ニッケイ新聞 2012年11月8日付け 2013年に県人ブラジル移住百周年を迎える岐阜県で、東海地方で育ったデカセギ子弟の若者が中心となって設立したNPO団体「Mixed Roots×ユース×ネット★こんぺいとう」がこのほど、岐阜県人ブラジル移住百年誌を制作することになった。進学や就職で困難な状況に置かれている南米出身の若者を、職業教育や就職先の開拓などを通じて支援する目的で結成された同団体。制作する記念誌から先人の歴史、自分たちが日本にいる理由を知り、将来に迷い自己肯定感の低いデカセギ子弟に自信や希望を持たせるとともに、岐阜に関係する当地在住者と母県住民が繋がる新しいきっかけを作りたい考えだ。 団体設立は今年の5月。活動拠点は同県美濃加茂市に置き、創立者7人の大半が大学講師や医療通訳、自治体の外国人相談員として働くデカセギ子弟だ。同代表は、リオ出身で岐阜市在住の渡辺マルセーロさん(三世)。13歳で訪日して高校、岐阜大学を卒業し、病院で働きながら行政書士試験に合格し、事務所を開いている。「岐阜にはたくさんのブラジル子弟が暮らしているが、未だ不就学児もおり、地域からの理解も低い」と語るのは愛知淑徳大学准教授で、同団体の理事、アドバイザーを務める小島祥美さん。日本の報道によれば、中学校から高校に進学するデカセギ子弟の割合は、愛知や岐阜などの集住地で8割程度。なかには6割にとどまる自治体もある。日本語能力の乏しさに加え、不況で親が仕事を失い、経済的な問題で進学を諦める人もいるという。「支援をされる側でなくする者として、外国にルーツをもつ子どもが活躍できる社会をめざし、地域社会の活性化や住みよいまちづくりに寄与する活動を実現したいと思った」(小島さん)記念誌では、伯国と岐阜の架け橋となって活躍した歴史的人物の業績、県内でデカセギ子弟への支援活動を行う団体、伯国と岐阜をつなぐ人々、岐阜在住外国人の現状などを取材し、紹介する。県内に暮らす外国人住民に対する理解を深め、多文化共生社会作りへの貢献を目指していく。発刊予定は来年3月。子供も理解できるような平易な日本語とポ語で表記し、完成後、来年1年間を通して県内の学校で冊子と写真を用いた移民の歴史を考える参加型学習、移民の写真展実施なども計画している。そこで同団体では、当地在住の岐阜に縁のある移住者に対し、移住する前の母県での生活や景色、移住時や移住後のブラジルでの生活(移民収容所や船の中、仕事姿、学校、家族で集まっているところ、街や店の風景など)の写真や、ブラジルでの苦労話、岐阜での思い出などをつづった寄稿を呼びかけている。写真、寄稿文の提供は岐阜県人会で受付けており、山田彦次会長も「全面的に協力したい」と話している。 県人会事務所の連絡先は次の通り。住所=Rua da Gloria, 279, 2o. andar, sala 21, Liberdade、電話=11・3209・8073、FAX=同3208・4207、メール=gifukai@nethall.com.br)。受付は11月末まで。提供にあたっては提供者の名前や出身地、写真の時代と簡単な説明文が必要。問い合わせは同団体の渡辺さん、小島祥美さん(メール=youth.conpeitou@gmail.com、HP=www.youth-conpeitou.blogspot.jp)まで。
Mês: novembro 2012
ニッケイ新聞 2012年11月7日付け ブラジリア空港に到着した故郷巡り一行はバス3台に分乗し、さっそく市内観光へ。チョビ髭のバスガイド、ジョアン・パリトーさんはボソボソと首都建設の歴史を説明し始めた。「やがて、国家の重要な決断を行なう頭脳に変貌する、この中央高原、この原野より、今一度わが国の未来に眼を注ぎ、その大いなる前途に、強固な信念と無限の信頼を抱いて、黎明を予見するものである」。1956年1月に就任したジュッセリーノ・クビチェッキ大統領(以下、JK)が、同年10月に遷都予定地を初めて訪れた時の有名な言葉を、滔々と暗誦しはじめた。さっそくガイドに近寄り、藤川さんから聞いた「首都がイナウグラソンされたのが1960年4月21日。その日に三権広場に立つと、朝日がH型にそびえ立つ連邦議会ビルの間から昇るように設計されている」という噂を確かめると、「その通りだ」と当然のように答えた。「やはり」と合点がいく。