人材交流と経済的結び付き強化も ブラジル山形県人会(押切フラビオ壮会長)は、27日午前9時半から同県人会創立60周年及び県人移住106周年記念式典をサンパウロ(聖)市リベルダーデ区の宮城県人会館で開催した。母県から吉村美栄子県知事、鈴木正法県議会議長をはじめとする46人の慶祝団が駆け付け、250人以上の出席者で節目の年を盛大に祝った。 午前9時半に始まった記念式典には安部順二連邦下議、羽藤ジョージ聖州議、野村アウレリオ聖市議、福嶌教輝在聖総領事、吉村知事、鈴木議長、JA山形中央会の長沢豊会長、日系3団体代表らが来賓として出席した。 歌人・南樹としても知られる同県出身の鈴木貞次郎氏が1907年、笠戸丸移民より1年先立ちブラジルに移住したことが記録に残っていることから、当日は県人移住106年も合わせて祝われ、押切会長はあいさつの中で「山形県人は長い歴史の中で苦労に耐えながらも努力を惜しまず、遠く離れたブラジルで現在のような豊かな暮らしと信用を手に入れた。このような晴れの日を迎えることができてうれしい。関係者の皆さんに心から感謝する」と述べた。 吉村知事は式典前日に開拓先亡者慰霊碑や移民史料館を訪れて感銘を受けたと話し、古里と全く異なる環境での同県人会員らの苦労をねぎらい、活躍をたたえた。また、東日本大震災の「応援県」として、がれきをいち早く受け入れ、ボランティア率が全国1位になるなど復興のために尽力している母県の様子を伝えた上で、ブラジルからの援助に感謝の意を示した。 鈴木議長、福嶌総領事の祝辞に続き祝辞を述べた長沢JA山形会長は、「1989年から6年間、国際農業体験実習制度を通じて受け入れた26人の研修生は現在、地域農業で主導的に活躍している。県人会の開拓精神に学び、今後も農業や国際交流を通じた豊かな地域社会作りに貢献していきたい」と意気込みを語った。 その後、本橋県連副会長、羽藤州議、安部下議の祝辞、祝電披露に続いて功労者表彰が行われ、吉村知事から県人会役員、支部長らにそれぞれ表彰状と感謝状が贈呈された。また高齢者表彰は県人会から85歳以上の会員28人に贈られた。 記念品交換では県人会から吉村知事、鈴木議長、JA山形の長沢会長に県人会名誉顧問の画家・豊田豊氏の作品が、3氏から県人会へはそれぞれ「おしん」のこけし、打ち出の小槌、ひょっとこが贈られ、特に豊田氏の高校の後輩であるという鈴木議長は感激した様子だった。 引き続き県知事から日系3団体への寄付、技術研修生代表謝辞、県民歌斉唱が行われ、斉藤保県人会副会長の閉会の辞によって式典は時間通りに幕を閉じた。 式典後はアトラクションとして母県からの民謡使節団(佐々木英治団長)の民謡ジャパニーズ・ダンス・カンパニー「優美」による踊りや「喜楽」太鼓が披露さ れ、来場者たちから大きな拍手が沸き起こった。その後記念祝賀会が開かれ、食事や懇談を楽しんだ来場者たちは、サンバショーで知事一行を含め皆が一緒に なって踊り、大きな盛り上がりを見せた。 今回初めてブラジルを訪れたという吉村知事は、「県人会の皆さんが温かく迎えてくれて感激。人材交流はもちろんのこと、これからは日本酒などの産業で経済的結び付きも強めていきたい」と抱負を語った。 2013年10月29日付
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ブラジル山形県人会(押切フラビオ壮会長)創立60周年を記念した第10回山形民謡コンクールが26日、予定より30分遅れた午前9時半からサンパウロ市リベルダーデ区の宮城県人会館で開催され、グランプリには、高年の部で「新庄節」を歌ったサンパウロ州バストス市在住の藪田満知子さん(69、三重)が輝いた。 大会は、参加者全員で「花笠音頭」を歌って開幕。コンクールには90歳以上の寿の部をはじめ、金寿の部A(85~89歳)金寿の部B(80~84歳)、銀寿の部A(75~79歳)、銀寿の部(70~74歳)、高年の部(50~69歳)、青年の部(25~49歳)、優勝者の部に総勢約60人が出場し、日ごろの練習の成果が競われた。 午後2時からは、山形県からの民謡使節団(佐々木英治団長)一行10人も特別出演。同県北村山郡大石田町観光協会の芳賀清会長が司会役を務め、自ら「相撲甚句」「こっけい安来節」などを歌って会場を盛り上げた。 また、生まれつきの脳髄膜瘤(のうずいまくりゅう)の影響で右目の視力を失い、知的障害も残ったが優れた聴覚と記憶力の才能を生かして民謡の道に入り、内閣総理大臣争奪杯準優勝など数々の賞を受賞している木村里美さん(34)も「庄内おばこ」「あがらっしゃれ」の2曲を披露した。 大石田町議会議員前副議長だった芳賀会長は、2008年の移民100周年にブラジルを訪問する予定だったが、当時日本の衆議院選挙の影響で来れなかったことなどを説明し、今回の初来伯で「ブラジルの皆さんはとても楽しく民謡を歌っていらっしゃることに感動しました。