ブラジル日本文化福祉協会(Rua Sao Joaquim, 381)は、移民107周年記念行事を次の通りに開催する。 【先駆者慰霊ミサ】18日午前8時からサン・ゴンサーロ教会(Pra;a Joao Mendes, 108)で。 【開拓先亡者追悼大法要】18日午後2時から文協記念講堂で。 【第50回コロニア芸能祭】20日午前9時、21日午前10時から文協記念講堂で。 【白寿者表彰式】21日午前9時から文協記念講堂で。 【第19回桜祭り】7月4、5両日午前10時からサンパウロ州サンロッケ市の国士舘大学センター(Estrada do Carmo, 801 Rodovia Bunjiro...
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昨年6月12日に61歳で死去した大部一秋ウルグアイ大使(元在サンパウロ総領事)を偲ぶ会が、日系5団体の共催により12日午後3時からサンパウロ(聖)市リベルダーデ区の文協小講堂(Rua Sao Joaquim,381)で開かれる。同行事に出席するため、日本から夫人の栄子さんが娘の美栄子さんと来伯。8日本紙を訪れた栄子夫人は、「皆様に感謝申し上げたい」と気持ちを語った。 大部氏は2008年11月から12年6月まで在サンパウロ(聖)総領事を勤め、中小企業基盤整備機構を経て13年4月にウルグアイ大使として着任。在任中の14年6月に病気治療のため一時帰国したが、同月12日に肝不全のため東京で亡くなった。在聖総領事在任中は106カ所の日系集団地を訪れるなど、栄子夫人とともに精力的に活動。離任前にサンパウロ名誉市民章を受け、亡くなった日付で瑞宝中綬章、正四位を授与されている。 栄子夫人にとっては大部氏の離任以来3年ぶりの来聖。現在、息子が進出企業駐在員としてサンパウロに滞在しているそうだ。今回のブラジル訪問に当たっては、大部氏が亡くなった時に訪日していた二宮正人文協評議員会副会長の協力もあったと振り返り、関係者に感謝を表す。 偲ぶ会では栄子夫人、家族があいさつするほか、梅田邦夫大使からのメッセージも紹介される予定。 栄子夫人は「主人が帰国する時、心はサンパウロに残ると言っていました。本当にその通りで、どこに行っても皆様のことをお話して、帰ってくるのを楽しみにしていました」と振り返り、「尊敬する皆様に感謝申し上げたい思いで来ました。本人の思いも叶ったかと思います」と気持ちを語った。 2015年6月11日付
奈良県人会長も務めた梅崎嘉明氏がこのほど、9冊目の自費出版本「奴隷と移民」を発行した。 今回の発行は「楽書倶楽部」誌の前園博子代表が、梅崎氏が過去に同誌に発表したエッセイを本にしないかと持ちかけたことが発端となる。収録されたのはエッセイが6編、さらに書き下ろしの小説1編に、梅崎氏が選んだ過去の作品140首。当時の写真も随所に収録されている。 タイトルとなった小説「奴隷と移民」では、梅崎氏が移住をしてきた82年前が描かれている。その頃はまだ元々奴隷だった人々が生きており、奴隷と移民の様子が対比して書かれている。「移住した当時の自分や移民たちの苦労話を書きたかった」と梅崎氏は語る。「コロニア移民の話は、もう受けない」と言われながらも、「奴隷の話は興味深いと周りからは好評だった」と話す。 現在10冊目の本を制作中で「歳も歳だからこれが最後」と笑う。かつてはパウリスタ文学賞を受賞したこともあり、他にも短歌の賞の受賞や、「コロニア文学界」の創立など、文学と共に歩んできた。 価格は20レアル。購入希望者は梅崎氏(電話11・5571・5043)まで。 2015年6月9日付
