佐賀県人会(西山実会長)は創立60周年を迎えるにあたり、記念式典を8月2日午前10時からサンパウロ市アクリマソン区の同県人会館(Rua Pandia Calogeras, 108)で開催する。式典の案内に西山会長、秀島正幸第1副会長、吉村幸之顧問が来社した。 今回の式典には佐賀県から山口祥義知事、中倉政義県議会議長をはじめ、慶祝団を迎える。山口知事は今年1月に就任したばかりで、初のブラジル訪問となる。またサンパウロ市長や日系政治家、姉妹都市提携を結ぶサンパウロ州のリメイラ市長、在サンパウロ総領事館の中前隆博総領事も式典に参加する予定。 佐賀県一行は1日にグアルーリョス国際空港に到着した後、イブラプエラ公園の先亡者慰霊碑を参拝し、移民史料館見学や佐賀県人会留学生、事務局員との懇親会を行う。 3日は総領事館を訪れ、その後サントス市内を観光し、夜は送迎会が開かれる。翌4日ペルーに向け出発する。 西山会長は「山口知事にはブラジルにも日本の文化や食事が根付いているところを知ってもらえれば。式典には誰でも参加可能だが、佐賀県出身者にはぜひ、参加してもらいたい」と呼び掛けた。問い合わせは同県人会(電話11・3208・7254)。 2015年7月16日付
Mês: julho 2015
今後も重要行事は両団体で プロミッソン日伯文化体育協会(岡地建宣会長)とプロミッソン日系文化運動連盟(吉田ダニエル会長)共催の上塚周平80回忌記念法要が5日、プロミッソン市内の上塚氏の墓地と同市内の上塚記念公園で行われた。当日は冷たい風が吹く中、午前9時から同市内墓地で墓参が行われ、その後の法要式典と合わせ約100人が参列した。 午後9時からプロミッソン市内の墓地で行われた墓参には、在サンパウロ総領事館の中前隆博総領事をはじめ、プロミッソン市のアミルトン・ルイス・フォス市長、ジョゼ・アパレシード・ガルガロ市議会議長、サンパウロ熊本県人会田呂丸哲次会長、ノロエステ連合日伯文化協会の白石一資会長などが参列し、リンス本願寺の岡山智浄住職が読経する中、順に焼香をあげていった。 上塚氏の「墓守」と言われる安永忠邦氏(94、2世)は「上塚さんの足元に生まれ、今日までお世話になっている。『墓守』と言われるのは光栄なこと。亡くなる1週間前に会った時、『頑張ってくれ』と言われたが、それは自分に向けられたのではなく、日系コロニアに向けて言っていたのではないか」と上塚氏との思い出を振り返った。 その後上塚公園に移動し、記念法要式典が行われた。法要に先駆け、アミルトン市長から、中前総領事へプロミッソン郡内公式訪問客の証書と、市長夫人から花束が贈呈された。一同合掌の後、中前総領事から順に参列者が焼香した。 焼香後は中前総領事など6人があいさつを述べ、白石ノロエステ連合会長は「先人の偉業を忘れず、功績を称えていくことが日系社会には必要」と力強く述べた。 参列していた松田進氏(76、3世)は「上塚さんは『移民の父』でもあり、私の父のようでもある」と話し、藤江喜代子氏(86、2世)は「上塚さんの棺をお墓まで運んだことを覚えている」と当時の記憶を話してくれた。 法要後は「上塚公園を守る会」婦人部が午前6時から準備した昼食を和やかな雰囲気の中、中前総領事やアミルトン市長も共にし、式典は午後1時半頃終了した。 今回の式典はプロミッソン市の文化体育協会と運動連盟の共催だが、両団体は長らく対立していた過去がある。しかし文化運動連盟の吉田会長が「一緒にやれて 嬉しい」と語るなど、現在の関係は良好なようで、文化体育協会の岡地会長も「来年のプロミッソン移民100周年は一緒にやろうと話している」と言い、今後 も両団体で重要行事は共催していく考えだ。また両会長とも「ブラジル人と仕事をすると、いつも日本人は信用してもらえる。今の自分たちがあるのは上塚氏 や、先の移民のお陰」と感謝し、上塚氏への思いを語った。 式典では両団体に代わり、感謝の言葉を述べた安永ルイス氏は「プロミッソンの者としては、できるところは2つの団体に一緒にやってもらいたいという思いはある。上塚さんの功績は歴史が伝えてくれるから、私たちはそれを守っていかなければならない」と語った。 「この法要がなくならないように毎年来ている」と語る末原武雄氏(49、2世)のように、プロミッソンの日系人にとって法要は特別な行事であり、上塚氏への強い思いがある。 2015年7月16日付