(山形県人会創立)100周年目指してさらに活性化していただきたい」と激励した。 さらに、佐々木団長が「40年やっている芸」として升とうちわを手に持ち、「ますます繁盛このうちわ(家は)」と歌いながら会場内を回り、縁起を担いだ。 コンクールでは、各部門の選出者が改めて歌った結果、グランプリにはバストス市の藪田さんが栄冠に輝いた。松田国子氏の元で5~6年民謡を習って いるという藪田さんは、「三味線に(歌を)乗せるのが難しいですが、グランプリに選ばれてびっくりしました」と喜びを表していた。 各部の入賞者は次の通り(敬称略)。 【寿の部】1位=纐纈蹟二。 【金寿の部A】1位=池泉三郎、2位=八巻タツ、3位=田中キヨ、4位=浜本ふじえ。 【金寿の部B】1位=市来輝子、2位=浜田米伊、3位=吉田保子。 【銀寿の部A】1位=村中チエコ、2位=八木静代、3位=浜田良香、4位=会田清。 【銀寿の部B】1位=草野建寿、2位=石井良子。 【高年の部】1位=藪田満知子、2位=馬場アヤ子。 【青年の部】1位=中島幸雄。 【優勝者の部】1位=木村照子、2位=小泉正雄、3位=海藤晶子。...
【一部既報】3日、パラナ州クリチバ市で行われた住友ゴム工場の開所式後、ブラジル、パラグアイ、アルゼンチンの3カ国の兵庫県人会代表による初の交流会が開かれた。同交流会は、住友ゴム工業株式会社(池田育嗣社長)が同県神戸市に本社を持つことから、山下亮パラナ兵庫事務所長の案で実現したもの。 パラグアイの岸田省一同県人会長夫妻、アルゼンチンの今村欣司会長代理、石原リカルドさん、ブラジルの尾西貞夫会長、尾崎俊彦副会長、上野正治理事が参加し、主に「これからどのようにすれば若い人たちを集めて県人会の運営を活発化できるか」という議題について話し合った。 「現在打ち切られている県費留学生、研修生度を再開したい」という意見が一致したが、幅広い層に留学機会を与えるため、選考基準となる日本語能力についてはレベルを下げることなどが提案された。 3カ国の同県人会代表者たちは初めて親睦の機会を持ち、今後も交流を深めていく意向を示した。 2013年10月29日付
目立った若い世代の活動 琉球民謡保存会ブラジル支部(米須正支部長)主催の「第7回民謡の祭典」が13日午後2時からサンパウロ市リベルダーデ区の沖縄県人会本部大サロンで開催され、子供から80歳まで約300人が出演し、来場者を楽しませた。 祭典前の式典では、米須支部長、座嘉比昇実行委員長、田場ジョルジ沖縄県人会会長があいさつし、その後に当間チエミさんに免許状が授与された。 同支部教師・師範による「かぎやで風節」「鶴亀節」「豊節」で開幕した祭典では、合唱、舞踊やコンクール1位入賞者の演奏が披露されたほか、玉城流扇寿会斉藤悟琉舞道場の斉藤代表が構成演出し、琉球民謡保存会青年グループ出演による「毛遊(もうあし)び」も演じられた。 米須支部長は、「最近は若い世代が頑張って活動してくれており、我々も楽しませてもらっている。今後もこういうやり方で行っていきたい」と若者の活力に期待していた。 2013年10月29日付
ニッケイ新聞 2013年10月26日 【既報関連】日本祭の開催断念か―。開催なら大赤字覚悟という状況の中、開催が検討されてきた来年の『第17回日本祭』。連邦議員からの議員割当予算の見込みが不透明ということから、最大で約50万レアルの赤字を試算している。24日にあった県連代表者会議では、日本祭開催を断念する可能性も議論されたが、決断は先送りされた。 前回の会議で、施設の基本使用料が90万レとさたことで、執行部から使用の断念が報告されていたイミグランテス展示場。再交渉の結果、58万レまで引き下げられたことで候補地として再浮上した。20万人規模のイベントを開催するにあたって、イミグランテス側も譲歩した格好だ。 加えて、パビリオン、アリーナ建設費など、前回と同条件で試算した結果だが、見積もりで最大50万レの赤字を算出したことが報告された。 議論の焦点となったのは、22万レを見込む議員割当予算だ。それを加えても約30万レの赤字は避けられない。今回の会議では開催の可否をとり、「割当金が22万レ集まれば開催」が21票、「開催見送り」が15票となった。 ただし、一刻も早く開催か見送りかを決定する必要に迫られているため、割当金額確定の期日は25日とされ、不透明な金額、〃曖昧〃な返答であれば見送りという条件付きとなった。園田昭憲会長が安部順二連邦下議補佐官の宮原ジョルジ氏と電話交渉を行ったところ、「前向きに協力はしたい」といった返答に留まったという。 しかし、執行部からは「確かに可能性は薄いが、簡単に決めることはできない」と協議を続けることとなった。 会議では、開催予定日の7月4、5、6日はサッカーW杯ブラジル大会と日程が重なることから、スポンサー面、集客面で不利とする見方が強く、一部県人会からは出店を見合わせる動きも見られた。 「今年は見送って、来年に向けた準備を早くから始めるべき」「時間がない中で焦っても良い結果はついてこない」「赤字であればやる必要がない」と否定的な意見の一方で、「第17回を行う意思を見せるべき」「見送りとなっても交渉、見積もりなどは続けることができる」「開催しなければ、次回からのスポンサー離れが不安だ」との声もあった。