エジプトの有名なラムセスⅡ世により紀元前1250年頃に造られた「アブシンベル神殿」は、彼の誕生日(2月22日)には、一番の朝日が47メートルも奥にある彼の像を照らすように設計されているのに似ている。近代都市ブラジリアの設計は、古代エジプトを発想の源泉としているようだ。というのも『ブラジリア日系入植五十周年』(以下『ブ五十周年』と略、Feanbra、08年)の中で、同地在住で元日本国大使館顧問弁護士、今井眞治さん(コチア青年)が、こう要約しているのを読んだことがあるからだ。「ブラジリアでは、すべてのものがエジプトのタロットの哲学とヘブライのカラバの数理学を基礎としている」(77頁)。そもそもこの町の形が鳥形で、エジプト神話の鳥イビスを発想の源泉とするデザインだと今井さんは書く。あちこちの細部にもピラミッドが散りばめられており、その一例はJK記念館だ。上部を切り取ったピラミッド構造をしており、ガイドは「彼はエジプトやピラミッドに興味を持っていたから、この形になった。下には遺体が安置されている」と説明し、まるでエジプトの王族扱いだ。最もモダンで人工的な都市の核心には、実は人類最古の文明のカケラが秘められている。国会議事堂に関する今井さんの説明も興味深い。連邦議会ビルは2本のビルが中間でつながれたH型をしているが、これはHOMENの頭文字で、直立した人間の不死身性を表現しているのだという。さらに上向きのお椀は「下院」で、下からの民衆の力を示すと同時に、宇宙のエネルギーを吸収することを意味する。下向きのお椀は「上院」で力のコントロールを示すと同時に上から吸収した宇宙のエネルギーを開放する(『ブ五十周年』79頁)という。さらに陸軍総本部ビルの入り口へ。1822年にポルトガル軍とバイーアで戦って勝った独立の英雄〃陸軍の守護者〃ドッケ・デ・カシアスが使っていた楯を横にした形の巨大な門構えで、内壁はフクロウのように見える図柄がある。これはカシアスがフリーメイソン会員で、彼の属したそのグループのシンボルがフクロウだったことから図案が生れたという。フクロウの前で手を叩くと、木霊が響きわたるようにオスカー・ニーマイヤーが設計しており、独特な神秘空間になっている。(つづく、深沢正雪記者) 写真=故郷巡り参加者のみなさんの後ろにそびえ立つ2本のビルが連邦議会。中央が通路でつながってH型をしている この連載はこちらでご覧になれます。http://www.nikkeyshimbun.com.br/2012/2012rensai-fukasawa9.html
ニッケイ新聞 2012年11月7日付け 在サンパウロ日本国総領事館(福嶌教輝総領事)は5日、総領事公邸で『平成24年度百歳高齢者表彰』を行った。32人の対象者(うち3人が死去)のうち本人が14、代理人が2の計16人が出席し、福嶌総領事から記念品と賞状が手渡された。来賓には県連、文協、援協の日系3団体の会長に加え、日系老人クラブ連合会の松平和也副会長が駆けつけ、会場を訪れた家族・親族ら約50人らによって受賞者が祝福された。 今年の表彰者は全世界9在外公館の計60人。サンパウロ管内だけでその半分以上を占めた。挨拶に立った福嶌総領事は「日本から遠く離れ、言語や習慣、文化の異なる環境のもと、波乱万丈な人生を歩まれた後に百歳を迎えられたことは本当に喜ばしく嬉しい」と受賞者を讃えるとともに、「こういったご長寿は、家族・友人らとの温かい交流があればこそ」と来場した親族らにも敬意を示した。「嬉しくて嬉しくて、言葉になりません」と話すのは丸山よし古さん(100、長野)。編み物と読書、新聞を読むことが日課で、70代で始めたゲートボールも20年以上続けた。健康の秘訣は「毎日漬物を食べること」だそう。同伴した長女の平尾要子さん(77、同)は「周りの皆さんのおかげ。立派に賞状を受け取る母の姿を見て涙が出ました」と感慨深げに語った。1935年に来伯し、第一アリアンサを中心に25年間日本語教師として働いた市脇あささん(脇の『力』三つが『刀』、100、愛知)は「51歳で亡くなった夫から引き継いで、83歳まで教師を続けた。当時は仕方なく引き受けたというのが本音だけど、今はやって良かったと思う」と振り返る。「もう流石に教師は出来ないけれど、まだまだ頑張って生きていきたい」と元気一杯に語った。新聞を読むことが何よりの楽しみだという藤田恭ヒサ(人偏に『久』、99、鹿児島)さんは、戦前戦後と二度に渡ってブラジルに移住した経歴を持つ。24年に家族とともに渡伯、30年代前半に、先に日本に戻った両親からの声を受け帰国した。大阪などで会社員として働くものの、「心はいつもブラジルにあった」という。父の死をきっかけに、58年に呼び寄せで再渡伯し、トマト栽培など農業を営んだ。「どうしてもブラジルが忘れられなくてこちらに来たのに、日本からこんなに立派な賞を貰えるなんて本当に光栄」と笑顔で話した。孫の文岡正樹さん(44、二世)は祖父の受賞に目を細め、「凄く嬉しい。この年になっても毎日元気に過ごすおじいちゃんを見ていると、自分ももっと頑張らなければ、と奮い立たされます」と話していた。
