自身の勤める富山県庁について「ホウレンソウ(報告、連絡、相談)が徹底している」と話す非日系の県庁職員レモス・エベルソンさん。「県民のためには石橋を叩いて渡るのが無難」と日本人でも「性に合わない」という人がいる官庁の役割を理解し、同時に自身の仕事を楽しんでいるようだった。国際交流員としての活動を通じて、1985年の友好提携締結から続いている富山県とサンパウロ州の関係構築に尽力しているが、その温和な人柄と高い言語能力で今後日伯の親善にも寄与してくれることと期待したい。 ◎ どこの県人会宿泊施設でも評判が悪いのは、日本から来た若者たち。「部屋に入ると足の踏み場もないほど散らかし放題。出て行くときもそのままで、どんな教育を受けたのか!」と怒る県人会長が多い。ピッピーまがいのバックパッカーだけではなく、研修生として来伯した女性も結構多い、と嘆く。ブラジルに来て、ちやほやされて有頂天になるので、地に足が着かない生活をするからか。「いや、開発途上国に出て行く若者は向上心がないから仕方がないでしょう」とはある大学の先生の弁。いやな時代になったものである。 2012年1月20日付
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ニッケイ新聞 2012年1月19日付け 土曜日(21日) 東京都友会新年会、正午、ニッケイパレスホテル (Rua Galvao Bueno, 425, Liberdade)◎池坊華道会南米支部「初生け新年会」、正午、静岡県人会(Rua Vergueiro, 193, Liberdade) 日曜日(22日) 岩手県人会定期総会・新年会、午前9時半、同県人会(Tomas Gonzaga, 95-M, Liberdade)◎煎茶道静風流ブラジル灯楽会初煎会、午後1時半、大阪なにわ会館(Rua Domingos...
JETプログラムのエベルソン氏USPで日本語を専攻後、日本へ留学 富山県観光・地方振興局国際・日本海政策課には、国際交流員として勤務する非日系ブラジル人がいる。ブラジルで学んだ日本語を流暢に話すレモス・エベルソンさん(34、聖市出身)だ。エベルソンさんを知る富山県人会の中尾契信事務局長は「彼が初めて県人会を訪れたのは1月の暑い日だったが、スーツにネクタイを締めてやって来た。こちらが『ブラジルだからネクタイなんていいんだよ』と言うと、『いいえ、富山県の職員ですから』と誇り高く答えた」という。そんなエベルソンさんへ一時帰国中に話を聞いた。 エベルソンさんは、都道府県などの地方公共団体が主体となって実施している「語学指導等を行う外国青年招致事業」JETプログラムに参加し、富山県庁に派遣された。 JETプログラムは地方公共団体が総務省や外務省、文部科学省、財団法人自治体国際化協会と協力して実施している。1987年度に外国語教育の充実と地域単位での国際交流の進展を図り、日本と諸外国との相互理解の促進と、日本各地の国際化の推進を目的として始まった。25年目となった今年度までにブラジルを含む39か国から4330人を招致している。 職種は小・中・高校で語学指導に従事する外国語指導助手(ALT)と地域において国際交流活動に従事する国際交流員(CIR)、地域でスポーツを通じた国際交流活動に従事するスポーツ国際交流員(SEA)の3種。エベルソンさんは国際交流員として2007年度から5年間の契約で富山県庁に勤めている。 エベルソンさんが日本語に興味を持ったのは中学3年生のころ、学校で知り合った日系人の友人から日本の話を聞いたことがきっかけだった。「日系人といっても日本とのかかわりが薄い人もいるが、友人は祖母と日本へ行ったこともあり日本との繋がりが深かった」。 日本語の勉強はその頃から始めた。最初の4年間は独学で学び、その後サンパウロ総合大学(USP)へ進学。大学では哲学文学人間科学部文学科で日本語とポルトガル語を専攻した。また、大学進学と同時に日本語コースのある私塾へ通い、日本語習得を目指した。 大学3年生の時、日本の文部科学省の奨学金で大阪外国語大学へ1年間留学する機会を得た。