07/03/2026

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「復興している真実の部分を我々職員の口から直接伝えたい」――。東日本大震災で福島原発の放射能被害を受けた福島県の職員3人が、今月5日から15日までブラジル、アルゼンチン、ペルーの南米3カ国を訪問し、風評被害を受けている同県内の復興の現状について南米各国の県人会関係者を中心に報告している。 来伯したのは、福島県生活環境部国際課の馬目(まのめ)常寿主幹兼副課長、同課の諏訪慎弥主査、同県知事直轄広報課の大槻立志主幹の3人。 一行によると、2011年3月に発生した東日本大震災に伴う福島県内での原発事故後は、除染作業や原発の廃炉など復興作業が進んでいるが、「原発事故から4年8カ月も経っているのに食事や飲み物などに影響を及ぼしていると思っている人たちが少なくなく、危険と思って買ってくれないなど風評被害を受けている」という。 一行は昨年はフランスのパリ、今年は英国ロンドンやイタリアのミラノなども訪問して福島県の現状を訴えており、「直接話すことで現状を分かってもらい、福島の本当に姿を知ってほしい」と強調した。 現在、福島県人会は世界に30カ所あり、「海外に出た時に各国の県人会に協力してもらえると、情報発信がしやすい」と福島県では今回、南米3カ国の県人会にも協力を求めた。 一行は既に7日に聖市リベルダーデ区の福島県人会館とアルゼンチン(8~11日)で現状報告を行っており、11日から15日まではペルーを訪問する。 サンパウロ新聞 2015年11月12日付
交流センター設立20周年記念式典 「母県鳥取に感謝を申し上げることが今回の式典の目的」――。鳥取県費留学・技術研修制度50周年、鳥取交流センター設立20周年記念式典が8日午前10時からサンパウロ市サウーデ区の同交流センターで開催され、鳥取県人会の本橋幹久会長は冒頭の言葉を強調した。式典には留学生・技術研修生OBをはじめ、会員や同交流センターの20を超える各教室参加者など約250人が出席。母県からは林昭男副知事、斉木正一県議会議長をはじめとする27人の慶祝団が来伯し、日伯関係の絆をさらに強化していく考えを表した。 式典では日伯両国歌、先亡者への黙とう、来賓紹介に続き、本橋会長があいさつ。今回の式典が県費留学・技術研修制度50周年、鳥取交流センター設立20周年の2つの大きな事業を目的に開催されたとし、現在までに累計で99人の留学生・研修生が母県で世話になったことに言及。また、交流センターでは今や1週間に約400人、20年間で約50万人が使用してきたことにも触れ、「母県鳥取に感謝の気持ちを申し上げることが今回の式典の目的でした」と強調した。 引き続き、2010年度留学生の西坂アンドレ幸次理事が、鳥取での留学体験を通じて専門知識習得をはじめ、自身のルーツを知ることができたことに感謝。さらに、来年3月ごろをめどに留学生・研修生OBたちが中心となって母県の若者をブラジルに招聘することを明言した。 千田伊藤初美副会長は1995年に完成した交流センター建設の経緯を説明。同センターで傘踊り、日本語教室、幼稚園や各種音楽活動を実践するなど有効利用していることを挙げ、今月14日からコーラス部員たちが自費で鳥取を訪問するとし、「将来的に同じ目的で鳥取からの訪問団を迎えることができれば」と述べ、母県への感謝を示した。 平井伸治県知事のビデオメッセージに続き、祝辞を述べた斉木県議長は鳥取県人会の活動について「ブラジルの発展に貢献されてきたことは我々の大きな誇り」と称賛。母県鳥取について「日本一人口が少ないが、日本一魅力を有した県」とアピール。来年のリオ五輪、2020年の東京五輪開催を前に小学生を中心としたトップ・アスリートを育成する「チーム鳥取」を結成したことにも触れ、「郷土鳥取をさらに住みやすい自治体にしていく」と意気込みを見せた。 林副知事、中前隆博在聖総領事、西原昌彦鳥取ブラジル交流団体連絡協議会会長、原島義弘県連副会長らの祝辞に続き、本橋会長から鳥取県側に感謝の記念プレートが手渡された。 「サンパウロ・鳥取友好の森」植樹証明書授与、各種記念品交換、日系3団体への激励金授与などの後、1964年から1年間鳥取大学に留学した第1回県費留学生の田中山添勝子さん(76、2世)が「鳥取とブラジルのつながりが末永く続くことを祈る」とあいさつした。 鳥取県民歌「わきあがる力」を会場全員で合唱して式典は終了。県費留学生・技術研修生OB及び傘踊りメンバーの野村スミエさん(95)と日本語教室幼稚園部の東フェルナンダちゃん(5)がそれぞれ記念のケーキカットを行った。 鳥取県人会元副会長の霜田育(しもだ・いく)さん(81、鳥取)とともに出席した娘の霜田美夕起(みゆき)さん(55、2世)は、1983年に米子医大に留学した経験を持つ。現在も聖市イタケーラ区で難聴言語障害科の医師として自らの診療所を開業しているとし、「日本が大好きで何回でも行きたいと思っています。鳥取の皆様にお世話になったことに感謝しており、この制度がいつまでも続いてほしいです」と述べ、笑顔を見せていた。 サンパウロ新聞 2015年11月11日付
