日系主要5団体は19日、聖市市役所で2020年万博開催都市聖市立候補への支援宣誓の書面を、立候補委員会会長を務めるジルベルト・カサビ市長へ提出した。 今回の提出に携わったのは、文協、県連、援協、日文連、商議所の日系5団体。 カサビ市長は「最初に協力を表明した団体で、とても重要」と日系団体を評価し、福原カルロス万博委員会執行委員長は「万博は聖市を活性化する良い効果がある」と説明した。 援協の菊地義治会長は「日系社会は聖市市民の一員として聖市のために支援をしていく」と述べ、また平田藤義商工会議所事務局長は「支援として我々のさまざまなつながりや万博のノウハウなどを生かせれば」と話していた。 過去南米では万博が一度も行われたことがなく、聖市は10年にも万博開催に立候補していたものの落選している。20年万博には聖市以外にエカテリンブルグ(ロシア)、イズミル(トルコ)、ドバイ(UAE)、アユタヤ(タイ)も立候補しており、来年の11月にパリで開催地が決定される。 2012年9月26日付
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既報の通り、県連主催のロードレースは18万レアル以上の赤字が出るという。にもかかわらず、一部の役員は来年の開催に意欲を見せている。どう考えても理解できない。まず、同イベントの責任者は今週開かれる9月度の県連代表者会議で赤字になった経緯を説明し、問題点を精査することが最初の仕事だろう。すでに、このコラムで指摘した通り、予算集めができないようなイベントを拙速に実施したことが問題だ。まず、どこが間違っていたのかを摘出することから始めなければならない▼ フェスティバル・ド・ジャポンの関連事業として行ったことが正しかったのか。同祭は確かにマンネリ化しており、新たな発想を取り入れなければジリ貧になるのは明白だ。しかし、同祭には150万レアルの経費が必要でその資金集めですら目一杯なのに、20万レアルもの費用を新たなイベントのために集められるかどうか。そして、同祭の関連事業として大義名分が成り立つのか。健康をテーマにしており、ロードレースはその範疇(はんちゅう)に入るというのが執行部の言い分だった。この判断が果たして正しかったのか。大みそかのサンシルベストレ大会を始め様々なロードレースが聖市では開催されている。日系コロニアの冠を付けて行う必然性を説明してほしい▼ 県連執行部の説明によれば、数社の有力なスポンサーが土壇場になって降りたために赤字になったというが、その企業名を明らかにすべきだ。多分、口を閉ざして公表しないだろう。それでは筋が通らない。代表者会議に出席している各県人会長には知る権利がある。そして、どの程度まで話が進んでいたのか。「前向きに考えましょう」程度のあやふやな話で進んでいたとしたら、交渉にあたった県連担当者の思い違いも甚だしい。資金調達の難しさを熟知しているはずの担当者なら、少なくてもイベント開催の2カ月前には予算確保を済ませ、集まらなければその時点でイベント中止を決断しているはずだ▼ もう一つある。代表者会議でロードレースの経費説明をしなかったのはなぜか。単なる連絡ミスでは済まされない。執行部が一任されていたなら別だが、そうでなければ6月末に開かれた代表者会議で経過説明をして、続行か中止を諮るべきではなかったか。それすら怠ったのはなぜなのか。釈然としない。 (つづく、鈴) 2012年9月25日
ニッケイ新聞 2012年9月21日付け 「日系社会の支援表明は貴重かつ初の正式なもの。日本の支援も期待したい」――。ジルベルト・カサビ市長は、サンパウロ市が目指す南米初の万博開催への協力を明らかにしたコロニアに感謝の意を示した。博覧会国際事務局(BIE、本部パリ)が主催する『EXPO 2020』(万博)の候補地に名乗りを上げている。19日、県連、援協、文協、日文連、商議所の日系5団体の代表者らが日系社会を代表し、市役所でカサビ万博立候補委員長(市長)に対し正式な支援表明を行った。 万博とは、国際博覧会条約(BIE条約)に基づき複数国が参加する博覧会。1851年のロンドン万博が初。高い経済効果が見込めることから、世界各地で開催され、日本では大阪(1970)や愛知(2005)で開かれた。南米では一度も開催されていない。立候補地はエカテリンブルゴ(ロシア)、イズミル(トルコ)、ドバイ(UAE)、アユタヤ(タイ)、聖市の5市。昨年10月28日、ジウマ大統領が正式な国の事業として立候補している。開催地は来年11月パリ本部で、161カ国の会員国による選挙で選ばれる。聖市に決まれば2020年5月15日~11月15日の間、聖北西ピリツーバで開催予定。同委員会の執行委員長である福原カルロスさんが日系人だったことから、最初の支援要請先として日系社会が選ばれた。今後、他の移民社会にも協力要請するという。福原執行委員長は「テーマ『多様性の力と成長のための調和』(Forca da Diversidade, Harmonia para o Crescimento)は、まさに多民族国家ブラジルのもの。国の発展に大変重要なイベント」と強調した。中谷アンセルモ日文連理事長は「日系社会の力をもって応援できることを光栄に思う。是非頼りにしてもらいたい」と話し、平田藤義・商議所事務局長は「まだ具体的な話はないが、例えば専門家の派遣や提言などを行い、日本の万博経験のノウハウをブラジルに伝えられたら」と自身の考えを述べた。
