刑事裁判は間もなく刑が確定5件の訴訟問題を弁護士が報告 神奈川文化援護協会(永田淳会長)の定期総会が8日、第2次招集より1時間遅れた午前11時からサンパウロ市ビラ・マリアーナ区にある同会館で開かれ、28人の役員と関係者が出席した。また臨時総会も同時に行われ、定款改正について話し合われた。総会では2012年度事業・会計報告と、13年度事業計画・予算案が承認されたほか、同会が抱える計5件の刑事・民事の訴訟問題の経過を担当弁護士が報告した。10年に偽弁護士に公金約60万レアルをだまし取られた事件の刑事裁判は、間もなく判決が言い渡され刑が確定するという。 総会は大矢進貞同会副会長が議長を務め、まず永田会長があいさつ。「(総合資産の)60万レアルを今後どう使うか方向性をしっかりと定めたい。次世代に過去の不祥事を持ち込まないための努力が必要」と、任期4年目の決意を述べた。 続いて訴訟問題経過報告が行われ、豊田オスカル弁護士と半田ペドロ弁護士がそれぞれ受け持っている訴訟について状況を報告した。 浅川マルセロ偽弁護士事件の刑事訴訟問題を豊田弁護士が説明し、裁判が昨年9月に行われ現在判決待ちの状況。豊田氏によると「判事いわく判決は初犯のため実刑に処さない可能性もある」という。また被害額のうち約41万レアルは浅川被告の裏付けの情報に欠け、時間、経費がかさむため追及せず、裏付けのある18万3400レアルのみを裁判で審議しているそうだ。 しかし、有罪が下されても浅川被告は現在所在が不明で、連絡が付くかは分からない状況。裁判は近く判決が言い渡される予定だ。 続いて4件の民事訴訟問題を半田弁護士が報告した。同会が訴えている60万レアルの引き出しに関与したとされる10年当時の会長と副会長。また協会の許可なく預金を引き出させた、当時のサンタンデール銀行については、現在第2審判決を待っている状態だ。 また前会館売却の際に書類をそろえた仲介者の森西ユタカ氏から訴えられている裁判では、既に支払っている5万レアルに加え、さらに約9万レアルの支払いが求められている。その後、両者弁護士同士の話し合いにより約7万レアルを支払うことで合意したが、森西氏個人はその額に不満を示し、同件も第2審判決を待っている状況だという。 報告後、大矢氏が会員に向けた意見を述べ、「浅川被告からお金を取り返すのは難しいが、一刻も早い解決を望み、一体誰が何をどうしたのか知りたいだけ。有罪が下されれば似た手口の犯罪の抑止力にもなる」と切実に訴えた。 なお同日、定款改正についての臨時総会も開かれた。定款には前回改正した際に浅川被告のサインが記載されており、根本的な改正を行う予定だ。1カ月後の定例役員会で定款改正について意見を呼び掛け、さらに1カ月後に臨時総会を開催し、改正を決議することで承認された。 12年度一般会計では、収入が7万3405・89レアル、支出10万7251・66レアルで、3万3845・77レアルの赤字。その結果、会館売却などを含めた総合資産は60万8900・89レアルとなった。 コラム【モザイク】 神奈川文化援護協会の一連の刑事・民事の訴訟問題。大矢副会長によると過去に同事件を本紙で扱った際、「うちも同様の被害に遭った」と複数の県人会から連絡があったという。大矢副会長は「コロニアのためにも今後の裁判結果を伝える義務がある」とし、再発防止のため情報を公開する考えを示した。しかし60万レアルをだまし取ったにもかかわらず初犯のため、実刑に処さない可能性が高かったり、容疑者の所在が不明だったり、やったもの勝ちのブラジル社会に、ただ驚くばかり。モザイク子がいかに温厚な国で平和に育ったかを感じる。コロニアの皆さん、本当にお疲れ様です。 2013年4月10日付
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ニッケイ新聞 2013年4月6日 イタジャイーに一泊した一行は翌24日(日)の朝一番で、南西に180キロほどのサンジョアキン市に向かった。海抜ほぼゼロから標高1400メートルまでバスは4時間で駆け上った。伯国で唯一雪が見られる観光地、さらに〃リンゴの里〃として有名だ。 車窓から見える景色はみるみる山地特有の起伏の激しい様子となり、パラナ松がパラパラと生え、あとは牧草地といった光景が延々と続く。 午後1時、現地着。レストランで昼食後、4号車は下元慶郎さん(82、二世、聖州コチア市生まれ)が経営するリンゴ園を見学した。コチア産組創始者・健吉さんの次男だけあって人気者、次から次へと一緒に記念写真を希望する人が現れる。 慶郎さんは「もう約30年ここでリンゴをやっている。7割はフジ(日本)、3割はガーラ(ニュージーランド)。今まで景気がよかったが、不況で経費が掛かるようになり、最近はみんな苦労している。でも頑張って団結してこの不況を乗り切れば、またいい時代が来ると信じている」と力強く演説した。 