06/03/2026

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山口県人会(平中信行会長)は、母県の山口ロータリークラブから寄せられた現金十万円分のブラジル米千二百キロを、希望の家(上村ジャイロ理事長)に寄付した。関係者出席のもと、六月二十三日に同県人会会館で寄贈式が行なわれた。 平中会長は、「母県団体の好意を伯国の福祉団体に届けることができ、喜ばしい」と満面の笑みで目録を贈呈した。 米食百二十日分の寄付に、大野孔三副理事長は、「本当にありがたい」と謝意を伝えた。 山口ロータリークラブは山口県人会を仲介とし、国際交流予算の十万円で、十年にわたって伯国への寄付を続けている。 写真:ブラジル米千二百キロを前に関係者の皆さん
【福井市発】福井県伯国会(片岡重信会長)はこのほど一時帰国して福井に里帰りしたサンミゲール・アルカジョのコロニア・ピニャール在住の福井村村長さんと言われる西川修治さんを招いて歓迎会を開いた。 伯国会は一九八五年から九〇年の五年間にわたり、県下の農業組合で営業指導をしていた若き指導員を国際的な視野での農業振興に寄与してもらうために、栗田幸雄福井県知事(当時)が故・多田清志農協五連会長(同)、故・武田静県中央会専務(同)らの熱意でブラジル派遣制度の実施されたもの。 延べ十九人の青年指導員が全拓連、県拓連の配慮で農業体験やホームステイを通じて一か月から二か月間、ブラジルで大規模農業の研修や農業青年との交流を行った。西村村長には特に世話になったもの。 研修生は第一回生の小寺惣吉さんはJA花咲ふくい営農部長、安井さんは、JA福井市営農販売部などJAの要職に就任しているほか、片岡会長(第一回生)はJA退職後、上田五平商店営業部長、第二回生の木村茂さんは南越前市議で活躍している。 いずれも地元福井県で農業振興のため活躍している人材となっており、「これもブラジルでの貴重な体験がいま開花している」と関係者や県日伯友好協会(前田康博会長)は喜んでいる。 歓迎会では西川村長を囲んで、当時の研修会の思い出や、苦労話に花を咲かせ、また昨年の移民百周年記念に出席した慶祝使節団団員の話も出て、賑やかな宴となった。 研修生OBたちは近い将来、夫婦で訪伯を果たし研修先などを尋ねたいと約束、ブラジルでの再会を誓っていた。
島袋秀子さんを尋ねています ―沖縄県那覇市― 重要文化財保存で権利者の消息を 沖縄県那覇市壷屋にある日本国指定の重要文化財で、今年三月に崩壊した登り窯「東ヌ釜(アガリヌカマ)」が敷地内にある陶工住宅「新垣家住宅」。その保存・修理を目的にこのほど、西原篤一・沖縄ブラジル協会長を通じて沖縄県人会(与儀昭雄会長)に、同住宅所有権利者の一人で伯国内在住者の捜索依頼が行なわれた。その結果、同県人会では権利者である島袋秀子さん(五八)がパラナ州クリチーバに在住していることを探し出し、母県側に報告。本人の承諾を得て、九月頃を目処に重要文化財の修復作業が行なわれる予定だ。 琉球新報によると「新垣家住宅」は、千二十九平米の敷地内に登り窯、木造赤瓦ぶき母屋や工房などが残されており、那覇市「壷屋陶業」の歴史を伝える貴重なものだという。 しかし、近年は老朽化が激しく、五月下旬には日本政府と沖縄県、那覇市の三者が保存・修復に乗り出すことを決定。沖縄県内の建物所有権利者の合意を取りつけた。 住宅の登記簿上の所有者は故・新垣オトさんとなっており、権利者の一人でオトさんの孫に当る秀子さんがブラジルに在住していることが判明した。 那覇市教育委員会文化財課では、沖縄ブラジル協会長の西原氏を通じて、六月初旬に伯側の沖縄県人会に連絡。秀子さんの消息確認を依頼していた。 県人会では、会員などを通じて秀子さんを探した結果、クリチーバに在住していることが判明。現在、秀子さんはブラジル人と結婚しているという。 沖縄県人会では、「母県からは遺産相続などでいろいろな人探しの依頼があるが、今回は重要文化財に関わることでもあり、特に力を入れて、あちらこちらを探した」と話している。 日本政府は、今回特別に所有者の経済負担を求めず、総事業費約四億三千万円のうち、文化庁が八五%の補助を拠出し、残りを沖縄県と那覇市が折半するという。
