Centro Cultural Hiroshima do Brasil – 22/09/2016 Tradicionalmente, os associados das províncias de Hiroshima, Okayama, Shimane, Tottori...
Blogs
去る9月18日、当県人会に於いて午後2時から開拓先没者のため、追悼供養が開催された。今から100年前の1916年、和歌山県人ブラジル移民制度が始まった。忘れ難き開拓先没者のご苦労を念じて追悼供養が行われた。儀式は浄土宗日伯寺別院のペドロ・イナバ僧侶が挙行した。 注目されるご来賓の皆さまのなかで和歌山大学の長友文子先生がその一人で、それからサントス市・市会議員の中井サダオ氏の参加であった。彼は和歌山県人初代の移住者中井繁二郎の孫である。中井繁二郎は漁業の成功者であり当県人会の会員でもあった。サントス日本人会の会長もした。約80人近い会員と共に開拓先没者のご家族、ご親戚と一緒にこのひと時を過ごした。
Foi realizado no dia 18 de setembro, a partir das 14:00h o Culto Religioso em memória dos...
ニッケイ新聞 2016年9月17日 ブラジル日本都道府県人会連合会(山田康夫会長)の8月度代表者会議が、先月25日に文協ビル内の県連会議室で行なわれた。次回の日本祭りについて予算を発表したほか、創立50周年式典やリオ訪問ツアーについて報告がなされた。 県連創立50周年式典を8月7日に終えた県連。山田会長は「式は無事に閉幕」と安堵しつつ、「全県からの参加は叶わなかった。横のつながりも強化しよう」と促した。 リオ五輪に合わせ開設された「トーキョー2020ジャパンハウス」を訪問するため、同月19日には日帰りリオツアーを行なった。開催日からわずか2週間前に企画した行事だったが、43人の参加者があったことが報告された。 来年の日本祭りの予算についても発表があった。支出は358万9千レ、収入は345万6千レと算出しており、13万3千レの赤字を見込む。なお7月に終えた第19回の詳細収支は、9月度の会議で発表される予定。 会議冒頭、第8回日本祭りでの裁判問題についても報告があった。5月の会合で和解することが明らかになったが、林アンドレ弁護士(元愛知県人会長)によれば「相手側はまだ争う姿勢」といい、最終決着はまだ先となる見方が強まった。
兵庫県の荒木一聡(かずあき)副知事をはじめとする兵庫県庁一行3人が、パラグアイの首都アスンシオンでの日本人移住80周年記念式典に出席した後の10日に来聖し、ブラジル兵庫県人会(松下マルリ会長)役員らと同日午後7時からサンパウロ市リベルダーデ区のニッケイパレスホテル地下レストランで交流した。 10日、兵庫県ブラジル事務所の彌城(やしろ)正嗣所長の案内で荒木副知事、国際交流課の石田勝則課長、同課の大谷健太朗主査が来聖した。 今回が初来伯だという荒木副知事は、「せっかくの機会なのでサンパウロの兵庫県人会の皆さんとも交流したい」と来聖した目的を語った。また、昨年8月のブラジル兵庫県人会創立55周年の際に出席していたパラグアイ兵庫県人会の岸田省一会長から「来年(2016年)の移住80周年にはぜひ、来ていただきたい」との依頼を受け、井戸敏三知事の代理として今回、荒木副知事がパラグアイも初訪問したという。 荒木副知事は初来伯の印象について、「南米に渡った日本人と日系人の方々のご苦労を改めて感じ、そのご努力がこの大地で認められ日本に対する評価につながっている」と述べたほか、日系社会の世代が移り変わる中で「今後もフェイス・ツー・フェイス(直接会うこと)」の関係で南米との交流を行い、「兵庫県として、できることを協力していきたい」と意気込みを語った。 今回の来伯では、11日にパラナ州クリチバ市で兵庫県経済観光セミナーも開催し、パラナ州側から環境関連の訪日研修などの希望があったようだ。 10日の兵庫県人会との交流会には、県人役員など会員11人が出席。松下会長はあいさつでブラジルが今年、リオ五輪やパラリンピックで世界からの注目を集める中で、自身が会長になった理由として県人会の中でいかに若い人たちを集めるかを模索していると言い、その目的の一つとして母県での留学生・研修生制度の継続を陳情した。 県人会員、県庁側の自己紹介の後、尾西貞夫顧問が乾杯の音頭を取り、出席した県人会員たちは荒木副知事一行との懇談を楽しんだ。 サンパウロ新聞 2016年9月16日付
9月13日の朝、長友文子先生と野田日向先生がサンパウロ空港へ到着した。両先生とも和歌山大学の教師である。お二人は和歌山大学と南マット・グロッソ州国立総合大 学の協定を目指し、最終の根回しにお出でになった。協定の締結後、南マ州の大学生は和歌山大学で大学院、それとも現存の大学専門を学べることができる。また、逆に和歌山からの大学生も同じく南マ州総合大学で勉強は可能。 野田先生はリオでお生まれになったブラジル人。10歳でアメリカへ行って10年間勉強した。それから日本へ移って日本人女性と結婚した。帰化もした。名前も野田日向と替えた。現在、和歌山大学の教師である。
Na manhã do dia 13 de setembro chegaram a São Paulo os professores AYAKO NAGATOMO E HYUGA...
