ニッケイ新聞 2012年5月4日付け 日本の四国にある88カ所の礼所を巡拝する「遍路」文化の普及活動を行うNPO法人「遍路とおもてなしのネットワーク」(高松市、梅原利之理事長)の関係者らが今月来伯し、ブラジルの日系人に「お遍路」の歴史や概要を紹介する講演会を香川県人会会館で開き、約70人が参加して熱心に聞き入った。会場にはお遍路さん(88カ所の巡礼者の意)のかぶる「すげがさ」や「納札」などの巡礼用品、88カ所を示した地図や絵葉書が展示され、参加者の関心を集めた。 同NPOは、四国遍路やおもてなし文化の活性化、世界遺産登録などに向けて取り組む団体として5年前に設立された。地域の人々とお遍路さんの交流の場や道案内シール、石柱の設置、親子お遍路ウォーキングの開催、徒歩や自転車でのスタンプラリーや認定証の発行、東京での講習会など様々な活動を行う。また、キリスト教の三大巡礼地であるスペインの「サンティアゴ・デ・コンポステーラ」への巡礼路の視察、その経由地の町「モリーナセカ」との交流も行っている。来伯した松岡敬文事務局長(62、香川)は、自らすげがさや、巡例時に着る白衣を身につけて登壇。巡路を開いたとされる空海(弘法大師)や四国の概要、お遍路の巡り方や手段、作法などを説明し、「お遍路は88の寺を結ぶ、弘法大師が歩んだ道で1千年以上続く。世界にアピールしたい財産」と強調した。同氏によれば、スペインの巡礼路を巡る人は一昨年時点で22万人に上ったのに比べ、お遍路を歩いて巡礼する人は年間3千人にとどまる。世界遺産登録を目指すが「最終目的は1千年、2千年後も続くこと。本当に素晴らしいものだからこそ、世界中の人に経験してもらいたい。おもてなしをする人が増えれば、もっと多くの人が四国へ来てくれるはず」と力説する。「(巡礼は)人間を変え、平和にするもの。ぜひ四国をまわってみてほしい」と締めくくった。講演後は「一週間で巡礼するにはどこが良いか」「巡礼に適した季節はあるか」「どんなところに泊まるのか」など様々な質問が出た。日本に3週間ほど旅行し、その魅力にとりつかれたというミルトン・マレルバさん(46、聖市在住)は、四国に興味があり足を運んだという。絵葉書を熱心に写真に撮りながら「通訳がないとわかっていたが、スライドの画像や展示品などでなんとなく理解できた」と笑顔で話した。同様の講演会は「太陽の道交流会」主催で29日にもアグアス・デ・サンペドロで開かれ、市も共催し約500人が集まったという。松岡氏と関係者2人、菅原パウロ会長は複数の巡礼者を伴い、聖州サンターナ・デ・パルナイーバからアグアス・デ・サンペドロを結ぶ約240キロの巡礼路「太陽の道」(Caminho do Sol)を、今月1日から11日まで巡礼する。なお、今回は「モリーナセカ」のアルフォンソ・アリアス・バルボア自治体首長がNPOモリーナセカ巡礼教会会長、巡礼宿(アルベルゲ)協会事務局長らとともに来伯しており、県人会、アグアス・デ・サンペドロでの講演・展示会で講演している。
ニュース
ニッケイ新聞 2012年5月4日付け 東北6県と北海道が共催する『第8回東北北海道運動会』が6日午前9時から、サンタ・アマリア学校(Rua Fiacao de Saude, 480, Saude)で開かれる。雨天決行。会場となる学校の生徒らも参加し、綱引き、リレー、玉入れ、タイヤ転がし、夢探しなど約20種目を実施する。おにぎり、寿司、シュラスコ、デザートなど食べ物も販売されるほか、競技参加者には多くの景品が準備されている。青森県人会の近澤前田マリナ副会長は「移民にとって懐かしい日本文化の一つである運動会を残したい。沢山のご家族に集まって頂き、皆で楽しい一日を過ごしましょう」と呼びかけている。 入場料は無料だが、保存食1キロの持参を呼びかけている。保存食は社会福祉法人「こどものその」に寄付される。問い合わせは各参加県人会まで。
