07/03/2026

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福井県大野市の還暦軟式野球チーム「G.C大野」と、ソフトボールチーム「大野クラブ」などのメンバー16人が21日に交流試合のため来伯し、同日本紙を訪れ意気込みを語った。女子ソフトボールの指導者で主将の近森聖功さん(64、高知)は「子どもたちとの指導講習会も予定しているので、経験を生かして技術向上に努めたい」、監督の杉山敏雄さん(67、福井)は「初めての海外交流。中々ない機会なので、楽しくプレーできれば」と話した。2007年パン・アメリカン大会で、伯国女子ソフトボール代表の臨時コーチを務めた水上健次郎代表(72、高知)は、「より強固な交流を継続するため、2、3年おきにでもチーム往来を実践したい。両国の架け橋になりたい」と期待に胸を膨らませた。一団は23日にコーペルコチアの野球チーム、24日にオザスコのソフトボールチームと親善試合や指導会を行なう。会場はコーペルコチア・アトレチコ・クラブ(Rua Valentim Nicolai, s/ n – Parque Ipe)で、開始はそれぞれ午前9時を予定。問い合わせは同クラブ(11・8105・9731)まで。
静岡県立磐田農業高校による「第3回ブラジル生徒派遣交流事業」が実施され、生徒2人と教員2人が16日に来伯した。一行は着伯したその足で静岡県人会による歓迎昼食会に参加、約40人の会員らの歓迎を受けた。同県人会の杉本教雄会長は、「県人をお迎えでき、うれしい。手を取り合って交流の輪を広げましょう」と挨拶した。引率者として2度目の来伯となった滝井徹校長は、「いつも協力して下さる方々に感謝。花卉や水耕栽培、関連機関を回って学んだことを持ち帰り、600人の生徒、70人の教諭に伝えたい」と意欲を示した。来年迎える同校の120周年式典でも、事業の大切さをアピールしたいと話した。生産科学科3年の石川ヴィトリア翠霞(すいか、日本生まれの四世)さんは、曽祖父母が約70年前にブラジルに移住した。「ブラジルにルーツがあるのに文化や習慣を知らないから」と参加を希望。「何かしらの形で日伯をつなげる役目を果たしたい」と意気込んだ。食品科学科3年の杉山美月さんは「海外を体験したくて応募した。治安の悪さに両親はすごく反対しましたけど」と笑い、「いろんな人と交流して見聞を広めたい」と話した。一行はイビウナやモジの農家視察や、聖州立ピラシカーバ農大を訪問し、23日に離伯する。
サンパウロ市議会で19日夜、「大阪・サンパウロ姉妹都市45周年記念式典」が行われ、参加した約150人が両市の友好を祝った。大阪市からは木下吉伸、新田孝両市議が、聖市からは野村アウレリオ市議、ブラジル日本文化福祉協会の木多喜八郎会長、在聖総領事館の佐野浩明首席領事ら11人が出席した。15日に来伯し、聖市内の日系団体施設を巡った「大阪ジュニアバンド」のメンバー約30人も列席し、ここでも見事な演奏を披露した。主催はサンパウロ大阪姉妹都市協会(高木ラウル会長)。 大阪ジュニアバンドの日伯両国歌、大阪市歌演奏で、午後7時半に始まった。高木会長は関係者に感謝を述べた後、大阪ジュニアバンドの子供たちに「長旅の疲れは、休めば無くなりますが、当地での経験は残り続けるでしょう。あなた達の将来を応援しています」と挨拶した。野村市議は「先日の安倍晋三首相来伯で、日伯関係は新たな段階に入った。大阪市と聖市もこれから益々関係が深まっていくだろう」と喜びを語り、木下市議は「これから先、姉妹都市の交流が強固になっていくことを疑わない。次の世代へ交流が受け継がれていくように努めていきます」との意気込みを話した。大阪ジュニアバンドを代表して登壇した寺田和哉くん(13、大阪)は「一番に感じたことは、この国の人の優しさです。初対面の私たちにどの人も友達のように笑顔で接してくれました。日本に帰ったら『人に優しくする』という大事なことを実行していきたいと思います」と話した。その後、同バンドの子供らは、日本文化紹介として剣玉について説明したポ語文を懸命に読み上げ、実物を聖市へ寄付した。17日に聖市文協で同バンドと共演し、同式典でも「マスケナーダ」など2曲を披露したブラジル創価学会太陽音楽隊のヒカルド中曽根さん(32、二世)は、「皆まだ子供なのに楽器が上手で驚いた。また共演したい」と話した。19日に同バンドが訪問して交流した聖市立オオサカ小学校のルシアナ・ニナ校長は、「生徒にとって、とても有意義な経験になった。あまりに時間が短くて残念だった。子供たちのこの交流が長く続いてほしい」と話した。
