08/03/2026

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今年1月に91歳で死去した小野田寛郎氏(元陸軍少尉)の追悼ミサが12日午前11時からサンパウロ(聖)市のサンゴンサロ教会で執り行われた。親交のあったブラジルの関係者ら約60人が出席。在聖総領事館の佐野浩明首席領事や、また牧場のあるマット・グロッソ・ド・スル(南マ)州や、ブラジリアなど遠方からも訪れ、故人の冥福を祈った。 1944年に遊撃戦指揮の任務を受けてフィリピン・ルバング島に赴任した小野田さんは、終戦後も29年間同島で戦闘を続け、日本へ帰還した翌75年に兄のいるブラジルへ移住した。 南マ州カンポ・グランデ郊外のバルゼア・アレグレ移住地で開拓に挑み、牧場経営を軌道に乗せる一方、同地日本人会の初代会長として農村電化などにも尽力。84年からは日本で「小野田自然塾」の活動を始め、野外活動を通じた青少年の育成に長年取り組んできた。 今回の追悼ミサは聖市の主要日系団体や小野田さんの出身の和歌山県人会、小野田自然塾など計11団体が主催。祭壇の手前には、フィリピンから戻った当時からの小野田さんの写真が並べられた。同教会は町枝夫人と結婚式を挙げた場所でもある。ミサを執り行ったフレイ・アレシオ神父は「このミサを通して心を一つに、小野田さんの永遠の冥福を祈りましょう」と語りかけた。 「日系およびブラジル社会の善のために貢献された小野田さんの素晴らしい人生を末永く人々に伝えられるように」など、6人による共同祈願に続き、最後に主催団体を代表して園田昭憲ブラジル日本都道府県人会連合会会長があいさつ。出席者への感謝とともに、「ブラジル、日系社会の存在を日本に広く知らしめた」と同氏の貢献をたたえた。 移住する飛行機で同行して以来親交のあった尾和義三郎・南米通信社代表は、「毎週2人でサンパウロから牧場の土地に行って木を倒した」と開拓当時を思い出し、「忙しい中たくさんの人が来てくれた。小野田さんの人間性だと思う」と話す。「ブラジルに来るたびいつも出迎えに行っていた」という尾西貞夫・援協副会長も「これだけ来てくれてありがたい」と感謝した。 この日は、25年にわたって牧場の管理を続けてきた佐藤晋平さん(65、福島)も南マ州から訪れた。自然塾の活動を始めてからは日本の冬の時期だけブラジルで過ごしていた小野田さん。「人に任せたら口一つはさまない人。金は出しても口は出さない。だからやりよかった。土地が売れるぐらいまで生きてほしかった」と同氏をしのんだ。 ブラジリアから訪れた柴田アゴスチーニョ退役空軍少将は、2008年に東京で行われた移民100周年式典に共に参加したという。「ブラジリアへ来る時はいつも話をさせてもらった。僕にとってはベテラン。僕がいつも世話になっていた」と振り返り、「今日は来て良かったと思います」と話していた。 2014年3月14日付
ニッケイ新聞 2014年3月12日 「復興に向け、着実に一歩ずつ」。岩手、宮城、福島の3県人会が11日午後2時から、宮城県人会館で『東日本大震災3周忌追悼式』を行った。震災発生日に合わせた平日開催にも関わらず、約100人が集まり犠牲者に黙とうを捧げた。防災関係者による講習や、各県知事から復興に向けた近況報告も寄せられ、3県は当地からの支援に感謝する一方、復興に向けた着実な成果を報告した。 岩手県人会の千田昿暁会長があいさつに立ち、「未曾有の被害から丸3年。故郷に戻れない苦しさを抱える中での生活が続くが、平穏な日々が1日でも早く戻るよう願う」と述べ、黙とうが捧げられた。県連を代表しあいさつに立った秋田県人会の川合昭会長は、「復興に立ち向かう姿勢は、同じ東北人として誇りに思う。がんばれ日本、がんばれ東北!」と力強くエールを送った。そのほか日系団体関係者、在聖総領事館から佐野浩明首席領事、ブラジル国防局からアルミン・ブラウン局長代理もかけつけ、同氏は「自然災害に対する日本の対応力は世界一だと思う。我々は日本から防災を学び、政府は子どもたちへの防災教育を強化している。明るい未来のため、被災地の早期復旧を心から信じている」と願った。3県知事からの現状報告で岩手県の達増(たっそ)拓也知事は、「水産業の水揚げ量は平年の約7割まで回復。4月には三陸鉄道が全面開通する」と明るい話題を提供し、宮城県の村井嘉浩知事は「今年度までに、災害廃棄物の処理が完了する見込み」と復旧に向け着実な成果を挙げている様子を発表した。