07/03/2026

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ニッケイ新聞 2014年7月11日 日本でも人気の男性アカペラボーカルグループ『INSPi』が来伯し、日本祭り期間中の5、6日に国際交流基金主催でワークショップ、中央舞台で公演を行った。ワークショップ用に特設された舞台にINSPiメンバーが現れると大きな歓声が響いた。挨拶代わりに美空ひばりの『お祭りマンボ』を威勢良く歌いだすと、場内は一気に熱を帯びた。 アカペラとは無伴奏で合唱する形態の事。曲中に各メンバーが声で太鼓の音を模写すると、場内からはどよめきが起き、観客はみるみる惹きこまれていった。 昼はワークショップとして、研ぎ澄まされた和音を堪能するだけでなく、観客を舞台に上げてボイスパーカッション(楽器の音を声帯模写すること)を聞かせた。『みかんの花』を歌いながらの手遊び、皆で『七夕さま』を歌うなど家族的なひと時を演出した。 最後には同じ事務所の先輩で、去年の日本祭りで凱旋公演をしたマルシアが一部ポ語訳した曲『ココロの根っこ』を歌い、観客の笑顔と拍手に包まれて盛況のまま終わった。メンバーの奥村伸二さんは「先輩のマルシアさんも伯国出身だし、とても親しみがあった。遠い国だが最初から身近に感じていた」と思い入れを語った。 INSPiは日本全都道府県や各県の小学校、そして世界7カ国で公演の経験があり、持ち歌も各国版があるなど海外公演に対して積極的に取り組んでいる。メンバーの北剛彦さんはその理由を「歌は歌い継がれないと消えていく。日本語を大切にしたいし、後世にも伝えていきたい。外国の人は言葉こそ違うが人間としての根っこは一緒だと分かるので、海外公演は大切な機会。遠い国に来て生活している人と出会い、素敵だなと言える感性を受け取る事で、異文化交流をしているのだと思う」と答える。 伯国公演では「日本を身近に感じて欲しくて、昔から歌い継がれている曲を選んだ。一緒に口ずさんでくれて嬉しかった。苦労をされた方が大勢ここで頑張っているのだと思うと自分達も力が湧く」と語り、充分に手応えを感じた様だった。 夜の部は中央舞台で公演が行われ、INSPiが熱のこもった美しい和音を次々に響かせ、最後にMPBの名曲『トリステーザ』を歌い上げた直後、客席からアンコールの声がとどろいた。再登壇すると坂本九の『上を向いて歩こう』を歌い出し、一緒に立って歌ったり踊りだす観客もいて、熱気が最高潮に盛り上がったまま幕を閉じた。 公演後、大倉智之さんは「アンコールが来るとは思っていなかったので、とても嬉しかった。凄く盛り上っていてパワーが凄かった」と興奮冷めやらぬ様子。「自分達の伝えたい事を受け取ってもらえた様で感動した、また公演できたら嬉しい」と満足そうに語った。
ニッケイ新聞 2014年7月11日 ブラジル日本都道府県人会連合会(本橋幹久会長)が主催する「第17回日本祭り」に、元サッカー日本代表の中田英寿氏(37、山梨)がプロデュースする「nakata.net Cafe2014@サンパウロ」の日本酒バー「N―Bar」が出展した。同事業は日本酒など本場の日本文化を発信するため同氏が立案したもので、先月12日から約2週間、聖市内のカフェの一角で期間限定営業していた。今回の〃イミグランテス出張所〃にも多くの人々が訪れ、日本酒を堪能。初めて口にするという来場者もおり、奥深さや味わいに舌鼓を打っている様子が見られた。中田氏本人は5日午後に訪れ会場内を見て回り、地元の山梨県人会ブースにも足を伸ばした。広報資料を通し、「こんなにも多くの人が集まる日本祭りに出展出来て良かった。日本酒をより多く人に知ってもらい、飲んでもらえる非常にいい機会になった」とコメントした。
今年県人会創立65周年と県民移住100周年を迎える宮崎県人会(高橋久子会長)は、記念式典を8月24日午前9時からサンパウロ市ビラ・マリアーナ区の北海道協会会館(Rua Joaquim T・vora, 605)で開催する。式典には母県から河野俊嗣県知事、福田作弥同県議会議長ら総勢約50人の慶祝訪問団が来伯するほか、宮崎県西臼杵郡高千穂町の民俗芸能「高千穂の夜神楽」の舞い手14人も慶祝団の中に含まれ演技を披露。節目の年を盛り上げる。 7日に本紙を訪れた高橋会長(83)と山元治彦同式典実行委員長(77)が式典の内容について説明した。 式典には400人ほどの来場を予定しており、午前9時から神式による先亡者慰霊法要を南米神宮が担当して開始される。その後、夜神楽の披露、来賓あいさつをはじめ、高齢者表彰などが正午まで行われる。