ニッケイ新聞 2014年7月2日 県連主催の第17回フェスティバル・ド・ジャポン(日本祭り)が4日から三日間、聖市のイミグランテス展示場で開催される。各県自慢の逸品が集まる郷土物産展に、長野県人会(高田アルマンド隆男会長)は毎年「野沢菜漬け」を提供してきた。しかし、それを主導してきた北澤重喜さんが3月に逝去し、今年は中止かと思われた。ところが彼の思いを継いだ家族らの奮起で先月30日に約400キロ、800袋分の漬け込み作業がビリチバ・ミリン市の北澤農場で行われ、無事販売の準備が整った。 「日本の文化を続けたい気持ちが心の底にあった」と語るのは、重喜さんの長男マリオさん(51、二世)だ。高田会長から野沢菜漬けの協力を頼まれたのは、父重喜さんが亡くなってすぐのことだった。マリオさんは「母や弟は野沢菜漬けをほぼ諦めていた。でも自分はやらなくてはいけないと思い承諾した」と当時の心境を語る。家族に相談したらダメだといわれるのではと考え、独断で野沢菜作りを請け負った形だ。兄妹と共に経営する農業会社の業務を調整し、栽培と収穫を会社で行えるように、まず外堀を埋めた。その上で「大変な作業はこちらでやるから協力してほしい」と家族に頼んだ。母アキエさん(85、北海道)は、夫が亡くなったことと肩と腰の痛みから、今年の野沢菜漬けを諦めていた。でもマリオさんの堅い意志を聞き、驚きながらも「やると言うならやればいいよ」と言った。言葉こそそっけないが、その時のことを語る姿はとても嬉しそう。作業当日も張り切って漬け込みの塩梅を指示していた。最後まで反対したのは弟アウグストさん(44、二世)だった。「父とは同居していたけど、あまりも話をしていなかった」と当時を語る。しかし、アキエさんから強い説得を受け、「母のために、父が大切にしていたものを受け継いであげたい」と思い直した。現在はむしろ、最も積極的に作業を手伝い、マリオさんを驚かせている。聖市から作業を手伝うため同県人会員10人と共に参加した新井均元会長(79、長野)は、「重喜さんには素材から手作りするこだわりがあった。北澤家の協力が無ければ野沢菜漬けを出品する事は出来なかった」と感謝し、「県人会の協力者が高齢化する中、重喜さん本人も野沢菜漬けの継続を半分諦めていた」と振り返った。マリオさんは「若い頃にはわからなかったが、日本文化を継承する事は大切な事。来年もぜひやりましょう」と協力を約束すると、新世代誕生に県人から拍手が起きた。二日ほど塩漬けにして水分を絞り、少々の砂糖やピンガなどで味をつけ、日本祭りのバンカに並ぶ。マリオさんは「今年は柔らかさを重視して早めに収穫しました。味付けも秘伝のレシピで行います。来場した際はぜひ」と自慢の一品をアピール。来場の際は、家族の絆が繋いだ郷土の味を楽しんでみてはいかがか。
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ニッケイ新聞 2014年7月2日 宮城県人会館で24日に開かれたW杯日本代表観戦会後、予選リーグ敗退の落胆も忘れ、郷土話に花を咲かせる一団が。W杯のために初来伯した岡部さんと当地の山形出身者だ。40年来のサッカーファンで、娘とその友人の3人で来伯。17日に到着し、クリチーバ、ナタウで日本戦とスペイン戦を観戦した。フェイスブックで初めて宮城県人会の存在を知り、同会での観戦会に参加したという。「天童市・人間将棋大会」「さくらんぼの最新情報」など地元の話題で盛り上がっていた岡部さんは、山形県人会副会長・斉藤保さん(67)から「昨年の県人会60周年記念式典には、県知事や民謡団が来て賑やかだった」と聞くと、意外な日伯の繋がりに感心した様子。「伯国は危険な国だとばかり思っていた。でも、空港やスタジアムでは日系人の方が案内してくれたり、応援用の手袋を下さったりして親切にして頂いた。来て良かった」と一週間の滞在を振り返った。W杯を通じ、日系社会への理解が確かに広がっていると思えた一幕だった。(石)
ニッケイ新聞 2014年7月1日 山口ロータリークラブ(河野康志会長)が希望の家福祉協会(上村ジャイロ理事長)に米800キロを寄付するにあたり、24日に山口県人会館で寄贈式を行った。同県人会の要田武会長、伊藤紀美子事務局長、近江稔会計理事、希望の家の近澤マリーナ理事が出席し、地球の裏側からの支援を喜んだ。同クラブの伯国への寄付活動は今年で20年目。希望の家には毎年10万円分の米を寄付しており、今年で10年目を迎えた。しかし、同一団体への寄付は10年を一区切りとする方針から、同施設への支援は今年で終了する見通しだ。山積みにされた米袋を前に、近澤理事は「両団体には10年間本当にお世話になりました」としきりに感謝の言葉を述べた。米は、入居者73人の3カ月分の食事になる。要田会長は「10年間、日伯の橋渡し役が出来たことは誇り」と感慨深げに語り、「日系コロニアの福祉団体はどこも支援を必要としている。日本からの協力者があれば、県人会は協力を惜しみません」と述べた。
ニッケイ新聞 2014年6月28日 日本のシンボル、富士山の雄姿をサンパウロで―。ニッケイ新聞は提携紙の静岡新聞(本社・静岡市)と共催で、来月4~6日に開催される県連・日本祭りのパビリオン会場で『富士山写真展~世界文化遺産になった日本人の魂と文化~』を開く(E-08、出口近く)。日本国民の悲願として富士山がUNESCO世界文化遺産認定されてから、はや1周年。それを記念し、静岡新聞が提供する四季折々の富士山の表情を伝える写真40枚を通じて、〃日本の心〃をブラジル社会に伝える企画だ。 雲海から顔を覗かせる神々しい姿、真っ白な深雪に覆われた寒々とした姿、またあるときは色とりどりの花畑の向こうに聳える心温まる姿など、地元紙・静岡新聞だからこそ切り取れた千変万化する霊峰の表情が一堂に会する。同社ヘリコプター「ジェリコ1号」が空撮した上からの富士は、三保の松原から仰ぎ見る様子とはまったく別の表情を見せる。