27日会議で前田氏が説明予定 【既報関連】県連(園田昭憲会長)主催のロードレースが7月29日に聖市中心部で行われ、10万レアル以上の赤字になった問題について本紙が複数の県連執行部役員に意見を求めたところ、単独の事業会計報告書の開示の是非や来年度のロードレース継続開催などを巡って執行部内の意見が二分し、さながら1世対2世の構図になっているという。 また関係者によると、ロードレースの責任者である前田ネルソン実行委員長が27日に行われる代表者会議で、同大会についての詳細を県人会長らに説明する予定だという。 ロードレース単独の事業会計報告書に関して1世を中心とした執行部役員らは、「出すべき」という意見だが、2世を中心とした役員らは「出す必要はない」という反対意見を持っているという。 さらに、来年の同大会実施について1世を中心とした執行部役員は、「実施をしないほうがよい」という考えを示し、逆に2世を中心とした役員らは「したほうがよい」という見解を示しているという。 園田会長は本紙の取材に対し、「ロードレースに関してどうするかまだ何も決まっていないのでコメントできない」として口をつぐんだ。第1会計の吉村幸之氏は19日に行われた執行部の定例会議を欠席している。 一部ではロードレース事業の赤字額は18万レアルを超えると言われており、「ロードレース赤字問題」は執行部の責任問題から県連の在り方を問う問題にも発展している。 なお、来年度のフェスティバル・ド・ジャポン自体の開催についても27日の代表者会議で発表され、各県人会長に意見を求めるとみられる。執行部の1人は「会場のイミグランテス会場の賃料が未定のため、予算を立てられない。どれだけの出費になるのか分からない中で日本祭りを行うかどうか、その部分を各県人会長に問うことになるだろう」と話した。 2012年9月21日付
沖縄県人会ビラ・カロン支部(翁長清支部長)主催の第10回おきなわ祭りが15、16日の両日、聖市ビラ・カロン区の同支部会館前クルービ・エスコーラ・ビラ・マンチェスターで開催された。両日とも夏の暑さを思わせる晴天となり、訪れた人々で会場は熱気にあふれていた。 年々規模を拡大している同祭は3年前から、土、日曜2日間かけて開催。聖市のカレンダーにも登録されている。食べ物関係及び各種バザリスタなど約100店が会場を取り巻くように設置され、大型テントのメーン会場ではラジオ体操を皮切りに、古典音楽合同演奏、若者たちのダンスや琉球舞踊など62演目が披露された。 沖縄名物のヒージャー(ヤギ)汁を毎年中心となって作っているサンマテウス支部(天久茂雄支部長)では今年、16頭約560キロ分のヤギをつぶしたという。同支部の島袋安雄氏によると、ヒージャー汁作りで最も需要が大きいのは同祭だといい、「ヒージャー汁を目的に来る人もいます」と笑顔を見せていた。 同祭のために2週間前から沖縄そばを準備したと話すのは、ビラ・カロン婦人部の城間和枝部長。160人いる部員が総出で400キロ分のそばを準備したという。 会場には、非日系来場者の姿も目立ち、聖市や地元及び沖縄県系人関係者の協力により、今後も規模を拡大していく考えだ。 2012年9月21日付
22日(土曜日)◎援協傘下のサンパウロ自閉症児療育学級「青空学級」(PIPA)の生徒による学習発表会は、午前9時から聖市リベルダーデ区のリベルダーデ医療センター(Rua Fagundes, 121)5階ホールで。◎ブラジル書道愛好者展は、午前9時から聖市リベルダーデ区の文協貴賓室(Rua São Joaquim, 381)で。◎コチア産業組合関係先没者合同ミサ・慰霊祭は、午前9時からコチア市ジャルジン・ノムラ区のサント・アントニオ・デ・ポルトン教会(Rua Jorge Caixe, 250)とラポーゾ・タバレス街道沿いにあるコチア市と高知県いの町友好公園で。◎ビラ・カロン文化体育協会婦人部の慈善バザーは、午前9時から聖市ビラ・カロン区の同文協会館(Rua Nunes Balboa, 299)で。23日も。◎アチバイア花といちご祭りは、午前9時から聖州アチバイア市にあるエドムンド・ザノニ市立公園(Av. Horácio Netto, 1030)で。23日も。◎七宝作家・岩井和子さんの展覧会は、午前9時から聖市イタイン・ビビ区のオクタービオ・カフェ(Av. Brigadeiro Faria...