原発事故のあった福島県の佐藤雄平知事は、「風評被害はいまだ根強い」としながら、実証実験が始まった洋上風力発電に触れ、「新たな産業を創出する取り組みも動き出している」と報告した。震災以降に撮影された被災地の映像が放映され、仮説住宅や復旧が進む港町、被災により雑草の生える宮城県仙台市内、中浜小学校の建物だけが残った同県山元町の様子などが紹介された。最後に福島県人会の永山八郎会長が各関係者への感謝を示し閉会。宮城県人会の中沢宏一会長は、「帰郷したいという被災者が減る中、女川町は従来の計画から規模を縮小し、復興の成功例とされている。震災前の街から形を変えながらでも、柔軟な復旧が必要だ」と語った。   海と大地と共に生きる故郷=岩手県 達増拓也知事 東日本大震災3周忌追悼式が、ここサンパウロにおいて開催されますことを、岩手県民を代表して心から御礼申し上げます。震災での津波発災以降、ブラジルの皆様をはじめ、世界各地からたくさんの温かいお見舞いや激励、義援金の提供など、改めて心から感謝申し上げます。発災から本日で3年となりますが、岩手県においてはこれまで「安全」「暮らし」「なりわい」の3つの原則に基づいて、復興の基盤づくりに全力で取り組んできました。その結果、災害廃棄物の処理に目途が付き、応急仮設住宅からの移転先となる、災害公営住宅では敷地となる事業用地の約6割を取得し、さらに水産業の水揚げ量は平年の約7割まで回復しています。一部運行していた三陸鉄道も4月には全線が復旧します。これからは将来にわたって持続可能な、地域社会の構築を目指す「本格復興」に取り組む期間です。県ではその一年目となる今年を、「本格復興推進年」としています。復興計画に掲げる復興の目指す姿、「いのちを守り 海と大地と共に生きる ふるさと岩手・三陸の創造」を実現するため、住民が復興に参画し、県民がひとつとなって進んで参りますので、より多くの皆様の一層の御支援、御協力をお願いするものであります。結びに、この度の3周忌追悼式の開催に御尽力されました、関係者の皆様に深く感謝申し上げますとともに、御参会の皆様方のますますの御活躍と御健勝を心からお祈り申し上げます。   今も応急仮設住宅暮らし多い=宮城県 村井嘉浩知事 本日、ブラジル宮城県人会をはじめとする東日本大震災の被災3県人会共催の下、本式典を開催いただきますことに、心から感謝申し上げます。時間の経過とともに、震災の記憶の風化が懸念される中、多くの皆様の御尽力により、遠く離れた御地ブラジルでこのような催しが開催されますことは、被災地で復興・復旧に取り組む私たちにとりまして、大変励まされるものであります。震災から早くも3年が経過いたしますが、沿岸部を中心に今なお多くの方々が応急仮設住宅などでの不自由な暮らしを余儀なくされており、経済活動の基盤回復についても、まだまだ課題を抱えた状況にあります。しかしこうした中におきましても、本県では今年度までに、災害廃棄物の処理が完了する見込みとなるなど、復旧・復興への歩みは着実に進んでおります。今後も被災者の生活再生に向けた施設の復旧・復興やまちづくりを一層加速させるとともに、創造的な復興に向け県民一丸となって取り組んでまいりますので、引き続き御支援を賜りますようお願い申し上げます。   新産業を創出する取り組み=福島県 佐藤雄平知事 本日ここに東日本大震災3周忌追悼式が執り行われるに当たり、福島県民を代表し、謹んで追悼の言葉を捧げます。開催に御尽力いただきました3県人会を始め、関係者の皆様に心から敬意と感謝の意を表します。県では地震と津波、原発事故により、あらゆる分野で甚大な被害を受け、風評も根強く残るなど厳しい状態が続いております。一方世界中の方々から温かいご支援と、県民の努力により、着実に元気を取り戻してまいりました。企業の生産活動や、観光地の賑わいも戻りつつあります。本県沖では、世界最大規模となる浮体式洋上風力発電の実証実験が始まり、再生可能エネルギーや医療機器関連といった本県の未来を拓く鍵となる新たな産業を創出する取り組みも動き出しております。県内農産物につきましても、米の全量全袋検査を始めとして、生産、流通、消費の各段階において放射性物質検査をしっかりと行うことにより、国内外の皆様に安心して食べていただけるよう取り組んでおります。環境の回復、農林水産業の再生、観光の振興、雇用の創出などを着実に進め、一日も早く復興を成し遂げてまいりたいと考えております。福島に思いを寄せてくださる方がいらっしゃること、これが復興への大きな支えとなります。これからも「ふくしまから はじめよう。」〃Future From Fukushima.〃を合言葉に、全力で取り組んでまいりますので、引き続きご支援をいただきますようお願い申し上げます。
