05/03/2026

県人会からのお知らせ

今年もフェスティバルドジャポンの農林水産省ブースに 日本料理の伝道師が大集合!   毎年大人気の、農林水産省ブースが今年もフェスティバルドジャポンに出展します。 今年度はブラジルでも大人気な「BENTO」をテーマに、日本とブラジルの有名日本食料理人が、家庭でも再現できるBENTOの一品になるプロの味を披露します。 料理人は日本のテレビ番組にも出演している一流の料理人で、全員が国内外で活躍する農林水産省が任命した日本食普及の親善大使。 来場者の皆様には見て学び、そして試食で本物の味を味わっていただき、料理人から直接学んでいただく体験コーナーなどFive sense(五感)を使って日本食の魅力を体験していただきます。 またサンパウロの酒サムライの利き酒師による日本食とともに味わう日本酒紹介コーナー、SNSでシェアしたくなる最新映像コンテンツなど昨年度よりパワーアップしたコンテンツを用意しております。   出演: ~日本食普及の親善大使~ 小池 信也氏 - ブラジルで最も有名な日本食料理人 小川...
去る2月4日と11日豊田ルミ先生による日本文化と礼儀作法の講義が当県人会で行われた。彼女は経済学士であり、日本文化の専門家でもある。 講義会には約50人出席。日系人は主に、非日系人も幾人かいた。間に一世の方も一人いた。講義は単純な言葉遣いで皆が分かりやすく理解できその上、いろいろな例や写真のイラストとトレーニングで補われた。神道に絡んで孔子と仏教の影響を深く受けた日本文化の本質には原理と伝統的な価値観が日本人を構成して西洋人文化と異なった。講義を受けた我らブラジル人にとって異常な日本文化や違った日本人の行為を了解することができた。ルミさん、ありがとう!
2017年1月20日、県連主催のサントス「釣りの会」にて新年会に18人の県連役員、県人会会長や前会長などが参加し、楽しいひと時を過ごした。この催しは去年、11月18日忘年会のつもりで行うことであったが当日強い風と雨により荒波状態で島へ行く渡し船の欠航で忘年会は中止された。今回は波は穏やかで団体は島へ渡り、同じ理想の県人会を抱く同志で楽しいひと時を過ごした。また皆がもっと接近して和やかで強い絆を結ぶ機会でもあった。  
昨年、日本旅客鉄道株式会社(JRグループ)は「在外日本人」だけが来年の4月以降にジャパン・レールバスが使用できなくなることを発表。12月10日、開催された当会評議員会ではこの件に関連する討議が行われました。 そして、文協はジャパン・レール・パスの利用条件変更に関する要望書を提出することが決定。12月19日、当会は国土交通省およびJRグループ旅客鉄道会社6社に要望書を提出したことを報告いたします。 この件について、多くの方々に認識して頂きたいと考えておりますので、本記事やフェイスブックの投稿をシェアをしていただけら幸いです。ご協力よろしくお願いいたします。 フェイスブックにおけるJRレールパスに関する投稿はこちらをクリック  提出した要望書 PDFファイル   文協のサイトより Crédito: site do Bunkyo
去る10月21日、ブラジル和歌山県人会の会員6名はアルゼンチン和歌山県人会創立50周年記念式典に参加するためブエノスアイレスへ向かって旅立った。当県人会の団体は谷口ジョゼー眞一郎会長と妻のローザ・ミネ子、顧問の下本八郎と妻のちえ子と娘のマルリ、婦人部部長の宮下ちえ子であった。ブエノスアイレスでは方尖塔(ほうせんとう)(obelisk)がある中心街のコリエンテス街のNOVOTELで宿泊した。昼から散歩しながら観光地区のフロリダ繁華街まで行きパッシフィコ・ショッピングへ入って先ずドルとペソの交換をした。それからショッピング内で食事をした。食事は伝統のチョリソのビフテキ。