ブラジル佐賀県文化協会(西山実会長)創立60周年記念式典が、2日午前10時からサンパウロ(聖)市アクリマソン区の同県人会館で開催されたことに先がけ、副島良彦副県知事と中倉政義県議会議長による記者会見が午前9時半から行われた。 60周年を機に「佐賀県とブラジルの友好をさらに深めたい」と副島副知事は語り、中島議長は「移住に際しては大変だったと聞いている。先亡者にあいさつしたく、慰霊碑を参拝させてもらった」と語った。 また、慶祝団一行の来伯時には熱烈な歓迎を受けたと話し、「改めて絆の強を感じた」と感激した様子だった。 両氏は留学生制度のさらなる充実や、3日間のブラジル滞在中に県人会員らと親交を深め、会員らの意見を取り入れながら今後の計画を立てていきたいとした。 さらに、ブラジルからの留学生たちとの対談にも触れ、「みんながしっかりとブラジルで佐賀をアピールしてくれている」と感じたという。現在は「人を大切に、世界に誇れる佐賀づくり」というプロジェクトで世界に向け県の魅力を発信しており、「こちらの佐賀県民、佐賀県民子弟が誇りに思ってくれるような県政をこれからも行っていきたい」と話していた。 2015年8月8日付
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ニッケイ新聞 2015年8月8日 ブラジル佐賀県文化協会(西山実会長)が2日、1946年の創立から60周年を祝い聖市の同会会館で記念式典を行なった。副島良彦副知事、中倉政義県議会議長ら一般含め15人の慶祝団が祝福に駆けつけ、当日来場した約270人の関係者と共に、還暦の節目を祝った。 来賓には日系3団体の代表や飯田茂在聖領事部長、亜国県人会のウメサキ・フラビア会長らが訪れた。祝辞に立った県連の本橋幹久会長は、「早くからこの大きな会館を拠点に、活発な交流に取り組んでこられた。創立60周年、弥栄!」と言葉を送った。 野村アウレリオ聖市議からはこれまでの功績を称え、会に表彰状が送られた。会側は歴代会長の江頭幸男、井上清、辻定男、吉村幸之四氏に、県側も味の素、久光製薬、85歳以上の高齢者29人に感謝状を手渡した。パラナ州から訪れた松尾進蔵さん(95、二世)は、「亡き父と共に、県人会活動に参加でき誇りに思う」と謙虚に謝辞を述べた。 お互いに記念品を交換し、県から日系3団体への寄付金贈与の後、元留学生・久保カチアさんが挨拶に立った。「佐賀短期大学での経験はどれもが有意義なものだった。現在は日本語教師として活動している」と報告。「武道にも触れ、礼儀や相手を敬う気持ちがいかに素晴らしいか感じた」と笑顔を見せた。 県歌「栄の国から」を大合唱し昼食祝賀会へ。ケーキカット、鏡割りで創立60周年を祝い、日舞や居合い、薙刀、健康体操の実演が行なわれた。母県側も加山雄三の「海・その愛」など合唱を披露し、最後は盛大なサンバショーで締めくくった。 佐賀県知事 山口祥義 1822年、ブラジル独立の年に、佐賀八賢人の島義勇は佐賀城下で生を受けました。「北海道開拓の父」でありながら佐賀においては、功績を知る人は少なく顕彰しようとする動きがあまり盛んでない現状を、誠に残念に感じています。 移住者にとってもこれまでのご労苦は、島が感じたものにも匹敵するでしょう。そんな状況下でも、ブラジルの発展に長らく貢献されてきたことは県民として大きな誇りです。 創立60周年という節目を契機に、貴会が一層発展されますとともに、会員、そしてご家族の皆様のご活躍とご健勝、併せてブラジル国の繁栄を心から祈念して私の祝辞といたします。 県議会議長 中倉政義 移住された郷土出身の皆様方は、筆舌に尽くし難い苦難を克服され、ブラジル発展に多大な御貢献をされておられます。私どもが誇りとするところであり、敬意と感謝の意を表する次第であります。 先ごろ三重津海軍所跡が、「明治日本の産業革命遺産」としてユネスコ世界遺産に登録され、来年は有田焼が創業400年を迎えます。また19年ぶりに佐賀市で、熱気球世界選手権大会が開催されます。 私たち県民は、自らの発想と創意工夫によってお客様をお迎えし、郷土「佐賀」をしっかりと守り、次世代に引き継がなければなりません。議会としても佐賀にしかない貴重な財産を活かしながら、山口知事とともに地方自治の両輪として、郷土の発展に全力を尽くす所存です。 皆様方におかれましても、ブラジルの発展と佐賀との絆の強化、促進に御尽力、御協力を賜りますようお願い申し上げます。...