ニッケイ新聞 2015年7月16日 日伯外交関係樹立120周年記念事業ブラジル実行委員会(梅田邦夫委員長=駐伯大使)は8日午後、在聖総領事館で第7回会合を行ない、記念事業に関する状況を確認し、会議後に梅田大使らが取材に応じた。 花火祭り(9月12日、聖市インテルラゴス)はコシノ・ジュンコ氏演出のもと、約4500発を約20分で打ち上げることになっているが、特に進展はなかった。中前隆博在聖総領事は「一日中楽しめるバラエティに富んだイベントを計画中」と強調した。 JICAによる日伯共同事業展示会は先月、ブラジリア開催を終えた。次回は聖市での県連日本祭り(7月24~26日)を控える。その後は8月リオ、9月パラナ州マリンガ、クリチバと続く。 ウジミナス、セラード開発などを紹介する同展示だが、梅田大使らが「重要な功績の一つ」と捉え、サンタカタリーナ州サンジョアキンでのりんご栽培も加えられた。JICAが30年近く技術協力を実施し、かつては輸入のみだったが、今や全国一のりんご産地となっている。 三つめの記念事業である日本館改修はスギ、ヒノキといった資材が到着したところ。こちらは年内完工を目指す。また9月2日に経済セミナーを、11月末には医療セミナーを共に聖市で開催する方向だ。皇室、ジウマ大統領の往来について梅田大使は「前向きに調整中」とし、正式発表には至らず。予算200万レは「もう一踏ん張り」と報告された。 これ以外にリオでは日本庭園改修や、サッカージーコ杯など独自の記念事業を控える。また著名指揮者の西本智実さんを招いた音楽祭を、市立劇場(収容人数2000人)で開催する。今月31日午後8時、8月2日午前11時半からの二公演。市立交響楽団とジョイントし、和太鼓協奏曲「飛天遊」などがプログラムに組み込まれる。 各地の120周年式典に出席している梅田大使は、各州知事との会談も積極的に行なっている。「中高生年代での日本語教育」「日本式交番の導入」「ビジネス関係の深化」を提案し、概ね前向きな返答を得ているという。 今後はトカンチンス、ペルナンブコ訪問を控えており、「日伯関係強化に努めたい」と抱負を新たにした。
ニッケイ新聞 2015年7月16日 佐賀県文化協会(西山実会長)が8月2日午前10時から、同協会(Rua Pandia Calogeras, 108, Aclimacao)で『県人創立60周年式典』を行なう。山口祥義知事、中倉政義県議会議長ら7人が母県から訪れる。知事の来伯は10年ぶり。 前日1日には県人会役員や元留学・研修生らと懇談会が行なわれ、歓迎夕食会を催す。式典では来賓祝辞、記念品贈呈、功労者・高齢者表彰などを予定し、昼から祝賀会、アトラクションに移る。 案内のため来社した西山会長、秀島正幸副会長、吉村幸之理事は「関係者だけでなく、一般からも広く参加をお待ちしています」と呼びかけた。 問い合わせは同県人会(11・3208・7254)まで。
ニッケイ新聞 2015年7月16日 広島日伯協会が、広島出身の小本二六年さんの消息を探している。 現在74、5歳とみられる二六年さんは、父小本伊三郎さん、母千代香さんら家族4人で1954年、ブラジルに移住。サンパウロ州グアイーラ市に入植している。 一家は渡伯前、広島県廿日市市地御前(旧佐伯郡)で、時計店を営んでいた。探しているのは同会の会員で、同級生だった能勢さん。 二六年さんか、小本一家の消息をご存知の方は、広島県人会(11・3207・5476)まで。
ニッケイ新聞 2015年7月15日 サンタカタリーナ州のニッポ・カタリネンセ協会(篠原ロシャーナ会長)、ブラジル宮城県人会(中沢宏一会長)、在クリチーバ日本国総領事館(池田敏雄総領事)が共催し、『第1回日本祭り&七夕祭り』を3、4日、州都フロリアノーポリス市の州立歴史博物館で行なった。会場は1万人を越える来場者で賑わい、初開催を大成功で終えた。6日には州政庁で外交120周年記念式典も行なわれ、両行事に出席した梅田邦夫駐伯日本国大使も開催を喜んだ。 前任の内山美生氏と池田現総領事による「各州都で日本祭り実現したい」という希望がきっかけで開催に至った。州政府のほかSC歴史博物館、SC州文化協会(FCC)、SC州日系団体連合会が後援した。 旧知事公邸でもある会場内では太鼓や居合、合気道、歌謡ショーなどがステージを彩り、各種ワークショップも好評だった。これまでは州議会による『日本週間』のみだったが、篠原会長は「予想外の盛況に驚き」と喜んでいる。 石巻若宮丸の漂流民による日本人初上陸(1803年)を契機に交流する宮城県人会は、七夕飾りを大中合わせ30本提供。