ニッケイ新聞 2016年9月14日 福島県の会津塩川ライオンズクラブから、特大のこいのぼり一式が福祉施設「こどものその」に届いた。毎年4、5月にかけて飾っていたものが老朽化し、暴風によって穴が開くなど破損したため代えがなく困っていたという。全部で7点、大きいものは約4メートルのものが寄贈された。 着任2年目を迎えるJICAシニアボランティアの松下幸子さん(67、島根)が、かつての隊員仲間で福島県喜多方市役所マーケティング課長だった武藤啓一さんに相談したことがきっかけ。松下さんは2度目の任務で、初めての派遣が武藤さんと同期だった。 武藤さんは福島県人会と協力し、日本酒や喜多方ラーメンの普及に励んでいる。当地の事情にも明るく、日本側で寄贈する団体を探したという。松下さんは「7月に相談したばかり。すぐに目新しいものがきて、大変ありがたかった」と感謝した。 先月末に届けられたこいのぼりは早速、試しに園内で飾られた。巨大な7匹のこいのぼりが空を泳ぎ、園生らも歓声を上げて喜んだ。
ブラジル日本語センター(立花敏春アルマンド理事長)とブラジル日本都道府県人会連合会(山田康夫会長)は、「第37回サンパウロスピーチコンテスト・第10回弁論大会」を25日午後1時からサンパウロ市ビラ・マリアーナ区のブラジル栃木県人会(Rua Capitão Cavalcante, 56)で開催する。案内に松村滋樹実行委員、県連の高野ジョージ副会長、ブラジル日本語センターの佐々木佳子理事、サウーデ文協の後藤久珠子氏が来社した。 今年は、日本語を学ぶ14歳~40歳の日系人、非日系人らが参加し、日ごろの勉強の成果を披露する。 注意点として、同センターの佐々木理事は「今年は会場が栃木県人会に変わったので間違えないように」と呼び掛けた。 問い合わせは、ブラジル日本語センター(電話11・5579・6513)まで。 サンパウロ新聞 2016年9月13日付
日本人のパラグアイ移住80周年記念式典への参加に先立ち、長崎県県議会の山本由夫議員ほか同県国際課職員と議会職員ら計4人の慶祝団が長崎県人会(川添博会長)との交流のため、6日、ブラジルを訪問した。 慶祝団は同日早朝ブラジルに到着。日中は川添会長の案内でサンパウロ(聖)市イビラプエラ公園内の日本移民開拓先亡者慰霊碑や移民史料館、中央市場などを見学した。 同日午後7時からは聖市イピランガ区のレストランに同県人会員ら21人が集まり、慶祝団との交流会が行われた。開会に先立ち川添会長は「パラグアイでの式典前に県人会と交流したいとブラジルへ寄って下さった。慶祝団の皆様から懐かしい長崎の話を聞かせてもらい、またこちらの話も聞いていただいて、今後の交流が活発になれば」とあいさつした。 同県人会の貞方賢彦顧問に続いて山本議員があいさつし、同県人会が毎年原爆慰霊祭を行っていることに感謝した。また、先月行われたリオオリンピックで体操の内村航平選手ら同県出身者が活躍し、ブラジルを身近に感じたと話した。 その後、同県人会青年部から慶祝団へ記念品が贈呈され、慶祝団からは同県島原市の山口屋染物店てんげ堂の手拭いとカステラが出席した会員らに配られた。 記念品交換後は山本議員の音頭で乾杯。慶祝団と会員らは交流を楽しんだ。 4時間かけてリベイロン・プレットからやって来た大河政義さん(70、長崎)は「山本議員は島原市在住で私の従兄弟も同市に住んでいる。話を聞くと、県内はどこも過疎化が進んでいるようだ。慶祝団の皆さんとはざっくばらんに長崎について話せて良かった」と喜んだ。 山本議員は「ブラジルは親日家が多く、人が温かい。2世、3世の世代になると長崎とのつながりが薄くなるので、もっと交流を深めていかなければならないと感じた」と初来伯の感想を話した。 会は同9時半に閉会となり、慶祝団は翌7日にパラグアイへ移動した。 サンパウロ新聞 2016年9月13日付