南麻州カンポ・グランデ市と、ボリビアでの沖縄県民入植記念式典に合わせ来伯した稲嶺進名護市長ら5人の慶祝団を招き、ブラジル名護市親睦会(末吉業幸会長)が15日夜、ニッケイパラセホテルで歓迎会を行なった。名護市出身者やその子弟約50人が出席し、〃名護んちゅ〃の友好を深め合った。あいさつに立った稲峰市長は「温かい歓迎に感謝。これからも深く長く付き合いたい。故郷を忘れることなく見守って下さい」と話した。続いて、同市から80歳以上の高齢者約20人を対象に表彰が行われた。稲嶺市長は一人一人とがっちり握手を交わし、長寿の祝福と健康を祈った。宮城安子さん(89)は、「まさかこんな機会があるなんて夢のような気持ち。来た甲斐があった」と喜んだ。長田栄治さん(96)と、子弟研修制度を利用した前田みゆきさん(30、三世)から稲嶺市長に記念品が贈られた。長田さんは「長生きして良かった」と微笑んだ。末吉会長は「準備期間が短く、金曜開催で大人数とはいかなかったが、華やかな歓迎会を実施できた」と充実の表情を見せた。また、同会長は市長に対し、①文化、技術分野以外にスポーツ交流の実施、②研修制度に関し現行の2人から3人(伯国1、その他南米地域2)への増枠の2点を盛り込んだ要望書を手渡した。
南麻州カンポ・グランデ市が沖縄県移民入植百周年――。1914年、聖州と南麻州を結ぶノロエステ線の敷設工事終了とともに、工事に携わった県民の一部が住み着いたのが始まり。今では市の日系人1万5千人のおよそ7割が県系人と言われる。母県から高良倉吉副知事や喜納昌春県議会議長ら約70人の慶祝団が祝福に駆けつけ、14日夜、同地沖縄県人会主催で盛大に記念式典が開かれた。ノロエステ線の駅舎跡近くの公園には百周年記念碑も建立され、前日に除幕式もあった。一同は先人の労苦に感謝を捧げるとともに、同市と沖縄の交流活発化に向けて思いを新たにした。 アメリコ・カリェイロス州文化財団会長、ジョージ・タカハシ市議会議長、在聖総領事館の飯田茂領事ら多くの来賓をはじめ、約600人が会館に参集した。ハワイ、ボリビア、サンパウロからも多数の慶祝団が出席した。志良堂ニウトン会長は沖縄移民の歴史を紹介し、「移民がもたらした勤勉、正直などの伝統は、今も息づいている。困難にも負けず子弟を教育し、様々な分野で活躍している」と先人への感謝を込めて挨拶。喜納県議会議長は「県系人の政財、教育、法曹界などあらゆる面での活躍は、同胞の誇り、喜び。県議会としても友好のため最大限の努力をしたい」と力強く述べた。ジェオルジ・タキモト州議は「沖縄は移民を送り出したことを心から誇りに思うべき。移民たちは国の発展に役立ち、市民から尊敬されている」と話した。高良副知事は仲井眞弘多県知事の挨拶を代読し、「先人が長い年月を通じて継承したウチナーンチュ文化が開花していることは、大きな誇り」と述べた。続いて県人会から慶祝団の代表者に記念プレートが手渡され、母県からは功労者5人および80歳以上の高齢者110人に表彰状が贈られた。ダンスや太鼓など余興の後、会場を移して晩餐会に。翁長雄志那覇市長の「カリー」の威勢のよい音頭で乾杯後、和やかに歓談しながら夜更けまで食事を楽しんだ。宮城久和・国頭村長(71、国頭村)は「どこにいても助け合いながら生きていく沖縄の『ちむぐくる』の精神を感じた。異郷の地でも伝統を根付かせ、ブラジルの人といい国を作っている。県民を受け入れてくれた市の皆さんにも感謝」と同胞の発展を喜んだ。
ブラジル兵庫県人会(尾西貞夫会長)の2014年度親睦ピクニックが9月21日、行われる。 今年はモジ・ダス・クルーゼス市の「シチオ細谷」「カザロン・ド・シャー」「蘭園オリエンタル」を訪問し、当日は午前8時にサンパウロ市リベルダーデ区の兵庫県人会前(Rua da Gloria, 332)を出発する。 参加費は会員が1人50レアルで、非会員は70レアル。バス、昼食、軽食代が含まれる(飲み物は別)。5歳以下と75歳以上は無料。 申し込み締め切りは9月16日まで。 申し込み、問い合わせは同県人会事務局(電話11・3207・0025)。Eメール(brhyo goken@gmail.com) 2014年8月23日付