ブラジルで習い始め5年間続けていた合気道を極めるべく、留学先では合気道部に入部。「とにかく敬語に厳しかった」という同部では、「上下関係の大切さ」と「頑張るという言葉の意味」を学んだという。 特に印象に残っているのは師範に対する接し方で、「ブラジルでは見たことがないほど皆真剣だった」という。同部で行われた合宿へ参加した際は、師範の食事はいつも最後に出された。食事の部屋の扉はいつも閉ざされていたが、2人の部員が扉付近で足音に耳を澄ませ て待機している。師範が部屋に近付くと「自動ドアのように」扉を開けて迎えるのが部の恒例だったという。「忘れられない出来事」とその光景を話してくれ た。 合宿場では飲み会も開かれ酔うまで酒を飲むこともあったが、翌朝は午前5時に起床し刀を振った。あまりの厳しさに「初めは冗談だと思ったが、自分よりも体力のない部員や女子学生も同じ稽古を行っている姿を見て、頑張る決意ができた」という。 その結果、黒帯取得の夢がかない有段者となった。留学期間が終わりに近付いたころ「また絶対、日本へ戻る。できるだけ早く」と決心して日本を後にした。(つづく) 2012年1月19日付
東日本大震災の発生から間もなく1年になる。日系コロニアでも当日、追悼ミサを実施しようと話が進んでいる。ブラジル都道府県人会連合会は昨年10月から準備を進め、被災県である宮城県人会館を会場に行うことが決定していた。ところが、今年に入りブラジル日本文化福祉協会が県連に共同開催の打診を行った。20日に両団体を含めたサンパウロ日伯援護協会、日伯文化連盟(アリアンサ)、ブラジル日本商工会議所を加えた5団体で会議を行いたいという▼昨年の大震災発生直後に各団体は独自で銀行口座を設置し、義捐金を集めたことは記憶に新しい。しかし、なぜ一本化できなかったのか。今でも不思議で仕方がない。多くの人たちが同じ思いを抱いている。外部には日系コロニアがまとまっておらず、それぞれが目立ちたいために義捐金集めを行ったのではないか、といううがった見方をする向きも少なくなかった。こうしたことを反省材料にするなら追悼ミサは一本化するのが当然だろう▼5団体が会議を開くに当たって考えなければいけないことが二つある。まず、第一はどこが主導権を握って開催するかだ。通常の行事なら文協だろうが、今回は県連が表面に立つのが順当な選択だ。県連は被災県を会員に持ち、都道府県と最も密接な関係にあるからだ。ともすれば、文協は日系団体の頂点という意識が強いのだが、追悼ミサに関しては一歩退き、会場を提供するにとどめたほうが賢明だ。第二は、追悼ミサを契機に今後どのような継続的な支援を行っていくのか、具体策を打ち出さなければならない。こちらのほうが重要だ。昨年、ブラジルから日本に送った義捐金は総額で6億円にも上るという。しかし、日本の人たちにはブラジルや日系コロニアの顔が見えていない。被災地の人々や日系コロニアの人々と同じように被災地を思いやる日本人にも日系コロニアの思いが伝わるような支援策が打ち出せるかどうか▼この2点を明確にし、会議を行うべきだ。そして、もう一つ重要なのは、追悼ミサの会場を満席にしなければ意味がない。毎年の移民法要を見ても文協大講堂は閑古鳥が鳴いている。こんな状態なら、追悼ミサはやらないほうがいい。(鈴) 2012年1月19日
「私が富山県へ研修へ行っているレモス・エベルソンでございます」。富山県庁で働くエベルソンさんはスーツ姿で富山県人会を訪れた時、そうあいさつしたそうだ。「ございます」なんて、今どき日本人の口からはなかなか出ない。少なくともモザイク子は、そんな奇麗な日本語を話すことはできない。日本語を学ぶ外国人や、話せるが母国語ほど流暢でない日系人とのやり取りでは驚かされることが時折ある。 2012年1月19日付
