県連(与儀昭雄会長)の第四十三回定期総会が、二十六日午後四時から聖市ビラ・マリアーナ区の栃木県人会館で行なわれた。 先没者への黙祷のあと、あいさつに立った与儀会長は昨年一年の多忙な移民百周年を振り返るとともに、世界的な経済危機の中での第十二回日本祭りを心配しながらも「皆さんと一緒に乗り越え、頑張っていきたい」との意気込みを示した。 〇八年度事業報告に続き、〇八年度会計報告では、第十一回日本祭り、昨年十一月開催のオルトフルト・フェスタの会計を含めた総収入が百九十八万四千二百三十二・六九レアル、総支出が百九十二万四千六百六十八・三九レアルで、五万九千五百六十四・三〇レアルが次年度繰越になることが発表、承認された。 〇九年事業計画案では、従来の行事のほか、六月二十一日に初めての県人会対抗マレット・ゴルフが実施されることが決定。〇九年度一般会計の予算案は、前年度(十万三千二百レアル)より増額の十三万四千九百五十レアルで承認された。 監査役の選挙では、補充監査が繰りあがって正監査となり、補充監査三人の無記名投票選挙の結果、新しく三人が決定した。〇九年、一〇年監査役は次の通り(敬称略)。 正監査=尾西貞夫(兵庫)、豊田瑠美(愛知)、原島義弘(千葉)。補充監査=大西博己(広島)、南アゴスチーニョ俊男(福岡)、有北ジョルジ(奈良)。 今年の第十二回日本祭りのテーマは「環境」に決定。与儀会長は「経済的に厳しいが、これまでのスポンサーが断っているところは無い」とし、「できる限り早く物事を決めていきたい」と話していた。 なお、定款改正については、現在内容の最終チェックが行なわれており、改めて臨時総会が開かれ、審議される。
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ニッケイ新聞 2009年4月10日付け ブラジル岩手県人会(千田曠曉会長)は今年もリオ・デ・ジャネイロ観光を兼ねた「杉村濬公使の墓参旅行」を五月十五日から十七日まで行うにあたり、参加者を募集している。杉村公使は岩手県出身で日本移民の導入に貢献、駐伯三代目日本公使として活躍し、一九〇六年にリオで死去した。岩手県人会が中心となって昨年、会創立五十周年と日本移民百周年の記念事業としてリオ市の同公使墓碑を改修落成した。旅行では墓参のほかポン・デ・アスーカルやコルコバードを見学。また今年初めて、同公使の公邸跡を訪ねる予定だ。十五日午後十一時にリベルダーデを出発、十七日午後八時頃に帰聖予定。ホテル、バス、見学費用込みで一人三百二十レアル。満員になり次第受付け締切り。申し込みは同会事務局(11・3207・2383)まで。
ニッケイ新聞 2009年4月10日付け 沖縄の伝統芸能として盛んなエイサー太鼓団体「琉球國祭り太鼓」(浦崎直秀代表)が発足十周年を祝い、五日、聖市のアニェンビー国際会議場で記念公演「島に戻(むどぅ)てい」を開いた。ブラジル、中南米各国から五百人が出演。二千五百人収容の会場はほぼ埋まり、割れんばかりの拍手が送られた。一九九〇年代初め、十六人だったメンバーは今、全伯各地に六百人。舞台で生徒、家族から祝福を受け、浦崎代表は目頭を押さえた。沖縄でお盆に祖先の霊を迎える踊りとして伝わってきたエイサー太鼓。ブラジルでは九一年に母県を訪問した県系子弟らを中心に始まり、当時座って叩く「光史太鼓」の道場を開いていた浦崎さんが指導者に。九八年七月に母県のブラジル支部として活動を始め、今年十一年目を迎える。十六人から始まったブラジルのエイサー太鼓。現在は国内各地に約六百人の生徒を数えるほどに成長した。大太鼓と片手で持つ締め太鼓、一糸乱れぬ踊りが一体となったパフォーマンスは、日系、沖縄系のイベントでもすっかりおなじみだ。