ニッケイ新聞 2015年6月9日 昨年6月12日に肝不全で突然亡くなった大部一秋ウルグアイ大使(元在聖総領事、享年62)を偲ぶ会が、12日午後3時から聖市の文協小講堂で行なわれるにあたり、妻の栄子さんと長女の美栄子さんが日本から訪れ、8日来社した。 日系社会への感謝を代弁すると共に、「夫はとにかくブラジルが大好きだった」と故人の思いを伝えた。逝去する2週間前まで、ウルグアイ国内の遠隔地に出張するなど通常業務をこなしてきた。体調を崩して一時的な治療だと思って、昨年6月3日に帰国したら、東京の病院でいきなり「余命は数日」と伝えられたという。 未亡人によれば「そんな状況でも自分より人のことを考える人。自分の葬儀の段取り、例えば場所取りや弔辞の依頼などをベッドの上から電話して自分で決めていた。後任のことも考え、執務室のどこに何があるとか、鍵の場所まで細かく指示をし、『やることは十分にやった』と友人に伝え、眠るように亡くなりました。死に顔はこの写真同様に笑顔でしたので、皆さん驚かれていたようです」との逸話を明かした。 3年半の任期で106カ所もの集団地を訪れたきっかけに関し、「最初のころにノロエステを訪問し、プロミッソンの安永忠邦さんらに『移民の歴史を語り継いでほしい』と依頼され、『コロニアには日本人の魂がある』との想いで訪ねて回り、ブラジルを離任した後も約束通りあちこちで移民の話をしていました」と思い出した。 「まさかサンパウロで偲ぶ会を行なって頂けるとは。ご挨拶の機会を設けて頂き、感謝しかありません」と話している。奇しくも息子の一城さんが昨年から聖市で駐在員となり、知り合った伯人女性と今年結婚する運びになった。「このブラジルとのご縁を一番喜んでいるのは夫だと思います」と元気に笑った。
ニッケイ新聞 2015年6月9日 水産業の専門家が集う「第3回水産会合」が先月22日、聖州エンブー・ダス・アルテス市のフランシスコ・リッゾ公園で開催された。同市とブラジルピラルクー愛好会の共催で、専門家を招いた講演会を中心に、有意義な意見交換が行なわれた。 聖州漁業インスチチュートのクボ・エジソン会長や、聖州工業連盟(FIESP)漁業委員会のイマイ・ロベルトさん、ピラルクー養殖家の末永リカルドさん、アラゴアス州水産局の丸田エジソンさんらが講演を行い、現状や今後の課題などが話し合われた。 参加者からは「エンブー市内や近郊には釣堀がいくつかあるのに、その多くの魚はパラナ産ばかりだと初めて知った」「自前の魚を生育するために、サンパウロでも環境を整える必要がある」「まだ聖州の市場は小さい。もっと拡大しなければ」といった声があった。 エルデル・バルバーリョ水産大臣からもビデオメッセージが届けられたほか、水産用品の展示・販売やピラルクーの刺身の試食も行われた。チコ・ブリト市長は、「水産業の強化は重要課題の一つ。軌道に乗せるためには、閑散期の支援なども必要かもしれない」との考えを示した。
ニッケイ新聞 2015年6月3日 福島県人会(永山八郎会長)が『第8回喜多方ラーメン祭り』を、14日午前11時から同県人会館(Rua da Gloria, 721, Liberdade)で開催する。午後3時まで。前売り券18レアル、当日券20レ。 醤油ベースに縮れ麺が特徴の喜多方ラーメン。曽我部威事務局長が腕をふるって、毎回300食ほど準備する。今回は餃子も用意され、ラーメンとセットで前売り25レ、当日30レ。持ち帰りにも対応する。 案内に来社した曽我部さんと今井マリーナさんは、「肌寒い季節に故郷のラーメンを味わって、身も心も暖まりましょう」と呼びかけた。 問い合わせは同県人会(11・3208・8499)まで。
ニッケイ新聞 2015年6月2日 「あなたたちが、末代まで、苦しい時も嬉しい時も、この本を鑑としてくれるよう望みます」――コチア青年連絡協議会元会長、福島県人会長の永山八郎さん(80、福島県いわき市)は5月24日昼、聖州クアドラ市の別荘に親族・友人ら約50人を呼び、自分史『遥かなる旅路』(162頁、全カラー)の刊行パーティを行い、子孫らにそう呼びかけた。永山家は団結して日本食レストラン「永山」を聖市に7軒、リオにも支店を出して計8軒も展開している。 1988年8月にイタイン・ビビ区に4テーブルの小さな店舗から始め、現在では合計約1千席もの規模に達した。創立時、日本食店はほぼ東洋街に集中している時代で、日系人向けが大半。「永山」は最初から伯人客を相手に考えた先駆けだったという。 82年から2年間、次男・大成(だいせい)マリオさんは米国マイアミの日本食レストラン「ヒロ」に修行に行き、帰伯後に第1号店を開いていた。