07/03/2026

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ニッケイ新聞 2009年12月18日付け 岡山県のNPO法人(非営利団体)「ももたろう海外友好協会」(枝松孝典理事長)と、OSCIP(公益免税団体)「カンポ・グランデ文協」(南マット・グロッソ州、知花幸重ベルナルド会長)がこのほど、パートナーシップ協定を結んだ。「現状の仕組みを利用して、NPOとOSCIP間でこういう取り組みができる。日伯のデカセギ子弟の教育モデルになる画期的なパートナーシップにしたい」と関係者は意気込んでいる。 先月23日、岡山県から高山一則・同NPO理事が来伯、同文協を訪問し調印を行った。今後、同NPOが運営する「エスコーラ・モモタロウ岡山」へ伯国教職免許を持つ人材を送り、また伯国政府認定の教科書を送るなど、デカセギ子弟の教育の向上を目的に協力してゆく。同文協は「Escola Visconde de Cairu」を古くから運営しており、教育への感心が高いことで知られる。急な提案にも関わらず、臨時役員会を開いて即決し素早く対応した。知花会長は、「私たちも何かの形で協力したい。日伯でパートナーシップを結んで、一つの目的に向かって取り組むのは素晴らしいこと」と話す。ブラジル人学校のエスコーラ・モモタロウは、岡山県総社市に2008年3月に開校。日本語とブラジル教程の授業を半日ずつ行い、派遣会社、雇用会社、父兄が一緒になって運営している。私塾扱いのため、税制面の優遇措置など国や自治体の公的支援が得られず、経済危機後、親の契約更新打ち切りなどで、40人ほどいた生徒は10人に激減、さらにブラジルに戻る教師も出て、学校の運営も危ぶまれていた。だが今月初め、平成21年度補正予算の「定住外国人の子どもの就学支援事業」を受けて文部科学省によって設立された「子ども架け橋基金」の認可が正式に下り、来年から向こう3年にわたり年1500万円の支援を受けることが決まった。同パートナーシップはその資金を利用して進められるという。来年3月には、駐日ブラジル大使館のルイス・アウグスト・デ・カストロ・ネーベス大使が視察訪問予定。ブラジル政府も、日伯のNPOとOSCIP間パートナーシップに高い関心を示しているようだ。今月7日、山中イジドロ氏と一緒にニッケイ新聞を訪れた高山理事は、「親が働き詰めで子供が学校に行かず非行に走ったケースをいくつも見ている。私たちは教育する義務がある」と話し、「しっかり日本語とポルトガル語で教える体制を整えられれば、日伯で子供たちの抱えている問題が減る。日伯でメリットがある」と説明する。両者を繋いだ山中氏は、「いまある制度を利用して、NPOとOSCIPで協力してできることをするだけ。法改正みたいに難しいことをしているわけじゃない」と強調し、「合同で国際人を育成できるパートナーシップに成長して欲しい」と語っていた。
11月15日に開催された岩手県人会のわんこそば大会。勢い良くそばを啜る老若男女が盛り上がりを見せた。その様子を撮影した千田曠暁会長、さっそく日本へビデオをNHK盛岡支局に郵送。すぐに編集され、同局放送の「おばんですいわて」の今月14日18時45分~50分の時間帯に2分間で放映された。後日その番組はビデオになって県人会に届けられる。千田会長も「みんなに早く見てもらいたい」と待ち遠しい様子。