昼食を挟み、日本舞踊団「優美」やサンバの各ショー、同県人会員による芸能舞踊、民謡の披露などが午後4時ごろまで続く。 来伯する高千穂の夜神楽は1978年に国の重要無形民俗文化財に指定された高千穂町に伝わる民俗芸能で、ブラジルでの舞い披露は初めて。来伯に至っては昨年10月に死去した谷広海前会長が日本に赴いた際、県側に要請して初来伯する運びになったという。 今回の式典について高橋会長は「谷さんの功績は大きい」と語り、慶祝訪問団のため母県と積極的なコンタクトを取った谷氏を称えたほか、高橋実行委委員長も谷氏の気持ちを酌み、「何とか式典を成功させという気持ちがある」と意気込んでいる。 なお、夜神楽の舞い披露は式典翌日の25日午後7時30分から同9時30分までモジ・ダス・クルーゼス市の市立劇場「Cemforpe」(Rua Antenor Leite da Cunha, 55)でも行われる。当日の入場は無料だが、来場者に保存食1キロの持ち寄りを呼び掛けている。 詳細は同県人会(電話11・3208・4689)まで。 2014年7月12日付
今年も大盛況となった「第17回フェスティバル・ド・ジャポン」の郷土食コーナー。その1ブース、秋田県人会で働いていた三船広志さん(73)は、日本の俳優だった三船敏郎氏が母親のいとこに当たり、1932年に農業移民で渡伯した同県出身の両親のもと、サンパウロ州オンダベルデ市で生まれた日系2世だ。ブラジルで歩んだ人生をはじめ、初めて両親の母県を訪れた今から7年前のこと、そして日本祭りでのエピソードなど、同氏が涙を流しながら語ってくれた。(倉茂孝明記者) 広志さんはサンパウロ州奥地で牛とカフェのファゼンダを営んでいた三船一家の11人兄弟の7番目の子どもとして生まれ、中学生のころに「子どもにちゃんと勉強させよう」という両親の思いにより、土地や家をすべて売り払ってスザノ市へと移り住んだ。 その後、「もっと勉強すればよかったが、自分には向いていなかった。(敏郎氏と同じ)俳優の道には進むチャンスはなかった」と振り返る広志さんは、スザノ市の高校を卒業後は両親と共に養鶏をしながらしばらく過ごした。 だが、「このままでは将来がない」と思い立った広志さんは鶏肉と卵を販売する店を始め、繁盛して稼いだ金で67年に友人と共に鍋工場を始めた。 これもまた繁盛したというが、「飽きっぽかったから」と今度は90年にぬいぐるみ工場を設立。当時は珍しかった「音楽が鳴るぬいぐるみ」を製作して販売し、2004年まで働き続けた。そんな広志さんは07年、秋田県で開催された国民体育大会に招待を受け、生まれて初めての日本、そして両親が生まれ育った秋田県への訪問が実現した。 飛行機が秋田空港に着いた時のことを広志さんは、「初めてだったのにどうしてか分からないが『帰って来ました』という気持ちになって」と涙を浮かべて言葉を詰まらせ、「両親から働いて苦労した話や懐かしむ話をよく聞いていたから気持ちが入りこんでいた」とさまざまな感情が込み上げて来た当時の気持ちを振り返る。 さらに、「墓参りがしたい」という広志さんのために両親の出身村の副村長が車で墓まで連れて行ってくれたといい、「花束も買ってくれ、雨が降る中で傘を差して待ってくれていた。本当にありがたかった。日本人の心はやっぱり違うと感じた」とうれしそうに思い返す。 その日本人の心が受け継がれている日本祭り。「色々な県がそれぞれ力を合わせてやっていて素晴らしい」と広志さんが参加するようになったのは、今から6年前のこと。同年に秋田県人会のブースを初めて訪れると、「働いている人数は多いが、売る物が少なそうに見えた」という。その日の帰りにスーパーで鶏肉を買って妻と一緒に串カツを約180本作って翌日持っていったところ、どんどんと売れたそうだ。 それを機に翌年からメニューとして串カツが採用され、広志さんはメンバーとして働き始めた。串カツは今では3日で1500本売れる人気メニューになっている。 今年の同祭では、秋田の名酒「高清水」の法被姿で働いていた広志さん。その風貌(ふうぼう)はどこか敏郎氏の面影が漂っており、笑顔で温かく接客する様子が印象的だった。 2014年7月11日付