永山家は約30年間、バイーア州テイシェイラ・デ・フレイタスで大農場を経営していたが、折からのハイパーインフレや農政変更などに苦しみ徐々に農地を売って、聖市での飲食業に乗り換え、家族全員で現在の基礎を築いた。 大成さんは「最初は東洋街に作ろうと思ったが、競争が激しいし、考えを変えた。マイアミの店にはアメリカ人が沢山来ていたから、いずれブラジルも同じようになると確信していた。でもブラジル人は当時、生魚に抵抗があったので、最初のメニューは生姜焼き定食、チキン照り焼き定食などを昼食で出す、シンプルなものだった。当時は輸入ものの生魚はなかったから、国産魚を週一回だけ刺身でだした。今のように寿司、刺身中心になったのは、米国の影響で生食が広まった後」と振りかえった。 永山さんは「一番大変だったのは、93年頃にコレラが流行って生食禁止令まで出て、1カ月間ぐらい誰も客が来なかったときかな」と思い出す。 7年前にこの別荘(シッチオ・ソーニョ・コロリード)を買い、5年前には家族用のゴルフ場(9ホール)まで作った。そこで練習を重ねた孫ペドロさん(18、三世)が先日、チリで開催された世界選手権で好成績を上げ、伯国代表として日本大会に出場することが決まったばかり。 糟糠の妻てるさんとサントスに上陸したのは1959年。以来、子供4人(勝浩アントニオ、大成マリオ、礼子セシリア、真由美)、孫は10人を数える。コチア青年仲間の高橋一水さんは、「コチア青年2500人の中でもトップにはいる成功者。永山家三世代が団結してこのようなフェスタをすることは素晴らしい」と挨拶した。 大成さんは「日本食は普遍的料理だと思う。リオには2年前に出店しうまくいった。他の町にも。いつかは僕の原点マイアミに店を出すのが夢」と語った。長男の勝浩さんも「両親が勇気をもってブラジルきたおかげで現在がある。両親をとても誇りに思っている。父の人生に学び、それをなぞれるよう、この本を参考に努力したい」としみじみ語った。 関連コラム【大耳小耳】 聖市から西南に約180キロ、クアドラ市にある永山さんの別荘は敷地が55ヘクタールで、家族用ゴルフ場以外に、貴重な原生林が17ヘクタールも残されている。森を横切る散策路も作られ、自然観察が好きな人には堪えられない。1960年からすぐ隣のタツイ市に住み、この物件を永山さんに紹介した徳吉義男さん(79、鹿児島)も「この辺じゃ原生林が残っているのはほとんどない。貴重な森だよ」と太鼓判を捺す。日本語学校や日系団体のピクニックにも開放したら喜ばれるかも。
ブラジル日本都道府県人会連合会(本橋幹久会長)は、5月28日午後4時からサンパウロ(聖)市文協ビル内5階の同会事務所で5月度代表者会議を開いた。各県人会代表など30県が出席。4月度事業・会計報告後、第18回日本祭りの準備状況など各種報告が行われた。 本橋会長は「日本祭り当日まで、2カ月を切った。実行委員会から大切な説明がある。疑問点を十分に解消してもらいたい」と述べた。 山田康夫同祭実行委員長は「今年は正念場。芳しくないブラジル経済の影響を受けてか、今年は議員割り当て金(イメンダ・パラメンタル)や聖州政府からの支援金(昨年度は約55万レアル)がまだ下りていない。これまでの貯蓄を切り崩し、赤字覚悟で開催する」と窮状を述べた。県連は支援金が下りないものとして、支出が280万レアル、収入が253万レアルを見込んでいる。差し引き27万レアルの赤字幅縮小のため、設備費用を抑えるなど、費用削減と新規スポンサー獲得による収入増加に奔走しているという。同時に、出席者らに1枚でも多くの前売り券(1枚15レアル)の販売や新規スポンサー紹介の協力を訴えた。 昨年と比較して、今年度は日本政府からの支援金協力があるようだが、出席者からは飲食部門の屋外から室内会場への移行に伴い、火事などの非常事態が起きた場合の対応について疑問の声も出ていた。 最後に、山田会長は「まだ2カ月ある。気持ちに余裕を持たせ、最後まで尽力していきたい」と語気を強めた。 2015年6月2日付