ニッケイ新聞 2012年5月4日付け ブラジル日本都道府県人会連合会(県連、園田昭憲会長)の4月度代表者会議が先月26日文協であった。『フェスティバル・ド・ジャポン(日本祭り)』(7月)についての諸連絡があったほか、国際委員会からの報告、『県連の森』計画の発表が行なわれた。日本祭りの芸能部門の参加申込書が配布されたほか、不要な骨董品を販売する『郷土民芸展市』の開催が理事会で承認されたことを報告、持ち寄りを呼びかけた。収益の1、2割は県連、出品県人会の収入となる。同祭実行委員長の前田ネルソン氏(三重)は、販売ブース抽選会の日程の告知(5月15日、栃木県人会館)と、7月29日に初開催される『ロードレース&ジョギング大会』の要綱説明を行った。ロードレースは5、10キロの2コース、ジョギングは3キロコースが設けられる。委員会報告では、国際交流委員会が北伯県人会協会設立(本紙26日付既報)に関して触れ、本橋幹久副会長は「県連としても大きく歓迎したい」とコメントした。続いて本橋副会長は『第37回移民のふるさと巡り』の反省として「慰霊祭の内容が薄いと感じた。墓参りなどをもっと組み入れて欲しい」という参加者の声を紹介、今後の開催に生かしていきたいとした。ブラジリア、サンルイス、レンソイスなどを巡る第38回は、9月末から10月にかけて開催予定で、すでに120人の定員が埋まりキャンセル待ちの状態だという。園田会長は「日系人がブラジルで大事にされてきたこと、東日本大震災に対するブラジルの多大な支援の両方に感謝の意を示したい」との目的で植樹を行う『県連の森』計画が発表された。場所・規模などは未定。コロニア内で以前から出ていた話が、昨年の震災を契機に、匿名の出資者の提案により具体化、県連主導で行なう。
従来通りの業務展開 外務省から内閣府に移管 【東京支社=瀬頭明男】海外日系人のために日本国内で活動する「財団法人海外日系人協 会」が4月から、「公益財団法人海外日系人協会」(田中克之理事長)に衣替えした。これは2008年12月に施行された公益法人法に沿って変更したもの で、同協会の業務内容に変更はなく、従来通りの業務を展開していく。 これまでの財団法人と大きく異なるところは、海外日系人協会は外務省管轄の財団法人だったが、公益法人法の改正で国管轄の財団法人はすべて内閣府に変更されたため、同協会も内閣府管轄の財団法人となったことだ。 財 団法人には一般財団法人と公益財団法人の2種類があり、海外日系人協会は公益財団法人に入った。公益財団法人は収入の50%以上を公益事業に使うことが義 務付けられ、その見返りとして税制上の優遇措置が受けられる。海外日系人協会はこれまでも税制上の優遇措置を受けられる財団法人の資格を持っていたので、 公益財団法人として認定されることに問題はなかった。 同協会の岡野護事務局長は「これまでと業務内容は変わりませんし、これからも海外日系人のために尽力していきます」と語っている。財 団法人法が改められることになったのは、これまでは各省の管轄で「天下り先」として設立され、そこに税金を流し込むという批判が強く、こうした天下り法人 の批判のある法人を整理する意味もあって、08年度の法改正になった。来年11月末までに申請、許可(公益法人の場合は認定)されなければ解散することに なる。海外日系人協会は2年も前から公益財団法人として認定されるべく準備を始め、去る4月から公益財団法人として再出発することになった。 海外日系人協会が公益財団法人と認定されたのは、国際協力分野の事業によってで、日系人を通しての国際交流、日本事情の対外広報、日系団体と連携しての教育、社会事業支援が認められたためだ。 なお、日本ブラジル中央協会(清水慎次郎会長)も社団法人から一般社団法人に衣替えし、海外日系人協会と同じく4月から新発足した。 2012年5月3日付
青葉健康生活協会(中沢宏一会長)主催の5月度青葉祭りが5日と19日、聖市リベルダーデ区の宮城県人会館(Rua Fagundes, 152)で開催される。 同祭ではADESC(農協婦人部連合会)などによる恒例の手作り食品が販売されるほか、5日午前10時からは菓子職人の池泉三郎氏(87)による餅つきが行われる。また、19日午前中はペンギ文育氏による無料針灸治療も実施される。 同会館3階の食事処では、5日がてんぷらうどん、ソース焼きそば、餅料理各種。19日が、はらこ飯、さんま焼き定食、イカポッポ焼き定食などが販売される。 開催時間は両日とも午前7時から午後3時ごろまで。問い合わせは宮城県人会(電話11・3209・3265)。 2012年5月3日付