最初は15ヘクタールやっていたが今は10ヘクタール(約1万本)に減らし、その分、密度の濃い手入れをしているという。今年の収穫は4月1日から始めると決めており、すでに枝にはたわわに実っている。 参加者からの「リンゴの中に甘い蜜ができるのは何時ごろ?」との質問に、慶郎さんは「4月半ば以降、5月に収穫する完熟したものには蜜がのっている。でも普通は早めに収穫して冷蔵庫に保存するので蜜はのっていない。というのは、蜜があると冷蔵時に長持ちしないから」と分かりやすく説明した。つまり蜜入りのリンゴは、5月中に直接に市場へ出回る季節のものだけのようだ。 入植時の苦労を尋ねると、「僕が入ったのは85年と遅かったから、初期の人が苦労してリンゴ団地を作った後。彼らに比べたら僕の苦労など微々たるもの」と答えた。それでも「この辺の土には岩がたくさん入っていて、それを何回も、何回もほじくり返して取るのが大変だったかな。でも日本から持ってきたマルバ台木が十分に根を広げてくれた」と付け加えた。 SC州が青森県と姉妹県提携をするのもリンゴが取り持つ縁だ。一行の青森県人会長の玉城道子さんも下元さんと、盛んに後沢憲志博士との思い出を語り合っていた。 その後、一行は市中央部のマトリス教会へ行き、07年に59歳で亡くなった二世で同地市議を2期も務めた彫刻家・大槻(おおつき)エウソン清隆(きよたか)さん(三世)の作品を見学した。説明をしたのは息子アンデルソンさん(34)で、祖父は聖州イタペチニンガ出身だとか。「父はいつもサンダル履きでTシャツ姿、貧乏なまま死んだ。そんな飾らない格好で市民から愛されていた」と振り返る。 州議に出馬して落選、落胆していた時、2000年から独学で彫刻を初めて死ぬまでわずか8年間に700体も完成させた。マキタの工具と歯科技工士用の器具で削り出し、独特の味わいを醸し出す。教会の庭には東洋風の顔をした一石彫りのマリア像、側室には780キロの紅石から心臓を掘り出した作品が展示されている。 「知られていない、埋もれた日系作家がまだまだ居るものだ」と参加者は口々にコメントし、感心した様子で熱心に見入っていた。(つづく、深沢正雪記者)
ブラジル南部4都市を訪問過去2番目に多い163人が参加 県連(園田昭憲会長)主催の「第39回移民のふるさと巡り」一行は3月22日~27日の6日間、サンタ・カタリーナ州ジョインビレ、イタジャイ、サンジョアキン、サント・アマーロ・ダ・インペラトリスの4カ所を訪れた。今回の参加者数はスタッフ12人も含めて計163人と、北伯を訪れた第32回ふるさと巡りの211人に次ぐ記録になった。参加者は多かったが大きなトラブルも無く、一行は各地で交流を楽しんだ。(毛利健人記者) 一行は初日、定刻通りの午後10時に日本移民の中心街であるサンパウロ市リベルダーデ広場から、サンタ・カタリーナ州に向けてバスで出発した。 翌朝、サンタ・カタリーナ州に入ったバスの窓には多くのピーニャ(パラナ松)の木が映っていた。皿のように平べったく広がった枝が特徴のこの木は、地域の植生独特のものだ。湯がいて肉と一緒に食べるのがカタリネンセ流だという。 サンパウロから南に約530キロ離れた、ジョインビレに到着したのは翌日午前8時。ジョインビレは州都フロリアノーポリスをも上回る約52万人の人口を有し、多くのブラジルIT企業本社が集積する同州最大の都市だ。この街の歴史は1851年にドイツ系とスイス系移民が入植したことに始まり、現在でも人口の9割がドイツ系を中心とするヨーロッパ系の人々だ。ドン・ペドロ1世の娘であるフランシスカ・カロリーナと、夫でフランス人のジョインビレ公の別荘が建てられたことから、やがてジョインビレと呼ばれるようになった。 朝食を終え、一行はバス別に市内観光を行った。1号車がまず向かったのはアイロン博物館だ。ジョインビレが古くから「サンタ・カタリーナのマンチェスター」と呼ばれるほどの工業都市であったことは有名だが、そんなジョインビレ出身の実業家でアンティーク収集家のモアシール・ボゴ氏が、世界中から集めた古今東西のアイロン約500点を「人間の生活に基づいた、世界各地の異なる工業発展の歴史を知ってもらいたい」との思いから、寄贈したことがきっかけで造られた博物館だ。 中には古代中国のアイロンから現代の電気スチームアイロンまで並んでいたが、中でも特に一行の目を引いたのは1940年代ごろのアイロンだ。当時の圧縮式や木炭式のアイロンを見て、「昔の日本では布団の下に服を敷いてアイロン代わりにしてたわね」「私は木炭式のを使って、やけどしたことがあるわ」などと、特に女性陣の昔話が盛り上がっていた。 続いてバスが向かった先は自転車博物館だ。一説には19世紀にドイツ人が自転車の元祖を開発したとも言われるが、ジョインビレに移住したドイツ系移民の多くも古くから移動手段として自転車を用いており、今もなお街中には多くの自転車が走る。この博物館はそのようなジョインビレの歴史的経緯から、市政150年を記念して造られた。 中には50年代の日本の自転車や世界一周した自転車、インドの自転車タクシーなどさまざまな自転車が飾られていたが、中でも一行に人気を博したのは、ハリウッド映画「E.T.」に出てきた、エイリアンを前かごに載せた自転車のレプリカ。皆横に立って記念撮影をしていたが、ある高齢の参加者の1人は、エイリアンのしわくちゃの顔を見て「親戚に久しぶりに会えたわ」と冗談を飛ばし、笑いを誘っていた。(つづく) 2013年4月9日付
