08/03/2026

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ニッケイ新聞 2012年9月15日付け 今月10~13日にアニェンビー総合展示場で開催されたホテル業界見本市『Equipotel 2012』に、ジャパンパビリオンが出展され、秋田、山形、青森、福島、島根、岩手、宮城、福岡、京都の1府8県から、16の中小企業が参加した。経済成長の最中にあり、日本食がブームのブラジルに関心が高い中小企業が増えていることを受け、JETRO(日本貿易振興機構)の主導で出展が決まり、今年4月頃から募集が行われた。各企業が独自の県産品を出品する中、島根県と並び最多の3社が参加したのが山形県。いずれも日本酒のメーカーだ。「月山酒造」と「出羽桜酒造」の2社は共に約5年前からブラジルに自社製品の輸出を行っている。「楯の川酒造」は、進出を前提とした現地での取引先の選定を兼ねた来伯となった。「月山」の鈴木潤一専務取締役は「震災やストの影響で輸出出来る量は限られてしまっている。自分で機会を作って、少しでも知ってもらう努力をしないと」と自らブラジルに出向いた理由を語り、「出羽桜」の鴨田直希輸出担当長は「高級レストランの関係者も訪れる今回の見本市は、ターゲットとしているハイクラス層の間での日本酒の知名度を上げるきっかけに成り得る」と話した。他県のブースでも日本酒の出品が目立ち、16社中9社が自慢の地酒を披露していた。その他福島県「宝来屋本店」の「冷やし甘酒」、青森県「かねさ株式会社」の味噌とケチャップを配合した「みそチャップ」、味噌を粉末化した「パラミソ」など独自性の強い商品が来場者らの目と舌を楽しませていた。
東京都友会(坂和三郎会長)は8月24日、パウリスタ大通り沿いにある同会事務所近くで8月度定例理事会を開催。坂和会長を含む同会役員と事務員が出席した。 会では右近昭夫第1会計理事(69)が7月度の収支報告を行ったほか、岡田本子理事(74)が8月3~5日の3日間行われた毎年恒例のピクニックについて報告した。 同催しをコーディネートした岡田理事は、「宿泊したホテルはエレベーターからパノラマの景色が見えるすてきなところで、ゆったりした雰囲気で皆さんお気に召して下さった」と話し、ビンゴやカラオケ、サウナなどで優雅な週末を過ごしたと報告した。 会員から「いつあるのか」と待ち望む声が上がるほど人気だという同会のピクニックは、「おいしい食事を楽しめるところ」を条件に宿泊先の候補を選出。4月の理事会で行き先を決定している。その後、名簿に登録されている会員に開催を知らせると、「都友会の仲間に会えるから」と希望者が集まり、6月中にはほぼ満席になるという。 坂和会長は「今年は早々に席が埋まり、自家用車を出してでも参加したいと言う人も居た」と好評ぶりについて語った。 役員らによると、ピクニックは同会の設立時から続く伝統行事。近年は日帰りではなく、金曜の夜から2泊の日程で実施しているが、「ピクニック」という名前だけはそのまま残っているという。 理事会に出席した役員らは「今回も食事が良かった」「奇麗なところでしたね」と感想を語り合い、来年度の開催に期待を寄せていた。 2012年9月14日付
ニッケイ新聞 2012年9月14日付け 埼玉県議会「日伯友好議員連盟ブラジル訪問団(竹並万吉団長)」の歓迎交流会が埼玉県人会(飯島秀昭会長)主催で5日、聖市ジャルジン・パウリスタ区のレストラン「新鳥」で開かれた。県人会関係者ら約20人が、伯国視察のため来伯した県会議員ら13人を迎えた。議連の来伯は4年ぶり。一行は8月29日に着伯し、ブラジリアで国会会議場の見学、マナウス、イグアスでの日系移住地訪問、今年5月に同県から教員の派遣を実施した、リオにある社会教育活動施設の視察も行った。飯島会長は「自分の目で見たブラジルを日本で宣伝してもらいたい」と開会の辞を述べ、県人先亡者181人に向け1分間の黙祷が捧げられた。竹並団長は挨拶の中で「両国発展の要は教育分野の交流。埼玉県にも1万3千人のブラジル人がいるが、リオへの教員派遣事業は外国人児童らの教育の充実にもつながる。これから3年に渡って教員の相互交流を行っていく」と話し、積極的な交流を示唆した。その後、神谷裕之顧問が上田清司知事からの親書を披露し、会場が大きく盛り上がる中、田中千裕幹事長により乾杯がなされ、賑やかに会食が行われた。初めて来伯した小川真一郎事務局次長は「移民の方々が勇気と希望を持ってブラジルに渡り、立派な功績を残してこられたことを強く実感した。祖国日本をよりよくしていくことが私たちの使命」と感慨深げに語った。県人会員で、モジから参加した宇都宮喜美恵さん(54、三世)は「父の古里である埼玉から議員の方々がはるばる来てくれるのは本当に嬉しいし、ありがたい」と目を細めながら話した。一行は聖市アルト・デ・ピニェイロス区にある「サイタマ公園」で桜の木2本の記念植樹を行い、7日に帰国した。同連盟は日伯両国の相互理解を深め、教育、文化、スポーツなどの諸分野での交流と両国の発展に寄与することを目的に2007年に設立。日本移民百周年、埼玉県人会創設50周年を迎えた2008年には13人が記念式典に出席した。