ニッケイ新聞 2012年1月18日付け 南米に住む沖縄県系人の若者の交流を目的に07年に始まり、今年で5回目を迎える『ニーセーターツアー』が今月19~29日までサンパウロで行われる。 これまでペルー、アルゼンチン、ボリビアなどで行われ、ブラジルでの開催は初めて。 今回は日本から、昨年10月に開催された「第5回世界のウチナーンチュ大会」をきっかけに設立された「世界若者ウチナーンチュ連合会」の沖縄本部若者・学生事務局の事務局長ら5人が参加する。 その他ボリビアから7人、ペルーから2人、亜国から5人、伯国からは現時点で43人が参加予定で、60人を超える14~20代の若者が一堂に会する。 実行委員の山城モニカさんは「ブラジルの多くの県系子孫は、自分のルーツや先祖の歴史に関心がないし、知識もない。いちゃりばちょーでー(沖縄の言葉で「一度出逢ったら皆兄弟」の意)を、参加者にツアーで感じてもらうのが目的」と意気込みを語る。 ツアーでは沖縄太鼓や琉球舞踊、空手、沖縄料理など沖縄文化と、ブラジル料理、サンバ、フォホーなどブラジル文化のワークショップが開かれる。 開会式は20日夜、聖市リベルダーデ区の沖縄県人会館で開かれ、ジアデーマの沖縄文化センターで終了予定。 ツアーに関する問い合わせは山城さん(11・8411・2546)、宮里マリナさん(11・7332・1810)まで。
長崎県人会(川添博会長)はこのほど、聖市グロリア街332番6階にある同県人会事務所を拡張する予定。これは、これまでデカセギ関係機関に賃貸していた事務所の隣室(約15平方メートル)を返還してもらったことがきっかけで、隣室を事務所として使うこととなった。 すでに隣室は空室となっており、15日に行われた役員会後に青年部の若手がロッカーなどの事務用品を移動させた。電話やインターネットなどの電設関係を引き込むなど引越し作業が完了するのは今月末から来月初旬を予定している。これまでは事務所とサロンは同じ部屋だったが、今後は現在の事務所部分をサロンとし、会議や地元芸能の練習場に使うという。 2012年1月18日付
県連は16日と17日、文協ビル3階から5階への移転作業を行っている。16日午前8時半頃から行われた作業では、3人の業者が台車を使ってまとめられた書類などの荷物を5階へ上げていた。伊東信比古職員は「今日でほとんどの荷物は5階に移し終わる。明日は整理整頓だ」と話し、看板を拭いていた。 援協の書類問題が解決し、完全譲渡が決定するまでは、会議室に充てる部分を事務所として利用し、残りの半分は倉庫として使用する予定。 2012年1月17日付
ニッケイ新聞 2012年1月14日付け ブラジル岡山県文化協会(根岸健三会長)は2月12日午前10時(第2次招集)から、聖市リベルダーデ区の同会館(Rua da Gloria, 734)で2012年度定期総会を開く。 議題は11年度事業・会計報告、12年度事業計画・予算案審議、役員改選、13年度派遣海外技術研修員募集など。 役員に立候補する場合は今月27日までに事務局まで申し出ること。 総会後は新年会が行われる。一品持ち寄りで、飲み物は同会が負担する。 問合わせは同会(11・3207・3487)まで。
ニッケイ新聞 2012年1月14日付け 福井県人会(有明正一会長)は、「第59回定期総会」を29日午前10時(第1次召集)から、同会(Rua dos Estudantes 15, sala 82, Liberdade)で開く。 議題は、昨年度の事業・会計報告、本年度の事業計画、予算案の審議。 詳細は同会(11・3207・1056)まで。
母県の中南米移住者子弟受入事業 和歌山県国際交流協会が中南米の移住者子弟に日本文化を体験してもらおうと、2009年から実施している「中南米海外移住者子弟受入事業」で、今年は日系4世でバストス出身の薮田ルーカス紀幸君(19)と、日系3世でカンポ・グランデ出身の高木ターレス丈司君(19)が約3週間の日程で訪日している。 薮田君と高木君は共に初訪日で、普段は聖州内の大学に通っている。同事業では3年連続でブラジルからの子弟が日本を訪れており、日本では県内の日本人家庭にホームステイし、年越しや正月を体験した。 薮田君と高木君は日本で温泉に入ったり、雪を見たりするなど初めての体験を重ねている。8日には和歌山市内で開かれた「多言語サロン」に参加し、ブラジルの生活や日本の印象などについて語った。2人は15日に伯国へ帰国する。 ブラジル和歌山県人会(木原好規会長)は、同事業の実施に当たり各支部への連絡や人選に協力しており、1月末に行われる総会では2人を招き報告会を開催する予定。木原会長は「日本語で困っていないか心配だ」と笑った。 2012年1月14日付
