高知県人会(片山アルナルド会長)が6月1日午前7時半から、『第20回カラオケ大会』と『第4回高知文化祭り』を静岡県人会館(Rua Vergueiro, 193, Liberdade)で開催する。入場無料。カラオケ大会には330人が出場し、日ごろの練習の成果を競う。大会と並行し、県の文化紹介を目的に「高知祭り」も開催。鯛の蒸し、かつおのたたきなど、郷土料理を中心に食事を販売する。そのほか野菜、日用品のバザーも。案内のため来社した片山会長と広瀬マリオ、東加代子両副会長、渡辺節子さんが、「高知の食文化を堪能してほしい。県を知る機会にぜひ」と来場を呼びかけた。問い合わせは同県人会(11・3031・6799)まで。
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北海道協会(大沼宣信会長)が主催する『第19回北海道祭り』が、25日午前11時から15時半まで同会館(Rua Joaquim Tavora, 605, Vila Mariana)で開催される。入場無料。焼きニシン、イカぽっぽ焼き、北海チラシ、あんみつ、シュハスコな土が販売される。ステージではYOSAKOIソーランやビンゴのほか、現在来伯中の旭川出身の演歌歌手・水奈月順子さんの特別参加も。「ぜひ北海道出身の方々とお会いしたい」と言う水奈月さんたっての希望で実現、3曲を披露する。案内のため上原政信理事と平野オストン副会長が来社し、「今年も美味しいニシンとイカが獲れました。皆さんもぜひ」と来場を呼びかけた。問い合わせは北海道協会(11・5084・6422)まで。
W杯サッカー日本代表歓迎会は市関係者のみで15分――。在サンパウロ日本国総領事館(福嶌教輝総領事)が20日午後、姉妹提携を目指す聖州イトゥーと静岡県伊東の両市から関係者を招き、公邸で交流会を開催した。本紙の取材に対し、イトゥー市のアントニオ・ルイス・カルヴァーリョ・ゴメス市長が日本代表歓迎会の概要を明らかにした。「日本サッカー協会の要望で時間、人数制限が設けられた。参加者は基本的に市政関係者のみ。日本語学習児童を数人招待する予定」。コロニアはもとより地元文協でさえ参加できない可能性を、同市長は示唆した。報道陣への公開も予定していないという。代表本隊は暑熱対策の直前合宿地、米国フロリダで現地時間6日にザンビアと練習試合を行う。翌日に着伯し、翌8日午前に宿舎での歓迎会に臨む日程を組んでいる。同市長は「全てはW杯のため。サッカーに専念できる環境を提供する必要がある」と理解を求めた。ロシアもキャンプ地として同市に滞在する。市立競技場はロシアが使用し、先の聖州選手権で優勝した強豪イトゥアーノと試合をする。「日本側は1日だけでも使用できないかとロシアに交渉したようだが、『真剣勝負の場だから』という理由で断られたと聞く」と同市長。結果、日本はソロカバで直前試合を組んでいるようだ。交流会当日、伊東市から窓口となるNPO法人「インタクロス研究会」の福井千鶴(ちず)理事長(日本大学国際関係学部教授)と前川昌道副理事長が駆けつけ、イトゥー市からはアントニオ市長、イトゥー文協、同市に本社を置くブラジル・キリンなど日系企業関係者らも参加した。加えて文協、援協、県連、静岡県人会ら日系団体も出席して約60人が親睦し、連携を深めた。福嶌総領事は「交流開始の喜びを分かち合うと共に、サッカー日伯代表の活躍を願い一緒に応援しましょう」と開催意義を説明し、新たな取り組みに笑顔を見せた。アントニオ市長は「当市の法人税は日系企業が高い割合を占める。コロニアも市政にとって重要な存在だ」と影響力を強調し、「日本との関わりを大切にしながら、観光都市としてさらに栄えたい」と意気込んだ。この交流会のために、わずか24時間滞在の日程で来伯した福井教授は「発音が似ている縁で始まった交流。異例の早さで対応していただけたことに感謝します」と謝意を示し、姉妹都市提携実現に向けて強い意欲を見せた。