ニッケイ新聞 2012年5月3日付け サントス市議会は、戦後の活動再開から今年で60周年を迎えるサントス日本人会(土井紀文セルジオ会長)に対し27日夜、市議会で記念プラッカを贈呈した。中井貞夫市議(PSDB)の推薦。式典には上新、遠藤浩両元会長、同地出身の伊波興祐元下議をはじめ、会員ら約90人が出席して節目を祝った。初の一世以外の会長として09年から会長を務める土井氏(60、三世)は「この60年は闘いの歴史。長い返還運動で見せた日本人の執念や我慢強さの重要性は言うまでもない。これからも日本文化の保存とブラジル社会との融合を目指したい」と挨拶し、喜びをあらわにした。 式の冒頭「日本文化と教育の普及が継続されていることに感謝している」などと挨拶した中井市議(50、三世)は取材に対し、「価値がある日本人会の存在をサントス市民に示し、日系人としてもっと誇りをもってもらいたかった」と推薦の理由を語った。1928年頃から、同地在住の日本人によって同市パラナ街129番地にあった建物で日本語学校が開かれ、日本から教師を呼び寄せ、子弟への母国語教育が行われていた。その後、日本人会が正式に発足したのは39年のことだ。43年、同地在住日本人に24時間以内の立ち退き命令が下され、それにともない日本語学校の建物が敵性国資産として接収された。その後、活動が再開されたのは52年。初代会長として中井市議の祖父にあたる中井繁次郎氏が就任し、日本語学校の返還運動も始まった。2004年から5年間会長を務め、60年代から同地に住む遠藤氏(78、福島)は「サントスは他の移住地と比べて少し変わったところ。戦後は会館や定款もなかったので、会としてはあってないようなものだった。でも一世が多くて賑やかでしたね」と振り返った。その一方で、沖縄出身者が多く、本土出身者との間で軋轢もあったという。「サントスの日本人の間には、他地域と比べて団結力に欠ける部分があったと思う」日本語学校返還に至るまでにはその後、63年もの長い月日が費やされた。「イタリアやドイツの施設はすぐ返してもらえたようだが、書類がなかったからうまく進まなかった」(遠藤氏)。ルーラ当時大統領の署名で政府から正式に返還されたのは2006年。接収中は軍の施設として利用され老朽化が進んでいたため、返還後は日本政府から下りた草の根資金で改修した。08年に皇太子殿下が訪問されたさい「日本文化センター」として改修落成式が行われ、現在はそれまでなかった会の活動拠点となっている。会が法的に登録されたのは1990年。上新会長時代だった。現在は約350家族の会員がおり、52年以降毎年開催し今年で60回目を迎えた運動会、今年で34回目の敬老会や6月に行う移民祭などが恒例行事だ。08年からは地元非日系人への日本文化普及を目的に「文化祭」も開いており、日本文化センターでは武道、いけばな、日本語学校、日本料理の教室などの活動が行われている。「活動には非日系の参加が多く日系人の関心が薄い。これからいかに若者をひきつけていくかが課題」と土井会長。遠藤氏は「会長職は一世から三世に、スムーズにバトンタッチできた。文化は一朝一夕では作れないし、教育も時間がかかるもの。これから色々続けて幅を広げてもらえたら」と期待を込めた。
ニッケイ新聞 2012年5月3日付け 土曜日(5日) ブラジル錦鯉品評会、午前10時、アグア・ブランカ公園内州農業試験場(Avenida Francisco Matarazzo, 455)◎母の日バザー、午前11時から、喫茶店「コーヒー」(Rua da Gloria, 326, Liberdade)◎自閉症児療育の専門家・平雅夫講演会、午後2時、援協社会福祉センター5階(Rua Fagundes, 121, Liberdade)◎焼きそば・ちゃんぽん祭り、午前の部(11~3)、午後の部(6~9)、サウーデ文協会館(Rua Diogo Freire, 307)で◎キリストの幕屋上映会、午後2時、文協ビル13号室(Rua.Sao Joaquim,...
