨年十月に訪日した際、平成座関係者と会い、「ぜひブラジルで公演していただきたい」と陳情。徳島ブラジル友好協会の尾形光俊副会長の力添えもあり、ブラジル初公演が実現した。 今回、平成座十人のスタッフとともに、徳島ブラジル友好協会関係者約十人の計約二十人が五月一日から同四日まで来聖する。 五月三日の本公演以外に、五月一日と五月二日(いずれも午後三時から)にはそれぞれ救済会・憩の園、援協のサントス厚生ホームを慰問。「お年寄りの皆さんにぜひ、日本の伝統芸能を見てほしい」との徳島県人会の気持ちから、人形浄瑠璃を披露するという。 三月二十六日、案内に来社した原田会長は、「五月三日は公演の前に人形の操作の仕方や物語の説明を日ポ両語で行ないます。人形は目も動くなど表情が豊かで、なかなか日本でも見られない伝統芸能です。公演後には、レプレーザ連による阿波踊りの共演もあります。入場無料ですので、ぜひご来場ください」と呼びかけている。
ニッケイ新聞 2009年4月2日付け 鳥取県人会のやきそば会が五日正午から鳥取交流センター(セザリア・ファグンデス街323)で開かれる。婦人部の長尾ジェニさん、末永由美子さんが案内に訪れた。「今年は三百食用意します」と二人は張り切る。婦人部やボランティアの人たちが当日朝から準備、野菜も「新鮮なものを」とその日に切るという。値段は十四レアル。「材料を吟味して心を込めたやきそばです」と来場を呼びかけた。当日は餃子やデザートも販売。文化講座の発表や昨年の県費留学・研修生の報告会も行われる。
琉球民謡保存会ブラジル支部(仲村善正支部長)、大会実行委員会(大城文正委員長)は五日午後二時から、沖縄県人会会館(聖市リベルダーデ区トマース・デ・リマ街七二番)で第十五回琉球民謡大会を行う。 これには六歳の幼児から、八十五歳の高齢者まで九十人余りののど自慢が出場して、新人、優秀、最高、グランプリの四部門に分れて、自慢ののどで一位入賞に挑戦する。 今回から「ちびっこ部門」が新設されたので、興味はさらに増した。 また、幕間には各琉球舞踊道場の師匠や高弟たちの協賛出演で独唱や琉球舞踊で舞台に華やかな彩りを添えてくれる。 仲村支部長、大城大会委員長、座嘉比昇会計が案内に来社、「新設されたちびっこから八十代の高齢者まで新人、最高、優秀、グランプリなど伝統の琉球民謡の粋をそれぞれ披露して入賞を争う。琉舞道場の出演で志芸の民謡、琉舞もあり、家族揃って御出掛けの上、ご声援下さい」と多数の来場を呼びかけていた。
昨年九月に来伯した京都府知事から「交流のシンボルに」と京都会に贈られた雪割桜の苗木六本。今まで検討していた植樹場所がようやく見つかった。 聖市ピニェイロス区プラッサ・ヴィクトル・チビタ(Praca Victor Civita, Rua Sumidouro,580)で七日午前十時から、植樹式が行われることに。まだ地に根を下ろしてなかった母県と同会のシンボルも、やっと根を張ってゆける状態になった。 引退前の杉山エレーナ会長も安心顔。
ニッケイ新聞 2009年4月1日付け アマゾン入植八十周年の開始イベントとして、三月十四日午後八時からパラー州都ベレンの州立コンベンションセンターで「ミス日系パンアマゾニア」コンテストが盛大に行われ、米沢カミラさん(21、国立パラー大学医学部三年生)の上に、記念すべき栄冠が輝いた。出場者は十五人、トメ・アスーやカスタニャール、ベレンなどから選り抜かれた日系美女ばかり。一千人以上の観客や応援団の前で、着物、水着などの審査を行った。