ニッケイ新聞 2012年9月4日付け 存続の危機を乗り越え、半世紀の節目祝う―。ブラジル長崎県人会(川添博会長)の創立50周年記念式典が2日、聖市の北海道協会会館で開かれた。母県から来伯した中村法道知事、長崎市の田上富久市長ら記念親善訪問団20数人が来賓で参加し、県人会会員や各県人会代表ほか、日伯政府関係者、各日系団体代表など約300人が集まった。2008年末の会計不祥事を発端に会の存続自体が危ぶまれたが、今年に入り騒動に一定の区切りがついたという活動正常化宣言の後、式典開催に向け着実に準備を進めてきた。県人会と長崎県を通じた日伯両国のさらなる相互交流の発展を誓いあい、名実ともに次のステップへと踏み出した。 大河正夫副会長の開会の辞に続いて、日伯両国歌を斉唱。先没者へ一分間の黙祷を捧げた後、「皆さんこんにちは! ようこそいらっしゃいました!」と元気に会場に呼びかけた川添会長は、式典開催への感謝の意を示した上で「平和を愛する団体とともに進んでいきたい」と力強くあいさつした。中村知事は、ブラジルが今後世界で果たす役割は益々重要なものになるとしたうえで、1973年から実施している海外技術研修員制度で、これまでに84人の研修生を受け入れたと紹介。「これからも様々な分野での研修を継続し、帰国後は県人会活動の中心となって活躍されることを願う」と語った。続いて渡辺敏勝県議会議長が祝辞をのべ、今回が初めての来伯という田上長崎市長は、「(滞在中、県人会の皆さんと)言葉を交わし笑いあったことは大きな思い出。一人ひとりに山あり谷ありの人生があると感じた」と感想を語った。宮本明雄・諫早市長からの祝辞が代読され、同市の伝統芸能で、両手にそれぞれ2枚の皿を持って踊る「皿踊り」の皿400枚とハッピ10枚が県人会に提供されたことが報告された。その他来賓らの挨拶に続き、知事、市長から県人会へ助成金、県人会から訪問団へ記念品が贈呈され、知事から県人会顧問の貞方賢彦さん、相談役の金ヶ江城治さん、八木健寿さんへそれぞれ功労者表彰が行なわれた。また知事から約30人の高齢者(85歳以上)表彰が行なわれ、聖市在住の樋口愛子さん(91)が代表して謝辞をのべた。創立時からの会員で、夫の哲夫さん(故人)が西彼杵郡琴海町出身。「ちゃんぽん作ったり、こどものそのに慰問に行ったり。50年色々やってきましたよ」と懐かしそうに振り返った。式典後の祝賀会では、ケーキカットに続いて記念のアトラクションが次々と披露された。特に訪問団一行による長崎の蛇踊りは会場を大いに沸かせ、エスコーラ・ナガサキの生徒による「長崎の鐘」の合唱では知事や市長も壇上に上がってともに歌い、温かな雰囲気に包まれた。
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県連(園田昭憲会長)の8月度代表者会議が、8月30日午後4時から文協ビル1階14号会議室で行われた。会議では来年の第16回日本祭りや弁論大会&スピーチコンテストなどの9項目について話し合われた。 第16回日本祭りについて園田県連会長が、実施困難であることを明かした。その理由として、実行委員長を引き受ける人材がいないこと、開催場所が決まっていないこと、場所代が未定であることの3点を挙げた。 実行委員長未定問題について園田会長は、「10月までに動きださないと出店企業との兼ね合いがあり、厳しい状況下に置かれている」と説明。さらに、同祭の開催場所であるイミグランテス展示場は現在、入札にかけられており、新しい所有者によっては場所代の値上げや同敷地内に新しい建物を建設するなどの可能性があり、場所を変えざるを得ないという問題がある。 これらの問題を含めて会議では資金の見通しがつかないため、来年度の開催を見合わせる案と、場所を変えて継続実施する二つの案が出された。 神奈川県の大矢進貞副会長は「する、しないの問題ではない。同祭は県連だけのイベントではなくコロニアのイベントで、世界最大の日本祭り。日本の最先端技術を紹介したり、内閣総理大臣を呼ぶなどして、国レベルの規模までもっと大きくしたい」と意見を述べた。園田会長は「場所代が高くなったとしても、私がスポンサーを集めてどうにかします」と宣言し、会議を締めくくった。 会議後、岩手県人会の千田曠曉会長は「資金的な問題があるので、これ以上県連に負担をかける必要はない。一回休むのも一つの手だと思う」との見解を語った。一方、新潟県人会の南雲良治会長は「場所代が少々高くてもやるべき。一回休んだら元に戻すのが難しい」と反論。香川県人会の菅原パウロ農夫男会長も「絶対に続けるべき。日本祭りはに普段来ない若い県人会員が毎年来てくれて、彼らも楽しみにしているから」と、その理由を説明した。 2012年9月4日付