県連の本橋幹久副会長は4月26日、代表者会議の席で「次回のふるさと巡りも既に定員の120人を超える応募がきている」と発表し、「今後は、地方の日系団体との交流をさらに充実したものにできれば」と付け加えた。 年を重ねるごとに充実する同ツアー。しかし県連は、これだけには留まらず新たなツアーを企画している。「県連東北応援ツアー」だ。県連は、昨年3月11日に発生した東日本大震災に伴う福島第1原発の事故により、東北地方の農産物や水産物のみならず、観光業にも風評被害が起こっていることを憂慮。「これまで、多くのツアーがキャンセルされ観光客が激減した。そのため被災地の景気が浮揚せず、復興も思うように進まない。ブラジルから元気を与えるようなツアーを組もうではないか」という考えの下、現在急ピッチで企画が組まれている。 観光庁が今年3月から東北6県と協力して展開している「東北観光博」と連動するツアーにしたいと考えており、早期復興を支援する構えだ。観光博では東北全体を巨大な博覧会場に見立て、計28の観光ゾーンを設定。ツアー客には各種観光施設や飲食店などで割り引きが受けられる「東北パスポート」が配布されるなど受け入れ態勢も整っている。 本橋副会長は「単なる観光ではなく、東北の事情を身を持って知り、同じ思いを持つことが県連のツアーの意義だ」と念を押す。また、7月に行われるフェスティバル・ド・ジャポンには観光庁が日本への観光を誘致するために来伯することが決定している。東北応援ツアーは2~3週間程度の日程を予定しているが、実施日は未定。県連から正式な内容の発表が待たれるところだ。 (おわり、植木修平記者) 2012年5月1日付
古川元久国家戦略担当大臣・内閣府特命担当大臣(経済財政政策)が4月28日に着聖し、翌29日午前9時過ぎ、聖市イビラプエラ公園内の開拓先没者慰霊碑を参拝した。日系社会からは県連慰霊碑委員会の木原好規氏、本橋幹久氏、山田康夫氏が出迎え、日本移民の歴史などを説明。また、古川担当相と同郷で愛知県人会顧問の羽田宗義氏と豊田瑠美同県人会副会長らも参列した。 同相は両手を合わせて慰霊碑を拝んだ後、「移民の方々は大変なご苦労をされた。日伯友好の基礎は先人の言葉に表せない苦労にある」と初期移民の御霊(みたま)を慰めた。 同相の今回の訪問は、6月の国連持続可能な開発会議(リオ+20)を前に、同会議に向けた日本政府の方針やエネルギー、環境政策等についてブラジル政府関係者らに説明することが主な目的。30日の会合については「日本が環境分野で最も進んだ取り組みを行い、世界をリードしていくということをしっかり伝える予定」と話した。 同相は午後10時からブラジル日本移民史料館を視察し、その後は日系社会代表者らを招き昼食会を開いた。30日にはブラジリアでアントニオ・パトリオッタ外務相ら伯国政府要人と会談し、サンフランシスコ州のシリコンバレーを視察するため米国へ発った。 2012年5月1日付
琉球民謡協会ブラジル支部(仲村渠清徳支部長)は、6日午後2時から同8時半まで聖市ビラ・カロン区の沖縄県人会ビラ・カロン支部会館(Praca Haroldo Daltro, 297)で第36回民謡大会を開催する。 同大会は、ブラジル沖縄県人会など7団体の後援と琉球舞踊研究所の協力で、同支部発足時から続いている。当日は、同会員70人が民謡を披露するほか、同研究所も出演する。 仲村渠支部長、大城重範大会実行委員長、呉屋昌男会計、亀谷義武副実行委員長は「毎年約300人が来場する。日曜のひとときを楽しく過ごしましょう」と来場を呼びかけた。入場無料。 問い合わせは仲村渠支部長(電話11・2295・7652)まで。 2012年5月1日付