埼玉県人会(飯島秀昭会長)主催の埼玉県議会「日伯友好議員連盟」歓迎交流会が、5日午後7時から同9時まで聖市内の日本食レストランで開かれた。 同県議会のブラジル訪問団(竹並万吉団長)は、4年前の同県人会50周年記念式典以来2回目のブラジル訪問。8月29日から9月7日までブラジリア、マナウス、リオ、パラグアイのイグアス移住地、サンパウロなどを視察した。今回の訪問団は11人で構成され、そのうち5人が初来伯だった。 交流会には県人会員など約30人が出席し、天ぷらやすしなどが振る舞われた。 飯島会長は「来年、再来年とまた来てほしい」と同団に再来伯を強く呼び掛けた。また、竹並団長(72)はリオ市近郊にある社会教育活動施設で貧困のため教育を受けられない子供たちに対して同県が今後3年間教員を派遣し、教員相互の交流を行ったりする支援が決定したことを報告。「今後のブラジルと日本の発展の要となるのは、教育分野の交流ではないかと考えております」と話した。 以前ブラジルに住んでいた諸井真英同団事務局長(43)は「今回の視察で議員らは色々なものを感じたと思う。議員という立場の人間がブラジルを知ることは大事」との考えを述べた。 同交流会後、飯島会長は「埼玉県の日伯友好議員連盟は、他県と比べブラジルに対して一歩前に出ていて、今回の訪問でさらにブラジルと日本の距離が縮んだ気がする。今後、埼玉県人会の受け入れ体制をしっかりしていくべきです」と日伯相互のさらなる関係強化を望んでいた。 2012年9月13日付
核兵器の廃絶目指して 南米拠点となる事務所設置へ 平和市長会議(松井一實会長)の田上富久副会長(長崎市長)は4日、リオ市を訪れステリオ・アマランテ大使と同市内で会談した。会談で田上副会長は「五輪など世界的なイベントが予定されているリオ市が同会議の南米の活動拠点として最も適した都市である」と伝え、同会議の職員が常駐できる「南米事務所」の場所の提供を求めた。これに対し、アマランテ大使は「市内の遊休市有物件について無償提供が可能である」との基本的了承を示した。具体的な場所や入居期間、常駐する職員数などは未定。今後、両市は維持管理費の負担などについて整理する。 田上副会長は本紙の取材に対し、「平和市長会議はこれまで加盟都市数を増やすことによって、発言力を高めてきた。今後は活動の質を高めていかなければならない。同時に地域ごとのテーマに沿った活動が必要になっており、非核地帯である南米での活動は重要になる。北半球に与えるインパクトが非常に大きい」と、南米事務所開設の意義を説明した。 平和市長会議は、世界中の都市が連携することによって核兵器廃絶の市民意識を国際的な規模にまで喚起し、核兵器の廃絶を目指すNGO団体で、加盟都市数は9月1日現在で154カ国・地域の5400都市。このうち、ラテンアメリカ・カリブ海地域では24カ国579都市が加盟している。 同会議は、1982年にニューヨークの国連本部で開催された第2回国連軍縮特別総会で荒木武広島市長(当時)が、世界の都市が国境を超えて連帯し、「核兵器廃絶に向けての都市連帯推進計画」を提唱。広島・長崎両市長から世界各国の市長あてにこの計画への賛同を求めたことが設立のきっかけ。 同会議では2003年、20年までの核兵器廃絶を目指す行動指針「2020ビジョン(核兵器廃絶のための緊急行動)」を策定しており、世界の都市、市民、NGOなどと連携しながら、核兵器廃絶に向けて活動している。 2012年9月13日付