「語学指導等を行う外国青年招致事業」(JETプログラム)により、ブラジルの青年たち3人がきょう9日から訪日し、北海道、山梨、静岡の各地方自治体で活動する。 同事業は、日本の地方自治体が世界との交流を目指し、総務省、外務省、文部科学省と(財)自治体国際化協会が協力。1987年に始まり、これまでに約50カ国から5万人以上が参加。ブラジルからは95年に実施され、103人が訪日している。 今回訪日するのは、成田カレン摩耶さん(22、3世)、菊地ダニエラ美和さん(29、2世)、内田アラン英喜さん(26、3世)の3人。 サンパウロ州カンピーナス市在住の成田さんは北海道帯広市の市民活動部親善交流課に勤務する。サンパウロ総合大学で統計学を勉強し、「幼いころから日本で生活することが夢でした」と今回の訪日を喜ぶ。また、写真が趣味だといい、「日本全国を旅行する機会があれば回ってみたい」と笑顔を見せた。 菊地さんは、文部科学省留学生として高知大学に3年在学し、生物科学関連の教科書を作成した経験を持つ。山梨県国際交流協会で翻訳・通訳などの仕事をする予定で、「日本とブラジルの関係を深くし、最低でも2年は滞在したい」と意気込む。 日系企業で経理担当だったという内田さんは、祖母が静岡県出身。「ブラジルのコーヒーと静岡のお茶の多文化共生をし、日本でのブラジルのイメージを良くしたい」と述べ、「できれば富士山に登りたい」と目を輝かせた。静岡県企画広報部地域外交局の多文化共生課に勤務する。 同事業では、海外からの青年と地方自治体が1年ごとに契約を交わし、本人と自治体の希望により最長で5年まで滞在できる。日本語能力試験2級以上の日本語能力が必要。 同事業の詳細など問い合わせはサンパウロ総領事館(電話11・3254・0100)など各地域の公館へ。 2013年4月9日付
ニッケイ新聞 2013年4月5日 22日夜、一行はジョインビレから東に90キロ行った海岸部のイタジャイー市に移動し、レストランで同日伯協会(ANBI、大場レジナ会長)から創立会員の佐藤吾介さん(ごすけ、65、二世、第3アリアンサ)、20年以上同地に住む梅木サチコさん(68、聖州ポンペイア出身)ら約10人と交流会を行った。 5年前から仕事の関係で同地に住み、3年前から同協会に入会した村中堅悟さん(63、長崎)は、元々は聖市の日商岩井に20年勤めていた。ニットの産地として有名な同地やブルスケ、ブルメナウにその材料を販売する仕事を独立してやるために移転したという。 佐藤さんによれば協会創立は1987年で、会員数は約100人(40家族)。十周年で会館を建設したが手狭で100人しか入れない。そのため、最終的にレストランが交流会場となった。 水産技術の研究員として80年にフロリアノポリスに来て、84年からこの街へ移転したという佐藤さんは、「20年ほど前までヤクルトがこの町で大きくエビ養殖をしていたな」と思い出す。「80年頃はこの町の日系人は少なくて20人ほどだった。お互いに町でチラッと姿を見るけど面識はなかった。公営市場に店を出している日系人がいて顔が広かったので、彼に呼びかけてもらい集まるようになった。今では、ほとんどの日系人を知っている」と同協会の成り立ちを説明する。 故中野博さんの仲介で千葉県袖ケ浦市と姉妹都市になり、「Sodegaura」と命名された遊歩道もある。 佐藤さんは「月1回は集まる。13年ぐらい前から年1度、スキヤキ会をやるが400人は集まる」という。他に運動会、遠足もしており、昨年はレジストロ、その前はクリチーバの花祭りに行き、親睦を深めている。 同市にはSC州には珍しく植民地もある。関口健次郎さん(76、茨城、コチア青年第1回14期)は58年に来伯後、最初聖州ピンダモニャンガーバのパトロンのもとで義務農年を終えた後、SC州に移転し、イタジャイーで野菜を作りスーパーへ卸すようになった。 そんな72年、人口が増加して野菜需要が増えたことから、市が移住地造成を計画し、地代10年据え置きの恩典を示して10軒の野菜農家を募集した。そこに関口さんは応募し、他にJICAが南大河州ポルト・アレグレ近郊から日本人農家を呼び、計日系7家族が入植し、あと3家族の伯人が入り、リオ・ノーヴォ植民地が始まった。 関口さんは「この町は海際だから海抜4メートルしかない。満潮の時にイタジャイ・アスー川の上流で大雨が降ると、下ってきた大量の雨水が満潮に押し戻されて街の中に溢れる。