百周年の昨年に引き続き、第二回の今年も、優勝者は聖市で行われる全伯大会に出場できる。作年同様、日系タレントのケンジさんが司会を務め、賑やかに進行した。主催した汎アマゾニア日伯協会(生田勇治会長)の堤剛太事務局長はニッケイ新聞の電話取材に答え、「応援団がすごくて、かなり盛り上がりました」という。優勝の米沢さん以下、一位はカレン・鎌田・バレットさん(19歳、短大観光科卒業)、二位はサンドラ・かすみ・久島さん(17歳、予備校生)、ミス・シンパチアはカリーナ・高本さん(24歳・言語聴覚士)だった。コンテストの後には、パラー州出身の全伯で人気の高いバンダ・カリプソのショーが行われた。堤事務局長によれば、「中心の歌手が、用意したミニ着物を着て歌ってくれました。えらい気に入ってくれたみたいで、九月の八十周年式典にもぜひ呼んでくれ、といってくれました」と喜ぶ。八十周年は景気よく始まった。次は五月中旬に聖市の文協で行われるアマゾン写真展、生田会長の講演会が予定されている。
ニッケイ新聞 2009年4月1日付け ブラジル京都会は三月二十九日午前十時過ぎからリベルダーデのレストランで定期総会を開催し、二十人余りが出席した。前身の京都クラブ時代から舵取りをしてきた杉山エレーナさんが「会長は任期四年が最長」という会の定款に沿って勇退し、中野義雄さん(74)が新会長に就任した。先亡者への黙祷後、杉山会長は、昨年知事を迎えて開催した京都文化産業フェアや同会創立五十五周年記念式典の後も、聖州議会副議長が京都府庁を訪問するなど、母県との交流が続いていることを喜び、「人と人との温かい交流が続いていくよう、今後も出来る限り手伝いさせていただきたい」と勇退後も会を支えていくことを表明し、拍手が贈られた。西東一彦監査の進行で二〇〇八年度の事業報告が拍手で承認され、続いて会計報告へ。昨年度の日本祭の売上金と寄付金を柱とした収入は計四万九千レ。支出はほぼ同額で、残金は約二百レとなったことが拍手で承認された。杉山会長から、会員でジャクト創業者の西村俊治さんが今年から寄付を見合わせる意向であることが説明されると、出席者から「赤字経営にならないように」と懸念の声も上がった。今年度は、日本祭への参加や、中野新会長を中心にした文化教室の開講、七月に京都府からピアニストの宮下和夫さんを迎えることなどが確認された。役員改選では、前もって新役員らの名前が会場に張られていたものの、少ない会員の中からの選出のため最後まで埋まらず、ようやく決定。杉山会長の推薦で次期会長に大抜擢されたのは、「本格的に同会員になったのはたった三年ほど」という中野さん。一九六六年に来伯、建築設計士として計二十五年は「インドやカンボジア、ラオスなどでデカセギをしていた」という異色の経歴の持ち主で、現在は歌謡バンドでベースなどを担当している。「どのくらいのことができるか分からないが、アイディアはたくさんある。皆さんの力が必要なのでどうぞよろしく」と協力を呼びかけた。第一副会長に就任した県費留学生OBの花山みどりエリアナさんは、「会長と一緒になっていろいろやりたい」と抱負を話していた。総会終了後は昼食会に移り、和気藹々とした雰囲気の中歓談を楽しんだ。勇退する杉山会長は二〇〇四年に、それまで五十二年の歴史を持ちつつも法人化されていなかった京都クラブを法人化、県連にも加盟したほか、昨年の創立五十五周年式典で初めて母県から府知事を迎えるなど、大きな業績を残した。ニッケイ新聞の取材に対し、「みんなを集めることが一番大変でした」と苦労を振り返りながら、「四年間やり終えてホッとしています」と笑顔を見せていた。新役員は以下の通り。(敬称略)【会長】中野義雄。【副会長】第一=花山みどりエリアナ、第二=吉岡良男パトリッシオ。【書記】第一=三宅エリオ、第二=新井直人レオ。【会計】第一=吉岡みどりクリスチーナ、第二=計良パウリーナ。