岩手県人会(千田曠暁会長)は、「第22回餅祭り」を15日午前11時からサンパウロ市リべルダーデ区の同県人会館(Rua Thom痙 Gonzaga,95)で開催する。案内のため、千田会長が来社した。 当日は雑煮を1杯8レアル、焼き餅2個8レアルで販売する。焼き餅は醤油、あんこ、きな粉、くるみ、納豆など様々な味を楽しめる。また、餅祭り前日の14日には大人気の白餅販売も行われ、1袋(500グラム)15レアルで限定購入できる。 約2年ぶりの同祭再開について千田会長は「我々岩手県人会自慢の特製餅です。水を少なくすることで、伸びのある餅に仕上げています。ぜひ、大勢の方に食べに来てもらえたら」と来場を呼びかけた。 問い合わせ、事前申し込み等は 同県人会(電話11・3207・2383)まで。 サンパウロ新聞 2015年11月7日付
岐阜県人会(山田彦次会長)主催の日帰りピクニックが、10月25日に行われた。 当日は午前7時半にサンパウロ(聖)市リベルダーデ区グロリア街の県人会館前に集合。33人の参加者が集まった。道中のバス車内では「岐阜県人会宴会部長」の長屋良武さん(56、岐阜)企画による「到着時間予想ゲーム」とビンゴが行われた。ビンゴの景品として日本製の食器や、山田会長作の絵画の「非売品」クリスマスカードなどが贈られた。 一行は同10時半頃、最初の目的地のイトゥー市郊外のチョコレート農場に到着。聖市内では肌寒い曇り空だったが、現地では暑いくらいの快晴に。農場では当日は見られなかったが、チョコレートの製造過程などが見学でき、敷地内には池や滝、馬や牛が飼育されている。良く晴れた日曜の朝を思い思いに過ごした。農場内の土産屋で蘭の花などを買物していた深川京子さんは「普通の店はせかせかしているけど、ここではゆっくり店員と会話して買物ができて良い」と満足そうに話した。 その後は市内のレストランで昼食。食事の前に参加者33人が自己紹介し、午後に向け一層親睦を深めた。 食事後はパドレ・ミゲル広場周辺を散策。ノッサ・セニョーラ・ダ・カンデラリア教会や巨大なビーボ社の公衆電話を見学し、イトゥー名物の二色のソルベッチで涼を取った。 続いてイトゥー市内のドス・エサジェーロ広場へ。ここには巨大なチェスボードやATM、鉛筆などの設置物があり、最後にサッカーのユニフォームを着た巨人の前で参加者全員で集合写真を撮った。 親娘で参加していた小木曽豊子さん(80、2世)は「晴れて本当に良かった。皆と一緒に遊んだり、歩いたりして楽しかった」と感想を語った。 その後バスは一路サンパウロへ戻り、午後6時解散となった。 宴会部長の長屋さんは「また皆さんと交流を深めることができて嬉しい。今後も継続して続けていきたい」と話した。 サンパウロ新聞 2015年11月7日付
ニッケイ新聞 2015年11月7日 2011年東日本大震災の復興状況を報告するため、福島県庁から国際部の馬目常寿副課長、諏訪慎弥主査、広報課の大槻立志主幹らが来伯した。一般向けに今日7日午後1時から、福島県人会(Rua da Gloria, 721, Liberdade)で説明会を行なう。 復興の進度や原発事故にともなう除染作業、食品の安全性などを訴える。これまでも日本国外で説明会などを行なっており、今年5~10月のイタリア・ミラノ万博でも復興をPRした。当日はパワーポイントを用いての現状報告、県産の米や水の試飲試食も行い安全性をアピールする。 馬目副課長は「未だに福島は危険な場所だと思われている。正しい認識を広めるためにも、多くの方々に集ってほしい」と呼びかけ。諏訪主査、大槻主幹も「今の福島の良い部分を知ってほしい。これからも応援して頂ければ」と話した。 来伯団は8日まで当地に滞在しアルゼンチン、ペルーでも同様の説明会を行なう。問い合わせは同県人会(11・3208・8499)まで。