被災地、宮城県石巻市牡鹿半島の子供をブラジルW杯に招待しよう―。立案したのはサッカー日本代表チームの私設応援団「ちょんまげ隊」(角田寛和代表)だ。昨年のコンフェデ杯現地観戦後に思い立ち、今年初めから本格的に募金を始め、5月15日時点で寄付金は270万円を超えた。ブラジル側の調整役、藤井勇人さん(35、東京)によれば、一行は11~16日に滞伯、日本チーム第1戦のコートジボワール戦(6月14日、レシフェ)を観戦し、サンパウロとリオ日本人学校も訪れる。「コリンチャンス訪問、ブラジル人とのフットサル交流も設けたい」と話している。手製の甲冑にちょんまげカツラ。「これぞ侍!」という容姿で、日本代表を応援するため、世界中を飛び回る。そんな「ちょんまげ隊」が11年7月、牡鹿半島を訪れ、支援のきっかけとなった。「ちょんまげ支援隊Smile for Nippon」が立ち上がり、試合観戦ツアーなどを通して児童らの笑顔を取り戻す取り組みを重ねてきた。今企画「牡鹿半島の子供をブラジルW杯に招待し隊プロジェクト」は、ブラジルからの義援金の感謝を伝える趣旨を盛り込んだ。「日系社会、伯サッカー界からも多額な寄付があったことは知られていない。試合観戦で感動を分かち合うだけでなく、日本の子どもたちが直接、ブラジル側へ復興支援の感謝を伝えることも重要」と藤井さんは話し、加えて「日本で体験報告会を行い、ブラジルで感じたこと、学んだことを発表する機会を作れれば」と話している。詳しくは、ちょんまげ隊活動報告サイト(http://kokumage.info/)から。聖市・宮城県人会館には募金箱も設置中で、問い合わせなどは藤井さん(11・97140・4449、chonmagesp@gmail.com)まで。
愛知、和歌山、大分、滋賀、長野の5つの県人会が共催する『屋台まつり』が、1日午後11時から愛知県人会(R. Santa Luzia, 74, Liberdade)で開催される。終了は午後3時半。県人会ブロック地区の垣根を越えた交流を目的として、10年ほど前に始まった。今年の各県メニューは、愛知が味噌串かつ・稲荷寿司・カキ氷・抹茶アイス、和歌山が桜海老を使った関西風お好み焼き、大分が鶏飯・牛たたき・からしで食べるとり天、滋賀が近江肉うどん、長野がしいたけご飯。案内のため来社した各県人会代表者のみなさんは、「和気藹々と楽しめるので、家族、友達を誘ってぜひ来てください」と呼びかけた。
ブラジル北海道協会(大沼宣信会長)は25日午前11時~午後3時半、サンパウロ市ビラ・マリアーナ区の同会館(Rua Joaquim Tavora, 605)で第19回北海道祭りを開催する。 当日は旭川市出身の演歌歌手、水奈月順子氏のショーが予定されているほか、よさこいグループ「一心」による演舞も披露される。 また、同祭名物となった焼きにしんを始め、焼きいか、北海ちらし、いちご大福などが販売されるという。 本紙を訪れた平野オストン副会長らは、「今年の焼きにしんはさらにおいしいです。ぜひ北海道の名物を皆さんで食べにきてください」と呼び掛けた。 入場無料。問い合わせは、同協会(電話11・5084・6422)まで。 2014年5月22日付
「被災地の力になりたい」 被災地支援活動のための任意団体Smile for Nippon(角田寛和代表)は「トモにブラジルへ実行委員会」を今年初旬に発足させ、東日本大震災で被災した宮城県牡鹿(おしか)半島の子どもたちをブラジルのサッカー・ワールドカップ(W杯)の日本戦に招待する「牡鹿半島の子どもをブラジルW杯に招待し隊プロジェクト」を実行するための準備を現在行っている。9日、同プロジェクトの案内に来社した現地実行委員長の藤井勇人さん(35、兵庫)に話を聞いた。 