ニッケイ新聞 2009年7月4日付け ブラジル日本都道府県人会連合会(県連、与儀昭雄会長)と日本語版ブラジル日本移民百年史編纂委員会(森幸一委員長)は、百周年記念事業の一環として、ブラジルの日本人移民の歴史と実態を調べている。現在、約四百ある各地の文化協会の実態調査を行っており、今回は在伯都道府県人会の組織実態や活動内容について、「在伯都道府県人会実態調査票」を用いて調査を行う。調査票には創立年や母県からの経済補助の有無、年間予算、総会の開催頻度など四十八項目が書かれている。調査票は六月二十五日の県連代表者会議で各県人会に配られた。今月二十日までに県連事務所(文協ビル三階)へ提出すること。問い合わせは同委員会(電話=11・3277・4891または3209・3875、担当=鈴木奈緒)まで。
ニッケイ新聞 2009年7月4日付け 「第三十一回サンパウロリベルダーデ仙台七夕祭り」(池崎博文委員長、中沢宏一実行委員長)が十一、十二両日、リベルダーデ広場で開催される。今年はブラジル宮城県人会(中沢宏一会長)とACAL(リベルダーデ文化福祉協会、池崎博文会長)が共催し、約七十本の七夕飾りが街路を彩る。広場舞台でのショーに加え、今年も大阪橋の上まで約四十店の屋台が出店する。十一日午後二時から鳥居前、日本庭園で開会式が行なわれる。中沢実行委員長、鈴木運蔵実行委員(宮城副会長)、ACALの福井ニルトン実行委員、京野吉男、遠藤マリオさんが二日、案内に来社した。屋台では県人会がやきそば、餃子、饅頭など、ACALがハッピや折り紙、手巻き、天ぷらなどを販売する。願い事を書く短冊は一枚二レアルで、ガルボン・ブエノ街の屋台、宮城県人会で販売する。広場では十一日午後三時から九時、十二日午前十一時から午後六時半まで、七夕音頭や阿波踊り、沖縄太鼓、空手演武、歌など様々な出し物が披露される。十二日午後二時五十五分から日本のJポップ歌手、五時半から平田ジョーさんが出演するほか、午後六時から短冊の一部を焚き上げるセレモニーが行なわれる。中沢実行委員長らは「当日、良い天気になるよう願っております。ぜひ、みなさんお越しください」と来場を呼びかけた。詳細は同県人会(11・3209・3265)またはACAL(3208・5090)まで。
ニッケイ新聞 2009年7月4日付け 在伯群馬県人文化協会(内山住勝会長)は、五日午後七時から静岡県人会館(ヴェルゲイロ街193)で「第四回群馬カラオケ大会」を催す。新人部門、童謡部門など約二十のカテゴリーに分かれ、子供を含む約三百人が出場する予定。賞品も用意される。毎年、夜遅くまで賑やかに繰り広げられるそう。「ぜひ応援に来てください」と同会で来場を呼びかけている。問い合わせは同会(電話=11・3341・8085)まで。
ニッケイ新聞 2009年7月3日付け 今月末から三重県伊勢市で開催される「第三十三回全国高等学校総合文化祭」(主催=文化庁、社団法人全国高等学校文化連盟、三重県など)に、タボン・ダ・セーラ市の聖州立ジョルナリスタ・ワンディック・フレイタス学校から十六歳の生徒十六人と教師四人が参加する。南米から同祭に出席するのは初めて。今年はブラジルをはじめ中国、ラオスの高校生が招待されている。 昨年、野呂昭彦同県知事が三重県・聖州姉妹提携三十五周年と三重県人移住九十六周年式典出席のために来伯した際、同校を訪問し、参加を要請していた。ブラジル代表として訪日する生徒らは、舞台でサンバの踊りや打楽器を十分間発表する。