中村県知事ら慶祝団23人が来伯 ブラジル長崎県人会(川添博会長)の創立50周年記念式典が、2日午前10時から聖市ビラ・マリアーナ区の北海道協会交流センターで開かれた。母県からは中村法道長崎県知事、渡辺敏勝県議会議長、田上富久長崎市長、鶴田誠二同市議会議長など23人の慶祝団が来伯して出席し、亜国やパラグアイの同県人会からも代表者が訪れた。川添会長は「常に、おいたちは長崎んもんばい(私たちは長崎の人間だ)という古里を思う気持ちがあった。次世代へとバトンをつなぎ、さらに母県との交流を拡大していきたい」とあいさつした。 晴天に恵まれた式典には国内外から県人会員や来賓など約200人が参列して半世紀の歩みを祝った。中村知事が「県人会は母県と友好親善を深める大切な財産。海外技術研修員の受け入れなどを継続していく」とあいさつすると、渡辺県議会議長も「県人会の2世3世が、古里を学ぶ場にしてほしい」と続けた。 また、田上市長は「今回の訪問では海外技術研修員のOBとの意見交換会を行い、聖州立長崎県小学校と長崎の小学校が交流を行うことが決まったほか、長崎の伝統芸能を引き継ぐ県人会に龍(じゃ)踊りで使う、龍の頭を寄贈することになった。絆を未来へつなげてほしい」と願いを込めた。 このほか、在サンパウロ日本国領事館の小林雅彦首席領事は同県人会の活動について「広島県人会と共にレジストロ市やイビラプエラ公園で実施している灯籠(とうろう)流しや8月9日に行っている慰霊ミサ、さらには原爆写真展の開催など平和の大切さを伝える活動に力を入れており、総領事館としても感謝している」と述べた。 この後、同県人会の貞方賢彦顧問、鐘ヶ江城治相談役、八木健寿創立会員が功労者として母県より表彰され、85歳以上の高齢者28人(出席者11人)にも知事から表彰状が手渡された。 表彰された樋口愛子さん(91、山口)は1921年に家族と共にブラジルに渡り、モジアナ線のグラビーニョスでカフェ栽培から始めた。2年後に平野植民地に入ったが、マラリアから逃れるためバストスへと移り住んだ。樋口さんの父親はバストス産業組合の溝部幾太専務理事。46年3月に勝ち組から暗殺された。 樋口さんは波乱万丈の人生を振り返り、「私は山口出身だが、主人が長崎出身なのでずっと長崎県人会に入っている。長崎には3回行った。子どもも育て上げたし、いつ死んでもいい。今でも買い物も掃除も自分でしている。今日もメトロで1人で来た」と元気いっぱいに話した。 アトラクションでは、長崎との交流が再開した長崎県小学校の児童がステージで、平和を願う「長崎の鐘」を合唱。中村知事や田上市長、小林首席領事らも壇上で共に歌った。 このほか、県職員らがさだまさし作曲の「長崎がんばらんば体操」を披露。最後には参列者全員で諫早市から寄贈された法被を着て「皿踊り」。終始、笑顔溢れる式典となった。 2012年9月4日付
2日に開催されたブラジル長崎県人会創立50周年記念式典祝賀会で、田上富久長崎市長ら10人が舞台に上がり、長崎の伝統芸能「龍(じゃ)踊り」を摸した芸を披露し会場を沸かせた。 「龍踊り」は中国が起源で、五穀豊穣(ほうじょう)を祈る雨乞いの神事として始まったもので、龍がドラやラッパの音により、玉を追い求めて乱舞する長崎の伝統芸能。玉は太陽を表し、龍が玉を飲むことによって空が暗転し、雨を降らせると信じられている。 飛び込みで行われた龍踊り芸は、スーツのジャケットを裏返しに着た田上市長が玉持ち(龍が追いかける玉を持つ者)となり、龍頭(龍の頭)には渡辺敏勝長崎県議会議長が扮(ふん)した。渡辺議長は割りばしをネクタイで頭に縛り付けて龍の角にし、自らの口でラッパの音を再現。