ニッケイ新聞 2015年11月7日 岐阜県人会(山田彦次会長)が25日、日帰りピクニックで聖州イトゥーを訪れた。5~92歳までの参加者33人を乗せたバスは、午前7時半すぎに聖市内を出発。道中ではビンゴや目的地に到着する時刻を当てるゲームが行なわれ、食器や絵葉書などの賞品が贈られた。 一行はチョコレート農場を訪れ、野に放たれた馬、リャマ、鳥類とのふれあいを楽しんだ。手土産にはチョコ以外に、農産加工品や酒類などを購入し中心街へ。信号機や公衆電話など、名物の巨大オブジェを見て楽しんだ。昼食には巨大パルメジャーナを堪能するなど、イトゥー観光を満喫した。 これまで複数回、同会のピクニックに参加しているナガヤ・エドアルダちゃん(8、四世)は、2度目のイトゥー観光に「大きなオブジェだけでなく、農場でクジャクやアヒルを間近に見られて良かった」と笑顔で話した。
ニッケイ新聞 2015年11月6日 岩手県人会(千田曠暁会長)が15日午前11時から、『もち祭り』を同県人会(Rua Thomaz Gonzaga, 95, 1o. andar, Liberdade)で行なう。 雑煮(8レ)、焼きもち、あんこ、きなこ、納豆(ともに一皿2個で5レ)など各種の味が用意される。1袋500グラムの白餅も15レで販売され、前日14日午後2時から受け取ることが出来る(要予約)。 来社した千田会長は、「混ぜものなしの特製もちをいろんな味で楽しんで」と呼びかけた。 問い合わせは同県人会(11・3207・2383)まで。
ニッケイ新聞 2015年11月6日 一般社団法人ステージサポート沖縄(大野順美代表)が外交120周年記念に、沖縄琉球舞踊公演を国内二カ所で開催する。日本文化庁から助成。沖縄から国指定重要無形文化財「琉球舞踊」保持者である玉城流扇寿会家元ら18人の演者を迎える。 8日午後7時から、南麻州カンポ・グランデのアルキテット・R・G・カミーロ・コンベンションセンター(Av. Waldir dos Santos Pereira, s/n – Parque dos Poderes)で入場料50レアル。15日午後2時から聖市の文協大講堂(Rua Sao Joaquim, 381)で100レ(ともに高齢者、学生など半額)。 また7日午後3時からは、カンポ・グランデ沖縄県人会館でワークショップも行なわれ、沖縄組踊音楽歌三線の人間国宝、西江喜春さんも指導に当たる。 来社したブラジル琉球舞踊玉城流扇寿会の斉藤悟主宰は、「久しぶりに大人数の演者が来泊する。本物の琉球舞踊を見る貴重なチャンスです」と来場を呼び掛けた。...
沖縄県に本社があるステージサポート沖縄主催の琉球舞踊公演が15日午後2時から、サンパウロ市リベルダーデ区の文協記念講堂(Rua São Joaquim, 381)で行われる。案内に琉球舞踊玉城流扇寿会ブラジル支部の斉藤悟代表が来社した。 このイベントは日本ブラジル修好通商条約120周年を記念して行われるもの。玉城流の家元で、国指定重要無形文化財保持者の谷田晶子さんと金城美枝子さんら18人が来伯し、舞踊を披露する。琉球舞踊はもちろん、両家元の創作舞踊も見どころとなる。 また7日には聖市に先立ち、カンポ・グランデ市で午後7時からの上演も予定されている。 斉藤代表は「裏方含め23人も沖縄から来伯するのはなかなかない。どうしてもブラジルの皆さんに見てもらいたい。そして当地で琉球舞踊を広めていきたい。ぜひ見にお越し下さい」と来場を呼びかけた。 入場券は一般100レアル、12歳以下と60歳以上は50レアル。 サンパウロ新聞 2015年11月5日付
【鹿児島通信員・川口裕貴記者】ブラジルと日本を行き来し、絵画の作品制作活動を行う画家の森ジュリオ一浩さん(65、3世、千葉県在住)が10月18日~25日にかけて、故郷鹿児島県枕崎市にある衣料品店「サロン・ド・クワハラ」の一室で個展を開き、期間中は作品を見に多くの来場があった。 森さんの同市での個展は3年ぶりで、会場には大小合わせて34点の絵画が展示。会場中央には2013年にブラジル鹿児島県人会創立100周年記念事業の一環として森さん、若林和男氏、豊田豊氏による図画作品の「三人展」でも展示された大きさ130センチ四方の「FUUJIN」「RAIJIN」が一際目を引いていた。 また同2作品は今年、千葉県印旛郡酒々井町の醸造元「飯沼本家」の日本酒のラベルにも採用され、採用を記念して同日本酒が会場一角に展示された。 3年ぶりの個展開催について森さんは「個展を通じて枕崎を盛り上げられたら」と語り、「できれば、毎年開催したいね」と、アートを通じた枕崎の地域活性化に今後も協力する姿勢を口にしていた。 サンパウロ新聞 2015年11月6日付