入り組んだ入り江を持つ伊豆半島側から覗き見る姿、はたまた日本一のパワースポット(元気が出る場所)といわれる山頂の御来光の瞬間、山頂部と太陽が重なる特殊な大気光学「ダイヤモンド富士」が出現する直前に上空に鬼のような影が現れた瞬間を写したものなど、ここでしか観られない世界文化遺産にふさわしい美景が山盛りだ。日本人にとって古くから山岳信仰の代表であり、山頂の浅間大社の鳥居の勇姿も写真展にはある。日本中に350もの「富士」の名を冠する山がある。移民が祖国を恋しく思う時、まず夢に見、心に思い浮かべたのは富士の美しい姿ではないか。北米には「タコマ富士」、聖州にも「レジストロ富士」などその名を冠した山が23カ国・地域に50以上もあるのがその証左だ。古来、日本人は俳句や浮世絵に写し取り、文化的意味を持たせ、自然への敬意、畏怖を維持してきた。昨年、富士山がUNESCOの世界文化遺産に登録されたのは、まさに高くて美しい山というだけでなく、自然と共生してきた日本人の精神性を幅広く知ってもらおうという働きかけの成果でもある。そんな背景も含めた霊峰の姿を子や孫に見てもらうだけでなく、幅広くブラジル社会に知ってもらうために企画された。 後援は在サンパウロ日本国総領事館、国際交流基金サンパウロセンター、富士山を世界遺産にする国民会議の後援。協賛はイカイ(静岡県沼津市)。
日本祭り向けて団結を ブラジル日本都道府県人会連合会(県連、本橋幹久会長)の月例代表者会議が、6月26日午後4時からサンパウロ市リベルダーデ区の文協ビル5階同会事務所で開かれた。 今週末に控えた第17回日本祭り(フェスティバル・ド・ジャポン)での注意事項の確認のほか、会の終盤では前回同様、県人会活性化に関する懇談の時間が設けられ、出席者が意見を交わした。 日本祭りに関しては、約25万レアルとみられる赤字解消へ「引き続き努力している」と山田康夫同祭実行委員長が現状を説明。目標来場者数は昨年と同じ規模である18万人とした。目標達成のための不安要素として期間中の天候だけでなく、サッカー・ワールドカップのブラジル代表戦が同祭初日にあたる4日に予定されていることを挙げた。 懇談会では、県人会活性化をテーマに話し合いが行われた。 尾西貞夫兵庫県人会長が、県費留学制度への補助金支給を日本政府に要請することを提案。協議の末、8月初旬に実現するとみられる安倍晋三首相の来伯時に要請できるよう、尾西会長が中心となって計画を進めることが承認された。 尾西会長は「(補助金要請は)昨年から言い続けてきた。県費留学生は、留学終了後に県人会とのかかわりが作りやすいのが強み」と述べた。 そのほか、「県人会館のノウハウの共有」や「日本からブラジルに進出した企業をいかに日系社会に参加させるか」が議題として挙げられた。 同会議終了後、本橋会長は日本祭りに向けて「もしかしたらトラブルが起こるかもしれない。その際は文句を言うのではなく、温かい目で見守ってほしい。みんな仲間なのだから」と話し、同祭当日に向け団結の必要性を強調した。 2014年7月3日付
「ブラジルでは身近に手に入らない物品を売ります」―。4~6日に開催される県連主催の第17回日本祭りの屋内パビリオン「P8」ブースで、日本の雑貨や食料品など通常では手に入りにくい日本製品を東京都在住の宮川茂良さん(47)たちが中心となって販売する。品物はプロ向けのレトルト製品、調味料、特殊炊飯器、衣類や毛布など約50種類。また、キャンディーマシン(飴製造機)やかき氷機など日本からの製品受注も行う。さらに同ブースでは、マラニョン州サンルイス市近郊のバカベイラ市にある宅地物件の投資購入も呼び掛ける。 今回、日本祭りに初めて出店する宮川さんによると、ブラジルでも特にサンパウロ(聖)市にはさまざまな日本製品が輸入されているが一般的な品物が中心で、新製品などまだまだ品数が少ないのが現状だ。 宮川さんたちが販売するのは、プロ用のカレールーやポン酢、だしの素、日本製の日本米や京菓子などの食料品をはじめ、変わったところでは内鍋付きでおかずも同時に調理できる3号炊き用炊飯器もある。また、日本製の衣類、くつ下、毛布やシェーバー(電気カミソリ)なども販売する。 さらに、キャンディーマシンやかき氷機など日本製の各種製造機械類の受注販売も行うという。宮川さんは「日本祭りはブラジルでも最も大きな祭りで、約20万人もの人たちが訪れるため、今回の出店でお客さんの反応を見てみたい。日本にあってブラジルにはない物もまだたくさんあり、『こういう物が欲しい』という要望を聞きながら対応していきたい。今回は実際に販売する数量が少ないため、購入希望者はお早めに」と話している。 ◆バカベイラ市で宅地投資を 一方、同ブースではマラニョン州バカベイラ市での宅地投資への呼び掛けも行われ、同祭期間中に関連ビラ1万枚を配布する。同市は2017年にペトロブラスの製油所が完成予定で、同地に土地を所有する農牧畜産業(株)サンタ・クルス社の小林文彦会長が、インフラ整備による雇用創出と土地価格の高騰を見越した宅地物件の購入を勧めている。 現地責任者の山田清さん(63、大阪)によると、販売予定の土地は第1~第3分譲地と工業団地を合わせて全部で約3000区画(1区画は約300平方メー トル)。そのうち第1分譲地(約200区画)は08年に完売しており、現在、第2分譲地の50%が既に販売されているという。 「現在、外国資本の中でも特に中国がブラジルへの投資に力を入れている。興味のある方はぜひ、ウェブサイトを見てほしい」と山田さんは呼び掛けている。ウェブサイトは(www.novabacabeira.com.br)。 問い合わせは山田さん(電話98・8842・9548(OI対応)、98・8218・7981(TIM対応))へ。 同ブースはパビリオン内「Av.Japao」沿いにあるキリンの巨大ブース前にある。 なお、日本製品の受注販売は、同祭終了後も聖市リベルダーデ区の事務所(Rua Galv縊 Bueno, 212 cj.52- 5...