移民事情に詳しい宮村秀光さんの協力を得て、若宮丸に関わる史実をまとめたバナー(120×80センチ)も計11枚展示した。 中沢会長は「子ども連れの家族が多く、書道や折り紙などを体験する光景が印象的だった。七夕を通して日本文化に触れる意義深い祭典になった」と成功を喜び、「広くはない会場だったため屋台数が限られた。規模拡大に向け、そのあたりの調整が必要かもしれない」と話した。 6日午前には州政庁で外交120周年を記念した式典が行なわれた。篠原会長ほかSC日系連合会の新里エリジオ義和会長や、ラージェス、クリチバーノス、フレイ・ロジェリオ各氏からも日系団体関係者が参加した。 商議所の平田藤義事務局長や、州県友好提携35周年となる青森県人会の名和渋川幸子マリア副会長も聖市から訪れ、総勢100人を前にジョアン・ライムンド・コロンボ知事は「日系人の貢献がなければ我が州はこれほど豊かにはならなかった。近年には知事が3度訪日しており、州産豚肉の輸入解禁など成果が出ている」とあいさつ。青森県の三村申吾知事もメッセージを寄せた。 同州ラーモス移住地とサンジョアキンも訪問した梅田大使は、「JICAを通じたりんご生産の協力など、農業始め各分野で日系人の貢献がある。経済関係の深化も期待している」と感想を述べた。 □関連コラム「大耳小耳」□ ブラジリアの公邸では現在、サンタカタリーナ州のサンジョアキン組合産のワインを使用しているようで、梅田邦夫大使は「今後も宣伝したい」と外交120周年式典であいさつしていた。また同州ラーモス移住地の和梨はルーラ前大統領もお気に入りだと聞く。規模は小さくとも、政府要人御用達とあって伯国内での存在感はひときわ強い。日本祭りもそんな特産品を武器に展開できれば、もっと規模も拡大できるかも。
ニッケイ新聞 2015年7月15日 沖縄県人移民研究塾同人誌『群星(むりぶし)』創刊号の合評会が11日午後、同県人会本部会議室が行われ、約100人が参加した。最初に嶺井由規(よしのり)さんが作成したDVDが上映され、盛んに意見が交換された。 宮城あきら塾長は、まず「こんなにたくさん来てくれて嬉しい限り」と喜んだ。一世が70代を超え「我々に残されている時間は限られている」と前置きし、「一世は異国で家族を養うために悪戦苦闘し、言葉の問題もあって、充分にウチナー精神について子供に説明する時間も余裕もとれなかった。そのため、子孫がブラジル市民として立派になっていくと同時に、親にしてみると遠くに離れていくような、孤独感を感じるようになり、深い沈黙のまま家族の時間が過ぎていくようになってきた。一世が本来伝えようとしてきた想いや歴史の真実、〃無形の共有財産〃としての体験談を、ポ語併記のこの同人誌を通して伝えたい。皆さんも書いてほしい」と創刊の趣旨を説明した。 島袋栄喜県人会長は「学校の教科書にはドンペドロ二世などの歴史的な英雄が描かれているが、この本には教科書に載っていない〃家族の英雄〃の話が書かれている。ウチナーンチュとしての誇りを強める心の財産だ」と称賛した。 山城勇県人会名誉会長は、終戦後には機関誌『協和』が2、3カ月に一回は発行され、全会員に配られ、徐々に回数が減った。20年前までは年に1回は出されていたが、無くなった現状を憂いた。「北米の皆さんからは以前、ブラジルには15、6万人もウチナーがいるのに、どうして県人会の会員は4千人しかいないのか、と良く訊かれた。今はそれが2千人に減っている。繋がりが薄れてきたと実感する。この同人誌はその絆を強める一歩だ」と強い期待を込めた。 塾運営委員の上原武夫さんも「皆さんの体験談の一つ一つが集まって歴史になる。各自それを書いて三世、四世に橋渡しをして下さい」と呼びかけた。エスタード紙論説委員の保久原ジョルジさんは「このような研究会が必要だと前々から痛感していた。私も家の中ではウチナーグチばかりで育った。DVDで流された『てぃさぐぬ花』のメロディに載せた、無名の移民歌人・嘉陽カマトの惜別の琉歌には感動の涙を抑えきれなかった。本の刊行を心から喜びたい」とのべた。 息子に頼んで車椅子で聖市パトリアルカ区から駆け付けた前田ハルさん(89、名護市)は「頑張っている県人の応援をしたい。若い人が活躍できるのは先人のおかげ。その一言を言いたくて来た」とハキハキと語った。サントアンドレー支部婦人会が用意した美味しい巻き寿司やサンドイッチまで出され、和気あいあいとした雰囲気の中で活発に意見が交わされた。 □大耳小耳□関連コラム 同人誌『群星(むりぶし)』創刊号には「死線を越えて―悲劇のカッペン移民」(知花真勲)、「ボリビア開拓地での少年時代」(高安宏治ひろはる)などの苦闘の歴史を綴る体験談に加え、笠戸丸移民の喜屋武亀の三男ソウセイが1948年にレスラーの聖州大会で優勝し、1950年からは毎週その試合がテレビ放送されるなどコロニア初のプロレスラーになった話(前田徳英とくえい執筆)も掲載されるなど読みどころの多い同人誌(無料)になっている。読みたい方は電話(11・4472・4532)まで連絡を。
