06/03/2026

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ニッケイ新聞 2009年4月24日付け ブラジル広島県人会(大西博巳会長)とブラジル日系協会(京野吉男会長)が共催する講演会が五月十五日午後七時から、聖市の同県人会館(Rua Tamandare,800, Liberdade)で行われる。第一回となる今回は、砂糖エタノール生産で世界一企業のコザン社、水谷イサム・ペドロ副社長(二世)が「世界の砂糖、エタノール、エネルギー業界に躍進するブラジルとコザン」について講演する。ポ語のみで、入場無料。水谷さんの父マモルさんは愛知県出身、母テルコさんは広島県出身。USP工科を卒業後、一九九〇年から財務担当理事、〇一年から財務や輸出戦略担当の専務理事、〇六年から運営審議会のメンバー兼副社長となった。コザン社は十七カ所の生産拠点、二カ所の蒸留所を持ち、年間四千万トンの処理能力がある。生産最盛期には三万人を雇用する。日米を始め、インド、ロシアなど世界五十一カ国に輸出する。コーディネートをする同県人会理事の平崎靖之さんは「あちこちに立派な日系人がいる。たくさんの方に聞いてもらい、彼らが活躍していることを知ってほしい。これからもこのような場をどんどん設けたい」との抱負を述べた。
ニッケイ新聞 2009年4月21日付け  ブラジル岩手県人会は二十六日午前十一時から同会館(トマス・ゴンザガ街95)で第四十回会員交流懇親・誕生会を催す。一品持ち寄り。詳細は同会(11・3207・2383)まで。
ニッケイ新聞 2009年4月16日付け ブラジル広島県人会(大西博巳会長)は広島日伯協会(広島市)の創立三十周年を祝って中国経由広島観光ツアーを五月に実施するにあたり、参加者を募集している。五月二十日から三十一日にかけて北京・西安・桂林の中国三カ所を回り最後に広島を訪問する。 中国では天安門広場や万里の長城を訪ねるほか、明王朝の遺跡・仏塔見学、川下りなどを企画。広島では平和記念公園、平和記念資料館、原爆ドーム、宮島を訪れ、二十九日にある広島日伯協会創立式典に出席する。残り席はわずかとなっている。問い合わせは、ウジツール(電話=11・3399・4400)まで。
ニッケイ新聞 2009年4月16日付け 「県やブロック越えた繋がりを持とう」――。愛知、和歌山、大分、滋賀の四県人会による『屋台まつり』が、二十六日午前十時半から午後四時までリベルダーデの愛知県人会館(Rua Santa Luzia,74)で開催される。昨年は百周年で各県多忙だったため開催されなかった同祭は、約五百人が集まる人気イベント。二年ぶり第十回目となる今年も、各県人会の会員が腕まくりをして郷土の味を提供する。愛知県は毎回好評の「味噌串かつ」、サクサクの「かき揚風天ぷら」のほかに、持ち帰り用の白餅を販売。和歌山からは県連日本祭でも約四千食を売上げた「関西風お好み焼き」。美味しいと評判の特性ソースは手作りのものだ。母県から取り寄せるシイタケとパラグアイからの一切不純物が入っていない小麦粉を使用し風味豊かに仕上げた「ダンゴ汁」、選び抜いた地鶏を使った「トリ飯」、「牛たたき」を提供するのは大分。そして今回初参加する滋賀は、たっぷり煮込んだ「ハンバーグカレー」を提供する。愛知の豊田瑠美会長、和歌山の木原好規会長、大分の伊東信比古理事、滋賀の山田康夫会長が案内のために来社。「家族、友達とぜひ来場してください」と呼びかけている。会場では映画鑑賞とカラオケができるほか、愛知県人会員による手芸品などを販売する。なお、十一月十五日にも同四県で今年二回目となる屋台まつりを開催する予定。