日本政府機関・日系団体支援状況県人会宿泊や援協施設利用も 【一部既報】サッカー・ワールドカップ(W杯)ブラジル大会で日本代表を応援するために来伯していた日本人サポーターは約7000~1万人にも及んだと言われる。日本代表戦が行われたレシフェ、ナタル、クイアバ各市とサンパウロ、リオなどの都市部で強盗・窃盗や旅券紛失などW杯関連の邦人保護件数がブラジルの日本公館全館で6月26日現在、56件に及んだことが在ブラジル日本大使館や在サンパウロ総領事館などの調べで明らかになった。本紙では、日本代表が惨敗を喫してサポーターたちのほとんどが日本に帰国したとみられる中、日本政府機関及び日系団体が行った支援体制とその状況を振り返る。 ◆邦人保護状況 在サンパウロ総領事館の調べによると、ブラジル全館でのW杯関連の邦人保護件数は6月26日現在の総数で56件。内訳は強盗(6件)・窃盗(23件)を含めた犯罪被害が29件、旅券紛失等・その他の相談が23件、地元警察当局による邦人の一時拘束が4件(うち、チケット転売行為3件、競技場内への拡声器持ち込み1件)となっている。 在サンパウロ総領事館管内では強盗事件は発生しておらず、窃盗が13件、邦人の一時拘束が1件(クイアバ)だという。 強盗事件の発生場所と件数は、レシフェ2件、サルバドール2件、ナタル1件、リオ1件。 レシフェでは6月15日午後3時20分ごろ、同市旧市街のサンジョゼ市場付近の路地を友人と観光していた日本人2人が、刃物を所持したブラジル人の少年2人に脅され、カメラと財布(約8万円)を奪われた。 在ブラジル大使館臨時事務所が置かれたナタル市内では同19日昼ごろ、レストランで食事していた日本人1人がひったくりの被害に遭っている。 また、リオ市内では同22日午後8時ごろ、邦人観光客がセントロ区のカリオカ通りを歩いていたところ、15歳前後の少年2人に刃物で脅され、所持していたカバンの中から現金、カード類とスマートフォン2台を奪われる事件が発生している。 ◆県人会宿泊利用状況 ブラジルワールドカップ日本人訪問者支援委員会で県連(本橋幹久会長)が担当した緊急宿泊支援では、宮城、福島、秋田、高知の4県人会がW杯期間中の会館提供を行っているが、同25日現在で実際に日本人サポーターが宿泊しているのは宮城と高知の2県人会のみ。 中沢宏一宮城県人会長によると、6月5日からの宿泊利用者数は同26日現在で約100人で、今月13日までのW杯閉会までさらに増える可能性があるという。 宿泊者は学生旅行者、社会人のほか、大学研究者や高齢者などと幅が広く、中には祖父と親子3代で泊まった日本人家族もいたそうだ。 中沢会長は「お陰で皆さんに喜んでいただいて、交流の場になっている。我々にとってこうした日本とブラジルの交流は財産になる。これからも連絡を取り合っていきたい」と話している。 高知県人会では、高知出身のサポーターを含めわずかに2人の宿泊だったが、日本から相次いだ問い合わせメールによっては宮城県人会を紹介したりと対応を行ったという。 ◆援協医療施設等使用状況 サンパウロ日伯援護協会(援協、菊地義治会長)は支援委員会で主に医療部門を担当した。専用ウェブサイトの開設やカード2000枚を配布して緊急時の駆け寄り先として広報していた。...