県連の園田昭憲会長は8日に開かれた鹿児島県人会新年会の席で、今年7月に開催されるフェスティバル・ド・ジャポンの関連行事として、フェスティバルの1~2週間前にマラソン大会を行うことを計画していると発表した。同祭の昨年の収益は31万7270レアル。すでに今年は1万1千平方メートルの第2展示場を追加することを決めている。 ◎ また、鹿児島県人会は来年の県人会100周年記念誌では、約3分の1を留学生などの紹介に充てるなど、これまでにない未来志向の記念誌にする予定だという。さらに、県人会館を借りたいという話があったが、来年の100周年記念式典が終わるまで現状を維持することに決定した。 2012年1月14日付
ニッケイ新聞 2012年1月13日付け ブラジル福島県人会(小島友四郎会長)は2012年度定期総会を29日にリベルダーデ区の同会会館(Rua da Gloria, 721)で開く。第1次召集は午前10時、第2次は午前10時半。 議題は昨年度の事業・会計報告と12年度事業計画案。総会後、新年会が行われる(参加費30レアル)。 出席希望者は25日までに同会(11・3208・8499)まで連絡とのこと。
ニッケイ新聞 2012年1月13日付け 今年、節目を迎える9県人会のうち7つが創立記念式典の開催を予定していることが本紙の調査で分かった。福島(95周年)、山口(85周年)、鳥取・大分(60周年)、静岡・千葉(55周年)、長崎(50周年)の7県が祝う。石川(75周年)、京都(60周年)は、開催そのものが未定で、今後役員会で検討されるようだ。 在伯県人会として鹿児島に次いで2番目の歴史を持つ福島は10月21日に式典を開催する。昨年3月の東日本大震災の影響で母県からの慶祝団訪問はない。 曽我部威事務局長は「母県はそれどころではない。県人会館で質素にやりたい」と話す。 山口は8月末の開催を予定。しかし県知事選があるため、知事、副知事の来伯は見込めない。 費用は会員へ寄付を呼びかけているが、要田武会長は「第一線から身を引いて年金生活の会員が多く集まらない。会費制にするかも。客家会館で行った80周年よりは規模が小さくなる」。 鳥取は県の意向で11月11日に同会会館で式典を開く。県からは副知事、出納長ら慶祝団が参加する。2月の総会で詳細を検討する。 「堅苦しくない思い出に残る節目にしたい」と本橋幹久会長。 大分は10月を予定。柿坂公正会長によれば「母県には式典参加を打診しており、県庁からの参加は決まっているが、知事の来伯は未定」と話す。 07年の50周年記念では式典を催さなかった静岡。このたびは県人会館で祝う。開催時期は未定だが、慶祝団が訪れるほか、記念史の製作が決まった。 「資金は順調に集まっているが、原稿は集まっていない。発行は60周年にずれ込む可能性もある」(杉本教雄会長) 10月中旬に開催を予定する千葉の原島義弘会長は「母県からの要望で8月末に変更する可能性もある。詳しいことは、3月の総会で決めたい」とする一方で「火災事故や液状化現象の被害を受けた被災県。盛大にとはいかない」と話した。 「簡単なものではあるが開催したい」と長崎の川添博会長は、9月2日に北海道協会会館で行うとし、県人会の活動や歴史、式典の様子を載せた50周年記念史を製作するという。 今年はサントス市と長崎市の姉妹都市提携40周年であることから、長崎市長も来伯する予定だ。川添会長は「聖市以外に住む県人が集まる機会になれば」と期待を込める。