動画ニュースはこちらhttp://www3.nhk.or.jp/news/html/20140313/k10015936161000.html  戦後29年目に生還し、ことし1月に亡くなった、元日本兵の小野田寛郎さんを追悼するミサが12日、小野田さんが暮らしていたブラジルで行われ、日本とブラジルの懸け橋としても活躍した小野田さんの死を悼みました。  小野田さんは、昭和19年、日本陸軍少尉として派遣されたフィリピンのルバング島で、終戦から30年近くの間ジャングルに身を隠したあと、昭和49年に日本に帰国しました。 帰国後はブラジルに移り住んで牧場を経営したほか、現地の日本人会を立ち上げるなど、ことし1月に91歳で亡くなるまで日本とブラジルの懸け橋として活躍し、ブラジルの日系人からも親しまれていました。 12日のミサは、小野田さんが結婚式を挙げたブラジルのサンパウロにある教会で行われ、現地の日系人団体の代表らが「ブラジルの日系社会、およびブラジルに貢献された小野田さんを追悼します」と述べました。 そして、およそ50人の参列者たちが聖歌を歌って小野田さんの死を悼みました。 小野田さんがブラジルに移住した時からの知り合いだという男性は「小野田さんは真っ白な紙のような純粋な人だった。ブラジルの日系社会で広く愛されていたので、亡くなられて非常に残念です」と話していました。
120人が追悼捧げる  東日本大震災から3年が経過した11日は日本国内のみならず、世界各国で犠牲者を追悼する行事が開かれた。同日、ここブラジルでも岩手、宮城、福島の3県人会の共催による追悼式が午後2時からサンパウロ(聖)市リベルダーデ区の宮城県人会館で行われ、約120人が出席した。式を通じて「東北がんばれ」とブラジルから被災地にメッセージを発信した。  式には日本政府を代表して佐野浩明・在聖総領事館首席領事が出席したほか、深野昭国際交流基金聖文化センター所長、菊地義治援協会長、森田隆ブラジル被爆者平和協会会長、小倉タダシ聖州技術研究所防災研究員らが来賓として出席した。  式開始の言葉で岩手県人会の千田曠曉会長は、震災によって命を奪われた人たちの冥福を祈り「私たち日系人にとっても故郷を思う心は一つです」と思いを述べた。続けて震災で命を落とした犠牲者に対して1分間の黙とうが捧げられた。  日本政府を代表してあいさつに立った佐野首席領事は「日本から遠く離れたブラジルで震災から3年たった今なお、こういう追悼を行っていただけるということ自体が、われわれ日本政府、日本の国民からしてもありがたく心強いことかと思う」と、言葉を添えた。  県連を代表して河合昭秋田県人会会長は「早いものであの日から3年を迎えたが、震災で被害に遭われた方々、私たちブラジル日系人はあなたたちのこ とを決して忘れません。そしてできるだけの支援を続けたいと思っております」と語り、言葉の最後は「日本がんばれ、東北がんばれ」と語気を強めてメッセー ジを送った。  その後、被災3県知事から寄せられた被災地復興状況報告メッセージが各県人会員の代読により報告され、時間の経過とともに着実に復興が進む各県の状況が伝えられた。  また小倉タダシ聖州防災研究員による「東日本大震災の教訓」と題したブラジルの防災に関した講演と、中沢宏一宮城県人会会長による「ブラジルと東日本大震 災」と題したスピーチの場が設けられた。最後は式出席者全員でNHKの復興支援ソング「花は咲く」を合唱し全プログラムを終えた。   【コラム】 モザイク  11日に行われた東日本大震災追悼式は「予想以上に多くの人が参加した」と式主催関係者が驚いた表情で発言していたが、震災から3年がたった現在でも原発の問題や26万人以上が故郷に帰れない状況を心配している人が多い証拠なのかもしれない。震災のこと以外でも当てはまるのだが、ブラジルに来て感じるのは、日本に住む日本人以上に日本を心配している人が多いということ。この事実を日本に伝えるためにも引き続き、震災に関する活動を続けてほしい。 2014年3月13日付