今年7月に行われた県連日本祭りでは4600食を販売し、長蛇の列ができた和歌山県人会連合会(木原好規会長)のお好み焼きが、8月31日から9月2日まで開催されたマット・グロッソ七夕日本祭り(伊沢祐二実行委員長)に初出店。同地では認知度が低いお好み焼きだが、1200食を売り上げる結果となった。(川口裕貴記者) 同祭では県連日本祭りで調理に携わった5人が会場に出向き、地元の野球部などの協力を得て計10人で挑んだ。前日に会場入りして入念な打ち合わせを行ったが、資材を積んだトラックが開催前日になっても到着せず、本番直前に到着するなど慣れない地でのハプニングに苦労していた。 同祭は3日間で6万人の来場があり、約50店の日本食販売ブースが参加。主に焼きそばや巻きずしなどなじみのある食べ物を売る店が多い中、同州初出店となるお好み焼きだけに、店の前を通る来場者は「オコノミヤキ、何それ?」と興味はあるものの、結局は定番の日本食を食べている人が目立った。 価格は15レアルと県連日本祭りと同じ設定。周りの日本食と比較しても決して安くはない価格だった。しかし、知っている人は同地域で食べられるものではないとして購入していた。また製作の様子や、食べている人の姿を見て購入する人が多く、ピーク時には1、2位を争う人気店となり、人だかりができていた。 製作に携わった婦人部員によると、購入後再び訪れ「お土産に持って帰る」と言い購入した人や、「おいしかった」とわざわざ礼を言いに来る人もいたという。 会場は夜になっても気温30度近くと暑く、お好み焼きの調理は大粒の汗を流しながらの作業だった。時折水分補給をしながら鉄板に向かう関係者は、体力、気力共に3日間極限状態だった。 開催前、本紙のインタビューに応じた木原会長は不安を口にし、「サンパウロには舌が肥えているブラジル人が多いが、ここはいわば未開拓の地。受け入れてもらえるか分からない」と神妙な口調で話していた。しかし、終わってみると1200食を売り上げる上々の結果となっていた。 同祭での経験を踏まえて木原会長は、「お好み焼き未開拓の地である程度の手応えを感じた。しかし、慣れない地では想像以上に大変だった」と笑いながらも疲労感を隠せなかった。 なお調理に携わった地元の野球部は伊沢同祭実行委員長が派遣したもので、来年以降は技術を習得した彼らが中心となりお好み焼き販売を行う考えで、同県人会は実行委員側の要望により招待された。 2012年9月20日付
責任追及を辞さない意見も 【既報関連】県連(園田昭憲会長)は今年、フェスティバル・ド・ジャポンの目玉企画の一つとして7月29日に聖市中心部で第1回ロードレースを開催したが、予算の10倍にあたる10万3267レアル(7月度会計報告書)の赤字を計上。8月度代表者会議では収支報告を聞いた出席者から怒りの声が上がった。会議は7月の会計報告の承認はあやふやのままで幕を閉じており、ロードレース単独の事業会計報告書は開示されていない。本紙では県連の「ロードレース赤字問題」について、各県人会関係者らに意見を求めた。今後は県連執行部の責任問題追及に発展する可能性もある。(編集部) 和歌山県人会連合会の木原好規会長は来年以降のロードレース開催について、「ロードレースは県連の活性化にはつながるが目的があいまいだった。(ロードレースを)継続して開催できないのであれば、開催すべきではない」と述べた。また、単独の事業会計報告書については「県連代表者会議で開催を了承した時と同様にきちんと報告すべき」と強調した。しかし「この大会は日本祭りと同時期の開催で関係者の関心が薄く、赤字になって初めて注目された」と執行部の責任問題も含めた上で、「同会議でロードレースを了承した皆の責任であり執行部だけを責めるのはおかしい」と、あくまで県連関係者全員の責任であるとの見解を示した。 宮城県人会の中沢宏一会長は、「大変なミスで残念。来年度の開催については詳しい説明を聞かないと判断できない」とし、事業会計報告書の開示を求めた。 また、説明責任を果たしているかという質問については「説明責任というよりも、むしろ『執行部に任せておけば大丈夫』といった考えを持っていた県連全員の責任だろう」と全体責任を強調。加えて、「代表者会議以外にも場を設けて、きっちり話し合わなければならない」と再発防止策を提案した。 愛知県人会の豊田瑠美副会長(会長代理)は、「企画発案は良かったものの事前広報が足りず、企画自体を知らない日系人も数多く居た」と、準備段階での問題点を指摘。さらに、「あらかじめの見積もりが不透明で、きちんとした説明もなかった」と話し、事業会計報告書の提出を求めた。 しかしながら、「今回の赤字のすべてが執行部の責任だとは思わない。執行部は初めての企画ながらも一生懸命に取り組んでいた。具体的な費用面への質問をせず、企画案に賛成をした各県人会代表者にも赤字の責任はあると思う」と執行部に一定の理解を示した。 