ビフテキの量は多く、厚くて柔らかい牛肉の炭焼きである。おいしさは言うまでもない。昼食時間は遅かったので夕食と重なった。帰りは途中に並んでいるお店を見ながら気に入った小さな買い物をしながらホテルへ戻った。 翌日、我らを迎いに来たマイクロバスはルハン区の動物園に向かった。そこには人馴れのライオンが何匹か居た。ライオンに手を触れる実感は唯一の体験であった。帰りしな、ルハン大聖堂にチョット止まり、撮影。それからボッカ地区のカミニット繁華街へ行った。そこも観光地帯で道端にはタンゴのダンサーなど数多く、観光客にダンス・ポーズの撮影を誘致する。ホテルへ帰る途中、もう一度カーサ・ロサーダの前で撮影のためストップ。そこはペロン大統領時代から残された有名な宮殿である。夜はアルゼンチン和歌山県人会主催の晩餐会があった。レストラン「ラ・エスタンシア」は我らのホテル近くでとても便利がよかった。そこには和歌山県庁から下宏(しも・ひろし)県副知事、服部一(はっとり・はじめ)県議会副議長、その他の慶祝団の皆さんが参加していた。それにペルー和歌山県人会からも4人の代表者がいた。 23日、日曜日、午前11時からアルゼンチン和歌山県人会創立50周年の開会式が宮井正克(みやい・まさかつ)元会長の宣言で始まった。当日、福嶌教輝(ふくしまのりてる)在アルゼンチン特命全権大使のほか、母県から県庁、県議会の慶祝団、迫間修氏が率いる中南米国際交流協会の団体、その他の慶祝団が参加した。先ず主催役のビビアン会長はご来場の皆さんへ向かって感謝と歓迎の意を述べた。引き続き、来賓の皆様も挨拶を述べた。式典は盛大に快く開催された。続いて懇親・昼食会にかわり、「牛肉付きあばら骨」のシュハスコ(炭焼き)と付き物飲食の給仕。 翌日の月曜日、午前中、また細かい買い物などをおさめて13時ホテルから出た。団体はサンパウロ空港へ無事到着したのは21時であった。ようやくこの使命も果たすことができた。  
谷口ジョゼー眞一郎 (著) 9月25日ブラジル和歌山県人会で臨時総会が催され、議題は来年「和歌山県人ブラジル移住100周年記念式典」を開催するかの賛否を諮った挙句満場一致で可決された。それに及び追悼法要も含むことになった。従って県知事、慶祝団の皆様をご招待に谷口会長の来日も可決された。 谷口会長は10月10日の夜、ヒュウストン、サンフランシスコ経由で大阪の関西空港へ向かって旅立った。12日の夕方関西空港へ到着。当時、中南米国際交流協会会長の迫間修氏、県庁から坂木氏、粂山氏が出迎えに来た。先ず和歌山市のグランビアホテルにチェック・インをおさめてそれから近くの「えびす」料理店で皆さんと夕食を済ました。夕食会には元国際交流課主査の山田啓之氏と国際担当参事の津井宏之氏も参加した。 翌日の13日午前11時、予定通りに谷口会長は迫間中南米国際交流協会会長と同伴で仁坂吉伸県知事に表敬訪問をした。同じく11時30分服部一県議会副議長に表敬訪問をした。お二人に来年の2017年開催される「和歌山県人ブラジル移住100周年記念式典」に参加の依頼をした。仁坂知事から「それは何時になるのですか」と問われると谷口は次の様に答えた:「 ―現在は未定で知事から都合の良い日に決めて下されば結構です。我らは知事が決められた日を焦点に計画を立てて進めます。それからもう一つあります。私は臨時総会によって会員全員に代わってお願いする次第です。どうぞ宜しくお願い申し上げます。」そこで知事は10月の半ばから11月の半ばまでは有効だと申した。谷口は帰ってから役員達と相談の上確認すると言って別れた。しかし、一応、11月の12日にする方が相応しいと発言した。 同日の昼、迫間氏と同伴で和歌山大学へ訪問した。大学では長友先生、野田先生をはじめに中 元一恵(チーフ・プロジェクト・コオヂネーター)にもお会いした。彼女は国際観光部研究センターの担当者である。 