第17回日本祭りのメーンステージで、男性6人組アカペラグループのINSPi(インスピ)が初来伯公演を行った。 同グループは、声だけでドラムやベースの音を作り出し、ハーモニーを奏でるアカペラグループとして2001年にデビュー。近年は「日本のココロ歌」を提唱しており、童謡、唱歌、歌謡をアカペラで取り組んでいる。また、日本国内にとどまらず、アジア諸国やメキシコなど世界を舞台に公演を行っている。 5日、6日両日にわたった公演では「東京ブギウギ」や「東北メドレー」など、日本の古き良き名曲を中心に歌い上げた。さらに、日本で活躍する日系3世歌手のマルシア氏から教わったポルトガル語でオリジナル曲の「ココロの根っこ」や、自己紹介を披露すると会場からは拍手が送られた。 公演の最後に歌ったボサノバの名曲「トリステーザ」では、席を立って踊りだす観客も見られ、アンコールも沸き起こるなど約2500人の観客を魅了した。 同グループリーダーの杉田篤史氏は「ブラジルでの公演は夢だった。まさかのアンコールがもらえてうれしい。インスピを呼んでくれた人たちの思いを背負って歌った」と公演終了後の感想を述べた。 日本祭りに関しては、「本当に良い祭り。(日系人の)思いが溢れ、かかわれて幸せ。現地スタッフにもお世話になりました」と感謝を示した。 当日会場に訪れていた岡本綾子さん(66、3世)は「(メンバー)みんな良かった。ポルトガル語も難しかったと思うが、上手でした」と満足した様子だった。 今回、同グループを招聘した国際交流基金サンパウロ日本文化センターの杉田尚央氏は「日本文化を発信している点と海外活動実績から出演を交渉することとなった。公演終了後には反響があった」と公演成功を喜んだ。 2014年7月11日付
W杯で勝つには歴史が必要 サッカー元日本代表の中田英寿氏(37、山梨)が中心となり、サンパウロ(聖)市に期間限定でオープンした「nakata.net cafe(ナカタドットネットカフェ)」(現在は終了)。内装はカフェというより、スタイリッシュなバー。木目を生かしたカウンターには、和食の創作料理が美しく盛り付けられ、日本各地の日本酒が並ぶ。いかにも和風な空間を選ばないところにも中田氏のこだわりが見てとれる。同カフェオープンに先駆けて行われたレセプション開会直前、本紙のインタビューに応じた中田氏に、同氏の価値観やサッカーについて話を聞いた。(夏目祐介記者) 今回で来伯は10回ほどになるという中田氏。ブラジルへの印象を聞くと、「地方によって全く異なるため、一括りにはできない。サンパウロは急成長している大都市で洗練されているイメージがありますね」と語る。 その聖市でオープンした同カフェ。日本の食や文化の発信が主な目的だったが、中田氏が伝えたい日本らしさとは何か。「僕は『らしさ』という言葉が好きではありません。なぜならそれは発信側が定義することではなく、受け取る側が決めることだからです」。そう前置きして同氏は続ける。「なので今回(のnakata. net cafe)も、僕が良いと信じた『日本』をブラジルに紹介していますが、正しいかどうかは分からない。足を運んでくれた人それぞれに判断してもらいたいです」 話題をサッカー・ワールドカップ(W杯)に移す。まずはデモについて。W杯ブラジル大会も閉幕が近づき、幸い際立った惨事はまだないが、同氏は「デモは世界中どの都市でも行われるものだけれど、W杯でその話題が先行するのは残念。ブラジルの良いものを見せるチャンスなのに、外国人としては不安で、マイナス材料になるわけですから」と考えを述べた。 中田氏は現役時代3度のW杯に出場。ずばりW杯で勝つためには何が必要だと思うか。「歴史ですね。過去の大会でも新興国が好成績を残すケースは多くない。W杯で上位を目指すには、経験を積み重ねて、自分たちの勝つスタイルを確立しなければならない」 同氏を取材したのはW杯開幕前。日本代表の選手たちが大会敗退後、「自分たちのサッカー」ができなかったと反省を口にしたが、同氏は戦う前からそれを実行する難しさを語っていた。 そして今大会の優勝国予想は、希望も込めてブラジルだ。「64年ぶりの自国開催での優勝は、ブラジルサッカーの歴史的にもふさわしいでしょう」 最後に、中田氏のサッカー界復帰の可能性を尋ねた。「今でもチャリティマッチなどで、サッカーとかかわっていますよ。でも根本的にサッカーは自分にとってプレーして楽しいもの。サッカーで金もうけは考えていないです。監督やコーチも含めてね」 日本祭りにも来場文化知らせる活動に共感 7月4〜6日まで聖市で開催された第17回フェスティバル・ド・ジャポン(日本祭り)。主催の県連が目玉の一つと語っていたのが、nakata.net cafeの日本酒ブース出展だった。そして5日には、同祭りに中田英寿氏が参加。郷土食ブースにも足を運んだ。 中田氏はまず、同カフェブースに来場。日本酒「作(ざく)」を注文し、ブラジル人女性のスタッフにブースの様子を確認した。 両氏は互いに日本酒ソムリエの資格を有し、話題は専門的に。女性が「(同カフェに)参加して教えてもらうまで、冷蔵せずに日本酒を保存していました」と打...
