07/03/2026

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ニッケイ新聞 2015年2月4日 日伯外交関係樹立120周年記念事業ブラジル実行委員会(梅田邦夫委員長=駐伯日本国大使)は2日、在聖総領事館で第4回会合を行なった。構成員の日系5団体ら約20人が出席した。会議後に梅田大使、福嶌教輝在聖総領事、山元毅(つよし)在リオ総領事が会見し、目玉企画の花火大会と展示会開催の進捗状況を伝えた。また記念事業の一つに、日本館の改修工事も含まれることが決定した。 福嶌総領事によれば、今月の聖市サンバカーニバルに参加するために服飾デザイナーのコシノ・ジュンコさんが来伯し、その後に花火大会の打ち合わせや候補地を視察するという。下旬に詳細を詰めるといい、「9月開催の方向は変わらないが、場所や規模は未定。コシノさんの演出の仕方次第で決まる部分もある」と補足した。ウジミナス、セラード開発などの日伯共同事業展示会は今月27、28日、ミナス・ジェライス州都ベロ・オリゾンテで行なわれる日本祭りが皮切りとなり、ベレン、ブラジリア、サンパウロ(県連日本祭り)、リオ、マリンガ、クリチーバの7カ所を巡回する。サルバドール、レシフェ、ポルト・アレグレ、麻州、南麻州でも開催したい意向だ。今回新たにイビラプエラ公園内の日本館改修が記念事業に加わることに決まった。以前から木多喜八郎・文協会長が福嶌総領事に要請しており、今会議で正式に承認された。これまで自費で改修を請け負ってきた中島工務店(本社・岐阜)が5月に行なう作業に、約800万円を充てる。梅田大使は「コロニアにとって非常に重要な文化財」と強調し、全会一致で賛同を得たと報告した。これら3事業の予算総額は200万レ。花火大会のみで165万ほど計上している。ルアネー法などを通じ、約45社から140~150万レの寄付が内定している。リオ総領事館では独自の記念事業を進めている。山元総領事は「女性指揮者の第一人者である西本智実さんを招き、日伯友好音楽祭を7月末に市立劇場で、またリオ植物園内の日本庭園(清苑)の改修・整備を行なう」と明かした。13万レ強の経費が寄付などにより集められている。その他、親善大使の要請や移民百周年マスコット「チカラ」「ケイカ」の使用手続きを進めており、海上自衛隊練習艦隊は国内3、4カ所に寄港する方向で調整中。梅田大使は「ジウマ大統領の訪日と、皇室のご来伯もぜひ実現させたい」と話し、要人往来に意欲を見せた。   120周年ロゴ作成者=「日本文化に誇りもつ」 外交120周年委員会の会議後には、応募数80の中からロゴマーク最優秀作品に選ばれたブルーノ・ヒトシ・テルヤさん(27、三世)=グアルーリョス在住=が表彰された。06年末と07年末に数カ月間、日本でアルバイトした折、広島の平和記念公園を訪れた。そこで折鶴が平和の象徴であることを知り、そこから発想をえた。応募理由を「日系人として日本文化に誇りを持っているから」と説明し、120周年の成功を祈念した。
日伯協力の工場設立も視野に 兵庫県漁業協同組合連合会(JF兵庫漁連、山田隆義代表理事会長)から昨年に続き、突々淳(とっとつ・きよし)参事ら関係者が来伯した。今年は、サンパウロ(聖)市での日本産海苔(のり)のPR、販売調査に加え、ブラジルでの焼き海苔加工についてパラナ州で説明会を行う予定だ。5年前に初めてブラジルを訪れて以来、当地での海苔販売を目指して調査を行ってきた同漁連。日本食需要の高まりを受けて今回は昨年以上の好感触を得ているといい、加工工場設立への出資にも期待を寄せる。 来伯したのは突々参事ほか、同漁連の多田義治顧問、藤澤憲二・のり海藻事業本部次長と株式会社グローバル事業開発研究所の中野正也代表取締役。2日に着伯し、聖市を中心に輸入販売業者やレストラン等でPR・調査を行った後、来週にかけてパラナ州クリチバとパラナグアで説明会を開催する予定だ。 同漁連は5年前に農林水産省から委託され、三菱総合研究所と初めてブラジルの市場調査を実施した。しかしこの時は、市場の大半を占める中国産海苔と日本産高級海苔の価格差が5倍以上になることから断念。その後、中国産海苔の価格が上昇したことから、昨年再び調査に来伯。品によっては価格差を抑えて勝負できるとの判断で、輸出に向けた検討を続けてきた。兵庫県人会(尾西貞夫会長)も日本祭りで1度、その後も青葉祭りで紹介するなど協力している。 現在ブラジル国内で販売されている海苔の9割以上は中国産で、それに続くのが韓国産。日本産は販売価格がやや高くなるが、着聖後に訪ねた地場日系 企業からは「希望者はいるので、チャンスはある」と好感触が得られたという。「日本産とはっきり書けば可能性はある」と、パッケージについての話も出たそ うだ。「日本食のレストランも差別化の志向が出てきた」。一般のスーパーからも「もっとブラジルの人に本当の日本食を伝えたい」との声があったという。 さらに、今回の来伯の目玉と位置づけるのが、ブラジル国内での焼き海苔加工。同漁連が原料となる干し海苔を輸出、加工機械や技術面でも協力する形で、今後 ブラジル側で工場に出資するパートナーを探す考えだ。「希望者がいれば、日本に持ち帰って前向きに検討したい」と突々参事は話す。 今年はパラナ州と兵庫県の姉妹提携45周年のほか、修好120周年、パラナ日本人入植100周年、ブラジル兵庫県人会55周年などの節目の年。また、パラ ナグアと同県淡路町が姉妹都市提携を結んでいることから、同州での説明会開催が決まった。原料の干し海苔や加工の流れ、ビジネスの可能性まで幅広く説明す る。多田氏は、恒例のパラナ州経済ミッション訪日に加え、今年は兵庫県からの訪伯も計画されていることに触れ、人の交流に加えて「産物交流」の重要性を挙 げる。 多田氏によれば、ブラジルで年間に消費される海苔(全形)は推計1億5000万枚。「その100%が輸入というの は珍しいこと。安く供給することで付加価値がブラジルに落ちるメリットもある」。突々参事は、「(船で)赤道を通ると風味を保つのは難しい。ぜひ、焼きた ての海苔を供給したい」と意欲を見せた。 同漁連訪問団に関する問い合わせは兵庫県人会(電話11・3207・0025)まで。...
