07/03/2026

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ニッケイ新聞 2015年7月8日 「ブラジル移民の父」上塚周平(1876―1935、熊本県)は1935年7月6日、プロミッソン(当時、第一上塚植民地)の地に眠った。今月5日、同市で『上塚周平80回忌法要』が行われ、ノロエステ沿線から彼を慕う多くの人が集まった。また在聖日本国総領事館の中前隆博総領事にとっては今回が初の移住地訪問となり、市民から熱い歓迎を受けた。 上塚周平は東大法学部を卒業して移植民事業を志し、皇国植民会社に入って水野龍社長の下、笠戸丸で渡航した。農業労働者として搾取される日本移民の状態を見かねて、自作農による植民地建設を思い立ち、1918年に上塚植民地を創設した。質素な生活を貫き移民と共に生きた。 プロミッソン市役所(アミルトン・フォス市長)、同日伯文化体育協会(岡地建宣会長)、同日系運動連盟(吉田ダニエル会長)の3団体が共催した同法要は午前8時から共同墓地で行なわれた。肌寒い曇り空にも関わらず約60人が集まり、先人への思いを馳せた。 中前総領事、フォス市長、熊本県文化交流協会田呂丸哲次会長がプロミッソン日本語校生徒から手渡された大きな花束を墓前に添え、リンス西本願寺の岡山智浄住職による読経のもと、焼香が行われた。午前10時からは上塚周平記念公園に場所を移し、計120人で公園中央にある仏壇に向け、再び読経のもと焼香を行った。 あいさつで中前総領事は上塚周平の功績を読み上げ、「移民の歴史がこれからも永く受け継がれていくことを願っている」と語り、フォス市長は「正直で勤勉だった上塚さんのような日本人がいたからこそ、この町が作られた」と称えた。 ノロエステ連合日伯文化協会の白石一資会長は「日系社会のために今回のようなことは大変に重要である」とし、田呂丸会長は「上塚先生と墓を守るプロミッソンの方々にはいつも感謝している」と県人の声を代弁した。岡山住職は法話で「今日は多くの人が集まったが、子供が少ないのが残念。後に続くものにも歴史を伝えていこう」と説いた。 上塚と直接交流があった〃上塚周平の墓守〃安永忠邦さん(94、二世)に上塚との思い出を聞くと、「先生が亡くなる直前に私が日語校の生徒を代表して病室に呼ばれ、『頑張ってくれよ』と手を握られたのを覚えている。先生からは人のために何かすることを学んだよ」と懐かしんだ。 また「80年前の葬式の時は道路が渋滞になって、式に間に合わなかった人が大勢いたほどだったよ。今日も沢山人が集まって先生も喜んでいると思う」と喜んだ。 法要後は文協婦人部が手作りした炊き込みご飯や煮物、漬物に舌鼓を打った。今回が初の移住地訪問になった中前総領事に感想を聞くと「温かく歓迎してくださり、大変感激した。総領事としての役割を改めて確認し、これからもできる限り訪問を続けたい」と決意を新たに語った。   □関連コラム「大耳小耳」□ 初の移住地訪問となった中前隆博在聖総領事。上塚周平記念公園で熱心に市民の声に耳を傾け、法要後も人知れず仏壇に近づき静かに手を合わせる姿が印象的だった。急きょ予定になかったプロミッソン市にある日系最初の一つ、クリスト・レイ教会への視察も行い、関係者からは喜びの声が上がった。8月には平野植民地、9月にはアグア・リンパでも100周年が行なわれる。コロニアからは前任者同様の〃活躍〃が期待されているようだが…。
