07/03/2026

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ニッケイ新聞 2012年2月18日付け 伯国在住のプロフットサルプレーヤー、横澤直樹さん(35、山梨)の主催で、3月11日午前8時から正午頃まで、聖市の広島県人会館(Rua Tamandare, 800, Liberdade)でフットサル体験イベント『家族わくわくみんなDEチャリティフットサル』が開かれる。参加無料だが、任意で寄付も受け付ける。東日本大震災の被災地支援も目的とし、当日寄せられた応援金は、義捐金として県連を通じて被災地に届けられる。当日は午前7時10分集合。5~8人のチームに分け、男女混合でリーグ戦の試合を行う。勝利したチームには賞品もある。「フットサルを皆で楽しみながら、被災地で復興に頑張る皆さんを応援できたら」と横澤さん。参加資格は問わず、家族での参加を歓迎している。問い合わせは横澤さん(11・8396・8037)まで。
「鳥取の森」造成の企画案も 鳥取県人会(本橋幹久会長)の通常総会が12日に聖市の鳥取交流センターで開かれ、会員ら約50人が出席した。同会は今年創立60周年。本橋会長は冒頭のあいさつで、「還暦」となる60年を「新しい出発」と位置付け、会員の意見を聞きながら節目の事業に取り組みたいと述べた。 昨年の収入は約22万レアル。各種文化講座などセンターの利用が順調で、3万1千レアルを繰り越した。東日本大震災の募金活動も行い、1万7515レアルを送金している。 今年の予算は60周年関連経費を含み約27万レアル、そのほか防災設備の整備や増改築費用で10万レアルを計上した。今後は同センター建設20周年となる3年後をめどに、手狭になった日本語教室や台所などの増築も計画しており、母県からの補助も得られる見込みだという。 式典は11月11日に実施され、母県関係者、民間の慶祝団も来伯する予定。節目に合わせ、会報「伯因伯」は写真を中心に県人会の歩みをまとめた特集号にする考えだ。 記念事業として「鳥取の森」造成のアイデアが出ており、同会副会長の山添源二さん(元聖州森林院総裁)が中心となって検討を進めている。このほか、母県のプロサッカーチーム「ガイナーレ鳥取」(J2所属)との交流も計画されているという。本橋会長は「そのほかにアイデアがあれば聞かせてほしい」と要請した。 当日は昨年入植85周年を祝った第2アリアンサ鳥取村の代表も訪れ、感謝の言葉を述べた。今年度県費留学生の西坂健冶ジオゴさん(23)、研修生の大山エンリッケ・パウロさん(33)も家族とともに抱負を述べ、大きな拍手が送られた。 総会終了後は新年会が開かれ、持ち寄りの食事で歓談。同会文化講座の生徒らによる発表もあり、出席者らはにぎやかに午後のひと時を過ごした。 2012年2月18日付
 岩手県人会(千田昿暁会長)は、東日本大震災復興を目的とした写真展を5月27日頃をめどに、聖市リベルダーデ区の同県人会館で開催する。  現在、同県人会では母県の岩手日報社と詳細内容を詰めている段階で、写真の枚数や開催期間などは未定。千田会長によると、写真の選定などについては2008年の岩手県人会創立50周年記念式典の際に来伯した岩手日報社編集局読者センター長の松尾尚人氏に依頼しているという。  千田会長は「被災者の方々に一日も早く元の生活に戻ってほしいとの願いを込め、一般の方々にもぜひ見てもらいたいと思います」と話しており、パラグアイ岩手県人会などへ巡回する考えも示している。 2012年2月18日付