ニッケイ新聞 2015年8月8日 ブラジル日本都道府県連合会(本橋幹久会長)の7月の代表者会議が先月30日夜、県連大会議室で行われ、37人が出席した。議題の中心は終了したばかりの「第18回日本祭り」が占め、活発な議論が行なわれた。 正確な収支は来月以降に発表されるが、山田康夫実行委員長(滋賀)より「県連としては赤字になる見通し」と発表。来場者は土曜日の大雨の影響で約15万人(昨年比3万人減)と少なく、開催前に見込まれた赤字分を埋めるには至らなかった。 来年以降の開催の参考人として、会場「サンパウロ・エキスポセンター」の経営会社GLevents(以下GL)のマーケティング担当も出席した。同氏は来年以降の開催への協力を表明すると共に、同祭の総評として「クレジットカードの未対応」「割高な値段設定」「給料日前の開催」などの問題点を指摘した。 GL側へ当日の駐車場の未整備等へ不満も上がる中、山田実行委員長は各県人会に向け「日本祭りがなくなれば県連は無くなる。利益ばかりでなく、どう存続させるかを考えなければならない」「殆どの県人会が売上げを落とした様だが、お金を取る以上はプロ。それは個人の問題だ」と厳しい指摘をした。 市川利雄同副委員長(富山)も日本祭りの存続方策を「GLと協力してスポンサー探しを実施し、各々でマーケティングを学び、収益を伸ばすこと」と訴えた。 来年の開催の有無に関しては委員会を設置し、今月20日までに決定することになっている。
ニッケイ新聞 2015年8月7日 【既報関連】サントス港に停泊中の海上自衛隊練習艦「しまゆき」(小圷聖一艦長)と護衛艦「やまぎり」(橋本聖一艦長)に乗船する約300人の隊員が文協での歓迎式典(6日付け本面掲載)後、出身地ごとに県人会から歓迎を受けた。郷里の話題や移住当時の体験談を通し、親交を深めた。また両艦長は文協移民史料館も訪れ、移住の歴史に耳を傾けた。 福岡県出身の6人の隊員は、福岡県人会(南アゴスチーニョ俊男会長)の20人と共に、陸軍少将・池田リュウゾウ氏(54、二世)の招待で、南東伯軍総合司令部講堂で歓迎昼食会に参加した。 県人同士で会話を楽しみながら、フェジョアーダなどブラジル料理に舌鼓を打った。 昼食後、ビデオを使った当地の陸軍組織の概要説明が池田氏から行なわれ、橋本艦長から「ブラジルと国境が接している周辺国との関係は良好と聞いているが、実際はどうか」と質問が出るなど、真剣に聞きいっていた。 本紙の取材に対し、橋本艦長は「日系人の方がブラジル軍の主要なポストに就いて活躍されていることを、とても誇りに思う」と感想を語った。 南会長は、「元々、池田さんを歓迎会に呼ぼうとしていたところ、逆に招待された。熱心に皆さんを歓迎してくれ、県人会としても貴重な機会を持てて嬉しかった」と、予期せぬ出来事を楽しそうに語った。 愛知県出身の14人の隊員は愛知県人会(沢田功会長)の30人からシュラスコなど手作り料理で歓迎を受けた。 沢田会長は「多くの方々が参加してくれて嬉しい。会員は二世が多く、懐かしい故郷の話をする、というわけにはいかないが、今日の楽しい思い出を日本に持って帰り、家族や友人に伝えてもらえれば」と話した。 小圷艦長は「暖かく歓迎してくださり感激。日本人として日本語が大切にされているということを嬉しく思う。これまでの寄港地で他国日系人との交流もあったが、ブラジルの日系社会の大きさには驚いた」と語った。 県人の話を熱心に聞いていた隊員の水谷康宏さん(24、愛知)は、「日本語を聞くとやはり安心する。県人会の存在は艦内でも話題なっていた」と話した。江口重雄さん(77、愛知)は「スポーツの話をした。皆さん体格が良くて頼もしい」と意見交換を楽しんでいる様子だった。 隊員たちは昼食で親交を深めた後、会員の案内でリベルダーデやセー広場を観光して歩き、当地の光景に興味津々の様子だった。 また橋本、小圷両艦長は、文協移民史料館を見学。笠戸丸をはじめ、ブラジル移民の歴史に一つひとつ頷いていた。 □関連コラム「大耳小耳」□ 練習艦隊の歓迎会は、聖市内各地で行なわれた。広島県人会は、24人を迎えながらシュラスカリアへ。「方言で会話して故郷を語る良い機会になった。自衛隊の青年らもたくましくて」と喜ぶ関係者。鹿児島は7人の乗員に対し、約30人の関係者が熱く歓迎したという。また一方では、4県人会が偶然同じ飲食店に居合わせるなど、各会賑やかな様子だった。
ニッケイ新聞 2015年8月7日 沖縄県人会(島袋栄喜会長)が主催で『第1回沖縄空手古武道演舞会』を16日午後2時から、同県人会館(Rua Tomas de Lima, no 72, Liberdade)で開催する。 サンパウロ市やスザノ、サントスなどから8つの道場が一堂に会し、形や棒、トンファーを使った演舞を解説付きで披露する。 剛柔流・與那嶺育孝藩士、少林流・与那嶺一徳藩士の参加や琉球舞踊、武の舞など琉球芸能のアトラクションも加わる。 「沖縄空手」にはいくつかの流派があるが、異なる流派が同じ行事に参加するのは異例。県人会の「何とか後世に琉球文化を残したい」との要請があり、実現した。 高安宏治副会長、島袋安雄書記、垣花輝明実行委員長が来社し、「今後、県人会の重要な行事にしていきたい。興味があれば是非」と語った。 入場には協力金15レ(任意)を呼びかけている。問い合わせは同会(11・3106・8823)まで。