目を大きく見開いてすっかり龍になりきり、きょろきょろと田上市長の持つ割りばしに刺した玉(レモン)を探しては、舞台上を所狭しと駆け回った。 囃子方も、大きな鍋のふたをシンバル代わりに鳴らし、最も当選回数の多い吉原孝市議がユニークな解説で会場の笑いを誘った。 龍が舞台袖に消えると、会場からはアンコールという意味の長崎弁「もってこーい、もってこーい」という掛け声が飛び交い、盛り上がりがピークに達した。龍踊り芸の発表によって緊張していた会場の雰囲気が一変。出席者らは涙を流して大笑いし、和やかな雰囲気で交流を深めていた。 ブラジルを訪れる日本人には終始、仏頂面(ぶっちょうづら)で通し、県人会員にも親近感を抱かせない首長もいるが、龍踊り芸を見た園田昭憲県連会長は、「コロニアに大きな衝撃を与えた」と驚きを隠せない様子だった。 この、龍踊り芸は長崎出身の駐在員などがニューヨークや上海などでも行っており、コミカルな演出が世界各地で好評を博しているという。 2012年9月4日付
長崎市とサントス市は姉妹都市提携40周年を記念し、8月29、30日の両日、長崎市中学生選抜チームとサントスFCジュニアユースの親善試合を同クラブの練習場「Rei Pelé(王様ペレ)」で行った。 長崎選抜はサッカー王国ブラジルのパワーに圧倒され、29日は0―4、30日は1―5で敗れたが、引率した富永由道団長は「ブラジル初試合ということで気後れしていたが、選手にとって良い経験になった」と健闘をたたえた。 長崎選抜で唯一得点を決めた土井首中3年の朝日航平くんは「サントスの選手は一つ一つのプレーが早かった。シュートはフリーだったので狙った。得点できてうれしい」と試合を振り返った。 30日の試合後、同クラブの計らいでブラジル代表ネイマール選手との交流会が設けられると、選手らは目を輝かせてスターとの夢の時間を楽しんでいた。 2012年9月4日付
ブラジル地理統計院(IBGE)が8月31日に公表した調査結果によると、伯国の総人口は今年7月に推定1億9394万6886人になったことが分かった。同日付エスタード、フォーリャ両紙(ウェブ版)が報じた。 また、過去3回の調査(2000~12年)で特に人口が増加した都市は、10万~50万人の中規模都市だったことも示されている。同院ではこの結果について、伯国の人口増加が内陸部で顕著になっているためだと説明している。 伯国内の主要15州都では人口に大きな変動はなく、聖市(1137万人)、リオ市(639万人)、バイア州サルバドール市(271万人)、連邦直轄区ブラジリア(264万人)、セアラー州フォルタレーザ市(250万人)と続いている。これらの都市の人口を合計すると4075万人に上り、総人口の21・02%に相当する。 このほか、州都以外の大都市では聖州グアルーリョス市(124万人)、同カンピーナス市(109万人)、同サンゴンサーロ市(101万人)、リオ州ドゥッケ・デ・カシアス市(86万7060人)、同ノバ・イグアス(80万1740人)、聖州サンベルナルド・ド・カンポ市(77万4880人)という人口分布で、これらの都市の人口合計は1147万人で総人口の5・92%を占めている。 一方、人口10万人以下の都市では増加率が0%に近い都市も多いという。聖州ボラー市やミナス・ジェライス州セーラ・ダ・サウダーデ市の人口はそれぞれ807人と、伯国内で最も人口が少ない都市となっている。 ◆州人口聖州が最も人口が多く4190万人(総人口の21・6%)で、ミナス州の1985万人(同10・23%)、リオ州の1623万人(同8・36%)と続いている。反対に人口の最も少ない州はロライマ州で46万9520人(同0・24%)、さらにアマパー州の69万8600人(同0・36%)、アクレ州の75万8780人(同0・39%)と続いている。 2012年9月4日付