各方面のカープファンが称賛 プロ野球の広島東洋カープが10日の巨人戦(東京ドーム)で6―4と勝利し、25年ぶり7回目のリーグ優勝を果たした。地元広島県内などではカープファンたちが四半世紀ぶりの優勝の喜びに沸いたようだが、ブラジル日系社会でも広島県人会(平崎靖之会長)を中心に歓喜の声が広まっており、同県人会では16日に祝勝会を開く予定だという。本紙では広島県出身の各方面の声を拾ってみた。 広島県人会の平崎会長は少年時代からのカープファン。12歳の頃にサンパウロ市リベルダーデ区で野球を始め、チーム名を「カルパ(ポルトガル語でカープという意味)」と名づけたほど。新聞で試合結果を毎日確認していたと話し、優勝決定戦はテレビの前で応援した。「1、2、3番の選手は特に素晴らしかった」と選手の活躍を称賛した。 25年前の6回目のリーグ優勝時は、県人会あげて祝勝会を行ったと回想するのは同県人会の村上佳和副会長。「あの頃の県人会は戦前移民の1世理事が多く、元気があった。25人ほどの会員が集まってお祝いをした」と当時を懐かしんだ。「広島はカープ(鯉)だけに毎シーズン初めの『鯉のぼり』の頃は調子が良く、鯉のぼりが下りる頃になると成績が下がる。前田健太投手が抜けてどうなるかと思ったが、黒田(博樹)投手が戻ってきて、投げて良し、打って良しのチームワークで突っ走った」と今季を振り返った。 広島県江田島市出身の梅田邦夫在ブラジル日本国大使は、「25年ぶりの優勝とは信じられないが、ものすごく嬉しい」と率直な感想を語る。また、10日の優勝を決めた巨人戦で先発ピッチャーとして好投し、ドジャースやヤンキースなど大リーグでの経験を踏まえて2014年12月に古巣の広島に戻ってきた黒田博樹投手と、同時期に阪神から戻ってきた新井貴浩選手の2人のベテランが若手を引っ張ったことに触れ、「2人に感謝したい」と本紙の電話取材に答え、喜びを表した。 広島県出身である在サンパウロ日本国総領事館の中前隆博総領事も「ヘルメットが現在の赤色に変わる前から」の筋金入りのカープファンだという。優勝決定戦で勝利がほぼ決まったにも関わらず、浮かれることなく試合を真剣に見つめる選手が印象的だったと話し、「一ファンとして純粋に嬉しく思う」と25年ぶりの優勝を噛みしめた。 ブラジル被爆者平和協会会長で、広島カープが1950年に創設された時からのファンだという森田隆さん(92)は、「どこに住んでいても私はカープファン。(10日の)巨人を相手に勝って優勝したことに感銘を受けました。広島県人として本当に嬉しい」と満面の笑みを見せる。 1996年から2004年まで同球団に在籍していた玉木エンリケ重雄さん(45)は「チームの一員として優勝を目指して9年間プレーをしたが、当時は達成できなかった。その時、一緒にプレーした選手はチームにはまだおり、そういう意味でも元選手としてまた一ファンとして、とても嬉しい」と喜んだ。同球団には日系2世の仲尾次オスカル投手(25)も在籍しており、「1年目での優勝は幸運なこと。これからも頑張ってもらいたい」と後輩にエールを送った。 同県人会では16日に祝勝会を予定しているが、時間や場所などは未定。 サンパウロ新聞 2016年9月13日付
ニッケイ新聞 2016年9月13日 ブラジル沖縄県人会(島袋栄喜会長)は、前身である球陽協会創立から90年の節目を迎え、『写真展』『琉球芸能の夕べ』公演と『記念祝典』を盛大に敢行した。母県からは県議会及び各市町村からの慶祝団55人ほか、隣国の沖縄県人会からも駆けつけた。県系の若者が見事な伝統芸能の舞いを見せ、190万日系人口の約1割を占める「マンモス県人」の力を内外に示した。 母県慶祝団は2日、聖州議会記念ホールで開催された『写真展』を訪れた。第1回移民船・笠戸丸から奥地開拓に至る先人の足跡。球陽協会創立から沖縄戦災救援運動、現在までの歩みが写真パネルで紹介された。 西本エリオ州議が出迎え、フェルナンド・カペス州議会議長は貴賓室で慶祝団を大歓迎した。「真面目で勤勉な日本移民は多大な貢献をしてくれた。