ニッケイ新聞 2015年8月7日 サントス―横浜間で姉妹都市提携を視野に入れた交流が始まった。先月末に神奈川県横浜市から横山正人、斉藤たつや両市会議員が来伯し、サントス市に親書を提出した。横山市議(51、横浜)は「互いに窓口を立てて交流を進めると決まった。今回が第一歩」と意気込んでいる。 4年前、横山さんが議員団の一員として来伯した際に、中井貞夫サントス市議との間で姉妹提携の話が初めて持ち上がった。中南米最大の港湾都市で移民が降り立った港サントスと、同じく港湾都市で移民船が就航した横浜には共通点が多いことから、移民史の共有も兼ねて交流を約束した。 横山市議は「11月に神奈川文化援護協会が50周年記念式典をするので、それに合わせて市職員と再び訪れ、サントスで交流を進めたい」と語る。また「2都市の交流が上手くいったら、神戸も入れて3都市の交流もしたい」と両国の交流活発化に意欲的だ。 横山さんと共に「横浜市議サッカーチーム」に所属する斉藤市議(42、横浜)も、「横浜FCの役員に会って、カズに交流への協力を要請した。彼もサントスには特別な思い入れがあるはず」と大物参入に向けて動いている。 また今回、ブラジルの都市との交流の可能性を探るため、北海道札幌市の長内直也市議(50、札幌)も来伯し、二人に同行した。共に政令指定都市であることから、横浜の姉妹都市提携の経過を見るためにやってきたという。 長内さんは「札幌は5都市と交流があるが、緯度の近い北半球の都市ばかり。南部の人には雪がすごく喜ばれるので、自分にないものを持っている都市同士が結びつくのがいいと思う。これから色んな交流が始まりそうだ」と話した。 □関連コラム□大耳小耳 ブラジル―北海道の交流を望む長内直也札幌市議によると、「北海道ではコーラより先にガラナが根付いたので、小さい頃からガラナを飲む習慣がある。味はブラジルのとそっくり」という不思議な歴史があるとか。また道選出の参議で、当地で盛んなYOSAKOIソーラン祭りの創始者でもある長谷川岳さんは、北海道大学の後輩だそう。さらに繋がりを強めるために、ぜひとも張り切ってほしいところ。
ニッケイ新聞 2015年8月7日 「原爆犠牲者追悼法要」が6日午前、本派本願寺伯国別院(梶原義教輪番)で営まれた。ブラジル被爆者平和協会(森田隆会長)、ブラジル広島文化センター(平崎靖之会長)の共催で、約30人が出席した。 原爆が投下された8時15分にあわせ鐘が鳴り、梶原導師らの読経が響き渡るなか、出席者らはそれぞれの思いを胸に焼香した。 現在訪日中の森田会長に代わり、娘の綏子さん(68)は、「被爆者の体験を聞き、書き留めておいてほしい。それが平和への道しるべになる」と語り伝えることの大事さを訴えた。同協会によれば、ブラジルの被爆者は106人。 5歳の時に被爆した池田美保子さん(75)は、「キノコ雲も見、黒い雨も浴びた。避難する被爆者らに水をあげたことを思い出す」と当時を振り返り、「戦争を知っているものは痛みがわかる。今の日本は色んな動きがあるが、いつまでも平和であってほしい」と話していた。
ニッケイ新聞 2015年8月7日 4月末から文協会長を務める沖縄県出身・呉屋春美さんの「就任祝賀夕食会」が7月28日、沖縄県人会館で行われた。 県人会員の働きかけにより実現した。同会の山城勇名誉会長、島袋栄喜会長、木多喜八郎・前文協会長、大城ヨキオ・アリアンサ理事長など日系団体関係者を中心に約250人が参加した。 文協創立60年にして初めて誕生した女性会長に、来賓からの祝辞ほか花束が贈呈され、呉屋さんは「皆様の支えをいただきながら、感謝の気持ちを忘れずに務めてまいります」と挨拶した。 参加者らは山城名誉会長の乾杯の音頭でしばし歓談し、呉屋会長の前途を祝した。
サントス、聖市で歓迎行事 日伯外交樹立120周年の節目に当たり、練習艦「かしま」「しまゆき」と護衛艦「やまぎり」からなる海上自衛隊練習艦隊が7年ぶりにブラジルを訪問した。5月に東京を出港した3隻は先月28~31日までレシフェに寄港後、二手に分かれてリオ、サントスを訪問。5日朝、「やまぎり」「しまゆき」がサントス港へ入港した。2隻の乗員は386人で、うち56人が実習幹部。港でサントス日本人会による歓迎を受けた後、サンパウロ市に移動し、日系5団体共催による歓迎式典、出身県県人会との昼食会などの交流行事に参加した。 当日は護衛艦「やまぎり」が午前8時 分に、練習艦「しまゆき」が8時 分にそれぞれ入港した。祝砲等はなく、サントス日本人会(安次富ジョージ会長)の集まり状況に合わせ、同9時半からの入港歓迎式典となった。 