毎年この時期にブラジルを訪問し、各地で公演活動を行っている日本の歌手、中平マリコさん(56、東京)が与儀昭雄氏の案内で6月26日に来社し、今回の公演予定や抱負を語った。 今年で11回目となる同氏の公演は毎回自費で行っており、公演中のCD売り上げは日系福祉団体に寄付されている。 今回の公演は6月7日のカンピーナス市での公演を皮切りに、10月6日の帰国予定日まで週末を中心にブラジル各地で行われる予定。また、9月中旬からはパラグアイも訪問し、毎年好評の美空ひばりの曲や童謡などを披露するという。 中平さんは、「昨年10周年を迎えることができたので、今年は新たな始まりの1年。今回来れなかった母の愛も一緒に届けたい。東北へのメッセージも集めてます」と笑顔で話した。 公演の主な日程は次の通り。 7月4~6日=県連日本祭り、7月12日=ベレン七夕祭り、7月19日=ソロカバ日本祭り、7月20日=サント・アンドレ日本祭り、7月26、27日=ブラジリア日本祭り、8月2日=カルモ公園桜祭り、8月3日=アチバイア太鼓フェスタ、8月16日=ポルト・アレグレ日本祭り、8月17日=サルト日本祭り、8月31日=フォルタレーザ日本祭り、9月16~20日=パラグアイ国内(イグアス、ピラポ、エンカルナシオン、ラパス移住地)。 そのほかの詳しい日程に関しては、担当の鈴木ジョルジ氏(電話11・99624・5892)まで。 2014年7月1日付
ニッケイ新聞 2014年6月27日 宮城県人会(中沢宏一会長)主催のW杯日本代表観戦会が24日に同県人会館で行われ、地元日系人を中心に約50人が声援を送った。会館に宿泊する日本人旅行者との交流も生まれ、日本とコロニアを結ぶ場にもなった。会場は、日伯国旗をモチーフに作られた七夕飾りで装飾された。初めは落ち着いた雰囲気だったものの、試合が始まると参加者は試合に熱中。歓声や悲鳴の飛び交う賑やかな観戦会となった。斉藤広さん(82、山形)は、「体格差がある中、頑張ったよ」と日本代表の健闘を称え、「同郷の旅行者と故郷の話が出来て嬉しかった」と感想を語った。中沢会長は「皆さんに楽しんで頂き、開催した甲斐があった」と全3回の観戦会を振り返り、「初来伯で戸惑う宿泊者の手助けなど、県人会として色々な貢献ができて良かった」と日伯交流の一助となったことを喜んだ。
ニッケイ新聞 2014年6月25日 ブラジル日本都道府県人会連合会(本橋幹久会長)が主催する「第17回フェスティバル・ドジャポン 2014」が来月4日から三日間、聖市イミグランテス展示場(Rodovia dos Imigrantes, KM 1,5 – Cursino)で開かれる。各県人会の郷土食が一堂に集まる郷土食展やミス日系コンテスト、コスプレ大会などが話題を呼び例年20万人が訪れる。日本文化を発信するイベントとして世界最大規模。 今年のテーマは「三方良し」。江戸時代の近江商人の言葉で、商売は「売り手」と「買い手」だけでなく「社会」にも良い影響を与えなければならないという意味を持つ。同祭の原点に立ち返り「開催者」「来場者」「出展者」の三方が幸せになるようにという思いも込められている。日本祭りといえば、やはり郷土食だ。各県自慢の料理が野外パビリオン「食の広場」に集結する。焼きそばや、寿司、天ぷらなど定番商品以外にもここでしか食べられない品々も並び、総品目は約300種にもなる。たとえば、鯖や小鯛などの切り身と酢飯に合わせて柿の葉で包んで押して固めた柿葉寿司(奈良)、関西風お好み焼き(和歌山)、池田の殿様の倹約令のもと庶民の知恵から生まれたと言われるまつり寿司(岡山)、日本そばを揚げて和風の餡をかけたバリバリそば(山口)、南蛮酢とタルタルソースで鶏のから揚げを味付けしたチキン南蛮(宮崎)、味噌煮込みうどん(愛知)、きりたんぽ(秋田)など独自の郷土食が山盛りだ。甘い物に関しても、りんご羊羹やブルベリー入り羊羹(青森)、あんにん豆腐(富山)、みたらし団子(京都)など今年も充実している。特設舞台では日系団体が太鼓やダンスなど約100演目を披露し、歌手の中平マリコさんや今村つばささんが今年も参加する。目玉としては、激しく踊りながらけん玉の妙技を見せる「Zoomadanke」、伴奏楽器の音まで声で出してしまうコーラスバンド「INSPi」も日本から特別参加し、会場を盛り上げる。「ミス・ニッケイコンテスト」では全伯各地の予選を勝ち抜いた候補者約30人が美を競う。「世界コスプレサミット・伯国代表選出コンテスト」も行われる。日本で行われている同サミットには世界24カ国が参加する。伯国代表は06、08、11年に優勝し注目を浴びている。茶道や生け花、剣道、柔道、アニメーションなど日本文化の展示、ワークショップも開かれる。特別企画「幸せの源」写真展が行われ、シリアやグルジアなどの途上国70カ国を旅した山田アンジェリーナ・めぐみさんの作品30点が展示される。入場券は前売り10レアル、当日券12レ。65歳以上、8歳以下入場無料。ジャバクアラ駅から無料バス。詳細の問い合わせは県連(11・3277・6108/11・3277・8569/www.festivaldojapao.com )まで。