ニッケイ新聞 2013年10月23日 2020年東京オリンピック開催決定を祝う「文協ドミンゴ・コンサート」を、文協音楽委員会と東京都友会が先月29日に開催した。約130人が出席し、ギタリスト、ダニエル・ムハイさんの奏でる音色に聞き入った。 あいさつに立った都友会の坂和三郎会長は、「この度、東京が1964年来の願望であった五輪招致を勝ち取った。サンパウロから祝賀のエールを届けたい」とコンサート開催に込めた想いを語った。 「記念すべきイベントに参加させてもらえて嬉しい」と喜んでいたダニエルさんは、オリジナル曲から日本人作曲家・武満徹氏の楽曲まで、2時間の演奏を披露。津軽三味線奏者のロドリゴ・モントーヤさん特別出演によるギターと三味線の共演もあり、会場に静かな感動を呼んだ。 ダニエルさんは15歳の時にフランスの国際ギターコンクールで準優勝し、5年前にCDデビューした。ブラジルや欧州などでツアーを開催している。 坂和会長は「『すばらしいコンサートだった』と都友会に電話で感想を寄せた人もいた。五輪にふさわしいコンサートになった」と満足気に語った。
ニッケイ新聞 2013年10月23日 パラナ州クリチーバ市で3日に開かれた住友ゴム工場の開所式後、サンパウロ州、パラナ州、アルゼンチン、パラグアイの各兵庫県人会が集まり、初の交流会を開いた。 パラナ事務所長の山下亮さんが呼びかけ、ブラジル兵庫県人会の尾西貞夫会長が議長をつとめた。パ国からは岸田省一夫妻、亜国からは今村欣司、石原リカルドさん、伯国からは尾崎俊彦副会長と植野正治理事も出席。 一同は親睦を深めると共に、これからどのように若者を集め、会を運営していくかについて話し合い、5、6年前に打ち切られた県費留学生と研修生制度の再開を依頼することで意見が一致した。 尾西会長は、県費留学制度再開が容易になるように「日本政府から各県に補助金を出してもらえるよう、嘆願書を作るなどして運動を起こして行きたい」と話した。
ブラジル山形県人会(押切壮フラビオ会長)は、27日午前9時半からサンパウロ(聖)市リベルダーデ区の宮城県人会館(Rua Fagundes,152)で同会創立60周年記念式典を開く。母県からは吉村美栄子知事、鈴木正法県議会議長ら46人の慶祝訪問団が来伯。式典前日の26日には「第10回山形民謡コンクール」を開催し、節目の年を盛り上げる。 1908年の第1回ブラジル移民船「笠戸丸」に先立つ07年に渡伯した日本移民の草分け、鈴木貞次郎(南樹)は山形県出身。このたびの式典では鈴木氏から始まった県人移住106周年も合わせて祝う。 慶祝団は知事、議長、県議、県庁関係者、同県大石田町の民謡使節団、同会創立45、50周年でも来伯したソプラノ歌手の佐藤瑛杜子さんや一般参加者など。 民謡コンクールは26日午前9時から午後4時ごろまで同じ宮城県人会館で開催。入場無料。国内の参加者のほか、母県の民謡使節団一行も出演する。 記念式典は会員、招待者など約300人の出席が見込まれる。式典後のアトラクションでは来伯する民謡使節団、佐藤さんのほか、ブラジル側から「優美(ゆうび)」舞踊グループ、太鼓集団「喜楽(きらく)」が出演して節目の日を盛り上げる。 知事らはサンパウロでの式典後、パラグアイ県人会創立30周年式典に出席するため同国イグアス移住地を訪問する予定。 2013年10月24日付
南米ブラジルで、日本から移住した人が出身地ごとに作る県人会のうち最も古くに創立された鹿児島県人会が、ことしで創立100年を迎え、現地で記念式典が開かれました。 ブラジル最大の都市サンパウロで20日に開かれた式典には、鹿児島県から80人以上の訪問団をはじめ、合わせて500人余りが参加しました。 式では、まず日本からブラジルに移住して亡くなった人たちに対して黙とうがささげられました。 続いて、県人会の園田昭憲会長が「100年を祝うことができるのは先人の努力と思いの集積です。100周年は次の100周年へのスタートでもあり、次世代に継承していきたい」とあいさつしました。 このあと祝賀会が開かれ、地元の人たちによるサンバが披露されました。 日本から移住した人たちが出身地ごとに作る県人会のうち、最も古くに創立された鹿児島県人会は、1913年8月にサンパウロで発足し、会員数およそ4000人となっています。 移住者の高齢化などにより、会員数の減少が懸念されていて、県人会をどう継承するかが課題となっています。