【既報関連】鹿児島大学(鹿大)の吉田浩己学長、前田芳實同大理事、同大農学部森林管理学の寺岡行雄准教授、鹿大OBの高原要次さん(59、福岡)と松村滋樹さん(69、鹿児島)が、ブラジル北部のアマゾン地域や中部セラード地帯の視察を終え、その報告のため8月27日に本紙を訪れた。 吉田学長は今回の視察を通して、日本移民の苦労と各土地に合った形で展開してきた農業形態について理解することができたと説明。特に印象的だった場所について、パラー州のトメアスー移住地だとし、「トメアスー移住地では、長い歴史の中で試行錯誤して今の地位まで到達した歴史や背景に感動した」と話した。 また、べレン市内のアマゾニア農科大学では、両大学の学長を交えて互いの大学の概要について説明を行ったという。吉田学長は短い時間の中で、「両大学の学校間協定へ大きく前進した」と自信に満ちた表情で語った。 前田理事は「ブラジルの多様な農業の形態を学んだ。農・水産学部の学生に肌で感じさせることは大事だと思った」と話し、寺岡准教授は「スケールの大きい農業、アマゾン川の水産業など見るものすべてが新しかった。学生研修でブラジル南部だけでなく、違うエリアにも可能性が出てきた」と今後の展開を示唆した。 高原さんは「大変良い成果が得られた。特にアマゾン農科大学との交流の第一歩ができたことは大きいと思う」と語り、吉田学長は「鹿大生が『進取の精神』を学ぶという観点から言えば、ブラジルは素晴らしい教材がある土地」と自身の目で見た体験を踏まえて満足した様子だった。 一行は、8月27日に帰国した。 2012年9月1日付
電車のハンドルを寄贈 【既報関連】長崎市と聖州サントス市は8月28日午前10時から、両市の姉妹都市提携40周年を祝う記念式典をサントス市役所応接室で開催した。式典には長崎市から田上富久市長や40年前に聖州に移住し、12年間をブラジルで過ごした鶴田誠二長崎市議会副議長の5人が出席。また、今回の記念行事の一環としてサントスFCジュニアユースと交流試合を行う長崎市の中学生選抜チーム15人も参列した。 長崎市は友好の証しとして2014年に長崎電気軌道(松本容治社長)の路面電車をサントス市に寄贈することが決まっており、今回の式典では電車のハンドルなどの部品を目録代わりに用意。田上市長が「両市の友好関係を未来につなげるために」と手渡すと、サントス市のジョアン・パウロ・タバレス・パパ市長は「こんなにうれしいことはない」と感謝し、両市長は握手を交わした。 この後、同市内のサーフィン博物館で両市が共催する原爆写真展のオープニングセレモニーが行われ、田上市長は「毎年、8月9日にサントス市民が集会を開いて平和を祈っていることに心から感謝したい。街同士が仲良くなる姉妹都市制度の目的は平和にある。一人でも多くの人に写真展を見てほしい」と訴えた。 会場には原爆の悲惨さを伝える約50枚のパネル写真が展示され、このうち15枚は今年新たに長崎市からブラジル長崎県人会に送られたもの。深堀中学3年の長谷川航太くんは「長崎で原爆の写真はたくさん見てきたが、改めてブラジルで見ると戦争は恐ろしいという気持ちになった」と話していた。写真展は今月2日まで開催され、サントス市公立学校の生徒らも平和学習に訪れる。両市は8月30日までサントスFCとの交流試合を行うなど親交を深めた。 このほか、田上市長は4日にリオ市長を平和市長会議の副議長として訪問。リオ市を南米の平和市長会議の活動拠点となるよう申し出を行う予定。 2012年9月1日付
ブラジル北海道協会の婦人部「はまなす会」(柳生エレーナ会長)は、8月26日午前11時から聖市ビラ・マリアーナ区の同会会館で第16回ラーメン祭りを開催した。 同祭には例年約400人が来場しているが、今年は初めてフェイスブックを使用して宣伝した結果、早い時間から多くの人が集まり、終了時間前にラーメンは完売した。 同会のラーメンは、鶏ガラや豚骨で作るしょうゆベースのスープに、メンマやのり、卵、ねぎ、チャーシューなどが具材として添えられている本格的な札幌しょうゆラーメンで、はまなす会の会員は3日前からスープの準備をしたという。 友人5人で来場した女性たちは「とてもおいしいので毎回来ています」と満足げだった。 当日はラーメンのほか、ひじきおこわ、あんみつ、いちご大福なども販売され、ビンゴや舞踊の披露も行われた。 11月には納豆餅の販売もある餅つきが行われる予定で、会員らは早くも次回イベントに向けた宣伝を行っていた。 2012年9月1日付