ニッケイ新聞 2014年7月9日 愛知は味噌串カツと味噌煮込みうどんで郷土の味を表現。特製味噌をつけた串カツは、肉好きな非日系にも大好評だった。小松ジェニー元会長は「味噌汁などが伯人にも広く知られたおかげ。中には味噌をつけずに食べる人もいるけど、肉自体にも味噌味を付けてあるんです。愛知の人には邪道だと思われるけどね」と工夫も明かした。また、カニ足付きの豊川稲荷弁当(30レ)も好評だった。市営市場で仕入れたカニの足を2本ずつつけた所、大人気。小松さんは「値段は少し高めだったけど、土曜は午前のうちに売り切れた。変わったものを求める来場者が多くなってきたのでは」と予想した。広島は、広島風お好み焼きを22レで販売。とんかつソースをお好み焼き用にアレンジした。バンカでは20人が忙しく鉄板と向きあう。キャベツは金曜の夕方から婦人部総出で大型80個を千切りにしたという。石井公男理事は「今日はコッパ(W杯)の影響もあって、人出は昨年の土曜日より少ないかな」と周囲を見渡したが、「売れ行きは好調ですよ」と微笑んだ。「三陸わかめうどん」を販売した岩手県人会は、今夏の水不足で馴染みの製麺所が営業を停止したため、うどんの調達に苦労したそうだ。千田曠曉会長は「売れ行きは順調。開催できたのは、若い人の協力のおかげ。売り上げの一部を何かの形で還元したい」と若者の活躍に顔をほころばせた。チキン南蛮串を千本用意した宮崎県人会は、県費留学で本場の味を知る青年部20人が主体となって運営。柔らかいモモ肉のから揚げに、手作りのタルタルソースがぴったりマッチ。クリスチャーネ・紘美・田代さん(25、三世)は「嫌になるほど鳥肉を切った」と苦笑いしながらも、「県費留学で知り合った皆と会えるのは、日本祭りだけだからね」と楽しそうだった。鶏の被り物をして客寄せを行った桐野リカルドさん(30、二世)も「先輩たちの活動のおかげで県人会が続いている。評判もいいので来年もやりたい」と意気込みを語った。
ニッケイ新聞 2014年7月9日 日本祭りの屋内展示場であった『富士山写真展~世界文化遺産になった日本人の魂と文化』には、多くが訪れた。富士山の世界文化遺産登録1周年を記念し、ニッケイ新聞と静岡新聞(本社・静岡市)が共催した。様々な表情を捉えた40点は、日本、日系、ブラジル人全ての心を捉え、写真の購入を希望する人、詳しい説明を求める人、記念撮影を行う人など、高い関心を呼んだ。在サンパウロ日本国総領事館と富士山を世界遺産にする国民会議の後援、国際交流基金サンパウロ文化センター、HOTMA、イカイ(沼津市)が協賛した。 「モンテ・フジの名前は知っていたけど、これほど凄いとは…」と驚いた表情を見せるのは、タイス・アウレリアーノさん(21)。母のルシアさん(50)も「本当に綺麗。もっとこの山のことを知りたい」と興奮気味に話し、共に訪日を誓っていた。ソロカバ市のトヨタ自動車の工場で働くフランシスコ・エリオリさん(30)は、「訪日旅行を考えていたけど、行先の一つに静岡を加えたい。直接自分の目で確かめたい」。14歳で移住し、グァタパラ移住地に住む吉永利行さん(65、佐賀)は、「7年前に帰国した際、御殿場市まで行ったけど天候不良ではっきりと拝めなかった。これが私にとっての初富士。念願叶いました」と笑顔を見せた。名古屋市で2年間働いた経験がある藤永エドワルドさん(23、二世)は、「東京に向かう電車の中で見た衝撃が今も忘れられない。改めて様々な富士山が見られたのは本当に嬉しい」と感慨深げ。旅行会社に勤務し、ブラジル人旅行者を連れて毎年富士山を訪れる松村照明さん(71、熊本)も、「これだけ様々な角度で富士山を見られる機会はない。素晴らしい企画」と太鼓判を押した。今回の企画で初来伯した静岡新聞・営業局広報センターの大林寛副部長(46、静岡)は、「日本をテーマにしたこれほどのイベントが行われているとは」と日本祭りの規模に驚き、「富士山を誇らしく思うとともに、ブラジルの人に静岡を身近に感じてもらえれば」と嬉しそうな表情を見せていた。
ニッケイ新聞 2014年7月8日 ブラジル日本都道府県人会連合会(本橋幹久会長)主催の『第17回日本祭り』が聖市イミグランテス会場で4~6日にあった。W杯と日程が重なったことで人出を危ぶむ声もあったが、前年同様、約18万人が来場した。特設舞台では太鼓やダンスなど約100演目が披露され、ミスニッケイコンテスト、コスプレ大会も行われ来場者を楽しませた。43都道府県のブースでは郷土食約300品目に大行列ができ、160社・団体が出展した。 4日午前11時からの開会式には、日系団体、スポンサー企業代表者、安部順二、大田慶子、飯星ワルテル連邦下議らも来賓として参加し、それぞれ祝辞を述べた。 挨拶に立った本橋会長は「一度に様々な郷土料理を楽しめる場所は日本にもない。日本祭り、弥栄!」と拳を突き上げ、開催を祝した。 全国の郷土食が一堂に会した「食の広場」は連日大盛況。毎年、郷土食を目当てに家族で来場しているというヴァニアン・セキネさん(31、三世)は「今年は東京の牛丼と宮崎のチキン南蛮が美味しかった」と満足気。 