感謝と敬意の念を持っている。聖州議会を沖縄の議会と思ってください」と温かく迎えた。 柔道代表選手の知花チャールズの活躍に話が及び、柔道に造詣の深いフェルナンド議長との会話が盛り上がった。「20年の東京五輪で沖縄発祥の空手が正式種目に認定されたことから、県に空手会館建設が予定されている」と沖縄県庁の照喜名一統括監が紹介すると、「メダル獲得が益々期待できますね」と歓談を楽しんだ。 ウチナーンチュ文化を伯国社会に堂々と発信したい―。そんな思いからサラ・サンパウロで3日に開催された『琉球芸能の夕べ』。琉球王朝時代の古典から現代芸能まで、総勢96人の出演者による優美な琉球芸能で1200人以上の来場者を魅了した。 「かぎやで風節」でしめやかに始まり、途中二人がかりで担がれた大蛇と獅子の迫力ある決闘のシーンや若手の圧巻の太鼓では観客席から大喝采が巻き起こった。最後は会場が一体となってカチャーシーを踊り、お祝いムード一色となった。 プロデューサー役を任された琉球舞踊玉城流扇寿会の斉藤悟さんは公演を終えると涙を浮かべ、「こんな立派な舞台で沢山の方に見に来て頂いて感無量。無事終えることができ、協力してくれた皆さんに感謝したい」と肩をなでおろした。西本エリオ州議の尽力で同会場の使用が特別に許可され、「様々な流派の垣根を越えて凝縮した内容にするのは大変だった」と振り返った。 沖縄県生まれの呉屋春美文協会長は「ウチナーンチュとして誇りに思います」と笑みを浮かべた。新里米吉沖縄県議長も「レベルが非常に高く大成功ではないか。非常に頼もしい」と印象を語り、伯人観客も見えるなか層の厚さを感じさせるものとなった。 ジアデマ市沖縄文化センターで4日に開催された記念祝典では500人以上が出席し、創立90周年を盛大に迎えた。挨拶に立った島袋会長は、「『ゆいまーる(助け合い)』と『いちゃりばちょーでー(出会ったら皆兄弟)』の精神を発揮し、今日の県人会の基礎を築いてくれた」と先駆者を顕彰し、「後継者育成、ウチナーンチュ世界ネットワークの構築、伯国社会への普及と統合に全力を尽くしたい」との意気込みを表明した。 沖縄県庁の照喜名一統括監は、「第5回世界のウチナーンチュ大会で1200人の伯国日系人が参加し、国際通りをパレードしたのを今でも忘れられない」と振り返り、翁長知事の祝辞を代読した。新里米吉議長は「伯国では五輪開催など著しい発展を見せるなか、各界で沖縄県系人が活躍され、誠に心強く大きな誇りでもある」と賞賛し、今年10月に開催されるウチナーンチュ大会への参加を呼びかけ、更なる友好関係の発展を期待した。 会場で運営を支えた沖縄県留学生研修会OB会「うりずん」会長の松本カリナ・サトさん(27、三世)は、12歳で琉球国祭り太鼓を始め、13年に一年間の留学を経験した。「基地問題が身近な問題であることを切に感じた。年長者への敬意も凄く強く感じた」と語り、「今後は私たちの活動により、もっと活性化させていければ」と目を輝かせた。 深甚なる敬意と活躍への期待=沖縄県知事 翁長雄志 ブラジル沖縄県人会創立90周年記念式典が盛大に開催されますことを心からお祝い申し上げます。貴県人会の起源は1926年、移民に関する様々な制度を改善する目的で設立された球陽協会にあります。先人達は様々な困難を乗り越え、今日の礎を築かれました。このことは歴代会長をはじめとする皆様の並々ならぬ努力の賜であり、深甚なる敬意を表します。 そして、進取の気性に富んだ勤勉さと助け合いの精神を受け継いだ皆様が、先人達の築いた生活基盤を守り、発展させ、ブラジル連邦共和国の良き市民として様々な分野で活躍されていることは、沖縄県民にとっても大きな誇りであります。 沖縄県は、戦前戦後の様々な困難を乗り越え、成長発展を遂げております。とりわけ皆様からは、大戦前後に、物心両面に亘り多大な支援を寄せて頂きました。私どもは、その御恩を決して忘れておりません。この場をお借りして、県民を代表し改めて心から感謝申し上げます。...