同団体は、サッカー日本代表の試合会場で手製のちょんまげカツラと青い鎧甲(よろいかぶと)姿で応援する「ちょんまげ隊」の隊長で、ツンさんの愛称で世界的にも有名な日本代表サポーターの角田代表を中心に、「サッカーを通じて被災地の力になりたい」との思いから震災後に結成されたもの。 これまで被災地支援を60回近く実施。その約半数が宮城県中東部に位置する牡鹿半島で、「同地は公共交通機関がなく、車でも仙台から往復5時間以上かかる場所にあり、他の被災地と比べて支援が少ない」ことや「サッカー部(少年団)がなく、チャリティーマッチでさえサッカー協会から声が掛からない」ことを理由に、サッカーを中心とした活動で支援を行ってきた。 また、被災地支援内容などについての報告会を世界各国で行っており、ブラジルでも昨年6月のコンフェデレーションズカップの際に報告会を行っている。 そんな同団体が今年初旬に、「その場所、その瞬間にしか体験できない感動や一体感を味わってもらいたい」「NPOでもなく、大きなバックボーンを持たない私たちがこの企画を行うことが、閉塞感に包まれている被災地への『皆で協力すれば、やればできるかも』というメッセージになれば」という願いのもと、牡鹿半島在住の子どもをブラジルW杯の日本代表戦に招待する同委員会を発足させた。 この企画主旨は「世界や、感動や興奮、一体感を経験してもらうこと」「日本人学校の子どもと交流すること」「牡鹿半島の代表として、ブラジルから の支援に対し感謝を伝えること」「帰国後報告会を行い、体験記をマンガ化して牡鹿半島に住むすべての子どもに配布し、経験を皆で共有すること」の4点。 参加希望者の募集を行った結果、中学2年の女子(13)3人と、中学3年の男子(14)1人の計4人からの応募があった。さらに、1人45万円以上かかる 費用をまかなうために募金を行ったところ、今月14日時点で300人から計271万5500円が集まり、希望した4人全員が「牡鹿と世界を結ぶアンバサ ダー(親善大使)」としてブラジルへ行くことが可能となった。 4人の子どもたちは、約20人のちょんまげ隊員と日本の旅行代理店 の添乗員1人らとともに6月12日に来伯し、まずリオ日本人学校の生徒と交流会を行った後、同校生徒の家庭に宿泊する。翌13日にリオ観光後は日本代表初 戦の試合会場があるレシフェへ移動。14日の試合当日は市内観光を行った後、対コートジボワール戦を観戦する。 15日にサンパウロ市へ移動し、ブラジル人との交流会を実施。同夜には宮城県人会館でツンさんの報告会兼立食パーティーを行う。また、東北へ6億円の復興支援をしたブラジル日系社会関係者らを招待し、子どもたちから直接礼を言う場が用意される。...
競技の部の行方に注目 岩手県人会(千田曠曉会長)は、25日午前11時から午後4時までサンパウロ市リベルダーデ区の同会館(Rua Tomas Gonzaga, 95)で「第8回わんこそば祭り」を開催する。 昨年、300人の来場者を集めた同祭りのメーンイベントは「競技の部」。早食い、大食い自慢が集い、3分間で何杯のそばを食べられるかを競い合う。 前回106杯の大会記録で圧勝し、今年も満を持して参戦予定の現王者・藤井尚仁氏は、「誰の挑戦でも受けて立つ。もちろん連覇しか頭にない」と自信をのぞかせる。 一般の人には「ざるそば方式」でそばが提供され、食べ放題でさらにギョーザが1皿付く。前売り券大人が18レアルで子どもは15レアル。当日券は大人が20レアルで子どもは17レアル。前売り券は同県人会で販売している。また、競技の部出場希望者は事前に申し込みが必要。 来社した千田会長は「そばだしがおいしく、同祭りは毎年好評。多くの人に来場してほしい」と呼び掛けた。 問い合わせ、申し込みは同県人会(電話11・3207・2383)まで。 2014年5月15日付