一見の価値ある国立人類学博物館 チアパス日墨協会の植物研究所は、メキシコ国立農牧森林研究所の協力を得て2014年4月7日に創設されたばかりの新しい施設だ。施設内には、健康食品のモリンガや甘味料の原料となるステビア、アロマ香料の葉などのほか、トマトやキュウリなどの野菜類も植えられている。 施設の建物の壁は、そうした植物類の苗を入れたペットボトルで造られており、環境面と経済面でのエコをアピールしていた。 同研究所にも「ドン春日」こと春日カルロス氏が先導して案内役を務めてくれ、「4世や5世など次世代に日本の良さを伝えるために、こうした活動を続けて頑張っている」と強調していた。 施設内では祖父母が滋賀県出身で自身はタパチュラ生まれの農業技師である辻フェリペ・アルジャノさん(75、3世)も姿を見せ、レモンのような香りがするアロマの葉を取って嗅(か)がせてくれた。 一行は、午後1時50分に同研究所を出発、午後2時半に市内の海鮮レストランで昼食を取る。メキシコ大統領が出席した海軍施設でのイベントに同行したらしい政府関係者たちが我々より遅れて入ってきたにもかかわらす、彼らの料理が先行。ふるさと巡り一行の料理がなかなか出てこずにイライラするが、蒸し暑さの中で飲む冷たいビールに癒される。 一行はその後、タパチュラ空港に午後4時半に到着。同6時半発のアエロ・メヒコ機で同8時半にメキシコシティに着いた。初日と2日目に泊まった馴染みのホテルにチェックイン。夜はホテルで夕食が用意されていたが、記者は移動での疲れのため夕食も取らずにそのまま部屋に直行し、就寝した。しかし、他のメンバーはほとんどがホテルで夕食を取ったと後で聞き、一行の体力には感心するばかりだった。 ◎   ◎最終日の9月30日、いよいよブラジルに帰国するが、我々第2グループは9月27日に行けなかった国立人類学博物館を午前中に見学するため、午前10時にホテルを出発した。 ガイドのセサルさんの案内で博物館の中を見て回る。博物館全部を見て回るのには1週間かかるそうだが、我々は時間の都合で約1時間と、1階の古代文明の展示を中心に急ぎ足で見学することに。それでも博物館は一見の価値があった。 紀元前3万年にアジアからの原住民がベーリング海峡を渡ってアメリカ大陸に移動。その後、各地に拡散し、紀元前3000年にはメキシコ湾側の原住民が定住して文明を作ったことなどが、「先古典期」「古典期」「後古典期」と大きく3つに分けて解説されていた。その中でも特に目を引いたのがテオティワカン遺跡室で、「羽の生えた蛇の神殿」の外装のレプリカや各種出土品などが展示されていた。 また、ユカタン半島で栄えたマヤ文明の古代遺跡では、チアパス州で7世紀に在位したパカル王が亡くなる前に自分の墓を建て、翡翠(ひすい)のデスマスクが1952年に発見されたとし、その当時の墓の一部と実際の翡翠のデスマスクが飾ってあった。 正午前に博物館の見学を終えた第2グループ一行は、お世話になったガイドのセサルさんに別れを告げてメキシコシティの空港へ。午後4時半発のラン航空でペルーのリマを経由し、翌10月1日午前7時半、サンパウロに到着。メキシコへのふるさと巡り旅行を無事、終えることができた。(おわり、松本浩治記者) サンパウロ新聞 2015年11月6日付
庶民的なタパチュラの町並み 5日目の9月29日、ふるさと巡り一行の他のグループによっては早朝からトゥクストラ・グティエレスを経由してメキシコシティに向かったと聞かされたが、我々第2グループはこの日の午前中は自由時間が取れた。希望者は、その時間を利用してタパチュラの町まで買い物などに出かけた。 地元のスーパーマーケットなどが近いと聞き、ホテルを出て歩いていると、ホテル専用のバンが偶然通りかかり、運転手の厚意で町まで連れて行ってくれるという。さすがに無料というわけにはいかないので、乗り合わせた6人ほどのメンバーが少々のチップを運転手に渡した。 地元のスーパーはブラジルのそれとあまり変わらず、品揃えも結構豊富だったが、それ以上に面白かったのは、その近くにあった地元の市場だった。地下には、鶏肉、魚介類、野菜類など生鮮食料品も販売しており、庶民の雰囲気が漂う。地下は迷路のように入り組んでいたが治安は悪くないようで、カメラを向けると地元民が恥ずかしがりながらも笑顔を見せてくれる。帰りは各自ホテルに戻り、午前11時にチェックアウト。正午の出発を前にホテル前に集まっていた団員の1人である草川一郎さん(83、2世)に話を聞く。