ニッケイ新聞 2012年2月17日付け 2期4年にわたり愛知県人会長を務めた豊田瑠美さんは最後の挨拶で「アパート暮らしの会員家族も多くなり、孫に会えない人も増えた。家族が集まれる場所として、自分の家のように県人会を使って下さい」と話し、新会長にバトンを渡した。「家族のような県人会」の考え方は副会長時代に培われたようだ。豊田さんが昨年リンスやボツカツ、プ・プルデンテなどで行った日本文化・マナー講習会は今後も継続されるとか。
ニッケイ新聞 2012年2月17日付け 沖縄の読谷村文化センターで3月4日午前11時半から午後9時まで開催されるRBCiラジオの公開生放送『第20回三線の日』の様子が、琉球放送のホームページ(www.rbc.co.jp/rbciradiotop2.php)のユーストリーム中継で見ることができる(ブラジル時間で4日午前零時~10時まで)。ブラジル、イギリスなど6カ国で集まった三線愛好者が電話回線を通して、沖縄の会場と「かぎやで節」を〃合奏〃する。ブラジルでは同日早朝、沖縄県人会館で演奏が行なわれる。カーニバルに参加するため来伯中で、主催する琉球放送ラジオ局製作部に勤める宮城佳代子さん(32、沖縄)は「インターネットで気軽に聞ける。三線の音色を知ってほしい」と視聴を呼びかけていた。
ニッケイ新聞 2012年2月17日付け グァタパラ農事文化体育協会(川上淳会長)は「入植50周年記念祭典」を7月21、22の両日、同移住地で行なう。初日は先没者慰霊祭(モンブッカ墓地)のほか、記念事業として会館隣に造成された公園を市に譲渡する式典がある。同公園には、記念モニュメントとして灌漑用の用排水ポンプをすでに設置、赤い鳥居も昨年11月に建立されている。館内や屋外を使っての昼食会、農産展、記念演芸会があり、夕方からは盆踊り大会もある。翌日も終日、記念イベントが行なわれる。また、来年には式典の様子を盛り込んだ「グァタパラ移住地50年史」を編纂する計画で、今月末にある総会後に編纂委員会が立ち上げられる。案内のため川上会長、脇山俊吾、岸田博志両総務代行、岡田一郎財務担当が来社し「記念事業である会館の塗り替えも終わった。私たち移住者を受け入れたグァタパラに感謝の気持ちを込めて開催する。縁のある多くの方に集まってほしい」と関係者の来場を呼びかけている。
ニッケイ新聞 2012年2月17日付け 「家族にやさしい県人会に」―。12日にあった愛知県人会の定期総会で役員改選が行われ、小松ジェニー清香さん(38、二世)が新会長に選ばれ、涙ぐんで挨拶する姿に、会場からは暖かい拍手に送られた。県人会の女性会長としては最年少。大学卒業後、97年に県費留学生として流通技術科学大学(愛知県豊橋市)で学び、02年に文科省留学制度を利用し、京都大学大学院で修士号を修得。08年から副会長として豊田瑠美会長をサポートした。現在はエンジニアとして働き、2歳の子供の母親でもある。「現在、お腹には2人目がいる。主人の理解、役員や事務局など多くの協力がなければ引き受けられなかった」。昨年初めて行われたイベント『家族で日本語』を発案した。子育て支援と同時に、高齢の一、二世たちが日本の昔話を読み聞かせるなど3世代の会員が楽しめる企画となった。「県人会は手伝いにくるのではなく、一緒に楽しむ場所。家族のような雰囲気にしたい」との抱負を示す一方で「運営については会社のような厳しさを心がけたい」と表情を引き締めた。事業報告では、スライドでイベントの様子を振り返り返った。収入は14万4977レアル、支出が13万8607レで6370レの黒字。本年度予算は15万7200レと発表された。総会後に行われた新年祝賀会では、エトワールグループによる歌謡ショー、花柳流なでしこ会の舞踊で会員らは終日楽しんだ。