【ガリバルジ市発・石橋恭平記者】リオ・グランデ・ド・スル(南大河)州の日系人がほとんどいないガリバルジ市で「第1回日本文化祭」が10月18、19日の両日、同市内のファクルダーデ・フィスルで開催された。日本文化に触れる機会の少ない同市民や同州内から日本文化に興味を持つ来場者約1000人(主催者発表)が、2日間で同祭に足を運んだ。同祭はポルト・アレグレ駐在官事務所、同市消防団、国際交流基金の共催で行われ、ポルト・アレグレ文化協会(ACJ、菅野和久会長)やカシアス・ド・スル文化協会(高梨輝久会長)会員などもブースを出展。また、県連(園田昭憲会長)が国内交流基金で聖市から招いた藤間流日本舞踊学校の藤間芳翁理事長の日本舞踊や琉球國祭り太鼓の演奏も披露され、来場者を楽しませた。 日本政府の草の根・人間の安全保障無償資金協力による「ガリバルジ消防団救急車整備計画」で、2011年12月に救急車1台を同市に贈与したことが同祭開催のきっかけとなり、ポルト・アレグレ駐在官事務所の後藤猛領事が発案し同祭の実現に至った。 18日午後7時半から開かれた開会式には、後藤領事、在ポルト・アレグレ・ドイツ総領事館のハンス・オベル総領事や在ポルト・アレグレ・イタリア総領事館のアウグスト・バカーロ総領事、シラノ・シジロット同市長などが出席。後藤領事は「ガリバルジ市と日本移民の交流をさらに促進したい」と述べた。 同日、国際交流基金が派遣した酒ソムリエの与那城ヤスミンさん(25、3世)による日本酒の講演なども行われ、会場に用意された約100席はすぐに埋め尽くされた。 その後、同日のフィナーレでは同祭関係者によって鏡割りが行われ、日本酒が来場者全員に振る舞われた。会場となった講堂には、ひな壇や日本人形、日本食の模型などが展示され、多くの来場者が初めて見る様子で、興味深げに写真を撮っていた。 翌19日には、生け花と書道、日本の漫画、玩具などの展示のほか、折り紙、切り紙、すし、手巻きずし、焼きそば、焼き鳥なども販売された。 同校の体育館に設置された舞台では終日、剣術、日本舞踊、琉球太鼓、コスプレ、カラオケ、ガウーショの伝統的ダンスなどが披露され、活気に沸いた。 子供の時から日本文化に興味を持っていたというポルト・アレグレ在住のパウロ・ジッキさん(65)は「多くのブラジル人が、この祭りで日本文化を知ることができるので素晴らしい」と話し、ガリバルジ市役所で勤務しているレサンドラ・ミラニさんは「非常に良かった。来年もぜひ、やってほしい」と笑顔で語った。また、セーラー服のコスプレを着た同州カシアス・ド・スル市在住のマリア・エッシェルさん(17)は「初めて見るものが多くて面白かった」と目を輝かせた。 園田県連会長は「日本文化の無いところで、チャンスを与えてくれた町は素晴らしいと思う」と同祭の実現を喜んでいた。後藤領事は同祭を振り返り、「大成功。来場者の反応もすごく良かった」と満足した様子だった。 2012年11月8日付
大阪なにわ会(下平尾哲男会長)内の医療関係専門家グループ(秋山一誠代表)主催の2012年度なにわ会恒例健康座談会「年をとれば体を動かしましょう」が、11日午後2時から同4時まで聖市ビラ・マリアーナ区の同会館(Rua Domin gos de Morais, 1581)で開催される。入場無料。 同グループは府費で大阪に留学したOBの集まりで、その中で医療従事者が中心となって活動をしている。講演は、同グループ会員の大町レジーナ医師による「健康のために1人でできるマッサージ」など5講演が行われる。日本語で実施される予定。 そのほか、希望者は血圧測定と健康についての相談を無料で受けることができる。また、参加者全員の盆踊りも計画されている。案内に来社した山本剛介副会長は「ぜひ、お誘い合わせの上お越し下さい」と来場を呼び掛けた。問い合わせは、大阪なにわ会(電話11・5549・7226)まで。 2012年11月8日付