記念公演には聖市を中心にブラジリア、カンポ・グランデ、クリチーバ、ロンドリーナなど国内各地、またメキシコ、ペルー、ボリビア、アルゼンチンなど中南米各国からも駆けつけ、約五百人が出演した。二千五百人収容の会場はほぼ満員の盛況。ひ孫が出演しているという百五歳の上地マツさんや、今年百一歳の花城淑子さんなど高齢者も最前列で舞台を見守った。開会式には与儀昭雄県人会長はじめ、ウィリアン・ウー、飯星ワルテル両連議、聖市議、協賛のレアル銀行などから多数の来賓も訪れ、ウー連議、サンパウロ市議会から浦崎代表に記念プレートが贈られた。琉球舞踊協会の踊り手による古典音楽「かぎやで風」にあわせた太鼓演奏で幕開け。その後も踊り手と太鼓の共演、伝統的なエイサーのほか、沖縄民謡や「島唄」「かりゆしの夜」など現代の曲にあわせ太鼓と踊りが一体となった演目が舞台を彩った。前半、後半の終わりには客席の間に子供たちが並んで演奏し、来場者からは一段と大きな拍手。「光史太鼓」メンバーの若者たちによる演奏や、カンピーナスの獅子舞、県系バンド「トントンミー」の友情出演もあり、盛り上がった。フィナーレに先立って生徒や家族から浦崎夫妻に記念品、花束が贈られ、浦崎さんが目頭を押さえる場面も。五時間におよんだ公演はカチャーシーで盛況のうちに終了した。浦崎代表は現在七十九歳。五七年にボリビアへ移住、六一年からサンパウロに移り現在まで沖縄芝居や太鼓など郷土文化の伝承に携わってきた。満員の会場で、「沖縄の太鼓がよくここまで広がってくれた」と喜びながら、「後の人が忘れないよう大きくしていきたい」とやる気を見せていた。 ■祭り太鼓10周年=最初は「小禄バンド」から=家族3代のメンバーも 琉球國祭り太鼓の先駆けとなったのは、九一年に母県を訪問した小禄村(現那覇市)出身者の子弟たち。初めて本場のエイサーに触れ、浦崎代表を指導者に聖市ビラ・カロンで始まった。名前は「小禄バンド」。初代メンバーは十六人で、当時はビデオなどを見ながら練習していたという。同グループが活動を休止後、エイサーは九四年からビラ・カロンの日語校「おきなわ学園」に引き継がれ、現在に至っている。祭り太鼓十周年の記念公演では、現在のメンバーに混ざって十数年ぶりに太鼓を叩き、会場から大きな拍手が送られた。記念公演実行委員長の上原テーリオさん(41)もその一人。太鼓を叩くのは九一年以来という上原さんによれば、公演に備え一カ月前から練習してきたという。「生徒や先生の見ている前で練習しましたよ。アニェンビーのような大きなところでやるからには『がんばろう』って」。汗だくになりながら「最高です」と笑顔を浮かべる。同じく初代メンバーで、子供、そして今は孫が祭り太鼓をやっているという照屋敏光さん(59)は、「沖縄で見て、ブラジルでもできるんじゃないかと始めた。今まで続いて良かった。これからもブラジルで続いていくといいですね」と話していた。
総領事館佐々木真一郎副領事が4月7日着任挨拶で事務局を訪問 前任の田畑副領事の案内で、佐々木副領事(経済班=農水省)が挨拶訪問された氏は千葉県出身、任期は3年の予定
桜の植樹で街を美しく 新会長に中野義雄氏 ブラジル京都会(杉山エレナ会長)は三月二十九日午前十時半から、リベルダーデ区内のレストラン「ニュー美松」で第五回定期総会を開き、二〇〇八年度の事業および会計報告のほか、任期満了に伴う役員改選を行った。 役員改選は、現執行部があらかじめ用意したシャッパを出席者が承認する形で行われ、若干の混乱があったものの中野義雄会長(七四、一世)以下、副会長二人、書記二人、会計二人、監査三人、補欠監査三人が承認された。新役員らは〇九年五月から一一年四月末までの二年間が任期となる。 また杉山会長は、七日午前十時からピニェイロス区スミドウロ街五八〇番地のビクトル・チビタ広場で桜の植樹式を行うとして、関係者の参加を呼びかけた。この桜は昨年九月、京都会創立五十五周年を祝うために来伯した山田啓二京都府知事が持参した雪割桜の苗木六本で、植樹する適当な場所が見つからなかったため約半年間保管されていた。