ニッケイ新聞 2015年7月15日 パラグアイのピラポ移住地が入植55周年を迎えるにあたり、7月末から母県の慶祝団7人が同国を訪れる。式典を前にブラジルにも立ち寄り、27日午後7時からは岩手県人会会館(Rua Thomaz Gonzaga, 95)で懇談会が行なわれる。 「南米移住者等交流活動支援事業」として組織された団員は計7人。県庁から環境生活部の根子忠美部長、桜田康子主査、岩手相撲連盟から団長の玉澤徳一郎会長(元農林水産大臣)、滝川良一副会長ほか選手3人で組織された。 翌28日にはパ国に発ち、アスンシオン、イグアスを訪れる。ピラポ移住地では31日~8月2日にかけ記念式典や交流会、親善相撲大会に臨む。県人会の千田曠曉会長が来社し、「関係者の幅広い参加をお待ちしています」と呼びかけた。問い合わせは同県人会(11・3207・2383)まで。
日伯友好120周年プレート除幕も 【グァタパラ発・羽田和正記者】グァタパラ農事文化体育協会(茂木常男会長)は11、12日の両日、サンパウロ(聖)州グァタパラ移住地の同会館で入植53周年を祝う記念祭を開催し、11日には先亡者慰霊ミサと記念式典が行われた。日本移民発祥の地として「移民のふるさと」と呼ばれる同地には、かつての入植者をはじめ、地元や聖市などから多くの人が訪れ、同地に眠る先人たちへの思いを馳せた。 11日午前10時からモンブカ墓地で行われた慰霊ミサには、飯田茂在聖総領事館領事部長、那須隆一国際協力機構ブラジル所長、松尾治文協副会長、尾西貞夫援協副会長、吉田直人サンパウロ日本人学校校長、渡邉進南米産業開発青年隊協会会長をはじめ、サミール・レドンド・グァタパラ市長らと一般参加者を含む約60人が参列した。 「拓魂」と刻まれた慰霊碑を前に地元教会の聖歌隊による聖歌合唱が行われ、続いて来賓ら一人一人が献花。その後、一般参列者が焼香を行い、先人たちの苦労と功績をねぎらった。 午前11時から行われた記念式典は、日伯両国歌と市歌が地元マーチングバンドにより演奏された。続いて「日伯友好120周年記年」と刻印された記念プレートの設置を祝ってテープカットも行われ、華やかな幕開けとなった。 あいさつに立った茂木会長は、稲作、養蚕、養鶏を基幹産業として発展してきた同移住地の歴史を紹介し、「こうして53回目を迎えることができるのも、みなさんのご支援・ご協力の賜物です」と祝辞を述べた。 当日メーンステージでは太鼓や歌、踊りなど2日間で計85組の演目が行われたほか、婦人部や青年会による食事コーナー、同地日本語学校や地元住民らによる物販コーナーなども設けられ、訪れた多くの人が楽しんでいる様子だった。 また、農産展会場では、同文協農事部が同祭のために購入して地元日系農家に配った種から作られた野菜、果物・穀物、手芸品、書道や絵画など多数が展示されており、来場者の目を引いていた。 同地在住歴52年の同文化体育協会財務担当の新田築氏によると「今年は、ゲートボール場に屋根をかけるなどして施設の拡大にも努めた。県連のバスでの参加者は減っているが、地元住民など周辺地域からの参加者は年々増えている」という。 婦人部の手伝いに参加したロータリークラブの交換留学生・對馬(つしま)ゆうみさん(20、佐賀)は、「早朝4時に起床して、5時から仕込み。腕が筋肉痛 になった」と少し音を上げながらも「日本のアルバイトと比較してみても仕事内容は重い。けれど、だからこそ婦人部の方々はこんなに元気なのでは」と笑顔も 見せた。 同祭に訪れたリべイロン・プレット市在住のサベール氏(65)は、日系の祭りの長所について「安全で、代表的な日本料理があり、民族舞踊があること」と語った。 2015年7月15日付