慰霊碑、「埼玉公園」など訪問 埼玉県議会議員で同県議会日伯友好議員連盟の自民党議員が、4年後の2020年に開催される東京五輪準備調査のため、長峰宏芳団長、齋藤正明団長代行、小林哲也、石井平夫両副団長、諸井真英幹事長、小川真一郎事務局長ら6人が8月29日からリオ市やクリチバ市に滞在し、2日にサンパウロ(聖)市に到着した。議員一行は3日、県連(山田康夫会長)関係者や埼玉県人会(尾崎眞次会長)の会員たちとイビラプエラ公園内の開拓先亡者慰霊碑と日本館を訪れた後、聖市アルト・ド・ピニェイロス区にある「埼玉公園」も訪問した。 3日午前9時からイビラプエラ公園内の開拓先亡者慰霊碑を参拝・献花した議員一行は、県連の山田会長による「志半ばで亡くなった」先亡者慰霊碑に関する説明を受けた後、黙とうした。 長峰団長は「日本とブラジルの関係は近くて遠い国。日系人が約190万人いるということで、日系人が活躍していることを改めて知った。本当に苦労されてブラジル国家の一員として協力していることを、我々も誇りに思っている。もっと親交を図れたら良い」と熱く語った。 その後、議員一行は埼玉県人会会員の案内で、同公園内にある「日本館」も視察した。 今回の来伯で議員一行の主な視察先は、東京五輪の際に埼玉県での開催が決まっているバスケットボール、ゴルフ、サッカー、射撃の4種目の状況と問題点の確認。長峰団長は「どういう施設で行ったのか、どういう問題点があったのかを4施設の責任者から1カ所2時間ずつ、直接詳しく聞くことができた」と手応えを感じたようだ。 以前にサンパウロ新聞での記者経験を持つ諸井幹事長は「リオでは五輪会場のすぐ近くに練習場があり、選手が調整しやすいが、埼玉では練習場は別に用意しないといけない。リオの各会場までの交通機関の運用は、埼玉より距離が短く便利だった。埼玉では浦和からサッカー競技場までのアクセスに現在でも1時間かかる。五輪開催時までに対応策ができないと大変な渋滞をおこす。あと4年の間にどのような方法が良いか検討していく」と具体的な問題を指摘した。 小川事務局長は「クリチバ市のシャトルバスが専用レーンを約2分おきに運行していて、広い範囲で渋滞に巻き込まれない配慮は参考になった。これからはグローバルな人材育成が必要で、日本からブラジルへの留学生が増えるようにしたい。日系人がブラジル社会で尊敬されて底力になっている。これからも両国の連携を増やしていきたい」と思いを語った。 午前11時前には埼玉公園に場所を移して、8年前に植樹した桜の成長具合を確認。議員一行は埼玉県人会員と共に色が剥(は)げてきた記念碑に出席者全員で白いペンキを塗り直した。 同公園の植物を世話する近隣ボランティア団体「アルト・ド・ピニェイロス友達協会」のトンプソン・ルイス氏と妻のレジーナ氏は「4年前にこの公園に来ました。それから毎週1回水をやります。記念樹の桜の木には折れた枝に添え木をしたりテープを巻いたりしてるので、特に思い入れがあります」と微笑みながら語った。 また、同協会のカリネ・ガルボン氏(ベルギー系2世)は「ここに初めて来た時は、遊具や歩道も壊れていてゴミがいっぱいでした。その後、地域の自治会、市、企業と共同で子どもたちにも公園に関心を持ってもらい、物を大切にすることを教える活動を続けています。最近はサンパウロ大学と一緒に公園の植物の地図を作って観察し、2年前の調査では44種類ありました」と詳細を語る。今後の展望については、「ネット・ポリス議員に、遊具の修理をお願いしてます。子どもたちの希望する公園設備を一緒に考えたり、周辺の企業と一緒にゴミのリサイクル方法も検討しています」と新たな計画を披露した。 埼玉県人会の尾崎会長は「今回、母県の議員の方々と一緒にこの公園に来て、植樹した桜が枯れることなく成長している姿を見ることができて大変嬉しく思います」と締めくくり、尾崎会長と議員一行は同公園を世話している2人に記念の扇子を贈呈した。 サンパウロ新聞 2016年9月10日付
ニッケイ新聞 2016年9月10日 ブラジルうるま市民会(山田孝由会長)は1日、ブラジル沖縄県人会の創立90周年を祝うため来伯していた同市出身の県会議員ら5人を招いて、親睦歓迎会を聖市の日本食レストランで行った。高齢の一世から研修事業でうるま市を訪れた四世の青年まで約30人が集まり親睦を深めた。 参加したのは、新里米吉県議会議長、仲田弘毅、山内末子両県議、うるま民謡愛好会の内間安雄師範、新垣照子教師。会の始めに挨拶に立った山田会長は5人の来伯に感謝し、「歓迎会を通じて我々の故郷に対する思いが伝われば嬉しい。移民一世の減少で故郷との繋りはどうしても薄くなってしまう。研修事業など交流を盛んにして、次世代まで絆が繋がる様に協力を願いたい」と語った。 仲田県議は「沖縄県人会90周年は本当に凄いこと。