母県から56人の大型使節団も 【南マット・グロッソ州カンポ・グランデ市発・川口裕貴記者】南マット・グロッソ(南マ)州カンポ・グランデ沖縄県人入植100周年記念式典(同沖縄県人会主催、志良堂ニルトン・キヨシ会長)が、14日午後7時30分から同会館で開催された。式には母県から高良倉吉副知事をはじめ19の市町村長、議長ら56人の大型使節団や、サンパウロ(聖)、ボリビア、遠くはハワイの県人会代表者らも駆け付け、一般を合わせて約500人が出席する中、盛大に執り行われた。志良堂会長はあいさつで、「苦難、苦労の中でブラジル社会に溶け込み、この地に根を張り、今日の信頼を築き上げて来た先人の日本人移民に対して深く感謝する」と言葉を述べた。式では来賓祝辞、表彰、夕食会と続き、亡き先人に対して敬意を表するとともに、新たな一世紀に向けた飛躍を誓った。 同市における沖縄県人入植の歴史は1900年初頭、聖州ノロエステ線鉄道計画によりポルト・エスペランサ、バウルー両方面から建設が進んでいた線路が14年にカンポ・グランデに連結したことから始まる。鉄道建設には130人ほどの日本人が従事していたとされ、そのまま同市に定住。定住した日本人のほとんどが沖縄移民で、生活が安定すると同県民を次々と呼び寄せ、同市近郊に多くの沖縄植民地を築いた。現在同市には約1万5000人の子弟がいるとされ、その大半が沖縄移民にルーツを持つ。 式典会場の前列に用意された来賓席には、志良堂会長、玉城ジョルジ同評議員長、高良副知事、喜納昌春同県議会議長、飯田茂在聖総領事館領事、アメリコ・カルエイロス同州文化財団会長、翁長雄志那覇市長、稲嶺進名護市長、島袋栄喜ブラジル沖縄県人会副会長らが並んだ。 あいさつで志良堂会長は日本人移民を快く受け入れてくれたブラジルに対する感謝の言葉を捧げ、さらに「100周年を記念して、この地で信頼をつかんできた先駆者の方たちを思い浮かべながら、子孫繁栄に今後とも尽くしていきたい」と、沖縄移民を代表して思いを述べた。 仲井真弘多知事の祝辞を代読した高良副知事は、先駆者に敬意を示すとともに、ブラジル沖縄系子弟に対して「先人たちが長い年月を通じて継承して根付かせた ウチナーンチュの生活は文化が大きく開花し、ブラジルにおいて政治、経済、教育、文化等の分野で活躍し発展に寄与されていることは我々沖縄に暮らすウチ ナーンチュにとっても誇り」と称えた。 また南マ州を代表してカルエイロス氏は「カンポ・グランデの歴史は日本人移民とともに刻まれてきた。100年が過ぎ次世代の日系人が日本人の心を引き継いで価値を見出せばブラジル全体の発展に大きく貢献するでしょう」とあいさつした。 来賓のあいさつ後は、母県から高齢者と功労者に感謝状が高良副知事から手渡され、代表者が受け取ったほか、記念品交換、先亡者に対する黙とうが捧げられた。その後、夕食の部へと移り食事を取りながら、使節団と県民移住者との交流が日付けが変わるころまで続いた。 式に参加した同県人会員の崎浜秀彦さん(70、沖縄)は、61年にボリビアから同市に再移住した。当時について「移住した時は既に戦前移住者が町の基礎を 作っていた。それに乗りかかっただけで、先人には感謝の気持ちでいっぱい。ボリビアでは苦労したからね」とコメントした。 また、親戚の呼び寄せで60年に入植した仲宗根康則さん(79、本部町)に入植100年を迎えた気持ちを聞くと「長いようで、あっという間だったね。1世の人が教育熱心だったから100年たった今でも2世、3世が沖縄人の魂を引き継いでいる」と答えた。 なお、式典前日には100周年を記念して建てられた石碑の除幕が行われたほか、沖縄県、及び同議会代表者が南マ州政庁を公式訪問するなど姉妹都市提携を結ぶ南マ州と沖縄県との今後の交流促進を確認する場にもなった。 2014年8月19日付