【一部既報】来年3月に出発するサンパウロ新聞創刊66周年、戦後移住60周年記念事業「ブラジル移住者里帰り訪日使節団」の募集が9月から始まった。同事業のスポンサーとなった竹内運輸工業株式会社(本社・東京都三鷹市)の竹内政司社長(57)の思いを聞いた。 「若い時にお世話になった日系コロニアに恩返しがしたい。祖国に戻ったことのない1世を日本に里帰りさせてあげて、古里を見てほしい」――。 今年4月、久しぶりに東京で会食した竹内社長が切り出した。 「ジャンボ機で移住者のお里帰りができないかなあ」と突拍子のないことを言う。大学を卒業直後の1977年から80年まで約3年間、サンパウロ新聞の社会部記者として働いた経験を持つ。記者時代、ブラジルと日本をJALのチャーター便が飛んでいた。里帰りツアーの移住者たちのうれしそうな笑顔を取材を通して見ていたのだ。だが、ジャンボ機をチャーターし、ブラジルと日本を往復するのに1億円近い費用がかかる。「それは無理。1000万円程度なら」と20人の団員募集が決まった。 「1世の里帰りより、次世代を担う若者たちの交流にしたらどうか」と水を向けたが、頑として首を縦に振らない。「僕がお世話になったのは1世。新聞社もそうでしょう。やりましょうよ」。この熱意には頭が下がった。 竹内社長が記者時代の日系コロニアは1世が中心で活気があり、聖市内だけでなく地方に行っても圧倒されるような人たちと出会い、薫陶を受けた。 「あの時、教えてもらったことが、今の自分の役に立っている」と当時を振り返る。78年6月、「1世最後の式典」と当時の文協会長の中沢源一郎氏が言ったブラジル日本移民70年祭。その会場となった聖市パカエンブー競技場に立ち、埋め尽くした日本人、日系人に鳥肌が立った。裸一貫でブラジルに渡った日本人移民の集大成を目の当たりにしたからだ。今もその光景がまぶたに焼き付いている。 帰国後、祖父が興した運送会社の3代目社長に就任して数年目、窮地に立たされた。だが、迷わず本社ビルを売却。新事業を構築し、数年後には新たに本社ビルを建設するほどの手腕を発揮した。 「移民の皆さんが歩んだ七転び八起きの不撓不屈(ふとうふくつ)の人生を教えてもらったことが役立ったんですよ」。 立て直した会社が今年60周年を迎えた。 「記念パーティーをやるより、もっと有効にお金を使いたい」と社員の理解も得て、帰国以来考え続けていたブラジル移住者の里帰り訪日団の実現にこぎつけた。 社業60周年と戦後60周年が奇妙に一致した。「団員の人たちと東京で会えるのを楽しみにしている。歓迎会で一人一人の歩んだ人生を聞いてみたい」と心待 ちにしている。そして、「これが呼び水になって、日系コロニアや企業がこの事業を継続してくれるきっかけになればいいなあ」。 竹内社長が20年間思い続けた恩返しが始まる。 2012年9月13日付
ニッケイ新聞 2012年9月13日付け 土曜日(15日) アチバイア花といちごの祭典、午後9時、エドムンド・ザノニ市立公園(Av. Horacio Neto, 1030)、日曜日も◎おきなわ祭り、午前11時、クルービ・エスコーラ・V・マンチェスター(Praca Haroldo Daltro s/ n, Vila Nova Manchester)、日曜日も◎七宝作家、岩井和子さん個展「東洋の息吹」、午前9時、オクタヴィオ・カフェ(Av. Brigadeiro Faria Lima, 2996,...
ニッケイ新聞 2012年9月13日付け 鹿児島大学の吉田浩己学長、前田芳實理事、寺岡行雄農学部準教授、同校OBの高原要次さん一行が、先月18日から実施した視察旅行の報告のため来社した。ブラジルでの同校同窓会の出席と鹿児島県人会の視察に加え、伯国各地の事情を視察し、教員の派遣を含めた交流事業の可能性を模索することが目的。視察団は10日間の滞伯で、聖市に加えベレン、トメアスー、ブラジリアのセラード地帯を訪問。ベレンではアマゾニア農業大学を訪れ、施設見学や互いの大学の概要説明を行った。26日にあった同窓会には約50人が出席した。吉田学長は「特にアマゾニア農業大学では充実した時間を過ごせた。学校間協定を結ぶことも視野に入っている」と視察の感想を語り、前田理事らも「共同で地域の活性化につながる研究が出来れば」と今後の積極的な交流に意欲を示した。一行は27日に帰国した。
ニッケイ新聞 2012年9月12日付け 福岡県の県産品や物産、産業などを紹介する『福岡プロモーション』が先月30日、聖市モルンビー区の総領事公邸で開かれ、小川洋知事など14人が来伯し、県の魅力をアピールした。聖州政府、ブラジル日本商工会議所、日系団体などの各関係者約120人が参加した。 福岡県側がW杯、リオ五輪の開催を控えブラジルとの人的・経済的な積極交流を目的に、日本の外務省を通じ、聖市内で県をアピールするイベントの実施を領事館に持ちかけたこと開催のきっかけ。総領事公邸での地方自治体に関するイベントの開催は初めてとなった。同県からは、今年7月にあった『県連・第15回日本祭』にも県産品を紹介・販売するブースが出展されている。