ニッケイ新聞 2009年4月9日付け ブラジル鹿児島県人会(園田昭憲会長)の第一期実習生、中村瞳さん(29、薩摩川内市)、春田沙弥佳さん(23、曽於郡大崎町)が六日に来伯した。約一年間、中村さんは邦字紙記者として、春田さんはピラール・ド・スル日本語学校で教師として実習する。中村さんは高校を卒業してから十一年間、陸上自衛隊に入隊していたという異色の経歴の持ち主。東京、宮城、北海道、滋賀、鹿児島の部隊を経て、最近は事務方の仕事を任されていた。「一線に出て体を動かしたくてうずうずしてた」という時、地域リーダーの青年育成という同実習の募集を知って惹かれたと話す。大学卒業後に一年間、小学校の英語講師をしていた春田さんは、「ずっと海外に出てみたかった」と念願だった外国での生活に引き締まった表情を見せる。日本語教師としての経験や知識はないが、子ども好きという長所を生かして「頑張ります」。二人とも、本などでしか知らない日系社会を肌で感じ、帰国後に日本でこの経験を生かしたい、と意気込んでいた。一緒に来社した園田昭憲会長は、「最低レベルの生活で甘えられない環境だけど、自由さもあって良いところを伸ばせる国。外に出て鹿児島の良さ悪さ、日本の良さも悪さも体に叩き込んでほしい」と激励した。
ニッケイ新聞 2009年4月9日付け 「抗議の意味で文協を脱会します」――。ブラジル岩手県人会(千田曠曉会長)は先月三十日付けで文協の会員の脱会届を提出、「現体制はコロニアのことを考えておらず、信頼に足りない」と痛烈に批判している。〇七年末から現在までに百十七人(十四法人)が退会しており、法人も含め、会員の文協離れは顕著となっている。一九五六年の創立以来、コロニアが支えてきた文協だが、今その在り方が問われている。 「県人会と県連は分かるが、文協との繋がりは意味がないのでは」岩手県人会は、理事会の場で若い会員からのそういった意見を受け、脱会を決めた。「実際、メリットは会場を借りるときだけ。お付き合いで年間四百九十二レアルは厳しいと判断した」という千田会長は、「経済的な問題だけではない」と続ける。「今の体制はコロニアのために働いていない。もちろん良くなれば、再入会するつもり」と次期体制に期待を掛けつつ、会員制度の在り方に一石を投じた形だ。中島エドゥアルド文協事務局長によれば、約四十の県人会が文協会員となっているが、その多くが創立時や六四年に落成した文協ビル建設のさいに入会している。いわば〃心意気〃で文協を支えてきたわけだが、そういった時代を知る県人会幹部も少なくなり、文協もあぐらをかいてはいられない状態といえるだろう。県連が毎月開く代表者会議では、「県連が会員になっているのだから、県人会は脱会してもいいのではないか」と発言があった。ある会長は、「文協に入っても何もないよ。年貢みたいなものだけど、うちはもう何年も会費を払ってないね」と笑う。現在の会員数は三月現在二千三百九十人(三百十七法人)で、〇七年末から百十七人(十四会員)が脱会している。今年二月にも日系企業が脱会を申請したが、「カテゴリーを下げることで継続をお願いした」(中島事務局長)法人会員は七つのカテゴリーがあり、九千六百レアル(A)から、四百九十二(G)となっている。先月二十八日にあった文協総会で評議員が選ばれた。従来の秋田、北海道、福岡、熊本、県連に加え、沖縄、鹿児島、長崎、宮崎、大分、宮城、愛知、鳥取、栃木の計十四団体が当選している。理事会選挙への投票権を持ち、選挙後も評議員として、文協運営に発言力を持つことは間違いない。各団体の求心力が弱くなっている現在、御三家といわれる両団体の連携も今月二十五日に発足する新執行部の一つの課題かも知れない。