第11回東北6県・北海道親睦福祉運動会が、5月24日午前9時半から午後4時までサンパウロ市サウーデ区のマリスタ・アルキジオセサノ学校で開催された。ボランティアスタッフ150人、一般1100人が参加した。 開会式で本橋幹久県連会長は「運動会は子どもから大人まで楽しめる日本文化の一つ。それを各県人会の青年部たちが運営していることに感動した」と祝辞を述べた。 福島県人会(今年度運営担当県)の曽我部威事務局長によると「今年は子供たち、親子連れが多い」という。 参加者のチアゴ・リベイロさん(33、ぺルナンブッコ)は「妻が日系人。大人たちが週末に子どもたちと一緒に交じって運動する光景を見てとても驚いた」と話す。 当日は、綱引きや徒競走、リレーなどの一般競技のほか、岩手県人会所属の「雷神太鼓団」による太鼓も披露された。 二人三脚で抜群の安定感を誇った榎本サナエさん(60、2世)は「両親ともに東北とは無縁だけど、運動会が大好き。二人三脚で毎回一等を取ってるのは、相方のお陰。彼女とは運動会の度に再会しては、組んでいるの」と誇らしげだった。 また、バザリスタの出店や、各県人会青年部による日本食・菓子の販売も行われた。 ブラジルに来て1年目、参加者の鈴木奎哉(けいや)さん(6、東京)は「楽しかったです。太鼓の演奏が好き」と感想を述べた。 2015年6月2日付
青葉健康生活協会主催の6月度青葉祭りが6、20日、午前7時ごろから午後3時までサンパウロ(聖)市リベルダーデ区の宮城県人会館(Rua Fagundes,152)で開かれる。今月から「健康」に関するスペースを設ける。 地下駐車場ではADESC(農協婦人部連合会)による加工食品、有機野菜、薬草、クエン酸、餅各種、兵庫県産海苔等の販売や、整体、家紋コーナー。最近関心の高い薬草モリンガの苗、茶、ふりかけ等も販売する。6日は屋上食事コーナーでもモリンガを使ったメニュー(天ぷらうどん、イカ入りソース焼きそば)を用意する予定。 地下駐車場で新たに始める健康コーナーは、意見交換や資料提供の場とする考え。設置にあたり、同県人会では健康に関する書籍の寄贈を呼び掛けている。 問い合わせは同県人会(電話11・3209・3265)まで。 2015年6月3日付
ニッケイ新聞 2015年5月30日 県連日本祭りへの議員割り当て金や「PROAC(州の免税プログラム)」の助成を得ることが今年は難しく、この関連で55万レアルも収入減額――との衝撃的な数字が、ブラジル日本都道府県連合会(本橋幹久会長)の5月度代表者会議で発表された。 28日午後、県連大会議室で行われ、各県人会代表者39人が参加した。議題の中心は、残り2カ月をきった「第18回日本祭り」だ。資金不足で開催が危ぶまれる同祭の現状について、実行委員会の山田康夫委員長(滋賀)と市川利雄委員(富山)が終始現状の説明に尽くした。 昨年8月に発表された予算見積もりでは、今年は支出292万7千レ、収入275万8千レで、設備代増加等の影響で当初から16万9千レアルの赤字見込みだった。 実行委員会では設備会社と交渉を重ね、支出を280万レに圧縮させ、企業からのスポンサー収入を増大させる努力を重ね、うまくいけば黒字になりそうな状態にまでなっていた。ところが開催まで2カ月を切った5月末現在、状況はさらに厳しくなった。 大幅予算削減を敢行中の連邦政府や、巨額の水不足対策費に苦しむ州政府は、昨年まで出していた議員割り当て金やPROACを強く抑制し、今年は出ないことが5月始めにはっきりした。黒字になりそうだった会計は、見込んでいた議員割り当て金など政府支援55万レアルが不可になったことで、一気に27万レ赤字になったからだ。 これが明確になった時点で「開催中止した方がいい」との声も委員会内部では出たが、山田実行委員長は「今年は日伯120周年。すでに多額の準備資金を投じており、企業からの信用を考えれば、今年は正念場。例え赤字でも決行し、来年以降に繋げたほうが得策」と訴えた。 実行委員会は赤字対策として、さらに協力企業のスポンサー収入を増やす意向だ。新たなスポンサーとして楽天や三菱電機が加わり、当初よりより32万4レ増の資金が集まっている。 最終的に残る赤字分に関しては、「何回もできることではないが、県連には貯蓄がある。それを切り崩す」と説明し、覚悟を決めている様子を窺わせた。