大きな喜びと将来見据えた努力継続を ブラジル日本語センターの谷広海理事長は先月末、JICA日本語教師本邦研修(継承日本語教育教師研修)の今後のあり方について各国の教育関係者と話し合うため中南米各国の代表者15人とともに訪日し、2月1日には東京都永田町の衆議院第2議員会館で藤村官房長官と面会した。この中で谷理事長は「中南米の日本語教育は運が良かった。日本語教師の本邦研修が中止になりそうな年に、ブラジルの事情をよく知る藤村さんが官房長官になった」と藤村長官の強い支援によって本邦研修の継続が決定したことに対して礼を述べた。 中止の方向で動いていた本邦研修が、一転して継続すると告げられたのは昨年10月。園田昭憲県連会長が海外日系人大会に参加した際、外務省の水上正史中南米局長と共に藤村長官と面会。その際に今後の本邦研修について質問すると、同長官から「継続することに決めた。谷さんによろしく」との返事をもらったという。 その後、谷理事長がJICAブラジル事務所芳賀克彦前所長に同件について確認すると「まだ聞いていない」との返答があり、谷理事長は「(藤村さんによって)政治的判断がなされた」と納得。 この知らせを受けたブラジル日本語センターの教師たちは手を取り合って喜んだ。 谷理事長によると「この問題が浮上したのは5年前。総務省の行政改革の答申の中で中南米の日本語教育支援について触れ、成績優秀な生徒を年間約40人日本に派遣する生徒研修と、日本語教師約30人を派遣する本邦研修が廃止を含めて検討することが発表されたことに始まる」という。 これに対し、ブラジルの日本語教師らは署名運動などを展開。3千人以上の署名が集まり、当時来伯していた緒方貞子元JICA総裁に直接手渡し陳情を行った。以来、歴代在サンパウロ総領事や日伯議員連盟などの協力を得て本邦研修などの継続を求めてきた。谷理事長は「これまでの事情と経緯をよく知る藤村さんが幹事長代行時代に担当の移住政策課長などの関係筋に対して中南米地域の日本語教育の重要性を説き、継続を指示したことが大きかった」と話す。 現在、ブラジルでは日本文化への関心の高まりなどもあり、約2万人が日本語を学んでいる。それに対し、日本語教師数は約1千人。高齢者が多い1世の教師の減少は進んでおり、日本を訪れたことのない2世や3世が教師になっている。日本の文化を正確に伝えるためにも、中南米地域の日本語教育において本邦研修の重要性は極めて高いと言える。ブラジル以外の中南米地域においても同様の問題を抱えており、今回の本邦研修継続の報は中南米の日本語教育関係者の歓喜の声が聞こえてきそうだ。 谷理事長は「大きな喜びに包まれていると同時に、将来を見据えた努力を続けることを関係者一同誓い合っている」と満面の笑みを浮かべた。 2012年2月17日付
今年のカーニバル期間中の日系団体の業務日程は以下の通り。文協は18~21日の4日間、事務所を休業。移民史料館は20、21日、図書館は19~21日がそれぞれ閉館となる。22日は午前から通常通り開館される。 援協は、リベルダーデにある診療所と本部事務局は18日、通常通り午前7時から午後1時まで受け付ける。19~21日は終日休業。その間は予約の受け付けもできなくなる。22日は午前から通常通りとなる。 また、援協傘下の日伯友好病院は、20、21日の2日間は緊急患者のみ受け付け可能。22日は午前から通常通り。県連事務局は、18~21日が終日休業。22日午後1時から業務を再開する。ブラジル日本商工会議所は20~22日の3日間休業し、23日から通常通りとなる。 2012年2月17日付