開会式は福岡県の地理、特産品、伝統行事などを紹介するポルトガル語の動画から始まり、小林雅彦首席領事は「このイベント通じて、今まで見る機会の少なかった、日本の地方文化の一面を感じてもらえれば」と呼びかけた。挨拶に立った小川知事は「ブラジルは地理的には遠いが、心の距離は非常に近いと思っている。これを機会に福岡を知ってもらい、よりブラジルとの交流を深めていきたい」と話した。会場には『日本祭』にも出品された柚子胡椒を液状化した液体調味料「ゆずすこ」や、高級ブランド茶「八女茶」、数種類の日本酒などの試食・試飲コーナーが設けられたほか、同県からブラジルに進出している衛生陶器会社「TOTO」、産業用ロボットなどを製作する「安川電機」の2社の製品展示ブースも出展された。福岡県人会から手伝いとして参加し、同県の大学に留学経験を持つ南マルガレッチさん(29、四世)は「大好きな福岡という街を、もっとたくさんの人に知ってもらいたい。こういうイベントは大歓迎です」と笑顔を見せた。県人会青年部の天竜太鼓グループによる和太鼓も披露され、大きな喝采を浴びていた。
母県から伊藤県知事らが出席 記念誌編纂、先没者慰霊碑を設置 在アルゼンチン鹿児島県人会(加藤リカルド会長)の創立100周年記念祭典が8月26日、ブエノスアイレス市内の沖縄県人会館で開催された。同国で100周年を迎えた県人会は同県が初めて。祭典は第1部記念式典と第2部芸能祭で構成され、母県からは伊藤祐一郎県知事、金子万寿夫県議会議長をはじめとする計14人の慶祝団が出席。内外の来賓を含む県人会員約380人が一堂に会した。 在亜鹿児島県人会は、第1回笠戸丸でブラジルに移住した同県人約50人が1909年にアルゼンチンに転住し、2年後の11年に創立。現在、会員は550世帯、約1600人が在籍している。当初は昨年、100周年記念式典を開催する予定だったが、東日本大震災発生と亜国の政治的混乱などの影響で、今年に延期されたという。 100周年記念企画として同県人会では、(1)100年間の歩みと会員名簿を作成することを目的としたスペイン語版100周年記念誌の編纂(2)先没者会員慰霊碑の設置を実行する。(2)は、ブエノスアイレス市内の仏教会の納灰壇を購入し、他界した会員の名簿を納入する。また毎年、同碑前で慰霊祭を行う予定だ。 田上英昭100周年祭委員長のあいさつで開幕した式典には、園田昭憲ブラジル鹿児島県人会会長や園田八郎パラグアイ同県人会副会長ら南米からの来賓も出席。加藤会長は式典あいさつで、同県人会設立までの経緯を話し、亜国の日系社会で初めて100周年を迎えることができた喜びを表した。 伊藤県知事は亜国での鹿児島県民の団結力の強さについて褒めたたえ、金子議長は今後、同県人会員など県にゆかりのある県費留学生を増やしていく考えを明らかにした。 続いて行われた慰霊祭では、100周年企画で設置された先没者会員慰霊碑の除幕式が行われ、加藤会長、伊藤県知事らが同碑に献花した。その後、伊藤県知事は80歳以上の23人の1世高齢者及び功労者を表彰して祝詞を述べ、薩摩錫(すず)器や金杯を贈った。 第2部の芸能祭では、日本舞踊や和太鼓などの伝統芸能が中心に紹介されたほか、鹿児島県民謡の代表格「おはら節」のリズムに合わせて踊りが披露された。 同祭典に出席したブラジル鹿児島県人会の園田会長は「アルゼンチンでは、まだ現役の1世の方々が多いにもかかわらず、青年部が中心となって頑張っていた」と亜国県人会の印象を語った。 2012年9月12日付
  ユネスコ無形文化遺産に登録されている沖縄琉球舞踊の公演会が旅行代理店インテルバン・ツーリズモ(中宗根勝代表取締役)の主催で8月26日、聖市リベルダーデ区の沖縄県人会本部会館で催された。 同公演はブラジル琉球舞踊玉城流扇寿会の斉藤悟主宰(26、3世)が中心となり、同会員約30人が出演。母県からも宮城流能里乃会の嘉数道彦師範(33)、玉城流翠扇会の阿嘉修師範(40)を迎えて行われた。母県からの参加は18年ぶりとなり、会場は立ち見客も大勢出るほど盛況となった。 午後1時からの部では「琉球の華~組踊の世界」と題し、伝統的な組踊りや嘉数師範が制作した新作の「桃太郎」が披露され、午後5時からの部では「沖縄の情け~沖縄芝居」と題して歌劇が披露された。 また、会場には古いウチナーグチを理解できない人のために、舞台横のモニターにポルトガル語と現代日本語の字幕が映し出され、初めて見る人にも分かりやすい公演となった。 2012年9月12日付