三カ月前から授業の合間に練習を重ねているほか、同市役所の日系人職員から日本語のあいさつや日本文化を学んでいるという。同市役所の広報によれば、生徒の一人であるレニャン・フェルナンデス・コスタさんは、「こんなチャンスをもらえてきれいな日本文化を知ることができた」と訪日前から感激した様子で、「きっと一生涯の経験になる」と目を輝かせて話していたという。毎年二万人の高校生が全国から集結する同祭は、演劇や合唱、吹奏楽、吟詠剣詩舞、郷土芸能、美術・工芸、書道、写真、放送、囲碁・将棋、弁論、小倉百人一首かるた、新聞、文芸、茶道など、多分野にわたる発表・展示などが行われる。今年は今月二十九日から八月二日まで。同祭は芸術文化活動への参加意欲を喚起、創造的な人間育成を図り、また全国的、国際的規模での生徒相互の交流・親睦を目的としている。
 開催間近となった県連主催の『日本祭』。先月九、十の両日、COVISA(聖市衛生局)で衛生面について注意事項説明会が開かれた。「調理従事者に対す る健康診断は必要ない」「マスクや手袋の着用義務はないが、怪我人や風邪をひいている人は、食べ物に手をつけない」「食料の有効期限をよく確認すること」 などが挙げられた。栃木県人会で今月七日、詳細に関する説明会が開かれる。 ◎  人気の宮城県人会青葉祭り。今月は県連のフェスティバル・ド・ジャポンがあるため、通常の第三週目末から一週間ずらして第四土曜日に。また、開始以来第 三土・日に欠かさず行なわれてきた同祭りだが、今月以降は第三土曜のみの開催になるという。確かに他のフェイラもあるADESCの皆さんにとっては、月に 三日、一日中というのは中々厳しい話。常連にとっては少々寂しいかもしれないが。
ニッケイ新聞 2009年7月2日付け 青葉健康生活協会は四日に青葉福祉祭り、二十五日に青葉祭りを宮城県人会館(ファグンデス街152)で開く。両日とも午前七時から午後五時まで。青葉福祉祭りには、サンパウロ日伯援護協会からサントス厚生ホーム(遠藤浩経営委員長)が参加。同ホーム入居者で、元日本料理人の松本三郎さんによるサントスの魚を使った料理が楽しめる。メニューはさわら定食(味噌味、みりん味)、かじきまぐろの炭焼き定食、豚のコステラの唐揚げ、豚汁など。青葉祭りは恒例の秋刀魚定食、イカポッポ焼き、ソースイカ入り焼きそば、はらこ飯のほか、きな粉餅や季節のずんだの青豆を使ったずんだ餅なども販売。両日ともADESCによる手作り品、農家直送の新鮮な有機野菜販売のほか、森山道場の森山雅和師範が武道医術による小児喘息の背骨矯正治療を無料で行う。喘息以外にも発育不良、食欲不振に効果があるという。今月以降毎月実施する予定。整体、指圧、健康相談も行う。案内に訪れた中沢会長、援協の坂和三郎副会長、川守田一省広報渉外室長、ADESCの内海会長、玉腰豊子副会長、森山師範は「ぜひ足を運んでみて下さい」と呼びかけた。
ニッケイ新聞 2009年6月30日付け 福岡県人会(南アゴスチニョ俊男会長)は県費留学生の希望者を募集している。募集人数は五人。家族や親戚が福岡県と関係があり、日系の人が対象。日本語レベルは三級以上を希望している。申込み締め切りは七月二十日。問い合わせは同会(11・3208・3123)まで。
ニッケイ新聞 2009年6月30日付け ブラジル日本都道府県人会連合会(与儀昭雄会長)は八月二十三日に「第二十三回県人会対抗ゲートボール大会」を開催するにあたり、参加チームを募集している。大会会場はゲートボール連合コート(Av.Leonardo da Vinci,1551)参加資格は、県人会会員およびその子弟、その姻戚関係の人、または特例として該当県人会会員に関わりのある人。一チーム五人(交代者は三人まで)で、カテゴリーは高齢組(七十歳以上)と壮年組(六十九歳まで)の二つ。参加費は各チーム五十レアル。申込み締め切りは八月十二日。詳細は県連事務局(11・3277・8569)まで。