国立大学法人鹿児島大学(吉田浩己学長)主催の「第2回鹿児島大学南米研修」で26日、同大1・2年の学生14人、引率の加藤泰久教授(67、東京)と酒井佑輔講師(28、新潟)が来伯した。 同研修に参加した一行は、今回ブラジルとパラグアイに9泊10日滞在し、学術交流協定を結んでいるソロカバ市のサンカルロス国立総合大学 (UFSCar)生との交流やホームステイ、サントス観光、パラグアイにおける不耕起栽培研修、イタイプー水力発電所研修などを行う予定。 一行は、26日午前中に聖市のCEAGESP(セアザ、聖州食糧配給センター)を見学。セアザで学生たちは、日本にはない果物や花、肉、魚類など をデジタルカメラを手に持ちながら見入っていた。教育学部の亀之園智大さん(19、鹿児島)は、「市場の活気がすごく、大きな肉がつるされて売っているの に驚いた」と感想を述べた。 昼食後、一行は移民史料館に足を運び、同館運営委員会補佐の小川健一さんによる「日本移民の歴史」と同大OBの吉田治美さんによる「私のブラジル 生活」の2講演を聴講。同夜には、聖市内ホテルで「南米研修生・鹿児島大学同窓会」が開かれ、視察を終えた吉田学長や前田芳實理事、山下譲二鹿児島県人会 第1副会長をはじめ、卒業生、県人会員、同大留学生OBや学生など計50人が来場した。 吉田学長は学生たちに対し、「きょう来ている人々と色々話し、これからの人生の糧にしてほしい」と激励。加藤教授も「ブラジルの将来の可能性について勉強してほしい」と期待していた。 また、来場した同窓生最高齢の岩崎正三さん(82、山口)は、「今年は水産学部の学生が多く、これからブラジルの水産について勉強してほしい」と 述べ、水産学部の早坂央希さん(20、神奈川)は、「ブラジルの市場や普段の食生活の魚について知りたい」と目を輝かせながら話していた。 2012年8月31日付
県連(園田昭憲会長)は11月23~25日の2泊3日で「ふるさと巡り2012年忘年会ツアー」を開催する。宿泊先はアラシャ温泉ホテルで、24日の午 前中は観光バスでバレーロス公園などの市内観光も行う。費用は584レアルから。定員は200人。申し込み締め切りは定員になり次第終了する。 同ツアーに同行するグローバル旅行社の担当者は、「コロニアの皆さんのために企画したツアー。既に予約している人も多い」と話し、参加を呼び掛けている。 ツアーに関する問い合わせは同社(電話11・3572・8990)まで。 2012年8月31日付
ニッケイ新聞 2012年8月31日付け 北海道協会(大沼宣信会長)主催の『第13回ラーメン祭り』が26日に同会館で開かれた。約600人が来場し、特製醤油ラーメンや、手作りのイチゴ大福などに舌鼓を打った。 「YOSAKOIソーラン祭り」や札幌雪祭りの紹介DVDが流された会場は、午前11時に開場、ラーメンを求める来場者で溢れた。2時間で完売した。 3日前から始まった準備と当日の調理・配膳には、同協会婦人部「はまなす会」と青年部「ひぐま会」から約80人が参加。厨房を切り盛りした鈴木妙子さん(67、北海道)は「これだけの来場は予想外。休む暇もありません」と驚きの表情を見せた。 毎年訪れるという砂原朝子(74、北海道)、大羽敬子(67、同)さん姉妹は「麺も美味しいし味付けも悪くない。行列はなんとかして欲しいけど、30分以上並んだ価値はあった」と満足げにラーメンを啜った。 あんみつやエスペチーニョなども好調な売れ行きを見せ、午後からはビンゴ大会もあった。 高橋昭副会長は「例年より多くの来場があり、用意したもの全てが売れた。何より大切なのは会員が集まって団結する良い機会となっていること」と成功を喜んだ。
9月1日(土曜日) ◎ 青葉祭りは、午前7時から聖市リベルダーデ区の宮城県人会館(Rua Fagundes, 152)で。 ◎ アチバイア花といちご祭りは、午前9時から聖州アチバイア市にあるエドムンド・ザノニ市立公園(Av. Horacio Neto, 1030)で。2日も。 ◎ 池坊南米支部の花展は、午前10時から聖市パライゾ区のサンパウロ文化センター(Rua Vergueiro, 1000)で。2日も。 ◎ 写真家、仁尾帯刀(にお・たてわき)さんの写真展は、午前10時から聖市コンソラソン区のサンパウロ総合大学マリア・アントニア分校(Rua Maria...