【福井発】福井県日伯友好協会(前田康博会長)は7日、福井市内の料亭寿ゞ屋で2013年度福井県海外技術研修員として南米から来ている藤沢クラウジオさん(25、サンパウロ州出身)、滝沢カロリナさん(20、同)、吉田生田マリアネさん(同)、平グラシエラさん(26、アルゼンチン出身)の「慰労・惜別・激励の会」を開いた。  日系人の4人は昨年の夏以来、父祖の地で8カ月間にわたり、デザインや菓子製造などの企業で研修した。  今月末にはそれぞれが帰国することから、福井県で世話役を務めた同協会が別れを惜しんで一席設けたもの。  この日は前田会長、山本達雄事務局長ら同協会メンバーのほか、福井県議会議員や栗田幸雄福井県国際交流協会会長など多数の関係者が出席した。  4人は上達した日本語であいさつし、「研修の成果を南米で生かして先輩研修員OBのように成功したい」と力強く抱負を述べ、出席者たちに感謝の意を伝えた。  また席上、今月ブラジルから福井県を訪問する予定の全伯和太鼓チャンピオン「飛翔」(コロニア・ピニャール福井村)に贈呈する半被(はっぴ)が披露された。  半被は「ブラジルチャンピオンに着せるのにふさわしいものを」と同協会が高級な生地を使用し17着を用意した。渋い紺色をベースにした半被は、この日の主役でもある藤沢さんがデザインしたもの。研修生としてグラフィックデザインを専攻していたため、同協会が彼に依頼した。  藤沢さんは「私も飛翔と同じコロニア・ピニャール福井村出身です」と述べ、出席者から拍手が送られた。 2014年3月13日付
 大阪なにわ会は16日午後2時(第2次招集)からサンパウロ市ビラ・マリアナ区の同会館(Rua Domingos de Mora is.1581)で定期総会を開く。主な議題は2013年度事業・会計報告、今年度事業計画の審議、新会長、副会長、会計理事の選挙など。 2014年3月13日付
県人移住100周年の協力に感謝  ブラジル岐阜県人会の2014年度定期総会が2月16日午前10時半(第2次招集)からサンパウロ市リベルダーデ区のニッケイパレスホテルで開かれ、役員改選では唯一のシャッパを提出していた山田彦次会長の13期目となる長期続投が決定した。山田会長は「会員の皆さんが自分たちの県人会だという思いを持っていただかないと会は発展しない」と述べ、出席した約20人の会員に向けてさらなる協力を呼び掛けた。  総会では、開会宣言の後に山田会長があいさつし、昨年8月に開催された岐阜県人移住100周年、県人会創立75周年で「若い人たちが縁の下の力持ちとなり、会員の方々にご苦労かけたことに感謝している」と述べた。  13年度事業報告に続いて13年度会計報告が行われ、前年度繰越金(46万6866.94レアル)を含めた収入が73万8320.87レアル、支出18万8549.70レアルで、54万9772.17レアルが次期繰越金となることが発表された。  出席者からは、会費(年間150レアル)収入が9900レアルと66人分しか計上されていないことについて、現在の県人会員登録者数が何人なのか という質問もあった。これについて理事会及び事務局からは、登録数は約400人で定款上は2年以上会費を払わない人は会員資格を失うが、年度末に会費を収 める人や長年日本に行っていた人が5~6年分の会費を一挙に払うケースもあるとし、「会員に対する強制権がなく、会費を払うのはあくまで任意で行っても らっている」(山田会長)と説明した。  また、毎月発行しているボレチン(会報)の発行部数を問う声もあった。これについ ても、理事会及び事務局が現在、岐阜県内の市町村、ブラジルの日系団体や会員を含めて毎月約440通を発送していることが発表。会員と県人会をつなぐ重要 な手段であるとし、発行継続についての多数決の結果、今後も継続していくことが決定した。  会員からはボレチン発行とともに県人会のウェブサイトを活用した電子メールの利用を促す声もあったが、現状では電子メールで問い合わせがあるのは月数件にとどまっているという。  14年度事業計画案の後、14年度予算案が発表。10万9700レアルが承認された。  役員改選では、締め切り日の今月6日までに提出された山田会長をはじめとする現役役員のシャッパが承認され、山田会長の13期目続投が決定した。  山田会長は就任あいさつの中で、「会長を引き受けるにあたって、4年前も2年前もシャッパも出すことなく総会の席上で現役執行部がそのまま継続することが 続いてきた。今回は別のシャッパが出ることを期待したが、誰も会長に手を挙げないならシャッパを提出しなければ県庁に対しても不利になると考えた」と唯一 のシャッパを提出したことの理由を説明。「会員の皆さんが自分たちの県人会という思いを持っていただかないと、今後の県人会の発展はない」と強調し、会へ...