公益財団法人オイスカは、東日本大震災復興を目的とした海岸林再生プロジェクトに取り組んでいる。同法人副理事長でプロジェクト最高責任者の渡邉忠氏が11日から来伯。13日、津波で失われた宮城県名取市のクロマツ林を再生する計画への協力呼びかけのため、中沢宏一宮城県人会長とともに来社した。 渡邉氏によると、東日本大震災では3600ヘクタールに及ぶ600万本のクロマツが被害を受けたという。同計画では10年かけて100ヘクタール50万本を再生し、10億円の寄付を国内外から募る。 同計画は、震災発生1週間後の昨年3月17日にオイスカが日本の林野庁に申請し、すでに宮城県人会が昨年12月に3万レアルを寄付しているほか、米系のウォール・マート(600万円)や英国系保険会社などからも寄付金が届けられている。 渡邉氏は「目標額の10億円は名取市に渡すだけではなく、クロマツの種や苗を育てる同市の人々、特に女性たちの労賃として渡したい」と震災で職を失った人々の支援も考慮している。また、クロマツは成木になるまで約30年かかると言われており、「次の世代への贈り物となれば」(渡邉氏)と話している。 中沢会長は「このプロジェクトがモデルケースになって、岩手や福島にも広がってほしい」と期待感を込める。渡邉氏は今年6月に開催される「国連持続可能な開発会議(リオ+20)」にも出席し、同計画をアピールする考えだ。そのため、15日からリオ入りして同会議組織委員会関係者との話し合いなどを行い、パラグアイのイグアスー移住地訪問( 17日)の後、20日にはニューヨークの国連本部でも打ち合わせを行う。 同プロジェクトの概要はウェブサイト(www.oisca.org./kaiganrin/)で見ることができる。なお、ブラジルでの寄付金の振り込み先は宮城県人会(電話=11・3209・3265)まで。 Associação MiyaguiKenjinkai do BrasilBanco BradescoAgencia:0131-7Conta Corrente:120459-9 2012年2月17日付
新生愛知県人会を率いるのは、若い小松新会長と役員の約半数が女性。執行部は2世と3世のみで1世はいない。これからのコロニアについて悩む人は多いが、いち早く対応しようというところは少ない。愛知県人会は最も進んだ団体の一つと言えるだろう。新会長が「家族に優しい県人会にしたい」と言うように、サーラの脇にはベビーベッドや遊具が並ぶ。若い会員の拡充を望むなら当然の設備だ。式典で誰と話して一緒に写真を撮っただとか、表彰されたなどの名誉ばかりを追う男性とは違い、女性は根本的に誰のための県人会であるかを的確に見つめている。県人会最年少の会長が描く未来はどのようなものになるだろうか。注目されることは間違いない。 ◎ 静岡県浜松市は再整備計画中の同市西区の舘山寺総合公園内に、目玉施設として南米産動物を集めた獣舎「南米アマゾン館」の新設を庁内討論会の中で提案した。同館ではナマケモノやワニなどを飼育するほか、獣舎内外に南米産植物を植え、「アマゾンに来たような空間を演出する」という。同公園の整備は15年かけて実施する計画。同市に住む日系ブラジル人をはじめ、市民の憩いの場所になりそう。 2012年2月16日付
ニッケイ新聞 2012年2月16日付け 日曜日(19日) コチア青年連絡協議会定期総会、午前10時、宮城県人会館(Rua Fagundes, 152, Liberdade)◎柿専門家・松村博行氏の講演会、午前9時、ピラール・ド・スル教育局講堂(Av. Papa Joao XXIII, 1175, Campo Grande)◎魁聖による稽古と歓迎シュラスコ、午前9時、常設土俵場(Avenida Castelo Branco, 5446, Bom Retiro)