うるま市は去年、市創立10周年を迎えたばかり。これからも一緒に頑張りましょう」と挨拶し、山内県議は「距離は遠いが心は一つ。市民会の皆さんは一世から四世まで自分たちの歴史を共有していて尊敬します」と話した。 新里議長は「当地では政治経済界までうちなんちゅの活躍が広がっており誇らしい。我々のために集まってくれることにも感謝したい。10月の『世界のうちなんちゅ大会』でまたぜひ会いましょう」と呼びかけた。 内間師範と新垣教師は滞在中、聖市内の沖縄県人会支部10カ所を訪ね、その活動振りに感動したと話す。また、うるま市が行っている研修事業に対し、「故郷を大切に思ってくれているブラジルの皆さんの気持ちに応えたい。研修生が訪れた際に、うるま民謡の授業などが出来ないか掛け合ってみる」と、交流の深化に意欲を見せた。 研修生代表として出席した比嘉門秀樹ビトルさん(33、三世)、渡部リリアン・ユキミさん(20、同)は、「私たちに故郷を知る機会を下さりありがとうございました」と、この場を借りて感謝の念を改めて伝えた。 出席者らは乾杯を機に歓談に興じ、親交を深めていった。また同様の歓迎会は、当地の各市民会が主催し各地で行われた。
サラ・サンパウロで優雅に披露 ブラジル沖縄県人会(島袋栄喜会長)の創立90周年を記念して、3日午後6時からサンパウロ市カンポス・エリーセオス区のサラ・サンパウロで芸能祭「琉球芸能の夕べ」が開催され、1000人を超える多くの来場者が訪れた。当日の公演は2部構成になっており、第1部は琉球舞踊協会ほか6団体による伝統的な踊りや楽器演奏からなる「琉球王朝芸能」。第2部では「沖縄芸能の今、これから」と題し、エイサー太鼓などが披露された。 琉球琴と三線の合奏で第1部が開始。2番目の演目「四つ竹」では、伝統的な琉球舞踊の衣装(紅型〈びんがた〉)に花笠を身につけた出演者8人が優雅な踊りを披露し、早くもこの日のハイライトの一つが訪れた。「四つ竹」と呼ばれる2つ一組になった竹楽器を手に持ち、打ち鳴らしがら踊る姿からは琉球芸能の真髄が遠くブラジルにも継承されていることが感じられた。 琉球舞踊は琉球王朝宮廷内で育まれたという芸能だけあり、豪華な衣装にゆったりとした高貴な動き。「かせかけ」と「若衆ぜい」では、「枠」、「かし」、「 麾(ぜい)」と呼ばれる道具などを駆使して、本格的な舞踊を見せた。 第1部最後には、沖縄少林流空手古武道ブラジル重礼館が登場。サイやヌンチャクなど、琉球王国古来の武器を手に武の舞を披露し、来場者から拍手が送られた。 20分間の休憩を挟んで第2部が開演。琉球舞踊玉城流扇寿会ブラジル支部の斉藤悟さんが艶やかな女装姿で春の到来を喜ぶ舞踊を披露したのを皮切りに、レキオス芸能同好会のエイサー太鼓が中心に進行された。多彩な曲調を息の合ったテンポで力強く叩くエイサー太鼓には、一曲が終わるごとに来場者から大きな拍手が起きた。 公演終了後は100人を超す出演者全員がステージに上がり、今公演の舞台監督を務めた斉藤さんと実行委員長を務めた知念直義さんへ島袋会長から花束が贈られた。最後は会場も一体になってのカチャーシー(沖縄民謡に合わせて手を振る踊り)大会となり、2時間の全公演が終了した。 サント・アンドレから来ていた城間伸明(のぶひろ)さん(75、沖縄)は「何度も琉球舞踊やエイサー太鼓を見てきたが、素晴らしい舞台で見ることができた今夜は最高。今までで一番だった」と嬉しそうに感想を話した。 第1部で「前之浜」という舞踊を披露した踊り手の1人の上原ナエミさん(36、3世)は「沖縄県人の子孫として、今日の舞台に立てて誇りに思う。それと同時にサンパウロ生まれの自分にとって、限られた人しか立てないサラ・サンパウロの舞台で踊れたことも誇り」と、演じ切ったという表情を見せた。 舞台監督の斉藤さんは「最後は涙が止まらなかった。準備中は眠れないくらい心配な日々を過ごしてきたが、成功してとても嬉しい。出演者やスタッフに、ありがとうと言いたい」と関係者らに感謝していた。 サンパウロ新聞 2016年9月9日付
ニッケイ新聞 2016年9月7日 鹿児島県人会(松村滋樹会長)は先月27日、新会館購入決議のため、聖市文協5階の県連会議室で臨時総会を招集した。理事会で絞られた三つの最終候補の中から一つを選んで、本年中に購入するか否かを今回決定するはずだった。ところがこれまでの不満が噴出し、新旧会長が激しく対立。2時間に渡る激論の末、2年も引き延ばされてきた会館決定は、再び先送りされた。 午前10時からの臨時総会で、20人以上の会員を前に議長の井料堅治さんは「臨時総会開催にあたって、大きなわだかまりを持っている」と意味深な発言。重々しい雰囲気のなか園田昭憲前会長が開口一番、「臨時総会を一会員として無効と判断する」と発言すると、衝撃が走った。 