ニッケイ新聞 2012年9月12日付け 【既報関連】長崎市の田上富久市長、鶴田誠二市議会副議長、市議4人ら同市からの慶祝団は、2日に行われた長崎県人会の「創立50周年記念式典」に先立ち先月28日から3日間、今年で姉妹都市提携40周年を迎えるサントス市を訪問した。28日、一行は同市役所でジョアン・パウロ・タヴァーレス・パパ市長、中井貞夫市議、マヌエル・コンスタンチーノ市議会議長らに迎えられた。長崎市からは、同市内での路面電車路線を営業する「長崎電気軌道株式会社」の路面電車一車両をサントス市に提供することが決まっており、到着は2年後を見込む。田上市長から鍵とハンドルを受け取ったパパ市長は両市の姉妹都市関係や同地日本人会の重要性を強調し、「長崎とサントスは共通点が多く、特別な親しみがある」とのべ、今後も関係を強化したい考えを示した。中井市議は親善団の訪問は意義深いものだったとし、「コーヒーやサッカーの文化だけでなく、サントスには投資の機会もあることを知ってもらえたと思う」とのべ、経済面での交流の可能性にも期待した。また、29日にはサントスFCのジュニアユースチームと長崎市の中学生選抜チームが親善試合も行い、30日には人気のネイマール選手らとの交流会も設けられた。(本日付5Pに関連特集)
平成24年度外務大臣表彰伝達・祝賀式が8月28日午後2時から在聖日本国総領事館で開催され、同領事館管轄地域で今年度受章した松尾治氏(73、福岡、帰化人)、森口イナシオ氏(77、2世)、吉岡黎明氏(75、2世)が表彰状を受け取った。式には受章者の家族や友人、日系社会を代表する来賓が祝いに訪れ、3氏の功績に賛辞を送った。 松尾氏はあいさつの冒頭で「この受章は私個人に対するものではない」と言い、これまでかかわってきた日系団体や関係者の協力によるものだとした。また、「これらの活動が思う存分できたのは、陰で支えてくれた妻と子どもたちのお陰です」と家族に対して謝意を述べた。 援協の事業に27年間携わり、2011年までの2期4年間は会長も務めた森口氏は、「互いに助け合うということを実行できたことに感謝」とあいさつ。「子どものころ両親から『互いに愛し合いなさい』と教えられたことが一番大事なこと」と自身の原点について語った。 最後に表彰状を受け取った吉岡氏は、「受章の理由が見当たらない」と戸惑いながらも、多くの関係者が式に訪れたことに感謝の言葉を述べた。また、日系社会に対する貢献は「1979年に外務省の研修生として日本へ行かせてもらった恩返し。45日間日本で過ごした研修で日本の文化や経済を学べて、とても良い研修だった」と話した。 小林雅彦首席領事から3氏へ表彰状と記念品が授与された後、懇談の場が設けられた。木多喜八郎文協会長の音頭で乾杯した来場者は、表彰状を手にした3氏を囲み歓談を楽しんだ。 2012年9月11日付  
福岡県の特産品や産業を紹介する「福岡プロモーション」が8月30日、在聖日本国総領事館公邸で行われ、同県人会員や日系団体の代表者、伯国の政府関係者約150人が訪れた。同催しは小川洋福岡県知事ら同県庁の一行の来伯に伴い開かれたもの。あいさつに立った小林雅彦首席領事は「日本を紹介する催しを都道府県単位で開催するのは今回が初めて」と開催の喜びを語り、「地方の素晴らしい文化を普及したい」と今後も地域を取り上げ日本を紹介する場を設けたいとの考えを示した。 会場には博多人形や「英彦山(ひこさん)がらがら」といった福岡の工芸品が並べられたほか、同県内にある企業の取り組みを紹介するパネルも展示された。 多くの来場者でにぎわった試食と試飲のコーナーでは、同県産の茶や日本酒、定番土産の「千鳥まんじゅう」や明太子を使ったせんべい「めんべい」、7月に開催された県連主催の日本祭りにも出品した株式会社高橋商店(本社=同県柳川市、高橋努武代表取締役)が製造している調味料YUZUSCO(ゆずすこ)が紹介された。 総領事館を代表してあいさつした小林首席領事は「日本文化は多様性に溢れた素晴らしい文化。多彩な郷土食や芸能、踊りにあるといつも感じる」と日本文化の奥深さについて言及。日本全国の郷土食などを紹介している県連主催の日本祭りに近年は約20万人が来場していることに触れ、「地方の魅力はブラジル人をも魅了していると言えるのでは」と、日本文化に関心が高まっている現状を喜んだ。さらに、「総領事館も手伝い地方の素晴らしい文化を普及させたい」と意気込んだ。 続いて小川県知事が「福岡とブラジルは地理的には遠いが、心の距離は近いと思っている」と話し、移民として渡伯した同県出身の先人の功績をたたえた。また、最近の同県について「自然と都市が調和する大変住みやすい地域であり、食べ物がおいしいと雑誌に紹介されたこともある」と語り、「福岡県が誇る産物や魅力について知ってもらいたい」と締めくくった。 