【既報関連】県人会創立65周年と県民移住100周年を迎える宮崎県人会(高橋久子会長)の記念行事の一環として、宮崎県西臼杵郡高千穂町の民俗芸能「高千穂の夜神楽(よかぐら)」公演が、25日午後7時30分からモジ・ダス・クルーゼス市の市立劇場「Cemforpe」(Rua Antenor Leite da Cunha, 55)で開催される。 夜神楽のブラジル公演は今回が初めてとなり、渡邊道徳団長をはじめとする14人の団員が来伯する。公演は24日の県人会創立65周年記念式典でも行われるが県人会員が対象となり、一般向けは25日のモジ公演のみ。 「高千穂の夜神楽」は、天照大神(あまてらすおおみかみ)が天岩戸に隠れた折に、岩戸の前で天鈿女命(あめのうずめ)が調子面白く舞ったのが始まりとされ、同地方の先祖が長年高千穂宮を中心に神楽を伝承してきたもの。 1978年に日本国の重要無形民俗文化財の指定を受け、80年にはヨーロッパで開催された「国際伝統芸能祭」に招待を受けるなど、全国各地で公演を行っている。毎年11月中旬から翌年2月上旬にかけて町内各地区で33番の神楽を夜を徹して奉納し、秋の実りに対する感謝と翌年の豊穣を祈願しているという。 また高千穂神楽では、71年から40年間にわたって代表的な舞を毎夜奉納していることから、2011年には、「高円宮殿下記念地域伝統芸能賞」を受賞している。 モジ公演では夜神楽をはじめ、ジャパニーズ・ダンスカンパニー「優美」による舞踊、宮崎県出身のソプラノ歌手・黒木(くろぎ)あずささんのショーや日本舞踊など約2時間にわたって披露される。 当日の入場は無料だが、来場者に保存食1キロの持ち寄りを呼び掛けている。 詳細は同県人会(電話11・3208・4689)まで。 なお、24日の記念式典には当初、河野俊嗣県知事が出席する予定だったが、諸事情により稲用(いなもち)博美副知事、福田作弥県議会議長をはじめとする74人の慶祝団が来伯することになった。 2014年8月19日付
ブラジル日本都道府県人会連合会(本橋幹久会長)は14日、臨時代表者会議を文協ビルの県連会議室で開き、各県人会代表者約45人出席のもと、満場の支持を得て「第18回日本祭り」の開催を決定した。高騰した会場費の問題から開催が危ぶまれていたが、先日来伯した安倍晋三首相の日本祭り支援発言が開催決定に勢いをつけたようだ。木原好規氏(和歌山)は「日伯外交樹立120周年記念の目玉事業になる」と話し、小渕民雄氏(群馬)は「W杯と日程が重なっても成功した。来年も上手くいく」と開催決定を喜んだ。  最初に山田康夫(滋賀)、市川利雄(富山)両暫定実行委員が第18回日本祭りの概要について説明を行った。会場は来年もイミグランテ展示場で、会場費は開催準備期間を含め、12日間で67万3千レ。山田委員は「管理会社が第17回日本祭りの実績を評価し、45%の割引きに応じてくれた」と報告した。 さらに、10月に行なわれる統一選挙を「不安要素」として挙げた。第17回日本祭りでは市、州、国あわせて43万レの支援を受けたが、連邦、州議員の改選が行なわれる今回、日系候補が敗れた場合、市からのみの援助となる可能性がある。山田、市川両委員は援助を市からのみと見込んだ上で予算を組み、約17万レの赤字と報告した。山田暫定委員は「昨年より良いスタートをきれたが、まだまだ皆さんの助けが必要です」と実行委員会への参加を呼びかけた。 早々と来年開催を決定したことに関し、元県連会長の園田昭憲氏(鹿児島)は、「今年の苦境を乗り越え、みんなの為の県連としてしっかり機能している。全会が一致団結した姿を見る事ができて感動した」と感慨深げに語った。 川合昭氏(秋田)も全会一致の賛成を喜びつつ「日本祭りをどう発展させていくかが大事」と次回開催に意気込んだ。
長崎市と姉妹都市提携を結ぶサントス市の日本人会(関谷忠機アルシーデス会長)による『第5回平和記念式典』が、小雨の降る9日午前9時、ロベルト・マーリオ・サンチーニ公園の日本移民上陸記念碑前で執り行われた。サントス市は長崎原爆投下日の8月9日を『核兵器廃絶運動の日』と定めている。日本人会会員を始め、市関係者や日本語学校の生徒など約150人が参加。原爆の投下された午前11時には、参加者らが記念碑を囲んで手を取りあい、原爆の犠牲者に黙祷を捧げた。 来賓として同市のエスタジオ・アルベス・ペレイラ・フィリョ副市長やブラジル被爆者平和協会の盆小原国彦副会長、ブラジル長崎県人会の栗崎邦彦会長ら各氏が訪れた。 エスタジオ副市長は「世界中で戦争の緊張感が増している。サントスから世界へ平和への思いを発信することに深い意義を感じる」と話し、関谷会長は「若い人たちへ核兵器の恐ろしさを知ってもらう為に活動していきたい」と挨拶した。 