草川さんは、今回母子の再会を果たした草川和田明子さんの兄に当たり、パラナ州マリンガ市に住んでいる。 サンパウロ(聖)州ドゥアルチーナで生まれ、6歳の時に1年間、奈良県天理市に住んでいたこともあるというが、その後、家族でマリンガに転住。父親から日本語を学び、20代半ばには一時、聖市の日本語の印刷屋で活字を拾っていたこともあるそうだ。また、90年代前後には仲間と日本に出稼ぎに行き、日本語を話せたことで重宝がられた。ふるさと巡り旅行には第30回目から毎回のように参加しているという。今回のメキシコの旅では、「姪(前述の小木曽春美さん)が住んでいたこともあり、思い切って皆で行こうやと親戚たちで来ることになりました。言葉(スペイン語)は分かりにくいけれど、日本語が分かるガイドさんもいるし、何より食べ物が毎回楽しみですね」と笑顔を見せる。 一行はホテルを出発し、人口32万人のタパチュラ市内をバスで観光する。ガイドのセサルさんによると、同市の経済基盤は農業と商業が中心だが、日本のマツダ車など自動車の組み立て工場も進出しているという。また、グァテマラとの国境に近いことから、同国からの移民も多いそうだ。 一行は、昨夜ホテルで歓迎を受けたチアパス日墨協会の植物研究所へと向かうが、その途中に物々しい警備をしている一団に出くわした。話によると、米国ニューヨークで開催された国連での会議に出席したメキシコ大統領が前日夜にタパチュラ入りし、この日行われるメキシコ海軍施設でのイベントに参加するために来ているのだという。 午後1時過ぎ、チアパス日墨協会の植物研究所に到着した。(つづく、松本浩治記者) サンパウロ新聞 2015年11月5日付
ニッケイ新聞 2015年11月5日 【既報関連】広島県の伝統芸能『広島神楽』の来伯公演が25日、文協大講堂で行われた。県内に100以上ある神楽団の中の選抜演技団25人は、『紅葉狩・八岐大蛇』の2演目を見事に演じ、2階席までほぼ埋まった会場を興奮の渦に巻き込んだ。 「紅葉狩」は平維茂が道に迷っていたところ、鬼の化身と気づかず姫の宴に加わってしまい、紅葉に心を奪われてしまうという物語。鬼との立ち回りは迫力があり、華麗に刀を振り回す姿に開場は魅了された。 「八岐大蛇」は8つの頭を持つ大蛇を須佐之男命が酒で酔わせた上で、勇猛果敢に一人で一体ずつ退治していくという物語。 大蛇は長さ7メートルほどもあり、光る目とうねうねと動き回る姿が不気味な印象を与えた。大蛇が威嚇するように観客に迫ると、この日一番の奇声にも近い大歓声が沸き起こった。 また2演目の間には、「恵比寿」が海外唯一の神楽団「ブラジル神楽保存会」によって演じられた。演技中に奏でられる奏楽には訪問団から一人加わり、初の日伯共演も実現した。 終演し、演者全員がステージに立つと、来場者総立ちで大きな拍手を送った。なおプログラムには、日ポ両語で解説が添えられ、難しい言い回しで進む物語の配慮が行き届いていた。 会場を訪れていた丹治隼人さん(34、二世)は広島県人2世だが神楽を見るのは初めてで、「迫力演技に驚いた。広島にこういう芸能があることを知れて良かった」と感心の様子だった。
ニッケイ新聞 2015年11月4日 【既報関連】広島文化センター(平崎靖之会長)の『創立60周年記念式典』が先月25日、文協大講堂で行われた。総勢65人の大慶祝団には、湯崎英彦知事、平田修己県議長、広島市松井一實市長、永田雅紀市議長を迎えた。全都道府県で最多の約1万4千人の移住者を送り出した同県。ベレン、ポルトアレグレからも関係者が駆けつけ、500人がセンターの還暦を盛大に祝した。 平崎会長は挨拶で、「祖父から孫の代まで寄り合え、そして全伯に散らばる県人を繋ぐことがセンターの役割。母県からの支援はもちろん、会員相互の結束に感謝する」と謝辞を述べた。 湯崎知事は「県人の活躍は県の誇りであり、宝。里帰りの際は大いに歓迎する」と語り、若い世代に向け、「いつか両国を繋ぐ架け橋になって欲しい」と期待を話した。 松井一實市長は、「絆を大切にしてもらっている」と昨年の夏の土砂災害へのセンターからの義捐金について感謝を述べ、広島県出身の中前隆博在聖総領事は県人の歴史を紐解き、「笠戸丸に42人が乗船して以来、各面で多くの県人が活躍している」と称えた。来賓には、日系3団体代表、日系の連邦、州、市議や海軍将校の姿もあった。ジェラルド・アルキミン聖州知事も祝辞を寄せた。 東広島市、町村会、日伯協会を含む計7団体から県の郷土工芸品が贈られ、センターからも絵画等を贈り友好を深めた。 