【既報関連】秋田県人会(川合昭会長)主催の「秋田テレビ(森義弘制作局長と守屋美帆制作部ディレクター)の歓迎会」が、21日午後7時半から聖市ビラ・マリアーナ区の同県人会館で開催された。 「ようこそ ブラジルへ!! 秋田テレビ 森義弘様、守屋美帆様」と書かれた大きな紙が張られた会場には、高岡専太郎医師の孫の高岡マルセロさん (54)と高岡フラビオさん(59)など家族らや園田昭憲県連会長、伯国三菱商事の吉住直樹生産産業副社長などが出席したほか、秋田県人会員など計約50 人が会場に足を運んだ。 あいさつで守屋ディレクターは「どうしてもブラジルで生きている日系人の方々のことを知りたくて、取材に来ました」と話し、森局長は「テレビを通し日本の若い人たちに高岡専太郎氏の偉業を伝えていきたい」と語った。 初めて同県人会館を訪れた園田県連会長は、「高岡専太郎さんはコロニアの歴史でとても重要な人物です」と紹介。その後、中沢宏一宮城県人会長の音 頭で乾杯し、すしや刺し身などの日本食が振る舞われた。守屋ディレクターは、歓迎会の温かい雰囲気の一部始終をビデオカメラに納めていた。森制作局長によ ると「歓迎会のことを秋田テレビのニュースで流すかもしれない」と歓迎会前に話した。また、酒を交わした来場者らは秋田民謡を手拍子を取って歌ったりと盛 り上がりを見せていた。 フラビオさんは祖父の専太郎さんのことはあまり覚えていないが、専太郎さんの死後、お世話になった患者からよく自宅に電話がかかってきたエピソー ドを話し、「祖父のことが日本のテレビで放映されるのはとても名誉なことです」とうれしそうな表情を見せていた。マルセロさんも「祖父のことを紹介するの で、家族全員で喜んでいます」と話していた。 川合会長は、「これだけの来賓の顔ぶれを見て、高岡専太郎さんの偉大さを改めて感じることができた」と満足そうに答えた。 2012年8月29日付
ニッケイ新聞 2012年8月25日付け 南大河州ポルト・アレグレの軍警学校で『第1回日本祭り』が18、19の両日に開催され、晴天のもと1万人を大きく超える来場者で賑わった。ポルト・アレグレ日本文化協会(菅野和寿会長、約80会員)主催。アニメイベント「AMIME・BUZZ」、南伯援護協会(森口幸雄会長)主催の「第53回家族慰安敬老演芸会」も同会場内で行なわれ、幅広いジャンルで来場者が楽しめるイベントとなった。菅野会長(57、北海道)は「初めてなので全てが手探り状態。コロニアが一致協力して実現できたのは嬉しい」と話し、継続していく考えを示した。 初日午前にあった開会式では、菅野会長、南伯援護協会の森口幸雄会長、在ポルトアレグレ出張駐在官事務所の後藤猛領事、軍警の関係者らが壇上に立った。ジョゼ・フォルトゥナッチ市長は「私たちは違いを大事にしたい。州、市の発展に貢献した日本人による文化イベントを通してさらなる両国の友好に繋がれば」と願いを込め、現在、ジョゼ・フレイタス市議が提出している日本移民の日(8月18日)法案に触れ、「承認後は市の公式イベントとなる」と支援態勢を強調した。中庭に面した四方の部屋に設けられた文化スペースには、書道、華道などの作品が並んだ。空手や剣道、少林寺拳法の演舞もあり、パラナ州ポンタ・グロッサ市から太鼓グループ「風林火山」、サンパウロからは県連派遣による琉球舞踊グループが舞台を披露、関心を呼んでいた。演芸会の会場では、会員らがカラオケで自慢の喉を披露、中平マリ子さんのショーもあった。体育館では、コスプレ衣装に身を包んだ若者らが参集、様々なイベントを楽しんだ。「日本酒が美味しかった」と試飲を楽しんだヨスリニ・ケイロスさん(24)とパウロ・ヴァルガスさん(32)は「日本文化は大好き。踊りも見たし、これからヤキソバを食べるところ。イベントが続けば楽しいね」と笑顔で語った。