サントス日本人会会員 人によって歓迎式が行われ、護衛艦「やまぎり」の橋本聖一艦長など3人に花束が贈呈された。同日本人会の安次富(あじふ)会長は「サントス市民とともに歓迎できたことを嬉しく思います。拙い日本語でのあいさつになってしまい申し訳ないが、お祝いの言葉とさせていただきます」と述べ、同地の歴史も簡単に紹介した。 橋本艦長は「移民100周年の来伯以来、7年ぶりで、とても楽しみにしていた。3泊4日と短い寄港だが、日本人会の方々との交流など、尽力してくださった方々には大変感謝しています」と謝辞を述べた。 歓迎式についてサントス日本人会会長補佐の大橋健三さんは「7年前は、まだまだ1世の方々がいた。現在は1世の意思を継いで、2世、3世が中心となっている」と話す。 その後、海上自衛隊よりブラジル海軍へ敬意を表し、同地で英雄的存在であるジョアキン・マルケス・リスボア元帥胸像への献花が行われた。 ブラジル海軍サンパウロ州サントス港湾司令官のリカルド・ホッシ氏は「海上自衛隊の皆様には、サントス港に志を同じくする朋友(ほうゆう)がいることを申し上げたい。今回の寄港に際し、サントスであれ、サンパウロであれ充実した日々を送っていただけることを願っている」と述べ、歓迎の意を表した。 1998年の移民 年祭から寄港式の度に参加しているという日系2世の男性は「個人情報の保護という目的かは分からないが、歓迎する側と歓迎される側との間に温度差を感じた。寂しいね」と率直な感想を口にした。 2015年8月7日付
サントス寄港中の「しまゆき」「やまぎり」の歓迎式典が、5日午後0時半からサンパウロ(聖)市の文協記念講堂で行なわれた。両艦から艦長、実習幹部を含む300人の乗員が式典に出席。各都道府県人会、日系団体関係者など300人が迎え、日伯の絆を確かめ合った。 式典は文協、援協、県連、商工会議所と日伯文化連盟が共催。サントスからバスで到着した一行を参加者が拍手で迎え、各団体代表と中前隆博在聖総領事、「やまぎり」の橋本聖一艦長、「しまゆき」の小圷(こあくつ)聖一艦長が舞台に上がった。 日伯両国歌斉唱後、共催団体を代表してあいさつに立った呉屋春美文協会長は、長期間の航海途上の乗員をねぎらうとともに、「外交120周年の機会に艦隊の雄姿に接し、元気付けられる思い」と歓迎。「最大の日系社会のあるブラジルをよくご覧いただき、年ごとに近しくなる日伯関係強化のため協力をお願いします」と述べた。 中前総領事は、共催団体と艦隊のサントス寄港に謝意を表し、「日系団体の方々は日頃より日伯友好促進に心を砕き、様々なことで協力いただいている」と紹介。寄港中の交流を通じ、「日系社会、ブラジルの素晴らしいところを見てもらい、持ち帰っていただきたい」と話した。 呉屋会長から橋本、小圷両艦長へ花束を贈呈。橋本艦長は歓迎に感謝し、「短い期間だが、日系人、日本人の方たちと交流を深め、次の航路へ旅立っていきたい。ブラジル日系社会の発展を祈念します」とあいさつした。 記念品の交換では、両艦長から艦隊の帽子や記念の楯、共催団体からは銅製のジャンガーダの置物をそれぞれ贈呈。村田俊典商工会議所会頭が音頭を取り、会場全体に万歳三唱の声が響いた。 式典終了後、講堂サロンには各都道府県の名を書いたプラカードが並んだ。乗員は出身県ごとの県人会との昼食会に向かい、親睦を深めた。 県連元会長の網野弥太郎さん(78、山梨)は、1998年に練習艦隊が寄港した際に聖市の歓迎副委員長を務めた。移民70周年で寄港した際、真珠湾攻撃に参加した酒巻和男氏(当時伯トヨタ社長)が先頭に立ってガルボン・ブエノ街を分列行進したことが思い出という網野さん。「若い人が祖国から来るのは大歓迎。子や孫の年代の人が来て、元気な姿を見ると、日本はまだ大丈夫だなと思うね」と話していた。 当日午後は代表者による移民史料館、開拓先亡者慰霊碑訪問も行なわれた。両艦は8日朝までサントスに、もう1隻の「かしま」は7日朝までリオに寄港後、次の訪問国アルゼンチンに向かう。その後練習艦隊としては90年ぶりに難所のマゼラン海峡を通過する。ペルー、メキシコ等を経て日本到着は10月27日の予定。 2015年8月7日付
第1回沖縄空手古武道演武会が、16日午後2時からサンパウロ(聖)市リベルダーデ区のブラジル沖縄県人会館サロン(Rua Dr.Tomás de Lima,72)で開かれる。同県人会・沖縄文化センターの主催行事としては初めての開催。8道場の代表者が参加し、ブラジルで受け継がれる文化を披露する。 当日参加するのは、聖市内とサントス、プライア・グランデ、スザノなどの沖縄剛柔流、沖縄小林流の2流派8道場(協会)。開会式に続き、各団体の師範、門下生らが、基本、型、組み手などを紹介する。各演武の合間に舞踊や武の舞などもある。 案内に来社した垣花輝明実行委員長(県人会副会長)、高安宏治第1副会長と島袋安雄書記は「沖縄の文化の一つとして、広く紹介したい」と開催の意義を語るとともに、「これだけ多くの先生が参加する演武会はめったに見られないもの。見ごたえある発表になると思うので、ぜひご来場ください」と呼び掛けた。 協力券は15レアル。午後7時ごろ終了の予定。問い合わせは沖縄県人会(電話11・3106・8823)まで。 2015年8月7日付