ニッケイ新聞 2013年10月22日 ブラジル鹿児島県人会創立100周年及び、移民105周年記念式典が20日、聖州議会で行われた。母県からは副知事の布袋(ほうたい)嘉之氏、海外移住家族会の川畑隆会長ら85人の慶祝団と、在サンパウロ日本国総領事の福嶌教輝氏、日系三団体、近隣諸国からパラグアイ同県人会の園田義人会長らも祝福に駆けつけ、約600人の県人が節目の年を祝った。 同県人会の園田昭憲会長は冒頭、「日系社会最古の団体として前人未到の歴史を迎えた。これも隣人、家族愛をモットーにした先人たちの努力の賜物。これまでの100年を重要な財産として継承し、次の100年へのスタートを切りたい」と述べ、同県人会の谷口雅治書記の司会進行によって来賓が紹介された。 聖州議の羽藤ジョージ氏に続いて連邦下議の安部順二氏は、「日本式の教育はブラジル発展に貢献した。この教育は父母、祖父母のおかげ。日系人はこれからも日伯の文化交流の中心として活動していく」と語った。 伊藤祐一郎知事はビデオメッセージを寄せ、「故郷を遠く離れながら熱き希望、志、郷土愛を胸に異文化に立ち向かい、乗り越えた苦難の道は並大抵ではない」と称えた。県知事、県人会から各表彰が行われ、80歳以上の高齢者72人、渡伯70年以上39人、戦後移住50年以上149人などが受賞した。記念事業として西郷隆盛の記念切手の発行された。 その後、第二部の昼食会で親睦を深めた。南九州市出身の福本フミコさん(76)と津高エツさん(83)は渡伯半世紀を数える。「こういった式典に参加できたことは名誉なこと。日本を恋しく思う日もあったがブラジルにきてよかった」と笑顔で語った。 慶祝団の内村ナツエさん(66、志布志市)は初来伯で、「兄弟に会いに来た。貴重な機会に立ち会えて光栄」と話した。聖市在住の鮫島サク子さん(81、宮崎)は父が同県出身で、家族呼び寄せにより1960年に渡伯。「曽祖父母の本家が日本から参加すると決まり、私も喜んで式典に出席した。遠い親戚でも家族と同様のよう」と結束の強さを示した。 鏡割り、ケーキカットに加え、約50人のサンバ隊が登場し、会場が熱気に包まれる中、式典が終了した。園田会長は「実行委員会発足から5年、きりがないほど苦労した。だが無事に終了し役目を果たしたよ」と胸をなでおろした。 母県からは布袋副知事のほか、県議会の池畑憲一議長、鹿児島市の森博幸市長、阿久根市の西平良将市長、南九州市の霜出勘平(シモイデカンペイ)市長、伊佐市の隈元新(くまもとしん)市長らが慶祝に訪れた。 コラム【大耳小耳】 笑顔に包まれた鹿児島県人会創立100周年式典。その中で四六時中対応に追われたのが県人会事務局だ。来場者の受付に始まり、高齢者など表彰者の受賞品受け渡し、また土産品として来場者には「故郷を忘れないでほしい」との願いから、桜島のマット絵と手ぬぐいが用意され、その配布にも走りまわった。一部関係者からは「お昼ごはんを食べる暇もない」といった声も。準備段階から支えてきたであろう事務局の皆さんにも、労いの言葉を贈りたい。
ブラジル鹿児島県人会(園田昭憲会長)は同会創立90周年の年にブラジル鹿児島研修・実習制度を設け、「次世代のリーダー育成と日伯間の交流促進」を目的に母県の青年を毎年ブラジルに招へいしている。今年も2人が本紙記者とピラール・ド・スル日本語学校教師として実習中。最終年である今年度までの10年間で計36人が研修した。 同制度で2008年3月から1年間ニッケイ新聞社で秘書として研修した有島弥生さん(29、鹿屋市)がこのほど、同県人会創立100周年式典の運営を手伝うため23日まで再来伯した。 「自分が変われるチャンス」を求めて同制度に応募した有島さんは、研修を通じて「人との出会いを大切にすることや、どんなことでも感謝する気持ちを学んだ」といい、任期終了直後に心に抱いた「5年後に必ず戻ってくる」という決意を今回果たした。 研修中は同会創立95周年式典の運営に携わったほか、同式典を取材し地元の南日本新聞に寄稿。「ここまで大きな日系社会があることには本当に驚いた。方言を使って故郷の話題で盛り上がれる県人会では日本以上に密接な人間関係があり、とてもお世話になった」と話し、「だから、サッカー・ワールドカップやリオ五輪よりも式典への参加を優先させて今来伯したんです」と笑顔で続けた。 研修終了後も現在まで同県の「かごしま国際交流フェスティバル」でブラジルブースを出店するなど、ブラジル文化の紹介に尽力してきた有島さんは「これからもずっとブラジルとかかわっていきたい」と目を輝かせた。 