一方、東京都友会の坂和三郎会長は責任問題にまで言及。「県連は営利団体ではないのだから、催しにかかわらないほうが良いのでは」と本来の県連の立ち位置について触れ、責任問題に関しては「赤字額を執行部に払わせるわけにもいかないが、『役員としての資質がない』と言う人もいるかもしれない」と明言を避けながらも何らかの形で責任を取ってもらいたい考えを示した。 また、県連執行部は赤字額が増えた理由として「7月に入り複数のスポンサーから断られた」と説明しているが、それに対して坂和会長は「スポンサーが開催 間際になってキャンセルすることは、催し関係ではよくあること。賭け事のようなものなので気を付けなければいけない」と提言。さらに、「今はお金があるか ら悠長な考えになっているのではないだろうか。原点に戻り、危機感を持ちながら運営しなければいけない」と現執行部の在り方を問うた。 千葉県人会の原島義弘会長は「県連は本来すべきことである日本祭りや県人会のための行事だけをするべきだ」と、今後の開催に反対。事業会計報告書に関しては、企業名は出さずに県人会長らに対しては会計の詳細を明らかにするべきとの意見を持っている。 また、8月末に行われた県連の代表者会議に、同大会の責任者である前田ネルソン実行委員長が欠席したことを無責任だと感じており、「まず前田さんは県人会 長らに謝罪し、赤字になった原因などを細かく説明するべきだ」と強調。責任問題については「執行部を辞めて責任を取れという声が上がれば多数決を行い、可 決されれば責任を取って辞めるべきだろう」と今後の責任追及も辞さない構えを見せた。 事業会計報告書の開示をはじめ、来年度のロードレース開催について、県連執行部の今後の動向に注目が集まっている。 2012年9月20日付
秋田県人会の川合昭会長(77)の趣味は、ブラジルで六段の腕前だという将棋。約10年前に開催された老中杯棋戦大会で自身初めての優勝を果たし、今年3月に行われた第34回クリチバ将棋最強者戦も制した。 川合会長の生まれは兵庫県宝塚市。幼いころに父の仕事の都合で満州と内モンゴル自治区に住み、第二次世界大戦が終わった1945年に日本に帰国し、兵庫県にある実家に戻った。 将棋との出合いは、川合会長が11歳の時。兵庫県に住んでいた祖父が教えてくれたことが、将棋を指すきっかけになったという。以来、川合会長は学校に将棋盤を毎日持って行き、授業の合間の10分間の休み時間でも友達と将棋を指していたそうだ。 13歳の時、父の都合で秋田県秋田市に転勤し、久保田中学校(現在の秋田中学)に転校。その後、秋田高校に入学した川合会長は、自ら同高校になかった将棋部を創部し、部長になった。また、多趣味な高校時代を送り、漢詩部を作ったり、放送部や書道部にも所属していたという。 高校卒業後、川合会長は陸上自衛隊員、タクシー運転手、ヤマハ楽器の代理店のスタッフと転職しながらも暇を見つけては将棋を指し、初段を取得した。その後、夫人と新天地のブラシルに移住した。 移住後は、当時将棋愛好家のたまり場だった聖市リベルダーデ区の「万平食堂」に通い、将棋を指していた。それから、ブラジル将棋名人戦大会などに参加し続けてブラジルの六段まで登り詰め、2007年にはブラジル将棋連盟の会長に就任した。 川合会長は普段、手将棋(実際に相手と対局すること)よりも定跡将棋(長年の研究よって部分的に双方ともに最善とされる、決まった形の指し方)を重視しており、将棋の理論本で勉強している。特に現在、県人会の行事などで多忙な同会長は、相手を必要としない理論本で詰め将棋などをすることが多いという。 川合会長は現在のブラジルの将棋界について「将棋道に通じていない」と批判する。同会長の言う「将棋道」とは、対局の終始にあいさつ、駒の並べ方や駒の動かし方など日本の正しい細かいルールを守り、精神も鍛錬すること。しかし、伯国内では勝敗だけにこだわる人が多く、「将棋道」に通じている人が少ないそうだ。 同会長は将棋の魅力について「サッカーと似ていて攻守の変化に富んでいる。さらに逆転もあるので面白い」と語る。また、川合会長は今後の目標について「伯内で正しい日本の将棋(将棋道)を伝えたい。また同連盟と日本将棋連盟の交流の場を増やし、ブラジルに将棋会館を造りたい」と意欲を示した。(おわり、石橋恭平記者) 2012年9月19日付