初めて来場したルイス・カルロス・メーロさん(31)は、友人6人と食の広場を巡り、からし蓮根や海鮮焼きそば、大山おこわ、広島お好み焼きなどを堪能した。「文化と料理を一度に楽しめる素晴らしいイベント」と話した。 生け花や茶道など多くの日本文化体験スペースが設けられ、初めて書道教室に参加したリカルド・クベロさん(34)は「集中力と繊細さ、勢いも必要で難しい。普段使わない筆で、初めて知る漢字を書く。非常に新鮮」と笑顔を見せた。 特設ステージでは、沖縄民謡や安来節などの伝統芸能からヒップホップダンスやコスプレ大会まで、三日間で約100演目が披露され来場者を楽しませた。日本から招かれた「Zoomadanke」がけんだまでパフォーマンス、アカペラバンド「INSPi」のステージ中、客席で立ち上がり踊っていた松尾キョウコさん(72、二世)は「二日連続で楽しめた。踊りたくなるほど上手」と満足した様子。 本橋会長は「今までの積み重ねで日本文化が根付いたのか、年々ブラジル人来場者が増えている」と喜んだ。 白熱勝負! コスプレ大会=優勝者は世界大会へ  来年日本で行われる「ワールド・コスプレ・サミット」の出場権を賭けたコスプレ大会が、日本祭りの最終演目として行われた。衣装だけでなく、原作のシーンを再現する派手な演技も注目を集め、満場となった会場は大いに沸いた。 コスプレとは、漫画やゲームの登場人物に扮する「コスチューム・プレイ」の略称。漫画・アニメ・ゲームの人気の高まりに伴い、当地でも益々愛好者が増えている。 優勝したのは、テレビゲーム「ファイアー・エムブレム」の登場人物を演じたディエゴ・ペレイラさん(25)とフェルナンド・エンリケ・メデイロスさん(22)=マット・グロッソ州=。今年で3回目の出場という二人は「勝てるとは思わなかった。凄く嬉しい。伯国代表という責任を感じる」と喜びを語った。 審査員を務めた国際交流基金サンパウロ日本文化センター・深沢陽所長は「コスプレが多くの人に受け入れられていると実感した。日本文化の一つとして認識を改めなければ」と話した。
ニッケイ新聞 2014年7月8日  日本祭り目玉の一つは、各県人会の提供する「郷土食」。地元名産の自慢の一品を販売した。海の幸やデザートなどなど、ニッケイ新聞取材班が各自気になったバンカを食べ歩き取材した様子を2回に分けて紹介する。 北海道といえば、海の幸。焼きたてのイカやニシンの芳しい香りに惹かれてか、同協会のブースの前には朝早くから人だかりができた。 「土曜日は4時すぎに売り切れた。ニシンなどは独特の味だけど、非日系にも人気です」と青年部リーダーの鈴木幸(29、二世)さん。「非日系も他県系人も大歓迎」という、同協会で活動するYOSAKOIソーランの若手メンバーが販売活動を支えている。祭りを通してチームワークも一層強化されたよう。 富山県人会のブースの前では、「ここの天ぷらはエビ5匹いり!」「コロッケっていうのは…」と客寄せに精を出す平松修副会長の姿が。 試食しては改良を繰り返した自慢のレシピとか。中身はほくほく、衣はさくさくという好バランスの一品だ。威勢の良い宣伝活動が功を奏してか売れ行きも上々、土曜日だけでコロッケ800個を売り切った。 森の幸が豊富な長野では、「椎茸ご飯」を初出品。椎茸を贅沢に使って出汁をとったコク旨ご飯だ。非日系にも喜ばれ、土曜日だけで160パックを売り上げた。 京都県人会のお馴染み「みたらし団子」は、漫画好きの非日系に人気を呼んだ。同会の販売活動に協力した力行会の福島清美理事は、「コスプレした若者が『漫画で見て団子に憧れた』と言って、よく食べに来たわ」と思いがけない漫画の影響力に目を見張った。 深夜3時から仕込んだという鳥取県人会の大山おこわは、栗や鳥肉、牛蒡など具沢山の逸品で、午後1時には売切れてしまうほどの人気ぶり。「甘すぎない味付けが難しかった」と話すおこわ担当の末長勇美子さん(63、熊本)は、好調な売れ行きに満足した様子だった。 香川は名物の讃岐うどんを販売。麺は輸入ものだが、ダシは県人会長の母・香川ツネヨさん(77、二世)が仕込んだ。煮干、カツオ、昆布にしいたけ等で出汁をとる秘伝のレシピだ。「毎年好評を得ている出汁の配分は私の塩梅です。今年も上々の出来じゃないかしら」とはにかんだ。  