サンミゲル・アルカンジョ市のピニャール移住地は今年、入植50周年を迎える。記念式典は8月5日に行われ、西川一誠福井県知事、西村正日伯友好協会理事長のほか、一般の慶祝団も式典に参加する。場所はコロニア・ピニャール文化体育協会会館。時間は午前9時から。また、50周年記念誌も作成する予定だという。 案内のために本紙を訪れた山下治50周年記念式典実行委員長と徳久俊行記念誌編集長は「記念誌の作成は40周年以来。より現在の状況を重視したものにする」と話す。 同移住地は戦後、日本人の移住の再開により移住振興会社(現・国際協力機構)が伯国各地に造成した移住地の一つ。当時の宮本由太郎福井県人会会長が日本移民 50周年の記念事業としてブラジル福井村を建設したいと進言し母県の賛同を得たことが始まりで、1962年12月、3家族14人が初めて同地に入植し開拓営農を始めた。 その後、南伯農協中央会の企画による第2ピニャールが隣接地に造成され、双方合わせた村づくりが推進された。これまで母県からは県人入植者に対し土地代金の一部補助、電気の導入、会館及び日本語教師宅建設などの援助を受けている。 現在は同地の51家族が文協の会員。これまで手狭だった小中学校が6月に完成するほか、8月には文協敷地内に母県からの資金援助を受け、約1100平方メートルの敷地面積を持つ体育館が完成する。 2012年2月16日付
広島日伯協会主催のアンドウ・ゼンパチ展(共催=ブラジル日本文化福祉協会、ブラジル日本移民史料館。後援=広島県地域政策局、教育委員会、中国新聞社)が、1月17~31日まで広島県庁本館2階の県民ギャラリーで開催された。 広島県出身のアンドウ氏(本名=安藤潔、1983年に83歳で死去)は1924年5月、「大毎移民」の輸送助監督として神戸港を出港。渡伯後は「伯剌西爾時報」記者、「日伯新聞」編集長や日本語教師などを務め、人文研の前身だった「土曜会」メンバーでもあった。 同展は、アンドウ氏の地元での開催を以前から関係者らが検討し、ようやく実現したもの。聖市では2010年11月下旬から翌11年1月下旬までの2か月間、リベルダーデ区のブラジル日本移民史料館9階で展示された。 同史料館では、戦前の移民船展などについても日本の関係機関(JICA横浜移民資料館、日伯協会、各都道府県の日伯協会)と連携をさらに深め、協力していくことなどを目的に同展を企画。3月には神戸市の「海外移住と文化の交流センター」での開催も予定されている。 一時帰国した際、同展を視察し関係者と会ったという前史料館運営委員長の栗原猛氏は「今回のアンドウ・ゼンパチ展は、彼が広島出身であるので大きな反響を期待していましたが、主催者の話では入場者は少なく、ゼンパチはもとより移民への関心が残念ながら少ないがゆえに、今一つ盛り上がらなかったとのことです」と会場の様子を本紙に伝えてくれた。 また、会場が県庁のギャラリーだったため若い人たちを集めにくかったことや、写真パネルのみの展示で物品の展示がなかったことも一因している。そのほか、人文研理事の古杉征己氏が資料集めから執筆まで1年間をかけて制作した労作の小冊子『アンドウ・ゼンパチ』が置かれなかったことなどもあり、今後の巡回展示の反省材料となりそうだ。 2012年2月16日付
県人会最年少会長が誕生新会長に38歳の小松ジェニー氏 愛知県人会は12日、同県人会館で定期総会と新年祝賀会を開催し、新会長に38歳の小松清香ジェニー氏が決定した。小松会長はこれまでの4年間、副会長として豊田瑠美前会長を支えてきた。同県人会では2世会長が3代続いており、新執行部の約半数が女性の役員となる。就任あいさつに立った小松会長は涙ぐみながら「愛知県人会は他の県人会からうらやましがられる県人会だ。4年間副会長として、たくさんの人に支えられてきた。私は2歳の子どもの母親でエンジニアとして働く女性でもある。これからはママイ(母親)の目線で、家族に優しい県人会にしていきたい」と自らのビジョンを掲げた。 本紙の取材に対し小松会長は「愛知県人会は事務局が素晴らしい。私は2歳の母親で、現在2人目がお腹の中にいる。到底私一人では何もできない。