ニッケイ新聞 2014年6月24日 ブラジル日本文化福祉協会(木多喜八郎会長)は22日午前、99歳を祝う「白寿者表彰」を行った。今回は46人が対象となり、うち17人が本人自ら出席した。昨年の32人を大幅に上回る慶事となり、在聖総領事館の佐野浩明首席領事、飯星ワルテル連邦下議、羽藤ジョージ聖州議ほか各日系団体から来賓が集って慶祝した。 会長代理であいさつに立った松尾治・文協副会長は「宮坂国人財団の協力もあり、46人をお祝いできることは喜び。私たちも負けないように強く生きたい。益々の健康を」と祝福した。佐野首席領事は「白寿のお祝いは、我々若い者にとっても励みになる。移民初期から関わった皆様と、直接話せる機会としても意義のある式典。現在開催中のW杯では、ゴミ拾いする日本人応援団が話題となっているが、日本人の良い面が表れた結果でしょう。当地の日系社会でも皆さんの教えから引き継いだ良さを、次世代へと繋げていきたい」と話した。表彰者代表で謝辞を述べた安良田済(あらた・すむ)さんは、「多くの人からお祝いしていただき、めでたい会場に招いてくださって皆様には感謝です。なんとなく99歳を迎えたような気もします。長生きも芸のうちではないでしょうか」と述べた。式典を終え長谷川乙次さんは「1935年、二十歳の頃に望みをかけてブラジルにやって来た。モジアナ線に配耕されたが、見ず知らずの何もない土地を前に『これでどうやって生きていくのか』と思った頃が懐かしい。ここまで年を重ねられるとは思ってもみなかった。知らない間に年を取りました」と笑い、「世話をしてくれた家族、友人には感謝しかありません」とお礼を繰り返した。また櫻井ミツエさんは「最近は記憶力も弱くなって趣味の俳句教室に通うのを辞めてしまった」と残念がったが、「今の楽しみは子ども、孫らの成長を見ること。まだまだ長く生きたい」とはきはきと答えた。脇静子さんも「20人の家族がお祝いに来てくれました。その内ひ孫は11人で、みんなから祝ってもらえて、とってもうれしい」と微笑んだ。 白寿受賞者46人の一覧 (※敬称略、一部出身県など不詳)▽安良田斉(99、山口県出身、聖市在住)▽長谷川乙次(99、静岡、聖市)▽石田ヒノ(99、群馬、聖市)▽石川光子(99、香川、聖市)▽角田さよ子(99、愛知、聖市)▽古賀菊野(101、佐賀)▽松田朝枝(99、福岡、イビウナ市)▽三原由美子(99、山口、聖市)▽宮本美都子(99、聖市)▽中村フミ(99、ビリグイ市)▽尾田治子(99、長崎)▽大畑義昌(99、静岡、聖市)▽櫻井ミツエ(99、青森、聖市)▽佐口千代子(100、山口、聖市)▽田中晴子(99、長野、ビリグイ市)▽吉雄美雪(99、山口、グアルーリョス市)▽脇静子(99、大阪、聖市)▽アオキ・モリタ・セツコ(99、熊本、ドラセナ市)▽イセイ・ヒサオ(99、広島、サンジョゼ・ド・リオ・プレット)▽川崎宮子(99、山梨、テレゾーポリス/RJ)▽古賀辰見(99、福岡、ウライー/PR)▽今つや(99、青森、ベロ・オリゾンテ/MG)▽河野ミツコ(100、広島、聖市)▽工藤保美(99、香川、ラランジャ・アゼダ)▽政岡花子(99、愛媛、聖市)▽マスナガ・ヒサエ(故99、ノヴァ・フリブルゴ/RJ)▽マツキワ・ユキコ(99、聖市)▽御前四郎(99、和歌山、グアルーリョス市)▽簾長範(みすなが・すすむ、100、マリンガー/PR)▽ミヤダ・ハナエ(99、ジュンジャイー市)▽中根敏造(故99、ノーヴァ・フリブルゴ/RJ)▽新津栄三(99、北海道、ミランドポリス)▽西村一夫(99、鳥取、ロンドリーナ/PR)▽西山泰(99、熊本、ツッパン)▽大久保トキエ(103、福岡、タツアペ)▽小島芳子(99、高知、ヴァルゼン・グランデ・パウリスタ)▽親泊朝英(Oyadomari Choei、99、沖縄 レジストロ)▽親泊信( Oyadomari Nobu、99、沖縄、レジストロ)▽佐々木忠弘(99、北海道、聖市)▽東海林善之進 (Shoji Zennoshin、99、宮城、マナウス/AM)▽住岡カズミ(99、ドウラードス市/MS)▽上野三次(Ueno Sanji、99、北海道、聖市)▽上江洲幸子(Uyezu Yukiko、 故99、熊本、聖市)▽山中鈴子(99、愛知、聖市)▽ユイ・シズエ(101、福岡、聖市)▽渡邉常夫(99、千葉、モジ)