【一部既報】県連(園田昭憲会長)は、「ふるさと巡りなどでお世話になっている地方の団体に恩返しをしたい」(園田会長)として、18日と19日にリ オ・グランデ・ド・スル(南大河)州ポルト・アレグレ市で行われた「日本祭り」に、本年度から新たに予算内に設けた「国内交流基金」 (Ev.Sociais-Intercâmbio)を活用して、琉球舞踊を踊る具志堅洋子琉舞道場のメンバー7人を招へいした。今回、使用された同基金は 4000レアル。琉球舞踊を踊った7人の交通費などに充てられた。園田会長は本紙の取材に対し、「国内交流基金を活用してサンパウロでしか見られないよう な本格的な日本文化を地方で見てもらうなどして還元したい」と同基金の意義について説明した。 近年、数多くの目玉事業の成功により、コロニアの中でも資金的に余裕のある団体となった県連。12年度は各県人会の活動を金銭的に助成するため、 5万レアルの「ブラジル日本都道府県人会連合会基金(Fundo Kenren)」(以下、県連基金)を予算に組み込んでおり、既に県連基金委員会(小山田祥雄委員長)が交付を開始している。これまで代表者会議で発表さ れた交付実績は、三重=1500レアル、北海道・東北ブロック=5000レアル、石川=600レアル、岩手=600レアル、長崎=1300レアルとなって おり、小山田委員長は「全都道府県に交付したいので、どんどん申請してください」と呼び掛けている。 県連基金以外に、12年度予算には「国内交流基金」2万レアルが盛り込まれている。園田会長は「伯国内の各団体との交流を促すために、地方では見 ることのできない本格的な日本文化を紹介するなどしたい。次回は、今年の日本祭りに来ていただいた北伯への派遣を考えている」と明かした。また、「伝統芸 能以外での還元も考えられうる」として同基金の活用方法に幅を持たせた。 なお、同基金には現在のところ運用を担当する委員会が存在せず、執行部で管理運営している。派遣先団体の決定や派遣するグループなども執行部で決定される。 本紙の「この基金を活用し、県費留学生などの制度がなくなってしまった県などの補助などは行わないのか」との質問について園田会長は、「それは県連基金の役割になる。国内交流基金は地方や他団体との交流に活用される」とし、全伯の日系団体とのつながりに重きを置いているといった主旨を述べた。 また、「国内交流基金は県連基金と同様に、県連会長が変われば存続しないのではないのか」という質問に対しては「次の会長がどう考えるかは分からないが、できれば続けてもらえれば」と存続を希望した。 園田会長は「国内交流基金の今年度予算が2万レアル。今回4000レアルかかった。単純計算で今年度中にあと4回派遣できる」と話し、地方への還元活性化活動に意気込んでいた。...
ポルト・アレグレ市で行われた日本祭り(18~19日)に出演した歌手の中平マリコ氏と玉城流・てだ伯洋の会ブラジル支部の具志堅洋子氏は同祭に先立ち、17日に在ポルト・アレグレ出張駐在官事務所の後藤猛領事を表敬訪問した。 歓談の中で後藤領事は「ポルト・アレグレで初披露される琉球舞踊や中平さんの4回目になるカトリック大学での公演も楽しみにしている」と話し、日本祭りの成功を祈った。 また、同領事は「日本人は少ないが、武田薬品工業(株)が先月、伯国の中堅製薬会社を買収し、(株)フジクラが州内に特殊送電線用ケーブルを製造する工場を建設しようとするなど、新たな日本企業も注目している」と同地の現況を説明した。 今回、ポルト・アレグレ日本祭りに聖市から琉球舞踊一団を派遣した園田昭憲県連会長は「地方に本物の日本の伝統芸能を紹介することが県連が今年から設けた『国内交流基金』の役割だ」と話し、各地の日本祭りの交流に一役買えることを喜んでいた。 2012年8月28日付
ニッケイ新聞 2012年8月24日付け 聖市議会は20日、サンパウロ日伯援護協会(菊地義治会長)に対して法人への最高顕彰である「サルバ・デ・プラッタ」を授与した。昨年7月に1カ月間臨時市議を務めた、小林ビットル補欠市議の推薦。午後7時半から行われた授章式には多くの援協役員、職員が出席し、SUS病院を建設中のサンミゲル・アルカンジョ市からアントニオ・セルソ・モシン市長、ピニャール移住地の西川修治文協会長らも駆けつけ、約150人が栄誉を祝った。日伯両国歌の演奏後、援協の沿革や傘下施設を紹介するビデオが流され、来賓の飯星ワルテル連邦下議、在聖総領事館の小林雅彦首席領事、木多喜八郎文協会長、パウロ・クロン聖市保健局長などが援協の活動意義を称え、祝辞をのべた。小林補欠市議から銀盆を受け取った菊地会長は、「我々ではなく、援協を創設し、幾多の困難を乗り越えてきた先輩方が受章に値する。今の援協があるのは彼らのおかげ」とスピーチし、感謝の意を示した。