事務局や役員の皆さんの協力がなければ会長職を引き受けることはできなかった」と流ちょうな日本語で答えた。 小松会長は、県費留学生として1997年に兵庫県の流通科学大学に留学。2002年には文部科学省のプログラムで京都大学大学院に通い、修士号を修得。現在はエンジニアとして多忙な日々を送っている。 就任あいさつで流した涙の理由については「4年間の副会長時代を思い出し、楽しいことと悲しいことが混ざり合って涙になった。また、県人会の会長に選ばれて光栄だという気持ちもあった」と述べた。同県人会は羽田宗義氏、林アンドレ氏、伊藤アンテノール氏、豊田瑠美氏など歴代の会長らが脇を固めて、若い新会長を支えており、小松会長は「新しいことにもどんどん挑戦できる環境」と感謝の意を示した。 また、総会で前会長として最後のあいさつをした豊田氏は「愛知県人会の婦人部は頑張り屋。すべての県人会の中で一番だろう。青年部も新たな会長にも力添えしてほしい」と会員を鼓舞。豊田氏によると「現在も過去の県費留学生などが県人会員として入会してくれて、会員が増えている」という。 さらに、同県人会は子どもを中心に据えた新たな絆を紡ぐ取り組みを開始。この取り組みは豊田前会長が発案し小松新会長が実行委員長となり実施し、「家族で日本語」という子育てイベントを成功に導いた。イベントでは日本昔話の読み聞かせや口腔衛生教室、チャンバラ劇の上映など子育て世代の要望に応え、これまでの県人会になかったイベントは各方面で話題を呼んだ。今年度の開催(8月19日)も総会で決定され、さらに大きな催しとなるとみられる。 このほか総会では11年度事業報告と12年度事業計画を承認し、11年度会計報告と12年度予算案審議も可決された。11年度の支出は13万8607・92レアル。12年度への繰越金は9501・68レアル。12年度予算は14万7200レアル。 同県人会は収入のほとんどを県人会館のサーラや駐車場の貸し出しで捻出しているが、会館のINSSの支払いなどで財政の立て直しは急務とされており、昨年一時期は会館の売却のうわさも上がった。小松会長は「県人会の雰囲気は家族のようなものにするが、運営に関してはシビアに考えなくてはならない」と表情を引き締めた。 2012年2月16日付
2012年度の総会が行われた栃木県人会館を取材すると、100人以上収容できる広い同会館は会員であふれ返っていた。同県人会が20年以上主催している「焼きそば祭りは、きょうだったかしら」と思ってしまう程の人数に驚いた。特に若い世代の参加者が多いことに感心していると、坂本会長は「彼女は研修生OGの○○さん、彼は県費留学生OBの○○さん」と県人子弟を何人も紹介してくれた。各人の名前を覚えることは大変なことだが、どうりで若い世代に人気があるわけだ。 ◎ 坂本会長自身も県費留学生として母県を訪問したことがある。県人会が推薦し、母県からの補助を受け日本で学んだ若者の帰国後の姿勢については、複数の県人会が頭を抱えているようだ。県人会側は総会や催しへの参加、県人会への理解を求める一方、留学生や研修生のOB、OGは仕事や育児で忙しいといった理由から、なかなか県人会とかかわりを持てないという現状がある。坂本会長は「1世を敬い、母県を思っている」と口には出さないが、1世が築き継承し続けてきた県人会を守り、受け継いでいきたいという気持ちが伝わってくる。若い世代の支持を確立し、活気にあふれている栃木県人会。今後も日系団体がたどるべき道の一つを示してくれることと期待したい。 2012年2月15日付