【共同】日系ブラジル人ら外国人住民が多い7県の28市町でつくる「外国人集住都市会議」の清水聖義群馬県太田市長と鈴木康友浜松市長が15日、文部科学省で中川正春副大臣と会い、外国人関連の施策を一元的に担う「外国人庁」の設置などを求める緊急提言を手渡した。 提言は、不況で職を失っても日本にとどまる外国人住民が多いことなどから「生活者としてとらえた施策が必要」と指摘。外国人庁のほか、外国人の子どもの教育環境を充実させるため、就学の義務化や受け入れる公立学校への財政支援などを求めている。 ◎ 都市会議は外国人住民との共生を目指す地方自治体が、施策の情報交換や共通の問題を解決するため2001年に設立。2009~10年は群馬県太田市が事務局を務める。 このたび提出した提言は今年11月26日に下旬に太田市で開いた定期会合で決議され、会場を訪れた民主党の細野豪志副幹事長に提言書を手渡した。 外国人庁設置は昨年に続く要望。 日本人と同様に権利を尊重し、義務の履行を求める「受け入れ方針」策定を提言しているほか、外国人の子どもの就学義務化と、受け入れる公立学校への十分な人的・財政的措置なども求めた。 ◎ 外国人集住都市会議の現在の会員都市は次の通り(今年4月1日現在)=【群馬県】伊勢崎市、太田市、大泉町、【長野県】上田市、飯田市、【岐阜県】大垣市、美濃加茂市、可児市、【静岡県】浜松市、富士市、磐田市、掛川市、袋井市、湖西市、菊川市、【愛知県】豊橋市、豊田市、西尾市、小牧市、知立市、【三重県】津市、四日市市、鈴鹿市、亀山市、伊賀市、【滋賀県】長浜市、甲賀市、湖南市。 同会ホームページによれば、2009年4月1日現在で最も多くのブラジル人が住む自治体は静岡県浜松市で、1万8247人。28都市のうち長野県飯田市を除く27都市で、外国人登録者の中でブラジル人が最多となっている。
在伯長野県人会(北澤重喜会長)は1月30日午前10時(二次召集)から同会事務所(Pca da Liberdade,130 9andar cj.910)で2010年度定期総会を行う。 主な議題は09年度事業及び会計報告、今年度の事業及び予算案の審議など。 総会終了後に新年会を催す。費用は同会負担 問い合わせは同会(11-3106-1268)まで
孫11人、曾孫16人、玄孫1人 【堀内登クリチーバ支局長】平成21年度100歳高齢者のパラナ州における受賞者7人の内、クリチーバ在住の末光トメさん(明治42年5月24日生まれ、宮崎県出身)に、内閣総理大臣からの祝状並びに記念品の贈呈が、去る11月25日正午からクリチーバ総領事館公邸で行われた。 この日、同居する次男マリオさん(73、バンデイランテス生まれ)夫妻や末娘の長南アリセさん(63)ら家族に付き添われ、元気な姿を見せた。 佐藤宗一総領事夫妻の手により祝状並びに記念品が贈呈されると、きちんとした姿勢で「有難うございます」と礼を述べ、記念写真に収まった。 なお当日は、末光さんの表彰と併せてクリチーバ市に居住する85歳以上の高齢者40人(内90歳以上96歳までが13人)を招待して敬老会が催された。 佐籐総領事は「老人福祉に国民の関心と理解を深め、また自身の生活の向上に努める意欲を高めて頂くために色々な行事を行っております。長年にわたり社会の発展に貢献された感謝のお祝いをするものです」と、日本の「老人の日」についての意義に触れた。 その上で、「習慣や文化、言葉の異なるブラジルで、めでたく100歳を迎えられたのは、ご本人の常日頃の心がけはもとより、ご家族やお友達の方々の温かい思いやりがあったからであり、誠に喜ばしく思います。ここにお集まりの皆様も、末永くお元気でお暮らし下さい」と祝辞を贈り、一同を励ました。 山脇ジョルジ文協会長夫妻及び大崎ローザ文協副会長(教育・福祉)も出席、山脇会長の音頭で乾杯の後、総領事夫妻の心温まる昼食の接待を受け、久し振りに若返ったような高齢者たちの表情が印象的だった。 末光さんは郷里で結婚し、1934年、25歳の時に夫・繁美さん(98年に91歳で他界)とともに、1男2女を伴って移住し、聖州モジアナ線のカフェ耕地に配耕された。36年、パラナ州バンデイランテスに転耕し、そこで次男マリオさんが生まれ、2男4女の子供に恵まれ、全員がそれぞれ独立している。 65年にクリチーバ市へ移転、末娘の家族も近くに住み、現在次男マリオ・チエさん夫妻の家族と同居し静かな余生を送っている。孫11人、曾孫16人及び玄孫1人がいる。 この日招待された高齢者は総領事夫妻をはじめ星野領事や岩波副領事及び館員たちの温かいもてなしをうけた。高齢者同士の話題は尽きず、互いの健康と無事を祈り、家族の出迎えを受け総領事夫妻に感謝しながら嬉々として家路についた。(一部既報) 写真:総領事夫妻や家族に囲まれる末光トメさん(前列中央) 2009年12月12日付