パラグアイ・ピラポ岩手県人会創立55周年記念式典などに出席するため、岩手県から「南米移住者等交流活動支援事業」の慶祝団一行7人が今月27日から8月3日までの8日間にわたってブラジルとパラグアイを訪問する。 一行は27日にサンパウロに到着し、同日午前にイビラプエラ公園内の開拓先亡者慰霊碑を参拝後、午後7時からリベルダーデ区の岩手県人会館(Rua Tomas Gonzaga, 95)で会員との懇談会を行う。 一行は、翌28日にアスンシオンに向かい、ピラポ岩手県人会55周年記念式典(31日)、第20回南米相撲選手権大会(8月1日)、ピラポ入植55周年慰霊祭(2日)などに出席する。 来伯する一行は次の通り。 【岩手県庁】根子(ねこ)忠美岩手県環境生活部長(知事代理)、桜田康子主査。 【岩手相撲連盟派遣選手団】玉澤徳一郎団長、役員=滝川良一氏、選手=姉帯(あねたい)恵一氏、黒澤寛氏、加藤和也氏。ブラジル岩手県人会の千田曠曉会長は、27日の懇談会への出席を呼び掛けている。詳細は同県人会(電話11・3207・2383)まで。 2015年7月15日付
日本ブラジル外交関係樹立120周年記念事業ブラジル実行委員会(委員長=梅田邦夫在ブラジル日本国大使)の第7回会議が、8日午後2時からサンパウロ(聖)市ベラ・ビスタ区の在サンパウロ総領事館3階多目的ホールで開催された。 会議後に邦字紙へ概要を説明した梅田大使、中前隆博在聖総領事、山元毅在リオ総領事、在伯日本国大使館の髙田行紀一等書記官によると、初めに交代員として中前総領事が委員会に紹介されたという。事業全体の募金の状況は「最後のひと踏ん張り」と梅田大使は語り、おおむね集まっているとした。 120周年記念花火祭り概要としては、9月12日の開催を前提に、4500発の花火の打ち上げと日本のミュージシャンを招待してのコンサートを予定しているという。「家族に楽しんでもらえる日にしたい」と屋台やフードトラックの出店も予定している。 日伯ナショナルプロジェクト展覧会は2カ所での展示を終え、今後はサンパウロを含め、7カ所で開催予定。日本館の改修は11月20日以降に始まるという。 リオ市では今月31日と8月2日に日伯友好音楽祭がリオ市立劇場で開催される。さらに日本庭園の改修、日伯友好カップ、ゴルフコンペ開催を予定している。 皇族来伯とジルマ大統領の訪日は「前向き」に調整中。日本経済新聞主催の経済シンポジウムを9月に、医療シンポジウムを11月に予定している。 また梅田大使から現在の日系ブラジル人人口が190万人、在伯日本企業が700社と報告された。 2015年7月14日付
ニッケイ新聞 2015年7月8日 「ブラジル移民の父」上塚周平(1876―1935、熊本県)は1935年7月6日、プロミッソン(当時、第一上塚植民地)の地に眠った。今月5日、同市で『上塚周平80回忌法要』が行われ、ノロエステ沿線から彼を慕う多くの人が集まった。また在聖日本国総領事館の中前隆博総領事にとっては今回が初の移住地訪問となり、市民から熱い歓迎を受けた。 上塚周平は東大法学部を卒業して移植民事業を志し、皇国植民会社に入って水野龍社長の下、笠戸丸で渡航した。農業労働者として搾取される日本移民の状態を見かねて、自作農による植民地建設を思い立ち、1918年に上塚植民地を創設した。質素な生活を貫き移民と共に生きた。 プロミッソン市役所(アミルトン・フォス市長)、同日伯文化体育協会(岡地建宣会長)、同日系運動連盟(吉田ダニエル会長)の3団体が共催した同法要は午前8時から共同墓地で行なわれた。肌寒い曇り空にも関わらず約60人が集まり、先人への思いを馳せた。 中前総領事、フォス市長、熊本県文化交流協会田呂丸哲次会長がプロミッソン日本語校生徒から手渡された大きな花束を墓前に添え、リンス西本願寺の岡山智浄住職による読経のもと、焼香が行われた。午前10時からは上塚周平記念公園に場所を移し、計120人で公園中央にある仏壇に向け、再び読経のもと焼香を行った。 あいさつで中前総領事は上塚周平の功績を読み上げ、「移民の歴史がこれからも永く受け継がれていくことを願っている」と語り、フォス市長は「正直で勤勉だった上塚さんのような日本人がいたからこそ、この町が作られた」と称えた。 ノロエステ連合日伯文化協会の白石一資会長は「日系社会のために今回のようなことは大変に重要である」とし、田呂丸会長は「上塚先生と墓を守るプロミッソンの方々にはいつも感謝している」と県人の声を代弁した。岡山住職は法話で「今日は多くの人が集まったが、子供が少ないのが残念。後に続くものにも歴史を伝えていこう」と説いた。 上塚と直接交流があった〃上塚周平の墓守〃安永忠邦さん(94、二世)に上塚との思い出を聞くと、「先生が亡くなる直前に私が日語校の生徒を代表して病室に呼ばれ、『頑張ってくれよ』と手を握られたのを覚えている。