高齢者13人、功労者4人に湯崎知事から表彰状が授与された。功労者の元会長・落久保博さんは挨拶で、会館設立時の母県の支援に言及、「今では多くの人に利用されている。感謝を伝えたい」と県人の声を代弁。 また県費留学生、技術研修員OBを代表し、前会長だった大西博巳さんが「日本での経験が、その後の人生の出発点になった」と謝意を表した。 昼食開場に移動した一行は、ケーキカット、鏡割のあと乾杯し、しばし歓談を楽しんだ。会場にはパラー州ベレンの北伯広島県人会の越知恭子会長や、南大河州ポルトアレグレ文協の谷口浩会長の姿もあり、全伯から集まった県人が60周年の節目に改めて結束を確かめ合っていた。
第一歩を踏みだした記念の地訪問 午後6時過ぎ、マデロ海岸付近に到着。同地には、1997年5月に「榎本殖民団」100周年を記念して建立されたモニュメントがあり、当時、秋篠宮殿下ご夫妻が同モニュメントの除幕式を行ったという。 既に春日カルロス氏が一行より先回りして到着しており、地元日系団体のチアパス日墨協会の松居小向マリア・アルヘリア会長らとともに一行を出迎えた。 同モミュメント前で改めて、本橋幹久県連会長及び和久井伸孝日墨協会会長が献花し、全員で先人への黙とうを捧げた。 松居会長は「ブラジルの皆様をチアパスで迎えることができて、大変嬉しく思います」と歓迎の意を表し、モニュメント前で墨伯関係者が一緒に記念撮影を行った。 その後、一行は徒歩で100メートルにも満たない距離にあるマデロ海岸に移動し、ブラジルに居ては滅多に見ることができない太平洋を拝んだ。すっかり夕景となった海岸には、熱帯特有の入道雲が横に長くたなびき、沈み行く太陽の光をさえぎった黒い入道雲がシルエットとなって浮かんでいた。 関係者に聞くと、実際に「榎本殖民団」が上陸した地点は、同地から東に数キロ行った場所だという。 ふるさと巡り旅行の常連で、現在はミナス・ジェライス州ポッソス・デ・カルダス市に住む下坂匡(ただし)さん(78、福島)は、母方の父(祖父)に当たる故・森本仙(せん)さんが19歳ぐらいの時、メキシコに行く船に密航し、強制送還されたという話を記者にしてくれた。 「祖父はメキシコに密航してからサボテン畑を逃げ回ったらしいです。その後、故郷の和歌山には帰れず、福島県いわき市に戻ったのですが、そういう話を小さい時に母親から聞いていたものですから、メキシコにはぜひ来たいと思っていました」と下坂さん。2年前にドミニカでのふるさと巡り旅行で一緒になった時は、父親の希望でドミニカへの移住を考えていた経緯を聞いたが、父親と祖父の思いを自分で体験できたことに感無量といった表情だった。 一行はホテルに向けて出発し、チェックインを済ませた後、午後8時過ぎからホテル内コンベンション会場でチアパス日墨協会主催による歓迎夕食会に出席した。 松居会長の説明によると同協会は5年前の2010年に発足し、会員数は約70人だという。協会では農業関係の活動も展開しており、ブラジルでも最近では人気が出ているモリンガや甘味料の原料となるステビアをはじめ、各種野菜類も栽培しているそうだ。 松居会長は「ブラジルの皆様にはるばるご訪問いただき、交歓できる機会を持つことができ、大変嬉しく思います」と歓迎のあいさつを行った。 この日はメキシコの日系団体との交流会最後の夜とあって、チアパス日墨協会側の配慮で、民族舞踊団の踊りも披露され、参加した一同はチアパス州での夜の催しを楽しんだ。(つづく、松本浩治記者) サンパウロ新聞 2015年10月31日付
「日本ブラジル外交関係樹立120周年」にあたる本年、ブラジル政府のお招きにより再び訪問できたことを大変嬉しく思います。1988年、日本人ブラジル移住80周年の記念式典が行われたおり、私は初めてブラジルを訪れました。今回、妻とともに再びこの地において、日系社会の皆様とお会いできましたことは大きな喜びです。 私たちは先ほど(編集部注=10月28日)、イビラプエラ公園内の開拓先没者慰霊碑に献花をしてまいりました。以前と変わらない静寂の中で、107年に及ぶ日本人移住者と日系人の歴史、そして数多の困難と、それを乗り越えてきた人々に思いを致しました。ここに、日伯両国の発展に尽され、両国の親善を体現されてきた先駆移住者に対し、あらためて深く敬意を表します。 1988年にパカエンブー競技場で行われた日本人ブラジル移住80周年記念式典では、笠戸丸でブラジルに渡られた児玉良一さんと中川トミさんをはじめ、各地から参加した人々で会場が埋め尽くされるほどでした。