ロゴマーク作成のブルーノ氏表彰も 昨年8月に発足した「日ブラジル外交樹立120周年記念事業ブラジル実行委員会」(委員長=梅田邦夫在伯日本国大使)の第4回会議が、2日午後2時からサンパウロ(聖)市ベラ・ビスタ区の在サンパウロ総領事館3階多目的ホールで開催された。会議では、寄付金を募って実施する「120周年記念特別事業」として、日伯友好花火大会、日伯共同プロジェクト巡回展覧会に加え、新たに聖市イビラプエラ公園内日本館の改修を実施することが決定。また、120周年のロゴマークを作成したブルーノ・テルヤ・ヒトシさん(27、3世)の表彰も行われた。 この日の会議には、梅田大使、福嶌教輝在聖総領事、山元毅在リオデジャネイロ総領事、文協、援協、県連、日伯文化連盟(アリアンサ)、商工会議所、国際交流基金、JETRO、JICA、JBIC、日伯文化社会統合協会代表らが出席した。 会議後に邦字紙へ概要を説明した梅田大使、福嶌総領事、山元リオ総領事によると、第4回会議では主に(1)寄付金の現状報告(2)特別事業(=花火大会、巡回展覧会)に関する説明(3)イビラプエラ公園内日本館の改修を新たな特別事業として追加(4)リオ独自の特別事業の4点に関して検討が行われたという。 (1)は、目標額の200万レアルに対し、2日現在、45社から120~150万レアルの寄付金が集まっていると報告。 (2)のコシノ・ジュンコ氏プロデュースの花火大会は9月に開催するが、場所は未定。今月中旬に同氏が花火技師を連れて来聖する際に候補会場を視察し、今月後半にそれを踏まえた新たな発表が行われる。 巡回展覧会は、今月27日から開幕するミナス・ジェライスの日本祭りを皮切りに、ベレン、ブラジリア、サンパウロ、リオ、マリンガ、クリチバでの開催が決定。サルバドール、レシフェ、ポルト・アレグレ、マット・グロッソでの開催も検討中。 今回の会議の目玉となった(3)は、イビラプエラ公園内の日本館を管理する文協の木多喜八郎会長の要請を受けた福嶌総領事が、東京本部とのやり取りを経て 今会議で提案。会議に出席した関係者によると、日本館改修は「もし(寄付)金が余ったらという場合に」行われるとの説明があり、反対意見も無く決定したそ うだ。 梅田大使は日本館改修の意義について、「(日本館は)日本の顔。皇族や総理が来られても行かれる。きちんと維持するのが日本政府としても重要。日系社会にとっても間違いなく重要なことで、皆で力を合わせて改修に協力しようとなった。非常に良い提案を頂いた」と説明した。 予算は日本円で約800万円(約18万レアル)を予定し、今年5~6月ごろに岐阜県の中島工務店の職人11人が改修を行う。なお、特別事業追加による寄付 金の目標額変更等について梅田大使と福嶌総領事は、増やす必要性と「規模が未定の花火大会次第」との考えを示している。 (4)では、リオ独自の特別事業として「日伯友好音楽祭」「日本庭園改修」を実施し、13万レアル強の寄付金目標も目途がつきつつあると発表。音楽祭は今 年7月末に世界的指揮者の西本智美氏を招き、会場となるテアトロ・ムニシパル(市立劇場)のオーケストラとの共演を予定している。 また、実行委員会終了直前には、「折り紙の鶴」をモチーフにした120周年のロゴマークを作成した聖州グアルーリョス市在住のブルーノさんの表彰が行われ、梅田大使から表彰状が手渡された。 ブルーノさんは表彰式後の取材に対し、「日本文化に関心があり、子供のころから日系人であることに誇りを持っていたので応募しようと思いました。作品が選ばれたと聞いた時は本当に驚いた。表彰していただき、うれしいです」と喜びを語った。...