先生からは人のために何かすることを学んだよ」と懐かしんだ。 また「80年前の葬式の時は道路が渋滞になって、式に間に合わなかった人が大勢いたほどだったよ。今日も沢山人が集まって先生も喜んでいると思う」と喜んだ。 法要後は文協婦人部が手作りした炊き込みご飯や煮物、漬物に舌鼓を打った。今回が初の移住地訪問になった中前総領事に感想を聞くと「温かく歓迎してくださり、大変感激した。総領事としての役割を改めて確認し、これからもできる限り訪問を続けたい」と決意を新たに語った。 □関連コラム「大耳小耳」□ 初の移住地訪問となった中前隆博在聖総領事。上塚周平記念公園で熱心に市民の声に耳を傾け、法要後も人知れず仏壇に近づき静かに手を合わせる姿が印象的だった。急きょ予定になかったプロミッソン市にある日系最初の一つ、クリスト・レイ教会への視察も行い、関係者からは喜びの声が上がった。8月には平野植民地、9月にはアグア・リンパでも100周年が行なわれる。コロニアからは前任者同様の〃活躍〃が期待されているようだが…。
ニッケイ新聞 2015年7月9日 宮崎県小林市在住の坂上正子さん(78)が、叔父に当たる坂上孫次郎さん(故人)の子どもや孫を探している。孫次郎さんは1893年、鹿児島県川辺郡笠沙町生まれ。 鹿児島県庁の資料によれば、1913年にミナスジェライス州に向かう鉱夫移民を乗せた三島丸で移住した。時期は不明だが聖市内で自動車営業に携わり、42年に死亡している。 鹿児島県人会の名簿には記載されておらず、同県人会の松村滋樹会長によれば、「サカウエ」姪は鹿児島や宮崎の限られた地域の出身者が多いという。 心当たりのある人は松村会長(電話=11・97221・1867、メール=kagoshimabr@gmail.com)まで。
「埋もれた歴史発掘したい」 「ウチナーンチュの心を引き継ぎ、埋もれた歴史を発掘していきたい」―。ブラジル沖縄県人移民研究塾(宮城あきら代表)はこのほど、同人誌「群星(むりぶし)」を創刊し、宮城代表は同人誌発刊の目的を冒頭の言葉で強調した。2013年から2年がかりで完成させた「群星」は、2万レアルに及ぶ経費を5人の委員が積み立てて自費でまかなったもの。このたび700部を印刷し、今後1年に1回の割合で発行していく考えだ。 「群星」創刊に中心的に携わったのは、宮城代表をはじめ、上原武夫氏、嶺井由規氏、高安宏治氏、与那嶺恵子氏の運営委員。2013年4月、移民105周年を迎えた当時、宮城代表らはブラジルの沖縄県人移民が社会的にも大きく成長した反面、「1世のウチナーンチュの心という精神的な遺産が次世代に十分に継承できていない」ことに危機感を持ち、「特に戦後移民としての社会的な流れを書いたものが少なく、埋もれた歴史を発掘していく」ことを目的に同人誌の発行を決めたという。 創刊された「群星」は日ポ両語で書かれた178ページにも及ぶ大作。「沖縄の伝統文化と県人会の活性化」(山城勇氏)、「埋もれた歴史の発見」 (宮城氏、前田徳英氏)、「ブラジル沖縄県人会の宝」(宮城氏、与那嶺ルーベンス氏)、「移民群像」(上原氏、知花真勲氏)、「思い出の記」(高安氏、上 原氏)、「琉歌 嘉陽カマト作歌」(嶺井氏)、「沖縄芝居『丘の一本松』の公演を終えて」(高安氏)、「書評」(崎間達雄氏)と、熊本大学教育学部准教授 の山城千秋氏が「ボリビアのオキナワ移住地における琉球芸能の伝承」と題した寄稿で構成されている。 特に「埋もれた歴史 の発見」の中で、第1回笠戸丸移民の知念亀氏が戦前に沖縄に戻っていたこと、「移民群像」で執筆者の上原氏が世話になった金城郁太郎氏の移民物語やカッペ ン移民の知花氏(ともに故人)を取り上げている。また、ボリビア移民の高安氏が少年時代にオキナワ移住地で過ごした体験や、2世たちへのウチナーグチ(沖 縄方言)の指導による「ウチナー芝居」公演への思いなども綴られている。 さらに、若い世代にも興味を持たせるために、嶺井氏が「琉歌 嘉陽カマト作歌」の「戦後移民の船出の歌」など音声映像を収録したものを付録DVDとして製作。文章、音声、映像の「三位一体」の同人誌となっている。 今後、各方面からの協力を仰ぎながら1年に1回の割合で刊行していく予定だという宮城代表は「今までのような特定の県人移民だけでなく、歴史に登場していない無名の人たちに光を当てていきたい」と意欲を見せていた。 なお、創刊号の合評会が、11日午後2時からサンパウロ市リベルダーデ区の沖縄県人会本部会議室(Rua Dr. Tomas de...