最後に有島さんは同県人会に対し「遠く離れたブラジルで先輩方が頑張っていることは県民の誇り」と100周年への祝意を表わし、「2世以降の日本語離れが問題となり、方言も薄れてきているが鹿児島の文化としてブラジルでも残していってほしい」とエールを送った。 コラム【モザイク】 2008年度ブラジル鹿児島研修生の有島弥生さんは、今年6月に結婚したばかりの新婚さん。研修期間中に出会った人と再会するたびに、「あれ、旦那は鹿児島に置いてきたのね?」と冷やかされていた。「結婚式もあるし、自分ばかりブラジルで遊んでくるのは忍びないけどね」と有島さん。それでも県人会のために一人で再びブラジルを訪れたあたり、並々ならぬブラジル愛と県人会愛を感じる。地元で母と簡易郵便局を運営する有島さんは「母に頼りっぱなしで申し訳ないから来年はみっちり働く予定です」と笑ってみせ、「子どもができたらできれば一緒に、無理なら一人でも絶対ブラジルに行かせたい」と続けた。こうして新たな日伯交流が生まれていくのかも。 2013年10月23日付
母県から副知事、議長ら88人 「明日からは次の100年のスタート」―。ブラジル鹿児島県人会(園田昭憲会長)創立100周年および県人移住105周年の記念式典が、20日午前10時半からサンパウロ(聖)市イビラプエラ区の聖州議会で開催された。母県から布袋嘉之副知事、池畑憲一県議会議長をはじめとする慶祝訪問団88人が来伯して出席。当日は県人関係者、来賓を合わせて約600人が一堂に会し、コロニア最古の県人会の100年の節目を祝った。 鹿児島県人のブラジル移住は1908年の第1回「笠戸丸」に乗船した172人に始まり、戦前戦後を合わせた移住者数は7081人に上る。現在の県系人は推定で3万9000人を超えているという。 同会が州議会で周年式典を開くのは初めて。会場となった議会議事堂には、同議会での開催に協力した羽藤ジョージ聖州議、園田会長を中心に、布袋副知事、池畑議長、川畑隆・県海外移住家族会会長、森博幸鹿児島市長はじめ県内各市長・市議など母県関係者、福嶌教輝在サンパウロ日本国総領事、安部順二連邦下議、日系団体代表らが並んだ。パラグアイ、アルゼンチン、タイ、香港、ベトナムの県人会代表者らも出席した。 日伯両国国歌斉唱、県人開拓先没者に対する黙祷後、羽藤州議が同会場を利用する規約を読み上げ、「日伯で一番古い誕生日を祝福するのは州議会にとっても大きな喜び」と言葉を付け加えた。 続いてあいさつに立った園田会長は鹿児島県民移住の歴史を振り返り、「式典を開催できたのは家族愛、隣人愛をモットーにした先人たちのご努力の賜である」と感謝。さらに「今日こうして100周年を祝ったら、明日からは次の100年のスタート。100年を大切な財産として検証し、次世代へ継承していきたい」と今後の県人会の健勝と発展を誓った。 今回来伯できなかった伊藤祐一郎県知事はビデオメッセージによりあいさつ。県人会の活動について「県人移住者の情報収集、親睦活動、子弟の育成な どの取り組みなど、鹿児島との交流に大きな役割を果たしていただいた」と功績を称えた。加えて昭和45(1970)年度から実施している県費留学生制度を 100周年を機会に、現在1人の枠を2人に増員することを伝え「鹿児島および日本とブラジルの絆をより一層深める橋渡しになっていただきたい」と同留学生 への期待を表した。 各来賓のあいさつに続き、記念切手発行の調印式、県知事表彰と県人会表彰が行われ、各表彰に該当する代表者が賞状と記念品を受け取り、州議会での式典を終了。その後は議事堂入口ホールに場所を移し、式典の第2部が開催された。 県知事表彰者(80歳以上の表彰対象者72人)を代表して小森廣さん(84)、県人会表彰者(75歳以上の表彰対象者198人)を代表して大羽豪三さん (77)、また県費留学生・海外技術研修生を代表して加賀城グラウシアめぐみさん(2010年度県費留学生)、鹿児島県ブラジル実習生を代表して本紙で研修中の出水翔子さん(20)がそれぞれ県、県人会側に謝辞を述べた。 終了後は来賓、関係者による鏡割りとケーキカットが行われ、祝賀昼食会へ。「遠いところからおやっとさあごわしたなあ(お疲れ様です)」と慶祝団と、在伯県人との交流や、ブラジル内でも何年、何十年ぶりに再会した出席者も多く見られた。 慶祝訪問団として南九州市頴娃(えい)町から訪れた原田義幸さん(75)は、いとこで聖市内在住の西村政美さん(70)と5年ぶりの再会を果たした。原田 さんは「昔は手紙のやり取りで苦しい生活をしていると聞いて心配していた。しかしいつしか私よりいい生活をしている。嬉しい限り」と喜び、同町出身らと楽 しげに会話を交わしていた。...