18万人来場で各ブースは長蛇の列 第17回フェスティバル・ド・ジャポン(日本祭り、主催=ブラジル日本都道府県人会連合会)が4~6日、サンパウロ(聖)市のイミグランテス展示場で開催され、連日の晴天の中、約18万人(主催者発表)が来場した。今年の同祭テーマには「三方良し」が掲げられ、「売り手、買い手、世間」の三方が満足する祭りを目指した運営が行われた。今年はサッカー・ワールドカップ(W杯)準々決勝4試合の日程と重なったこともあり、会場にはユニホーム姿の人や日本から来伯中の人も見受けられた。屋内会場の各日本企業や日系団体のブースではそれぞれの製品やサービス、食品などが紹介され、屋外の郷土食コーナーには計50の各県人会・団体が出店し、今年も大繁盛となった。 今年の同祭初日はW杯のブラジル対コロンビアの試合日だったため、試合開始1時間前の午後4時から終日入場無料として集客が図られ、メーンステージ脇に設置された大型テレビで試合観戦が行われた。午後4時半ごろに会場を訪れた梅田邦夫駐ブラジル大使夫妻、佐野浩明在聖総領事館首席領事らは本橋幹久県連会長の案内で会場全体を回り、試合前半途中から観戦した。 梅田大使は、「これだけ大きい規模でできることは素晴らしい。日本祭りの会場に試合を見に来ているブラジル人も多く、いかに受け入れられているかの証拠だ。今後継続していくためには官、民、日系が三位一体となってやっていくことが大切だろう」と感想を述べた。 5日午前11時からはメーンステージで開会式が行われ、日系議員、日本政府関係者、各スポンサー代表や日系団体代表ら約25人が壇上に上がり、開会を祝った。福嶌教輝在聖総領事はあいさつで、日ごろの協力とW杯での日本チームへのホームさながらの大きな応援について礼が述べられ、「日本が負けた今、今度は日本がブラジルを応援する番だ」とあいさつすると会場は大きな拍手に包まれた。 屋内会場では今年も多くの日本企業がブースを設け、JICAや総領事館、国際交流基金など日本政府のブースも開かれた。2回目の参加となったダイソーでは、行列ができて入場制限がされるほどのにぎわいを見せていた。援協やサンタ・クルス病院のブースにも無料診察を受けようと朝早くから行列ができており、文協ブースでの里帰りプロジェクトの説明では涙を流しながら母国を思う1世の姿も見受けられた。遠方からはパラー州ベレン市にある汎アマゾニア日伯協会が参加して同地の熱帯果樹加工食品などが販売された。 今年初参加の団体として、自動車部品メーカーのデンソーや、元サッカー日本代表の中田英寿氏が聖市で期間限定で開催していた「nakata.net Cafe」などがあり、5日午後4時過ぎには中田氏本人も来場して郷土食コーナーで出身地の山梨県の「ほうとう」や、援協の自閉症学級支援(PIPA)のブースの焼き鳥を食べるなどして会場を回った。 郷土食コーナーには今年は計50の県人会と団体が出店し、連日人気ブースの前には長蛇の列ができる例年通りの大盛況となった。今年は初日がブラジルの試合日だったため、少なめに食材を用意するなど各団体は工夫していたようだが、結果としては「思っていたよりも売れた」という声が多く聞かれ、最終日の昼過ぎごろから人気食品が売り切れとなる県人会も見られた。 2014年7月8日付
5日午後7時ごろからは「ミス日系コンテスト」が開催。ブラジル各地から選ばれた23人の日系美女が水着、ドレス姿で伯国一の美を競い合い、会場は特製の横段幕や応援グッズなどを持って応援に来た友人や家族らによって熱気に包まれていた。 審査員による審査の結果、サンパウロ州マリリア地域代表のアマンダ・ミユキ・ミズカワさん(15、2世)が今年のミス日系の栄冠に輝き、「とても、うれしいです。今後の目標はモデルと医者になることです」と取材に応えた。 また、6日午後6時半ごろから「第5回ブラジルコスプレ大会」が行われ、計11組のペアが出場。世界大会出場を懸けたブラジル1位を決めるパフォーマンスを一目見ようと、メーンステージの周りには同祭で一番と思われる多くの人が集まる盛り上がりを見せていた。 優勝したのは3度目の出場となるミナス・ジェライス州在住のフェルナンド・ペレイラさん(22)とディエゴ・ペレイラさん(25)の伯人男性2人組。「レベルの高い大会で本当に優勝できると思っていなかったのでとても幸せです」と答え、「責任を感じるが世界大会へのやる気も十分」と意気込んだ。 そのほか、同祭にはアカペラグループ「INSPi」、けん玉パフォーマーの「ZOOMADANKE」、フリースタイルフットボール現日本王者の「ALEG―Re」などが日本から招待され、「人間離れ」した驚きのパフォーマンスに会場は大歓声に包まれていた。 6日にはジェラルド・アルキミン聖州知事、前知事のジョゼ・セーラ氏ほか、ブラジル社会民主党(PSDB)の大統領選候補アエシオ・ネベス上議が会場を訪れた。 同祭を終えた本橋県連会長は「会長として初めての祭りで責任を感じながらの祭りとなった。開催に当たり金銭面など色々と問題はあるが、皆が協力してくれたことでこうして無事終えられたことが何より。来年は今年以上に大変になるだろうが、今後に向けまた積極的に動いていきたい」と総括した。 2014年7月8日付