ニッケイ新聞 2014年3月11日  ブラジル高知県人会(片山アルナルド会長)が2日、聖市内の同会館で『第60回定期総会』を開いた。この日の参加者は30人ほどで先没者に対する1分間の黙祷が捧げられた後、総会が開始された。 今年は役員改選の年で片山会長が3期目続投となった。片山会長は、「長い気もするが、選ばれたからには頑張る。土佐祭りの他にも新しい交流の形を作りたい」と抱負を述べた。 また「高知県は地産外商政策によって県を盛り上げようと頑張っている。ブラジルでも高知産の柚子は人気があり、物産イベントではすぐに売り切れる。輸入や販売の手助けを通じて高知県の振興に一役買いたい。高知県とも連携が取れており実現は近い」と新しい交流の形を示した。 新役員として注目されているのが第四副会長の武田アウグスト氏。武田副会長は今年で40歳。土佐祭り運営の中心人物だ。本業は弁護士だが2003年の県費研修では、広告会社でイベントマーケティングを学んだ。武田副会長は「土佐祭りの規模をもっと大きくしたい。その為に実行委員を設置してしっかりとした基盤を作りたい。61周年を記念して第三回土佐祭りを行いたい」と県人会活動への積極的な姿勢を見せた。 13年度決算報告では、収入が18万2194レアルだったのに対し、支出が20万3894レと、単年度で見ると約2万レの赤字だったが繰越金があったために14年に2万4786レが残された。 大崎康夫第一会計は「60年祭と土佐祭りで収入もあったが、会館の修繕費で支出もかさんだ」と説明。14年度予算は17万9286レを見込む。こちらも単年度では約1千レの赤字が出る模様。 今年の県費研修生に宇都宮あゆみ・ミレイネさん(23)が決定したことも発表され、同時に来年度の研修生募集が開始された。 16日には焼きそば祭りが同会館で開催される。片山会長は「メインの焼きそばの他にも陶器や野菜の販売、ビンゴ大会、カラオケなどもあるのでぜひ来て欲しい」とアピールした。同会館はW杯期間中の旅行者受け入れにも対応し、20人の受け入れ態勢があることを示した。過去にも高知県の農業高校生を受け入れた事があり、60周年を機に修繕されインターネットも整備されている。   【大耳小耳】  高知県地産外商公社が3月2日、特設サイトにて「カツオ人間・ザ・ムービー『はりまや橋であいましょう』」の第1話を公開した(全5話)。2話以降も毎週日曜に公開される。1人の女性とカツオ人間の恋を通じ高知の名所名産をPRする。尾﨑正直知事は経済状況を「全国の中でも群を抜いた厳しさ。地産地消を徹底し、外に打って出る必要がある」としている。片山会長の目指す新しい交流が母県を救う!?(www.marugotokochi.com/katsuoningen)  
【既報関連】東日本大震災3周忌追悼式が11日午後2時から、サンパウロ市リベルダーデ区の宮城県人会館(Rua Fa gundes, 152)で行われる。主催の福島、宮城、岩手3県人会会長が案内のため本紙を訪問。「東日本大震災から3年の間、ブラジル国、日系社会から物心両面のご支援が贈られ、被災地の復興にエールをいただいている」と話し、来場を呼び掛けた。 式では各県知事から復興状況の報告がビデオメッセージとして上映されるほか、サンパウロ州技術研究所防災研究員による講演会を実施。ブラジル国防災局からアドリアーノ・ペレイラ・ジュニオール氏も出席する予定となっている。 2014年3月8日付
「日本人の価値観を誇りに」 在サンパウロ日本国総領事館(福嶌教輝総領事)公邸で2月25日、「日系市長と若手日系リーダーとの交流会」が行われた。総領事館が主導して、日系市長を集めた交流会を開催するのは初めて。文協青年部、ABEUNI(サンパウロ大学生援護連盟)、ASEBEX(日本留学生研修員ブラジルOB会)、伯日青年会議所(JCI)、インテル・カイカンから参加した約40人の若手は市長たちの熱のこもった講演に耳を傾け、質疑応答では積極的に意見交換していた。 冒頭、福嶌総領事はサンパウロ(聖)州にいる日系市長19人のうち14人が出席したことに謝意を表し、来伯中の山田彰外務省中南米局長は「中南米に親日家が多いのは、日系コミュニティーの存在によるところが大きい」とあいさつした。 安部順二連邦下議、西本エリオ聖州議員、木多喜八郎文協会長、羽藤ジョージ聖州議員の来賓あいさつに続き、スザノ市長のトクズミ・エリオ氏とノボ・オリゾンテ市長のトヨタ・トシオ氏が基調講演。