08年と11年にそんな大洪水がこの地域一帯を襲って、うちの畑は一番被害がひどかった。3日間も水浸しで全滅した…」と苦渋の日々を振り返る。 「あの時、すぐに(日本国在)クリチーバ総領事館から支援を出してくれ、新しい農機具や肥料を買うことができ、すごく助かったよ」という。 関口さんは現在、日本食に欠かせないガリ(生姜の薄切りを酢でしめたもの)の生産に力を入れ、毎年5トンも生産し、近隣の日本食レストランに卸している。隣のカンブリューには10軒、ブルメナウには5軒、ブルスケにも4軒、フロリアノポリスには10軒もあるという。 いま現在、同植民地の日系人は3家族のみ。2年前、東日本大震災が起きた時、「洪水の支援のお返しと思って、コロニアの各農家から1500コントずつ義援金を出した」という。日伯の絆はここにもしっかりと根を張っている。(つづく、深沢正雪記者)
サンパウロ州カンピーナス市と姉妹都市提携を結んでいる岐阜県岐阜市の中学生(14歳)サッカー選抜チーム(阿部勉団長)23人が3月22日から29日まで来伯し、ブラジルチームと親善試合を行った。同28日、サンパウロ市リベルダーデ区にある岐阜県人会(山田彦次会長)を表敬訪問し、試合結果の報告などを行った。 岐阜市教育委員会市民体育課スポーツ振興係主任主事の五島大志氏によると、今回のサッカーチームの来伯は両市提携30周年を記念し、スポーツ交流を目的に実施。カンピーナス市でコリンチャンスのジュニアチームなどと4試合を行ったほか、カンピーナス日伯文化協会の日系家族宅でホームステイをしたという。同チームは岐阜市内の中学8校から選抜され、選手19人と引率者4人の計23人で構成された。 一行の訪問を受けた山田会長は「皆さん、元気に試合をやられたと思いますが、これからサッカーの道に進む人もいるのですか」などと質問し、歓迎の意を示した。 それに対して、初来伯した阿部団長(岐阜市立梅林中学校教諭)は「勉強が第一なので、生徒の中では今のところプロになろうという者はいませんが、今回の試合では本場ブラジルでどれだけ自分たちの力が通じるか試し、たまたま2勝2分の好成績を残せました」と喜びをあらわにしていた。 また阿部団長は、カンピーナス文協の計らいでホームステイできたことに感謝を示し、「親子や孫のような関係でファミリーとして付き合っていただけた」と話していた。 2013年4月5日付
ニッケイ新聞 2013年4月4日 ブラジル日本都道府県人会連合会(園田昭憲会長)の「第47回定期総会」が28日午後、同日開かれた定例代表者会議に続いて聖市の三重県人会館で開かれた。 坂和三郎氏(東京)が議長に任命され、議事を進行した。昨年の一般会計収支は44万635・81レ、日本祭りの単独収支としては232万1525・22レだった。 今年度の予算案としては一般会計で83万500レの収支、日本祭り単独では265万レの収支案(支出255万3500レと9万6500レの黒字の合計)が発表されたが、これに対して谷広海氏(宮崎)は「去年大赤字だったロードレースもやらないし、スポンサーが不足している中で、どうしてこんなに数字が大きくなるのか」と疑問を呈した。 押切フラビオ氏(山形)は、「去年の実績に沿った予算を考えるべき」とし、予算案が昨年の約2倍となっていることに関し、「本来別にすべき県連基金から購入している事務所の経費も会計に計上しているため、わかりにくい」など予算案の提示の仕方についても指摘。大西博巳氏(広島)も「物事はきちんとすべき。こんないい加減な会計は承認できない。次の会議で出しなおすべき」と発言し紛糾した。 また、「戦後移住60周年への予算はないのか」との谷氏の質問に、園田会長は「県連が手伝うのは式典だけ。大変なリスクを負っているし、積極的に60周年に関わるのは定款上許されない。一般会計からは一銭も出さない」と答えた。 執行部の山田康夫氏(滋賀)は「これはあくまで予算案。現実的な数字は6、7月にならないと出ない」と説明し、結果として4、5人の拍手で承認された。 今年度の事業案としては第16回日本祭り(7月19~21日)、東日本大震災被災者招聘交流事業(同月15~25日)、県連主催ゲートボール大会(8月25日)、第40回移民のふるさと巡り(行き先はドミニカ、10月17~23日)などが発表され、承認された。 なお、補充監事3人の選挙では森永ジェラルド・マサユキ(石川)、川添博(長崎)、永山八郎(福島)の各氏が選ばれ、押切、杉山エレーナ(京都)、小松ジェニ(愛知)の3氏が繰り上げで正監事となった。 コラム【大耳小耳】 県連の総会で配布された資料によれば、今年も県人会の式典が目白押しだ。栃木70周年(6月)、愛知55周年(8月4日)、山梨60周年(同)、香川県人移住百周年(同11日)、三重70周年(同17日)、岩手55周年(同18日)、岐阜75周年、県人移住百周年(同25日)、鹿児島100周年(10月20日)、山形60周年(同27日)、熊本55周年(11月10日)、愛媛60周年(同)が、それぞれ節目の年を祝う。