今年から「アクションなくして結果なし」をモットーに活動している埼玉県人会(飯島秀昭会長)の忘年会が6日、サンパウロ近郊アルジャーにある飯島会長の別荘で行われ、会員ら約40人が参加した。 忘年会を前に尾崎眞次副会長が、今年10月24日、25日の2日間にわたって埼玉県所沢航空公園で開催された『所沢市民フェスティバル』に、県人会として訪日参加した内容を報告。約40万人が入場した会場でブラジルを紹介するパネル展をはじめ、ビデオ上映や特産工芸品の販売を行ったり、元日本選抜選手を招いての「青少年サッカー教室」を実現させたことを説明した。 引き続き、県人会の会計を担当している吉原正之さん(74)、仁子(きみこ)さん(74)夫妻に日頃の活動の感謝を込めて県人会から記念品と花束が贈呈された。 忘年会では、飯島会長が「数日前から準備した」という手作り料理が披露され、会員たちを満足させていた。 食事の後はビンゴ大会となり、会員たちはリラックスした雰囲気の中、週末の1日を楽しんだ。 飯島会長は、この1年間の活動について、「『アクションなくして結果なし』を実践してきたことで、少しでも小さな波が作れたと思う」と振り返った。また、来年に向けて「母県だけに頼るのでなく、半分は自立できるやり方を行っていきたい」とし、スタッフの協力に感謝するとともに、「埼玉県人会に興味のある方は誰でもウェルカム」と述べ、広い視野で日本とブラジルをつないでいく考えを示した。 写真:飯島会長の別荘で一同に会した埼玉県人会員たち 2009年12月12日付
ブラジル日本文化福祉協会、サンパウロ日伯援護協会、ブラジル日本都道府県人会連合会、日伯文化連盟、ブラジル日系人老人クラブ連合会の5団体共催による『天皇陛下御即位20年記念、天皇皇后両陛下御結婚満50年記念・天皇誕生日祝賀会』が、10日午前10時から文協貴賓室で行われた。 天皇皇后両陛下の肖像画がお目見えする中、開かれた祝賀には、在サンパウロ総領事館の小林雅彦首席領事、国際協力機構サンパウロ支所の千坂平通支所長、国際交流基金サンパウロ文化センターの内山直明所長も来賓として出席、訪れた60人と共に祝った。 文協合唱団のリードによる日伯両国国歌斉唱の後、木多喜八郎文協会長は祝辞の中で、「日系社会に対する温かい御慈愛に満ちたお言葉をかけていただいた」と、先般の海外日系人大会を振り返った。 更に、「日本民族の血を受け継ぐ者として、その精神でブラジル国の発展に一層努力することで喜んでいただける」と、力強く語り、「天皇陛下の御健康と御皇室の弥栄を心より祈ります」と、祝いの言葉を寄せた。 続いて、小林首席は、祝賀会が毎年開かれることについて、「御皇室に対する日系社会の温かい気持ちを感じます」とし、4月の御結婚50年や11月の御即位20年記念国民祭典で喜びに沸いた1年であったことを振り返り、「御皇室の更なる御繁栄を御祈念申し上げます」と、祝辞を述べた。 祝賀会ではこの後、「第125代今上天皇の御誕生日おめでとうございます」という、園田昭憲県連副会長の発声で万歳三唱を実施、森口イナシオ援協会長が、「天皇陛下万歳、ビバ、乾杯」と、音頭をとって祝杯が挙げられた。 総領事公邸には 404人が出席 また、同日午後1時半からは在サンパウロ総領事館主催の天皇誕生日祝賀会が、聖市モルンビー区の総領事公邸で催された。