ニッケイ新聞 2009年6月30日付け ブラジル香川県人会(菅原パウロ農夫男会長)は七月四日午後五時から同会館(R.Itaipu,422)で、フェスタジュニーナを約二十年ぶりに開催する。二十四日、案内に本紙を訪れた菅原会長は、「若い人が中心になって復活できました。可愛い子がたくさんいます。みんなで楽しみましょう」と来場を呼びかけた。当日はカイピーラダンスの披露やビーニョ・ケンチやケントンも販売されるという。入場料は五レアルで一ドリンク付き。問い合わせは同県人会(電話=11・5587・5303)まで。
本紙が発行した百周年写真集『百年目の肖像』。皇室にも献上され、コロニアとの交流で感動の涙を流した小泉純一郎元首相も手に取った(本紙九面)。 先日訪日、全国知事会事務局を訪れた県連の園田昭憲副会長(鹿児島)。中川浩明事務総長、厚地弘毅事務局次長との面談のさい、麻生渡会長宛に写真集を手渡した。「 とても評判がよく、喜ばれていましたよ」。日本にも昨年の熱気が伝わり、嬉しい限り。
ニッケイ新聞 2009年6月27日付け 山口ロータリークラブによる希望の家福祉協会への米の寄付が今年も実施され、二十三日午後、山口県人会館で同県人会(平中信行会長)から同協会(上村ジャイロ理事長)に米千二百キロが贈られた。この寄付は、山口ロータリーなど同県のロータリークラブの申し出により、十六年前に始まったもの。十万円の寄付金から同県人会が米を購入し、寄付している。当初はブラジル社会への寄付だったが、五年程前から同協会に米を贈っている。寄贈式には同協会から大野孔三第一副理事長、同県人会から平中会長、要田武第一副会長、伊藤紀美子事務局長が出席。平中会長から大野副理事長へ目録が手渡された。希望の家には現在、二十歳から七十五歳まで九十人が入居し、九十人の職員が働いているという。米の消費は一日十キロで、今年寄付した千二百キロは約四カ月分だという。平中会長は「日系社会に少しでも役立てたら」と語った。同協会では年間を通じてリッファの販売や毎月のように開くイベントで運営費を集めている。一カ月の運営資金は二十万レアルにのぼり、月謝が三分の一、会費と寄付で三分の一、行事での収入が三分の一だという。ブラジルでは政府からの援助はなく免税のみ。大野さんは、「一つ一つの積み重ねで運営している。ありがたい」と謝意を表した。さらに、「親の話を聞いていると、障害者全員を受け入れてあげたいくらい。ほんの一握りの人しか面倒を見られないが、人の世話をしているので気持ちは良い。苦しさが楽しさになる」と語った。
ニッケイ新聞 2009年6月27日付け ブラジル日本都道府県人会連合会(県連、与儀昭雄会長)の六月代表者会議が二十五日午後、文協ビル十四会議室で行われた。与儀会長の挨拶に続き、社会福祉法人救済会会長の吉岡黎明さんが、八月十六日に開催する第三十五回バザーの案内をし、同会の運営への協力を呼びかけた。事務局報告、前会議事録質疑、会計報告に続いて議題に移り、今月三日に神戸で開かれた「神戸市立海外移住と文化の交流センター」開館式に出席した園田昭憲県連副会長から報告があった。式にはブラジルから、二宮正人文協評議員会第一副会長、栗原猛・移民史料館運営委員長夫妻、尾西貞夫兵庫県人会長、後藤隆ブラジル日本商工会議所顧問などが出席。ブラジル代表として園田副会長が挨拶し、「移民百一年、アマゾン移民八十周年の年に開館できるのは大変意義がある」と祝辞を述べた。式では県連から寄贈された紫水晶の披露除幕式があり、園田副会長と尾西会長がテープカットを行った。県連で受付けた同センター改修への募金が約九千八百レアル残っており、今月中に取り纏めをしているカワサキ・ド・ブラジル社に手渡す予定であることも報告された。