書道極めた茨城・小林操会長 ブラジル都道府県連合会(園田昭憲会長)主催の「第15回フェスティバル・ド・ジャポン(日本祭り)」も7月半ばに終わり、同祭で中心的に活動した47県人会長の多忙さも少しは落ち着いたことだろう。県人会長の中には趣味に時間を割く人もおり、中には趣味を極めてプロ級のレベルまで達し、活躍している会長もいる。県人会長を務める時とは違う別の顔を持つ2県の会長を、2回連載で紹介する。(石橋恭平記者) 茨城県人会の小林操会長(77)は、8月1日から聖市モエマ区の聖州議会内文化スペースで自身初めての個展「書道・墨彩画展」を開催した。 小林会長の出身は、茨城県日立大宮市。子供のころは、周りにあるものは何でも手当たり次第に絵を書いて親たちを困らせていたことが、今も小林会長の記憶に残っているという。 茨城大学工学部で金属工学について勉強した小林会長は、ブラジルに27歳の時に妻子を連れて移住した。その後、金属工業の会社を起業したが、現在は退職し、息子の和人さんが経営している。 小林会長と書道との出会いは約20年前。茨城県人会員らと協力して同県人会に書道教室を設立し、習い始めたことがきっかけだった。書道に夢中になった小林会長は当時まだ働き盛りの50代。会社から帰宅して、午前3時ごろまで書道の練習に励み、翌朝には会社に一番に出勤していた。同僚からは、「小林さんはいつ寝ているのだろうか」と心配されていたほどだ。 書道の世界にのめり込んだ小林会長は、日本で行われる書道大会に毎回応募し、粒々辛苦(りゅうりゅうしんく)の努力の末、ブラジルで初めての毎日書道会(東京)会友になり、準師範まで上り詰めた。 また昨年には、同県人会の書道教室開設20周年を記念した書道展「墨の芸術展」を開催。小林会長らは書道のデモンストレーションを行い、観客は一挙一動を見守り、カメラで撮影するなど熱心に見入っていた。 小林会長は書道の魅力について「筆を握っている時に心が無になり、一切すべてのことが忘れられる」と真剣に話した。 小林会長の現在の活動場所は5カ所(聖市2カ所、リベイロン・ピーレス市、コチア市、ビニェーダ市)で書道と墨彩画を指導している。生徒の大部分を女性が占めており、非日系の生徒も徐々に増えている傾向だという。また、最近は県連の催しで忙しい小林会長は、ほとんど書道の時間が取れていないそうだ。 小林会長は今後について「県人会長を退任したら自分なりの作品をじっくりと極めたい」と希望を述べ、「パソコンを使って自分の作品をたくさんの人に見てもらい、交流していきたい」と目を輝かせながら語った。(つづく) 2012年9月18日付
【一部既報】県連(園田昭憲会長)が主催する第6回弁論大会と日本語センター(板垣勝秀理事長)が主催する33回サンパウロ・スピーチコンテストが、23日午前9時半から午後5時まで聖市リベルダーデ区の広島県人会館(Rua Tamandaré,800)で同時開催される。入場無料。 今年の出場者は弁論の部14人、スピーチの部30人の計44人。学校単位での協力が多かったため出場者は昨年の約2倍に増加した。 同日の午前中は、スピーチの部のBクラス(日本語能力試験4級から3級程度の日本語力を要する)の出場者が演説を発表し、昼休み後、スピーチのAクラス(同2級程度以上)の出場者による弁論が披露される。その後、審査員講評と結果発表が行われる予定。 弁論の部のテーマは「日本を想う」で、日本語能力試験2級程度以上の出場者が頂点を目指して競い合う。優勝者には日本行きの往復航空券などが贈られる予定。 スピーチのテーマは自由で、各クラスの入賞者は国際交流基金主催全伯スピーチコンテストにサンパウロ代表として出場できる。 同センターの諸川有朋副理事長は「日本語教育に関心のある方はぜひ、聞いていただきたい」と来場を呼び掛けた。 問い合わせは、日本語センター(電話11・5579・6513)まで。ウェブサイト(http://www.cblj.com.br)。 2012年9月18日付
ニッケイ新聞 2012年9月15日付け ブラジルはもちろん、世界中で圧倒的な人気を誇るパズルゲーム「数独」の技能を競う『第1回ニッケイ杯・数独大会』(本紙主催)が29日午前10時から、宮城県人会(Rua Fagundes, 152, Liberdade)で開催される。文協、県連、宮城県人会、コジロー出版協賛。後援するパズル出版社「ニコリ」(本社東京、1983年設立)の社長で、数独の考案者である鍛冶真起氏(61、北海道)が初来伯、数独が世界に広まった経緯やパズルビジネスをテーマに講演を行なう。大会は誰でも参加可能、出場費無料。希望者はメール(sudokunikkey@gmail.com)で名前と年齢を知らせること。またはニッケイ新聞(11・3208・3977/堀江)まで。 数独(すうどく、Sudoku)は、3×3のブロックに区切られた9×9の正方形の枠内に1~9の数字を入れるパズルの一つで、縦・横の各列及び、太線で囲まれた3×3のブロック内に同じ数字が複数あってはいけないというルールがある。「数独」という呼称は、ニコリが発行するパズル雑誌『パズル通信ニコリ』で使用される名称(登録商標・日本第3327502号)で「数字は独身に限る」の略。日本では「ナンバープレース(ナンプレ)」と呼ばれることも多いが、ブラジルでは「SUDOKU」として知られている。初の世界選手権(World Sudoku Championship)は06年イタリアで開かれ、22カ国85名が参加、チェコの女性が優勝した。全日本大会や世界大会も各地で開かれている。(ウィキペディアから抜粋)◆かじ・まき 1951年、北海道札幌市生まれ。應義塾大学国文科中退。出版社や印刷会社勤務を経て、1983年、株式会社「ニコリ」設立。既存のパズル「ナンバープレイス」を「数字は独身に限る」と独自の改良を加え『数独』と命名した。「ニコリ」は、パズル専門誌を出版するほか、新聞や雑誌にもパズルを提供、世界で最も豊富な供給源となっており、現在250種類以上のパズルを提供、150以上のパズル雑誌を出版している。