島根県人会(足立操会長)主催の第8回慈善バザーが、11日午前10時から午後5時まで聖市プラッサ・ダ・アルボレ区の同県人会館(Rua das Rosas, 86)で開催される。 バザーでは、手芸品、盆栽、折り紙、陶芸、パッチワークなどの手作り品を約30人のバザリスタが出店。また、会場では太巻き、福神漬け、シイタケ、おこわ、ボーロなどの食品類も販売される。 案内に来社した村上アンドレ副会長、浜野稔、宮村径行両理事、バザー担当の和田・森美春さんによると、慈善バザーは年々来場者が多くなり、昨年は約400人が来場。売り上げ約2万5000レアルのうち、15%分(約3750レアル)を病人用のベッドとして希望の家に寄付したという。今年の売り上げは、やすらぎホームに寄付を行う。 一行は「毎年家族連れが多く、たくさんの品物を買っていただいています。バザーではくじ引きも行うので、ぜひご来場ください」と呼び掛けている。入場無料。 2012年11月8日付
山形県人会(押切フラビオ会長)主催の第9回山形民謡コンコールが、11日午前9時から午後4時ごろまで聖市リベルダーデ区の宮城県人会館(Rua Fagundes, 152)で開催される。 同大会は山形民謡だけを歌い、今年はパラナ州ロンドリーナなど遠方からも含めて約80人が出場する。また大会は年齢別の各カテゴリーで行われるほか、過去の同大会優勝者及び各民謡大会で伯国代表として日本の大会に出場した人などによる部門もあるという。 さらに、来年は山形県人会創立60周年記念行事の一環として同大会が10月下旬に開催され、日本から民謡使節団の来伯も予定されている。 そのほか今大会には、ゲスト出演として昼過ぎごろに舞踊・太鼓集団「優美&喜楽」と「レジストロ大和会」メンバーによる舞台も披露される。 案内に来社した篠原俊巳副会長、同大会実行委員長の塩野彰氏は「グランプリには(芸術家の)豊田豊氏のトロフィー、過去の大会出場の入賞者には豊田氏の版画が贈られます。当日の飛び入りも歓迎していますので」と来場を呼び掛けている。入場無料。 2012年11月7日付
県連(園田昭憲会長)は10月25日に開かれた10月度代表者会議で、文協ビル5階部分の正式な売買契約を援協(菊地義治会長)と結んだことを明らかにした。 県連は以前、事務所を文協ビル3階に構えていたが、手狭になっていた。そのため同ビル5階部分を買い取り、改装後「県連センター」として機能させることを、昨年1月の県連代表者会議で決定していた。 しかし、同ビル5階の所有権を持っていた援協と行政との間に税金納付などをめぐるトラブルが生じ、譲渡に必要な書類がそろわず、移転が難航していた。 今年2月に援協から無償貸与を受け、ひとまず県連事務所は5階に移転したものの、正式な売買契約は結んでいなかった。そのため、これまでは改装工事を行うことができず、フロアの半分しか使えない状態が続いていた。 県連側は書類がそろったことを受け、10月中に購入額47万レアルの半分にあたる23万5000レアルを双方合意の下に支払い、ようやく着工できる準備が整った。 内装の仮図面は既に出来上がっており、これによると約70人が収容できる大会議室をはじめ、台所や資料保管室などが設置される見通し。また、一部は各県人会に事務所として貸し出す予定で、現在事務所を持たない埼玉県人会などが入居を希望している。施設の外部貸し出しについても検討していく。 園田会長は同会議の中で「これで明日にでも着工できる」とした上で、「あくまでまだ図面は仮のものなので、今後皆さんから意見を頂きたい」と話した。 2012年11月6日付
ニッケイ新聞 2012年11月6日付け 第38回を数える県連故郷巡り一行は9月29日午前9時半、聖市のコンゴーニャス空港に集合してブラジリアへ向かった。たまたま隣に座った、いつもおしゃれな小原あやさん(91、岩手)=ボツカツ在住=に、さっそく旅の一番の楽しみは何かと問うと、「初めて行くマラニョンね。でもね、砂漠は見たいけど砂に触るのはイヤ」と初々しく即答してきた。 良家の子女の雰囲気を漂わし、上品でお淑やか、か弱そうにすら見える小原さんだが、実は戦前から日赤で看護婦をし、戦場から送られてくる腸チフス、結核などの伝染病患者を看ていた。実は性根が座っていて、自他ともに認める「気の大きさ」がある。「戦地に赴いた婚約者を10年以上待ったが帰ってこなかった」との言葉から、深い絶望が漂う。