再来年は創立100周年 ブラジル福島県人会は、1月25日午前10時半からサンパウロ市リベルダーデ区の同会会館で2015年度定期総会を開催した。今年は役員改選が行われ、現職の永山八郎会長が再選。永山会長は、再来年の県人会創立100周年に向けた準備とともに、より多くの青年が参加する会作りに意欲を見せた。 総会は午前10時半に開会。永山会長は冒頭のあいさつで、「会員を辞められる方が多く、年々会が寂しくなっている。どこの会でも大きな問題だが、再来年は県人会創立100周年という大切な年。それを契機に一丸となっていきたい」と述べ、協力を呼び掛けた。 昨年は定例行事のほか、3月に宮城、岩手両県人会と東日本大震災から3年の追悼式を共催。5月には、講演で来伯した同県人の田母神俊雄元航空幕僚長が同会のラーメン祭りを訪れた。8月末に母県で海外県人会サミットが開かれ、永山会長が参加。喜多方市のラーメン協会から丼の寄付もあった。収支は約12万レアルで、今年の予算は約11万レアル。 会長による海外県人会サミットの報告も行われた。世界10カ国から18人が参加。震災からの復興状況を聞き、避難者らが活動する工房や、桃農家、 現在も避難生活を送る人たちなどを訪ねた。会長は、桃が順調に売れるようになったという農業者や、一日も早く故郷に戻りたいと願う避難者の声を振り返っ た。ブラジルの人たちにも福島の状況を話してほしいと要望してきたという。 役員改選に先立って提出された候補者名簿は一つで、出席者の拍手により承認。新役員がそれぞれ抱負を述べた。 第1副会長の門馬ルイス氏は、「時代が変わってどの会でも問題はあるが、県人会はただの集まりでなく、重要なもの。親父たちの故郷を守りたい。20年先、50年先のことを考え、次の時代を作らないといけないと思う」と述べ、より多くの青年の参加を呼び掛けていた。 最後に、昨年100歳を迎えたモジ・ダス・クルーゼス市在住の県人2氏へ県知事からの賞状と記念品を伝達。小島友四郎同支部長が代理で受け取った。その後は新年会へ移り、約60人の出席者で懇談した。 会では再来年の100周年に向け、2月に委員会を立ち上げる考え。2期目となる永山会長は、「留学や研修でブラジルから150人くらいの人が福島でお世話 になっている。そういう人たちにぜひ、100周年に参加してもらい、日本に対してのお礼をしないといけない。そして、会の将来を若い世代に引き継ぎたい」 と語った。 ◆新役員2015、16年度役員は次の通り(敬称略)。 会長=永山八郎。第1副会長=門馬ルイス、第2同=三木アメリコ、第3同=三塀国昭、第4同=坂田稔。第1会計=坂内ゆりか、第2同=桜井はるお、第1書記(ポ語)=滝内まゆみ、第2同(日語)=遠藤勝久。総務=大竹輝和。 2015年2月4日付
ニッケイ新聞 2015年2月4日 公益財団法人「国際環境技術移転センター(ICETT)」地球環境部の中丸寛仁(ひろひと)事業管理員とコーディネーター岸和田仁(ひとし)さん(一般社団法人・日本ブラジル中央協会理事)が2日から5日間、現地視察に来聖している。13年の州県姉妹提携40周年の折、アウキミン聖州知事と鈴木英敬(えいけい)知事が産業振興に関する覚え書きに署名した。それを具体化させるため、技術移転に実績を持つ同センターが担当することになった。同センターは三重県四日市市に90年に設立されたNGOで、6、70年代に問題となった公害問題への反省から関連企業などが資金を出し合って設立したもの。現在までに2千人以上の外国人を受け入れて、環境保全技術の移転研修を行っている。うちブラジル人としては、三重県と姉妹州県である聖州政府職員など130人が利用しており、国別では5位という。中丸さんは「三重県在住のブラジル人は1万人ぐらい。鈴鹿市役所勤務時代に多文化共生の仕事をし彼らと親交があった」とのべ、これを機に州県の絆を広めたい意向という。聖州工業連盟環境部、聖州投資競争促進局、聖州環境局長、聖州環境衛生技術公社総裁、聖州水道局、聖市都市ゴミ自動選別解体センタープロジェクト代表者らに加え、サントス下水処理施設やクバトン公害の現状視察などを行なう。岸和田さんは「今回要望を聞いて持ち帰り、三重県が誇る環境技術を持つ地元企業とすり合わせしたい」とのべた。
今年7月24~26日に行われる「第18回フェスティバル・ド・ジャポン」において郷土食コーナーの出店料が上昇するにあたり、ブラジル日本都道府県人会連合会(本橋幹久会長)は各県人会および関係団体を招集し、費用等に関する説明会を28日午後2時からサンパウロ市ビラ・マリアーナ区の栃木県人会館で開催した。 今年の会場が屋内となることから、食ブースの経費増大は以前から想定されていた。当日は各県人会の関係者など約80人が出席。山田康夫同祭実行委員長、市川利雄同副委員長により説明が行われた。 説明では、①各ブース代は昨年の2000レアル(電気代込み)から3500レアル(電気、ガス代別)になること、②今年から屋内会場となるにあたり、揚げ物や匂いの強い食品(=焼きそば、お好み焼き、カレー、餃子など)を扱うには換気扇が必要(うどんなどは不要)となること、③換気扇は大小2種類あり、費用削減には鉄板や鍋をできるだけ近づけるなどレイアウトの工夫が必要なこと、④焼くと煙の出る魚や肉は屋外の焼き場を使う必要があるが、例年のようにブース場所の優先権はないこと、などを確認。 