ニッケイ新聞 2015年7月8日 美容室チェーン「SOHO(蒼鳳)」創業者の飯島秀昭さん(65、埼玉)が、4月13日から1カ月かけて東日本を完全走破した。道のりは東京・日本橋から北海道・札幌までの1088・2キロ。聖市内の事務所で3日、飯島さんが取材に応じた。 これまで九州走破や四国の八十八カ所霊場を巡拝するお遍路などを敢行してきた。「なんとなく生きるのではなく、あえて高い山を登る」という気持ちが、そうした挑戦のきっかけだという。 総歩数は167万5977歩にも達したが、苦しさを感じることはなかったよう。むしろ「自然豊かな日本を感じた。サンパウロと違い澄んだ川が多く、海や山など環境がとにかく素晴らしかった」と歩いた人間ならではの感想をとめどなく語った。 ゴールの札幌駅前には5月14日に到着。知人が祝福の横断幕を用意し、修学旅行中の学生に持たせ記念撮影した。「気が向いた時にまた挑戦します」と語り、次なる「西日本編」にも意欲を見せた。 15日には今回の体験談などを語る講演会「なぜ歩く?」を行なう。午後2時から聖市文協ビル5階の県連会議室(Rua Sao Joaquim, 381)にて。入場無料。問い合わせは埼玉県人会の尾崎会長(11・3253・8554)まで。 □関連コラム「大耳小耳」□ 東日本を走破したSOHOの飯島秀昭さんには「日本の自然を感じたい」という思いが強かったようで、あえて田舎道を選んだという。東京から東北に向かう場合、国道4号線が最も分かりやすいが、岩手県盛岡市からは国道282号へ。青森県までの道中では、熊に遭遇しかける出来事もあったとか。そんな体験談や〃飯島哲学〃を聞いてみたい人は、ぜひ15日の講演会に足を運んでみては。
「SOHO」の創立者であり、「よさこいソーラン」や「ブラジルをきれいにする会」を創立した飯島秀昭氏が、東京から札幌までを徒歩で横断したことを受け、埼玉県人会(尾崎眞次会長)では飯島氏の講演会「なぜ歩く・東京―札幌」を15日午後2時から、サンパウロ市リベルダーデ区文協ビル5階の県連会議室(Rua Sao Joaquim, 381)で開催する。 飯島氏は2008年の「100キロ歩け歩け大会」を皮切りに、四国のお遍路や、九州を横断する徒歩の旅を続けて来た。 今回の旅では4月13日に東京・日本橋を出発し、約1カ月かけて札幌までを歩き、その距離は1088・2キロに及び、総歩数は167万5977歩になった。 「友人には飛行機で行けば安全だし、楽だし、簡単なのに、馬鹿じゃないか」と言われたと笑う飯島氏。「日本は豊か。それは物質的な豊かさということではなく、山、川、平地がどこに行ってもあり、自然が多いという豊かさ」と目を細める。 旅の途中では熊に遭遇しかけるなどのハプニングやたくさんの出会いがあり、講演会ではそのあたりの冒険譚を交えた話もある予定。 講演会を企画した埼玉県人会の尾崎会長は「帰国後に話を聞いていて、これを自分だけが聞くのはもったいないと思った。飯島氏の生き方や哲学は人の心に触れるところがある。多くの人に聞いてもらいたい」と語った。 入場無料。問い合わせは同県人会(電話11・3271・6596)まで。 2015年7月7日付
ブラジル日本都道府県人会連合会(本橋幹久会長)は、6月26日午後4時からサンパウロ市リベルダーデ区の文協ビル5階で6月度代表者会議を実施した。各県人会代表など38県が出席。5月度事業・会計報告後、第18回日本祭りの準備状況など各種報告が行われた。 本橋会長は「第18回日本祭りまで残り1カ月。頑張りましょう」と述べ、出席者らの士気を高めた。 日本祭りについては、今年はブラジル経済の不況の影響を受けて議員割当金(イメンダ・パラメンタル)がおりず、県連センター基金を急きょ全額を資金に計上した。山田康夫同祭実行委員長は「県連センター基金は、例年通り使うのを避ける方向で考えていた。だが、今年は特に資金繰りが苦しく使わざるをえない」と窮状を説明した。また、前売り券については「17の各県人会が券の販売に協力し、販売場所も昨年の20カ所から50カ所へと増加した」と述べ、積極的な販売協力を出席者らに要請した。前売り券1枚あたり、各県人会へは10%、県連へは13%の割合で手数料が配当される。 2015年7月2日付