ニッケイ新聞 2009年4月8日付け 「鹿児島県農業・語学研修生制度」の最後の研修生(第十期)となる宇住庵真弓さん(27、うじゅうあん、鹿児島市)が三日、一年間の研修を終えて日本に帰国した。一年間、ピラール・ド・スル日本語学校で教師を経験。「ブラジルの温かさ、人の温かさをすごく感じました。また絶対に戻って来ます」と感想を話し、充実した日々をうかがわせた。来伯前は、中国上海で一年半日本語教師と私塾の国語教師として経験を積んでいた宇住庵さん。「ここでは日本の小学校の先生みたいに国語や算数、美術など幅広く教えなくてはいけなくて、大変でした」と苦労を振り返る一方、子どもたちの一生懸命な姿に励まされ、また貴重な経験を通して自身も成長したと満足した様子を見せる。帰国後は、また日本語教師の経験を積み、「JICAボランティアなどでブラジルに戻って来たい」と語っていた。同制度はブラジル鹿児島県人会(園田昭憲会長)の創立九十周年を記念して五年限定で開始され、園田会長の援助と県、県人会の協力で計二十三人を受け入れてきた。同制度による研修生は宇住庵さんが最後となるが、昨年の創立九十五周年の際に五年間新たに実習生制度を設けることが決まっており、今年は二人の新実習生が来伯する。
ニッケイ新聞 2009年4月8日付け 在伯埼玉県人会(根本信元会長)は五日午前、聖市ビラ・マリアーナ区のSOHO源氣で定期総会を開催した。会員ら計十七人が出席し、満場一致で飯島秀昭氏を新会長に選んだ。飯島新会長は埼玉県出身で一九七九年着伯。八二年に美容店SOHO一号店を創業、約三十店舗にまで増やし、聖市有数のチェーン店に育て上げた。昨年二十五周年を盛大に祝ったのを機に引退し、四国お遍路巡りなどをして話題になった。現在も「美しくする会」などの主要メンバーだ。飯島会長は、就任の挨拶の中で、意気揚揚と「アクションなくして何も達成することはできない。新企画を考え出し、県人会を盛り上げていきたい」などと語った。「元気になる埼玉県人会」という新方針を掲げ、地球温暖化にまで気を配り、グローバリゼーションの風潮の中で埼玉県人会の活動を考えていきたいという。「さらに会員の枠を広げていきたい」と熱意も示した。根本前会長も「飯島新会長には革新的な企画をもって、県人会の未来を支えていってほしい」とエールを送った。〇八年会計では収入が四万八千七百九十三レアル、支出が三万三千百二十二レアルで、一万五千六百七十レアルを繰り越したと報告された。今年からは、会計をブラジル方式の年度末締めへ移行すると会議の中で発表した。加えて飯島会長は、「母県の県議会とつながりをもっと深め、協力していきたい」と意気込む。埼玉県所沢市で計画されている「ブラジルフェア」への協力なども行う見通しだという。定期総会の後は、会員同士歓談を楽しみながらの和やかな昼食会が催された。今回就任した飯島会長の任期は二年間。その意を汲んで、一月八日には新事務所をブリガデイロ・ルイス・アントニオ大通りに構え、着々と新体制を整えている。
ニッケイ新聞 2009年4月4日付け サンパウロ日伯援護協会(森口イナシオ会長)の進める福祉センター建設に対し三月二十七日午後、沖縄県人会の琉球芸能イベント「さんしんの日」実行委員会から千レアルの寄付が届けられた。知念直義実行委員長と島袋安雄さんが援協事務局を訪れ、三月一日に開催した同祭の収益金の一部を、同県人の具志堅茂信事務局長に手渡した。島袋さんは、「同世代の人たちが、立派な建物を作ろうと頑張っていて、ほんの一部だけど応援しなきゃと思ってね。みんなのために(頑張ってくれて)ありがとう」と述べた。具志堅事務局長は、突然の寄付に感謝を表しながら、「外見だけが立派でもしょうがない。ちゃんとした魂入れられるように頑張らなくてはいけないですね」と表情を引き締めていた。