小原さんは思い切って構成家族という形を取って、56年に一人で渡伯した。父は小さい頃に死んだことから、女手一つで育ててくれた母には「移住の1カ月前に知らせた。でも許してくれた」とポツリ。小原さんの話を聞くにつれ、期せずしてテレビの大河ドラマでも見ているような気分になる。移民人生のドラマを謹んで鑑賞する――これが故郷巡り同行取材の醍醐味だと痛感する。 ☆ ☆ 逆側に座った藤川修子さん(よしこ、83、岡山)と雑談していたら、今度は「終戦直後47年から3年間、モジ市コクエイラ区のカザロン・デ・シャー(お茶屋敷)で働いていた」というので驚いた。連邦文化遺産にも指定された貴重な日系史跡であり、「木造のガウディー」を思わせる不思議な建築だ。「揮旗さんが日本から宮大工を呼んで作らせたの。『釘を一本も使ってない』って、支配人の浪江さんがいつも自慢していたわ。あの頃、2、30人働いていたかしら。実は降旗さん本人を見たことないけど、息子さんはサンパウロでオーケストラに入っているとかで、夕方にバイオリンを練習しによくカザロンに来ていたわ」とうっとりした表情で思い出す。茶摘み娘たちがせっせとお茶を揉んだり、袋につめたりする作業の手を休めた瞬間、夕陽のお茶畑を望むお茶屋敷の二階からは、ドーノの息子がバイオリンでクラシック音楽を練習する音が響く――という光景は、当時の文化村コクエイラを彷彿とさせるものだ。揮旗深志(ふりはた・ふかし、1891―1971年、長野)は北海道大学農科卒の当時としては珍しい農学士で、1926(大正16)年から月刊誌『農業のブラジル』(農事通信社)を堂々たる活字印刷で発行し、農業界を牽引した。コロニア雑誌としては最初の本格的な出版物であり、インテリ揮旗の息子らしい逸話だ。あのカザロンが〃生きていた〃頃を知る貴重な証言だと、思わず書き留めた。一行は124人もおり、飛行機はほぼ貸しきり状態だ。機内を見渡しながら、参加者一人一人が色々な物語を抱えているのだと襟を正した。 ☆ ☆ ブラジリア国際空港に到着すると、ロビーには柴田アゴスチーニョ空軍予備少将が出迎えに来ていた。将校自らで迎えるとは、どんなお偉いさんが到着したのかとキョロキョロしていたら、一行のレジストロ在住の松尾仁(ひとし)さんの出迎えだった。「わざわざ来てくれたんだ!」と喜ぶ松雄さんと抱き合っている。よく見れば柴田少将の頭にはスドエステ野球の帽子が。「50年前に聖南西野球大会で優勝した時の仲間なんだよ」と松尾さんは破顔一笑した。(つづく、深沢正雪記者) 写真=左から柴田予備空軍少将、右が松尾さん/小原あやさん/藤川修子さん この連載はこちらでご覧になれます。http://www.nikkeyshimbun.com.br/2012/2012rensai-fukasawa9.html
ニッケイ新聞 2012年11月6日付け 聖南西のレジストロ文協(金子国栄会長、約280会員)主催の「第58回レジストロ灯籠流し」が1、2日の両日、市内を流れるリベイラ川沿いのプラッサ・ベイラ・リオで開催された。州内外からの多くのバスが会場を訪れ、近隣などからも過去最多の1万5千人が来場するなどの賑わいをみせた。「死者の日」(フィナードス)にあたる2日は終日曇り空で時々小雨に見舞われたが、2500基の灯籠が彩り鮮やかに川面を染める頃、雨はやんでいた。夜が深まるにつれリベイラ涼風太鼓、民謡大和会などによる余興、盆踊りで盛り上がり、会場は訪れた観客らで埋め尽くされた。 レジストロ灯篭流しは1955年、リベイラ川での水難犠牲者の霊を供養するため7基の灯籠を流したことが発端となり、現在まで続いている。同地文協、市、ブラジル日蓮宗、レジストロ・ベースボールクラブが共催で、地域の一般ブラジル人も多数動員する同市最大のイベントの一つとして定着した。広場ではヴァーレ・ド・リベイラ日系団体連合会(FENIVAR)やレジストロ文協、日語学校などが協力してヤキソバなどの日本食を販売。絶えることなく人が集まる盛況ぶりで、名物のマンジューバの刺身も午後8時頃には売り切れる人気だった。午後7時頃から「世界平和祈願並びに先没者慰霊」の法要が、日蓮宗、カトリック教会、西本願寺、生長の家、立正佼成会、大本教の合同で川岸の水難犠牲者追悼碑前で執り行われた。福嶌教輝在聖総領事、安部順二下議、サンドラ・ケネディ市長、近隣の文協代表や一般市民など約400人が焼香した。