それらを踏まえ、各ブースは横幅7メートル奥行き5メートルとなることも多数決で決定した。 参加者の中からは、「ガス代や換気扇代を削減するためには、鉄板の数を減らしても間に合うような手早い調理法を知恵を出し合い考える必要がある」といった提案がある一方、「県連の利益から各県人会への還元はないのか」という意見も出た。これに対して山田委員長は、次回の開催に向けた県連の財政強化が必要との考えを述べ、還元については否定的な見方を示した。 ◎ 翌29日午後4時から行われた県連の1月度代表者会議でも、費用に関して同内容が確認された。参加・不参加の意思表示は2月13日まで。実行委では、参加の場合はブース代を早めに前払いするよう呼び掛けている。 2015年1月31日付
「東京を愛する人」等80人が参加 東京都友会(坂和三郎会長)は25日午前10時から、同会創立50周年、東京都・サンパウロ(聖)州友好25周年、日伯外交関係樹立120周年を記念した祝賀新年会を、サンパウロ市リベルダーデ区のニッケイパレスホテルで開催した。「東京を愛する人」なら誰でも参加できる同会には東京都出身者以外の人も多く集まり、約80人で盛大に節目の年を祝った。 1908年の第1回笠戸丸移民に始まる東京都出身のブラジル移住者は、これまで延べ8468人を数える。同会が設立されたのは65年11月3日。日本の「文化の日」で、同年9月に海上自衛隊の練習艦隊4隻がサンパウロに立ち寄った際、各県人会で歓迎会を開くため集まったのがきっかけ。当時、乗員1200人のうち、96人が東京都出身者だったといい、現在同会の名誉会長を務める多羅間俊彦氏が中心となって設立した。 東京都と聖州の友好協定は、90年6月13日。当時の鈴木俊一東京都知事とオレステス・クエルシア聖州知事がバンデイランテス聖州政庁で締結の署名を交わしたことに始まる。 ◎ 祝賀新年会では、先亡者への黙とう、日伯両国歌斉唱に続き、坂和会長が前述の歴史を振り返りながらあ いさつ。「素晴らしい年が重なりました。東京都友会は多くの皆様に支えられ、協力を得て今日に至りました。この祝賀会を皆様と共に次への飛躍としていけた ら」と力強く述べた。 続いて舛添要一東京都知事からの祝辞を坂和会長が代読。50周年を迎えた喜びと移民の努力に敬意が表され、東京都・聖州友好25周年や、来年のリオ五輪などを契機に「ブラジルと東京都の交流がさらに深まることを期待する」と伝えられた。 来賓からは、福嶌教輝在聖総領事、野村アウレリオ市議、羽藤ジェオルジェ市議、安部順二連邦下議からそれぞれ祝いの言葉が述べられた。 また、福嶌総領事に対して連邦議会ブラジル日本議員連盟会長の安部下議から、日伯の友好と交流に尽力したとしてその功績を称える感謝状を贈呈。福嶌総領事 は、「この感謝状は私だけのものでなく、総領事館や日本政府のもの。総領事館はブラジルの日本人のために働いて今年で100周年。とても意味のあるもの」 と謝辞を述べた。 続いて東京都友会の留学生研修生OB代表の大沼潤さんがあいさつ。同会では1967年~2003年まで 計69人が留学制度で、89年から03年まで計26人が研修制度で東京へ渡っており、「参加者全員の人生がより豊かなものになった」と各方面への感謝を述 べ、「留学、研修制度は教育を通してチャレンジを可能にするもの。復活させる必要がある」と希望を語った。 その後は、毎...
一般の若手参加も呼び掛け 昨年10月に長崎市を訪問し、2013年の創立50周年を記念して長崎伝統芸能の「龍(じゃ)踊り」の龍を寄贈された長崎県人会(栗崎邦彦会長)は10日、練習用の龍体を完成させた。県人会は同時期の訪日時に、長崎女子高校のメンバーから龍踊りの手ほどきを受けており、今年6月の文協コロニア芸能祭での初舞台に向けて、2月から本格的な稽古を行う。 長崎県人会では「龍踊り委員会」(川添博委員長)を創設し、婦人部(和田佐代子部長)、青年部(宗像アレシャンドレ部長)の協力を得てサンパウロ市ジャバクアラ区の旧会館で練習用龍体の制作を行い、10日に完成させた。 龍踊りは元々、「五穀豊穣」を願う中国の神事に始まったもの。雷雨を呼ぶと信じられている龍を巧みに舞わせる踊りで、中国からの渡来人が多かった長崎にも伝わり、唐人屋敷に住む唐人から手ほどきを受けた日本人によって独自の発展を遂げ、300年以上の歴史を持つという。 実際の龍踊りは、龍が追う玉を持つ「玉使い」1人と、龍体を操る「龍衆(じゃしゅう)」10人と、銅鑼(どら)やラッパなどを奏でる楽隊十数人で構成される。 川添委員長は練習用龍体の制作について、昨年8月から準備を進め、同12月から組み付け作業を行ってきたと説明。「どんな作り方か分からず手探りで作ったので、まだこれから実際に(練習用龍体を)使ってみて不都合なところを修正していきたい」と話している。 龍踊りの龍は長さ20メートル、重さが120キロもある。オリジナルの「龍頭(じゃがしら)」は15キロの重さだが、「最初から15キロの重さの龍頭では、とても振り回せない」(川添委員長)とし、練習用の龍頭は約10キロと軽くしている。 