今回で37回目の開催となった県連のふるさと巡り。これまでほとんどの同ツアーを引率したという県連事務員の伊東信比古さんによると、今回バウルー文協会館で本格的な追悼法要が行われ驚く人もいたという。また法要といえば、以前訪れたある移住地では、キリスト教のしきたりに沿ってミサが執り行われたが、終盤に線香が配られたそうだ。伊東さんは「牧師さんが『お焼香をお願いします』と言うからびっくりしたよ」と当時を回想し、笑顔を見せた。 ◎ 県連執行部は古川大臣に対し、移民の歴史以外に現在成長著しいフェスティバル・ド・ジャポンについても案内。大臣は「すごいですねえ」と感心し、「おいしい日本酒をブラジルで飲めるように、ちょっと日本酒のやつでもやろうか」とリップサービス。すると本橋県連副会長がすかさず「これぞ国家戦略ですね」と見事に返していた。「日本酒のやつ」とはブラジルに日本酒を輸入する際の税金などをどうにかして抑えることなのか、具体的に何を意味しているのかは不明だが、モザイク子も「日本酒のやつ」を期待している。 2012年5月1日付
ニッケイ新聞 2012年5月1日付け 松尾芭蕉の故郷である三重県が「俳句のくにづくり」事業の一環として昨年実施した『第17回全国作品募集~土の一句』の結果が発表された。応募総数8万94句の内、海外からの応募は727句。当地からは15人が入賞・佳作を果たした。結果は次の通り(パ=パラー、聖=サンパウロ)。 【海外入賞】◎テーマの部井戸掘りの土の色なる裸かな(東比呂、アマゾナス)◎自由部門青山と決めてアマゾン銀河澄む(竹下澄子、パ) 【佳作】◎テーマの部豊の秋かつて痩せ地と云はれし野(伊津野朝民、聖)作りおく客土一盛り春隣(串間いつえ、聖)土に生き土に生かされ種を蒔く(工藤末敏、パ)アマゾンの土に母国の種を蒔く(佐藤あさ乃、パ)ブラジルの土に母国の桜咲く(坂口清子、聖)草の花土に静かな息づかい(上山泰子、パ)大陸の旱の匂ふ土煙(畠山てるえ、聖)◎自由部門信号も国境もなし夏つばめ(今野千枝子、パ)耕やすや父の気配のする大地(佐藤けい子、ペルナンブコ)アマゾンの旅に春愁流しけり(小橋矢介夫、聖)春眠の掌より落ちたるハイネの詩(清水照子、聖)一日の疲れを癒す髪洗ふ(大楯エツヨ、パ)郷愁となる日ならぬ日夕焼けて(渡部悦子、パ)
ニッケイ新聞 2012年5月1日付け 愛知、和歌山、滋賀、大分の4県人会による『第14回屋台祭り』が22日に愛知県人会館であり、雨天にも関わらず約600人が各県の郷土料理を楽しんだ。 今年で創立55周年を迎えた愛知県人会は、「あんかけ焼きそば」、「おにぎり」「あんみつ」を販売。半分はすでに予約済みという持ち帰り用の白餅は「11時前には全部なくなった」と小松ジェニー会長も満面の笑みを見せた。 「鳥飯」「牛のタタキ」「鳥天」を販売した大分県人会は、午後2時半には完売。調理を担当した伊東信比古理事は「もう少したくさん仕込んでおいても良かったかな」と少し残念そう。一度炊いたご飯を、別に調理した具材と一緒に追い炊きする一手間かけた鳥飯は、世代を問わず好評だった様子。 県連日本祭りで、毎年4500食を売り上げる和歌山県人会の「関西風お好み焼き」は、この日も大盛況。「美味しいものをたべてもらいたいので、作り置きはしない」と木原好規会長こだわりの一品は、特製の手作りソースと具材の豊富さが特徴。190食近くを売り、一番人気を見せた。 これに負けずと健闘したのが滋賀県人会「近江の肉うどん」。留学経験もある山田グラシエラ理事(46、三世)は「日本のものにも負けないと思う」と胸を張る。カツオ節を基調とした出汁が自慢のうどんは170食以上が販売された。 料理販売のほか、午後12時半ごろから、鳥取県人会の「しゃんしゃん傘踊りグループ」など、有志による舞台での演芸発表や、カラオケ大会が催され、会場は大きな盛り上がりを見せた。 ダンス教室の同級生だという佐野幸子(70、二世)、曲孝子(66、同)、芳我千枝子さん(76、同)3人組は「うどんが特においしかったので、日本祭りでまた食べたい」と顔を綻ばせながら話した。 次回の屋台祭りは10月末に開催される予定。