法要の最中からリベイラ川の清め式が始まり、鯉のぼりと色とりどりのすだれで飾られた船が川を上下し、太鼓を鳴らして祭りの開催を告げた。午後7時半頃から追悼碑のある前を灯籠が流れ始め、夕闇が迫る中、無数のほのかな光が川面を彩り、岸辺まで降りて魅了される人が続々と現れた。午後10時頃からは花火が打ち上げられ、盆踊りでは総領事や市長もまざって炭坑節を踊り、午後11時半頃まで盛り上がった。イベントの実行委員長も務めた金子会長は、「地元以外でも注目を集めてきている。初めて来た人はこんなに大規模だと思わなかったって喜んでいました」と嬉しそうに話した。灯籠流しに先立ち奉納相撲として2日午前中から午後にかけ、敷地内の土俵で相撲大会が行われた。オザスコ、サントアマーロ、イタペチニンガ、イビウーナなどから総勢約60人の力士たちが集い、地元レジストロの子供たちが数多く集まって大声援を上げる中、男女別、年齢別に分かれ白熱した試合が繰り広げられた。同地での相撲大会出場は3回目という山口潔士くん(12)、直毅くん(10)兄弟は柔道の稽古も受けており、ほとんどが非日系の選手の中で揃って優勝。母の弥生さん(38、二世)は、「家族で一緒に来られるので、いつも出るのを楽しみにしています」と笑顔を見せた。
ニッケイ新聞 2012年11月6日付け 兵庫県人会(尾西貞夫会長)が10月21日、恒例の「親睦ピクニック」を開催し、晴天に恵まれた中、バスで聖州イタペチニンガ市のフィッシング・パーク・アクアチコを訪れた。75歳以上の夫婦4組、92歳の秋村艶子さんなど高齢の会員も元気な姿を見せ、これまでで最多の70人が参加した。車内では小林咲子副会長が同パークや市の説明を行い、また元留学生や役員らが朝食で参加者をもてなした。参加者は早朝の眠気も吹き飛ばし、互いの再会を喜び会話に花を咲かせた。パークでは経営者・伊藤実さんの息子が出迎え、広いレストランや敷地内の設備を案内。また、「イトーグラス(芝)」グループの創始者でもある父・実さんが農業功労者として、山本喜誉司賞を受賞したことなどを紹介した。全員心行くまで広大な敷地を見学して回った後、魚釣りやマレット・ゴルフなどレジャーを楽しみ、昼食を食べながら交流を深め合った。帰路のバスの中では、長年会を支えてきた高齢会員が親睦ピクニックを喜ぶ声が聞かれた。またUCC上島珈琲、川崎重工、ハリマ化成からの差し入れもあった。一行は午後6時頃リベルダーデに到着、再会を約束し各自帰途に着いた。
ニッケイ新聞 2012年11月6日付け 青葉健康生活協会(中沢宏一会長)は恒例の『青葉祭り』を、17日午前7時から宮城県人会館(Rua Fagundes, 152)で開催する。農協婦人部連合会(ADESC)による有機野菜や味噌、漬物、菓子など手作り食品や薬草等販売のほか、家紋の無料調査・展示販売や池泉三郎さんによる餅つき、小児ゼンソク背骨矯正治療や整体、指圧も行われる。食堂メニューははらこ飯、さんま焼き定食、イカぽっぽ焼き定食など。問い合わせは同県人会(11・3209・3265)まで。
【東京支社=瀬頭明男】海外日系人大会出席のため来日中の山下譲二文協副会長夫妻、本橋幹久県連副会長、二宮正人サンパウロ総合大学教授4人が10月30日、首相官邸に藤村修官房長官を訪問、懇談した。懇談は首相官邸応接間で行われ、藤村長官が国会開会中で超多忙とあってわずか15分ぐらいで終わった。 懇談では本橋副会長がそれぞれ日本祭りや、東北被災地応援ツアーなどについて説明。官房長官は大震災では物心両面で応援をいただきありがたかった、と謝意を述べるとともに、被災地応援ツアーについて「被災地訪問とはいいことですね」と語った。 また山下副会長は、サンパウロ市が2020年の万博開催に名乗りを上げていることを伝え、「日本の文化紹介に最適の機会と思う。万博開催に向け日系社会も協力しており、ぜひ日本本国の応援もお願いしたい」と要請した。さらに、これからの日伯交流の活性化には欠かせないと、「日伯相互ビザ免除協定締結に向け、前向きな取り組みをしてほしい」とも要請した。これらの要請に官房長官は、「前向きに検討、実現するよう努力したい」と答えた。 2012年11月2日付