栗崎会長は「サントス市の取り組みはとても有難い。原爆の悲惨さを忘れないよう伝えていきたい」と述べ、盆小原副会長も同市に感謝を述べた後、「若い世代に広島、長崎の悲劇を伝えていかなければ」と訴えた。 『核兵器廃絶運動の日』の制定、同式典開催提案者の中井貞夫市会議長は、「伯国は戦争経験が少なく、若者は原爆の悲惨さを知らない。核兵器廃絶は全世界が関心を持って進めていく必要がある」とのべた。 式典では生長の家のコーラス隊や同市日本語学校の生徒が歌を披露し、サントス厚生ホームの安次富ジョルジ委員長(72、二世)が剣舞を行った。ブラジル健康表現体操協会員らは、長崎名物の皿踊りと健康体操を披露した。 同市日本語学校生徒のブルーノ・エイゾさん(29、四世)は、「若い人たちは当時を知らない。式典は知る良い機会だ」と式典の意義を再確認し、ハファエル・マルチンスさん(21)も、「長崎のことは歴史の授業で知っていたけど、式典に参加するまで忘れていた。二度と起こらないようにしなければと強く感じた」との感想を語った。 式典後には、サントス日本人会館で被爆体験を描いた長編アニメーション『NAGASAKI1945 アンゼラスの鐘』の上映会が行われ地元住民ら40人が観賞した。
ブラジル都道府県人会連合会(本橋幹久会長)は14日、来年の「日本祭り(フェスティバル・ド・ジャポン)」開催の賛否を問う臨時代表者会議を開き、賛成多数で来年の開催が決定した。 44の各県人会の代表者が集まった同会では、評決に先立ち山田康夫暫定実行委員長、市川利雄暫定実行委員から、来年の開催に予想される予算等の説明が行われた。 はじめに、会場は例年通りイミグランテス展示場を使い、費用は計67万3000レアルになることが伝えられた。会場側は今年の同祭に対し「よくこれだけの人が来るな」との「別格の反応」があったという。提示された費用は45%引きの値段で、他会場と比較しても最適と判断された。 また、同祭全体の収支目標はマイナス約17万レアルとなり、山田氏は「今年は25万レアルの赤字目標で黒字になったが、来年はそれより楽だと安心してはいけない」と念を押した。今年は選挙があるため不確かとなる州議からの助成金を、今年の3分の1の額で計算したことも説明。協力してくれる当選者が多ければ黒字になる可能性も示唆した。 各県人会の負担額が今年の2000レアル(電気代込み)から3500レアル(電気・ガス代別)に値上がりすることも再確認され、山田氏は「各県人会に実際にかかっている費用は1万6500レアル。これまでは差額を県連が負担していたが、負担が大きかった」と理由を説明し、理解を求めた。 さらに、「来年は日伯修好120周年のため、同祭が行われればサンパウロでの関連記念行事の目玉になるだろう。その年に中止という判断は避けたい」との実情も伝えられた。 そして行われた評決では、開催賛成者は挙手をして意思表示することとなり、その結果、目算でほぼ満場一致、賛成多数で来年の開催を可決した。 会終了後、群馬県人会の小渕民雄会長は取材に対し、「大切なのは今日やるということが決まったこと。今年は(サッカー)ワールドカップがあったのにあれだけ多くの人が来たのだから、今後何があっても怖くない」と力強く述べ、市川氏も、「この勢いで120周年に向かっていきたい」と意気込み、「今後黒字にするためには今年の選挙が重要。協力してくれる日系議員を選ぶことも大切」との考えを示した。 山田氏は開催決定を受け、「去年は約3分の1が開催に反対だったが、今年は各県人会の負担が大きくなることを承知の上でほとんどの人が賛成してくれた」と喜び、「来年は120周年をテーマにするつもり。まずは企業に協力してもらえるように働きかけていきたい」と来年に向けて意気込んだ。 2014年8月16日付