日系5団体共催による元在サンパウロ日本国総領事の大部一秋氏(故人)を偲ぶ会が、6月12日午後3時からサンパウロ市リベルダーデ区の文協小講堂(Rua Sao Joaquim, 381)で執り行われる。 出席希望者は6月8日までに文協事務局(電話11・3208・1755)まで連絡のこと。 2015年5月30日付
日系諸団体が共催し、新しく在サンパウロ総領事に就任する中前隆博氏の歓迎会が、6月11日午後7時半からサンパウロ市リベルダーデ区の文協ビル2階貴賓室(Rua Sao Joaquim, 381)で開催される。 会費は1人90レアル。出席希望者は同8日までに文協事務局のサユリ氏かレジーナ氏(電話11・3208・1755)へ連絡のこと。Eメール(evento@bunkyo.org.br) 2015年5月30日付
ニッケイ新聞 2015年5月30日 海外日系人協会(田中克之理事長)が世界各地に在住する日系人を一堂に集め、世界の対日理解の促進と強化を図る「第56回海外日系人大会」を、10月27日から3日間、東京都憲政記念館とJICA市ヶ谷ビルで開催する。 今回のテーマは「戦後70年」。24カ国から約200人が参加する見込み。申込みは6月下旬から開始される予定。日程は次の通り(変更の可能性あり)。 ◎27日=運営会議と講演会、皇族ご臨席の歓迎交流会。◎28日=海外日系人代表者会議、オフィシャルツアー、歓迎会。◎29日=全体会議、特別講演、在日日系人子ども発表会、大会宣言採択、衆参両議長主催昼食会、国際日系歌謡大会。 詳細は同協会のサイト(www.jadesas.or.jp)にて順次更新される。
ニッケイ新聞 2015年5月29日 昨年45周年を迎えた大阪・サンパウロ姉妹都市提携記念事業の一環とし、親善大使として3月9日から2週間訪日した奥泉みどりさん(19、三世)が報告のため来社した。 生まれは聖市だが、4歳から小学校5年まで愛知県豊川市で過ごしたデカセギ子弟。昨年の日本語センター主催スピーチコンテストで優秀賞を獲得し、親善大使として訪日する機会を得た。 今年6月に大学受験を控えていたものの、「私にとって世界一、憧れの国。この機会を逃したらもったいない」と、かねてからの希望を優先したという。 市役所や友好都市協会を表敬訪問し、大阪城や道頓堀など観光地も訪れた。「実際に行ってみたら、文化や歴史など勉強になることがたくさんあった。子どものとき感じた日本と、また違う発見があった」と、充実の日々を振り返った。 「姉妹都市友好の架け橋として貢献できることは魅力。日本語を勉強して訪日のチャンスを得られれば、言葉にならないくらいの経験ができる」と、日語学習者にエールを送った。
ニッケイ新聞 2015年5月28日 笠戸丸移民の4割を占めた325人の沖縄系移民の足跡を徹底調査した『笠戸丸移民 未来へ継ぐ裔孫』(赤嶺園子著、306頁)が発売中だ。80レアル。 本紙と提携関係にある沖縄タイムス(本社・那覇市)から昨年10月に発行、ニッケイ新聞が編集協力した。 市町村別に、ブラジル永住者、アルゼンチン転住者、帰国者にわけ、生年月日、渡伯時年齢、没年、子孫の数などを詳細に記録。家族、知人の証言や書類、新聞記事、写真などを元に初期移民の生き様に迫っている。乗船者リストや写真なども盛り込んだ移民研究の資料として価値のある一冊だ。 著者の赤嶺さんは57年に移住、両国で大学を卒業し、琉球大学大学院で修士号を取得。サンパウロ市で「ソールナセンテ人材銀行」を経営している。 「移住した自分が恵まれた環境にあるのも、先人の血を吐く様な苦労があったからこそ」と思い立ち、ブラジル、アルゼンチン、沖縄まで自費で墓参しながら子孫を訪ね歩き、〃鎮魂〃ともいえる取材を数年かけて行ってきた。 「栄養失調や事故、結核で亡くなった人も多い。本にはとても書けないようなエピソードもあった」と目頭を押さえる。 「移住の歴史が風化している今、若い世代に読んでもらいたい。成功した人は一握り。帰りたくても帰れなかった先人の苦労を偲んでほしい」と話している。 ニッケイ新聞(11・3340・6060)、ソールナセンテ人材銀行(3276・5155/3208・5266)ほか、各日系書店でも扱っている。 なお、ポルトガル語版(50レアル)も刊行されており、同人材銀行のみで取り扱っている。