ニッケイ新聞 2012年9月15日付け ラーモス日伯文化協会(尾中弘孝会長)は2日、サンタカタリーナ州フレイ・ロジェリオ市ラーモス移住地の桜公園で第15回さくら祭りを開催し、今年は例年より多い2千人が来場した。南部各都市から多くの非日系人客が訪れた。開会式には在クリチーバ総領事館の山口登総領事も出席し、「桜の美しさに加え、日本の精神や芸術を味わってほしい。地元の人々が日本を知る良い機会に」とあいさつした。桜公園では山桜1千本のほか、ツツジ、アゼリアなど計3千本の花が満開。故滝沢正吉(まさよし)さんが桜公園造成委員会の委員長を務め、89年に桜を植え始めてから、今日に至るまで毎年約50本の苗木が植え続けられている。当日は、公園内のあちらこちらで芝生に座り込み、花見を楽しむ人々の姿が見られた。舞台でも空手、剣道、舞踊、太鼓などを披露。同移住地のさくら太鼓や、パラグアイ・イグアス植民地のこたろう太鼓などが出演し、舞台を盛り上げた。茶室では一日中茶道のデモンストレーションが行われたほか、売店では尾中会長が持ち寄った伯国で珍しい麹も販売され、好評を呼んだ。同祭にはラーモス移住地50年記念誌の編纂に協力し、同地に滞在していた麗澤大学の丸山康則名誉教授も参加。同移住地で2週間籠作りを教えた妻のきよみさんは、武道館で開かれた展示コーナーで本人や生徒の作品を紹介していた。同祭で目を引くのは会場の非日系人客の多さ。フロリアノーポリスやブルメナウ、クリチーバなどパラナ、サンタカタリーナ州の主要都市から、多くの家族連れが車で訪れていた。初めての浴衣を試着し、尾中会長と記念写真を楽しんでいたのは、フロリアノーポリスから訪れたリス・コメラット・アルベスちゃん(7)。「朝5時に家を出発した」と話す母エジィさんは会場の様子に大満足、「遠くから来た甲斐があった。来年もぜひ来たい」と話していた。来場者数は一昨年の1千人からぐんと増え、今年は倍の2千人に。尾中会長によれば「特にお金をかけた宣伝はしていない。口コミでどんどん来場者が増えてくる」。同地桜祭りについて「ここではより日本らしいおもてなし、花、気候の3点で来場者をお迎えしたい」との心意気を語っていた。(長村裕佳子クリチーバ通信員)
ニッケイ新聞 2012年9月15日付け 今月10~13日にアニェンビー総合展示場で開催されたホテル業界見本市『Equipotel 2012』に、ジャパンパビリオンが出展され、秋田、山形、青森、福島、島根、岩手、宮城、福岡、京都の1府8県から、16の中小企業が参加した。経済成長の最中にあり、日本食がブームのブラジルに関心が高い中小企業が増えていることを受け、JETRO(日本貿易振興機構)の主導で出展が決まり、今年4月頃から募集が行われた。各企業が独自の県産品を出品する中、島根県と並び最多の3社が参加したのが山形県。いずれも日本酒のメーカーだ。「月山酒造」と「出羽桜酒造」の2社は共に約5年前からブラジルに自社製品の輸出を行っている。「楯の川酒造」は、進出を前提とした現地での取引先の選定を兼ねた来伯となった。「月山」の鈴木潤一専務取締役は「震災やストの影響で輸出出来る量は限られてしまっている。自分で機会を作って、少しでも知ってもらう努力をしないと」と自らブラジルに出向いた理由を語り、「出羽桜」の鴨田直希輸出担当長は「高級レストランの関係者も訪れる今回の見本市は、ターゲットとしているハイクラス層の間での日本酒の知名度を上げるきっかけに成り得る」と話した。他県のブースでも日本酒の出品が目立ち、16社中9社が自慢の地酒を披露していた。その他福島県「宝来屋本店」の「冷やし甘酒」、青森県「かねさ株式会社」の味噌とケチャップを配合した「みそチャップ」、味噌を粉末化した「パラミソ」など独自性の強い商品が来場者らの目と舌を楽しませていた。