【一部既報】このたびの安倍晋三首相夫妻の来伯に際して、日系団体から要望書が首相あてに提出された。慣例では文協、援協、県連など「御三家」から提出されるはずだが、今回実際に要望書を提出したのは県連(本橋幹久会長)とブラジル被爆者平和協会(森田隆会長)の2団体のみだった。 両団体の要望書の内容を紹介する。 県連は、(1)「県受入れ留学生、研修員制度の強化」事業(2)「第18回フェスティバル・ド・ジャポン(日本祭り)=日伯120年の絆」での「ジャパン・プレゼンテーションと日本地域産業文化紹介展」事業への協力の2点を要望。 (1)では、1959年に岡山県での留学受け入れから始まって以来、昨年までの各県での県費留学生・技術研修生での訪日者数が5900人にも達している中、現在は両制度を実施している県は7県で、留学生か研修生のどちらかの受け入れを行っている県は16県である現状などを説明。今後の同制度の展開として、県が発信する観光情報の広報、地域の特産物の紹介や「日本祭り」などでの物産展、県内企業へのブラジル事情の発信及び視察などの人物交流の世話、輸入手続きなど日本の地域(県)活性化にかかわる業務により、母県と県人会のきずなを深める考えだ。 (2)は、来年の日伯修好120周年を交流深化の年として、日本祭り(フェスティバル・ド・ジャポン)の効果的利用を提案。「移民と故郷」「もの造りの日本」「夢とアニメ、コスプレ」「平和と暮らし」「日本地域産業文化紹介展」を副題に、日本祭りでの県の特産品のアンテナショップの設置など日本と各県の紹介をより積極的に行っていく効果を提案し、これらのための協力を要望している。 一方、今年7月に創立30周年を迎えた被爆者平和協会からは、安倍首相と昭恵夫人にそれぞれ要望書が提出された。 安倍首相に対しては、首相の父親で1985年の来伯当時外務大臣だった安倍晋太郎氏が同協会からの要請で健康診断を目的にした2年に1回の医師団派遣を約束実施したものの、いまだに在外被爆者の現地治療が実施されていない点を訴えている。 また、同協会が「核と人間は共存できない」ことをモットーに活動していることを強調。「日本の原発技術をブラジルに押し付けないでほしい」と要望している。 さらに、昭恵夫人に対しても現在のブラジルでは医療費が高く、高齢化する在外被爆者にとって日本での治療は難しい現状をつづっている。その上で、旧日本病院だったサンタ・クルス病院での診察・治療の実現への協力と理解を求め、「人間として人権問題、核問題など話し合って解決できる時代を願って止みません」と締めくくっている。 2014年8月13日付
ニッケイ新聞 2014年8月12日 宮崎県人会(高橋久子会長)が24日、北海道協会で『県人移住百周年および県人会創立65周年式典』を行なう。午前9時から先没者慰霊法要、同10時から式典を行なう。河野俊嗣知事、県議会議長はじめ50人以上の慶祝団が駆けつける予定。昨年10月に交通事故で亡くなった谷広海さんの意思を受け継ぎ、14人の芸能団を母県から迎えて伝統芸能「高千穂の夜神楽」も披露される。案内のため来社した高橋会長と山元治彦実行委員長によれば、「せっかく来伯するのだから日系人が多い地域でもう1カ所」との両者の思いで、式典翌日の25日午後7時半からはモジ市立劇場「CEMFORPE」(Rua Antenor Leite da Cunha, 55)でも公演することに。入場無料だが、保存食1キロを呼びかけている。式典、公演の問い合わせは同県人会(11・3208・4689)まで。
ニッケイ新聞 2014年8月12日 北海道協会婦人部「はまなす会」(鈴木妙子会長)が17日午前11時から、『第18回ラーメン祭り』を同会館(R. Joaquim Tavora, 605, Vila Mariana)で開催する。前売り券は18レ、当日は20レ。麺、スープともに日本から取り寄せたものを使用するが、スープは豚骨や鶏がらを2日前から煮込んだ特製の醤油味スープと合わせてさらにコクを出す。おこわやイチゴ大福、あんみつなども販売。ビンゴ大会や青年部によるYOSAKOIソーランも披露される。同会から鈴木会長、柳生エレナ副会長、相談役の田辺富佐子さんが来社し、「全540食心を込めて作ります。ラーメン以外も盛り沢山なので、楽しい1日を過ごしてください」と呼びかけた。問い合わせ、前売り券の購入は同協会(11・5084・6422)まで。