ブラジル福島県人会(永山八郎会長)が『第6回喜多方ラーメン祭り』を、25日午前11時から同県人会館(Rua da Gloria, 721, Liberdade)で開催する。午後3時までで、前売り券18レアル、当日券20レ。持ち帰りにも対応する。醤油ベースに縮れ麺が特徴の喜多方ラーメン。曽我部威事務局長が腕をふるって3~400食を準備する。案内のため来社した永山会長と曽我部さんは、「ふるさとの味を楽しんでください。ビンゴやカラオケといった余興も行います」と呼びかけた。問い合わせは同県人会(11・3208・8499)まで。
福島県人会(永山八郎会長)は、25日午前11時からサンパウロ市リベルダーデ区の同会館(Rua da Gloria, 721)で「第6回喜多方ラーメン祭り」を開催する。ラーメンを通じて福島の文化を普及させることが目的。 喜多方ラーメンは札幌ラーメン、博多ラーメンと並び、日本3大ラーメンに数えられる。昨年は約2時間で300食の販売があるほどの人気ぶりだったという。 価格は前売りで1杯18レアル、当日は20レアル。持ち帰りも可能。なお、余興としてビンゴやカラオケも行われる。 永山会長と曽我部威同県人会事務局長は「今年からようやく留学生派遣などが平常に行えるようになった。若い人も加わりにぎやかになりますので、ぜひお越しください」と来場を呼び掛けた。 予約・問い合わせは、同県人会事務局(電話11・3208・8499)まで。 2014年5月13日付
ブラジルとパラグアイを訪問したの松島みどり経済産業省副大臣は3日、サンパウロ市イビラブエラ公園内の開拓先没者慰霊碑を参拝、献花し、その後日本館を訪れた。 同氏は午前9時過ぎに福嶌教輝総領事ら関係者らと同碑を訪れ、本橋幹久県連会長、原島義弘同副会長、菊地義治援協会長らから慰霊碑建立の経緯や移民の歴史の説明を受けた。 慰霊碑の礎石の下にある霊廟では、線香をたいて般若心経を読経した同氏に対し、福嶌総領事は「お経を読み上げた方は初めてでは」と驚いて喜んだ。 続いて日本館では、中島エドアルド剛文協事務局長、松尾治同副会長、中野ロザナ日伯文化連盟財務第2副理事長らによって案内を受け、小泉純一郎元首相による記念植樹の前では「安倍首相にも(こういうものがあったと)ぜひ伝えたい」とした。 最後には日系3団体の会長と中野氏から各団体の活動説明が行われ、その後取材に応じた副大臣は、「先輩方に対する鎮魂の気持ちを持って読経した。苦労された方々があって今の160万人近い日系社会がある。だがそれを知る世代が日本に少なくなってきており、どれだけの歴史を持ってきたか、サッカー・ワールドカップや五輪をきっかけに日本のメディアが取り上げないといけない」と語った。 今回の訪問は、税制や労働法制の改善、スマートコミュニティーなどの電力事業について政府間で協議を行い、また、海洋油田開発における日系企業の利権の拡大や維持、造船会社の進出支援などを目的とした。法整備では、日本からの医療機器輸入規制の緩和を図るとしており、援協などの日系団体にも側面支援を呼び掛けた。 2014年5月9日付
【ドウラードス発・川口裕貴記者】4月27日にサンパウロ市内で開催された在伯和歌山県人会連合会の創立60周年記念式典への出席をメーンに、5日間の日程で来伯した仁坂吉伸和歌山県知事、山田正彦県議会議長をはじめとする母県使節団一行。24~26日には多くの和歌山県民が移住したマット・グロッソ・ド・スル(南マ)州ドウラードス市を同県知事として初めて訪れた。25日に南マ州和歌山県人会支部(谷口史郎代表)主催による知事来訪に合わせた歓迎式典が行われ、使節団56人と母県移住者やその子弟約200人が出席して盛大に催された。 ドウラードス市への和歌山県民の移住は、戦前移住していた故・松原安太郎氏(日高郡みなべ町出身)が戦後、ブラジル政府と交渉して同市から65キロ離れた地に69家族の日本人を入植させた「松原移民」に端を発する。