そして、式典の中で行われた、移民の歴史を物語る「祝・日本移民80周年祭」などが一万人という多くの人たちの絵文字によって表現されたことは大変に印象深く、30年近くを経た今でも鮮明に記憶に残っております。 また、当時お会いした私と同年代の方々が、今では日系社会の中核となり、政治、行政、経済、農業、医療・福祉、文化・芸術などのさまざまな分野において、ブラジル社会の発展に大きく貢献していらっしゃることをとても嬉しく思います。 これは、先駆移住者が築き上げてきた日本人や日系人に対するブラジル社会からの厚い信頼が継承され、皆様が弛みない努力を続けてこられたことによる賜物でありましょう。同時に、ブラジル政府や国民から温かく迎え入れられ、協力を得たことに対しても、皆様と共に、感謝の意を表したく思います。 今日では、日系人を中心とする約18万人にのぼるブラジル人が、日本に渡って在住し、若い世代においては、両国の青少年の間でも多様な交流や協力が進展しているなど、相互の往来がより盛んになっていることも、誠に喜ばしいことであります。特に若い世代の皆様が、これからも両国の友好の掛け橋として活躍されることを心から願っております。 終わりに、ブラジル日系社会のさらなる発展と皆様のご健勝、そして日本ブラジル両国の友好親善がさらに深まり発展してゆくことを祈念し、私の挨拶といたします。 ニッケイ新聞 2015年11月4日付
ニッケイ新聞 2015年11月4日 島根県人会(村上光明アンドレ会長)が「第11回慈善バザー」を8日午前10時から同会館(Rua das Rosas, 86, Praca da Arvore)で開催する。午後5時まで。入場無料。 約30店のバザリスタが出店、クリスマスプレゼントにぴったりな財布や陶器、パッチワーク等の小物を販売する。婦人部は巻き寿司やまんじゅう等の日本食を手作りする。 来社した村上会長、婦人部の浜野ビルマさんは「売り上げの一部はこどものそのに寄付します。今年最後の県人会イベントに是非お越しください」と呼びかけた。 問い合わせは同県人会(11・5071・0082)まで。
ニッケイ新聞 2015年11月4日 大阪なにわ会医療関係専門家グループ(西国幸四郎代表)主催の『健康座談会』が7日午後2時から、同会会館(Rua Domingos de Morais, 1581, Vila Mariana)で開かれる。参加費無料。 1993年から毎年開かれ、去年は約60人が参加。医療関係職に就いた同会の府費留学生・研修生のOBらで構成される「医療関係専門グループ」が主体となって運営する。 「しっかりした生活」をテーマに「記憶力」「めまいと予防」「漢方医学とめまい」「セルフケア」を主題にした講演が行なわれる。質疑応答や健康相談の時間も。 案内のため来社した山本剛介(ごうすけ)副会長は、「健康について悩んでいる方、各医療分野の専門の先生が来られます。お気軽に起こしください」と呼びかけた。 問い合わせは同会(11・5549・7226)まで。
ブラジル鳥取県人会(本橋幹久会長)は、県費留学生・技術研修制度50周年と鳥取交流センター設立20周年記念式典を8日午前10時からサンパウロ市サウーデ区の同交流センター(Rua Cesaria Fagundes, 323)で開催する。 当日は母県から林昭男副知事、斉木正一県議会議長をはじめ、民間を合わせた27人の慶祝団が来伯する。 今回の式典について本橋会長は「母県への感謝を表すこと」に重点を置いており、(1)県費留学生・技術研修制度50周年(2)鳥取交流センター設立20周年(3)「サンパウロ―鳥取友好の森」植樹の3つの記念事業を行うという。 本橋会長は「現在、留学生・研修生を母県で面倒を見るのに一人400万円がかかると聞いている。これまでに母県で約100人の留学生・研修生を受け入れてくれているので、単純計算でも4億円の経費がかかっていることになる。その意味で、いかに留学生・研修生を受け入れてくれていることがありがたいか、県に対して感謝を表すことが今回の式典の大きな目的」と強調する。 9日午前には(3)の記念植樹がマッタ・アトランチカで行われる。 鳥取県人会では現在、約30の教室があり、週に延べ500人の人々が集まるという。また、今や県人会では珍しくなった日本語教室も開いており、4カ月ほど前には幼稚園部も創設している。 さらに、17日にはコーラス部が鳥取県に自費で訪問するほか、留学生・研修生OBたちが経費を出し合って来年3月ごろに鳥取から若い世代を招へいする予定があるなど、ブラジルと母県をつなぐイベントが目白押しとなっている。 本橋会長は、当日の式典への参加を呼び掛けている。詳細は同県人会(電話11・2276・6032)まで。 サンパウロ新聞 2015年11月4日付