ニッケイ新聞 2015年8月6日 海上自衛隊の練習艦隊3隻のうち、「やまぎり」「しまゆき」が5日、サントスに入港した。両艦長と乗組員約300人を迎えて、サンパウロ市では同日昼に日系五団体が主催し、文協大講堂で歓迎式典が行なわれた。会場には各県人会などから約300人の関係者が駆けつけ、2008年以来の寄港を祝った。 練習艦隊3隻は5月21日から10月27日までの長期間航海を行なっている。ブラジルへの寄港は外交120周年を記念したもので、日本人移住百周年の08年以来7年ぶり11回目。7月28~31日にはレシフェを訪れていた。 「かしま」は4日リオに、「やまぎり」「しまゆき」は5日サントスへ分散入港。サントスに降り立った二隻の乗組員381人の内、橋本聖一(やまぎり)、小圷聖一(しまゆき)両艦長ら約300人が歓迎式典に出席した。 8台のバスが昼12時半ごろ聖市文協前に到着し、温かい拍手で迎えられた。東京都友会の坂和三郎会長の司会で、両国国歌斉唱、開拓先没者への黙祷、花束贈呈や記念品交換が行われた。 挨拶に立った呉屋春美文協会長は、「久しくお待ちしていた艦隊の来伯。世界最大の日系社会をご覧になり、日伯の親善交流にご協力頂きたい」と期待し、「皆さんの雄姿に接することで我々にも励みになり、コロニアの活性化にもつながる」と歓迎した。 中前隆博在聖総領事は「分散してでもサントスに寄港したのは、コロニアとの交流を重視したいという気持ちの表れ。日系社会やブラジルの素晴らしさを持ち帰って」と喜んだ。艦隊側は橋本艦長が代表あいさつに立ち、「外交120周年を記念した7年ぶりの寄港。3泊4日という短い期間だが交流を深めたい」と話した。 最後はブラジル日本商工会議所の村田俊典会頭による万歳三唱。「航海日程の半分を過ぎ、ちょうど日本が恋しくなったころでは。日系社会の歓迎に故郷を感じて」とエールを送った。 実習幹部の鈴木佐和美さん(27、神奈川)は式典を終え、「これほど盛大な歓迎を受けるとは驚き。日本らしい雰囲気も感じることができた」。岡島健太さん(25、長野)も「これまでの寄港地では一般による歓迎式典はなかった。関係者を艦上に招いたレセプションはあったが、こういった交流はブラジルだけです」と驚きを見せた。 式典後は出身地ごとに分かれ、各県人会主催の歓迎昼食会で移住者らと親睦を深めた。 □関連コラム「大耳小耳」□ 元大分県人会長の永松通一さん(74)。広島県呉市の自衛隊学校卒業者とあって、聖市からペルナンブコ州都レシフェやサントスまで艦隊到着を見届けた。レシフェはあいにくの雨天だったというが、「サントスでは形式的な雰囲気もなく、一般も温かく歓迎できた。待ちに待った到着でした」。文協での式典にも駆けつけ、「日本ではこれほど大人数の隊員を一度に見る機会は少ないね。みんな表情が凛としている」と喜んでいた。
良好だったブラジル人の反応 県連(本橋幹久会長)主催の「第18回フェスティバル・ド・ジャポン」で、三重県が観光や県特産品のPRを目的としたブースを出展した。県人会主体ではなく、日本から県の行政単体がブースを出すのは同祭史上初。同県では伊勢志摩サミットを来年に控え、三重県の魅力を積極的に海外へ発信している。 三重県とサンパウロ(聖)州は2013年に姉妹提携40周年を迎え、「40周年記念共同宣言」を調印。それを機に従来の「友好交流」から「経済交流」へと発展し、より強固に交流を深めることとなった。 来伯した三重県国際企画班の山内伸晃主幹によると、現在は「環境」「観光」「商工業」「教育」の4つの分野での交流を推進しており、各分野で聖州との交流が活発化しているという。 期間中の同県ブースでは「NPO法人ハートピア三重」の諸戸タカノリ副理事長企画の物産展が開かれ、日本から運び込まれた同県の名産品紹介や、試食、試飲などを提供した。特に来場者に好評だったのは熊野別当の御蔵酢。玄米黒酢、赤酢など10種類が試飲提供されたが、ブラジル人に特に好評だったのは果物を使って飲む甘い酢。諸戸氏によると、最初来場したブラジル人たちは「酢を飲むの?」と怪訝(けげん)そうだったが、一度飲むと「美味しい」と笑顔を浮かべ、好感触を得た。また、来場者からは健康食品として注目された面もあったという。 そのほかにも「有限会社久政」の削りたての鰹節を乗せた同県名産の手延べ冷やむぎも試食提供。こちらも来場者から「美味しい」と評判だった。諸戸氏は「すべて試食試飲用の製品なので、『売ってほしい』という声があっても販売ができないのが残念」としつつ、「全体的にはブラジル人からの反応は良かった」と手応えを感じていた。