ブラジル日本都道府県人会連合会(本橋幹久会長)主催の『第17回フェスティバル・ド・ジャポン(日本祭り)』が4日正午、聖市のイミグランテス展示場(Rod . dos Imigrantes, km 1,5)で開幕する。開幕前日の3日、注目の郷土食会場で意気込みを聞いた。 お馴染みの大鳥居をくぐって右手に抜けると、各県人会自慢の逸品が一堂に会する「食の広場」がある。3日朝8時40分に一番乗りで設営準備を始めたのは、本橋県連会長率いる鳥取県人会だった。栗と鶏肉の入った「大山おこわ」を筆頭に和牛を使った牛丼、大きな野菜かき揚などを販売する。現場責任者歴5年目になる末長正副会長は、「牛丼はデカセギ帰りの人に人気。大山おこわも自慢の品。ぜひ来て下さい」とアピールした。長野県人会の準備作業も気合が入っていた。先頭切って働いている様子の高橋恒治さん(65、山形)は、「開催日の天気が良いことに一安心」とか。同県人会の北澤一家が作る「野沢菜漬け」も順調に漬け込まれており、「各地で日本祭りは開かれるけれど、野沢菜漬けを食べられるのはここだけ。椎茸ごはん、花梅漬けもあるのでぜひ」と高橋さんは来場を呼びかけた。 展示スペースの中央通路奥の左手には、本紙と静岡新聞が主催する富士山写真展が3日中に設営を終えた。見ごたえのある霊峰の姿に、忙しいはずの作業関係者もしばし足を止めて見入る光景も見られた。 山田康夫同祭実行委員長は、忙しく会場を駆け回りながらも「準備は終わりました。後は皆さんに『三方良し』で楽しんでもらうだけです」と会場費の値上げなど苦労の多かった今回の日本祭りの成功を祈った。 開催時間は4日正午12時~午後9時、5日午前10時~午後9時、6日午前10時~午後6時まで。5日には「ミス・ニッケイコンテスト」、6日には「コスプレ大会」も行われる。各種ワークショップや和太鼓、YOSAKOIソーランなどのショーもある。期間中、地下鉄ジャバクアラ駅から会場への無料バスが出る。駅の各所で赤い法被を着たボランティアの案内が目印。入場料は12レアルだが、8歳以下または65歳以上は無料。詳細、問い合わせは県連(11・3277・8569/secretaria@festivaldojapao.com/www.festivaldojapao.com )まで。
リベルダーデ周辺でも各県人会館で前日準備に大忙し。宮崎、青森、岩手、和歌山、山口などが婦人部、青年部ら総動員で郷土料理の下準備に追われた。和歌山県人会(木原好規会長)は毎年、長蛇の列ができる「関西風お好み焼き」の下ごしらえにひたすらキャベツを切り刻む。総数は約500個で婦人部、会員らが約30人体制で千切りにし、3日間で最大5千食の販売を予定。「こういう時しかお手伝いできないけど」という20代から、80歳近いベテランまで総動員で準備した。「猫の手も借りたいほど」と木原会長も言うように開催期間中も多忙を極めるが、日本祭りの目玉食品とあってうれしい悲鳴だ。 宮崎県人会(高橋久子会長)で注目は、チキン南蛮と日向ラーメン。金曜に販売するラーメンはあっさりしょう油味で200食を仕込んだ。チキン南蛮は青年部を中心に調理したという。会館で準備に汗を流す婦人らは、「郷土食に加え特製甘酒も用意します」と笑顔を見せた。 リンゴが名産の青森県人会(玉城道子会長)はサンタカタリーナ州サンジョアキンのリンゴを使用し、ゼリーとケーキを用意した。玉城会長は「100%ジュースもおすすめ」と自信を見せた。 バリバリ焼きそばなどを提供する山口県人会(要田武会長)は、午後から会員など6人で下ごしらえ。自慢のイチゴ大は、「餡が21キロ、イチゴはアチバイアから取り寄せた3200個を使用します」と伊藤紀美子事務局長。当日は青年部中心に30人が販売を行なうという。 岩手県人会(千田曠曉会長)は三陸わかめうどんを仕込んだ。千田会長による特製ダシはいりこ、カツオ節、昆布にしいたけも加えた丁寧な一品。錦糸卵にナルト、天ぷらを乗せて提供する。
ニッケイ新聞 2014年7月3日 ブラジル日本交流協会(二宮正人会長)が東日本大震災の被災地支援活動とし、「布地蔵販売会」を今週末の県連日本祭りで行う。震災後、現在も宮城県名取市箱塚桜団地仮設住宅で暮らす人々が手作りした地蔵のぬいぐるみで、1体20レアル。同仮説住宅の住民が元々住んでいた同市ゆりあげ地区は、震災によって死者911人・行方不明者40人、半壊以上の建物5千棟以上と甚大な被害を受けた。震災から3年が経った今も、約240人が同仮設住宅に暮らしている。布地蔵はゆりあげ地区の名前の由来ともなった、「千年前の大津波で浜辺にゆりあげられたお地蔵様」がモチーフ。制作した住民らは、「お地蔵さまは作っても、もらっても心が癒される」「支援してくれた方々へ『ありがとう』と感謝の気持ちを込めた」と話している。同協会の岸本和生さんは「何もせず部屋に1人でいると、自分の行く先を考え込んでしまう方がいる。集会所に集まってみんなで作業すると気持ちも明るくなるそうです。被災地の現状を伝えるための写真展も行います。関心のある方はぜひ」と来場を呼び掛けた。
沖縄ポップス歌手として東京を中心に活動するナシルさん(38、沖縄)が、6月26日から来伯している。 同氏は2000年に実妹と2人組みで音楽活動を開始。07年からはソロ活動及び三線を使った音楽活動を始めた。近年では沖縄出身のバンドBEGIN(ビギン)のメンバーである島袋優氏プロデュースによる楽曲のリリースや、自身のラジオ番組を持つなど幅広い活動を行っている。 今回の来伯では、既に文協桜祭りや日系コロニアとの交流の中で歌声を披露したほか、日本祭りでもステージに立つ予定だという。また、三線の寄付や、沖縄の絵葉書などの配布を通じ沖縄文化の発信を行う。 同氏はブラジルの印象について「気候や人が沖縄に似ている」と笑みを交えて述べ、「音楽を通して沖縄の風を届けたい。来年も来ると既に約束した」と今後の展望を語った。 日本祭りでの同氏のステージは、6日午前11時45分の予定。 2014年7月5日付