ニッケイ新聞 2015年7月9日 宮崎県小林市在住の坂上正子さん(78)が、叔父に当たる坂上孫次郎さん(故人)の子どもや孫を探している。孫次郎さんは1893年、鹿児島県川辺郡笠沙町生まれ。 鹿児島県庁の資料によれば、1913年にミナスジェライス州に向かう鉱夫移民を乗せた三島丸で移住した。時期は不明だが聖市内で自動車営業に携わり、42年に死亡している。 鹿児島県人会の名簿には記載されておらず、同県人会の松村滋樹会長によれば、「サカウエ」姪は鹿児島や宮崎の限られた地域の出身者が多いという。 心当たりのある人は松村会長(電話=11・97221・1867、メール=kagoshimabr@gmail.com)まで。
「埋もれた歴史発掘したい」 「ウチナーンチュの心を引き継ぎ、埋もれた歴史を発掘していきたい」―。ブラジル沖縄県人移民研究塾(宮城あきら代表)はこのほど、同人誌「群星(むりぶし)」を創刊し、宮城代表は同人誌発刊の目的を冒頭の言葉で強調した。2013年から2年がかりで完成させた「群星」は、2万レアルに及ぶ経費を5人の委員が積み立てて自費でまかなったもの。このたび700部を印刷し、今後1年に1回の割合で発行していく考えだ。 「群星」創刊に中心的に携わったのは、宮城代表をはじめ、上原武夫氏、嶺井由規氏、高安宏治氏、与那嶺恵子氏の運営委員。2013年4月、移民105周年を迎えた当時、宮城代表らはブラジルの沖縄県人移民が社会的にも大きく成長した反面、「1世のウチナーンチュの心という精神的な遺産が次世代に十分に継承できていない」ことに危機感を持ち、「特に戦後移民としての社会的な流れを書いたものが少なく、埋もれた歴史を発掘していく」ことを目的に同人誌の発行を決めたという。 創刊された「群星」は日ポ両語で書かれた178ページにも及ぶ大作。「沖縄の伝統文化と県人会の活性化」(山城勇氏)、「埋もれた歴史の発見」 (宮城氏、前田徳英氏)、「ブラジル沖縄県人会の宝」(宮城氏、与那嶺ルーベンス氏)、「移民群像」(上原氏、知花真勲氏)、「思い出の記」(高安氏、上 原氏)、「琉歌 嘉陽カマト作歌」(嶺井氏)、「沖縄芝居『丘の一本松』の公演を終えて」(高安氏)、「書評」(崎間達雄氏)と、熊本大学教育学部准教授 の山城千秋氏が「ボリビアのオキナワ移住地における琉球芸能の伝承」と題した寄稿で構成されている。 特に「埋もれた歴史 の発見」の中で、第1回笠戸丸移民の知念亀氏が戦前に沖縄に戻っていたこと、「移民群像」で執筆者の上原氏が世話になった金城郁太郎氏の移民物語やカッペ ン移民の知花氏(ともに故人)を取り上げている。また、ボリビア移民の高安氏が少年時代にオキナワ移住地で過ごした体験や、2世たちへのウチナーグチ(沖 縄方言)の指導による「ウチナー芝居」公演への思いなども綴られている。 さらに、若い世代にも興味を持たせるために、嶺井氏が「琉歌 嘉陽カマト作歌」の「戦後移民の船出の歌」など音声映像を収録したものを付録DVDとして製作。文章、音声、映像の「三位一体」の同人誌となっている。 今後、各方面からの協力を仰ぎながら1年に1回の割合で刊行していく予定だという宮城代表は「今までのような特定の県人移民だけでなく、歴史に登場していない無名の人たちに光を当てていきたい」と意欲を見せていた。 なお、創刊号の合評会が、11日午後2時からサンパウロ市リベルダーデ区の沖縄県人会本部会議室(Rua Dr. Tomas de...