うち同県民は56家族に及び、その後も近郊のクルパイや共栄といった移住地にも多くの県民が移住した。累計で112家族の県民が周辺地域に移住し、現在約230家族の子弟がいるとされる。 使節団が同市を訪れた24日、午後8時から同市主催による式典が同市議会で行われ、ムリーロ・ザウイス市長(PSB)、オディロン・アザンブジャ副市長(PMDB)をはじめ議員ら20人が出席して来訪を祝福した。ザウイス市長は「ドウラードスには和歌山にルーツを持つ子弟が多く、こうした関係上これからも文化、経済、観光の面で太い関係で結ばれていくと思う」と祝辞を述べ、記念品の交換や記念撮影を行った。 翌25日午前11時からは同市内のドウラードス日伯文化体育協会会館で歓迎記念式典が開催され、ザウイス市長、同市議約10人も出席。谷口代表、仁坂知事、県議ら約20人とともに会場前方の席に並んだ。式は両国国歌斉唱、先亡者に対する黙とう、花束贈呈と続いた。 あいさつで谷口代表は「ようこそご訪問くださいました」と使節団来訪に対して感謝の言葉を述べ、「私たちの今があるのも今は亡き先人たちの汗と涙の結晶であり、感謝とともに冥福を申し上げる」と同県民を代表して祝辞を述べた。 続いて南マ州日伯文化連合会の小野享右会長が「山紫水明の和歌山の郷土に生まれた者同士が当地に生活の本拠を構えて、お互いに助け励まし合ってきた者同士がこの会場に集まっております。県知事、議長さんをお迎えして、感激が会場にあふれています」とあいさつした。 仁坂知事は母県移住者らを前に「和歌山県民がマット・グロッソの発展に貢献したことを和歌山県民として大変誇りに思います。こんなに大勢集まってもらい大変感激しております」と伝えた。 式はその後、同県出身者80歳以上の高齢者(27人)を仁坂知事が表彰、ケーキカットを行い昼食に移行。同県出身者でクルパイ移民の小中吉晴さん(68) が乾杯の音頭を取り始まった昼食会では、「共栄母の会」による大正琴の演奏や同市日本語モデル校生徒による舞踊の披露が行われた。その間、各テーブルでは 使節団と移住者が、用意された日本食を口にしながら会話を楽しんでいた。 小中さんは「知事が来てくれて本当にうれしい気持ちだが、長旅で疲れてるんじゃないかな」と体調を心配した様子で本紙の取材に答えた。余興で歌を披露した同じくクルパイ移民の中田一男さん(70)は「緊張したけど知事の前で歌えてよかった」とうれしそうに語った。 使節団一行は滞在期間中、松原、共栄各移住地の訪問や、母県移住者と夕食会を通じて入植当時の話に聞き入り、当時に思いをはせながら交流を深めていた。 2014年5月8日付
ブラジル鹿児島県人会(園田昭憲会長)は、4日午前11時からサンパウロ市パカエンブー区の同会館で5月度定例役員会を開催し、役員ら18人が出席した。 会の冒頭、園田会長が「会館売却に伴いここで行う役員会は今回で最後になるであろう。この決断には腹をくくっていることを理解してほしい。本日はじっくり話し合いましょう」とあいさつした。 松村滋樹副会長が議長を務め開始した役員会では、各議題についての話し合い、4月度の事業・会計報告、5月度の事業予定確認などが行われた。 今回最も時間を割いた「会館売却と購入」の議題については、まず現会館の売却価格が200万レアルとの発表の後、リベルダーデ区内の二つの候補地について運営収支や内部設備を争点に意見交換がなされた。 園田会長は「新会館は小さくてもよい。とにかく、これから後の世代が継ぎやすい県人会にしたい」と同役員会を振り返った。 2014年5月8日付