2月から始まる稽古では最初に10人の龍衆が持つ「棒」の使い方や足の運び方などを練習し、その後、実際の龍体を使って少しずつ重さに慣れるようにしていくという。 現在の旧会館では天井が低いため思うように動きにくく、人数的にも県人子弟だけでは十分とは言えない状況だ。川添委員長は今後、セイネン文協や ASEBEX(留学生OB会)など県人子弟以外の若手メンバーにも広く参加してもらい、6月の文協コロニア芸能祭での初舞台に向けて、練習用の場所提供を 文協側に求めていく考えを示している。 なお、昨年10月に「龍」とともに長崎市から寄贈された路面電車が、いつブラジル に到着するかは現在のところ未定。路面電車の寄贈は、中井貞夫サントス市議(元同市議会議長)の発案で実現し、サントス側ではルイス・ギマランエス観光局 長が中心となって受け入れ準備を進めている。 龍踊りに関する問い合わせは、長崎県人会(電話11・3203・0949)か、川添委員長(11・4828・3611)まで。 2015年1月28日付
ブラジル岩手県人会の2015年度定期総会が18日午前、サンパウロ市リベルダーデ区の同県人会館で開かれた。役員改選では新たな会長立候補者が現れず、千田曠暁会長(73)の続投が出席者により承認された。 開始時点で19人が出席。多田マウロ副会長が議長を務めた。千田会長は「昨年は日本との交流もでき、役員会で提案のあった新事業もできるだけ取り組んできた。会員がいてこそ活動ができる。お陰で何とか一年を切り抜けることができた」と振り返った。 2014年は、わんこそば祭りなど例年の行事のほか、母県岩手日報社へのサッカー・ワールドカップ関連の記事寄稿、同社の記事を転載した「ふるさと岩手だより」発行など新たな交流も生まれた。多田副会長による、青年を対象にした日本語会話教室も再開した。 昨年の収支は約14万レアル。会費、母県補助金のほか、カラオケダンスが始まるなど会館賃貸も順調だった。今年は定例行事のほか、8月にパラグア イ・ピラポ移住地55周年式典への参加を予定。予算は14万レアルを計上、新規事業も行いたいとして会員からの提案を呼び掛けた。各種報告・計画案ともに 承認された。 役員改選には事前の会長立候補者がなかったが、千田会長は改めて新会長への引継ぎを要望。仕事等で会長職を 引き受けられない事情があることに理解を示しながらも、「若い人たちに受け継いでいただきたい。留学・研修OBであれば、日本語も分かり、県との関係もあ る。そういう人に入ってもらい、会を盛り上げてほしい」と希望を語った。 最終的に立候補者はなく、千田会長の続投が決 まった。9期目となる千田会長は、「次の会長を育てる責任があり、無責任なことはできない。今までやってきた人、新しい人と相談しながら新しい理事会を作 り、その中で色々な人が出てくるのを待ちたい。元気なうちは皆さんと支えあいながら2年間やっていきたい」と述べた。 総会終了後は新年会に移り、出席者一同で乾杯。ミナス・ジェライス州から訪れた会員もおり、約50人で今年最初の行事を楽しんだ。 2015年1月23日付
ニッケイ新聞 2015年1月27日 ブラジル日本文化福祉協会、サンパウロ日伯援護協会、ブラジル日本都道府県人会連合会など日系35団体共催による『日系議員の当選祝賀会』が2月6日午後7時半から、文協ビル貴賓室(Rua Sao Joaquim, 381)で開かれる。会費80レアル。聖州選出の下院議員及び州議員の当選を祝う。申し込みは2月3日までに文協(11・3208・1755、event@bunkyo.org.br)まで。
ニッケイ新聞 2015年1月27日 ブラジル東京都友会(坂和三郎会長)が25日昼、聖市ニッケイパラセ・ホテルで『創立50周年記念祝賀新年会』を行ない、約100人が集った。東京サンパウロの姉妹州都締結25周年と日伯外交関係樹立120周年もあわせて祝った。今回は舛添要一都知事の参加は叶わなかったが、来年のリオ五輪の次が2020年東京五輪であり、同知事の来伯に期待が高まっている。 先没者への黙祷、両国国歌斉唱の後、坂和会長があいさつに立った。「東京五輪のためのリオ下見などを目的に、舛添都知事のブラジル訪問も実現するのでは。将来への飛躍を願いお祝いしましょう」と幕開けを告げた。舛添都知事の祝辞も「三つの節目に加え来年はリオ五輪も行なわれる。これらを契機に、更なる交流活発化に期待」と代読された。野村アウレリオ、羽藤ジェオルジの両聖市議、安部順二・元連邦下議も祝辞を送った。福嶌教輝・在聖総領事は「リオ五輪に向けて都知事が何度か来られるよう調整中。都友会からもぜひ歓迎の声を挙げて」と来伯実現にも言及した。89年に都立大法学部で学んだ大沼潤さん(50、二世)が、留学生OB代表として04年に途絶えた制度復活を願い、藤間流による祝賀の舞、ケーキカット、鏡割りが行なわれ会食に移った。乾杯の発声に立った多羅間俊彦名誉会長は「25年前の鈴木俊一都知事来伯時は会も活性化した。舛添さんにも五輪関連で来伯して頂きたい」と強い期待感を込め、「我々の役目は終わろうとしている。次世代に引っ張ってもらいたい」と若者の台頭を願った。モジ在住の興津正治さん(80、東京)は45年3月の東京大空襲で浅草の家を失った。「東京で小学3年生まで過ごし宮城に疎開した。