園田副会長は一日に全国知事会事務局を訪れ、中川浩明事務総長、厚地弘毅事務局次長と面談。高速鉄道やモノレール、デカセギ問題などが話題に上ったほか、ブラジル県連の状況を説明し、経済や人的交流の為にブラジル側の窓口として使ってほしいと伝えたという。続いて、第十二回フェスティバルについて与儀会長が説明。今年は十五万から二十万レアルの利益を目標にしていたが、スポンサー収入減少の影響で難しい状況だという。今年の入場券は一枚七レアルで、各県人会に七月三日までに必要な枚数を連絡するよう呼びかけた。その他、九月の第三十一回県連ふるさと巡り申込み受け付けを二百二人で終了した件、十月十八日に第三回弁論大会を開催する件が連絡された。今年のテーマは「私の周りの日本文化」で、一位には日本往復切符が贈られる。また国際交流委員会から、九月十七日から十九日にウルグアイで開かれる第十五回パンアメリカン日系人大会への参加の呼びかけがあった。県人会の連絡事項では徳島の原田会長から、五月に開催した「阿波人形浄瑠璃平成座」公演について、関係者に礼を述べた。同公演は日本のNHKでも放映されたという。
ニッケイ新聞 2009年6月25日付け 【沖縄県発】沖縄パンアメリカン連合会(会長=大山盛稔・沖縄カナダ協会会長)主催の「移民の日交流会」が十八日、那覇セントラルホテルで盛大に開催された。今年はアメリカ(ハワイ)、カナダ、キューバ、ボリビア、ペルー、ブラジル、アルゼンチンの七カ国が参加。ブラジル移民百周年をきっかけに、去年にも増して大勢の人が集まり、約三百人近い人出となり、入りきれない人が廊下まであふれていた。 この連合会は九四年に沖縄からの南米移民の親睦とウチナーンチュ大会に向けての横のつながりを深めることを目的として結成された。当時は連合協議会の名称で、九五年に正式にパンアメリカン連合会(以後、連合会と省略)としてスタートした。会場の受付には、尚学高校(コレジオ・ブラジリアの姉妹提携校)の生徒達がボランティア。開会の挨拶に連合会事務局の与座宏章事務局長。主催者挨拶は大山盛稔会長が、来賓祝辞には安里カツ子副知事、沖縄県議会の高嶺善伸議長が駆けつけた。乾杯の音頭は沖縄県国際交流・人材育成財団の仲村守和理事長。司会は連合会副会長、沖縄ペルー協会の比嘉憲太郎会長が行った。シンポジウムには「若者が見たウチナーンチュ社会/ウチナーンチュ・ネットワークへの提言」に、三人の若者のパネラーが登場した。小波津亜廉(沖縄尚学高校三年/アルゼンチン移住百周年参加)、仲本いつ美(琉球大学法文学部四年/ブラジル移住百周年参加)、儀保ダーシー(元県費留学生・真和志小学校英語講師/ハワイ出身)のパネラーの体験談には立ち見も出るほどの盛況ぶりをみせた。特に、ハワイ出身のダーシーさんの見事な方言での挨拶には惜しみない喝采が送られた。余興の県費留学生による流舞や沖縄ハワイ協会のフラダンスとウクレレ演奏、那覇少年少女合唱団による沖縄民謡、ブラジルの楽器演奏(翁長巳酉)、カチンバ151のサルサの演奏では参加者がカチャーシー踊りとなり、見ていた人々も次々と前に出て盛り上がった。最後に沖縄に滞在する留学生研修生の紹介、連合会副会長の沖縄ハワイ協会の真喜屋明会長が閉会の挨拶をした。大山会長は「海外のウチナーンチュは沖縄の財産である」と断言。会場には南米の研究をしている琉球大学や名桜大学の教授や、年に一回のこの日を楽しみにして、離島からわざわざ出てきたというアルゼンチン移民のお年寄りや、ペルー、ボリビア、キューバ帰りの面々も集まり、交流会終了後も途切れることのない会話で、人々の輪は会場にいつまでも残っていた。(翁長巳酉さん通信)