夜には和歌山県中南米国際交流協会主催の歓迎会が開催され、約30名余りの会員が集まった。翌日、WIXA`Sの理事長、樫畑直尚先生に及び、職員の皆様へもお会いになった。特に「子弟受入体験制度」の担当者の松尾千夏様ともお会いになった。当時、和歌山県庁から和歌山のマスコット「きいちゃん」を持ち運んできた坂木氏と樫畑先生と三人で贈呈の記念撮影をした。「きいちゃん」は来年からサンパウロ県連主催の日本祭りに和歌山県人会のブースのスタンドに位置して「お好み焼き販売」にお客さんの呼び寄せに手伝ってもらうためにブラジルへ移住。 同日、谷口は「特急くろしお15号」で田辺市に向かって移動した。田辺駅には真砂夫妻が出迎えに来ていた。早速、タナベ・ハルベスト・ホテルへ行ってチェック・イン後真砂夫妻と同伴で上富田町「くちくまの文化交流館」で小出上富田町長を始め、ブラジル和歌山県人会の監査役の平啓介氏の兄ご夫妻と友人の皆さんとの夕食会。 15日の午前9時から10時まで中南米国際交流協会紀南支部5名の役員ホテルにての歓談。10時から11時まで田辺市福田副会長と面談。(真砂市長が出張のため、副市長が対応。土曜日のため市庁舎が閉められていることから、ホテルに来て頂くことになった。)田辺市総務庁の前川光弘氏も参加した。11時から真砂ご夫妻と冨家氏と同伴で本宮町へ移動。途中昼食の後、「世界遺産・本宮大社」を参拝。17時―田中実マルコス氏宅(龍泉寺)着。田中氏と歓談。田中氏は青年のころ、サンパウロ国立高等工業学校で谷口会長の教え子である。19時和歌山県中南米国際交流協会紀南支部主催歓迎会(会場:「あしべ本店」。 10月16日、全てのスケジュールを果たし、谷口は田辺市駅で真砂ご夫妻と別れ、紀北の笠田町へ向かって親戚に会いに行った。17日の夕方、関西空港から出る飛行機でブラジルへ旅立ち、18日の夜帰宅した。  
 9月30日ブラジル和歌山県人会から7人の団体で約10時40分(ペルー時間)ジョルジ・チャヴェス空港へ到着した。空港の出口で多数のペルー和歌山県人会役員達が出迎えに来ていた。小坂リカルド(顧問)、斎藤カルロス(顧問)、佐藤セルヒオ(会長)、坂田アルフレド(顧問)、松下ビクトル(顧問)、稲垣フアン(顧問)と田村マルコ(顧問)であった。直ぐあとから和歌山県企画部 国際担当参事の津井宏之氏と国際課 国際交流班 班長の坂木守彦氏が到着した。  その夜、団体は日本・ペルー食店「鶴」に招待された。当時、同じく日本から来賓の皆様のほか、役員夫妻も参加した。  10月1日、午前中、団体は「ペルー人類博物館」を見学した。博物館にはコロンブス以前の文明が作ったあらゆる土器、反物や金具の手芸品が展示されていた。それから「ラルコ」博物館にも見学した。そこにも同じくコロンブス以前の手芸品が展示されていた。その後、ペルー・日本文化協会にある食堂「刀」で昼食した。昼からリマ市内のファヤマルコ遺跡を見学してからホテルへ戻った。夜にはペルー和歌山県人会創立25周年記念式典に参加した。式典はミラフロレス地区の豪華なホテル会場で盛大に行われた。  10月2日の午前中、10時からペルー・日本文化協会の会議室で南米における各和歌山県人会の未来に関する短期ヂスカッションが催された。アルゼンチン、ブラジル、ペルー、三か国の和歌山県人会代表者会議の結果は次の通り:会議は有意義であり、時代が代わるに従い日系社会はますますと進む一方、和歌山文化を保護することと県人会の継続を守ることの大切さが実感された。その後、全員は日本来賓の二人も含めてペルー料理の「パンチット」食店で再び盛り上がった。昼食後、団体はリマ中央の市内観光を夜まで続けた。  ブラジル帰国は翌日3日の朝食後であった。忘れがたき楽しい旅であった。素晴らしい接待を受けた我らは心を打たれ、深く感動した。ペルーの皆様へ厚く感謝致します。また再会の日まで!