「京都ブラジル友好の森」創生植樹が先月上旬、日本の派遣団によりパラー州サンタバーバラ市であった。昨年初めて府知事の来伯に漕ぎ着けたブラジル京都会も着々と日伯友好の絆を深めていたが、「こんなことがあったなんて知らなかった」と杉山エレーナ元会長。 主催は日本のNGO。府、京都市、京都ブラジル文化協会も後援しているのに「連絡が来ないなんて、悲しいやら情けないやら」とため
ニッケイ新聞 2009年4月4日付け 江戸時代から続く徳島県の伝統芸能「阿波人形浄瑠璃」が五月に初来伯し、徳島県人会館、憩の園、サントス厚生ホームの三カ所で公演を行なう。公演を行なうのは、同県内の人形座の一つ「平成座」(藤本友幸座長)。県人会の原田昇会長が昨年十月に訪日した際に藤本座長を招待したことから話が進み、同座の創立二十周年を記念して、「日系の年配の方、ブラジルの人たちに見てほしい」と来伯が決まったという。十六世紀末に淡路で始まったとされる人形浄瑠璃。阿波人形浄瑠璃は義太夫節の浄瑠璃と太棹の三味線、三人遣いの人形の三者によって演じられる人形芝居で、一九九九年に国の重要無形民俗文化財指定を受けている。徳島県では阿波藩主蜂須賀家の庇護の下で発展。領内各地に常設の農村舞台が作られ、民衆の娯楽として親しまれてきた。屋外での公演が多かったことから文楽の人形などより頭が大きく、目や鼻がはっきりと彫られた大ぶりの人形が用いられる。来伯するのは同座の十人ほか、来伯公演実現に尽力した徳島ブラジル友好協会(林啓介会長)から尾形光俊副会長など十人。公演では、主家のお家騒動を絡めながら母と娘の情愛を描く「傾城阿波の鳴門 順礼歌の段」を披露。開始前に日ポ両語であらすじの説明も行なう。当日は阿波踊りの共演もある。公演日程は、五月三日午後三時から徳島県人会館(ツクルビー区Dr.アントニオ・マリア・ラエト街275)。入場無料。訪問団はさらに、一日に憩の園、ニ日にサントス厚生ホーム(いずれも午後三時を予定)でも公演を行なう。案内に訪れた原田会長は、「伝統ある人形浄瑠璃の舞台、人形の動きを見てほしい。できるだけいろいろな人に来てもらえたら」と期待を表わした。
ニッケイ新聞 2009年4月3日付け 山形県の鶴岡東高校サッカー部から選手、コーチなど十八人が三月二十四日からブラジルを訪れた。三十一日までの日程で、練習や地元チームとの親善試合などを経験。二十九日には聖市の山形県人会館で会主催の歓迎昼食会が開かれ、親睦を深めた。同校のブラジル遠征は昨年七月、鶴岡市で開かれたサッカー交流祭にブラジルからニッポン・カントリークラブが参加した際に、訪日団長の国井精さんが提案。同校で〇二~〇三、〇五年にコーチを務めたファビオ・カシオ・ゴンザガさんがアチバイアに住んでいることもあって実現した。正午前から開かれた昼食会には、県人会から鶴岡市出身の会員など二十人あまりが出席した。斉藤広副会長は、「ブラジルで学ぶことを、サッカー以外でも、これからの人生に生かしてほしい」と激励。受け入れに関わった国井さんもあいさつし、歓迎会の開催に謝意を表わした。「サッカーをやるものとして、一度は子供たちをブラジルに連れてきたかった」。あいさつした渡會健史・同校監督は訪問を喜ぶとともに、「地球の反対側に住む日本人、山形の人たちの歴史や苦労を子供たちに学んでほしい」と語った。その後は選手たちと県人会関係者がそれぞれ自己紹介し、昼食へ。