日系人の重国籍など宣言案発表 【東京支社=瀬頭明男】「共に歩もう日本再生の道―問われる海外日系社会の課題」をテーマに開催されている第53回海外日系人大会は10月31日、東京・市ヶ谷のJICA研究所で参加日系人の代表による代表者会議を開いた。同会議の最後に、会議で討論された内容を盛り込んだ大会宣言案が作成され発表された。宣言案には、日本文化の海外での普及に努力する決意表明、日系人の重国籍を日本政府が認めるよう求めた要望、1世の里帰り事業を始めた海外日系人協会への感謝などが盛り込まれた。同案は全体会議に提案、承認を得て初めて正式な大会宣言となるが、これまでの例でいけば修正動議などは出る可能性が低く、このまま認められることになりそうだ。 代表者会議の討論は、「日本文化と日系社会」「在日日系人」「日系ユース」の3分科会で行われ、各分科会で得られた宣言案をまとめて大会宣言案を作成した。 宣言は「日本文化と日系社会」分科会が、(1)日本文化の一層の普及と日本語教育の推進に努める(2)日系人の重国籍を認めるよう日本政府に求める(3)1世の里帰り事業を行う海外日系人協会に感謝する(4)海外移住資料館の運営の充実に期待、という4項目。 「在日日系人」分科会は、日本で活動する在日日系人への支援の継続の1項目を提案。また「日系ユース」分科会は居住国と日本の交流促進に務める、という1項目を大会宣言案として提出、その提案全部が盛り込まれ6項目の大会宣言となった。 この中でも特に参加者たちが重要視したのは「重国籍」の問題で、これを正式に日本政府が認めるかどうかが、今後の日系社会の浮沈にかかわってくるとしている。討論では、「日本国籍者が海外に増えることにつながり、海外日系社会の強化と日系人を有効に使った国際交流の実現につながる」との意見が出された。 ただ、参加者の多くは、実現までには道程は長いと考えている人が多く、日本国内でこうした海外日系人の考えを理解してくれる人が増えない限り無理だろう、と悲観的な見方をする人も多い。 また、参加者の中には「やっと獲得した在外選挙権も十分に活用されておらず、この低投票率(低い選挙人登録)では、日本政府もなかなか神輿(みこし)を上げてはくれまい。海外在住の日本人で選挙権のある人はとにかく選挙人登録をし、日系人の日本への関心の高さを知ってもらうことが先決」と指摘する人もいた。 2012年11月2日付
Representantes do Brasil têm audiência com Fujimura, chefe de gabinete do primeiro-ministro do Japão
Representantes do Brasil têm audiência com Fujimura, chefe de gabinete do primeiro-ministro do Japão
Escrito por Célia Abe Oi Qui, 01 de Novembro de 2012 17:48 Jorge Yamashita, vice-presidente do Bunkyo,...
サンパウロ日伯援護協会(菊地義治会長)は10月27日、聖市リベルダーデ区の援協本部5階で第4回通常評議員会(大原毅会長)を開いた。会の冒頭、委任状の提出を含めて29人が出席したことが発表された。全評議員52人の半数を上回ったため、会議は有効となった。同会議では、先に開かれた定例理事会で承認を得ていた「2013年度事業計画案」と「13年度予算案」が読み上げられ承認されたほか、理事及び補充理事、正監査役及び監査役補のシャッパがそれぞれ承認され、菊地会長の続投が決定した。 あいさつに立った菊地会長は、サンミゲル・アルカンジョ市に建設中のSUS病院について「12月に落成式を行う。短期間で事業を推進できたことにお礼を申し上げます」と関係者に謝意を述べた。また、グアルーリョス市に新設を予定している特老施設の話題に触れ、「移住者が最期を過ごす介護病院」と紹介。さらに、援協の目指す方向性について「短期的には公益団体の認可取得、長期的にはPIPAの事業推進」と言及した。 続いて、佐々木弘一会計理事が「13年度事業計画案」と「13年度予算案」を読み上げ、承認を求めた。大原評議員会長が「反対の人は挙手を」と呼び掛けたが手を挙げる人は皆無で、両案はいずれも満場一致で承認された。 同事業計画案と予算案には、グアルーリョス市の施設に関する項目も含まれている。援協が次々に新事業を進めることについて、役員の中には「福祉団体の認可を取るための事業」と必要性を認めながらも、「無理してやらなくても」と警告を発する人もいた。 