岩手県人会は五月十五日から十七日にかけて、リオ・デ・ジャネイロ州ペトロポリス市旅行を行う。 スケジュールは十五日午後十時、スーペルメルカード・コンプラ・ベン前(聖市リベルダーデ大通り四五〇番)に集合。同十一時出発。十六日早朝、リオ到着、午前九時、キタンジンニァ着、杉村濬公使公邸跡、ドン・ペードロ皇帝博物館など見学、午後はリオ、ポン・デ・アスーカル見学。十七日は杉村公使墓参、コルコバード見学、午後八時帰聖予定。 費用=三百二十レアル(ホテル代、朝食、バス代、見学費用含む)。 県人以外の方の参加も歓迎で、希望者は事務局(電話11・3207・2383)に申し込むこと。満席になり次第締め切る。
二〇〇九年度鹿児島実習生として一年間、ピラール・ド・スール日本語学校教師を勤める春田沙弥圭さん(大崎町出身)と本紙社会部勤務の中村瞳さん(薩摩川内市出身)が六日午前、サンパウロに到着、同日午後、園田昭憲鹿児島県人会会長の案内で挨拶に来社した。 春田さんは市立姶良小学校英語教諭を務めていた。中村さんは自衛隊川内駐屯部隊を除隊しての転身。 二人ともブラジルは初めてで、ブラジル行きが決まってから親に許可を求めたという春田さんは「児童たちといっしょに楽しく日本語を学びたいと思っています」。中村さんは「ブラジルを学びながら、一生懸命に務めたい」とそれぞれ夢をいっぱい胸に秘めながら、抱負を語っていた。
新潟県人会(柿嶋昭三会長)は文化教養教室として『舞踊講習会』を毎月第二と第四土曜日午後一時から、同県人会会館(聖市アクリマソン区パンジア・カロジェラス街一五三番)で行う。 県人以外の方の入会も受け付けており、舞踊愛好者、初心者の方多数の参加を呼びかけている。 申し込みは同事務局(電話11・3209・5116)の益本ルイザさん。
「若い人たちに、今後も末永く引き継いでもらいたい」―。沖縄県のエイサー太鼓の動きを取り入れた琉球国祭り太鼓(浦崎直秀会主)の創立十周年記念公演「島に戻(むどぅ)てぃ」が、五日午後一時から延々五時間にわたって聖市サンタナ区のアニェンビー・コンベンション・センターで開催され、会場はほぼ満員となる約二千五百人が詰めかけた。 午後一時からの開会式には、与儀昭雄沖縄県人会長、浦崎会主、実行委員長の上原テーリオ氏のほか、ウィリアム・ウー連邦下議、飯星ワルテル同下議、神谷牛太郎市議、羽藤ジョージ市議ら来賓も駆け付けた。 舞台上では、祝いの舞「かぎやで風」を皮切りに、上原実行委員長を含めた十六人の初代メンバーたちも出演した「遊び庭」が披露。エイサー太鼓のみならず、座しながら太鼓を叩く「光史(みつふみ)太鼓」や、吟剣詩舞風の舞いのほか、琉球歌謡バンド「トントンミー」のショーと合わせたエイサー太鼓、よさこい・ソーラン踊りなど、二部構成で実施された。 この日、ブラジルの各支部のみならず、ボリビア、ペルー、アルゼンチン、メキシコなど中南米各国からのメンバーら総勢五百人の門下生たちが出演し、所狭しと舞台上を跳ね回った。 圧巻は、出演者総出で演じた弥勒菩薩を崇める意味があるという「ミルクムナリ」。舞台上だけでなく、会場の通路にも太鼓やパーランクー(小太鼓)を手にした若者たちで溢れ、踊り手と会場が一体となった。 上原実行委員長は、「たくさんの方々の協力を受け、これだけの人たちに集まってもらって涙が出るほど嬉しい。初期のメンバーとも一か月前から練習し、舞台をつとめることができた。琉球国祭り太鼓の流れを、今後も若い人たちに末長く引き継いでもらいたい」と話していた。 舞台の締めくくり「カチャーシー」の後で門下生たち全員と記念写真におさまっていた浦崎会主は、十六人から始まったメンバーが今やブラジルや中南米各地に五百人におよぶ門下生が増えた十年間の歩みを振り返り、関係者への感謝の意を示した上で、十周年記念公演について「悪い気はしないね」と言葉少なながらも充実した表情を見せていた。