監査役でもある園田前会長は、定款に従って臨時総会が開催されたかや議長資格の正当性を巡り、手厳しく追求。「開催を決議した際の議事録を見せて下さい」と詰め寄ると、「横槍を入れるんじゃない」と野次が飛ぶ場面も。理事会出席者の証言により事実関係が確認されると、臨時総会続行に落ち着いた。 園田前会長は「会館購入は非常に重要な決定事項。売却した前会館は維持管理が非常に大変で、苦い経験があった。だからこそ将来に禍根を残さないように慎重にやって欲しい。理事会でどの物件を購入するか決めた上で採決を取らなければ決まるわけがない。理事会でまだ煮詰まってない」と苦言を呈した。 これが、会館売却により不満を溜めてきた会員や、200件以上の候補物件に足を運んで会のために奔走してきた松村会長の気持ちを逆なでする結果となり、緊張感が一気に高まった。 松村会長が「会館売却後、新会館購入になぜ道筋をつけてくれなかったのか」と詰め寄ると、園田前会長は「売却後の入金が遅れ、買える状況ではなかった。候補地は当たっていた」と弁明。 会員の鮫島義隆さんからも、「そもそも売却と同時に購入を決めないからこういうことになったのでは」と追求すると、園田前会長は「犯罪を犯したという意識がある」と強い言葉で自責の念を表現した。 14年4月に聖市高級住宅街パカエンブー区にある会館売却以来、会館がないために苦労を重ねてきた。日本祭りの郷土食準備もレストラン・サムライの厨房を借用した。松村会長は「理事会では誰も何も意見を言わず、最終的には金額が高いことを理由に否決される事態が続いた」という。良いと思われる物件も、結果的に見逃してきた忸怩たる思いがある。 三つに絞った候補の中からズルズルと長引いていた購入決定に、松村会長としては「今度こそ、この場で蹴りをつけたい」との思いで臨時総会に望んだ。 今回決定するか否かの議論が続き、「もう一度理事会で案を練って、再度臨時総会を開けないのか」と渋っていた衣料議長も「会長の意見に添って本日決めましょう」との最終判断に達したのが約2時間後のこと。 いよいよ肝心の物件説明が始まると、新候補物件に対して「まだ実際に見ていない人がいるのに、今決めるのは不当だ。バカげている」と吐き捨て席を立つ会員も。決議は結局次に見送られることになった。会議を終えた松村会長は、肩を落としながらも「県人会のことを思うがゆえに、激しい議論のぶつかり合いがあった。それは非常に良いこと」と前向きに捕らえ、早期合意に意気込みを見せた。 □関連コラム□大耳小耳 まるで幕末を思わせる熱い激論が交わされた薩摩藩、ならぬ鹿児島県人会――。途中で過去の火種が再燃し、一時平行線となった議論ではあったが、「売却した時から購入することは決まっていた」「中古物件を購入する以上は理想郷などありえない」「混迷する政治経済情勢のなかで、何が起こるかわからないから早く購入をしたい」と新規購入する基本線ではすでに合意している。あとは三つから一つを選ぶだけ。誰か〃南洲翁〃のような、皆を納得させる人物はいないものか。
600人が参加、節目の年を祝い ブラジル沖縄県人会(島袋栄喜会長)創立90周年記念式典が、4日午前10時半からサンパウロ(聖)州ジアデマ市の沖縄文化センターで開催され、約600人が一堂に会した。母県からは県庁、県議会、那覇市、各市町村など合わせて57人の大型慶祝団が来伯して出席。1926年に「球陽協会」として発足した県人会が、「ユイマール(結びつき)」「イチャリバチョーデー(会えば皆兄弟)」の心でつながっていることを確認し合い、90周年の節目の年を祝った。 沖縄県人会は、1926年8月22日に会員の親睦と相互扶助、当時の日本政府による沖縄県人移民禁止全面撤廃を目指す県人移民導入運動を展開することを目的に、「球陽協会」の名称で発足。その全面撤廃を実現し、今年で90周年の節目の年を迎えた。 この日の記念式典には母県から、翁長雄志県知事代理の照喜名一(てるきな・はじめ)氏、新里米吉県議会議長、城間幹子那覇市長、城間俊安沖縄県町村会代表(南風原町長)をはじめ、在サンパウロ総領事館の中前隆博総領事、日系3団体代表、日系議員ら来賓が出席した。 聖州軍警音楽隊による日伯国歌吹奏、先亡者への黙とう、来賓紹介の後、島袋会長があいさつ。県人会発足の歴史を振り返り、先駆者たちが沖縄伝統の「ユイマール」「イチャリバチョーデー」の精神で沖縄戦災救援運動を展開したことや県人会を創立したことに触れ、「私たちは我が県人会の将来のために先人が残してくれた遺産をしっかりと受け継ぎ、後継者の育成、ウチナーンチュの世界ネットワークの構築とブラジル社会への普及と統合に尽くさなければならない」と強調。若者たちの交流と今年10月に母県で開催される第6回世界のウチナーンチュ大会にも言及し、母県との絆を固め、世界のウチナーンチュの結束と繁栄を誓った。 