ニッケイ新聞 2013年4月4日 スポーツ振興を目的に、スポーツ界の功労者や優秀選手を表彰する『パウリスタ・スポーツ賞』(ニッケイ新聞主催、高木ラウル社長)の贈呈式が2日夜、サンパウロ市議会で開催された。同賞は、1957年に本紙の前身パウリスタ新聞の創刊10周年を記念して創設されたもので、今年で57回目。水泳、射撃、相撲、合気道など20部門で活躍する20人に加え、特別賞として4人が選ばれた。親族や友人の栄えある姿を目にしようと、遠方含め約400人が来場し祝福した。 聖市議会での開催は、昨年に続き2回目。野村アウレリオ聖市議が後援した。会場は立ち見が出るほど一杯になり、壇上には、ジョゼ・アウリキオ・ジュニオル聖州スポーツ局長、佐野浩明・在聖総領事館首席領事、園田昭憲・県連会長、菊地義治・援協会長、数多くの推薦団体の代表者らが顔を揃えた。 野村聖市議は「この賞は、日系社会において最も重要な賞の一つ。ブラジル社会への普及と認知が更に進むことを願う」と激励。高木社長も「賞自体はシンプルなものだが、57年という歴史の重みが詰まっている。移民がもたらしたスポーツがこうして普及しているのは、皆さんの活躍のお蔭」と挨拶した。 続いて、一人一人の功績が読み上げられ、来賓たちから受賞者に記念プレートが授与された。誇らしげな表情でプレートを手にした受賞者に会場は盛大な拍手を送った。 「柔道歴は、生まれた時から」という、女子柔道ブラジル代表チームに所属する知花ガブリエラしのぶさん(19、三世)は、「家族も親戚も皆柔道家。柔道は私たちの人生の一部であり、皆を繋ぐ絆なので、受賞できて本当に嬉しい」と興奮した様子で語った。 ブラジルラジオ体操連盟副会長かつ指導員として体操普及に努めてきた植田徳良さん(71、高知)は「ラジオ体操歴15年。毎日やると気持ちがいいし、元気になる。姿勢も良くなるし太らない。賞までもらえていい気分」とご満悦だった。
ニッケイ新聞 2013年4月3日 地方公共団体が実施する「語学指導等を行う外国青年招致事業」、通称「JETプログラム」を通し、成田カレン摩耶(26、三世)、菊地ダニエラ美和(29、二世)、内田アラン秀喜さん(26、三世)の3人が日本に派遣されるにあたり、28日に在聖総領事館で歓送会が開かれた。 同事業は総務省、外務省、文部科学省及び財団法人自治体国際化協会(CLAIR)の協力の下、外国語教育の充実や草の根レベルの国際交流を目指すもの。1987年の開始以降、50カ国以上から5万人以上、伯国からは103人が参加した(現役含む)。 成田さんは北海道帯広市役所(市民活動部親善交流課)、菊地さんは山梨県国際交流協会、内田さんは静岡県庁(企画広報部多文化共生課)に配属され、1年間国際交流活動に携わる。 成田さんはUNICAMP統計学部卒、昨年山梨で3カ月のアルバイト経験がある。「日本に住むのが子どもの頃からの夢だった。日伯の懸け橋になれれば」と意気込みを語った。 菊地さんはUSP生物学科卒業後、高知大学で修士号を取得、帰伯後は環境科のMBAを取得しながら、Escala出版社で生物学の教科書を執筆するなどしていた。「最低2年は滞在し、日伯関係を深くしたい」とやる気を見せた。 内田さんはマッケンジー大学経営学部卒業後、NECに4年間勤務した。「ブラジル人と日本人の交流を盛んにし、ブラジル人のイメージアップに貢献できれば」と流暢な日本語で抱負を述べた。 歓送会にはブラジル日本商工会議所の平田藤義事務局長や、派遣先の県の県人会役員ら16人が参加者らを激励した。 佐野浩明首席領事も「JET利用者には帰国後よく助けてもらっている。ブラジルの文化を伝える重要な役目も意識して、活躍してきてほしい」とエールを送った。
ブラジル日本都道府県人会連合会(県連、園田昭憲会長)は、3月28日午後4時からサンパウロ市ビラ・マリアーナ区の三重県人会館で3月度代表者会議を開催した。 同会では、第16回フェスティバル・ド・ジャポン(日本祭り)の各県人会ブース出店料が1500レアルになったと正式に発表された。さらに、従来は土曜正午から開かれていた開会式を、今年は金曜正午から開くことが決まった。冒頭のあいさつに立った園田会長は、「ブラジル景気の冷え込みで現在日本祭りも厳しい状態にある。あたかも戦争のような状態だ」と、今年のスポンサー集めがあまり芳しくない状況にあることを示唆した。 そのほか、木原好規和歌山県人会長が2012年度県連事業報告書の作成に関し、いまだ半分の県人会から報告書が届いていないために遅れていると参加県人会長らに協力を呼び掛けた。 その後の各県人会意見交換では、尾西貞夫兵庫県人会長の発案でサントスの上陸記念碑とイビラプエラ公園の開拓先没者慰霊碑の写真を日本移民史料館に展示するよう文協に提案することが決まったほか、原島義弘千葉県人会長から3月9日の東日本大震災犠牲者三回忌追悼法要への参加人数が少なかったことに対し、苦言が呈された。 ◆12年度、R$21万の赤字13年度予算巡り論争も 県連は第47回定期総会も代表者会議に引き続き、開催した。午後5時の第1次招集には30都府県の各県人会代表者らが出席し、同会の議長には坂和三郎東京都友会長が選出された。 12年度の収支報告及び事業経過報告、13年度の事業計画案はスムーズに承認された。なお、12年度は収入251万4840・47レアル、支出272万8898・19レアルで21万4057・72レアルの赤字だった。その原因は、昨年開催された第1回ロードレースの約21万5000レアルにも上る赤字によるところが大きい。ちなみに、12年12月31日現在の銀行預金額(県連センター基金を含む)は、132万9414・12レアルが計上されている。 その後の13年度予算案を巡り、会議は紛糾した。押切フラビオ山形県人会長は「日本祭りの収入予算額が強気過ぎないか」と懸念の声を上げ、大西博己広島県人会長も「どんぶり勘定ではなく、きちんとした実績に基づく予算作りをすべきだ」と予算承認を拒否した。 これに対し前田ネルソン三重県人会長は「収入予測はまだ難しく、支出も収入も高めに予算を作った」と反論。結局議論は終了予定時刻の午後6時を40分以上過ぎるまで続いた。 そのほか、谷広海宮崎県人会長から「戦後移民60周年記念事業の予算は計上しないのか」という質問も上がったが、園田会長は「事業は県連主催ではなく実行委員会主催のもので、県連は一切金を出さない」と説明した。予算案は最終的に、参加者の一部の拍手をもって承認された。なお、13年度予算は265万レアル。 その後、補充監事選挙が行われ、森永正行ジェラルド石川県人会長、川添博長崎県人会長、永山八郎福島県人会長が選出された。 コラム【モザイク】 3月度県連代表者会議は午後4時から行われたが、開催会場となった県人会館の2世会長は執行 部の一員でもあるのにもかかわらず、20分遅刻して堂々と入場してきた。昨年の12月度代表者会議が栃木県人会館で行われた際、坂本アウグスト進同県人会 長自らが早めに会場入りして会場設営を手伝っていた姿とは大違いだ。2世はもはやブラジル人だから仕方ないという意見もあるかもしれないが、坂本会長は3 世だ。日系何世かなどに関係なく、これは人間的な問題だろう。...
【既報関連】ブラジル日本都道府県人会連合会(園田昭憲会長)主催のブラジル日本戦後移住60周年祭(川合昭実行委員長)実行委員会は、同祭事業の進行状況を説明するための記者会見を3月27日午前11時から、サンパウロ市リベルダーデ区の宮城県人会館ホールで開いた。 会見には同祭実行役員と団体代表10人が出席。代表して川合実行委員長と中沢宏一副実行委員長が説明を行った。なお園田会長は一身上の都合により出席しなかった。 会見で新たな情報として、中沢氏が編集長を務める記念誌部門の具体案が発表された。記念誌のタイトルは「日伯友好の掛橋」。全360ページで日語1000部、ポ語2000部が発行され、16万レアルの予算で計画されている。 前回1月の会見では記念誌予算は5万レアルと計画していたが、「ポ語版による増部や翻訳費などがかさむため増額した」と中沢氏が理由を述べた。来年6月末に発行し、7月の日本祭りで配布する予定だ。 差し迫っている記念式展に関しては日伯両政府に招待状を郵送済みで、今後地方の移住地なども含めて電子メールなどで参加協力を呼び掛ける予定。式典の内容については近々、案をウェブサイトで公表するという。 同祭収入予算は28万レアル。内訳は16万レアルが助成金、6万レアルが記念誌広告などによる広告費、6万レアルが寄付となっている。寄付に関しては奉加帳を回し呼び掛けるとし、既に6人から3万レアルが寄付されたという。なお助成金の詳細については言及しなかった。 川合実行委員長は取材に対し、「計画の70%は煮詰まっている。全土の日系人が一体となって記念祭を盛り上げ、ブラジル人に日系人が成し遂げた数々の功績を理解してもらいたい」と意気込みを口にした。 2013年4月2日付
本紙記者として約2年間、ブラジル鹿児島県人会(園田昭憲会長)主催の「鹿児島ブラジル実習制度」で研修していた鮫島由里穂さん(26)が任期を終えて帰国する。 当初は1年で帰国する予定だったが2年に延ばした。ブラジルでの実習を「ブラジル人は明るく、気候も良くて有意義な実習ができた」と振り返った。 「海外での長期生活を通じ多くの人と交流したい」と、目標を持って渡伯した鮫島さん。渡伯前は社会人として南日本放送ラジオ局のレポーターとして働いた経験から、記者の仕事には早く順応できたという。 また渡伯したのは東日本大震災発生からわずか1カ月後のこと。当時について「日本は混乱していたが実習は前もって決まっていた。渡伯するとブラジル人やコロニアが気遣ってくれて感銘を受けた」と当時のエピソードを語った。 