ガロータ・ド・ベルデ号が優勝 今年で第20回目を迎えたサンパウロ・ジョッキークラブと日本中央競馬会(JRA)の交換レース「ジャパン・カップ」が9日、サンパウロ市モルンビー区の同ジョッキークラブで開催された。同カップは午後3時30分の第4レースで5頭が出走し、ガロータ・ド・ベルデ号が優勝を果たした。当日はJRAニューヨーク駐在員事務所から古谷淳所長(44、茨城)と三橋亮一氏(39、青森)も会場に訪れ、1995年の日伯修好100周年を記念して始まった日伯友好カップの節目を祝った。 ジャパン・カップで優勝したガロータ・ド・ベルデ号には、オーナーが6人いる。 そのうちの1人であるフラビオ・ベリボーニさん(52)は、「(優勝馬の共同所有者である)友人たちと共に勝利を分かち合えてうれしい。レースの感動は、友情で味わう感動と通じるところがある」と喜びを表していた。 また、ジャパンカップレースのほか、6レースで日系社会関連のレース名が付けられ、ブラジル日本文化福祉協会杯、ブラジル日本都道府県人会連合会杯、桜井一男杯、サンパウロ総領事館杯、JRA杯、サンパウロ新聞社杯がそれぞれ行われた。 来賓には、佐野浩明在サンパウロ総領事館首席領事、木多喜八郎文協会長、松尾治文協副会長、本橋幹久県連会長、尾西貞夫援協副会長、「劇団1980」の柴田義之代表、水本エレナ本紙社主などが招待された。 会場では、伯国内の日系コロニアに敬意を表して日本文化を紹介するイベントも開催。 福岡県人会から貸し出された27匹のこいのぼりが競馬場を彩ったほか、各レースの合間には鳥取しゃんしゃん傘踊りとレキオス芸能同好会がそれぞれ傘踊りとエイサー太鼓を披露し大会を盛り上げた。 JRAニューヨーク駐在員事務所の古谷所長は「質も高く良いレースが多かった。楽しめました」と同大会を振り返った。 また、今後の日伯競馬界の展望に関して同所長は、「多くの関係者と知り合うこともできたので、今後情報交換を行っていく。次回以降もぜひ参加したい」と語った。 同事務所の三橋氏は「各レースの合間にショーがあるのは珍しい」と驚きながらも、傘踊りのメンバーらと記念写真を撮るなど親睦を深めていた。 60年以上も競馬ファンを続け、当日の3レース目には自らの名前を冠したレースも行われた桜井一男氏(78、2世)は、現在もサンパウロ・ジョッキークラ ブで行われるレースはほとんど観戦するという。日系競馬界の象徴的存在である同氏に競馬の魅力を尋ねると「(競馬を通じて)いろんな人と出会うことができ た。新しい馬が出てくるから毎年楽しめる」と感慨深げに語った。 同大会は毎年8月に行われており、10月には日本で「ブラジルカップ」が例年通り行われる予定。 2014年8月12日付
長崎に原爆が投下されて69年を迎えた9日、姉妹都市提携を結ぶサントス市でも、核兵器廃絶平和記念式典が執り行われた。 午前9時半、日本移民ブラジル上陸記念碑(記念碑)があるロベルト・サンチーニ公園には、小雨が降りしきる中、約150人の来場者が集まり平和への祈りを捧げた。 式典では、サントス日本語学校の生徒や生長の家会員によるコーラス、ブラジル健康表現体操協会員らが皿踊りなどを披露。サントス日本人会の関谷アルシデス会長は、当時の長崎の悲惨な状況を説明し、「我々には、平和と核の根絶を訴え続ける義務がある」と強調し、「式典が市の年間行事であることにも意義がある」と述べた。 続けて、サントス市のエウスタジオ・アルベス・ペレイラ・フィリョ副市長や同パウラ・クァリャート国際交流担当部長が演説し、長崎市との交流を深め核問題解決にも取り組む姿勢を示すと、長崎県人会の栗崎邦彦会長は「平和は失って初めて気付くもの。今、何十万人の尊い命が失われた事実を風化させてはいけない」と戒めた。 その後あいさつした盆子原国彦ブラジル被爆者平和協会副会長は、「広島、長崎の悲劇を若い世代にも伝えなければならない」と話していたが、当日はサントス日本語学校の生徒を中心に、若い参列者も見られた。 宮平シモーネさん(33、2世)は「自分の家族や友人をはじめ、平和の輪を広げる活動をしなければならない」と誓いを新たにした。 式典提唱者の中井貞夫サントス市議会議長は「核は不要。8月9日を戦争の恐ろしさを伝える日にしなければならない」と語気を強めた。 最後は来場者全員が移民上陸記念像を囲んで手をつなぎ、原爆犠牲者に1分間の黙とうを捧げた。◎   ◎サントス市と長崎市は、1972年から姉妹都市提携。2012年には提携40周年と長崎県人会創立50周年を迎え、長崎市は今年の10月に路面電車車両をサントス市に寄贈予定。また県人会には「龍(じゃ)踊り」に使用する龍が贈られる。 2014年8月12日付