公邸には日系団体やブラジル社会の関係者など404人が訪れ、天皇陛下 歳の誕生日をお祝いした。 日伯両国国歌の斉唱後、挨拶に立った大部一秋総領事は、天皇皇后両陛下は皇太子殿下だった時代も含め1967、78、97年と計3回にわたりブラジルを御訪問されたことに言及。更に昨年のブラジル移民100周年の際には皇太子殿下をブラジルにお招きして、各地で大きな盛り上がりの中記念式典が行われたとした上で、「移民100周年は日系社会がブラジルにとっていかに重要な位置づけにあるかをアピールできた良い機会でした。今後は日系社会の連帯感がより一層強化され、日伯両国の架け橋として発展することを強く祈念する次第であります」と述べた。 その後は用意された昼食を食べながら来場者全員が歓談し、最後に記念撮影を行った。サンパウロ市長秘書のアルフレド・コタイト・ネット氏は「日本の天皇陛下の誕生日祝賀会に参加させていただき光栄に思う。これもひとえに日伯両国の友好関係があったおかげで、今後は両国の関係が更に緊密なものになっていくはず」と語った。 写真:文協貴賓室で祝杯を挙げる参加者 写真:挨拶に立った大部総領事(左) 2009年12月11日付
ニッケイ新聞 2009年12月11日付け 【信濃毎日新聞】長野県の上田市国際交流協議会(内久根加代子会長)と市社会福祉協議会(石川幸会長)が、職を失った日系ブラジル人ら外国籍市民へ配る食料品を募集している。12日午前10時から、市ふれあい福祉センターで配る。 食料品の配布は景気が悪化した昨年12月から行い、7回目。内久根会長によると、今年夏ごろから母国に帰る人が増え、食料品を求めに来る人は減っているという。しかし、「上田で暮らし続ける人は再就職が難しい中で雇用保険の失業給付が切れたり貯蓄が尽きたりしてきており、生活の困窮はより深刻になっている」と強調、協力を求めている。 同市市民課によると、市内の外国籍市民は、1年前に比べ669人減ったものの4555人(11月末現在)で、引き続き県内最多だ。 主に米、缶詰、乾めん、レトルト食品など、日持ちする食料品を募集している。
ニッケイ新聞 2009年12月11日付け 在伯埼玉県人会(飯島秀昭会長)の忘年会が6日、アルジャ市の飯島会長の別荘で開かれ、聖市・近郊、リオなどから40人が訪れた。聖市からのバスが会場へ到着すると、早速広々としたリビングに飯島会長手作りの料理が並べられ、一行を出迎えた。会長が「ゆっくりしていってください」と挨拶した後、昨年同会に尽力した吉原正之会計担当理事と仁子(きみこ)夫人へ、尾崎眞次、森田泰司両副会長から感謝の品が贈られた。会員達はその後、歓談に移り、テラスや部屋の中で話したりと、思い思いに時を過ごした。午後1時半からビンゴ大会が行われ、最後に庭にあるプールの前で県旗を持って記念撮影、盛会のうちに終了した。同会では今年、10月下旬から11月上旬にかけて母県で開催された二つのフェスティバルに飯島会長と尾崎副会長が参加した。10月24、25日に開かれた「所沢市民フェスティバル」には30万人、31日、11月1日にあった「09川越産業博覧会」には10万人が来場。所沢市で開かれたサッカー教室には250人が参加し好評だったようだ。リオの観光地や移民の歴史のパネルを展示し、観光地や料理などを紹介したブラジルのパンフレットを2500部配布。16年夏季五輪がリオに決まったことで多くの人から祝福の言葉があったという。尾崎副会長は「日本の若い人達も手伝ってくれ、大成功をおさめた。ブラジルを知ってもらうことが目的だったので、子ども達にとっても勉強になったのでは」と感想を語った。「小さな波は作れたかな。とにかく自立できるようにしたい」という飯島会長は、「県議連や日伯議員連盟などの関係諸機関の人達と会い、いろいろなものが動き出しそう」と手ごたえを語り、「来年は結果が形になるのでは。今後は日伯のコンタクトを強くし、1人でも多くの人にブラジルを知って欲しい」と抱負を述べた。