ニッケイ新聞 2015年7月2日 沖縄県人会移民研究塾(宮城あきら代表)が5月、同塾での研究成果をまとめた同人誌「群星(むりぶし)」を創刊した。日ポ両語の白黒180ページで、過去の出版物刊行式やボリビア移住地、沖縄民謡を納めたDVD(約2時間)も付属する。先月30日、宮城代表らが来社して説明した。一つの県の県人だけで研究会を立ち上げ、このような同人誌を自費で発刊する取り組みは極めて珍しい。 13年4月に立ち上げた同塾は1、2カ月に一度会合を重ねてきた。宮城代表はその目的の一つとして、「沖縄移民に関して『写真で見るブラジル沖縄県人移民の歴史』など5冊の本が出ているが、明かすべき史実がまだまだあると感じる。移住者による生の証言を集めることや、移住史を掘り起こす使命がある」と説明した。 構成は「埋もれた歴史の発見―笠戸丸移民・知念亀の足跡、喜屋武亀三親子、琉球古典音楽の大家・山内盛彬」、「移民群像―金城郁太郎の移民物語、悲劇の麻州カッペン移民」、「思い出の記―ボリビア開拓地、ビラ・カロン沖縄村」「沖縄芝居」などで、熊本大学の山城千秋准教授による寄稿「オキナワ移住地の琉球芸能伝承」も。 著者の一人でボリビア移民だった高安宏治さん(県人会第一副会長)は「歴史を記すためにも必要な取り組み。様々な人からの自分史を寄せるなどもしたい」。 また「琉歌 賀陽カマト作歌」の執筆やDVD制作を担当した嶺井由規さんも、「自分たちで費用を積み立てた。言葉の問題で一世の想いや経験は、二世に伝わり難い現実がある。ポ語にして思いや歴史を伝える取り組みが必要だと痛感している。両親や祖父母のルーツを子孫に知ってもらえる一冊になった」と創刊を喜んだ。 創刊号は700部印刷し、県人会本部や関係者を通じ無料で配布している。今後は1年に一度のペースで冊子を発刊する意向だ。宮城代表は「ウチナーンチュ(沖縄県人)の心を受け継ぐための冊子となれば。新しい執筆者も求めている」と期待を込めた。 今月11日には感想を交わすための『合評会』を、聖市リベルダーデ区の県人会本部(Rua Tomas de Lima, 72)で行なう。問い合わせは宮城代表(11・4472・4530)まで。 □関連コラム「大耳小耳」□ 沖縄県人移民研究塾が創刊した『群星』。聞き慣れない言葉だが、昴(プレアデス星団)のことを沖縄語でそう呼ぶという。広辞苑によれば「集まって一つにまとまる」という意味で、宮城あきらさん曰く、「無数の移民群像と共に在るとの思いを込めて」命名したそうだ。沖縄移民の結束の強さを象徴するような誌名と言えそうだ。◎高安宏治副会長によれば、聖市ビラ・カロン支部でのウチナーグチ(沖縄弁)教室には、30人ほどの県人子弟が通っており、『群星』が生徒の間で回し読みされたという。関心を持つ児童にとっては、日語学習の教材としても活用できるかも。とあれば今後は日ポ語に加え、ウチナーグチ三語での出版が必要?
ニッケイ新聞 2015年7月2日 青葉健康生活協会(中沢宏一会長)の「青葉祭り」が今月も4日、18日の午前7時から宮城県人会館(Rua Fagundes, 152)で行われる。 ADSC農協婦人部の手作り食品や有機野菜の販売のほか、整体、各種バザーや薬草の販売が行われる。昼食には、はらこ飯や餅料理、18日にはさんま定食やイカ定食などが用意される。 また話題沸騰の健康食品「モリンガ」のお茶や苗はもちろん、カプセルやふりかけ、モリンガテンプラうどん(4日)やモリンガちらしずし(両日)などの創作料理も販売される。 問い合わせは同県人会(11・3209・3265)まで。
ニッケイ新聞 2015年7月1日 ブラジル日本都道府県連合会の6月の代表者会議が25日午後4時より、県連会議室で執り行われ、各県の代表者40人が出席した。冒頭の会計報告で同月の収入は1万2645・51レ、支出は1万712・23レと発表された。 議題の中心なったのは7月24日から3日間行われる「第18回日本祭り」についてだ。本橋幹久会長の「とにかく残り1カ月」の言葉で会議は開始された。 会計報告後、山田康夫同祭実行委員長(滋賀)と市川利雄副会長(富山)により、県連事務所の改装費等にあてられる予定だった「県連センター基金」約74万レアルを一般会計に組み込み、日本祭りの資金とする提案がなされ、出席者全員による拍手で承認された。 先月の代表者会議で約27万レの赤字になる見通しになった同祭は「県連の貯蓄を切り崩す」ことで開催を決行することになっていた。この承認により、実質的な開催の最終決定が行われた。 その後は当日を想定した機材の運搬や駐車場についての説明が行われ、出席者からも質問が相次いだ。また会議終盤には前回の日本祭りの様子を編集した映像がスクリーンに映し出され、各代表者の当日への意欲を燃やした。