古川元久国家戦略担当大臣・内閣府特命担当大臣(経済財政政策)が、今月27日からブラジルと米国を訪問する。同氏は、6月の国連持続可能な開発会議(リオ+20)を前に、同会議に向けた日本政府の方針やエネルギー、環境政策等についてブラジル政府関係者らに説明する。 聖市には28日に到着し、翌29日に日系社会関係者や現地進出企業関係者との意見交換を行う。また、同日、イビラプエラ公園内の開拓先没者慰霊碑を参拝後、ブラジル日本移民史料館を視察する。 30日はブラジリアでパトリオッタ外務大臣ら伯国政府要人と会談する予定。米国では、シリコンバレでIT産業の現状や今後、ベンチャー企業や起業家の育成支援のあり方等について聴取し、5月3日に帰国する。 2012年4月28日付
県連の園田昭憲会長は、3月29日に開催された定期総会で「各委員会には意思決定権を持ってもらう」と話しており、今後は県連各委員会の活動に注目が集まってくる。 園田氏は本紙の取材に対し「現在、県連の活動は多岐にわたっており、執行部だけでは大変になっている」と話す。現在、県連に設置されているのは22委員会。執行部でなくとも「入会したい人はどの委員会にも入ることができ、県連の意思決定にかかわることができる」という。委員会の開催頻度は週に1度で、各委員会の人数に制限はない。 今年度の委員会案は次の通り。カッコ内は委員名(敬称略)。日本祭り=前田ネルソン(三重)、坂本アウグスト(栃木)、山田康夫(滋賀)、川合昭(秋田)。日本祭りテーマ=杉本教雄(静岡)、吉村幸之(佐賀)、小山田祥雄(熊本)。日伯ロードレース・ジョギング=前田、市川利雄(富山)、川合。国際交流=本橋幹久(鳥取)、小山田。CIATE=原島義弘(千葉)。ゲートボール=山田、玉城道子(青森)。イビラプエラ公園慰霊碑=木原好規(和歌山)、原島。サントス上陸記念碑=原島、木原、坂本。マレットゴルフ=川合。ふるさと巡り=本橋、山田、玉城。ホームページ=本橋。弁論大会=本橋、山田。事業報告書作成=木原。県連センター=吉村。県連基金=杉本、小山田、内山住勝(群馬)、千田昿暁(岩手)。法務=高野ジョルジ(山梨)、市川。財務=市川、吉村。広報=本橋、小山田。震災義捐金=山田。事務局=山田、高野。代表者会議議長=山田。書記=市川。同案は5月初旬に正式決定される見込み。 2012年4月28日付
今回のふるさと巡りでは、旅程の1~2日目にボツカツ、バウルー、パラグアス・パウリスタの3カ所でそれぞれの日系団体と交流を楽しみ、後半は観光に充てられた。 3日目はオランダ人が入植してつくった街、オランブラⅡで果樹園を見学した。オランブラⅡの人口はわずか1万人(1991年にジャガリウナ市から独立)。1940年ごろにオランダは人口増加し、第一次世界大戦で国土が荒れたため伯国にも移民を送り出した。 同地はカンピーナス近隣のオランブラの子弟がつくった街で、ここでは日系社会と同様にオランダ人による果物や花卉(かき)を生産する協同組合がある。組合にはオランダ人以外も入ることは可能だが、経営の面で厳しいハードルが課されているという。ツアー参加者らは「コチアも南銀もつぶれちゃったけど、ここはしっかり続いているのね」とオランダ人の経営手腕に感心しながら、ゴイアバ(グアバ)のジュースを飲み、採れたての新鮮な果実の味を楽しんでいた。 最終日に昼過ぎまで滞在したアバレー市は、聖市からカステロ・ブランコ街道を通って263キロの地点にある市で、人口は約8万3000人。聖州が指定した観光都市の一つで、一行が宿泊したペニンシュラ・ホテルの前には湖畔が広がる。 同地に日本からの移民が入ったのは、16年。