ブラジル岩手県人会(千田曠暁会長)が『第8回わんこそば祭り』を25日午前11時から、同県人会館(R. Tomas Gonzaga, 95)で開く。前売り券18レアル、当日券20レ。子供は各3レアル引き。そばは食べ放題、餃子一皿付き。千田会長が「美味しくなるものを全て入れた」という同会特製の出汁は毎年好評を得ている。去年は約300人が来場し、競技には25人が参加した。年齢や性別ごとにグループに分かれ、3分間で食べた皿数を競う。過去最高記録は106杯。優勝者には記念品が贈られる。千田会長は「郷土を知るには郷土食を食べるのが1番。食欲に自信のある方も、ゆっくり食べたい方もぜひ」と呼びかけた。競技は当日参加も可能だが、できるだけ前売り券購入時に申し込むこと。申込みは同県人会(11・3207・2383)まで。
【既報関連】サンパウロ(聖)州のグァタパラ移住地で7月19、20日に開催される移住地祭りに向け、ブラジル日本都道府県人会連合会(県連、本橋幹久会長)がバスツアーを企画している。募集ツアーは日帰りと1泊2日の2通り。 日帰りツアーは、18日午後11時に聖市リベルダーデ広場のマクドナルド前に集合し、グァタパラへ向け出発。翌日午前7時に到着予定で慰霊祭に参加。午後3時に現地をたち、同8時にリベルダーデ広場へ戻り解散となる。費用は175レアル。 1泊2日ツアーの日程は、18日午後1時半に聖市リベルダーデ広場のマクドナルド前に集合し、リべイロン・プレットへ向け出発。同6時に到着予定で、「ホテル・モンレアレ・リべイロン・プレット」に宿泊。翌朝6時に同ホテルのレストランで朝食を取り、午前8時にグァタパラへ向け出発。同9時半に到着後、グァタパラ移住地祭りと慰霊祭に参加する。午後3時半に聖市リベルダーデ広場へ向け出発。同9時に到着予定。費用は278レアル。 両ツアーとも6月末日まで参加者を募り、35人に満たない場合は中止。希望者は各自で訪問することとなる。 問い合わせや詳細はグローバル・ツーリズモ(電話11・3572・8990)まで。 2014年5月7日付
ニッケイ新聞 2014年5月6日付け 松島みどり経済産業省副大臣(58、大阪)が伯国とパラグアイ政府関係者との協議のため、1日に来伯し、3日に聖市イビラプエラ公園内にある開拓先没者慰霊碑を参拝した。その後、同公園内にある日本館を見学し、日系4団体の代表と会談を行った。会談後、副大臣は「W杯と五輪をきっかけに日本のメディアにも日本移民の歴史、日系人の功績を取り上げてほしい」と話した。 松島副大臣は「子供時代の東京五輪開会式でブラジル代表が入場した際の大歓声を今でも覚えている」と話し、「今の日本政府はアフリカへ目を向けがち」と述べ、南米諸国とより強い関係構築の重要性を語った。 松島氏は福嶌教輝在聖総領事ら関係者と共に、3日午前9時にイビラプエラ公園内の慰霊碑を訪れた。県連から本橋幹久会長と原島義弘副会長、援協から菊地義治会長が慰霊碑前で出迎えた。副大臣は慰霊碑に献花した。神戸と横浜の移民関連資料館にも前もって行ってきたという副大臣は、原島氏からの慰霊碑設置の経緯を熱心に聞いた。 慰霊碑裏に設けられた仏間で線香をあげると、先没者の名が記された過去帳を読み、横に置かれていた般若心経を自ら読経し、冥福を祈った。本橋会長は「お経まで唱えてくれた人は初めて」と驚きながら喜んだ。 記帳を終えると日本館を訪問し、同館を管理する文協の木多喜八郎会長らが案内を行った。庭には小泉純一郎元総理の記念植樹があり、その様子を観察すると「小泉さんに成長を伝えます」と話した。 館内を見学し、園内の錦鯉へ餌やりを終えると、県連、援協、文協の3会長に日伯文化連盟の中野ロザナ副理事長を加え会談を行った。懇談では主に各団体の事業説明が行われた。 菊地援協会長から医療機器の輸入制限緩和について問われると、「前日の日系企業代表者会合でも議題にあがった」と話し、「日本の審査を受ければ伯国の審査を受けないで済む様にしたい」と答え、日系社会の側面協力を頼んだ。今回はエネルギー問題を協議する目的のほか、海上油田開発の足場建設などの利権維持拡大がテーマの一つであることも明かした。 松島氏は80年に東京大学経済学部を卒業。同年朝日新聞社に入社。経済部の記者として活躍した。96年に第41回衆議院議員総選挙に東京14区より出馬するも落選。 00年の衆議院選挙で初当選を果たし、06年の安倍内閣で外務大臣政務官、07年の安倍改造内閣では国土交通副大臣を務めた。