ニッケイ新聞 2012年2月15日付け 〃福井村〃として知られる聖州サンミゲル・アルカンジョ市のコロニア・ピニャール移住地が今年で入植50年目を迎えるにあたり、ピニャール文化体育協会(西川修治会長、約50家族)は『入植50周年記念式典』を8月5日、同地文協会館で開催する。JICAの前身である移住振興会社の直轄移住地として開発された同地。62年12月に福井県から3家族14人が第一陣として入植したことから歴史が始まった。先没者法要後、記念式典に移り、功労者並びに高齢者表彰をおこなう。また50周年を記念し、体育館が会館の隣に建設が進められており、式典後に落成式が挙行される。体育館内で昼食会後、記念演芸会を行う。日本からは西川一誠福井県知事と田中敏幸同県会議長、福井県日伯友好協会会長らが出席する。また、現在移住地に住む会員家族の写真などを載せた記念誌の作成を進めており、式典当日に配布される。日ポ両語で500部を印刷する。案内のため来社した徳久俊行副会長、山下治祭典実行委員長は「今年は市内の学校も複数新設、改装されるなど全体で盛り上がりを見せる。縁のある人に多く訪れてほしい」と出席を呼びかけている。
ニッケイ新聞 2012年2月15日付け 東日本大震災で失われた宮城県名取市の海岸林の再生を目指し、公益財団法人オイスカ(中野良子会長)が『海岸林再生プロジェクト10カ年計画』を実施している。10年間で50万本の植林を目指す。海岸を覆う松林は長年、飛砂、塩害、強風、高潮から住民を守ってきたが、「今では潮風が直撃し、買ったばかりの自転車や10円玉がさびるほど」と来社した渡邊忠副理事長は話す。「海岸に近い仙台空港は東北の流通の中心。この状態では生活だけでなく、復興にも支障をきたす」と危機感を募らせる。悪化する被害に海岸林の必要性を痛感した住民からも「自分たちの手で林の復活を」との声が届くようになり、昨年5月に事業を開始した。被害面積は約3600ヘクタール、再生には約600万本の苗木が必要と見込まれている。まずは50万本を目指し苗木を生産。事業を担う農家に資金や資機材を支援し、被災者の生計支援にも繋げる。「目標は10年間で10億円を集めること。6月に開かれる国連持続可能な開発会議(リオ+20)でも事業を紹介する」。海外メディアも利用し、様々な機会を通じて呼びかける方針だ。マツは育苗でも3年、植樹後成木するまで約20~30年はかかると言われることから「次の世代に残す、生きた遺産と思って地道にやる。日系社会の皆さんにも協力して頂きたい」と協力を呼びかける。当地資金集めの窓口となる宮城県人会の中沢宏一会長は「被害を受けた他の地域にとってもモデルケースとなる」と話している。事業内容はサイト=www.oisca.org/kaiganrinでも確認できる。
ニッケイ新聞 2012年2月15日付け 【ミナス発】今月3~5日にミナス州ベロオリゾンテであった『第1回日本祭り』を主催したミナス日伯文化協会(高根昭秀会長)。同市や近郊に住む人を中心に約240家族の会員がおり、日語モデル校の運営、文化祭、食祭、運動会、敬老会を開催するなど日本文化を市民に紹介し、継承に励んでいる。ミナス州内には約20の日系団体があり、互いにイベントに招待するなど交流が行なわれている。 会員は二、三世が中心で非日系もいる。婦人部、青年部もあり、ソフトボール、剣道、居合道、コーラス、踊り、カラオケなど文武両面で活動している。日本祭りではそれぞれが日頃の練習の成果を披露、太鼓グループ「雷鬼太鼓」は3日連続で舞台に立ち、トリを飾るなど大いに注目を集めた。グループの大半を占める非日系のメンバーは「日本文化に興味がある」と目を輝かせる。モデル校の生徒は日系、非日系が約半数ずつだが、長年教師を務める宮本君代さん(66、兵庫)は「子供の数が減って非日系が増え、彼らのほうが熱心」と話す。年初に登録する人は毎年100人前後に上るほどの人気だ。また州内の日語学校5校を集め、年に2回勉強会も開いている。会館内には複数の教室、職員室を設け、宮本さん含め3人の教師がいる。