ニッケイ新聞 2009年12月11日付け 天皇陛下が今月23日で76歳の誕生日を迎えられるにあたり、コロニア団体主催の「天皇誕生日祝賀会」が10日午前、文協貴賓室で行われた。約30人が出席した。今年4月にご成婚50年、同11月にはご即位20周年を迎えられた節目の年。なお、正午過ぎからは、総領事館公邸でも祝賀会が行われ、約400人が陛下の健康と皇室の弥栄を祈った。 ブラジル日本文化福祉協会、ブラジル日本都道府県人会連合会、サンパウロ日伯援護協会、日伯文化連盟、ブラジル日系老人クラブ連合会の共催。文協コーラス部による両国歌斉唱後、文協の木多喜八郎会長はあいさつのなかで今年の海外日系人協会で陛下と謁見したことを振り返り、「いつもと変わらぬコロニアを思うお言葉に感動した。日本民族の血を受け継ぐものとして、これからもブラジル発展のために努力していきたい」と話した。来賓を代表し、在サンパウロ総領事館の小林雅彦首席領事は、「このような行事が毎年行われている事を知り、日系社会の温かい気持ちを感じた。76歳の誕生日をお祝いするとともに、両国の関係発展に努力することが、陛下のお気持ちに応えることになる」と表情を引締めた。県連の園田昭憲副会長の発声により、両陛下の肖像画の前で、万歳三唱が行われた。援協の森口イナシオ会長が乾杯の音頭を取り、出席者らは皇室の弥栄を祈った。ノロエステ連合日伯文化協会の白石一資会長(74、二世)は、「戦前、父母から厳しく東洋遥拝をするよう教育された。コロニアやブラジルのことを忘れずにいて下さるのは有り難いこと。陛下は日本だけでなく、世界のシンボル」と誇らしげに話した。ブラジル日本会議の小森広会長(80、鹿児島)は、「両陛下の健康と弥栄を祈りたい。今日は陛下が日本国の象徴であることを再認識する日。それを誇りに我々もブラジルで頑張っていきたい」と胸を張った。◎聖市モルンビー区の総領事公邸の祝賀会には、約400人が集まった。大部一秋総領事は、天皇陛下が皇太子殿下時代を含め、計3回来伯されたことに触れたうえで、「76歳の御誕生日、御在位20年、御成婚50年と喜ばしいことが二重、三重になり、みなさんと一緒にお祝いでき嬉しく思う」と述べた。先月、瑞宝中綬章を受勲した坂手實さん(74、二世)は勲章を胸に出席。「日本がまとまり、栄えているのは天皇陛下の存在が大きい。御成婚50年という記念の年に受章し、参加できてありがたい」と話した。松柏学園・大志万学園からは川村真由実校長と川村真倫子さんが親子で参加。皇太子殿下時代に二度謁見、天皇陛下になられてから、生徒たちとも共に言葉を交わした真倫子さんは、「健康状態が心配ですが、日本の要としていつまでもお元気なことをお祈りします」と笑顔を見せた。
ニッケイ新聞 2009年12月10日付け ブラジル岐阜県人会(山田彦次会長)は20日、午前8時から同会館(Rua Bueno de Andrade, 446 – Aclimacao)で「餅つき大会・忘年会」を開催する。昼食は一品持ち寄り。問い合わせは同会(電話=11・3209・8073)まで。
ニッケイ新聞 2009年12月10日付け ブラジル佐賀県人会(吉村幸之会長)は20日午前11時から同会館(R. Pandia Calogeras, 108)で忘年会を開く。同会で現在参加を呼びかけている。参加費用は、会員は無料、会員以外は一人20レアル。問い合わせは同会(11・3208・7254)まで。
ニッケイ新聞 2009年12月9日付け ブラジル岩手県人会(千田曠暁会長)は忘年会と第42回懇親誕生会を13日午前11時から、同会館(Rua Tomas Gonzaga, 95)で開催する。昼食は一品持ち寄り。飲み物等は同会が用意する。問い合わせは同会(電話=11・3207・2383)まで。