和歌山県人会では、日本祭りが始まった当初は、「小鯛寿司」を郷土食として出店していたが、「材料が集まりにくい」ことが原因で「お好み焼き」に変更。 お好み焼きの作り方は、NHKの料理番組を見て覚えたとか。そこから試行錯誤し、日本産の小エビ、山芋を入れて焼き方にもこだわり、自分たちで紅ショウガや特製ソースも作るなど、味にこだわりがある。 「会員が集まってワイワイ楽しんでもらえれば、それで良いんですわ」という木原会長だが、売上、人気ともに年々上昇中。
和歌山県人会(木原好規会長)の会員慰労会が、三月二十九日正午から聖市アクリマソン区にある同県人会館で行なわれ、約七十人が出席した。 慰労会では、日本祭りなどの出店でコロニアでも人気の「関西風お好み焼き」と「ちぎり餅」が振る舞われ、出席した人たちも満足した表情を見せていた。 木原会長によると同慰労会は、毎年イタニャエンへのピクニックを実施した後に会員への感謝の意味を込めて実施している。また、日本祭りでお好み焼きの具となるキャベツ切りをしている婦人部たちの中で、「お好み焼きをほとんど食べたことが無い人がいる」ことから、日頃の地道な活動を労うことが目的だという。 この日は木原会長自ら、お好み焼きの粉を練っての生地づくりを行ない、婦人部、会員たちが一体となって料理に励んだ。 木原会長は「今日はお休みのところ参加下さり、今まで仕事ばかりしてきた人たちにお好み焼きを食べていただきたいと思います。一枚、二枚と言わずにどうぞたくさん食べて、持って帰ってください」と、勧めていた。
県連(与儀昭雄会長)の第四十三回定期総会が、二十六日午後四時から聖市ビラ・マリアーナ区の栃木県人会館で行なわれた。 先没者への黙祷のあと、あいさつに立った与儀会長は昨年一年の多忙な移民百周年を振り返るとともに、世界的な経済危機の中での第十二回日本祭りを心配しながらも「皆さんと一緒に乗り越え、頑張っていきたい」との意気込みを示した。 〇八年度事業報告に続き、〇八年度会計報告では、第十一回日本祭り、昨年十一月開催のオルトフルト・フェスタの会計を含めた総収入が百九十八万四千二百三十二・六九レアル、総支出が百九十二万四千六百六十八・三九レアルで、五万九千五百六十四・三〇レアルが次年度繰越になることが発表、承認された。 〇九年事業計画案では、従来の行事のほか、六月二十一日に初めての県人会対抗マレット・ゴルフが実施されることが決定。〇九年度一般会計の予算案は、前年度(十万三千二百レアル)より増額の十三万四千九百五十レアルで承認された。 監査役の選挙では、補充監査が繰りあがって正監査となり、補充監査三人の無記名投票選挙の結果、新しく三人が決定した。〇九年、一〇年監査役は次の通り(敬称略)。 正監査=尾西貞夫(兵庫)、豊田瑠美(愛知)、原島義弘(千葉)。補充監査=大西博己(広島)、南アゴスチーニョ俊男(福岡)、有北ジョルジ(奈良)。 今年の第十二回日本祭りのテーマは「環境」に決定。与儀会長は「経済的に厳しいが、これまでのスポンサーが断っているところは無い」とし、「できる限り早く物事を決めていきたい」と話していた。 なお、定款改正については、現在内容の最終チェックが行なわれており、改めて臨時総会が開かれ、審議される。
ニッケイ新聞 2009年4月10日付け ブラジル岩手県人会(千田曠曉会長)は今年もリオ・デ・ジャネイロ観光を兼ねた「杉村濬公使の墓参旅行」を五月十五日から十七日まで行うにあたり、参加者を募集している。杉村公使は岩手県出身で日本移民の導入に貢献、駐伯三代目日本公使として活躍し、一九〇六年にリオで死去した。岩手県人会が中心となって昨年、会創立五十周年と日本移民百周年の記念事業としてリオ市の同公使墓碑を改修落成した。旅行では墓参のほかポン・デ・アスーカルやコルコバードを見学。また今年初めて、同公使の公邸跡を訪ねる予定だ。十五日午後十一時にリベルダーデを出発、十七日午後八時頃に帰聖予定。ホテル、バス、見学費用込みで一人三百二十レアル。満員になり次第受付け締切り。申し込みは同会事務局(11・3207・2383)まで。