ニッケイ新聞 2013年10月19日 ブラジル鹿児島県人会(園田昭憲会長)は11~13日、文協2階貴賓室で日伯両国の芸術家による「三人展」を開催した。創立100周年及び移民105周年記念事業の一環。 芸術家の豊田豊、若林和男、画家の森一浩3氏の絵画や彫刻作品約50点が会場を彩り、延べ約300人が来場した。 森さんは、97年の個展で自身の作品が書道のようだと評されたことをきっかけに、より意識した現在の画風になったという。 展示作品『侍の夢』を「侍が刀を振り抜くように、私も筆を持って舞うように描いた。制作した時の『今』を描く、というイメージ。人それぞれの感性で作品と向き合ってほしい」と話した。 画家の故間部学さんの妻よしのさんも訪れ、「芸術に囲まれた生活で私も大好きになった」と笑顔を見せ、来場者らはゆっくりと作品を鑑賞していた。
ニッケイ新聞 2013年10月18日 【既報関連】兵庫県加古川市で11日、パラナ州マリンガ市との姉妹都市提携40周年を記念する式典が開かれた。伯国側からは、西森ルイス連邦下院議員率いる「パラナ日伯経済使節団」のメンバー76人が駆けつけ、共に節目の年を祝った。副団長として参加したカルロス・プッピン同市長は「加古川のいたるところにマリンガのシンボルがあることに驚いたし、人々の温かさにも触れ感銘を受けた。多くのマリンガ市民が加古川を訪れるよう宣伝したい。経済的な繋がりについても、現在持っている鶏肉やエタノール関係に加え、さらに多様な分野で関係性を強めていければ」と期待を込めた。 式典には樽本庄一市長、大西健一市議会議長、長谷川吉弘商工会議所会頭(ハリマ化成社長)ら市の要人が数多く出席した。 挨拶に立った長谷川会頭は「神戸港や移住センターなど、兵庫はブラジル移民との繋がりが最も強い県。今日は家に帰ったつもりでくつろいでもらいたい」と歓迎の意を示した。 続いて、使節団団長として登壇した西森下議は「熱い気持ちを持った団員が多いおかげで、今日はこんなに暑くなってしまった」と話して会場を和ませた後、「両市の関係は、数ある日本とブラジルの姉妹都市関係の中でも最も良好で、間違いなく一番」と日本語で力強く観衆に語りかけ、大きな喝采を浴びた。 記念品の交換の後には夕食会が開かれ、多くの加古川市議やマリンガへの民間訪問団参加経験者など200人が参加した。各テーブルについた通訳を通し、終始和やかな雰囲気で会話が弾む様子が散見された。 樽本市長は本紙の取材に対し、「こんなにたくさんの方々に来て貰えるとは。今の関係性を築けたのは、日系人の存在が非常に大きい。言葉の問題を考えても、これがなければ長く続くこともなかったはず」と振り返り、「人と人の交流がだいぶ深まった中で、さらにもう一歩経済的な面でも手を取り合うことが出来れば、さらに絆は強固なものになる」と今後への期待を語った。 今年5月初旬には、マリンガでも40周年を記念した式典が開かれており、加古川市から樽本市長はじめ慶祝団21人が出席していた。
2日に亡くなった谷広海さんの四十九日法要が11月10日午後4時からサンパウロ市シャッカラ・イングレーザ区の西本願寺(Rua Changua 108)で執り行われる。 2013年10月19日付
ニッケイ新聞 2013年10月16日 ブラジル鹿児島県人会(園田昭憲会長)は創立百周年記念事業の一環として11日、文協小講堂で『西郷隆盛講演会』を行なった。約150人が訪れ、興味深そうに耳を傾けた。 約3年前にも「坂本龍馬」をテーマに当地で講演した鹿児島大学の原口泉名誉教授(66、鹿児島)が講師を務めた。NHK大河ドラマ「篤姫」はじめ、テレビ番組の時代考証や解説のほか、「龍馬は和歌で日本を変えた」「維新の系譜」など著書もある。 まず、最大の功績として「近代国家の枠組みを作ったこと」を挙げ、明治維新によりたった一夜にして多くの武士が失業し、廃藩置県が行われたことが、いかに歴史的で世界に類を見ない改革であったかを強調した。 市民平等、万国対峙、国民議会の必要性を説いた西郷は、「人の上に立つほどの学もなく、右ひじの怪我によって剣においても秀でず、フィラリアによる象皮病で馬に乗ることもできなかった」。そんな彼が持っていたものは人間力だったという。 「幼少期から損得ではなく善悪をもって行動しろと徹底的に教え込まれた。海で溺れた人間を見た時、助けねばと善悪を持って判断するが、直後には損得が脳裏に浮かび躊躇する。西郷の場合は思考が損得に達する前に助けに飛び出す。そういった考え方に魅せられ、グループの先頭に立った」と潔い武士の姿、侍の心得により人望を得たと語った。 また西郷自身、「敬天愛人」(天を敬い人を愛すという意)という言葉を好んで使い、「天命への自覚を持って江戸・明治期の変革にまい進した。これは伯国鹿児島県人移民が創立百周年を迎えたこととも通じ、長年の成果が実ってのこと。今日の日系社会があるのは皆さんの努力があってこそ」と県人会関係者を称え、「次世代の若者のためにも、引き続き努力と貢献をもって日系社会を支えて下さい」と力強く締めくくった。