帰国後は「ブラジルも含めて国内外でも落ち着いた仕事を探したい」と進路について述べた。最後にコロニアに対し「お世話になりました。今後も日系社会を思う気持ちを忘れないでいてもらいたい」とコメントを残した。 コラム【モザイク】 帰国する鮫島記者。モザイク子も同じ鹿児島実習生としてお世話になった。鮫島記者はコロニアの男性に人気があった。というのはモザイク子が行く取材の先々で「今日は鮫島さんじゃないの」「鮫島さんは日本に帰ったの」と質問されることが多く、「私が取材してすみません」と恐縮した場面を何度か経験した。「薩摩おごじょ」は帰国するが、今後は「薩摩よかにせ」が人気を博すように努力したい。2年間お疲れ様でした。 2013年4月2日付
【福井発】ブラジル福井県人会から母県に派遣されている2012年度海外技術研修生の小野ヘナタさん(パラナバイ出身/建築業)と田口マリアナさん(ブエノスアイレス出身/英語教育)が3月末に帰国するため、福井県日伯友好協会は同8日、福井市内の料亭寿々屋で2人の惜別・激励会を行った。 はじめに前田康博同協会会長が「帰国しても日伯友好の懸け橋となって活躍してほしい」と激励し、参加した福井県の栗田幸雄国際交流協会会長(前知事)、松井拓夫県議会副議長、坂井太国際室室長らが惜別の言葉を述べた。 研修生2人は、8カ月間にわたり母県に滞在。「猛暑や豪雪に驚いたが、たくさんの思い出を作ることができた」と、上達した日本語でお礼した。 その後、参加者たちが郷土の無形文化財に指定されている赤崎獅子舞の獅子頭レプリカをプレゼントし、2人を囲んで夜遅くまで宴を続けた。最後は旭信昭前副知事による万歳三唱で締めくくった。 2013年4月2日付
ニッケイ新聞 2013年3月29日 県連主催「第16回日本祭り」開催期間中の7月19日に予定されている「ブラジル日本戦後移住60周年祭」(川合昭実行委員長)の進捗を説明する記者会見が27日、聖市の宮城県人会館で行われた。川合氏、中沢宏一副実行委員長、県連内に設置した委員会の原島義弘副委員長ら関係者9人が出席し、特に「全伯的な祭典」をめざし、地方の参加を募りたい旨が強調された。ブラジルニッポン移住者協会の小山昭朗会長は「4万人の戦後移民は各地に散らばっている。地方から意見を出してもらいたいし、各地で60周年の祭典の実施を勧めたい」と呼びかけた。詳細は、HP(www.sengoiju60.org.br)で公開されている。 「4カ月ほど検討してだいたいの方向性が定まった。式典の内容は6割が決まった」と冒頭であいさつした川合氏は、日本側には安倍晋三首相、麻生太郎副総理、衆参両院議長らに宛てて14通の招待状をすでに出しており、伯国側には5月末をめどに、政治家や経済界の要人など約150人に送付すると説明した。 予算は28万レ(内訳は助成金16万レ、広告料金6万レ、寄付6万レ)。そこから記念誌には16万レ、式典には6万レ、日本祭りでのブース設置に2万レの支出を見込む。寄付金の集金はこれからだという。 式典のメインである「日伯友好の証人の表彰」の対象者の人選は、今後各地域から情報を集め、実行委員会で決定される。 その他関連事業としてゴルフ大会、シンポジウム、桜祭り、宮城県人会60周年で来伯する宮城県副知事の講演、植樹などが予定されている。 記念誌は日ポ両語で来年6月に刊行を予定 戦後移住60周年記念誌「日伯友好の掛橋」(中沢宏一編纂委員長)は来年6月の発刊、日本祭りでの配布を目指す。 中沢氏は「各分野での戦後移民の活躍を調査し、その功績を顕彰する」という基本理念のもと、「図書館や大学にも寄贈できるような、質の高いものに」と話す。 記念誌に盛り込む「各地域の日本祭り」に関する調査のため、地方日系団体には協力を要請する旨のメールを出し、式典への招待状も発送する予定だという。 日本語で1千部、ポ語翻訳版は2千部を発行予定。頁数は日語版で360ページに及ぶ重厚なものとなる。川合委員長は「50年誌は通過点。内容が全く異なる、総括的なものにしたい」との方向性を示した。 編纂委員には34人が名を連ね、戦後移民が関わった当地の大事業(イタイプー発電所、ブラジリア遷都等)、日伯共同プロジェクト(セラード開発、南部のりんご栽培等)、日本進出企業、各地の日本祭りの現状、文化、農業など17項目に分け、それぞれを2、3人が担当する。 コラム【大耳少耳】 「戦後移住60周年記念祭」の委員会の組織構造がわかりにくい。この事業の主催が県連なのか実行委員会なのか、当初からよくわからなかったが、記者会見では最初に「県連主催の」という発言があったので県連主催のようだ。ただ、配布された組織図をみると、一番上にある「県連委員会」の委員長は園田昭憲県連会長、実行委員長は川合昭氏となっている。どちらにしても、責任の所在がどこにあるのかきちんとしておかなければ、何か問題があったときに揉めるのでは…。