ニッケイ新聞 2009年4月10日付け 沖縄の伝統芸能として盛んなエイサー太鼓団体「琉球國祭り太鼓」(浦崎直秀代表)が発足十周年を祝い、五日、聖市のアニェンビー国際会議場で記念公演「島に戻(むどぅ)てい」を開いた。ブラジル、中南米各国から五百人が出演。二千五百人収容の会場はほぼ埋まり、割れんばかりの拍手が送られた。一九九〇年代初め、十六人だったメンバーは今、全伯各地に六百人。舞台で生徒、家族から祝福を受け、浦崎代表は目頭を押さえた。沖縄でお盆に祖先の霊を迎える踊りとして伝わってきたエイサー太鼓。ブラジルでは九一年に母県を訪問した県系子弟らを中心に始まり、当時座って叩く「光史太鼓」の道場を開いていた浦崎さんが指導者に。九八年七月に母県のブラジル支部として活動を始め、今年十一年目を迎える。十六人から始まったブラジルのエイサー太鼓。現在は国内各地に約六百人の生徒を数えるほどに成長した。大太鼓と片手で持つ締め太鼓、一糸乱れぬ踊りが一体となったパフォーマンスは、日系、沖縄系のイベントでもすっかりおなじみだ。記念公演には聖市を中心にブラジリア、カンポ・グランデ、クリチーバ、ロンドリーナなど国内各地、またメキシコ、ペルー、ボリビア、アルゼンチンなど中南米各国からも駆けつけ、約五百人が出演した。二千五百人収容の会場はほぼ満員の盛況。ひ孫が出演しているという百五歳の上地マツさんや、今年百一歳の花城淑子さんなど高齢者も最前列で舞台を見守った。開会式には与儀昭雄県人会長はじめ、ウィリアン・ウー、飯星ワルテル両連議、聖市議、協賛のレアル銀行などから多数の来賓も訪れ、ウー連議、サンパウロ市議会から浦崎代表に記念プレートが贈られた。琉球舞踊協会の踊り手による古典音楽「かぎやで風」にあわせた太鼓演奏で幕開け。その後も踊り手と太鼓の共演、伝統的なエイサーのほか、沖縄民謡や「島唄」「かりゆしの夜」など現代の曲にあわせ太鼓と踊りが一体となった演目が舞台を彩った。前半、後半の終わりには客席の間に子供たちが並んで演奏し、来場者からは一段と大きな拍手。「光史太鼓」メンバーの若者たちによる演奏や、カンピーナスの獅子舞、県系バンド「トントンミー」の友情出演もあり、盛り上がった。フィナーレに先立って生徒や家族から浦崎夫妻に記念品、花束が贈られ、浦崎さんが目頭を押さえる場面も。五時間におよんだ公演はカチャーシーで盛況のうちに終了した。浦崎代表は現在七十九歳。五七年にボリビアへ移住、六一年からサンパウロに移り現在まで沖縄芝居や太鼓など郷土文化の伝承に携わってきた。満員の会場で、「沖縄の太鼓がよくここまで広がってくれた」と喜びながら、「後の人が忘れないよう大きくしていきたい」とやる気を見せていた。 ■祭り太鼓10周年=最初は「小禄バンド」から=家族3代のメンバーも 琉球國祭り太鼓の先駆けとなったのは、九一年に母県を訪問した小禄村(現那覇市)出身者の子弟たち。初めて本場のエイサーに触れ、浦崎代表を指導者に聖市ビラ・カロンで始まった。名前は「小禄バンド」。初代メンバーは十六人で、当時はビデオなどを見ながら練習していたという。同グループが活動を休止後、エイサーは九四年からビラ・カロンの日語校「おきなわ学園」に引き継がれ、現在に至っている。祭り太鼓十周年の記念公演では、現在のメンバーに混ざって十数年ぶりに太鼓を叩き、会場から大きな拍手が送られた。記念公演実行委員長の上原テーリオさん(41)もその一人。太鼓を叩くのは九一年以来という上原さんによれば、公演に備え一カ月前から練習してきたという。「生徒や先生の見ている前で練習しましたよ。アニェンビーのような大きなところでやるからには『がんばろう』って」。汗だくになりながら「最高です」と笑顔を浮かべる。同じく初代メンバーで、子供、そして今は孫が祭り太鼓をやっているという照屋敏光さん(59)は、「沖縄で見て、ブラジルでもできるんじゃないかと始めた。今まで続いて良かった。これからもブラジルで続いていくといいですね」と話していた。