「ニーセーターツアー」 南米に数多く在住している若いウチナーンチュの子孫に、沖縄の文化や習慣などをしっかり継承してもらうことを目的に2007年から開催されている「ニーセーターツアー」が19日から10日間、伯国で開かれる。 同ツアーは南米大陸で毎年開催されており、今回が5回目。伯国での開催は初めてで、沖縄やアメリカのウチナーンチュも初めて参加する。参加するのは13歳~22歳の伯国43人、アルゼンチン5人、ボリビア7人、ペルー2人、アメリカ2人、沖縄3人の合計62人。イベントなどを通して沖縄系の若者同士が交流を深め友情を育む。 沖縄からは「第5回世界のウチナーンチュ大会」(11年10月開催)をきっかけに設立された「世界若者ウチナーンチュ連合会」の沖縄本部若者・学生事務局の玉元三奈美事務局長が参加する。 ツアーではジアデマの沖縄文化センターで寝食を共にし、イベントにも参加する。また、今年7月にブラジルで開催予定の「第1回若者ウチナーンチュ大会inブラジル」の企画や運営についても、南米の若者たちと話し合うという。 開催国として伯国では、ブラジル文化及び沖縄文化のそれぞれの特性を体験できるようにサンバのワークショップ、琉球舞踊、空手、エイサーが催され、その他にも自然環境、ブラジル文化又は日本移民に関するツアーが組まれる予定。 また、沖縄の玉元事務局長らは同ツアーの期間中、パソコンを使って沖縄の地理や文化を説明するなど計画している。与那嶺真次沖縄県人会会長は「よその国では若い子が仕切っていて年寄りはいない。伯国はホスト国だが、しっかりやってくれている若者に任せている」と話した。 2012年1月13日付
県立高校入学試験問題に振り仮名 富山県教育委員会は今年の県立高校の入学試験から、日系子弟ら外国人受験生の入試問題に振り仮名を記載することを決めた。対象となる外国人受験生は、志願する時点で日本への入国から6年以内であることが条件。振り仮名の記載を希望する受験生は、入学願書を提出する際に申請書を添える必要がある。 同県教委県立学校課高校教育係の土肥恵一指導主事によると、申請の際は中学校で生徒及び保護者に「外国人特別措置」の希望の有無を確認し、手続きなどについて説明を行う。 県内にある全日制、定時制の県立高等学校の全学科・コースの入試が対象となり、国立富山高等専門学校は該当しない。このような高校入試における配慮は、日本国内で日系人らが集中している8府県で行われている。 近年、同県では漢字を使用しない国からの外国人在住者が増加。その子どもたちが進学する際、漢字の読み取りが困難であることが足かせとなり、問題を解けないことが補習などを支援するボランティア関係者から心配されていた。 2010年9月に鹿熊安正氏が代表を務めていた富山県南米協会、富山県海外移住家族会両団体が県教委に要望を提出、「外国につながる子どもたちを考える会」(米田哲雄、山﨑けい子両代表)も外国人保護者説明会を含む特別措置を要望していた。 土肥主事は本紙の取材に対して「県内在住の外国籍生徒が自らの希望と適性の下、意欲を持って高校へ進学してほしい」とコメントしている。 2012年1月13日付
ニッケイ新聞 2012年1月12日付け 土曜日(14日) 華道池坊新春初生け、午前10時、レストラン新鳥(Alameda Campinas, 600, Jd. Paulista)◎文協・児童絵画教室作品展示会、文協ビル15会議室(Rua Sao Joaquim, 381, Liberdade)、日曜日も。 日曜日(15日) 茶道裏千家・初釜新年会、午前11時半、ホテル・インターコンチネンタル・サンパウロ(Rua Alameda Santos, 1123)◎オールドボーイ野球大会(72歳以上)、午前8時半、ボンレチーロ球場
ニッケイ新聞 2012年1月11日付け 滋賀県人会(山田康夫会長)は15日午後12時半から、聖市アクリマソン区の同県人会館(Rua Bras Cubas, 415)で開く。 一品持ち寄りで、会員以外の参加も歓迎している。 参加の場合は、同会(11・5571・9659/5575・3241)まで連絡を呼びかけている。