ブースを訪れていた来場者の中にも「日本に住んでいたが、三重県に行ったことはない」と言う人もおり、熱心に担当者に質問する様子が見られた。 ブースでは三重大学に留学した学生たちが浴衣に身を包み、案内を手伝っていた。三重県と聖州をつなぐ懸け橋「みえ友パウリスタ」の影山希さん(22、2世)も1年間三重県で生活した。「三重は静かで海が近く、きれいな街。伊勢神宮には2回行った。卒業後はまだ考え中だが、勉強したことや経験したことを生かし、日系人としてブラジル社会に貢献したい」と接客の合間を縫い、話してくれた。 同県では県内企業のブラジル進出も県を挙げて支援しており、「実力があっても、海外まで手が回らないような中小企業」を特に支援している。現在、ブラジル国内には3社の同県企業がある。今後は同県の製品の聖州内販売も予定されている。 山内主幹は「松坂牛、伊勢海老、鈴鹿サーキットなど全国的に有名な物は多いが、それが三重県産と知る人は少なく、三重県のことは日本国内ですらあまり知られていない」と話す。それでも「今後、三重の魅力がサンパウロ州から広がり、ブラジル全土に伝わってくれたら」と交流の成果に期待を寄せた。 2015年8月6日付
岐阜県人会(山田彦次会長)主催の「第11回日伯友情交流絵画展」が4日から14日まで開催されることに先がけ、3日午後5時半からサンパウロ市ベラ・ビスタ区の在サンパウロ総領事館多目的ホールで開会式が行われた。関係者を含め約150人の日伯の来場者が訪れ、会場いっぱいに人が溢れる盛況となった。 はじめに山田会長があいさつし、「10年前に10人の画家で始まったこの絵画展が、こんなに長く続くとは誰も思わなかったのではないか。続けて来られたのも歴代の総領事と領事館全館挙げての協力のお陰。時代は変わっている。これからは21世紀にふさわしい絵画展にしていきたい」と今後の展望を語った。 来賓の中前隆博総領事は「日伯修好120周年や、総領事館100周年の記念すべき年に、10年以上続く絵画展を開催できることを誇らしく感じる」と祝辞を述べた。 続いて文協の上辻照子副会長、小田エルザ実行委員長があいさつし、その後山田会長、中前総領事、小田実行委員長、上辻副会長の4人でテープカットを行い、開場となった。 毎年来ているという岡田本子さん(77、東京)は「毎年、作品のレベルが上がっている。絵を観ることでストレス解消になるし、1年に1回、馴染みの顔に会えるのも楽しみ」と笑顔を浮かべた。 一際目を引いた色彩鮮やかで、少し毒気のある独特の絵画を出展していた赤崎マルコスさんは日系3世。「存在しない無意識の中の有機植物が創作の源」と語り、来場者の注目を集めていた。 会場ではカクテルパーティーも開催され、来場者は遅くまで残り絵画論議を交わしていた。 2015年8月6日付
岩手県主催の「南米移住者等交流活動支援事業」一行7人の歓迎懇談会が、7月27日午後7時からサンパウロ市リベルダーデ区の岩手県人会(千田曠曉会長)会館で開催され、県人会員ら約100人が出席した。 懇談会では、県人先亡者及び東日本大震災犠牲者への黙とうに続き、団員が一人ずつ自己紹介。岩手相撲連盟派遣選手団の玉澤徳一郎団長は今回9回目の来伯だとし、約10年前から同相撲連盟会長に就任したことなどを説明し、「相撲を通じて健全な青年を育てて後世に残したい」と述べた。 知事代理の根子(ねこ)忠美岩手県環境生活部長は、今回の南米訪問の主目的がパラグアイのピラポ岩手県人会55周年記念式典に出席することだとし、ブラジルの岩手県人移住者の苦労を偲び、2011年3月に発生した東日本大震災について「今年を本格復興の年とし、県民一体となって取り組んでいきたい」と強調した。 千田会長は、慶祝団一行とブラジル岩手県人会との交流が実現できた母県の配慮に感謝の意を表した。また、ブラジルでの岩手県人移民の歴史を振り返るとともに、わんこそば大会、餅つきなど県人会での恒例行事を紹介した上で、「1世移住者が減少する中、2世、3世など次世代の育成を行い、生ある限り次世代の人々や母県の方々との交流発展に努めたい」と述べた。 その後、玉澤団長の発声で乾杯が行われた。懇談会の合い間には、「雷神太鼓」の演奏が実施され、最後は会場全員で「北国の春」を歌って締めくくられた。 2015年8月6日付
青森県人会(玉城道子会長)は7月28日、社会福祉法人こどものそのと希望の家福祉協会へリンゴジュース2リットル7本、1リットル36本を両団体に寄付した。 同県人会では毎年「フェスティバル・ド・ジャポン」でリンゴジュースを販売しており、例年は売り切れになるが、今年は大量に余ったという。玉城会長は「金曜、土曜はまあまあ売れたので、大丈夫だろうと思っていたが、予想に反し日曜日はあまり売れなかった」とし、「保管するのも費用がかかるし、生モノなので消費期限も早い。それなら寄付した方がたくさんの人に喜んでもらえると思い、両団体に寄付することに決めた」と語った。 同県人会が販売するリンゴジュースは、サンジョアキン農業協同組合で栽培されたリンゴの売り物にならないものを同組合の婦人部がジュースに加工したもの。製造後は冷凍し、フェスティバル当日の朝に会場に届けられた。ジュースには防腐剤などを一切使っていないので、日持ちしないこともあり、その面でも玉城会長は寄付することにしたそうだ。 こどものそのからは頃末龍彦アンドレ理事長、希望の家からは奥村憲市ネルソン理事が受け取りに同県人会を訪れた。ジュースを受け取った頃末氏は「入居者も絶対喜びます」と笑みを見せた。 2015年8月6日付