「日本人の顔であること、日系人であることは時に政治に不利になることもあるが、日本人の価値観を誇りに思い、ブラジルに還元し、後世に伝えていきたい」など、日系人の政治家ならではの講演を行った。 その後の質疑応答では、日系団体の役員を務めてから政治の世界に入ったアンドラジーナ市長のオノ・アキオ氏に、「日系団体にいたことが政治に役 立ったか」との質問があり、同氏は「大農場主や会社を持っている人が市長を務めるケースが多いが、私はそうではなかった。お金がなくても当選できたのは、 日系団体の支援のお陰」と答えた。 また「NPOなどの第3セクターは市の援助を受けられないのはなぜか」という若手の質問に対し、「市長として支援したけれど、予算が限られていて監査も厳しいためそこまでの余裕がない」と答えるなど、現実的な議論もなされた。 ポンペイア市のヤスダ・オスカル市長は「私たち日系市長が一堂に会することはなかったため、非常によい機会だった」と話し、「私たちの町は小さく、年に1 度小学校を訪問し、10歳の子どもたちとやりとりすることはあるが、今回のように青年と意見交換をすることはあまりなかった。政治に関心を持ってもらいた い」と語った。 若手の代表として参加したJCI会長のスドウ・マルコス氏は「政治家は汚職のイメージがあったが、どのような問題を抱えているか実体験を聞けてよかった」と感想を述べた。 2014年3月7日付
在サンパウロ(聖)日本国総領事館(福嶌教輝総領事)は平成25(2013)年度在外公館長表彰伝達・祝賀式を2月27日午後3時から、聖市モルンビー区の同公邸で開催した。今年度受賞したのは小原明子さん(78、東京)、城田志津子さん(77、北海道)とサンパウロ大学生援護連盟(ABEUNI、大橋栄児代表)の2個人1団体。当日は日系5団体各代表や受章者の家族、友人ら合わせて約40人が祝福に訪れ、福嶌総領事から受賞者・団体代表に賞状が手渡された。 表彰受賞者の経歴は次の通り。 ◆小原明子さん聖州ミランドポリス市、弓場農場(コムニダーデ・ユバ協会)在住の舞踏家。1961年に来伯して以来、農業に従事するかたわら、弓場バレエ団を指導。舞踏家(バレリーナ)として舞台に立つ一方、現在は後継者育成に力を注いでいる。78年の日本移民70周年を記念した日本公演、97年の聖市イビラプエラ体育館で天皇皇后両陛下を迎えて実施された歓迎式典などに同バレエ団の一員として参加。2008年にはユバ協会がブラジル文化省から「マシャード・デ・アシス記念文化功労章(文化功労賞)」を受賞し、リオ市立劇場で行われた授賞式には受賞者を代表して参加。勲章を受け取っている。 ◆城田志津子さんマット・グロッソ・ド・スル州ドウラードス日本語モデル校校長。1971年、共栄移住地に設立された「共 栄日本語学校」で語学教師に就任して以来の43年間、一貫して地域の日本語と日本文化普及を無償で務める。「日本語教師合同研修会」の発起人でもあり、独 自の日本語能力試験の対策の教授法、教材、評価方式の開発に尽力。また日本語普及センター(現・ブラジル日本語センター)の教科書編集委員会の地域委員も 長きにわたって務めた。 ◆ABEUNI前身はポ語を解さない移住者を救済すべく日 系医学生たちによって設立された日伯慈善協会で、84年に現団体となり今年で創設30周年を迎える。公益団体として今までに多くの慈善活動を行い、のべ参 加人数は2000人に達する。現在の会員は約200人で、その8割が日系人で構成。活動としては年に約4回、貧困地域を対象に歯科検診、健康診断、予防衛 生関連講習会、家計簿講習会等を慈善で行っている。 福嶌総領事から受賞者・団体に表彰状を伝達。続いて各氏が感謝のあいさつを述べた。 小原さんは「ブラジルに渡り52年、舞踊と共に生きてきましたが、これは豊かで大らかなブラジルの国、そしていつもわたくしを励まし、応援してくださるみ なさまのおかげだと感謝しております。これからも許される限り舞踊とともに生きていきたい」と述べ、自身の作品「よろこびの歌」のセリフを語り、感謝を伝 えた。 城田さんは「この賞は南北マット・グロッソのすべての人たち、そして日本語を学ぶ生徒への励ましの言葉としてあり がたくお受けいたしました。ドウラードスの子供たちと向き合い、天候に左右され農作物に一喜一憂し、移民、開拓者として小原さんと同じく人生を歩んでき...