引き続き、翁長県知事のメッセージを代読した照喜名氏は先人たちの苦労と助け合いの歴史を振り返り、次世代たちが現在はブラジルの各分野で活躍していることを称賛。「90周年を契機に、今後ともウチナーネットワークを担う若い世代の育成に力を入れていただきたい」と激励し、10月の世界のウチナーンチュ大会への参加を呼びかけるとともに、県人会のさらなる発展に期待した。 新里県議会議長、城間那覇市長、城間町村会代表、中前総領事、山田康夫県連会長、呉屋春美文協会長、大田ケイコ下議、シルバナ・ワニエル・ジアデマ市長、うりずん(県費留学生・技術研修生OB会)の松本カリーナさとみ会長の祝辞とあいさつに続き、記念品の交換がそれぞれ行われた。 その後、移住功労者(15人)、特別高齢者(100歳以上、6人)、高齢者(90~99歳、79人)の計100人が沖縄県知事から表彰。代表して呉屋文協会長、103歳の新城トシさん、92歳の比嘉良一さんが代表として表彰状を受け取った。 さらに、歴代会長(3人)、理事役員(3人)、支部功労者(3人)、100周年編集委員会(12人)、特別功労者(15人)の計36人が沖縄県人会から表彰された。 表彰者を代表して呉屋文協会長が謝辞を述べ、「名誉あるこの表彰は、共に歩んだボランティアの皆さんと共有したい」とし、感謝の気持ちを表した。 鏡開きに続き、山城勇名誉会長が乾杯の音頭を取り、「乾杯、ビーバ、ビーバ・ウチナーンチュ」と言いながら杯を高々と掲げた。 記念ケーキカットの後は祝賀会に移り、午後からの芸能アトラクションでは「かぎやで風節」に始まる琉球演奏・舞踊と空手、エイサー太鼓などが披露。サンバショーで会場が一体となった後、締めくくりは「サンバ太鼓カチャーシー」によりフィナーレを迎えた。 サント・アンドレ市に住み、特別高齢者表彰を受けた新城トシさん(103)は日頃、テレビでニュースなどを見るのが楽しみで、自分で座布団なども作って余生を楽しんでいるという。表彰された新城さんは「どうもありがとうございます。大変感謝しております」と達者な口ぶりで答え、満面の笑みを浮かべていた。 サンパウロ新聞 2016年9月7日付
岐阜県人会に寄付金を贈呈 岐阜県羽島市に本部を置く一般財団法人国際クラブ(青山るみ理事長)から岐阜県人会(青山高夫会長)への寄付金贈呈式が1日、サンパウロ(聖)市リベルダーデ区の同県人会館で行われた。当日は同県人会の役員らが出席。今回、青山理事長は同法人の髙橋雄造専務理事とブラジルのイベントに招待された日系アルゼンチン人歌手の大城バネサさんに同行し、来伯した。 贈呈式では、はじめに山田彦次顧問から、今回の寄付のいきさつや3氏の紹介が役員らに行われた。 続いてあいさつに立った青山理事長は、「招待してくれた日本側の担当者もブラジルにあまり詳しくなく、思い切って山田顧問に連絡したら『何でもお手伝いさせていただきます』と快く対応してもらえた。ブラジルに来れたのも県人会の皆さんのお陰。何かのお役に立てたらと思い、お金を寄付させていただいた」と今回の寄付の経緯を話した。 髙橋専務理事は海外留学生や東日本大震災で被災した東北地方への支援など、同法人の活動を説明。「急な話だったにも関わらず、山田顧問を筆頭に皆さんにお世話になり感謝している。寄付金が少しでも県人会の活動の足しになれば。帰国後は岐阜県庁の国際化に県人会の活動を報告したい」と述べた。 その後、青山理事長から青山会長へ寄付金100万円が贈呈され、同県人会からは天然石で彫られたオウムの像が贈られた。寄付金を受け取った青山会長は「県人会としては、同県出身者に会えて嬉しい。2年後に県人会の創立80周年式典があり、本当にありがたい。会員らと相談して有効に使わせてもらいたい」と感謝した。 同法人からの寄付は今回が3回目。日本舞踊西川流の師範でもある青山理事長は、日本舞踊での文化交流を各国で行っており、2004年に初めてブラジルを訪れた。その際、聖市の愛知県人会で公演があり「岐阜県人会もあるかもしれない」と同県人会を探し出し、当時会長を務めていた山田顧問と対面を果たした。山田顧問から岐阜県からの移民の歴史を聞いた青山理事長は、「何かの役に立てば」と日本へ帰国後、50万円を寄付した。 その後も山田顧問が訪日した際は青山理事長を訪れ、2013年8月に行われた岐阜県人ブラジル移住100周年、岐阜県人会創立75周年記念式典時には岐阜新聞を通じて100万円を贈るなど、現在まで交流が続いている。 青山理事長は「初来伯時にブラジルで岐阜県人が頑張っているんだなと、すごく感動した。彼らの役に立てたらという思いで寄付を始めた。移民の皆さんは誰しも苦労していると思うが、当地で日本人移民が尊敬されていると聞くと嬉しい気持ちになる。日本人を代表してありがとうと言いたい」とその思いを話した。 サンパウロ新聞 2016年9月6日付