ニッケイ新聞 2014年5月6日付け 「搗き立ての餅が食べたくて来ました」。聖市の新潟県人会(朝妻エレナ秀子会長)では4月26日、そんな声が終日次々に聞かれた。2、3カ月に一度、運営費集めに行われている「餅つきフェイジョアーダ会」の一場面だ。朝妻会長も「30人ぐらい手伝いに来てくれているみなさんのおかげ」と感謝する。 もう一つの看板料理フェイジョアーダは、南雲良治元会長が「今朝3時に起きて90人分煮込んだよ」という逸品。近くに住む小田久馬さん(85、山口)は「日本人好みの味で楽しみ。もう4回目かな」という。 当日は、新潟県の泉田裕彦知事一行が昨年来伯した時に県人会から依頼したハッピ50着が年末に到着しており、県旗と同じ赤色の新調ハッピが今回お披露目された。次回開催日は未定だが、7月の日本祭りでも笹団子や白餅を出す予定。(深)
在伯和歌山県人会連合会創立60周年記念式典が盛大に開催されましたことに、心からお祝い申し上げます。 60周年という晴れの式典に、和歌山県内に住んでいる人たちとともにぜひブラジルに行こうと、訪問させていただきました。 私は5年前に続いてブラジルは2回目の訪問となりました。前回はマット・グロッソ・ド・スル州ドウラードスの和歌山県人会の方々がたくさんサンパウロの式典に来られましたが、今回は我々自身がドウラードスに行こうということで、皆さんと交歓を深めようと訪問させてもらいました。 谷口史郎和歌山県人会ドウラードス支部長をはじめとする会員の皆様とお会いし、日本語モデル校校長の城田志津子さんをはじめ、たくさんの方々に感動を覚える話を聞かせていただきました。 和歌山県は皆さんご存知のように海に面しておりますが、この海をたどっていきますといずれはブラジルに到着すると思います。100年以上も昔から何人もの和歌山県民の方々が海外で活躍されていると聞き、海を渡っていかれました。時々海を見ては、我々の同胞が海外で活躍されていることを常々感じております。 私は和歌山県知事になる前にボルネオ島にあるブルネイという国で大使をしておりました。そのブルネイには原生林が多く、時々その原生林の中に入り、それがいかにすごいものか、人間にとっていかに困難であるものか肌で感じておりました。 戦前戦後に皆さんがブラジルの原始林を開拓したご努力、ご苦労は大変なものであったことを肌で感じております。 また前回の訪問で移民史料館を拝見させていただきましたが、その時大変印象に残ったのは、生活の大変苦しい中であっても皆さんのご先祖は教育には本当に手を抜かず熱心に子弟を教育されたことでした。農園をどんどん切り開き、ブラジルの国力を高めるとともに立派な人材をブラジルの各界に輩出し、現在のブラジル発展に導かれました。 今回、ドウラードス市長が歓迎の宴を開いてくれた時、「我々が今あるのは、和歌山県民の方々が努力してジャングルを開いてくれたからだ」とお聞きし、同じ和歌山県人として大変誇りに感じました。 正直、勤勉、そして忍耐という日本人の持つ美徳を皆さんがブラジル社会で十分発揮し、今日を築かれた素晴らしいご先祖あるいは同胞のご努力を心から尊敬し、たたえたいと思います。 最後に、県人会の皆様のますますのご繁栄とご健勝をお祈りし、私のあいさつとさせていただきます。 2014年5月3日付