両氏のあいさつの前には、同県について約5分間にまとめた映像が上映。それによると同県は古くからアジア諸国と交流があるという。「アジアの拠点」と位置付けている場面で始まり、観光地や伝統行事、特産品などを紹介。名産品のイチゴ「あまおう」や八女(やめ)茶、ラーメンの映像も盛り込まれ、参加者は同県の魅力に見入っていた。 試飲と試食のコーナーでは、背中に大きく「福岡」と書かれた法被や浴衣を着た同県人会(南アゴスチーニョ会長)会員が活躍。日本酒は吟醸酒をはじめ数種類が用意され、気に入った銘柄の酒を何度も求める人も少なくなかった。試飲を担当した同県人会員は「非日系の人も辛口や甘口の違いで、自分の味を持っていることに驚いた」と話した。 試食のコーナーでゆずすこを勧めていた辻澤清香さん(24、2世)は、「どこで売られているのか尋ねる人がいるほど好評だった」と笑顔を見せた。 2012年9月7日付
日本酒とともに試飲コーナーに並んだのは、福岡県南部の八女市とその近郊が産地の「八女茶」。来場者は、福岡県人会長夫人の南久美子さんらがいれた濃い深緑の茶を手に、豊かな香りや茶の甘みを楽しんでいた。 同地の日本食レストランで茶を頼むと熱湯でいれたかのような熱々のものが出てくるが、南さんに言わせると「最初から熱いお湯でいれるのは台無し」という。 同コーナーで配布していた八女茶の手引きでは玉露は50度、煎茶は70~80度の湯でいれることを勧めている。南さんによると同催しの試飲で提供した茶は、数分間水出ししたものにポットで沸かした湯を注いだ。最後に熱い湯をいれるが、「水出しすることで甘さと香りが出ている」ため、おいしい状態でいただけるそうだ。 試飲した非日系の来場者はブラジルで知られている茶との違いを楽しみ、「とてもおいしい」と満足した様子を見せた。 同日、試飲のための茶葉を500グラム用意したという南さんは、「八女茶は茶葉が上等というだけでなく、いれ方にこだわることでおいしくなる。ブラジルで売られている茶葉も、熱いお湯を使わず焦らないでゆっくりいれることで、よりおいしくなります」と助言していた。 2012年9月7日付
夜空彩る七夕飾りに誘われて 【マット・グロッソ州クイアバ市発・川口裕貴記者】第2回マット・グロッソ七夕日本祭り(伊沢祐二実行委員長)が8月31日から9月2日までマット・グロッソ州の州都クイアバ市にあるパンタナルショッピングモール敷地内特設会場で開催された。同州と同市の後援で、会場には3日間で昨年の2倍となる約6万人が来場した。開催期間中、日中の気温は40度近くになり、夕日が沈んだ時刻から続々と来場者が増えだした。祭りは夜遅くまで行われ、満月の雲一つない夜空の下、七夕飾りが会場を彩り熱気に満ちていた。 同祭初日、午後7時半から行われた開会セレモニーには伊沢実行委員長、尾崎堯名誉実行委員長、州や市からの来賓をはじめ、中山雄亮在サンパウロ日本国総領事館副領事や県連から園田昭憲会長などが出席。それぞれがあいさつを行い、鏡割りで開催を祝った。 昨年初開催の同祭は、予想を大幅に上回る約3万人が来場。会場の同市サントス・ドゥモン広場は安全面や交通の面から運営が成り立たなくなったことを踏まえて、前回の約4倍の2万平方メートルの会場面積、駐車場も充実している今回の開催場所を選んだ。 会場には約50の飲食店と30店舗の企業ブースや売店が舞台を囲み、舞台前には400の客席が用意され、飲食店横にはテーブルが750脚並んだ。3日間とも午後10時ごろになると来場者数はピークに達し、用意された客席、テーブルともに満席となり、会場が手狭に感じる時間帯が続いた。 来場者のほとんどが非日系人で、家族連れを中心に若い学生のグループなど、コスプレやアニメのキャラクターの帽子を被ったりする人が多く見られた。 舞台上では様々な催しが行われ、31日の開会セレモニーで日伯両国歌を演奏したクリチバ大学オーケストラ30人による演奏は圧巻で、拍手喝采(かっさい)での幕開けとなった。太鼓やコスプレショー、アニメソング、カラオケ、ミス日系大会など、日本の文化を余すことなく披露していた。 伊沢実行委員長は「大勢の人が来場し日本文化を知る機会を持てて良かった。成功といえる結果になったが、来年もさらに魅力ある祭りにできるように努力したい」と意気込みを語った。 しかし、6万人もの来場は想定しておらず、開催期間中は駐車できない車が路上に溢れ、交通渋滞を招いたことを反省点として挙げた。 同地域にはイベント用の施設はあるものの多額の費用が必要となるため、州政府側との予算の関係も兼ねて今後どういった方向性で運営するかが焦点となりそうだ。 同祭は後援の同州情報局が広告費だけで6万レアルを出資。会場も無償で提供しており、入場料も無料だった。今後も州政府との良好な関係の下、継続して同祭を開催したいというのが関係者の願いであり、同地域の経済発展と共にさらに成長するイベントになることが望まれている。 2012年9月7日付