会員が野菜などを持ち寄り、同会婦人部(斉藤佳子部長)会員が朝から準備した手料理だ。テーブルをはさんで向かい合い、料理を食べながら午後一時まで話ははずんだ。現在はサンジョゼ・ドス・カンポスのコーチを務めるファビオさんは、「子供たちにサッカーを教え、自分も日本の文化をたくさん学ぶことができてよかった」と当時を振り返る。一行は着伯後、アチバイアでの練習のほか、ニッポン・カントリーや、サンカエターノ、サンパウロなどのユースチームなどと親善試合を行なった。そのほか、サンパウロ対パルメイラスの試合観戦やセアザ見学なども経験した。「これまでたくさんのチームを迎えたが、今回ほど行儀の良い子はなかった。先生方のおかげです」と国井さん。遠征チームキャプテンの丸山準矢さん(17)は、「ブラジルの選手は上手いし、体が強い」と試合を振り返り、また「皆いろいろなことを話してくれて、やさしい人ばかりでした」と満足した様子。渡會監督は「今回試合したプロ下部チームの選手たちのような熱意と強い気持ちを持って戦えるチームになってほしい。試合には負けているけど勉強になりますよ」と話していた。全員で記念撮影後、一人一人と握手を交わし、一行は次の試合会場へと出発した。
ニッケイ新聞 2009年4月3日付け NGO団体「青葉健康生活協会」(中沢宏一会長)が主催する青葉福祉祭りが四日、通常の青葉祭りが十八~十九日にそれぞれ午前七時から午後五時まで、リベルダーデの宮城県人会館(ファグンデス街152)で開催される。同県人会の鈴木運蔵副会長、サンパウロ日伯援護協会の坂和三郎副会長、川守田一省広報渉外室長が来社して来場を呼びかけた。四日の福祉祭りでは、援協創立五十周年事業である福祉センター建設募金活動の一環として、同福祉部が中心になって、食堂の運営と餅つきを行う。坂和副会長は「金額の多寡に関わらず、ご協力をお願いします」と寄付を呼びかけ、当時の来場を促した。朝九時ごろから行われる餅つきでは三十キロが搗かれる予定で、白餅販売のほか、屋上でお雑煮、お汁粉として販売もされる。なお、午前十一時から開始される屋上食堂では、同福祉部が昼食と生ビール、おつまみを用意する。通常の青葉祭りと同じく、地下では農協婦人部連合会による有機野菜や手作りお惣菜など、自然食品の販売、マッサージなども行われる。なお、十八日からの通常の青葉祭りでは、地下はいつも通り、午前十一時から屋上食堂で秋刀魚定食、イカポッポ焼き、ソースイカ焼きそばほか、郷土料理のずんだ餅、はらこ飯などが出される。
鳥取県人会は恒例のヤキソバ祭りを五日正午から、同県人会館(聖市サウデ区ドナ・セザリア・ファグンデス街三二三番)で開催する。 ヤキソバの他、美味しい餃子なども販売される。また、同県人会館で開いている趣味の各講習会の発表会と〇八年度県費留学・研修生帰国報告会、〇九年度留学・研修生の紹介も行われる。三十日、 案内に来社した本橋幹久会長、末長ゆみこ、長尾みつよ婦人部役員は「多くの人の来場を」と呼びかけている。
岩手県代表の花巻東高校が、甲子園のセンバツ高校野球大会準々決勝で南陽工に競り勝ちベスト4に進出。 同高の予想外の健闘に岩手県人会も「もしかすると優勝も」と大騒ぎ、ここまでくれば後二試合勝ってくれと千田会長名で花巻市に準決勝進出の祝電と激励の電報を発した。 役員が酒豪揃いだけに「今日も勝った今日も勝った」と連日の祝宴、もし優勝ともなると来る者拒ばわぬの祝勝会は必至。左党の中に「花巻頑張れ」のにわかファン急増中。
岩手県人会館で人気の無料図書貸し出しコーナー「ふるさと図書」の蔵書が一万五千冊を突破したそうだ。 知名度の高まりとともに来訪も増え、今では月の来場者のべ二百五十人。さらに寄贈も続き、十二月、一月と毎月百冊以上、二月では、五日までだけで九十冊近い寄贈があるほどだ。 近隣だけでなく、聖州奥地やミナス、ブラジリア、さらにはナタールから訪れる人もいるとか。