その時代の話をできる人がいないね」と時代の移り変わりを惜しんだ。同会は記念誌を編纂中で、元パ紙記者の赤木一成さん(78、熊本)が執筆中だ。援協50周年誌にも携わった同氏は、「都民の先祖を辿れば多くは地方出身者だが、(初代文協会長の)山本喜誉司など優秀な人材を多く輩出している」と称えた。今式典の項目を書き加え、すぐに刊行することを目指している。都友会は65年11月3日の創立総会をもって結成された。本格的な組織作りは同年10月ごろ、戦後初の海上自衛隊の練習艦隊4隻を歓迎する県別組織が母体となった。都出身者の先駆けは笠戸丸移民の茨木友次郎(本門仏立宗日水上人)、妻・チヨ、弟・信太郎の3氏という。会員は現在約150人。90年6月13日にはサンパウロ州政庁(バンデイランテス宮殿)で、オレステス・ケルシアと鈴木俊一両知事による姉妹友好提携が結ばれた。以来25年間、都知事来伯はない。
ニッケイ新聞 2015年1月22日 日本政府が世界6都市で設立を進める広報文化施設「ジャパンハウス」(仮称)の現地調査のため、外務大臣政務官の薗浦健太郎・衆議院議員(42、香川)が来伯した。聖市文協で20日午後、現地報道陣の取材に応じ、設置候補地の視察、日系人らとの意見交換会を振り返って、「設立に向け関係者から運営協力を得られた」と滞在の成果を報告した。 「日系人からジャパンハウスに対する期待の高さを感じた。また外交樹立120周年という記念すべき年に、日伯関係の交流親睦の一躍を担えたことも光栄」とのべ、日系の議員、企業関係者らと懇談した結果、「運営に対する各所からの協力を得られることができ、有意義な出張となった」と総括した。イビラプエラ公園内の日本館を訪問、慰霊碑も参拝した。両国関係については「改めて日本とブラジルの関係の深さ、歴史の長さを認識。さらなる関係強化を図らなければならない」との実感を口にした。滞在は19、20日のみの2日間だったが、パウリスタ大通りで2、3カ所、聖市文協、ピニェイロス区のエルドラド・ショッピングセンターなど全部で5、6カ所を視察。開設地は帰国後に協議を進めるという。「東京の政治家や役人だけで決めてしまうと間違いなく失敗する」という理由から、「ロンドン、ロス同様、サンパウロにもアドバイザリーボード(顧問委員会)、運営会議のような機関を設ける」と明言した。「そこから出てくる意見を最大限に尊重させながら運営していく」と話し、第三機関として機能させたい意向だ。「日本政府側が広報したい部分と、現地側が知りたい日本をすり合わせる。日本から一方的に発信していくことは避けたい」と答えた。同会議の構成員は日本を良く知る人物や日系人らになるという。今回の訪伯で「ロベルト・ロドリゲス元農務大臣、USP前学長のジョアン・グランジーノ・ローダス氏などにご快諾を頂いた」と明かし、「日系企業、商工会議所の方々にも入って頂く」との見通しを語ったが、文協などいわゆる日系団体御三家の名前は、今の段階では挙がらなかった。16年内の開設を目指しているが、予算が確定していないため、運営団体を決める公示・入札時期は現在未定。「時期が来たら在聖総領事館から広報していただく」と話し、具体的な開設時期に関しても「いつになるかは確約できない」と答えるにとどまった。■   ■この日は文協で飯星ワルテル連邦下議、元連邦下議の安部順二氏、連邦下議に繰り上げ濃厚なウィリアン・ウー氏、羽藤ジョージ聖州議らと意見交換を行なった。文協の木多喜八郎会長、呉屋春美、山下譲二両副会長も同席した。文協ビルも視察し、史料館、消防法に準ずる屋根の改修工事を行なう大講堂、4階の裏千家教場「伯栄庵」を訪れた。案内した木多会長によれば「政務官は深く感心していた」という。意見交換会の内容は明かさなかったが、「東京に持ち帰り日系社会の存在感を伝えてほしい。建設60年を誇る日本館に負けない立派な文化施設を期待している」と願った。
ニッケイ新聞 2015年1月22日 日本文化庁の「文化交流使」として来伯中の薩摩琵琶演奏家・櫻井亜木子さん(38、東京)が19日昼、聖市リベルダーデ区の熟年クラブ連合会会館で演奏会を行なった。熟連の五十嵐司会長が歓迎のあいさつに立ち、「日伯外交樹立120周年の幕開けをお祝いする行事です。三味線、琴以外の極めて珍しい演奏会。素晴らしい音色を拝聴し勇気を頂きましょう」と、約80人の聴衆に呼び掛けた。櫻井さんは琵琶の起源や種類、同楽器の伴奏に合わせて語る平曲「平家物語」との関係性を説明し、「白虎隊」、自身の楽曲「桜島」、童歌「とうりゃんせ」「かごめ かごめ」で観客を楽しませた。「平家物語」も披露し、有名な冒頭「祗園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり―」という一節も披露した。事前の要望で鹿児島県生まれの関係者から「西郷隆盛」もリクエストされ、「出身者が目の前で聞いて下さるとあって、気持ちが引き締まった。でもちょっと緊張した」と胸をなでおろした。父が鹿児島生まれという松島節子さん(77、二世)は「プロによる演奏を初めて聴けて感動的だった。聴き慣れた童謡まで弾いてもらえて良かった」。筝曲宮城会の長瀬玲子会長は「琴とは違って音色に幅がある。生の演奏を聴いて胸にビンビン響いた」と感激した様子を見せた。開催に協力した鹿児島県人会の松村滋樹副会長は「薩摩琵琶を聴ける機会なんてめったにない」としみじみ語り、「熟連は一世ばかりだから多くの人に喜ばれた」と盛況ぶりに一安心した様子だった。◎   ◎聖市での公演はこの日が最終日。商議所の新年会、サンパウロ日本人学校、モジ文協、憩の園など計10公演で約千人を動員した。9日間の滞在を終え、「移民にとって日本は遠い記憶の存在かと思ったが、そうではなかった」と語り、コロニアに根付く日本文化に感激した様子を見せた。「日系の子ども達の前で演奏を始めたら、スッと姿勢を正して黙って聴く姿が印象的だった。浴衣を着て邦楽器を弾くという、いかにも日本らしい姿を見て、何か感じるものがあったのだと思う」との喜びを口にした。