東京都友会(坂和三郎会長)は8月24日、パウリスタ大通り沿いにある同会事務所近くで8月度定例理事会を開催。坂和会長を含む同会役員と事務員が出席した。 会では右近昭夫第1会計理事(69)が7月度の収支報告を行ったほか、岡田本子理事(74)が8月3~5日の3日間行われた毎年恒例のピクニックについて報告した。 同催しをコーディネートした岡田理事は、「宿泊したホテルはエレベーターからパノラマの景色が見えるすてきなところで、ゆったりした雰囲気で皆さんお気に召して下さった」と話し、ビンゴやカラオケ、サウナなどで優雅な週末を過ごしたと報告した。 会員から「いつあるのか」と待ち望む声が上がるほど人気だという同会のピクニックは、「おいしい食事を楽しめるところ」を条件に宿泊先の候補を選出。4月の理事会で行き先を決定している。その後、名簿に登録されている会員に開催を知らせると、「都友会の仲間に会えるから」と希望者が集まり、6月中にはほぼ満席になるという。 坂和会長は「今年は早々に席が埋まり、自家用車を出してでも参加したいと言う人も居た」と好評ぶりについて語った。 役員らによると、ピクニックは同会の設立時から続く伝統行事。近年は日帰りではなく、金曜の夜から2泊の日程で実施しているが、「ピクニック」という名前だけはそのまま残っているという。 理事会に出席した役員らは「今回も食事が良かった」「奇麗なところでしたね」と感想を語り合い、来年度の開催に期待を寄せていた。 2012年9月14日付
ニッケイ新聞 2012年9月14日付け 埼玉県議会「日伯友好議員連盟ブラジル訪問団(竹並万吉団長)」の歓迎交流会が埼玉県人会(飯島秀昭会長)主催で5日、聖市ジャルジン・パウリスタ区のレストラン「新鳥」で開かれた。県人会関係者ら約20人が、伯国視察のため来伯した県会議員ら13人を迎えた。議連の来伯は4年ぶり。一行は8月29日に着伯し、ブラジリアで国会会議場の見学、マナウス、イグアスでの日系移住地訪問、今年5月に同県から教員の派遣を実施した、リオにある社会教育活動施設の視察も行った。飯島会長は「自分の目で見たブラジルを日本で宣伝してもらいたい」と開会の辞を述べ、県人先亡者181人に向け1分間の黙祷が捧げられた。竹並団長は挨拶の中で「両国発展の要は教育分野の交流。埼玉県にも1万3千人のブラジル人がいるが、リオへの教員派遣事業は外国人児童らの教育の充実にもつながる。これから3年に渡って教員の相互交流を行っていく」と話し、積極的な交流を示唆した。その後、神谷裕之顧問が上田清司知事からの親書を披露し、会場が大きく盛り上がる中、田中千裕幹事長により乾杯がなされ、賑やかに会食が行われた。初めて来伯した小川真一郎事務局次長は「移民の方々が勇気と希望を持ってブラジルに渡り、立派な功績を残してこられたことを強く実感した。祖国日本をよりよくしていくことが私たちの使命」と感慨深げに語った。県人会員で、モジから参加した宇都宮喜美恵さん(54、三世)は「父の古里である埼玉から議員の方々がはるばる来てくれるのは本当に嬉しいし、ありがたい」と目を細めながら話した。一行は聖市アルト・デ・ピニェイロス区にある「サイタマ公園」で桜の木2本の記念植樹を行い、7日に帰国した。同連盟は日伯両国の相互理解を深め、教育、文化、スポーツなどの諸分野での交流と両国の発展に寄与することを目的に2007年に設立。日本移民百周年、埼玉県人会創設50周年を迎えた2008年には13人が記念式典に出席した。
埼玉県人会(飯島秀昭会長)主催の埼玉県議会「日伯友好議員連盟」歓迎交流会が、5日午後7時から同9時まで聖市内の日本食レストランで開かれた。 同県議会のブラジル訪問団(竹並万吉団長)は、4年前の同県人会50周年記念式典以来2回目のブラジル訪問。8月29日から9月7日までブラジリア、マナウス、リオ、パラグアイのイグアス移住地、サンパウロなどを視察した。今回の訪問団は11人で構成され、そのうち5人が初来伯だった。 交流会には県人会員など約30人が出席し、天ぷらやすしなどが振る舞われた。 飯島会長は「来年、再来年とまた来てほしい」と同団に再来伯を強く呼び掛けた。また、竹並団長(72)はリオ市近郊にある社会教育活動施設で貧困のため教育を受けられない子供たちに対して同県が今後3年間教員を派遣し、教員相互の交流を行ったりする支援が決定したことを報告。「今後のブラジルと日本の発展の要となるのは、教育分野の交流ではないかと考えております」と話した。 以前ブラジルに住んでいた諸井真英同団事務局長(43)は「今回の視察で議員らは色々なものを感じたと思う。議員という立場の人間がブラジルを知ることは大事」との考えを述べた。 同交流会後、飯島会長は「埼玉県の日伯友好議員連盟は、他県と比べブラジルに対して一歩前に出ていて、今回の訪問でさらにブラジルと日本の距離が縮んだ気がする。今後、埼玉県人会の受け入れ体制をしっかりしていくべきです」と日伯相互のさらなる関係強化を望んでいた。 2012年9月13日付