ニッケイ新聞 2014年6月24日 石川県人会主催の「文化祭」が14、15の両日開かれ、約260人の来場で賑わった。同会で開催されている文化教室の発表会として年に一度開かれる。俳句、陶芸、水彩画、絵手紙、生け花、謡曲、能楽の各講座や展示即売会、発表会、ワークショップなどを行った。文化に親しむ人々による、県系を越えた親睦の場でもある。同会で生け花を教えて約20年になる池坊華道会ブラジル支部長の河村徳子さんは、「石川県は文化の面ではトップ。皆協力的で本当に熱心」と同会の活動をたたえる。初日は、謡曲でしめやかにオープニング。日系人、日本人に加えて若い非日系の学生も多数参加し、厳かな舞台を見せ付けた。日本での能経験20年、当地での能普及につとめる小笠原潤さんは、「この文化祭に来ると、夏の暑い日に谷川のせせらぎに出会ったような気分になる。心の栄養にさせて頂いた」と挨拶した。絵手紙講座のメンバーは、おそろいのTシャツを着てワークショップを開催。「先生にちょっと静かにしなさいって言われるくらい、いい雰囲気の教室ですよ!」と江坂園江さん(74、大阪)は仲間と一緒に楽しげだ。半分に切られた梨の絵に「ゴメンネ半分しか残らなかったの」と書き添えた西藤啓子さん(71、東京)は、「書こう書こうと思ってる内に、半分食べちゃった」と、自身の作品を前に大笑いした。オープニングの後は餅つきやカレーの昼食で和気藹々と団欒した。森永正行ジェラルド会長(65、二世)は「会員の交流が続くように、昔からずっと続いてきたイベント。9年前に来た県知事も、文化祭を見てすごく喜んでくれた」と話した。
鳥取県とブラジル(伯国)鳥取県人会(本橋幹久会長)が20年前から続けている日本語指導員派遣制度。その11代目、若林陽子さん(36、鳥取)が19日に着伯。サンパウロ州第2アリアンサ(鳥取村)で活動する日本語教師として抱負を語った。 若林さんは鳥取県で中学校の英語教師をしていたが、職場で同制度の存在を知り応募。「かねて日本語教師に興味があった」と話し、「日系社会の存在など身近に感じていた」と伯国行きを決意した。 今後の抱負を「言語としての日本語のみならず、文化も伝えていきたい。例えば、鳥取の銭太鼓で一緒に遊んで交流できれば」と語った。 第2アリアンサ文化協会の佐藤勲会長は日本人教師の派遣について、「伯国での日本語能力は低下傾向にある。それは仕方ないが、この先日本人との交流が断たれてはいけない。その意味でも大きな意味がある」と話した。 若林さんの任期は2年。まずは3~16歳の生徒18人を担当する。 2014年6月26日付
ブラジル日本文化福祉協会(木多喜八郎会長)は、移民106周年記念行事の一環として22日午前9時から「白寿者表彰式」を文協記念講堂で行った。 表彰式では今年99歳を迎える40人(うち3人は既に他界)に加え、これまで表彰されていなかった100歳3人、101歳2人、103歳1人を含めた計46人が表彰された。そのうち17人が自ら会場に足を運び、29人は親族が代理として出席した。 表彰式には来賓として、佐野浩明在サンパウロ日本国総領事館首席領事、飯星ワルテル連邦下議、羽藤ジョージ州議、西尾ロベルト宮坂国人財団代表、菊地義治援協会長、本橋幹久県連会長、新山進日伯文化連盟副会長らが出席した。 祝辞では、欠席した木多文協会長からの言葉を松尾治同副会長が代読し、「(白寿を迎えた方たちのお陰で)頑張るぞという力がわいてきます」などとメッセージを伝えた。 佐野首席領事は、「我々若い者にとって日系社会を作った方たちと同席できることは素晴らしいこと。白寿おめでとうございます」とあいさつした。 続いて、表彰者一人一人に表彰状、記念品、金一封が贈られた。 白寿者を代表してあいさつに立った安良田(あらた)斉さん(99、山口)は、「この豊かで幸福な会場を設けてくれた文協に対して厚く御礼申し上げる。集まっていただいて賞状までもらって、99歳最高の日であった」と述べ、会場は大きな拍手に包まれた。 櫻井ミツエさん(99、青森)は本紙の取材に対し、「ここまで生きてこれたのは『今日は何をしようか』といつも自分の心を改めて考え、子どもの言 うことを聞いて自分が間違っていないかと思って過ごしてきたから」と答え、「百歳を昨日にさらせ明日を呼ぶ」と俳句を詠んで「これからも元気に生きたいと いう気持ちです」と力強く語った。 また、1925年に10歳の時に来伯した石川ミツコさん(99、大分)は、「目や耳も悪くなってしまい、先日は転んでしまったが、娘2人がよくしてくれて今日は来れてよかったです」と笑顔で式を振り返った。 表彰された白寿者は次の通り(敬称略、故○月は、今年同月に亡くなった故人)。 安良田斉(山口)、長谷川乙次(静岡)、石田ヒノ(群馬)、石川光子(香川)、角田さよ子(愛知)、古賀菊野(101、佐賀)、松田朝枝(福岡)、三原由 美子(山口)、宮本美都子、中村フミ、尾田治子(長崎)、大畑義昌(静岡)、櫻井ミツエ(青森)、佐口千代子(100、山口)、田中晴子(長野)、吉雄美 雪(山口)、脇静子(大阪)、アオキ・モリタ・セツコ(熊本)、イセイ・ヒサオ(広島)、川崎宮子(山梨)、古賀辰見(福岡)、今つや(青森)、河野ミツ コ(100、広島)、工藤保美(香川)、政岡花子(愛媛)、マスナガ・ヒサエ(故3月)、マツキワ・ユキコ、御前四郎(和歌山)、簾長範(100)、ミヤ ダ・ハナエ、中根敏造(故2月)、新津栄三(北海道)、西村一夫(鳥取)、西山泰(熊本)、大久保トキエ(103、福岡)、小島芳子(高知)、親泊朝英...