ニッケイ新聞 2012年9月7日付け ブラジル日本都道府県人会連合会(園田昭憲会長)がイベント会社に委託して7月29日に実施した『第1回日伯ロードレース』の収支報告が、先月30日の代表者会議で発表され、現時点で10万レアル以上の赤字であることが分かった。経費の明細説明がないとして、県人会長から不満の声が噴出し、執行部役員が謝罪する事態にまで発展した。ある役員によれば、企業への事業委託料は総額25万レ。収入がわずかであることを考えれば、最終的には20万レ強の赤字を抱える可能性があるようだ。 「こんなにかかるとは聞いていない。どういうことだ」―。収入1万レアル、支出11万3千レという大赤字の報告に代表者会議は色めき立った。執行部の「経費についての説明はしたはず」との発言に対し、大西博己氏(広島)は「具体的な数字の提示はなかった」と反論。「言った」「言わない」の言い合いになり、議事録を確認すると、実は説明していなかったことが判明した。同イベントの会計が『第15回日本祭』の一部で、収支の内訳が不明瞭となっていることにも不満の声があがった。内山住勝氏(群馬)は「独立した事業会計とすべき。何に経費が掛かったのか把握できないのはおかしい」と指摘した。これに対し、役員の山田康夫代表者会議長(滋賀)は「執行部のミスがあったことは事実。申し訳ありません」と謝罪。園田会長も「今後、本会計と事業会計は別々に作成する方針としたい」との意向を示した。執行部は赤字について「最大の原因は、支援を表明していた大口のスポンサーが6月になって急きょキャンセルしたこと。それに対応しきれなかった」と説明したが、釈然としない雰囲気のまま報告の承認が行なわれた。つまり、事前に大赤字になることが分かっていたが、中止にしなかったようだ。本紙の取材にある執行部役員は「支出として記載されているのは、委託金の7月支払額のみ。何にいくら使われたかその明細は公表されないので把握出来ていない。そのうえ、8月支払い分が残っており、来月の収支報告でさらに赤字額が増えることになる」と驚くべき内容を明かした。「詳細は分からない」とその役員は繰り返すがこの事業単体でみれば、20万レ以上の大赤字の可能性もあるようだ。同イベントは『日本祭』のテーマ「共存する進歩と環境」の関連イベントとして7月29日に開催され、約1500人が参加した。募集と運営は民間企業への委託によって行われた。
45年で200人送り出し 母県との懸け橋担う存在に 福岡県人会(南アゴスチーニョ会長)主催のブラジル福岡県人会県費留学生OB会設立記念式典が、1日午後4時から聖市リベルダーデ区のニッケイパレスホテルで開催され、母県から小川洋県知事(63)をはじめ、新村雅彦県議会副議長(59)、武藤英治海外移住家族会会長(60)など計14人が初来伯して出席した。会場には、留学生OB、県人会員や来賓として菊地義治援協会長、本橋幹久県連副会長たちが顔をそろえ、約100人が一堂に会した。 今年で45周年を迎える同県費留学生制度は1967年に始まり、一年も途切れることなく今までに約200人の留学生を送り出してきた。OBたちにこれからも県人会の中核を担ってもらい、母県のことを県人会員に伝えていってほしいという南会長の思いもあり、今年2月に同会を立ち上げることを決定。今回正式に設立された。 南会長(57、3世)は「ブラジル福岡県人会県費留学生OB会は、福岡県と我々県人会の懸け橋になる存在です」と力強く語り、OB会会長に就任した福永ミルトン氏(49、3世)は「私たち留学生の福岡県への感謝は言葉で表すことができません。現在、ブラジル国内でOBたちは様々な分野で活躍しています。心を込めてこれからも頑張り続けるので、留学生制度を続けて下さい」と今後の協力を呼び掛けた。 小川知事は「日本文化・習慣を知り、日本語を駆使できるOBの方々は交流の要となる存在です。OB会が様々な交流分野において、福岡県にとって非常に心強い応援団であります」と褒めたたえた。 新村県議会副議長は「留学生OBにブラジルで福岡県のアピールをしてもらい、福岡県でブラジルのアピールもしてほしい」と期待している。