核兵器の廃絶目指して 南米拠点となる事務所設置へ 平和市長会議(松井一實会長)の田上富久副会長(長崎市長)は4日、リオ市を訪れステリオ・アマランテ大使と同市内で会談した。会談で田上副会長は「五輪など世界的なイベントが予定されているリオ市が同会議の南米の活動拠点として最も適した都市である」と伝え、同会議の職員が常駐できる「南米事務所」の場所の提供を求めた。これに対し、アマランテ大使は「市内の遊休市有物件について無償提供が可能である」との基本的了承を示した。具体的な場所や入居期間、常駐する職員数などは未定。今後、両市は維持管理費の負担などについて整理する。 田上副会長は本紙の取材に対し、「平和市長会議はこれまで加盟都市数を増やすことによって、発言力を高めてきた。今後は活動の質を高めていかなければならない。同時に地域ごとのテーマに沿った活動が必要になっており、非核地帯である南米での活動は重要になる。北半球に与えるインパクトが非常に大きい」と、南米事務所開設の意義を説明した。 平和市長会議は、世界中の都市が連携することによって核兵器廃絶の市民意識を国際的な規模にまで喚起し、核兵器の廃絶を目指すNGO団体で、加盟都市数は9月1日現在で154カ国・地域の5400都市。このうち、ラテンアメリカ・カリブ海地域では24カ国579都市が加盟している。 同会議は、1982年にニューヨークの国連本部で開催された第2回国連軍縮特別総会で荒木武広島市長(当時)が、世界の都市が国境を超えて連帯し、「核兵器廃絶に向けての都市連帯推進計画」を提唱。広島・長崎両市長から世界各国の市長あてにこの計画への賛同を求めたことが設立のきっかけ。 同会議では2003年、20年までの核兵器廃絶を目指す行動指針「2020ビジョン(核兵器廃絶のための緊急行動)」を策定しており、世界の都市、市民、NGOなどと連携しながら、核兵器廃絶に向けて活動している。 2012年9月13日付
【一部既報】来年3月に出発するサンパウロ新聞創刊66周年、戦後移住60周年記念事業「ブラジル移住者里帰り訪日使節団」の募集が9月から始まった。同事業のスポンサーとなった竹内運輸工業株式会社(本社・東京都三鷹市)の竹内政司社長(57)の思いを聞いた。 「若い時にお世話になった日系コロニアに恩返しがしたい。祖国に戻ったことのない1世を日本に里帰りさせてあげて、古里を見てほしい」――。 今年4月、久しぶりに東京で会食した竹内社長が切り出した。 「ジャンボ機で移住者のお里帰りができないかなあ」と突拍子のないことを言う。大学を卒業直後の1977年から80年まで約3年間、サンパウロ新聞の社会部記者として働いた経験を持つ。記者時代、ブラジルと日本をJALのチャーター便が飛んでいた。里帰りツアーの移住者たちのうれしそうな笑顔を取材を通して見ていたのだ。だが、ジャンボ機をチャーターし、ブラジルと日本を往復するのに1億円近い費用がかかる。「それは無理。1000万円程度なら」と20人の団員募集が決まった。 「1世の里帰りより、次世代を担う若者たちの交流にしたらどうか」と水を向けたが、頑として首を縦に振らない。「僕がお世話になったのは1世。新聞社もそうでしょう。やりましょうよ」。この熱意には頭が下がった。 竹内社長が記者時代の日系コロニアは1世が中心で活気があり、聖市内だけでなく地方に行っても圧倒されるような人たちと出会い、薫陶を受けた。 「あの時、教えてもらったことが、今の自分の役に立っている」と当時を振り返る。78年6月、「1世最後の式典」と当時の文協会長の中沢源一郎氏が言ったブラジル日本移民70年祭。その会場となった聖市パカエンブー競技場に立ち、埋め尽くした日本人、日系人に鳥肌が立った。裸一貫でブラジルに渡った日本人移民の集大成を目の当たりにしたからだ。今もその光景がまぶたに焼き付いている。 帰国後、祖父が興した運送会社の3代目社長に就任して数年目、窮地に立たされた。だが、迷わず本社ビルを売却。新事業を構築し、数年後には新たに本社ビルを建設するほどの手腕を発揮した。 「移民の皆さんが歩んだ七転び八起きの不撓不屈(ふとうふくつ)の人生を教えてもらったことが役立ったんですよ」。 立て直した会社が今年60周年を迎えた。 「記念パーティーをやるより、もっと有効にお金を使いたい」と社員の理解も得て、帰国以来考え続けていたブラジル移住者の里帰り訪日団の実現にこぎつけた。 社業60周年と戦後60周年が奇妙に一致した。「団員の人たちと東京で会えるのを楽しみにしている。歓迎会で一人一人の歩んだ人生を聞いてみたい」と心待 ちにしている。そして、「これが呼び水になって、日系コロニアや企業がこの事業を継続してくれるきっかけになればいいなあ」。 竹内社長が20年間思い続けた恩返しが始まる。 2012年9月13日付
ニッケイ新聞 2012年9月13日付け 土曜日(15日) アチバイア花といちごの祭典、午後9時、エドムンド・ザノニ市立公園(Av. Horacio Neto, 1030)、日曜日も◎おきなわ祭り、午前11時、クルービ・エスコーラ・V・マンチェスター(Praca Haroldo Daltro s/ n, Vila Nova Manchester)、日曜日も◎七宝作家、岩井和子さん個展「東洋の息吹」、午前9時、オクタヴィオ・カフェ(Av. Brigadeiro Faria Lima, 2996,...