その後、選挙管理委員会(山内淳委員長)の主導で13、14年度の理事及び補充理事、正監査役及び監査役補の選出が行われた。理事と監査役でそれぞれ一つずつシャッパが提出され、いずれも承認を得た。 その後のあいさつで菊地会長は「援協は福祉団体として大きな社会的責任がある。基盤を守り、誠心誠意努力して参ります」と決意を語り、「次の選挙は次世代へのバトンタッチになる」と宣言し、次期限りでの退任をほのめかした。 同会議で承認されたシャッパの理事及び補充理事、正監査役及び監査役補は次の通り(敬称略)。【理事】菊地義治、毛利連、尾西貞夫、山下忠男、坂和三郎、与儀昭雄、園田昭憲、清水明、永山八郎、佐々木弘一、柴牟田寛、安次富ジョルジ、洲崎順、中田和男、井上健治、佐々木憲輔、盆子原国彦、安武誠、丸岡正秀、杉本教雄、税田清七、具志堅茂信、井上茂則、木原好規、辻雄三、高山ジェルソン、早川量通、山口正、山下治、壇定則。 【監査役】知念直義、小田セルジオ、石浜譲、藁谷美代、与座弘、前田徳栄。 2012年11月2日付
砂丘やジャングルの中を流れるプレギッサ川下りは10人程が乗れる、長さ8メートルのボートで河口までの約20キロを水面を跳ねるように下るもの。途中には約100年前に作られた小さな人工の運河や、ワニの出没スポットなども通り抜けた。 河口ではオフロードバイクの走行も楽しめ、幾人かの夫婦も仲むつまじく波打ち際を走っていた。また、カウボーイハットをかぶった園田昭憲会長も忙しい日常を忘れて一陣の風になっていた。 さて、県連ではふるさと巡りの拡大版として、日本の東北応援ツアーが11月4日まで行われている。旅行を通じて日本との懸け橋としても大きな役割を果たしている。また、それにだけにとどまらず、早くも次回のツアーの計画が立ち上がっており、来年3月下旬に実施する予定だ。南部の観光地、サンタ・カタリーナ州中心の旅程となり、移住地との交流ではサンジョアキンなどが候補に含まれているというから、ふるさと巡りファンならずともたまらない。 今回、首都のブラジリアと北東部のサンルイスとの交流が持て、次は南の大きな移住地が待っている。今、サンパウロだけにとどまらず、全伯の日本移民及び日系人とのネットワークが築かれようとしている。(おわり、植木修平記者) 2012年10月31日付
ニッケイ新聞 2012年10月30日付け 先週の県連の会議では、「フェスティバル・ド・ジャポン(日本祭り)」という名前に、ブラジルの特許庁から商標登録の認可が下りたことが発表された。これにより、他団体が県連の許可なしにイベント名としてこの名前を使用することはできなくなった。約4年前から出していた申請が、今月になってやっと通ったのだとか。「独占とは心が狭い」と思いきや、役員らによればあくまで身を守るための措置だという。「他団体からの申し出があれば、当然無償で許可します」とのこと。
ニッケイ新聞 2012年10月30日付け 今年7月に行われた県連日本祭りの文芸コーナーで、「ブラジル日系文学」(武本憲二会長)が主催した俳句、短歌、俳諧のコンクールの選考結果が発表された。郵送も含めた応募数は俳句85句、短歌46首、俳諧は一般66句、子供16句だった。俳句・短歌部門から5人が入賞し、俳諧部門からは10人が「第5回増田恒河賞」に選ばれた。授賞式は12月9日午前11時からブラジル日本語センター(R. Manuel de Paiva, 45, Vila Mariana)である。選考結果は次の通り(敬称略)。【俳句・特選】星野瞳選 フリアージン樹冠に坐る月太し(岩坂保、聖市)栢野桂山選、富重久子選 たまゆらの翅を閉ざした冬の蝶(青木駿浪、ボツポランガ)間嶋稲花水選 孫が打つ和太鼓響く日本祭(宮原育子、アチバイア)【短歌・特選】梅崎嘉明選ばあちゃんに日本祭を見せたくて車椅子押す孫は四世(吉田志乃婦、聖市)藤田朝日子選郷土祭届け祖国の被災地にヨサコイソーラン太鼓の響き(西田はるの、聖市)【俳諧部門(ポ語、第5回増田恒河賞)】エジソン・ケンジ・イウラ、テルコ・オダ選一般の部=マルリ・バルドゥコ・パルマ(1位)、ネイデ・ロシャ・ポルトガル(2位)、マリレナ・ブデル(3位)、マルコ・アントニオ・ソアレス(4位)、ファブリシオ・モデスト(5位)子供の部=ジェシカ・ジャシント・ドス・サントス(1位)、ジオバニ・アヴィス・ダ・コスタ(2位)、ファブリシオ・ソアレス・ぺリコロ(3位)、ラリッサ・ダ・シルヴァ・リベイロ(4位)、ヘレン・S・リベイロ(5位)。