大阪市とサンパウロ(聖)市が今年姉妹都市提携45周年を迎える。節目の年に当たり、大阪の姉妹都市協会、市、議会関係者からなる訪問団が来聖し、26日に聖市のブッフェ・コロニアルで記念レセプションが開催される。 両市が提携を結んだのは1969年10月。現在は両国での日・ポ語スピーチコンテストや留学生派遣、サッカー・フットサル教室(大阪市)などの事業を行っている。5年前の40周年でも聖市で記念行事が実施された。 今回の訪問団は、大阪・サンパウロ姉妹都市協会の吉川秀隆会長(タカラベルモント社長)、理事ら関係者、大阪市の田中清剛副市長、床田正勝市議長、議員など20人以上。市の経済・環境部局職員や、今年のブラジル派遣留学生も同行する。 滞在中は、聖市役所で副市長表敬、市環境局等との懇談、大阪市プロモーションセミナーなどを行うほか、ブラジル日本商工会議所、ジェトロ、市立オオサカシ小学校、大阪なにわ会の訪問などを予定。26日のレセプションでは聖市・議会、サンパウロ側姉妹都市協会、在聖総領事館、日系団体等の関係者と交流する。 ブラジル側の受け入れ準備を手伝う伯タカラベルモント社の村信政幸、粟嶋裕両ディレクターは「人の交流が大切。改めて大阪市のことを知ってもらう機会になれば」と話した。 2014年8月12日付
ブラジル北海道協会の婦人部「はまなす会」(鈴木好子会長)は、第18回ラーメン祭りを17日午前11時から午後3時まで同会会館(Rua Joaquim Tavora, 605)で開催する。 当日は日本から取り寄せた麺と鶏ガラや豚骨ベースのスープで作る特製しょうゆラーメンのほかに、ひじきおこわやあんみつ、いちご大福などを販売する。また、ステージ上ではビンゴやよさこいソーラン踊りが披露される。 本紙を訪れた鈴木会長、柳生エレーナ副会長、田辺富佐子相談役は「青年部も交えて心を込めて作ったラーメンは絶品です。たくさんの方の来場をお持ちしています」と呼び掛けた。 ラーメン前売券は18レアル(当日20レアル)で同会館で取り扱っている。問い合わせは同協会(電話11・5084・6422)まで。 2014年8月12日付
ニッケイ新聞 2014年8月7日 ブラジル日本都道府県人会連合会(本橋幹久会長)の7月度代表者会議が先月31日、文協ビルの県連会議室で開かれ、山田康夫日本祭り実行委員長(滋賀)から第17回日本祭りの暫定収支は黒字だとの朗報がもたらされた。ただし、次回開催を正式決定する件に関しては今月14日の臨時会議で検討されることになった。出席した各県人会の代表者約40人に対し、本橋会長は、安倍晋三首相に対して全県人会長の連名で提出した要望書の内容を説明した。 山田実行委員長は「第17回日本祭り」の詳細な収支報告については、「9月以降に発表する」としながらも「収益はおそらく去年よりも上。迷惑をかけずに済みました」と黒字見込みであることを報告した。赤字にならずに済んだ大きな要因は、日系議員らの働きかけにより市、州、国から合わせて43万レ分の資金、物資の支援を得たことだったという。また、山田実行委員長は、暫定的に来年の第18回日本祭り委員ともなり、同じく暫定委員となった市川利雄氏(富山)とともに次回開催の問題点を説明した。両委員の作成した見積もり表によれば、会場費の値上がりなどから16万1千レの赤字が見込まれ、各県人会に対して来年は「参加費3500レに加え、電気、ガス代を負担してもらわなければならない」と話した。17回の負担金は電気代込みで2千レだった。会場となるイミグランテ展示場の申し込み締め切りが今月20日のため、14日に負担金増額を踏まえた上で参加するかを表明する臨時会議が行われる。山田実行委員長は「各県でしっかり話し合ってもらいたい。不参加多数なら開催中止も覚悟している」と述べた。本橋会長からは、安倍晋三首相に送った要望書についての内容説明が行われた。要望書には、まず日本祭りを毎年確実に開催するための支援要請、次に日本語学習を義務とした二年間の長期研修提案が盛り込まれた。本橋会長は「現行の県費留学制度等とは別に、安倍首相が力を入れる地域創生本部の枠組みの中での留学制度を提案した。日伯交流の活発化は安倍政権の掲げる地方活性化にも通じる」と述べた。今月の収支報告は、会計理事、会計理事補佐が体調不良で欠席のため次回行われることとなった。