ニッケイ新聞 2015年8月5日 兵庫県人会(松下瞳マルリ会長)は8月23日午前11時から、北海道協会(Rua Joaquim Tavora, 605, Vila Mariana)で『創立55周年式典』を行なう。参加費30レアル(75歳以上は無料)、申し込みは18日まで。 井戸敏三知事、石川憲幸県議会議長ら県政府関係者はじめ、柔道、企業関係者や一般人で構成された慶祝団員は58人にのぼる。パラナ州との州県友好提携は45周年を迎え、20日には同地で記念式典やベット・リッシャ州知事との懇談も予定する。 案内のため来社した松下会長、小林咲子副会長、顧問の尾西貞夫式典委員長は「大人数の慶祝団と共に創立55周年をお祝いしましょう」と呼びかけた。 申し込み、問い合わせは同県人会(電話=11・3207・0025、メール=brhyogoken@gmail.com)まで。
ニッケイ新聞 2015年8月4日 ブラジル佐賀県文化協会(西山実会長)が2日、創立60周年を祝って聖市の同会会館で記念式典を行なった。副島良彦副知事、中倉政義県議会議長および一般参加者含め15人の慶祝団を迎え、会発足から還暦の節目を祝った。 1910年、サントス港に到着した第2回ブラジル移民船「旅順丸」に乗船していた15家族60人が先駆けとなり、これまでに約4500人の県人が移住した。宮崎八郎氏を初代会長に迎えて前身となる「サンパウロ佐賀県人会」が発足してから、今年で創立60周年を迎えた。 式典に先立ち取材に応じた副島副知事は、「初対面のはずなのに、同郷のためか非常に親近感が沸いた」と厚い歓迎に感激した様子で、「移住者への激励と、さらなる友好深化に向けて日伯間の友情を確認したい」と訪問意図を説明した。 50周年、55周年時と同様に、会館前で桜の植樹を行い式典へ。270人の参加者を前に秀島正幸副会長が開会を告げ、両国国歌斉唱後、先人への黙祷が捧げられた。挨拶に立った西山会長は、「会の歴史は会員や母県からの支援、そして移住者を温かく受け入れてくれたブラジルという国の優しさがあってこそ」と感謝を示した。 来賓には日系3団体代表者や、飯田茂在聖領事部長、在亜佐賀県人会のウメサキ・フラビア会長らが訪れ、祝福の言葉を送った。野村アウレリオ聖市議からは、これまでの功績を称え県人会に表彰状が送られた。 会から85歳以上の高齢者29人と、歴代会長の江頭幸男、井上清、辻定男、吉村幸之4氏に感謝状が贈られた。代表謝辞に立った江頭さんは、「この会館は約30年前、母県などから多大なご支援を頂き建設された。様々な催しを開催でき、時間を有効に使えている。60年の歴史は、各方面からの援助の賜物です」と感謝した。 続いて、県人会と県との間で記念品の交換が行なわれた。また、県から日系3団体へ寄付金、協賛企業(味の素、久光製薬)へは表彰が贈られた。元留学生・久保カチアさんの挨拶の後、県歌「栄の国から」を大合唱し祝賀会へ。日舞や居合い、薙刀、健康体操の実演が行なわれ、最後はサンバショーが華を添えた。 聖州プロミッソン生まれの花田マリアさん(90、二世)は、「健康体操で週2回は会館を訪れます。ホールは葉隠館として剣道などにも活用され、いつも賑やかです」と会の良さを紹介した。 慶祝団の一員として来伯した60代女性は、「華やかな希望を持って移住した先人たちは、言葉にできないほどの苦難を越えて、歴史を重ねたんだと実感した」としみじみ語った。 ■ひとマチ点描■ロンドリーナから祝福に=松尾進蔵さん(95、二世) 佐賀県人会の創立60周年式典に、はるばるパラナ州ロンドリーナから駆けつけた。高齢者表彰の代表謝辞では、「田舎生まれの不学者」と謙遜しつつ、聖市まで祝福に駆けつけるほど会への思いは強い。 両親は1917、8年ごろ、モジアナ線ジャタイ耕地へ入植。松尾さんは20年5月に同地で生まれた。6年間の義務農年を終えた後、ノロエステ線アラサツーバ管内最古の日本人入植地、アグア・リンパ植民地へ。28年に5アルケールの土地を購入し、コーヒー農として独立するも、4年後に霜で全滅を経験した。 37年から移り住むロンドリーナでは、写真店や飲食店を営んだ。父・峰三さんは同地で、佐賀県人会の支部長を務めていたという。 記者には、「9月6日はアグア・リンパ入植百周年式典で待っていますよ」と声かけ。95歳にしてこの活動の幅の広さ、敬服に値する。(祐) ...