ブラジル沖縄県人移住百一周年を記念した第十五回開拓先亡者追悼慰霊法要が、二十一日午後二時から聖市リベルダーデ区の沖縄県人会館大サロンで開催され、約百五十人が出席した。 法要は、先亡者への黙祷のあと、田場ジョルジ実行委員長の開会の辞で開始。野村流音楽協会、野村流古典音楽保存会、琉球筝曲興陽会、琉球筝曲保存会の各ブラジル支部による献楽の儀をはじめ、県費留学・研修生OBによる献花の儀、ぶくぶく茶道ブラジル支部による献茶の儀がそれぞれ執り行われた。 引き続き、与儀昭雄会長が追悼の辞を述べ、一九〇八年から始まった移民の歴史を振り返り、「困難を極めた生活の中で先人たちは日系社会を築き上げてきた。我々はその遺志を受け継ぎ、今後も次世代に引き継いでいかなければならない」と強調した。 曹洞宗南米別院佛心寺の采川道昭導師が入道。読経の間に出席者一人一人が焼香を行ない、合掌しながら先人への思いを傾けた。 采川導師は法話の中で、「ご先祖様に命をつないでもらい、そのお陰で我々は今日の発展を見るに至った。子孫である我々が立派に生きることが何よりのお返しであり、そのことが日系社会、ブラジル社会はもとより世界の発展につながる」と諭した。 今回、初めて法要に出席したという聖市パトリアルカ区在住の伊豆味(いずみ)美枝子さん(七八、二世)は、「(法要は)本当に良かった。出席できて身に余る思いです」と先人への感謝の意を示していた。 また、県人会評議員の一人である山城勇氏は、「昨年は移民百周年という絶頂に達したが、今年は百一年目という新たな気持ちで臨みたい」と、気を引き締めていた。 写真:沖縄県人会での慰霊法要に出席した人々
県連、仏教連合会主導の移民百一年仏式慰霊法要が、十八日午前十時半から聖市イビラプエラ公園内の開拓先没者慰霊碑前で厳修され、肌寒さを感じながらも晴天に恵まれた気候の中、県連(与儀昭雄会長)をはじめとする各県人会、日系団体関係者ら約百十人が出席した。 曹洞宗佛心寺の采川道昭導師によって進行された法要では、追悼の辞として与儀会長が仏連をはじめとする関係者への感謝の言葉を述べた。さらに、一九〇八年の笠戸丸移民から始まった日本移民の歴史を振り返り、「現在の若い世代がブラジルの各分野で活躍しているのも、先人が苦労の末に築いてきた道のりがあったからこそ」とし、改めて先人への感謝の意を示した。 引き続き、大部一秋聖総領事は「このような厳粛な法要に参加できたことに感謝します。大先輩方が遺した御遺徳を謹んでお祈り申し上げ、『恩』の志を捧げたいと思います」と追悼の辞を述べた。 采川導師の読経が続く中、出席者全員が焼香を行なった。采川導師は読経後のあいさつで、「移民された先人がこの地で励み、根を下ろしたことで今の我々の繁栄がある。この感謝の気持ちを忘れず、子々孫々に伝えることで先人への恩に報いることができる」と諭した。 サンパウロから約三百キロ離れたグァタパラ移住地から参加した川上淳グァタパラ農事文化協会会長は、「移民の原点である移住地の長として、このような法要に参加することは義務だと思っている。今後も法要は続けていかなければならないが、参加者が年々減り、寂しくなるばかり」と、その重要性を強調しながらも、先細りを懸念する。 今回で二回目の参加で友人と一緒に来たという村瀬正子さん(八一、滋賀県出身)は、「うちは両親も兄も夫も亡くなり、今日は家族の分まで御参りしてきました。こういう法要は良いですね」と、しみじみ語っていた。 この日は、県連をはじめ、文協、援協、百周年協会関係者らも出席し、三十四の県人会が過去帳を持参していた。 写真:開拓先没者慰霊碑前で厳修された仏式法要