ニッケイ新聞 2009年4月1日付け 琉球民謡保存会ブラジル支部(仲村善正支部長)は五日午後二時から沖縄県人会サロン(トマス・デ・リマ街72)で「第十五回琉球民謡大会」を開催する。新人、優秀、最高、グランプリの各部門のほか、今年から十一歳以下のチビッコ部門も設置。計九十人の愛好者が沖縄の着物に身を包み、日頃の成果を発表する。また、同大会でベテラン五人が沖縄の本部から免許を授与され、一人ずつ独唱する予定。プログラムの合間には沖縄舞踊も披露され、様々楽しめそうだ。今年で創立十五周年を迎える同会では、六月七日、沖縄から五人の師を迎えて記念祭典を開催する予定。今から練習に気合が入っているという。案内のために来社した仲村支部長、大城文正大会実行委員長、座嘉比昇会計は、「年々レベルも向上しています。皆さんお誘い合わせのうえ聞きに来てください」と呼びかけている。入場無料。問い合わせは仲村支部長(11・4991・6761)まで。
沖縄県人会(与儀昭雄会長)と玉城流扇寿会・斉藤悟琉舞道場共催の琉球芸能公演「絆~心を結ぶ踊り」(呉屋春美実行委員長)が、二十二日午後四時から聖市リベルダーデ区の文協記念講堂で開催され、会場は立ち見客も出るなど超満員となる約千三百人が詰めかけた。 熱気を帯びた公演は三時間半にもおよび、伝統の琉舞を継承しつつも、友情出演団体の協力を得て、異なる文化を結束させた舞台となった。  公演は二部構成。第一部のオープニングでは、舞台上にスモーク(霧)が立ち上る幻想的な雰囲気の中、同琉舞道場主宰の斉藤氏が女形的な妖艶な個人舞踊を披露。観客の心をつかんだ。 公演は、一転して勇壮なエイサー太鼓(レキオス芸能同好会)や、華麗な衣装が目を引く「四つ竹」など琉球王朝時代の伝統舞踊「唐の世」から始まり、明治以降の廃藩置県による日本から新しい文化が導入された「大和の世」へと続いた。 さらに、一九四五年の沖縄戦後、アメリカの統治下として再出発した「アメリカ世」、七二年の日本復帰後の沖縄をイメージした「ウチナー世」の四つの時代で表現された。 二部では、友情出演の「花柳寿美富浩」一門、昨年四月から一年間にわたって滞伯した歌手・具志恵さん、大嶺初枝琉舞道場や琉球民謡保存会教師の米須正氏らが舞台をつとめた。 特に後半は、琉舞と北海道の「ソーラン節」、エイサー太鼓とアラブ舞踊の「ベリー・ダンス」、黒人音楽の「ラップ」と琉舞など異なった文化を融合したエネルギー溢れる舞台に、観客の目は釘付けとなっていた。 演目の締めくくりは、参加者全員による「絆」。これまでの稽古の集大成を、心を一つにして表現した。 舞台監督から出演まで八面六臂(はちめんろっぴ)の活動をこなした斉藤氏は最後に花束を受け取り、「今日はありがとうございました」と感極まりながら関係者への感謝を示した。 聖市ジャバクアラに住み、この日は開演一時間前の午後三時から会場入りしたという花城エルザさん(七二、二世)は「悟のことは小さい時から知っています。その頃から『天才』と言われてきたけれど、本当に立派な舞台で感動しました」と感無量の様子。 沖縄県人会元理事の国吉次郎氏(八四)は、「ブラジルでこういう立派な芸能祭ができたことは、沖縄県人の発展に大きな影響を与えると思う」と話し、充実した表情を見せていた。