総領事館佐々木真一郎副領事が4月7日着任挨拶で事務局を訪問 前任の田畑副領事の案内で、佐々木副領事(経済班=農水省)が挨拶訪問された氏は千葉県出身、任期は3年の予定
桜の植樹で街を美しく 新会長に中野義雄氏 ブラジル京都会(杉山エレナ会長)は三月二十九日午前十時半から、リベルダーデ区内のレストラン「ニュー美松」で第五回定期総会を開き、二〇〇八年度の事業および会計報告のほか、任期満了に伴う役員改選を行った。 役員改選は、現執行部があらかじめ用意したシャッパを出席者が承認する形で行われ、若干の混乱があったものの中野義雄会長(七四、一世)以下、副会長二人、書記二人、会計二人、監査三人、補欠監査三人が承認された。新役員らは〇九年五月から一一年四月末までの二年間が任期となる。 また杉山会長は、七日午前十時からピニェイロス区スミドウロ街五八〇番地のビクトル・チビタ広場で桜の植樹式を行うとして、関係者の参加を呼びかけた。この桜は昨年九月、京都会創立五十五周年を祝うために来伯した山田啓二京都府知事が持参した雪割桜の苗木六本で、植樹する適当な場所が見つからなかったため約半年間保管されていた。
ニッケイ新聞 2009年4月9日付け ブラジル鹿児島県人会(園田昭憲会長)の第一期実習生、中村瞳さん(29、薩摩川内市)、春田沙弥佳さん(23、曽於郡大崎町)が六日に来伯した。約一年間、中村さんは邦字紙記者として、春田さんはピラール・ド・スル日本語学校で教師として実習する。中村さんは高校を卒業してから十一年間、陸上自衛隊に入隊していたという異色の経歴の持ち主。東京、宮城、北海道、滋賀、鹿児島の部隊を経て、最近は事務方の仕事を任されていた。「一線に出て体を動かしたくてうずうずしてた」という時、地域リーダーの青年育成という同実習の募集を知って惹かれたと話す。大学卒業後に一年間、小学校の英語講師をしていた春田さんは、「ずっと海外に出てみたかった」と念願だった外国での生活に引き締まった表情を見せる。日本語教師としての経験や知識はないが、子ども好きという長所を生かして「頑張ります」。二人とも、本などでしか知らない日系社会を肌で感じ、帰国後に日本でこの経験を生かしたい、と意気込んでいた。一緒に来社した園田昭憲会長は、「最低レベルの生活で甘えられない環境だけど、自由さもあって良いところを伸ばせる国。外に出て鹿児島の良さ悪さ、日本の良さも悪さも体に叩き込んでほしい」と激励した。
ニッケイ新聞 2009年4月9日付け 「抗議の意味で文協を脱会します」――。ブラジル岩手県人会(千田曠曉会長)は先月三十日付けで文協の会員の脱会届を提出、「現体制はコロニアのことを考えておらず、信頼に足りない」と痛烈に批判している。〇七年末から現在までに百十七人(十四法人)が退会しており、法人も含め、会員の文協離れは顕著となっている。一九五六年の創立以来、コロニアが支えてきた文協だが、今その在り方が問われている。 「県人会と県連は分かるが、文協との繋がりは意味がないのでは」岩手県人会は、理事会の場で若い会員からのそういった意見を受け、脱会を決めた。「実際、メリットは会場を借りるときだけ。お付き合いで年間四百九十二レアルは厳しいと判断した」という千田会長は、「経済的な問題だけではない」と続ける。「今の体制はコロニアのために働いていない。もちろん良くなれば、再入会するつもり」と次期体制に期待を掛けつつ、会員制度の在り方に一石を投じた形だ。中島エドゥアルド文協事務局長によれば、約四十の県人会が文協会員となっているが、その多くが創立時や六四年に落成した文協ビル建設のさいに入会している。いわば〃心意気〃で文協を支えてきたわけだが、そういった時代を知る県人会幹部も少なくなり、文協もあぐらをかいてはいられない状態といえるだろう。県連が毎月開く代表者会議では、「県連が会員になっているのだから、県人会は脱会してもいいのではないか」と発言があった。ある会長は、「文協に入っても何もないよ。