ブラジル沖縄県人会と沖縄文化センター(田場ジョルジ会長)による開拓先亡者追悼慰霊法要が15日午前、サンパウロ(聖)市リベルダーデ区の同県人会館大サロンで行われた。18日の日本移民の日に先立って毎年実施されている同法要。20回目となる今年は支部代表、会員など100人あまりが出席し、県人移民・子弟の冥福を祈り、感謝の気持ちを伝えた。 金城ルイス実行委員長は冒頭のあいさつで、今年2月に110歳で亡くなった上地マツさんの名前も挙げ、助け合いながら現在の県系人社会を築いた先人の貢献をたたえ、法要実施に協力した関係者に感謝を表した。 三線、筝曲4団体による献楽の演奏が流れる中、献花、献茶の儀。琉球ぶくぶく茶道ブラジル支部、留学生OBにより祭壇に花と茶が捧げられた。 続く追悼の辞で田場会長は、「長年の先人の苦労の礎の上に現在の不自由ない豊かさがある」とし、「平和な毎日を胸に刻み、心新たに先人の冥福をお祈りします」と述べた。 今年の法要で導師を務めたのは、ブラジル禅宗本願寺のコーエン師。読経、そして昨年の物故者の名前を一人一人読み上げる声が響く中、出席者が焼香した。 コーエン師は終了後の法話で、沖縄の文化・伝統がブラジルで守られていることに敬意を表した。さらに、ろうそくを立て線香をあげることは亡くなった人との対話であると説明。「子供や孫たちにも教えてほしい」と語りかけた。 2014年6月24日付
ニッケイ新聞 2014年6月27日 鳥取県の中学校英語教師・若林陽子さん(36、鳥取)が19日に来伯、聖州ミランドポリスの第二アリアンサ移住地の11代目日本語教師に就任した。「自分のルーツを確認するためには母県から教師を呼ぶことが大切」(本橋幹久・同県人会長)と、1994年から隔年で教師を招聘している。若林さんで11人目。同移住地の日語学校で18人の生徒の指導にあたる。若林さんは「海外赴任は初めて。ブラジルに『鳥取村』があると聞いて、是非行ってみたいと思った。移民やブラジルの文化を知りたい」と当地の文化に興味津々だ。「日本語だけじゃなく、銭太鼓など鳥取の文化も教え、日本の色んな学校に情報発信するつもり」と意欲に燃えている。佐藤勲・アリアンサ文化協会会長は「子どもたちの日本語能力の低下は深刻。こうして日本の方が来て頂き、交流することは重要なこと」と制度の継続を願った。
移民の日の18日、聖市文協大講堂で『開拓先亡者追悼大法要』が開かれた。県人会や日系団体の代表者らを中心に、約150人が参列し、先人に感謝の念をささげた。文協(木多喜八郎会長)とブラジル仏教連合会(采川道昭会長)が共催し、在聖総領事館やJICA、援協、県連、釈尊讃合会、ブラジル仏教婦人連盟など多数の団体が後援した。式典は午後2時半に始まり、釈尊讃仰会奥山啓一副会長の挨拶の後、美和会、深山会による琴や尺八の演奏が流れるなか、茶道裏千家ブラジルセンターが献茶を、ブラジル生け花協会が献花した。続いて采川導師、諸僧、稚児らが会場後部から厳かに入場し、三帰依文復唱、焼香を行った。采川導師は表白とあいさつで「初期移民の苦労は言い尽くし難いもの。今年もご供養の誠を捧げることが出来、非常にあり難い」と先人の苦労と参加者へ感謝した。浄土真宗東本願寺の菊池顕正総長は「御先達のご活躍があったればこそ、我々の営みがあることは間違いありません」と感謝を述べ、短い法話を行った。木多・文協会長、福嶌教輝・在聖総領事館総領事、JICAの室澤智史所長、水野龍三郎氏など、共催・後援団体の代表者らもあいさつで移民の苦労と貢献をふり返り、祭壇に手を合わせた。諸僧による読経が行われる中、参拝者一人ひとりが焼香を行った。
年々減少する一般参列者数 ブラジル日本移民106周年を記念した毎年恒例の慰霊ミサ及び法要が18日、サンパウロ(聖)市内にあるサンゴンサーロ教会、イビラプエラ公園内開拓先亡者慰霊碑前、リベルダーデ区の文協記念講堂と、それぞれの場所で執り行われた。一般参列者が年々減少する傾向にある中、各行事には福嶌教輝在サンパウロ総領事をはじめ、文協、援協、県連など各日系団体関係者たちが出席。先人の足跡を振り返り、その功績に感謝の意を表した。 サンゴンサーロ教会先駆者慰霊ミサ 午前8時からは聖市セントロ区ジョン・メンデス広場にあるサンゴンサーロ教会で先駆者慰霊ミサが行われ、約110人が参列した。 ミサには、佐野浩明在サンパウロ総領事館首席領事、木多喜八郎文協会長、本橋幹久県連会長、菊地義治援協会長、アリアンサ(日伯文化連盟)の島袋マリオ氏、平田藤義商工会議所事務局長らが日系団体代表として出席した。 フレイ・アレシオ神父によって執り行われたミサでは、日系団体代表らが「感謝」「先祖の永遠の安らぎ」「過去を未来に生かす」などをそれぞれ祈願した。 木多文協会長は、「私の両親も移民。その世代の方々のお陰で今の日系社会がある」と感謝を示した。 聖母婦人会の安岡ローザ会長は「今日という日を迎えて非常に感慨深い。先人が残した日本人の良いところをしっかり受け継いでいきたい」と話した。 文協創設委員のメンバーの一人で60年以上もの間、日系社会を見つめてきた原沢和夫さん(89、新潟)は「毎年移民の日だけは必ず催しに参加するようにしている。