ラジオTV日系が、昨日から開催しているフェスティバル・ド・ジャポンでブースを出している。 同ブースでは、エスタソン・リベルダーデ出版社やサトリ出版社の書籍、コンチネンタル・ホームビデオ社の邦画をポ語に翻訳して紹介。一部販売もあるという。 また同ブース内にスタジオを設け、同社の宮城パウロ社長と瀬名波美恵子さんによる政治家などへの公開インタビューも行われる。 2014年7月5日付
北澤氏の思い継ぎ今年も販売 郷土食コーナーに出展する各県人会は趣向を凝らして母県の味を表現しているが、毎年種を日本から取り寄せ、栽培、仕込みまでを工程して販売するのは長野県人会(高田アルマンド隆男会長)から出品される「野沢菜漬け」くらいではないか。同県人会の野沢菜漬けは日本祭りの前身「郷土食祭り」時代からほぼ欠かすことなく出品されている定番品で、毎回、早い時間帯での売り切れが必至の品だ。 6月30日、高田会長ら役員と会員8人が野沢菜が植えてあるモジ・ダス・クルーゼス市管内ビリチーバ・ミリンにある故・北澤重喜さんの息子、マリオさん(51)とアウグストさん(44)が管理する北澤農園を訪れ、同農園で働く従業員や北澤さんの親族約10人と共に野沢菜の漬け込み作業に励んだ。 これまで野沢菜の管理を一手に引き受けていた前会長の重喜さんが今年2月に他界。今年の出品が危ぶまれたが、種をまく時期が迫った4月に高田会長ら県人会役員数人が北澤農園に出向き、今年も野沢菜漬けを販売する意向をマリオさんら親族に伝えた。マリオさんによると、「冬の時期はそんなに忙しくないし、問題ない」と承諾したという。 昨年の取材で重喜さんは1世の高齢化や栽培の難しさを理由に野沢菜の管理を「今年でやめる」と発言していた。また、手伝いに役員が参加しなかった状況について「2世の役員も参加して大変さを分かってほしかったんだが」と複雑な胸の内を語っていた。 皮肉にも重喜さんが亡くなってから2世が率先して行動し、今年も販売を続けることを選んだ。 今年の野沢菜は重喜さんが生前に母県在住の叔母に頼んで送ってもらった種が残っており、それを使用。5月初旬に発芽させ、発芽後2週間してから北澤農園一角、2000平方メートルの畑に定植した。定植後、50日で収穫を迎えたが消毒、潅水、施肥などの管理は親族と従業員が引き受けた。 同日午前9時前に北澤農園を訪れると従業員が既に収穫を済ませた後で、収穫された約300キロの野沢菜は葉野菜出荷場に運ばれた。訪れた役員、会員らは葉の選別と水洗い、大樽に塩漬けする作業を親族らと一緒になって午後3時ごろまで続けた。 参加した同県人会元会長の新井均さん(79)は「2世の輪がまとまってきているね。今年も続けてくれてありがたく、1世はもうサイドから応援するくらいでいいんじゃないかな」と取材に対してコメントし、今年も野沢菜漬けが販売されることを喜んでいた。 マリオさんは、親族、会員らが一緒になって樽に野沢菜を漬け込む様子を見ながら「まあ2世は漬物をあんまり食べないけど、来年も続けてもいいかな」とつぶやき、野沢菜の管理を来年以降も継続する意向を示した。 この日、塩漬けされた野沢菜はピンガ、砂糖、味の素など独自の味付けを行った後、袋詰めされる。長野県人会のブースはプラッサ・ミツビシの40番。今年も昨年と同様に800袋ほどの野沢菜漬けのほか、パステル、ドラ焼きなどを販売する予定だ。(おわり、川口裕貴記者) 2014年7月4日付
山口県山口市にあるロータリークラブ(RC)は6月24日、山口県人会(要田武会長)の仲介でサンパウロ市リベルダーデ区にある同県人会会館で知的障害者援護施設「希望の家」にブラジル米800キロを贈呈した。 贈られた米は、山口県人会がRCからの支援金10万円で購入したもの。要田会長によると、RCから毎年行われてきたブラジルへの寄付は今回で20年目。当初はブラジルの孤児院に向けて援助していたが、10年目を境に同施設へ米の贈呈が始まった。 米は毎年1トンを目標に購入していたが、今年はW杯の影響で米の値段が高騰。今回は目標を上回る贈呈はできなかったという。また、今回で同施設への寄付が10回目という区切りを迎えた理由から寄付が最後との発表もあった。 要田会長は「山口市のロータリークラブのように、もっと日系コロニアに目を向ける団体が出てくれれば。県人会としても新たな支援活動を行いたい」と今後の展望について述べた。 同施設の近澤マリナ理事は、「ありがたい。本当にお世話になりました」と10年間に及ぶ寄付に感謝の言葉を述べた。 近澤理事によると、現在同施設には平均年齢50歳以上の約70人が入居しており、半分が日系人だという。 2014年7月4日付