年貢みたいなものだけど、うちはもう何年も会費を払ってないね」と笑う。現在の会員数は三月現在二千三百九十人(三百十七法人)で、〇七年末から百十七人(十四会員)が脱会している。今年二月にも日系企業が脱会を申請したが、「カテゴリーを下げることで継続をお願いした」(中島事務局長)法人会員は七つのカテゴリーがあり、九千六百レアル(A)から、四百九十二(G)となっている。先月二十八日にあった文協総会で評議員が選ばれた。従来の秋田、北海道、福岡、熊本、県連に加え、沖縄、鹿児島、長崎、宮崎、大分、宮城、愛知、鳥取、栃木の計十四団体が当選している。理事会選挙への投票権を持ち、選挙後も評議員として、文協運営に発言力を持つことは間違いない。各団体の求心力が弱くなっている現在、御三家といわれる両団体の連携も今月二十五日に発足する新執行部の一つの課題かも知れない。
ニッケイ新聞 2009年4月8日付け 「鹿児島県農業・語学研修生制度」の最後の研修生(第十期)となる宇住庵真弓さん(27、うじゅうあん、鹿児島市)が三日、一年間の研修を終えて日本に帰国した。一年間、ピラール・ド・スル日本語学校で教師を経験。「ブラジルの温かさ、人の温かさをすごく感じました。また絶対に戻って来ます」と感想を話し、充実した日々をうかがわせた。来伯前は、中国上海で一年半日本語教師と私塾の国語教師として経験を積んでいた宇住庵さん。「ここでは日本の小学校の先生みたいに国語や算数、美術など幅広く教えなくてはいけなくて、大変でした」と苦労を振り返る一方、子どもたちの一生懸命な姿に励まされ、また貴重な経験を通して自身も成長したと満足した様子を見せる。帰国後は、また日本語教師の経験を積み、「JICAボランティアなどでブラジルに戻って来たい」と語っていた。同制度はブラジル鹿児島県人会(園田昭憲会長)の創立九十周年を記念して五年限定で開始され、園田会長の援助と県、県人会の協力で計二十三人を受け入れてきた。同制度による研修生は宇住庵さんが最後となるが、昨年の創立九十五周年の際に五年間新たに実習生制度を設けることが決まっており、今年は二人の新実習生が来伯する。
ニッケイ新聞 2009年4月8日付け 在伯埼玉県人会(根本信元会長)は五日午前、聖市ビラ・マリアーナ区のSOHO源氣で定期総会を開催した。会員ら計十七人が出席し、満場一致で飯島秀昭氏を新会長に選んだ。飯島新会長は埼玉県出身で一九七九年着伯。八二年に美容店SOHO一号店を創業、約三十店舗にまで増やし、聖市有数のチェーン店に育て上げた。昨年二十五周年を盛大に祝ったのを機に引退し、四国お遍路巡りなどをして話題になった。現在も「美しくする会」などの主要メンバーだ。飯島会長は、就任の挨拶の中で、意気揚揚と「アクションなくして何も達成することはできない。新企画を考え出し、県人会を盛り上げていきたい」などと語った。「元気になる埼玉県人会」という新方針を掲げ、地球温暖化にまで気を配り、グローバリゼーションの風潮の中で埼玉県人会の活動を考えていきたいという。「さらに会員の枠を広げていきたい」と熱意も示した。根本前会長も「飯島新会長には革新的な企画をもって、県人会の未来を支えていってほしい」とエールを送った。〇八年会計では収入が四万八千七百九十三レアル、支出が三万三千百二十二レアルで、一万五千六百七十レアルを繰り越したと報告された。今年からは、会計をブラジル方式の年度末締めへ移行すると会議の中で発表した。加えて飯島会長は、「母県の県議会とつながりをもっと深め、協力していきたい」と意気込む。埼玉県所沢市で計画されている「ブラジルフェア」への協力なども行う見通しだという。定期総会の後は、会員同士歓談を楽しみながらの和やかな昼食会が催された。今回就任した飯島会長の任期は二年間。その意を汲んで、一月八日には新事務所をブリガデイロ・ルイス・アントニオ大通りに構え、着々と新体制を整えている。