ニッケイ新聞 2009年12月9日付け 筝曲の演奏・普及に努める「宮城会」(小倉祐子会長、1951年結成)は、11月にペルー・リマ市の日秘会館であった『第37回日本文化週間』で演奏を行った。同会の国外公演は初。同週間は、シンポジウムや茶道や武道のデモンストレーションなどが行われる日秘協会恒例の文化イベント。今年はペルー日本人移民110周年にあたることから、約3週間にわたり開催された。小倉会長と今回のイベントの責任者、長瀬令子さんが報告のため、来社した7日夜に行われた演奏会では、「八段」「光る海」「風三章」などに加え、ペルー民謡「コンドルは飛んでゆく」を現地の演奏家とともに披露した。第2部では、地元コーラスグループと合奏。約1千人が訪れた会場からは、大きな拍手が送られた。公演後には、同会役員らによる歓迎会が開かれ、「大変歓迎してもらった」と二人は声を揃える。約50人がセビーチェなどペルーの伝統料理を楽しんだという。一行は6日にリマ入りし、公演後は、空中都市マチュピチュなども訪れた。長瀬さんは、「記念すべき110周年事業に参加できて嬉しい。これからも交流が続いていけば」と期待を表した。小倉会長は、「練習風景を見に来られる方もいた。『懐かしかった』と声を掛けられ嬉しかった」と笑顔を見せていた。
ニッケイ新聞 2009年12月9日付け リベルダーデの師走の風物詩「第41回東洋祭り」が5、6の両日、リベルダーデ広場一帯で今年も盛大に開催された。リベルダーデ文化福祉協会(ACAL、池崎博文会長)の主催。週末の東洋市も重なり2日間で約8万人(主催者発表)が訪れた。踊りやダンス、太鼓や歌が中心に披露され、来場者は思い思いに楽しんでいた。また、大阪橋近辺では日本食の屋台も出され、舌鼓を打つ多くの姿が見られた。 5日に同広場に設けられた舞台で開かれた開会式には、大部一秋在聖総領事夫妻、南洋行サンベルナルド・ド・カンポ市議、与儀昭雄県連会長、菊地義治援協副会長、山下譲二文協副会長、ブラジル日系協会の京野吉男会長ら来賓25人が出席した。リベルダーデ商工会ラジオ体操部の50人が揃いのTシャツを着て行進しながら堂々と入場。1999年に制定された国民的体操「みんなの体操」や、お馴染みラジオ体操第一、第二を実演し、祭りは幕を開けた。続いて、ブラジル健康表現体操協会の会員150人が色とりどりのTシャツを着て健康体操を行った。ガルボン・ブエノ通りの鳥居前では、南米大神宮の逢坂和男宮司による神事が行われ、祭りの成功を祈願した。その他、ひまわり太鼓やレプレーザ連の阿波踊り、花柳流金龍会による舞踊、鳥取県人会による傘踊りも披露された。日本の歌謡曲に合わせて踊る「マツリダンス」が始まると若者らが飛び入り参加し、日系や非日系人関係なく、総勢100人以上が体をリズミカルに揺らし、楽しそうに踊っていた。6日は平田ジョー、宮マウリシオさんらコロニア歌手のステージ、空手や居合道の演舞などが舞台を盛り上げた。池崎会長は「日本の国の習慣や歴史、文化などは伝え続けないといけない」と思いを述べ、「多くの人がリベルダーデを訪れてくれ、我々の催しに対する期待を感じた」と感想を述べた。ガルボン・ブエノ通り一帯は歩行者天国となり、日本食の屋台が軒を連ねた。親子3人で仲良くヤキソバを食べていたのは、コチア市から訪れたパウロ・フォガッサさん(49)とマリア夫人(30)、娘のフラビアーナさん(13)。「リベルダーデには良く来るよ」と話すパウロさんは、08年の日本移民100周年を記念し、コチア市で開催された日本祭りにも参加した。「日本の踊りは伝統があり美しい。日本文化で一番好きなのは日本食。美味しいです」と笑顔でヤキソバを頬張った。