ニッケイ新聞 2012年1月11日付け ブラジル岐阜県人会(山田彦次会長)は昨年11月27日に開かれた臨時総会で、老朽化を理由にブエノ・デ・アンドラーデ街446番に建つ同県人会館の売却を決定した。 今後は総会で権限を委託された理事会が売却先や時期を決定するが、移転先の土地購入や新会館建設の目処は全く立っていない。 山田会長は「県人会活動の在り方を決めるきっかけになる良い時期」としながらも「全ては会員との議論で決めること。事務所のみを借りて運営する可能性もある」とも話した。 現会館は100年以上前に建てられた民家を76年に購入、増改築を繰り返してきた。しかし、昨年1月の長雨以降、破損した下水管から水が漏れ出したことで地盤が緩み、建物が傾いて壁が崩れるなど、使用に耐えないと判断した。 「こんな古い会館では日本からも人を呼べないし、若者が寄り付かない。全会一致で売却が決定された」(山田会長) 09年10月の臨時総会には現会館を取り壊し、同じ場所に新築することを前提に建設計画を策定。母県でも任意団体「ブラジル岐阜県人会を応援する会」が発足、資金集めを行ってきた。 だが、08年の経済危機が長引き難航、昨年4月開始予定だった資金カンパのキャンペーンも東日本大震災発生のため見合わせとなっていた。 「わずかでも県から補助金を受けているのであれば、ただの親睦団体であってはならない。日本語を中心とする文化の継承も県人会の責務」と力を込める山田会長だが、その基盤となる会館の売却により、県人会の方向性に大きな決断を求められることになりそうだ。
ニッケイ新聞 2012年1月11日付け 東日本大震災から、あと2カ月でちょうど1年を迎える。コロニアが中心となり、約6億円(本紙調べ)の義捐金を送ったことは記憶に新しい。予定される1周年ミサでは、追悼はもちろんだが、記憶を風化させず、これからも続く〃祖国〃の復興支援を広く呼びかける重要なタイミングともいえる。しかし―内外の関心を呼ぶような支援イベントはおろか、追悼ミサの主催団体もはっきりしておらず、新年早々、コロニアの足並みは揃っていないのが現状だ。 追悼式典のため、5千レアルの予算を組んだ県連。開催場所は宮城県人会館に決まっている。しかしどうも話が妙なのだ。 昨年11月の県連代表者会議。宮城、福島、岩手各会長の同意の上で、県連主催による法要を行なうことを承認。中沢宏一会長(宮城)は「昨年同様、ぜひ会館を使ってほしい」とその場で申し出たという。翌月の代表者会議で、全体の総括は園田昭憲会長、実行委員は木原好規(和歌山)、山田康夫(滋賀)の両会長に加え、東北3県と千葉、茨城、青森の計8県の会長が就任した。 ところが、先月あった第1回会合に中沢会長が出席しなかったことから、委員らの困惑が始まった。 山田会長は「事務局から電話で連絡があったはず。千葉、青森の各会長は所用で欠席するとの連絡があったが、中沢会長からはなかった」と首をひねる。 不在ながらも、実行委員長として中沢会長の名前が挙がったようだが、開催場所が宮城なのだから、具体的なことは何も決まらず、次回に持ち越された。 中沢会長にぶつけると「そういう会合があったことも知らない。8人の実行委員が呼ばれたことはまだないのでは。連絡の行き違いで私が行かなかっただけかもしれないが」と部外者然とした口調で、気にもしていない調子。 こうしたことから園田会長は「文協から声がかかれば、宮城県人会ではなく大講堂でやるんだけど…」とため息を漏らす。 さて、自称〃日系社会の代表機関〃である肝心の文協はどうなのか。たっぷりと2カ月の休暇を楽しみ、こうした決定をすべきだった評議員会(12月10日)の2日後に帰国した木多喜八郎会長は、忘年会、新年会に忙殺されたのか「年末年始は忙しかったのでそろそろ」と準備の気持ちはあることを示した。 「県連は県人会の主催でやると言っているようだが、5団体が共催でやるべきだと思う」と珍しく自分の意見を述べつつも、どういう形で―との質問には「みんなで検討する」といつもの調子に落ち着いた。 何とも頼りないが、御三家の一角を成す援協の菊地義治会長は「5団体合同でミサや義捐金活動など支援活動に取り組んできた。当然今年も一緒」との考えを示した上で、「文協主催でやるのか、被災県人会主催でやるのか…よく分からない」と全く状況を知らないようで、かつて会長を務めた岩手県人会とも連絡はない様子だ。 1周年ミサの準備が本格化するのはいつになることか。