《喜びの先人の供養と楽しかった旅》 五月二十四日、朝日を浴びたホテルで食事後、午前八時十五分にコルコバードへと向かう。バスでは急増ガイドの多田団長が、一日の日程について説明。二十分程でコズメ・ベーリョ地区にある駅に到着した。 一行は、真っ赤な車体に白線の入った二両編成(一両三十九人乗り)の登山電車で、コルコバードの丘を目指す。キリスト像の足下へはエレベーターで昇る組と百二十六段ある階段を進む組に分かれた。 雲一つない澄み渡る青空にそびえ立つキリスト像。その眼下、南方向には、これから訪問するサン・ジョアン・バチスタ墓地が広がって見えた。 午前十一時、目的地のサン・ジョアン・バチスタ墓地に向かった。世界的にボサノヴァの創始者として知られるアントニオ・カルロス・ジョビン、サンバ歌手やハリウッド女優として活躍したカルメン・ミランダなど多くの有名人が眠る場所だ。 一九〇六年五月十九日、日本移民の導入に尽力しながらも、笠戸丸の入港を見ることなく、ブラジルの土となった杉村公使は、陸軍の礼砲とともに同地に葬られた。国賓級の扱いを受けた公使の死は、『日本の大臣』という見出しで地元紙にも大きく取り上げられた。 墓地の入り口から正面へ進むと、さまざまな形の墓郡が道に沿って建ち並んでいる。突き当りを右折し、さらに左へ歩を進めると、十メートルほどの所に黒御影石でできた杉村公使の墓、後壁を見ることができる。 墓石がきれいに磨かれたところで、多田団長がサンパウロから持参した線香立てと花立てを設置。「昨年の除幕式に間に合わなくてね」と感慨深げに菊の花を献花した。会員らは、千田会長の後に続き焼香。 千田会長は、「杉村公使の命日である五月十九日近くに、こうして県人会で参拝できたことに喜びを感じます」と挨拶。参加者らは、公使の顔写真が彫られた墓碑とともに記念撮影。先人の供養と旅行の全日程を終えた安堵感からか、自然と笑みがこぼれていた。 午後三時、昼食の席で千田会長は、「天候に恵まれて良い旅行だった」と振り返り、岩手山に象徴される県人の器の大きさと、ブラジル国土の広大さを重ね合わせて、「杉村公使の移民導入に対する思いが原点、日系社会のルーツ」と話していた。 一行は、午後七時すぎに帰聖。「楽しく旅行できたことを嬉しく思います」と、千田会長が今回のツアーを締めくくった。(おわり、中村瞳記者) 写真:焼香をする会員ら、一九〇六年五月二十二日付の『トリブナ・デ・ペトロポリス紙』(安見清さん提供)
ニッケイ新聞 2009年6月23日付け 福岡県と福岡県人会(南アゴスチンニョ俊男会長)が現在、一風変わった取り組みを実施している。県系の子弟が母県を訪れ、日本とその文化を肌で体験するものだ。主な条件は「福岡県人会員の子弟」「十一歳の子ども」であることで、日本語能力は問わない。二回目の今年は、十人の〃留学生〃たちが日本へ向け出発する。同事業は海外福岡県人会子弟招へい事業実行委員会(財団法人福岡国際交流センター内)が主催しているもので、ブラジルでは福岡県人会が窓口となっている。引率者三人を含む一行十三人は七月十一日にブラジルを出発。二週間の日本滞在中、母県でホームステイをしながら福岡市内観光、新幹線体験、太宰府見学、アジア太平洋子ども会議など、盛りだくさんの日程で日本文化や日本語を体験する。県費留学生がなかなか集まらない中、子どもを対象とし、日本語能力を問わないというのは珍しい取り組み。昨年参加した子ども達の作文には「両親と離れて色々なことをしてみたことで、自信がついた」や、「たくさん勉強して県費留学生になり日本にまた行きたい」といった感想もあるなど、評判は上々だ。図らずも、こういった制度の下では子ども達の将来の選択肢が広がり、日本や母県への愛着が生まれることも考えられる。自身が九州大学への留学経験をもつ南会長は、かねてから県費留学生が訪日前に「母県や県人会のために力を尽くす」と言っても、帰伯すると実際はなかなか期待通りにいかないことを憂いていた。そのような経緯から、敢えて子ども達にターゲットを絞ったという。会長は「日伯を繋げる人材に成長し、県人会を継続していく為にも大切」と、事業の意義を強調した。福岡県から海外に移住した人、およびその子孫等で組織する「海外福岡県人会」は世界九カ国に二十一団体設置されている。ブラジル国内ではサンパウロ、トメアスー、ベレン、マナウスの四カ所にある。