ブラジル日本都道府県人会連合会(県連、園田昭憲会長)は2月27日、サンパウロ市リベルダーデ区の文協ビルで2月度代表者会議を開いた。 1月度の事業局報告と会計報告、前回議事録質疑の後、山田康夫実行委員長より、第17回日本祭りの資金集めについての報告があった。 山田氏は、現状では開催にあたり25万レアルの赤字が見込まれるが、日系民間企業からの寄付金の集まりは思わしくないと説明。今後スポンサーを積極的に募りながら、人件費などの経費削減により、県連会員全員の努力で22万レアル以下の赤字に抑えるとする方向性を確認した。 続いて、本橋幹久副会長より各種報告後、14日から17日まで実施される第41回移民のふるさと巡りについての説明があった。今回はサンパウロ州内のタウバテ、ビンダモニャンガバ、カラガタツーバ、サンセバスチャンを訪問する。 また第42回は9月26日~10月1日にペルーの訪問が予定されており、本橋氏は「ペルーとブラジルの移民の違いを比較できるのが楽しみ」と語った。希望者はマチュピチュ観光もできる。 引き続き、役員改選が行われる27日の県連総会について、園田会長より発表があった。シャッパ(候補者連記名簿)の締切りは14日午後5時。当日は選挙管理委員は立ち会わず、県連事務局が受理する。総会は文協ビル5階で開催され、投票権は各県人会長のみ。委任状があれば副会長も可能。総会終了後は新年会(参加費1人50レアル)を催す。 このほか、今年度より新会長となった長崎県人会の栗崎邦彦氏、宮崎県人会の高橋久子氏、神奈川文化援護協会の白又タカノリ氏が紹介され、それぞれ所信を述べた。 最後に、長野県人会元会長の北澤重喜氏が2月22日に逝去したことが報告された。同氏が栽培する野沢菜で作る漬物は有名で、日本祭でも毎年販売され好評を博していた。 2014年3月6日付
ニッケイ新聞 2014年3月8日  東日本大震災3周忌追悼が11日午後2時から、宮城県人会館(Rua Fagundes, 152, Liberdade)で、岩手、宮城、福島の3県人会共催で開かれる。 被災者へ黙祷が捧げられ、各県知事から復興状況の報告、サンパウロ州技術研究所防災研究員による防災についての講演会がある。 千田曠曉(岩手)、中沢宏一(宮城)、永山八郎(福島)の3会長が来社し、「復興にはまだまだ時間がかかる。今年は復興加速年にしたい。現地の状況を知る機会にもなる」と式への参加を呼びかけた。
ニッケイ新聞 2014年3月6日 岩手、宮城、福島の3県人会共催による東日本大震災3周忌追悼式が3月11日午後2時から、宮城県人会館(Rua Fagundes, 152, Liberdade)で行われる。各県知事からの復興状況の報告のほか、サンパウロ州技術研究所防災研究員による防災についての講演会がある。
ニッケイ新聞 2014年3月6日  「平成25年在外公館長表彰伝達および祝賀式」が27日午後、総領事公邸で開かれた。今年はサンパウロ大学生援護連盟(ABEUNI)、弓場農場の舞踏家・小原明子さん、ドウラードス日本語モデル校の城田志津子校長の1団体2人が表彰された。受賞者の友人や家族および園田昭憲・県連会長、天野一郎・商議所副会頭、中谷アンセルモ・日伯文化連盟理事長ら来賓など約40人が出席し、受賞者の功労をたたえた。  小原さん(78、東京)は1961年、当時恋人だった彫刻家の小原久雄さんと共に渡伯し、弓場農場に腰をすえた。渡伯とともに立ち上げた弓場バレエ団は、11年に50周年をむかえた。恒例の年末公演には州内外、国外からも観客が訪れる。「舞踊と共に生きてきた。豊かで大らかなブラジルと、いつも励ましてくれる皆さんのお陰」と小原さんは感謝し、「許される限り、私は舞踊と共に生きて行きたい」と宣言。足は少し不自由ながら、よく通る声と凛とした表情で「喜びのうた」を暗唱し、会場に静かな感動を呼んだ。城田さん(77、北海道)は71年、共栄移住地に創立された「共栄日本語学校」で教壇に立って以来、43年間日語教育に携わる。「日本語教師合同研修会」を立ち上げたほか、ブラジル日本語センターの教科書編集委員の地方委員をつとめるなど、当地日語普及に大きく寄与した。日語モデル校では和太鼓、折り紙講座を実施、日本文化資料の貸し出しも行うなど、地域の日本文化発信センターの役割も果たしている。「身に余る光栄。南北マット・グロッソ州すべての人と生徒への励ましの言葉と受け止めたい」と、一言ひとことをかみ締めるように感謝を述べた。また本紙の取材に対し、モデル校が設立当初、デカセギブームで学習者が急激に減少する危機に陥ったことを振り返り、「あの時はよく切り抜けられたと思う。人の支えほど強いものはない」と語った。ABEUNIからは、大橋栄児会長(29、二世)が代表して表彰状を受け取った。大橋さんは「日本人は移民してとても苦労したが、尊敬や勤勉など日本の価値観を子孫に伝えた。ABEUNIは、こうした価値観を今もブラジル社会に伝えている」と挨拶。同団体はポ語の不得手な移住者を支援すべく日系医学生が立ち上げた「日伯慈善協会」を、1984年に発展的に改組した公益団体で、今年で30年目を迎える。年4回貧しい地域に現役、もしくは在学中の看護士と歯科医師を派遣し、歯科検診や予防衛生講習会などを実施している。これまで約2千人がボランティアに従事した。大橋さんは本紙の取材に対し、「今は7、8割程度が日系人だが、段々非日系も増えている。初めてもらった賞に皆とても喜んでいる」と喜びを語った。