ニッケイ新聞 2015年5月27日 ブラジル北海道協会(大沼宣信会長)が31日午前11時より、同協会(Rua Joaquim Tavora, 605, Vila Mariana)で「第20回北海道祭り」を開催する。入場無料。 同会所属の理事会、婦人部、「ひぐま会」(青年部)、YOSAKOIソーラングループ「一心」、ボーイスカウトが合同開催する。 例年、会員手作りの郷土料理が人気を集めており、特に「焼いか」や「北海ちらし」は毎年完売する好評ぶり。恒例の「焼にしん」は諸事情により、今年は「焼さんま」に変更された。「焼いか」「焼さんま」の前売り券は、前日まで同協会で購入できる。また、「一心」や婦人部による日本舞踊などのショーも披露も会場を盛り上げる。 来社した平野オストン副会長、上原政信理事は「サンマは北海道釧路産を用意しました。おいしい食事で親睦をふかめましょう」と来場を呼びかけた。 問い合わせは同協会(11・5084・6422)まで。
ニッケイ新聞 2015年5月27日 高知県人会(片山アルナルド会長)は31日朝7時半より、静岡県県人会(Rua Vergueiro, 193, Liberdade)で「高知祭り」と「カラオケ祭り」を併催する。 同会婦人部による手作りの「鯛めし」や「カツオのたたき」、「姿寿司」や、柚子の町として知られる高知ならではの「柚子もち」の販売が行われる。カラオケ祭りでは、会員非会員合わせて360人が夜中まで自慢の歌声を披露する。 片山会長、東かよこ副会長、広瀬マリオカラオケ部長が来社し、来場を呼びかけた。問い合わせは同県人会(11・3031・6799)まで。
ニッケイ新聞 2015年5月28日 岡山県人会元会長の岡詢(まこと)さんが聖市内ベラ・ビスタ区のパウリスターノ病院で26日午前9時40分頃、パーキンソン病のため亡くなった。享年76。 東山農場実習生の第1期生として1958年に来伯した。研修終了後は同農場で働き、その後は自ら、農業機械の修理や、販売を行う会社を経営した。 岡山県人会長を10年以上に渡って務め、県費留学生の支援などを積極的に行った。任期終了後も同県人会名誉会長として各会に参加し、同県人会の振興に務めた。初七日や四十九日法要の場所や日程は未定。
ニッケイ新聞 2015年5月27日 宮城県人会の中沢宏一会長が3日、聖州アチバイア市の中沢スポーツ教育センターに「綿とモリンガ視察小旅行」を挙行した。月2回同県人会館で実施する市場「青葉祭り」や、県人会関係者ら約50人が参加した。 自身が栽培する綿とモリンガに対する理解・関心を広めることが目的。その栄養価の高さと多様な効能から〃奇跡の薬木〃と呼ばれるモリンガは、葉を煎じて飲むと血圧や血糖値、コレステロール値などが正常化し、健康になるという。青葉祭りでは同センター産の茶葉を販売している。 「医者いらずの薬木・モリンガ」と題した寄稿(5月1日付け)を本紙に寄せた専門家の野澤弘司さんが講演を行なった。聴衆の中には愛飲者もおり、「体の調子が良く感じる」「暴飲暴食でも血圧の上昇が抑制された」「朝の目覚めがスッキリした」など体験談を寄せていた。 敷地内に植えられた7千本の苗木を視察し終えた一同からは、「モリンガの天ぷらなど、関連食品も開発・販売したい」「体験発表会を行なって、効能などを改めて知りたい」という感想が聞かれた。 また、同センターで栽培中の綿については、2メートルほどに成長した生育状況を確認。綿は東日本大震災で被災した福島県で復興シンボルとされていることから、中沢会長は復興支援を目指し、被災地から届けられた種から育てている。収穫予定は6月ごろ。今後は商品化、販売に向けた協力体制をさらに固めていくと確認した。 同会長は「貴重な意見交換の場となった」と振り返り、「青葉祭りを活用して、健康相談会など盛んな活動を進めたい。綿作に関しても、ブラジルから復興支援の協力を届けられれば」と意気込んだ。