だんだん参加者が減っていて寂しい」と率直な思いを述べた。 ミサ終了後には軽食を囲み、参列者同士で先駆者について語り合う姿が見られた。 イビラプエラ公園県連・仏連追悼慰霊法要 ブラジル日本都道府県人会連合会(県連)と仏教連合会(仏連)による移民の日の追悼慰霊法要が、午前10時半から聖市イビラプエラ公園内の開拓先亡者慰霊碑前で営まれた。 各県人会・日系団体代表ほか、福嶌教輝在聖総領事、室澤智史JICAブラジル事務所所長など日本政府機関関係者、羽藤ジョージ聖州議など60人あまりが訪れ、現在のブラジル日系人社会の礎となった先人に感謝を捧げた。 慰霊碑前には33県人会が持参した過去帳が並び、木原好規・県連慰霊碑委員長の進行で法要を開始。采川道昭仏連会長が導師を務め、読経の中、出席者一人一人が焼香した。 碑を管理する県連の本橋幹久会長は追悼の辞で、「苦難の多かった初期入植者、志半ばで不幸にも倒れた人たちに思いをはせ、慰霊する気持ちを忘れてはいけない」と移民の日に追悼行事を行う意義を強調。「移民の日は1世にとっては戸惑いの多かった移住の初期と故郷に思いをはせる日、2世以降にとっては家族や生まれ育った植民地を振り返り、また祖父母から聞いたルーツの日本に思いをはせる日」と位置づけ、日本からも多くの関係者が訪れる慰霊碑を守っていく決意を示した。 采川仏連会長は焼香後、同法要を「苦労した先人をしのび、先人の努力に感謝申し上げるまれなる機会」と話し、参加者に感謝を表した。 今年4月に真宗大谷派の門首後継者に選定された大谷暢裕・開教司教(62)は、今回初めて慰霊碑での法要に参加した。「とても穏やかで、気持ちが静まるいい法要だと思います」と話す。...
ブラジル日本文化協会(木多喜八郎会長)と仏連(采川道昭会長)共催による開拓先亡者追悼大法要が、予定より30分遅れの午後2時半からリベルダーデ区の文協記念講堂で行われた。会場を訪れた総参加者数は約200人と当日が悪天候だったこともあり、空席が目立った。 法要には羽藤ジョージ聖市議、福嶌教輝在聖総領事、室澤智史JICAブラジル事務所所長をはじめ日系3団体代表や日系各団体代表、水野龍の三男、龍三郎さん(83)らも出席した。 同法要は釈尊讃仰会副会長の奥山啓一氏の辞によって開会し、茶道裏千家、生け花協会、美和会、深山会による献茶・献花・献楽が行われ、采川導師により三帰依が唱えられ、来賓焼香並びに来賓者追悼の辞と続いた。 木多会長の代読として山下譲二文協副会長は「今日の日系社会の繁栄は先代移民の積み重ねて残された数々の業績とご努力の賜物。私たちもその意思を継ぎたい」と語り、福嶌総領事は「一世紀を超える日本人移民の歴史は成功への強い意志と団結によって厳しい現実に立ち向かい、道を切り開いてきた歴史だと痛感している」と、それぞれ先亡者に対して哀悼の意を述べた。 その後、読経や来賓・参列者の焼香が行われ、最後は菊池顕正サンパウロ東本願寺総長によって法話が唱えられ、先亡者の霊を慰めた。 采川導師は導師あいさつで「戦前、戦後と移民で渡って来られた方々に今年もこうしてご供養の誠を捧げ、感謝の念を捧げることができたことは本当にありがたいこと」と、参加者に対し感謝の言葉を告げていた。 2014年6月19日付
角田寛和ちょんまげ隊隊長、被災地の4人の中学生たちが各会場で述べた謝辞や感想を紹介する。 角田隊長「報告会に多くの人が来てもらえてありがたい。一人では何もできないので、このようにバトンをつないでいきたい。まだ大変なことはあるが、皆からもらった笑顔やハグ(抱擁)で力をもらったと思う。Tシャツを配ったのは『日本人は3年たっても感謝の気持ちを忘れないんだ』と思ってもらうためで、どんなことも当たり前と思わずありがとうと言えることが大切。子ども(中学生)たちはたったこの10日間前後で、ものすごく成長した。『みんなで協力すれば地球の反対側にも行くことができるんだ』ということの意味を今は分からなくても、大人になった時に思い出してほしい」 古内蓮君「忙しい中、(報告会に)集まってくれてありがとうございます。今も頑張っているので、これからも応援よろしくお願いします。初めて日本代表の試合をスタジアムで見て会場の雰囲気が明るくて良かったです。高校に行ったらサッカー部に入るつもりです」 佐藤楓さん「震災の時は支援ありがとうございました。牡鹿はまだ復興が進んでいないけど、支援のお陰でブラジルまで来ることができました。ハードスケジュールで疲れていたけど、その場その場で色んな人と出会って疲れも吹き飛ぶくらい笑顔になることができました」 松川千紘さん「震災のお礼を言いに来ました。本当にありがとうございます。(イタケーラ市の)現地校の訪問が印象的で、W杯や有名人に会えたことなどすべてが楽しかったです。留学とかでまた来られたらいいなと思います」 古内海希さん「支援ありがとうございました。未来に向かって頑張ります。W杯とホームステイと踊りが一番楽しかったです。ブラジルは危ないと聞いていたけれど来てみたらいい人が多くて大丈夫でした。出発前に作文に書いたように積極的になれました」 2014年6月18日付