ブラジル広島文化センター – 22/09/2016 ブラジルからの参加者: 石井カルビン・コウイチ 引率者: 吉広ロベルト貞夫副会長 開催期間: 2016年8月20日~24日  広島県と16の国。地域の若者で国際平和を考える「ひろしまジュニア国際フォーラム」の参加者約80人が8月23日、広島市中区の広島国際会議場で「広島宣言」を発表した。核兵器廃絶と平和構築の実現に向け「相互不信」や『無関心』など10の課題をあげ、解決策を訴えた。  県の主催で初開催。21日から米国や中国、ブラジルなどの中高校生や留学生が広島平和記念資料館を訪れ、被爆者の証言を聴くなどして議論してきた。  広島宣言では「我々は広島に集い、核兵器廃絶への信念と、将来の復興が可能だという強い信念を確認した」と前置き。  核兵器の廃絶に向けた課題に「国家間の相互不信」を挙げ、不安が助長されていると指摘。解決には、世界の指導者たちが互いを理解し、少しずつ信頼を培う努力をすべきだとした。  核兵器の「誤用や偶発的な発射のリスク」という課題の根本的な解決策は、「廃絶」としたうえで、核兵器に頼らずに紛争を解決する新たな道を探ることも重要だとした。  また、核兵器廃絶と平和構築には、いずれも「無関心」が課題とし、ソーシャルメディアなどあらゆる手段で情報を広めることが求められている。 朝日新聞2016年8月24日付より
ブラジル広島文化センター – 21/09/2016  プロ野球セ・リーグで広島東洋カープが25年ぶりに優勝を決めたことを祝い、ブラジル広島文化センター(平崎靖之会長)は16日夜、サンパウロ市内のピッキサリア・スペランザ店で祝勝会を開いた。これには広島市出身の中前隆博在サンパウロ総領事、池崎博文リベルダーデ文化福祉協会会長、高木ラウル(広島系)ニッケイ新聞社社長など20名が参加した。また、日本一を確信して再会を約束し合った。  
ブラジル広島文化センター – 22/09/2016  9月11日(日)、恒例の中国ブロック(広島、岡山、島根、鳥取、山口)合同敬老会がブラジル広島文化センターで開催された。今年は77歳~100歳の高齢者105人が表彰され、付き添い人、各県人会から料理の持ち寄りで多くのご婦人方、役員など230人以上が参加した。  昼食後、各県から郷土踊り、芝居、カラオケが披露され、くじ引きなどで楽しい一日となった。  
 去る9月18日、当県人会に於いて午後2時から開拓先没者のため、追悼供養が開催された。今から100年前の1916年、和歌山県人ブラジル移民制度が始まった。忘れ難き開拓先没者のご苦労を念じて追悼供養が行われた。儀式は浄土宗日伯寺別院のペドロ・イナバ僧侶が挙行した。  注目されるご来賓の皆さまのなかで和歌山大学の長友文子先生がその一人で、それからサントス市・市会議員の中井サダオ氏の参加であった。彼は和歌山県人初代の移住者中井繁二郎の孫である。中井繁二郎は漁業の成功者であり当県人会の会員でもあった。サントス日本人会の会長もした。約80人近い会員と共に開拓先没者のご家族、ご親戚と一緒にこのひと時を過ごした。  
 9月13日の朝、長友文子先生と野田日向先生がサンパウロ空港へ到着した。両先生とも和歌山大学の教師である。お二人は和歌山大学と南マット・グロッソ州国立総合大 学の協定を目指し、最終の根回しにお出でになった。協定の締結後、南マ州の大学生は和歌山大学で大学院、それとも現存の大学専門を学べることができる。また、逆に和歌山からの大学生も同じく南マ州総合大学で勉強は可能。  野田先生はリオでお生まれになったブラジル人。10歳でアメリカへ行って10年間勉強した。それから日本へ移って日本人女性と結婚した。帰化もした。名前も野田日向と替えた。現在、和歌山大学の教師である。