モンソン植民地などで綿の栽培などを行った。35年度の日本人の綿生産高は聖州の半分に達していたという。 3日の朝は、ホテルのプールサイドで穏やかな秋の日差しを受けながら談笑する姿が見られた。その中でブラジリア在住の荒木滋高さん(79)は、ほぼ毎回ふるさと巡りに参加する常連組。今回もサンパウロから参加した。 同氏は60年に首都がブラジリアに移ると知ると、自らも同地へ移り住んだ。9月末に行われる次回のふるさと巡りでは、ブラジリアがコースに入っているため、「今度は来てもらう側、準備しなくちゃね」と張り切っている。(つづく、植木修平記者) 2012年4月28日付
ニッケイ新聞 2012年4月28日付け 今年1月に国家戦略担当大臣・内閣府特命担当大臣(経済財政政策)に就任した古川元久大臣が28日に来伯し、聖市・ブラジリアを訪れる。大臣就任後初めての来伯。6月の「国連持続可能な開発会議」(リオ+20)を前に、伯国政府関係者に同会議に向けた日本政府の方針やエネルギー・環境政策等について説明し、日系社会関係者等との意見交換を行なうことが目的。28日夕方に聖市着、翌日29日にイビラプエラ公園内にある開拓先没者慰霊碑を参拝した後、午前10時から日本移民史料館、続いてサン・ジョゼ・ドス・カンポス市の航空会社エンブラエルを訪問する。また同日、文協、援協、県連など日系主要団体の幹部および進出企業関係者との意見交換を行なう。30日はブラジリアでパトリオッタ外務大臣など伯国政府要人と会談し、続いて米国へ移動。5月1日から2日間、世界有数のIT産業やベンチャー企業の拠点であるシリコンバレーを訪れ、IT産業の現状や今後、ベンチャー企業や起業家の育成支援のあり方等について現地企業関係者と意見交換する。
1日に開かれたパラグアス・パウリスタ文協(佐々田アントニオ会長)との交流会では、戦前に米国から「文化植民地」再移住した人に会うことができた。 日系アメリカ人(2世)である西沢(旧姓、山田)ミドリさん(89)が、両親と共にパラグアス・パウリスタに再移住したのは1925年。3歳の時だった。ミドリさんはカリフォルニア州サンフランシスコ市生まれだが、幼かったために米国での記憶はほとんどない。ミドリさんの父、トウコウさんは山梨出身で、母のカズコさんは九州出身。2人は米国で出会い、結婚した。 後にミドリさんが米国での暮らしについて両親に尋ねたところ、再移住前までサンフランシスコで日本の品物を販売する雑貨店を経営しており、当時は米国で日本人排斥運動による人種差別が横行し「バスに乗るのも後ろの座席と決められており、日本の国旗が踏まれたり、破られたりすることも度々あった」そうだ。 このような状況にうんざりしていたトウコウさんは、親戚と伯国へ再移住を検討。店を売り払い移住資金をかき集め、親戚らと共に「文化植民地」に入った。 ミドリさんの夫、裕美さん(80)もアメリカに移住した両親を持つ。ただ、裕美さんは山梨生まれで、3歳で伯国へ両親と共に再移住している。 ミドリさんは「記憶は定かではないけれど、文化植民地は多い時で500家族ほどいたかもしれない。昔はカフェや綿でにぎわっていたけれど、今この辺に植えてあるのは主にサトウキビですね」としっかりとした日本語で話した。また、文化植民地の特徴については「アメリカから来た人が多かったので、家の中で日本のような封建的な家長制度がほとんどなかった。民主主義で、男性が女性に対して紳士的な場所」だと感じている。 パラグアス・パウリスタ文協には、現在100家族の会員がいるが、日本語を話せる人は少なく、邦字新聞の読者はほぼ皆無。96年に野球場をつぶして文協会館を建てたが、日本語学校はない。文協関係者は「日本語教師が来てくれた時のために、先生の家も用意してあるのだが、学習希望者がいない。