このたび、遠路はるばるご来伯いただきました仁坂吉伸県知事はじめ、山田正彦県議会議長ほか10人の県議会議員ご一行の皆様、公益財団法人和歌山県国際交流協会の樫畑直尚理事長、和歌山県中名米交流協会主宰によります民間慶祝団33人の方々、さらには19人のビジネス・ミッションの方々をお迎えし、ブラジル側のご来賓と日系団体及び各県人会長の皆様、県人会会員の皆様のご列席のもとに盛大に創立60周年記念式典が開催されましたことに関係者のご尽力の賜物と衷心より感謝申し上げます。 当県人会は1954年4月8日に会員各位の親睦を図ることと、県民の移住振興を推進することを主な目的に創設され、この60年で紆余曲折をたどりながらも母県の温かいご支援と会員、役員、関係者のご協力によって向上発展してまいりました。 2000年に改築されました会館は会員の心の拠り所として、種々の文化活動の場として大いに利用されております。60周年を記念して俳句愛好会「くろしお句会」による句集が発刊されたのもその一例であります。 特に近年は、県連が主催しこれまで16回行われている「日本祭り」に回を重ねるごとにボランティアとして協力していただける会員が100人を超す状態となり、まさに県人会の活性化に大いに役立たせていただいています。 また、長年にわたって実施されてきました県費留学生・技術研修生制度で学んできた研修生OBはその見聞と体験を生かし、ブラジル社会の多岐にわたる分野でその成果を発揮しているのも事実であります。 現在は県、公益財団法人和歌山県国際交流協会ならびに中南米交流協会による「生活体験事業」として形を変え、県人子弟の青少年を受け入れていただいておりますが、とてもありがたいと感謝しております。 近年においては日本、ブラジルとも社会情勢が大きく変化し、相互依存がさらに必要となってきました。今回、75人から構成される多くの慶祝団の方々に直にブラジルを見ていただいたことは時期に相応したものであり、これからの人的・物的交流の活性化に大いに寄与するものと信じます。事実このように大勢のお客様とお迎えしたのは過去に例がありませんでしたが、60年を経た今日、第二の人生に例えれば、これからは出発点であります。 世代は代わりますが紀州人としての誇りを持って互恵の精神を深め、県人活動の活性化、母県と県人会ひいては日本とブラジルの親善と交流が一層発展するよう努めてまいる所存です。 最後になりましたが、母県の一層の発展と皆様のご健康を祈念申し上げ、あいさつとさせていただきます。 2014年5月3日付
アルゼンチン和歌山県県人会の会計を担当し、首都ブエノスアイレスから一人でやってきたという佐藤アレハンドロ太二さん(24、2世)は、母親が和歌山県出身の1世。同県人会は現在約100人が在籍し、佐藤さんはこれまでイベントのみの参加が多かったが、今年から役員を任されたという。ブラジルでの和歌山県人会の記念式典に初めて出席し、「自分と同じルーツを持っている人々に会えて感動した」と話していた。 ブラジルでの大正琴普及に尽力した畑美琴峰氏は、「15年ほど前に初めてブラジルに来た時に木原会長を紹介されましたが、同じ紀の川市出身で今では兄弟みたいにさせていただいています」と3年ぶりの来伯を喜んでいた。 100歳長寿表彰を受けた聖州アチバイア市在住の東喜三さん(104)は、同じアチバイア市に住む平松三(ひらまつ・かずみ)さん(82)らと一緒に参加。1929年に聖州チエテ移住地(現・ペレイラ・バレット市)に入植し、ペナーポリス市での日本語学校教師を経て、戦後にアチバイアに転住した東さんは同地で初期のころからイチゴ生産を行ってきたという。「チエテ時代から野球をやっていたが、ペナーポリスにいた時には野球を指導したチームがノロエステ大会で優勝したこともあった」と当時を懐かしんでいた。 平松さんはコチア青年1次4回として56年に渡伯。その後、アチバイアに移り花卉栽培やイチゴ、桃、ブドウなどの果樹を生産してきた。「木原(会長)さんにどうしても東さんを連れてきてほしいと頼まれたので、今日は一緒に来た。東さんとは今でも一緒にペスカ(釣り)に行ったりもしているよ」と笑顔を見せていた。 2014年5月3日付