県連(与儀昭雄会長)は、各県の郷土食の文化や作り方を紹介した「郷土食(ポ語)」をこのほど発刊。その出版記念パーティーが、1日午後6時から聖市リベルダーデ区の文協ビル2階貴賓室で行われ、約70人が出席した。 出版にあたっては、料理研究家の康本静子氏がコーディネイト、レシピを執筆し、コジロー出版が販売を担当。1500部を発行したという。 出版記念パーティーには、与儀県連会長、康本氏をはじめ、後藤猛サンパウロ総領事館領事、千坂平通JICAサンパウロ支所長、内山直明国際交流基金サンパウロ所長、松尾治100周年記念協会執行委員長、呉屋春美文協副会長、海谷英雄トメアスー文化農業振興協会会長が来賓として登壇した。 与儀会長は、ポルトガル語で日本の郷土食の書籍が発刊されたことについて、「ブラジル人や若い世代の人たちに、日本にはこれだけたくさんの郷土食があることを知ってもらいたい。大切なのは家族でこの本を見ながら実際に料理を作ってもらうこと」と述べ、康本氏をはじめ各県人会への感謝を示した。 引き続き、与儀会長から文協に100冊が贈呈。本を手渡された呉屋副会長が謝辞を述べた。 後藤領事の祝辞、鏡割りに続いて挨拶した康本氏は、「県人会は威張ってばかりで、頼りにならなかった」と苦言を呈しながらも「少しでも違った料理を味わってほしい」と日本の郷土食への思いを見せていた。 森口イナシオ援協会長の乾杯の音頭の後、記者の質問を受けた康本氏は、「一番苦労したのは、お金の面だった」と、10年ほど前から企画してきた懸案事項の実現にほっとした表情を見せながら、「レシピはブラジルの材料を使ってできる料理を選んだので、自分たちで作ってほしい」と話していた。 同書の販売はコジロー出版が行っており、近日中にホームページを開設して注文を受け付ける。1冊100レアル。詳細についての問い合わせは同出版(電話11・3277・4121)まで。 Eメール=ed.kojiro@gmail.com HPサイト=www.editorakojiro.com 写真:完成した「郷土食」の表紙 写真:杯を合わせる康本氏(中央右)たち 2009年12月8日付
沖縄県人会青壮年会(新里哲夫会長)の創立 周年記念式典が、11月29日午後3時半から聖市リベルダーデ区にある同県人会大サロンで開催され、会員や関係者など約350人のほか、沖縄県から西原篤一沖縄ブラジル協会長も来伯して出席した。 式典では、1983年に発足した青壮年会の歴史がビデオ上映され、琉球芸能継承、交流旅行や各種講演会などの活動内容が紹介された。 引き続き、新里会長をはじめ、与儀昭雄沖縄県人会長、与那嶺真次沖縄文化センター理事長、田場ジョルジ青壮年会初代会長、西原沖縄ブラジル協会会長、新垣エジソン同式典実行委員長が舞台上に登壇。それぞれに挨拶と祝辞を述べた。 新里会長は挨拶の中で、昨年は移民100周年のために行事が重なり、25周年記念式典が今年に延びたことを説明した上で、青壮年会の使命が県人会に協力し、日伯両国の文化継承に尽くしていくことだと強調。「沖縄文化を知りたいけれど、諸事情などでできない人たちに青壮年会の活動を通じて伝えたい」と述べた。 また、初代会長を務めた田場氏は、「25年前の先輩と後輩の皆さん方の『夢を実現させよう』との思いが今日につながった」とし、会員や関係者への感謝の意を示した。 さらに、今回で17回目の訪伯だという西原沖縄ブラジル協会会長は、「皆様の大きな誇りが、ブラジル社会、沖縄県人会の発展に寄与すると思います」と述べ、今後のさらなる躍進を願った。 歴代会長をはじめ、青壮年会に貢献した関係者20人に感謝状と花束が寄贈され、式典は閉会。その後、アトラクションが行われ、琉球舞踊・芸能やカラオケ・ショーなどが披露。締めくくりは、出席者全員による「炭坑節」の盆踊りとカチャーシーが行われ、約6時間におよぶイベントを終了した。 写真:式典で挨拶する新里会長(中央) 2009年12月5日付