 「ブラジルワールドカップ日本人訪問者サンパウロ支援委員会」(木多喜八郎委員長)の合同記者会見が2月28日午前、サンパウロ(聖)市の文協ビルで開かれ、同委員会を構成する日系主要5団体のトップが運営の目的や各団体の役割分担、具体的な活動内容について報告した。  同委員会は「ブラジル日本文化福祉協会(文協、木多喜八郎会長)」「サンパウロ日伯援護協会(援協、菊地義治会長)」「ブラジル日本都道府県人会連合会(県連、園田昭憲会長)」「ブラジル日本商工会議所(商工会、藤井晋介会頭」「日伯文化連盟(アリアンサ、中谷アンセルモ理事長)」で組織され、在サンパウロ日本国総領事館(福嶌教輝総領事)の協力のもとで運営される。  同委員会について木多委員長は「数千人と予想される日本からの観戦者の保護と援助が目的で、総領事館の協力の下、最大限の手助けをしたい。ブラジルの日系社会全体で歓迎し、心に残るいい思い出を持って帰ってほしい」と述べた。  続いて園田氏が、同委員会の活動内容を説明。3~7月にウェブサイトやソーシャルネットワーク「Facebook」の専用ページを開設し、緊急時に必要な情報や、生活に役立つ情報を提供する。各団体の役割は、文協が、ブラジルの文化広報、援協が、けがや病気の際の病院紹介や緊急時の治療活動、県連は緊急時の宿泊施設の提供、アリアンサは通訳の提供、商工会が後方支援をすることだ。  今回発足した委員会で重要なのは、あくまでボランティア活動であること。来伯する観戦者は、ブラジルのどこにいても、緊急時の対応はまず総領事館に求めることが大前提にあり、それでもなお、急を要する援助が必要な日本人のために、サンパウロ限定で日系社会が最大限の支援を行うのが基本スタンスだ。  県連は、ウェブサイト上で緊急時の宿泊可能人数を掲載し、予想を上回る希望者が出た場合は、先着順で場を提供。援協はブラジル各地方の現地の病院で、面倒な手続きなしで、サインで診察できるよう専用のカードを配布することを決めている。  限られた予算での運営であるため、民間企業に一口600レアルでスポンサーになるよう要請しているが、状況は芳しくなく、商工会も積極的に募る働きかけは予定していない。  ウェブサイト上には24時間体制の緊急連絡先も掲載するが、人的に対応できる範囲は限られているため、まずは総領事館への連絡を推奨する。  また日本代表の予選開催地であるレシフェ、ナタル、クイアバの日系人コミュニティーとの連携は、現在は予定されていない。  同委員会のウェブサイト=(www.bunkyo. org.br/ja-JP/worldcup)、Facebookアカウント=(www.facebook.com/worldcup.brazil.nikkey)   【コラム】 モザイク ブラジルワールドカップ日本人訪問者サンパウロ支援委員会の設立は、ブラジル日系社会が持つ、困った人を助ける精神を日本人に示せる、とてもよい試みだと思う。しかし、「あくまでボランティアで、できる範囲のことしかできない」という主張は正論だが、仮にFacebookなどで情報が拡散し、来伯する観戦者の間で同委員会が知られる存在になった場合、来伯する日本人からの見え方は、同委員会の方針と温度差が生まれるだろう。「困ったら同胞が必ず助けてくれる。だからブラジルは安心だ」と考えて全面的に頼ろうとする人が想定以上にいたらどうするのか。彼らを裏切らないためにも、ウェブサイトのトップ画面では、「できること」と、「それ以上のことは絶対にできない」スタンスを明確にし、まずは総領事館に助けを求めるよう、はっきりとした導線作りが必要だろう。   【コラム】...
 1月16日に91歳で亡くなった小野田寛郎氏(元陸軍少尉)の「お別れ会ミサ」が12日午前11時からサンパウロ(聖)市リベルダーデ区のサンゴンサロ教会(Praca Dr. Joao Mendes,108)で行われる。日系団体、日本の小野田自然塾などの団体、個人が共催する。  小野田氏は1974年、フィリピンのルバング島から終戦後29年経って帰還し、日本への帰国の半年後に次兄のいるブラジルに移住。マット・グロッソ・ド・スル州で小野田牧場を経営し、ブラジルとブラジル日系社会の存在を日本に幅広く知らしめた。  その功績をたたえ、日本の靖国神社「啓照館」で行われるお別れ会と同日に、同氏を偲びミサを行う。会場のサンゴンサロ教会は、76年に町枝夫人と挙式をした場所でもある。  木原好規和歌山県人会会長は同県出身の小野田氏について、「とても律儀な人。県人会館への出入りは一度もなかったが、牧場を経営している間ずっと会費を払い、しかも日本へ帰国後も牧場の責任者を伝って、会費を納め続けてくれた」と同氏のエピソードを語った。  共催団体は次の通り。ブラジル日本文化福祉協会、サンパウロ日伯援護協会、ブラジル日本都道府県人会連合会、日伯文化連盟、和歌山県人会、兵庫県人会、日本会議、南米通信社、財団法人小野田塾、小野田町枝、フォーラム・インターナショナル、サンパウロ新聞、ニッケイ新聞。 2014年3月4日付