ニッケイ新聞 2013年10月16日 琉球民謡保存会ブラジル支部(米須正支部長)主催の『第7回民謡の祭典』が13日、沖縄県人会館で開かれ、訪れた約350人がウチナーグチの響きに耳を傾けた。6歳から80歳を超える高齢者まで、約120人が日頃の研鑽の成果を披露。米須支部長は「近年は若者が自分から歌詞の意味を理解しようと勉強会を開くなど、非常に積極的。レベルもどんどん上がっている」と満足げに話した。 開会式で挨拶に立った米須支部長は「支部開設から来年で20周年。今年の5月に沖縄を訪問したが、母県の本部でも大きく評価されていることを改めて実感できた」と力強く話し、座嘉比昇・祭典実行委員長は、ウチナーグチで関係者への謝意を示した。 新たに教師として認定された当間チエミさんへの免許状の授与も合わせて行われた。 祭典は約20人の教師・師範による「かぎやで風節」「鶴亀節」「豊節」の斉唱からスタート。迫力ある三線の音色と勇壮な歌声に観客から大きな拍手が沸いた。 ジャバクアラやバウルー、カンピーナス、ヴィラ・カロンといった各地の民謡グループのほか、島袋順子琉舞道場や具志堅洋子琉舞道場などから琉球舞踊のグループも参加。色とりどりの衣装での華麗な舞で会場を盛り上げた。 最終プログラムでは、初の試みとして寸劇「毛遊び」が披露された。玉城流扇寿会と琉球民謡保存会青年グループのメンバー約15人が、仕事を終え、野外で飲み、歌い、踊ることを楽しみとしていた戦前から戦後期の沖縄の若者らを再現し、会場は大きな拍手に包まれた。 終演後は、米須支部長の音頭によるカチャーシーで会場が一体になって踊り、和やかな雰囲気の中祭典の幕が降りた。 若者の舞台を見ながら体を揺らし、歌を口ずさんでいたアシミネ・ノブさん(82)は「自分たち一世の文化が孫、ひ孫まで受け継がれている。良い時代になったね」と感慨深げに話し、最前列の席で耳を傾けていたイズ・セイジさん(82、二世)も「ウチナーグチを聞くと両親のことを思い出して、懐かしい」と話していた。
ブラジル兵庫県人会(尾西貞夫会長)恒例のピクニックが9月15日に実施され、サンパウロ州サンロッケ市にあるランショ・エボネ小農園に県人会員ら45人が参加した。 当日は晴天に恵まれ、バスの中では松下マルリ、山本アナパウラ両監査、金城ヤス子事務局長が菓子類を配るなど和気あいあいの雰囲気で会員が近況を報告し合った。 錦鯉が広い池に放流されている園内では、屋根の上で野菜類を植える畑の小屋が3軒もあることが参加者の目を引いた。また、各種動物も飼育されており、一行は農園内を歩いた後、園内でできた野菜や果物を使った昼食を取った。 尾西会長はあいさつで「長い間会長を務めてきましたが、次の新しい会長が元留学生の中から選ばれることを期待しています」と述べた。 会員の島田マルシア氏と松下監査によりくじ引きも行われ、賞品が当選者に配られた。 一行は記念撮影の後、来年の再会を誓い合い、帰途に就いた。 2013年10月18日付
19日(土曜日)◎青葉祭は、午前7時からサンパウロ(聖)市リベルダーデ区の宮城県人会館(Rua Fagundes, 152)で。◎和太鼓グループ「生(しょう)」のワークショップは、午前10時から聖市ビラ・マリアーナ区の同グループ教室(Rua Ver gueiro, 2676)で。◎第7回文協総合美術展オープニング式典は、午後3時から聖市リベルダーデ区の文協ビル(Rua Sao Joaquim, 381)で。 20日(日曜日)◎サンパウロ木蔭句会の第35回念腹忌全伯俳句大会は、午前9時から聖市リベルダーデ区のブラジル日系熟年クラブ連合会会館(Rua Dr. Siqueira Campos, 134)で。◎サント・アマーロ連合婦人会の慈善バザーは、午前9時から聖市サント・アマーロ区の同文協会館(Rua Vigario Taques...