聖州立中高生200人も参加 来賓には大西博巳広島県人会長、川添博長崎県人会長、森田被爆者協会会長、山下譲二文協副会長、チアゴ・クロッコ聖州教育局代表、ケネディ・レジストロ市長などが出席。式典ではまず、日伯両国歌とレジストロ市の歌を斉唱した。 開会のあいさつを山村実行委員長が行い「灯籠に願いを込めて核のない平和な世界を、この場所から平和を訴える」と述べた。続いて中村法道長崎県知事のメッセージを川添氏が代読。また森田氏、山下氏がそれぞれ核のない平和な世界について唱えた。 聖州とレジストロ市を代表してサンパウロ州教育局のクロッコ氏、ケネディ市長があいさつを行い同市長が来賓を代表して「世界平和宣言」を行った。また献花を大西氏と川添氏が、献水を森田氏が行った。 式典前には同州立の中高校生を対象に核兵器の恐ろしさを訴えた「原爆の子」のDVD鑑賞が行われ、約200人が参加。献水後に同生徒によるコーラスが行われた。 生徒らは「原爆をゆるすまじ」「ローザ・デ・ヒロシマ」「ドイス・コラソンエス」などを日ポ両語で披露し、制作した大きな鶴を掲げながら平和を歌った。 その後、追悼法要と平和祈願を行い、会場横を流れるリベイラ川に300基の灯籠が流され式典は閉幕した。 山村実行委員長は取材に対し「式典を通じ原爆の恐怖を知らない若い世代に着実に知ってもらっている。これからも引き続き伝承できれば」と次世代に伝えていく姿勢を見せた。 DVDを鑑賞したほか、コーラスを通じ核兵器の恐ろしさを知ったというジャクビランカ市にある州立学校から参加したビアンカ・ペレイラさん(14)は「この活動に参加していなければ日本で起こった悲劇を知ることはなかった。参加できて良かった」と親身に語り、アビガイル・デ・オビレイラさん(15)は森田氏の原爆の体験談について触れ「苦しみを共有できて良かった。平和が一番だ」との思いを述べた。 なお大勢の同学生に「日本に原爆が投下されたことを知っていたか」と質問したところ、全員が「知らなかった」と答え、「今後もこのような活動に参加したいか」との質問には「もちろん」と笑顔で答え、非日系の若い世代に核兵器の脅威、平和への願いが着実に伝わっていたことが伺えた。 来年はレジストロ、イグアッペ、セッテ・バラスの日本移民入植100周年ということもあり、同年式典も兼ねて大掛かりな催しを計画、実行する予定だ。(川口裕貴記者)◎ ◎18日に開催された「平和灯籠流し」式典前の午後2時、レジストロ市立多目的ホールで映画監督・新藤兼人氏の作品で乙羽信子主演の「原爆の子」が上映さ れ、300人の生徒が広島の悲劇を熱心に見た。このDVDはブラジル広島文化センター理事の平崎靖之さんの寄贈によるもの。 原爆が広島に投下された時、平崎さんは母親の胎内に宿っていた。新藤監督の父親と平崎さんの父親が親戚関係で両家はよく行き来し、一緒に撮った写真が何枚もあるという。 平崎さんは来年訪日する予定で、「今年昇天された新藤監督の墓参りへ行く。墓前で地球の反対側にあるブラジルで核兵器廃絶運動の『平和灯籠流し』を催 し、『原爆の子』を見た将来を担うブラジルの子供たちが核兵器のない平和な世界の建設に努力することだろうと伝えたい」と語った。(金子国 栄) 2012年8月23日付
秋田テレビの森義弘制作局長(58、秋田)と守屋美帆制作部ディレクター(41、秋田)が、20日に高岡専太郎医師(故人)の取材のために初来伯し、本紙を訪れた。 同テレビ局関係者が来伯したのは1990年の秋田県人会30周年の式典以来で、22年ぶりとなった。 今回、同テレビは秋田県出身の高岡医師を、秋田県で2カ月に1回放送されている「秋田人物伝」という1時間の番組で紹介するために訪れた。 今回の取材目的は3点あり、高岡医師が活躍した地域の一つであるマラリア被害が多かった平野植民地、高岡家の小林ゆみさん(長女)や山形つやさん(次女)など同医師の子孫たちと秋田県人会について。 今回、同テレビ取材のために同県人会顧問の高岡マルセロさん(同医師の孫)が、ヘリコプターを出すための資金協力をするなど高岡家が全面的にバックアップするという。 守屋ディレクターは、「高岡医師の家族や移民の人たちの歴史や息吹を感じられたら」と語り、森制作局長は、「高岡医師の名前と偉業を秋田県人に知ってもらいたい。また、日本の若者に移民の人たちの積極的な姿を知ってほしい」と目を輝かせながら話した。 なお、森制作局長と守屋ディレクターは今月31日に帰国する予定。 2012年8月23日付