副島副知事ら慶祝団が来伯出席次の50年を視野に「還暦」祝い ブラジル佐賀県文化協会(西山実会長)創立60周年記念式典が、2日午前10時からサンパウロ(聖)市アクリマソン区の同県人会館で行われた。母県からは副島(そえじま)良彦副知事をはじめ、中倉政義県議会議長ら15人の慶祝団が訪れ、来場した会員約200人と共に節目の年を祝った。同協会は1946年に母体となる団体が発足。55年に現在につながる全伯組織「在伯佐賀県人会」が誕生した。66年には伯国慈善団体として登録され、「ブラジル佐賀県文化協会」に改称。81年に完成した同県人会館においては剣道や薙刀などの武道を通じ、日系社会に貢献して来た。 式典は秀島正幸同県人会副会長の開会の辞に始まり、日伯国歌斉唱、先亡者への黙とうを行った。 式典には飯田茂在サンパウロ日本国総領事館領事部長、野村アウレリオ聖市議、ウエダ・エドアルド聖市長代理、在アルゼンチン佐賀県人会の梅崎フラビア会長、本橋幹久県連会長、山下譲二文協第1副会長、尾西貞夫援協副会長が来賓として出席した。 西山会長が式典あいさつし、「会員、母県の多大な支援、協力、そして私たちを受け入れてくれたブラジル社会の親切さがあったからこそ、今日の私たちがある。先人たちに感謝し、この先50年を視野に入れた県人会の活性化と永続の再起点にしたい。日本とブラジルは関係深い間柄になるだろう。今後も日伯両国の懸け橋になるような人材を育成していきたい」と述べた。 副島副知事は「今までに4500人を超える本県出身者が海を渡り、過酷な労働条件や不慣れな環境の中でブラジル社会に貢献し、発展に尽力してくれた。現在は『人を大切に。世界に誇れる佐賀作り』をテーマに県政を行っている。佐賀には本物がたくさんある。皆さんが『ふるさと佐賀県』を誇れるように世界に発信していく」と祝辞を述べた。 中倉県議会議長は「小学5年生の時に友人がブラジルへ移住し、別れの言葉を代表として読んだことを覚えている。当時はブラジルと聞いてもピンとこなかった。今回彼を県人会関係者に捜索してもらったが、既に故人となっていた。皆さんは筆舌に尽くしがたい苦労をし、ブラジル国家の一員として貢献をしている」と敬意を表した。 その後飯田領事部長、ウエダ聖市長代理、本橋県連会長から祝辞、祝電披露、記念品の贈呈が行われた。 続いて歴代の県人会長4人が表彰され、江頭幸男顧問が代表して謝辞を述べた。また井上清氏には日本との重要な仕事をしたことが評価され、特別感謝状が贈られた。井上氏は病気療養中で欠席のため、秀島副会長が代理で受け取った。 高齢者表彰では、95歳の松尾進蔵氏が代表して授与された。 研修生として佐賀県に渡った久保カチア氏は、この日ポルトガル語での司会を務め、また留学生・技術研修生を代表し「これからも留学、研修制度を続けてほしい」とあいさつした。 最後に県歌「栄えの国から」を全員で合唱。閉会となった。 式典閉会後は祝賀会が開かれ、鏡割、ケーキカットの後、吉村幸之前県人会長の音頭で乾杯した。会場の会員らは県人会の60周年の誕生日を「パラベンス・パラ・ボセー」の大合唱で祝った。 祝賀アトラクションではまず藤間芳琴氏の鶴亀日本舞踊が披露され、続いて葉隠館門弟による剣道の型が発表された。同県人会館で練習している森田泰江師範と子弟による薙刀演舞、県人会婦人部による健康体操も披露された。慶祝団からは「赤トンボ」などの唱歌が歌われ、最後は「ふるさと」や「幸せなら手をたたこう」など3曲を婦人部と会場が一体となって合唱した。 15歳の時にブラジルに移住して来たという男性は「父が亡くなってから、県人会とは疎遠になっていたが、新聞記事を見て今日は来てみた。みんな笑顔で歌っていて良いね」と久しぶりの県人会行事を楽しんでいた。 休憩を挟んでサンバショーが行われ、慶祝団もサンバーダンサーと踊りブラジル流の式典を堪能していた。 2015月8月5日付
ブラジル日本都道府県人会連合会(本橋幹久会長)は、7月30日午後4時からサンパウロ(聖)市文協ビル内5階の同会事務所で7月度代表者会議を開いた。各県人会代表など37県が出席。7月度事業・会計報告後、第18回日本祭りの反省点及び第19回日本祭りについて議論された。 本橋会長は、「皆さんの献身的な努力の甲斐あって、第18回日本祭りを大きな事故もなく終えることができました。しかし、喜びの余韻に浸りきれない事情もある」と述べた。 第18回日本祭りの売上について山田康夫実行委員長は「県連としては赤字だが、各県人会は黒字」と説明。開催中日(土曜日)には大雨に見舞われたこともあり、心配された入場者数については約15万人と「少し残念な結果となった。昨年と比較し、金曜日はほぼ同数で、日曜日に土曜日の巻き返しを図ったが昨年の18万人には届かなかった」と話した。 また、県連はイベント会社「GL events」マーケティング担当のウィリアン氏に依頼し、同祭に対する専門家としての意見を求めた。実際に同祭を視察したウィリアン氏は郷土食ブースについて、マーケティング戦略不足を指摘した。 例えば、「ブラジル人は、安全のために現金をあまり保有しないにも関わらず、なぜクレジットカード払いに対応していないのか」「なぜ全体で食券購入式にするなどして、一括で管理しようとしないのか」「なぜ偽客(サクラ)を置いてでも、列を作ろうとしないのか」「なぜ郷土食の値段がリベルダーデ駅周辺の飲食店より高いのか。家族連れを想定した場合、駐車料金を含めると割に合わない」「なぜ1カ月のうち給料日直後の財布に余裕がある期間ではなく、余裕のない時期に開催したのか」など改善点を述べた。 山田実行委員長は「第19回に向けて、県人会員らの協力が不可欠」と主張し、各県人会へ意識改革の必要性を訴えた。 同時に山田実行委員長は、「各県人会が自分たちの利益のことばかり考え、好き勝手なことばかり言うのなら、日本祭りなど開催しない方が良い。それは、県連の崩壊を意味するが、プロ意識もなく漫然と続けても将来はない。仮に場所代などの費用が高騰していく場合でも、スポンサーを見つければ問題はない。存続のためには、全県人会が一つになって情報を共有し、売るための工夫をし、顧客の満足度を上げることが必要不可欠」と強調した。 2015月8月5日付