ニッケイ新聞 2013年3月29日 大阪なにわ会(下平尾哲男会長)による「第74回慈善バザー」が7日午前9時から、聖市の同会館(Rua Domingos de Moraes,1581、メトロのビラ・マリアーナ駅近く)で開かれる。 婦人部の手芸品、中古衣料品、協賛業者の出店があり、食堂では寿司、なにわうどん、おはぎ、天ぷら、お汁粉、パステルなどが楽しめる。 問い合わせは同会(11・5549・7226)。
ニッケイ新聞 2013年3月29日 ブラジル鹿児島実習生(8期)の鮫島由里穂さん(26)が、サンパウロ新聞で2年間の記者実習を終え、来週帰国するにあたり本紙に挨拶に訪れた。 研修期間は2011年4月~今月末まで。通常の研修期間は1年間だが、「もっとブラジルを知りたい」と延長した。 本が大好きで、日本では図書館の職員として書庫の整理に携わった。初めての記者経験を振り返り、「自分の仕事が目に見える形で残ったことが嬉しい」と充実感をにじませ、「これだけの日系社会がある国は他にない。移住地の日本祭りの勢いもすごかった」と感嘆した様子で語った。 日系社会の存在や気候など、当地の様々な面に魅力を感じたという。「もう一度ビザが取れれば帰って来たい」と笑顔を見せた。
大阪なにわ会(下平尾哲男会長)は、4月7日午前9時から午後5時まで聖市ビラ・マリアーナ区の同会館(Rua Domingos de Morais, 1581)で第74回慈善バザーを開催する。 当日は、同会婦人部員が作るなにわうどん、すし、天ぷらなどの日本食のほか、手芸品の販売、中古衣料品などが販売される。 本紙を訪れた婦人部の松原信子さんは「婦人部が作る心のこもった日本食をぜひ食べに来て下さい」と来場を呼びかけた。入場無料。問い合わせは同会(電話11・5549・7226)まで。 2013年3月29日付
ニッケイ新聞 2013年3月28日 ブラジル日本戦後移住60周年記念祭実行委員会(川合昭委員長)が4月28日、モジ市パラダイス・ゴルフ・クラブ(Rod. Engenheiro Candido do Rego Chaves, km 50, N 45000, Jundiapeba)で『戦後移住60周年記念交流ゴルフ大会』を実施するにあたり、参加者を募集している。 参加費は男子250レアル、女子200レ、申し込み締切り4月21日。 記念式典を行う「戦後移住60周年記念祭実行委員会」とは別組織で、県連が事業主体。戦後移民の中にゴルフ愛好者が多いことから実施が決まった。在聖総領事館、ブラジル日系ゴルフ連盟、同クラブの後援。 ストロークプレイ、18ホール。同連盟に登録されたインデックス(ハンディ)に応じて男子A、B、女子に組分けされ、福嶌総領事杯、県連杯をかけてプレーする。参加予定約100人。 必要事項を記入した申し込み用紙に参加費の支払い証明書を添付し、県連の伊藤さんもしくは松本さんまで郵送、FAXかメールで送付する。 案内のため来社した園田昭憲・県連会長と近沢宗貴・同連盟理事長は「ゴルフ愛好者はふるってご参加ください」と呼びかけている。...
【既報関連】鳥取県人会(本橋幹久会長)コーラス部は20日、サンパウロ市ミランドーポリス区の同会館でNHKの企画に応募するための映像を撮影した。 コーラス部が応募する企画は、NHKが公募している「100万人の花は咲く」。同企画では復興支援ソング「花は咲く」を歌っている映像を募集している。NHKのウェブサイトによると、寄せられた映像は編集後、一部がテレビで放映される。コーラス部は「NHKに出よう」と約1カ月間から練習に励んでいた。 当日は、舞台に「ガンバロウ日本」とメッセージが書かれた横断幕が掲げられたほか、部員らは水色に鳥取県の県章が描かれたそろいのガウンを着用。ガーベラの花を持ち、気持ちを込めて歌い上げた。 撮影は鳥取県の研修生として日本に渡り、カメラマンの勉強をした経験がある荒木アレシャンドレさん(31、3世)が担当。約1時間の撮影中、荒木さんは留学から帰国したばかりの西坂エジオゴ健治さん(25、3世)と共に照明を調節したり、ひな壇の高さを変えたりしながら、より良い作品作りに取り組んだ。 2013年3月28日付
30日(土曜日)◎1973年3月27日サントス港着の移民船「にっぽん丸」の同船者会は、午前10時からサンパウロ市(聖市)リベルダーデ区のブラジル熟年クラブ連合会会館(旧老ク連、Rua Dr. Siqueira Campos, 134)で。◎作品展覧会「浮世絵ヒーローズ」は、午前10時から聖市ジャルジン・パウリスタ区の間部ジョー芸術文化ギャラリー(Av. Brigadeiro Luiz Antonio, 4225)で。◎丑年会の親睦会は、午前11時から聖市リベルダーデ区の東洋会館(Av. Liberdade, 365)で。◎ブラジル龍馬会の3月度例会は、午後2時から聖市リベルダーデ区の龍馬会事務所(Largo da Polvora, 96 Quarto 4)で。 ...