震災経験語り継ぐことの大切さ 死者6434人、行方不明者3人、負傷者4万3792人を出した阪神淡路大震災から17日で20年となり、ブラジル兵庫県人会(尾西貞夫会長)は、同日午前10時から物故者追悼法要をサンパウロ(聖)市リベルダーデ区の宮城県人会館で執り行った。法要には兵庫県出身者をはじめ、福嶌教輝在聖総領事館総領事、日系3団体代表ら約80人が訪れ、犠牲者の冥福を祈った。 1995年1月17日午前5時46分52秒、淡路島北部(あるいは神戸市垂水区)沖の明石海峡を震元とするマグニチュード7.3の大震災が発生し、兵庫県を中心に近畿地方一帯で大きな被害がもたらされた。 それから20年が立った17日、ブラジル兵庫県人会は物故者追悼法要を菊池顕正ブラジル仏教連合会会長(東本願寺南米開教監督)を導師に執り行った。 はじめにあいさつに立った尾西会長は、「ブラジル兵庫県人会が主催する法要は今回で2回目ですが、改めて亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。被害に遭われた方のご心労をお察し申し上げ、また、昨年亡くなられた当時の県知事でご苦労なされた貝原俊民氏のご冥福をお祈りいたします」と述べ、続いて1分間の黙とうが捧げられた。 追悼の辞では、井戸敏三兵庫県知事からのメッセージが山下亮ブラジル兵庫県事務所(パラナ州クリチバ市)所長によって代読され、「内外からのご支 援や励ましを頂きながら懸命の努力を重ねて兵庫は不死鳥フェニックスのように蘇ることができました。今後とも私たちの経験と教訓が世代や国境を超え、安全 安心な社会の実現につながっていくことを願います」と伝えられた。 また、兵庫県出身で震災時には同県に祖父母や両親、親 戚が住んでいたという福嶌総領事は、「(当時のメキシコ駐在から)帰国後は近所の風景が相当に変わっていて、震災のすさまじさを極めて身近に感じました。 今我々の使命は、その経験を語り伝え、日本を含め世界各地で頻発する自然災害での多くの悲しみや困難をこれらの知恵を集め、技術を向上させ、力を合わせて 乗り越えていくこと」と、追悼の辞を述べた。 その後は、読経の中、参列者たちが焼香し、犠牲者の冥福を祈った。 震災当日、兵庫県尼崎市の自宅で被災し、一時部屋に閉じ込められたという曽我部威さん(80、山形)は、「テレビが床に落ちてきて目が覚め、何十秒かの揺 れが何分にも感じられました。潰れたビルや倒れた高速道路を見た時は終戦を思い出すほどゾッとした」と被災時の様子を振り返り、神妙な面持ちで焼香してい た。 神戸高校出身で1959年にブラジルへ移民してきた八木静代さん(78、大阪)は、「震災の7年後に母校を訪れた際...
リンス熊本県人会(安永和教会長)主催の忘年会が12月21日、サンパウロ州プロミッソン市ボンスセッソ区の安永会長の自宅で開かれ、会員や一般など約180人が出席した。 当日は午前9時に集合し、同11時に開会。安永会長のあいさつに続き、「移民の父」上塚周平氏の七十九回忌及び先亡者の御霊(みたま)に対して1分間の黙とうを行った。 また、81歳を迎えられた今上天皇陛下の誕生日を祝し、伯日両国国歌を斉唱。引き続き、80歳以上の高齢者に対して蒲島(かばしま)郁夫熊本県知事からの感謝状と記念品が授与された。 記念撮影の後、正午から忘年会が開かれ、安永会長の父親の忠邦さん(93、2世)が乾杯の音頭を取った。 さらに午後1時からは第2回紅白歌合戦も開催され、約40人が出場。今回は紅組が勝利した。 最後は全員が輪になって「蛍の光」を合唱。2015年に向けたさらなる健勝を誓い合った。 2015年1月17日付
福島県人会(永山八郎会長)は25日、午前9時半から評議委員会(第2次招集)と午前10時半から定期総会(第2次招集)をそれぞれサンパウロ市リベルダーデ区の同県人会館(Rua da Gloria, 721)で開催する。 議題は2014年度事業・会計報告、15年度事業計画・会計予算案審議と役員改選(15~16年)。 総会後には新年会を行う。会費は30レアル。 出席者は準備の都合上、早めに県人会事務局(電話11・3208・8499)まで連絡のこと。 2015年1月14日付
岩手県人会(千田曠曉会長)の定期総会が、18日午前10時(第2次招集、第1次招集は午前9時半)からサンパウロ市リベルダーデ区の同県人会館(Rua Tomas Gonzaga, 95)で開催される。 議題は2014年度事業・会計報告、15年度事業計画・会計予算案審議と役員改選。 総会後には新年会を行う。会費は30レアル。 詳細は同県人会事務局(電話11・3207・2383)まで。 2015年1月14日付