日本語教師の給料は英語やスペイン語と比べて安いから、わざわざ奥地で先生をやりたがる人もいないんです」と嘆いていたのが印象的だった。 現在、同地に住む日系は一般のブラジル人と同様に街に仕事が少なく、若い人がどんどん離れていくという悩みを抱えている。ただ、15年前にはマリリアやバストスから毎週末大型バスが何台もやってきていたという温泉が存在しており、来年までには新たなオーナーの下で再開する予定だという。文協の会員らは「温泉ができれば街もにぎわい、仕事も増えるかも」と淡い期待を抱く。 交流会にはパラグアス・パウリスタのみならず、近隣のアシスなどからも10人が参加した。普段からゲートボールやテニス、カラオケなどを通じて親交があるという。(つづく、植木修平記者) 2012年4月27日付
ブラジル・ニッポン移住者協会(小山昭朗会長)は3月17日、聖市立カルモ自然公園で「日伯・絆の森」造りの植樹式を行った。この事業は東日本大震災の約2万人の犠牲者を追悼する意味で企画されたもの。この日は同事業に賛同する各界関係者約100が参加し、犠牲者への思いを込めて苗木の植樹を行った。 植樹式は共催者のオイスカ・ブラジル総局の花田ルイス副会長が司会を務め、同植樹事業の目的や意義が参加者に説明された。続いて小山会長のあいさつがあり、「祖国日本の一日も早い復興を願い、あの震災の多くの犠牲者のことを忘れることなく、亡くなられた一人一人に思いをはせながら魂を込めて皆で木を植えていきたい」と一般の人々の参加と協力を呼びかけた。 その後、犠牲者への冥福と苗木の健やかな成長を祈る神道形式の祈願儀式がしめやかに行われた。あいさつに立ったサンパウロ市緑化・環境局長のエドアルド・ジョージ氏は「リベルダーデの桜の植樹に続いて日系人が率先してこうした植林事業を行い、市の環境改善に寄与していることに感謝している。市もできるだけの協力を約束する」と話した。 また、来賓の神谷牛太郎市議、羽藤ジョージ州議や飯星ワルテル下議代理も同事業への取り組みや日系人のリーダーシップに対して敬意とともに協力していく考えを示した。 来賓には、生徒20人を引率して参加したカリタス学園長のイルマン・ナカガワ・ベルナデッテ校長、中沢宏一宮城県人会長、オイスカ・ブラジル総局の高木ラウル氏、日本から震災の近況を伝えるために来伯していた東北学院大学の上田良光教授や市関係者などが参加していた。 植樹式では、犠牲者に黙とうを捧げた後、全員で自然木の苗木200本が植えられた。カリタス学園のナカガワ校長は「主催者の協会幹部の人たちは皆年配の方たちばかりなのに、元気に使命感溢れる活動をしていて感動した。私も生徒たちも皆さんに見習って、一人の社会人として、また一人の人間として、もっと積極的に社会に役立つような活動をしていきたい。きょうはとても有意義な一日でした」と満足した様子。帰り際には参加者たちがそれぞれの思いを込めながら、現場に置かれた「絆の森」植樹キャンペーンの募金箱に寄付を行っていた。 2012年4月27日付
ニッケイ新聞 2012年4月27日付け 汎アマゾニア日伯協会の生田勇治会長と堤剛太事務局長が、7月13~15日に開催される『第15回フェスティバル・ド・ジャポン(日本祭り)』の打ち合わせのために聖市を訪れ、20日に県連の園田昭憲氏、本橋幹久副会長、山田康夫会計と懇談を行った。同祭参加は3回目。記念写真展、特産品販売、マホガニーの種の無料配布などを行ってきた。ニッケイ新聞の取材に対し、生田会長は「まだ具体的なことは決まっていない」と話しながらも「アマゾン日系社会を紹介できる貴重な場。多くの人に興味を持たれるような企画を考えたい」と意気込みを語った。県連の園田会長は「今回の打ち合わせはあいさつ程度のものだったが、発足したばかりの北伯県人会協会も含め、三つの組織の結びつきを今後さらに強めていきたい」と話している。