重国籍問題など7大会宣言を決議 【東京支社=瀬頭明男】第56回海外日系人大会が27日から29日までの3日間、東京の憲政記念館、JICA市ヶ谷ビルを会場に開かれた。海外からの参加者は160人(ブラジルからの参加者は75人)で、代表者会議で熱心な討論を行ったほか、高円宮妃殿下が出席されての歓迎交流会、岸田文雄外務大臣による歓迎レセプションに出席した。代表者会議では、重国籍問題や在外選挙制度の簡素化を求める7項目の大会宣言を決議した。 ◆代表者会議同大会で最も重要視されるのが代表者会議で、3分科会に別れ様々な問題が論議され、大会宣言に盛り込まれる。今年も議論は活発で、「日本の発展と日系社会」分科会では重国籍問題、それに付随してJRのレールパスが取り上げられた。 重国籍は各国が認める方向にあり、日本は世界の流れから遅れているとの指摘が相次いだ。休憩時間には出席者たちの間で、「今は二重国籍どころか、三重国籍者だって認めている国さえ出始めている。日本は海外から見ていると、鎖国が続いているようなものだ」と、日本政府の対応の遅れを批判する声も聞かれた。 会議では重国籍に絡み、在住国と日本の両方の国籍を持つ人のレースパス使用ができない実情について、「これは、ぜひとも改善してほしい」と強い意見が出された。これに付随して、「グリーン用レールパスを購入しても、新幹線はグリーン車を連結しているのが少ない。連結している『のぞみ』には乗れないし、現状にあったものに改善してほしい」との指摘が行われた。 大会宣言に盛り込まれる要望事項については、「様々な要望が盛り込まれているが、重国籍問題一つとっても一向に改善されない。大会宣言自体が抽象的で、要望を実現するためのロビー活動をする人もいないように見受ける。ここらも改善の余地があるのではないか」という強固な意見も出された。 東南アジアからの出席者は、「日系子弟と分かり日本国籍を取ると、在住国で生まれてからその日までの罰金を取られる。これは日本国籍を取得すると、在住国の国籍を捨てなければならないためで、こんな不合理なことはない。日本が重国籍を認めれば解決する問題だ」と改善を要望する意見も出された。 ◆歓迎交流会交流会は憲政記念館で高円宮妃殿下をお迎えして行われた。海外日系人協会会長の山田啓二京都府知事が開会のあいさつ、来賓の濱地雅一外務政務官が祝辞を述べた。乾杯の後、同妃殿下は参加した日系人の間を回り、お言葉をかけられた。 海外にお出かけになる機会の多い同妃殿下は日系人の知り合いも多く、笑顔で旧交を温められていた。 ◆外交史料館&外務大臣主催レセプションレセプション開始を前に参加者は、レセプション会場側にある外交史料館で開催中の「日伯交流120年展」を見学した。同展では、日伯通商航海条約の批准、移民事業に力を入れた榎本武揚の写真、笠戸丸の出発、到着を知らせる電報などに見入っていた。参観者たちは書類を見ながら、「昔の人は文字がうまかったのね」と感想を漏らしていた。 レセプションは、忙しい岸田文雄外相の到着で始められた。岸田外相は「皆様の来日、帰国を歓迎します」と参加者たちの在住国での苦労を慰労した。懇談に入り、外相はあいさつをする参加者たちとにこやかに歓談していた。 ◆カラオケ大会海外日系人大会の掉尾(ちょうび)を飾る初の「日系カラオケ大会」が29日、東京・平河町の砂防会館で開かれ、ペルーの研修生、福崎ケネスさん(27)が優勝、賞金10万円と優勝盾を手にした。 同大会は日系人大会開催から56年目にして初めて行われたもので、認知度が低かったためか来場者は少なかったが、出場者11人の熱唱で大きな盛り上がりを見せた。出場者はブラジルからが最も多く5人、次いでペルーが3人、カナダ、アメリカ、メキシコが各1人だった。 優勝した福崎さんはJICA研修生。声量があり、音程もしっかりしていて、第1回目の優勝にふさわしい実力の持ち主だった。「カラオケで歌ったのはこの日が2回目。緊張したけど、何位になろうなどとは考えず、精一杯歌いました」と笑顔を浮かべた。「賞金の使い道ですか? まだ何にも考えていません」と、優勝するとは思ってもいなかったという。 司会はハワイのとみたいくこさん、審査員は島内憲前ブラジル大使、歌手の井上祐見さんらだった。 サンパウロ新聞 2015年10月31日付