また、武藤移住家族会会長は「今、産声を上げたOB会を大きく育てなければならない。そのためには、さらなる県の応援も必要で、私たち家族会も全力を挙げて応援します」と強い意気込みを示した。 福岡県から同県人会への祝儀が南会長らに手渡された後、県人会から母県への記念品が寄贈された。 2010年に同制度で九州大学法学部法律学科で学んだ弁護士の中村イアラさん(25、4世)は「日本文化を学ぶことができて本当に良かった。知事が留学生制度を大切にしていることが分かってうれしい」と笑顔で話した。 76年に同大学経済学部経営学科で勉強した仁田原テレジニアさん(61、3世)は「今、OB会の連絡帳を作成中で、これからの活動が楽しみです」と満足した様子。また、同式典で日本語の司会を務めた鹿毛アデマールさん(69、2世)は、68年に同大学工学部冶金(やきん)工学科に留学し、日本の伝統を肌で感じ理解できたという。同氏は「これからもOBとして貢献していきたい」と目を輝かせた。 式典後はホテル内で祝賀会が開かれ、小川知事の音頭で乾杯。その後、サンバショーが披露され、来場者もサンバのリズムに合わせて一緒に踊るなど楽しい時間を過ごした。 今後のOB会の活動は未定で、これからの話し合いで決定されるという。福永会長はOB会の一つの活動として、日本企業のブラジル進出を助けることをしたいという考えを明らかにした。 2012年9月6日付
景気回復期待する観光業界 【一部既報】8月中旬にロンドン五輪が終わり、次は2014年のサッカー・ワールドカップ、16年のリオ五輪と大型イベントが目白押しとなっているブラジル。しかし、今年6月にリオ市で開催された「リオプラス20」(国連持続可能な開発会議)では、会場施設が開会間近まで設置されず同地域ホテル価格の高騰などで各国からの出席も敬遠された。その上、伯国内のインフラ整備や治安問題など課題も少なくない。大イベント開催を契機に日伯間のノービザ協定締結も期待されるが、両国の動きは鈍い。旅行業界関係者に現状など話を聞いた。 EMBRATUR(ブラジル観光公社)が発表しているデータによると、国際線到発着数は2011年上半期(1~6月)の435万7969人から、今年の同時期では462万3689人と6・1%増加している。 日系旅行社の話でもブラジルの経済成長に伴い、特に日本からのビジネス客の伯国入国者が増えているという。 しかし、「ブラジルに目を向けてくれることはうれしい」(日系旅行社)としながらも、欧州の経済危機がいつ回復するのかなども懸念されている。さらに、観光客などを受け入れる準備と態勢が伯側で整っていないことが大きな課題となっている。 6月にリオ市で開催されたリオプラス20では、会場となったバーラ・デ・チジュッカ区域の四つ星五つ星クラスのホテルの価格高騰が目立った。また、交通機関や地元ガイドなどの料金も「最低で平常の40%高(旅行業関係者)」と便乗値上げし、国際会議であるにもかかわらず各国からの出席が敬遠されたほどだ。 本紙8月17日付国内面で「過去最大のインフラ計画」として、今後伯政府が30年間で1330億レアルの投資を行うとしているが、特に14年のサッカー・ワールドカップの競技場となる各会場の建設が思うように進んでいない。 そのほか観光業界筋からは「以前のVARIG(航空)時代なら格安の国内エアバスもあったけれど、今は国内の飛行料金も高く、(W杯開催中)各地の競技場に観光客がどれだけ入るのか何とも言えない。各州知事との関係で各地で大会を開催することに決定したことが裏目に出るのでは」と懸念する声もある。 また、在日東京ブラジル総領事館のマルコ・ファラーニ総領事は、日本人を対象としてビザ発給の緩和を今後の課題の一つに挙げているが、日伯間のノービザ協定実現までは話が進みにくい現状の中、単なるリップサービスで終わるのか、本当に実現できるのかは伯国政府の考えに左右されそうだ。 時事通信によると、メキシコ観光局幹部は13年から本格的な日本の観光客調査に乗り出す。その背景にはアジアからメキシコへの観光客は日本人が最も多いことがあり、積極的な宣伝を行っていくという。 一方のブラジルが距離的な問題があるとはいえ、2大イベントを数年後に控えて日本など海外からの観光客及び企業誘致による経済成長を具体的にどのように見込んでいるのかは分かりにくい状況だ。 2001年9月11日の米国同時多発テロ以来、大きなダメージを被ってきた旅行業界。昨年3月の東日本大震災発生で追い打ちをかけられる中、ブラジルでの今後の大イベント開催に向けて、同業界関係者は景気回復を期待している。 2012年9月6日付