徳島県の伝統芸能である「阿波人形浄瑠璃・平成座」公演が、五月三日午後三時から聖市ツクルビー区の徳島県人会館(ドトール・アントニオ・マリア・ラエト街二七五番、地下鉄ツクルビー駅前)で開催される。阿波人形浄瑠璃のブラジルでの公演は今回が初めて。人形操作を行なう平成座の創立二十周年記念も兼ね、本公演以外に憩の園、サントス厚生ホームでの慰問公演も行なわれる。徳島県人会(原田昇会長)では多数の来場を呼びかけている。入場無料。 資料によると阿波人形浄瑠璃芝居は、「義太夫節の浄瑠璃」「太棹(ふとさお)の三味線」「三人遣いの人形」の三者によって演じられ、一九九九年に重要無形民俗文化財に指定されている。 徳島では屋外での公演が多かったことから、文楽の人形よりも大きく、目鼻がはっきりと彫られた大振りの人形を使うのが特徴。十八世紀に活躍した浄瑠璃作家・近松半二の傑作「傾城阿波の鳴門」が有名だ。 昨年五月に創立五十周年を迎え、母県関係者から阿波踊りの指導をしてもらったという徳島県人会では、原田会長が昨年十月に訪日した際、平成座関係者と会い、「ぜひブラジルで公演していただきたい」と陳情。徳島ブラジル友好協会の尾形光俊副会長の力添えもあり、ブラジル初公演が実現した。 今回、平成座十人のスタッフとともに、徳島ブラジル友好協会関係者約十人の計約二十人が五月一日から同四日まで来聖する。 五月三日の本公演以外に、五月一日と五月二日(いずれも午後三時から)にはそれぞれ救済会・憩の園、援協のサントス厚生ホームを慰問。「お年寄りの皆さんにぜひ、日本の伝統芸能を見てほしい」との徳島県人会の気持ちから、人形浄瑠璃を披露するという。 三月二十六日、案内に来社した原田会長は、「五月三日は公演の前に人形の操作の仕方や物語の説明を日ポ両語で行ないます。人形は目も動くなど表情が豊かで、なかなか日本でも見られない伝統芸能です。公演後には、レプレーザ連による阿波踊りの共演もあります。入場無料ですので、ぜひご来場ください」と呼びかけている。
ニッケイ新聞 2009年4月2日付け 鳥取県人会のやきそば会が五日正午から鳥取交流センター(セザリア・ファグンデス街323)で開かれる。婦人部の長尾ジェニさん、末永由美子さんが案内に訪れた。「今年は三百食用意します」と二人は張り切る。婦人部やボランティアの人たちが当日朝から準備、野菜も「新鮮なものを」とその日に切るという。値段は十四レアル。「材料を吟味して心を込めたやきそばです」と来場を呼びかけた。当日は餃子やデザートも販売。文化講座の発表や昨年の県費留学・研修生の報告会も行われる。
琉球民謡保存会ブラジル支部(仲村善正支部長)、大会実行委員会(大城文正委員長)は五日午後二時から、沖縄県人会会館(聖市リベルダーデ区トマース・デ・リマ街七二番)で第十五回琉球民謡大会を行う。 これには六歳の幼児から、八十五歳の高齢者まで九十人余りののど自慢が出場して、新人、優秀、最高、グランプリの四部門に分れて、自慢ののどで一位入賞に挑戦する。 今回から「ちびっこ部門」が新設されたので、興味はさらに増した。 また、幕間には各琉球舞踊道場の師匠や高弟たちの協賛出演で独唱や琉球舞踊で舞台に華やかな彩りを添えてくれる。 仲村支部長、大城大会委員長、座嘉比昇会計が案内に来社、「新設されたちびっこから八十代の高齢者まで新人、最高、優秀、グランプリなど伝統の琉球民謡の粋をそれぞれ披露して入賞を争う。琉舞道場の出演で志芸の民謡、琉舞もあり、家族揃って御出掛けの上、ご声援下さい」と多数の来場を呼びかけていた。