今年創立50周年を迎えた東京都友会(坂和三郎会長)は、毎年恒例の新年祝賀会を25日午前10時からサンパウロ(聖)市リベルダーデ区のニッケイ・パレスホテル(Rua Galvao Bueno, 425)で開催するにあたり、坂和会長が案内のため5日、来社した。 今年は同会創立50周年に加え、聖州と東京都の友好関係樹立25周年、そして日伯外交関係樹立120周年の「意義ある年」で、祝賀会はこの三つの記念の年を祝す気持ちも込めて開催。毎年恒例になっている藤間流日本舞踊学校の師範による踊りや、カラオケ、豪華景品の当たる抽選大会などを用意。また、お雑煮などを食べられる食事も用意されており、舛添要一東京都知事の祝辞も代読される予定。 坂和会長は、「会員はもちろん、我々は『東京を愛する人の会』なので、どなたでも参加していただければ。毎年80人ほどが集まってくださる。今年も1年の初めにぜひ盛り上げていきたい」と参加を呼び掛けた。 会費は1人80レアル。問い合わせは同会事務所の電話(11・3254・3540、午前10時~午後1時まで)、メール(toyukai@nethall.com.br)、またはベッチさん(電話11・98975・4635)まで。 2015年1月13日付
日系37団体共催による平成26年度秋の叙勲祝賀会が、6日午後7時半からサンパウロ(聖)市リベルダーデ区の文協ビル2階貴賓室で開かれ、在聖総領事館管内で受章した南米相撲連盟元会長の赤木政敏氏(83、宮崎、旭日小綬章)とサンパウロ大学前学長のジョアン・グランディーノ・ローダス氏(69、旭日中綬章)の両氏の家族や知人など85人が出席し、両氏を祝福した。 祝賀会では日系団体を代表して木多喜八郎文協会長が祝辞を述べ、今年が日伯修好120周年の記念の年で各種行事が行われることに触れた上で、両氏の功績を称えた。 引き続き、在聖総領事館の佐野浩明首席領事が祝辞。「相撲は日本の心」と強調し、赤木氏の長年にわたるブラジルでの相撲の指導・普及を称賛。また、ローダス氏については、日本とブラジルの学術交流で日本の若者を積極的に受け入れたことに感謝の意を表した。 赤木夫人及びローダス氏の母親に花束が贈呈された後、受章した両氏がそれぞれ喜びの言葉を披露。赤木氏は「80数年前に母に抱かれて渡伯して以来、今日まで生きてきましたが、今回の叙勲は多くの諸団体と個人の方々のご協力の賜物と感謝致します。諸先輩に代って(勲章を)頂いたことを肝に銘じ、先輩方の分まで生きてまいる所存です」と述べた。 ローダス氏は、日伯間交流の中で大切なのは伝統を引き継いでいくことだと述べ、「日本政府から叙勲されたことは大きな栄誉。今後も日本とブラジルのために尽くしていきたい」と抱負を語った。 菊地義治援協会長が乾杯の音頭を取り、「乾杯、ビーバ、万歳」と出席した人々は杯を掲げ、両氏の叙勲を祝った。 2015年1月10日付
岐阜県人会(山田彦次会長)はこのほど、年表「岐阜県人ブラジル移住100年のあゆみ」を発刊した。 同年表は、岐阜県人がブラジルに移住した1913年から2013年までの100年間の出来事を年表形式でまとめたもの。「さみだれ移住の時代」「親睦会の時代」「県人会初期の時代」「脱皮準備の時代」「上昇気運の時代」「ほころびの時代」「法廷係争の時代」「新会館構想の時代」「活力衰微の時代」「計画頓挫の時代」の大きく10項目で構成されている。 また、付録名簿として役員、県費留学生・技術研修生、岐伯青年交流などブラジルと岐阜県の過去の交流事業で訪日及び来伯した人たちの名前も添付されている。 さらに、「コラム」欄では「岐阜県人ブラジル移住」をはじめ、県人会の歴史の一端が記載されている。 年表発刊報告のため来社した山田会長によると、2013年に「岐阜県人ブラジル移住100周年・ブラジル岐阜県人会創立75周年」の節目の年を迎えた時に、記念行事の一つとして「過去の記録を図書の形で残す」ことを決定。12年に資料集めからスタートしたが、一番の問題は特に戦前の県人会の資料が少なく、戦後の資料も白アリの被害に遭い、また12年5月に従来の県人会館から現在の事務所に引っ越しした際に資料が散逸するなど思うように作業が進まなかったことだという。 山田会長は「通史の形で刊行したかったが、古い資料はほとんど手元になく、県人会創立当時の人たちは鬼籍に入り、昔話を聞くすべもなく、とりあえず年表の形でまとめることにした」とし、まとまった形での記念図書は今回が初めての出版になるそうだ。 「県人会執行部にとっても批判的な部分もあるが、ありのままを年表に載せることで30年先、50年先の参考資料になればと思った」と語る山田会長。今後の目標について「2015年は県人会が存続できるのかという大事な年。県人会の文化事業をいかに次世代につなげていくかが大きな問題。毎年開催してきた日伯交流絵画展も含めた日伯修好120周年の事業展開が、今後の県人会が生き残るカギになるのでは」と述べた。 年表は500部を印刷。問い合わせは同県人会(電話11・3209・8073)まで。 2015年1月6日付