希望者が一定数集まれば、そろばん、習字、折り紙などの教室も開く。会館は市内の高台にあり、08年には百周年を記念して、親日家だったウジミナス社の元社長、故リナルド・カンポス・ソアーレス氏の呼びかけで、複数の日系企業からの寄付による舞台や会議室のある建物が新築された。フットサルコートやプールもあり、主な活動の場となっている。赤木文雄副会長(73、熊本)は「小さいながらも活動は盛んですね」と笑顔を見せる。来年の日本祭りは、市の観光局とウィルソン・ブルーメル在ベロオリゾンテ名誉総領事が、すでに開催を宣言している。赤木副会長によれば、今年の日本祭りは概算で赤字は出なかったといい、来年に向けては「今回は準備日数が少なく州内の日系団体が参加できなかったが、次は参加を呼びかけていきたい」と展望を語った。 日本移民、企業の歴史が一冊に=ミナス文協が百年史を発行 ミナスジェライス州に根付いた日本移民や日系企業の歴史をまとめた書籍『A Presenca Japonesa em Minas Gerais – Imigracao e investimento 1908-2008』が昨年4月、ミナス日伯文化協会から刊行された。全420頁で、全編ポ語。08年の移民百周年にあたり、同地でも記念事業を行なおうと州内日系団体代表が話し合い様々な意見が出たが、日本庭園の建設、移民史の発刊にしぼることに決まり、執筆が進められてきた。「ミナスでの日本移民」「ミナスへの日系企業の投資」の2部構成。戦前、戦後のミナスの日本人移住史、日伯の経済関係、日系企業の経済活動などが網羅されており、年代ごとに詳しくまとめられている。同文協理事で著者の岡崎みち子氏(二世)は長年大学で教鞭を取っており、ミナス州の工業連盟に勤務していた経験もある。ミナス州の図書館や日系団体、サンパウロの文協に無償で提供され、ミナス文協で販売している。価格は45レアル。希望者は文協(電話=31・3428・1690、メール=contato@amcnb.com.br、日本語可)で注文できる。
【大阪発】沖縄振興に尽力した関係者への感謝と沖縄本土復帰40周年を記念した観光イベント「沖縄ナイト」が、1月26日午後6時から大阪市梅田のザ・リッツカールトン大阪で開催され、沖縄県の仲井眞弘多県知事をはじめ、旅行・行政や沖縄及び関西在住の県人関係者など約800人が出席した。 同イベントは、沖縄県の観光宣伝を目的とし、今年復帰40周年を迎える同県の観光産業の需要促進強化を図るために大阪と東京(1月27日)の2か所で開かれた。 大阪のイベントでは、会場正面舞台には今年の干支(えと)にちなんで「龍」の図柄があしらわれ、後方では沖縄名産の各種「泡盛」の試飲も行われた。また、舞台上では関西系お笑い芸人による抽選会も行われ、出席した人たちは和やかな雰囲気の中で泡盛やオリオン・ビールを飲みながらの交流を楽しんだ。 あいさつに立った仲井眞県知事は、昨年3月の東日本大震災による被害を振り返った上で「旅行業界にとっても苦しい1年だったが、沖縄の特産品をさらにアピールしていくことを目的に、皆さんと一緒に努力していきたい」と述べ、関係者へのさらなる協力を呼びかけた。 仲間とともに出席した大阪沖縄県人会連合会名誉顧問の屋良朝光(やら・ちょうこう)さん(85)は、13歳で沖縄県を離れ大阪に出てきたという。「当時は言葉や習慣も違い、我々ウチナーンチュに対して偏見があったことも仕方がないと思っている。現在、(普天間)基地問題などが大きな話題となっているが、平和を守っていくという意味でも沖縄県に対する大きな評価になっているのでは」と屋良さんは自身の考えを示した上で、同イベントなどで沖縄県産品が広く一般に広がっていることを喜んでいた。 2012年2月15日付