鹿児島県人会100周年記念して ブラジル鹿児島県人会(園田昭憲会長)は同県人会創立100周年記念行事の一環として12日、サンパウロ市リベルダーデ区の文協小講堂で「西郷隆盛講演会」を開催した。母県から鹿児島大学名誉教授で志学館大学教授の原口泉氏を招いて鹿児島弁とユーモアを交えた2時間の講演が行われ、約150人の来場者たちは熱心に耳を傾けていた。 開会のあいさつでは園田会長が「本物の西郷さんをぜひ知っていただきたい」と話し、また実行委員長の井料堅治参与は「鹿児島県人だけでなくコロニア全体を巻き込んで面白いことができないかと考え、同講演会を企画した。存分に楽しんでもらいたい」と呼び掛けた。 原口教授は日本近世・近代史を専門に研究しており、NHK大河ドラマ「翔ぶが如く(1980年)」「琉球の風(1993年)」「篤姫(2008年)」の時代考証を担当。「龍馬を超えた男小松帯刀」「維新の系譜」など著書多数で、2010年に来伯し、坂本龍馬や維新について講演したことも記憶に新しい。当時、世話になったというブラジル龍馬会会長だった故谷広海氏へ哀悼の意を表した。 今回が4回目となる来伯だが、「カシャッサがおいしかったのをよく覚えている」と話すと、会場からは拍手と笑い声が起こった。 原口教授は蒸留酒に関連させて、本坊酒造(鹿児島市、本坊和人代表取締役専務)の本格芋焼酎「あらわざ桜島」が今年イギリスで開催された国際品評会で世界一の焼酎に認定されたことや、同県の紅茶やかつおぶしが高い評価を得ていることを紹介し、「ブラジルでも100年の歴史を紡いできた鹿児島県人の長年の努力が今、世界に認められている」と同県人の活躍をたたえた。 講演の中で原口教授は、「内村鑑三の著書『Representative Men of Japan』(1894)で代表的日本人として紹介されている西郷の魅力は、人間力にある」と強調した。 原口教授によれば、西郷隆盛は明治維新で尊王を推し進めたが攘夷(じょうい)を口にしたことはなく、先見の明がある人物だった。180センチメートル、110キロの巨漢に大きな目で一見恐ろしい外見をしながら、情に厚い人物で理屈を超えた魅力が人々を引き付けたという。 また原口教授は、一夜にして200万人の武士の特権をはく奪した廃藩置県を「約700年続いた封建制度を一瞬で崩壊させた西郷の大功績。まさに革命」と位置付けた。 幕末まで武士道教育が色濃く残っていたのは会津藩と薩摩藩だけで、近代になっても士族意識が残っていた鹿児島は「何をなすべきか」を一番に考える県民性があるという。 原口教授は「今、日本人が忘れかけている日本の姿がブラジルには残っており、ブラジル日系人の生き方が日本にインパクトを与えている。地下資源に頼らない物作りを実現させる新たな文明・革命を起こすために『何をなすべきか』考えていくことがこれからの課題」と力強く語り、講演を締めくくった。 最後に、同県人会から来場者全員に西郷隆盛の肖像画が配布され、講演会は終了した。 西南戦争に敗走し西郷と共に自決した祖先を持つという牟田邦子さん(81、福岡)は「テンポが良くて飽きない話には3年前の龍馬講演の時から大ファン。維新から今の私たちが生きるヒントがもらえた気がする」と満足そうに話した。 ...