ニッケイ新聞 2015年7月8日 美容室チェーン「SOHO(蒼鳳)」創業者の飯島秀昭さん(65、埼玉)が、4月13日から1カ月かけて東日本を完全走破した。道のりは東京・日本橋から北海道・札幌までの1088・2キロ。聖市内の事務所で3日、飯島さんが取材に応じた。 これまで九州走破や四国の八十八カ所霊場を巡拝するお遍路などを敢行してきた。「なんとなく生きるのではなく、あえて高い山を登る」という気持ちが、そうした挑戦のきっかけだという。 総歩数は167万5977歩にも達したが、苦しさを感じることはなかったよう。むしろ「自然豊かな日本を感じた。サンパウロと違い澄んだ川が多く、海や山など環境がとにかく素晴らしかった」と歩いた人間ならではの感想をとめどなく語った。 ゴールの札幌駅前には5月14日に到着。知人が祝福の横断幕を用意し、修学旅行中の学生に持たせ記念撮影した。「気が向いた時にまた挑戦します」と語り、次なる「西日本編」にも意欲を見せた。 15日には今回の体験談などを語る講演会「なぜ歩く?」を行なう。午後2時から聖市文協ビル5階の県連会議室(Rua Sao Joaquim, 381)にて。入場無料。問い合わせは埼玉県人会の尾崎会長(11・3253・8554)まで。   □関連コラム「大耳小耳」□ 東日本を走破したSOHOの飯島秀昭さんには「日本の自然を感じたい」という思いが強かったようで、あえて田舎道を選んだという。東京から東北に向かう場合、国道4号線が最も分かりやすいが、岩手県盛岡市からは国道282号へ。青森県までの道中では、熊に遭遇しかける出来事もあったとか。そんな体験談や〃飯島哲学〃を聞いてみたい人は、ぜひ15日の講演会に足を運んでみては。
「SOHO」の創立者であり、「よさこいソーラン」や「ブラジルをきれいにする会」を創立した飯島秀昭氏が、東京から札幌までを徒歩で横断したことを受け、埼玉県人会(尾崎眞次会長)では飯島氏の講演会「なぜ歩く・東京―札幌」を15日午後2時から、サンパウロ市リベルダーデ区文協ビル5階の県連会議室(Rua Sao Joaquim, 381)で開催する。 飯島氏は2008年の「100キロ歩け歩け大会」を皮切りに、四国のお遍路や、九州を横断する徒歩の旅を続けて来た。 今回の旅では4月13日に東京・日本橋を出発し、約1カ月かけて札幌までを歩き、その距離は1088・2キロに及び、総歩数は167万5977歩になった。 「友人には飛行機で行けば安全だし、楽だし、簡単なのに、馬鹿じゃないか」と言われたと笑う飯島氏。「日本は豊か。それは物質的な豊かさということではなく、山、川、平地がどこに行ってもあり、自然が多いという豊かさ」と目を細める。 旅の途中では熊に遭遇しかけるなどのハプニングやたくさんの出会いがあり、講演会ではそのあたりの冒険譚を交えた話もある予定。 講演会を企画した埼玉県人会の尾崎会長は「帰国後に話を聞いていて、これを自分だけが聞くのはもったいないと思った。飯島氏の生き方や哲学は人の心に触れるところがある。多くの人に聞いてもらいたい」と語った。 入場無料。問い合わせは同県人会(電話11・3271・6596)まで。 2015年7月7日付
ブラジル日本都道府県人会連合会(本橋幹久会長)は、6月26日午後4時からサンパウロ市リベルダーデ区の文協ビル5階で6月度代表者会議を実施した。各県人会代表など38県が出席。5月度事業・会計報告後、第18回日本祭りの準備状況など各種報告が行われた。 本橋会長は「第18回日本祭りまで残り1カ月。頑張りましょう」と述べ、出席者らの士気を高めた。 日本祭りについては、今年はブラジル経済の不況の影響を受けて議員割当金(イメンダ・パラメンタル)がおりず、県連センター基金を急きょ全額を資金に計上した。山田康夫同祭実行委員長は「県連センター基金は、例年通り使うのを避ける方向で考えていた。だが、今年は特に資金繰りが苦しく使わざるをえない」と窮状を説明した。また、前売り券については「17の各県人会が券の販売に協力し、販売場所も昨年の20カ所から50カ所へと増加した」と述べ、積極的な販売協力を出席者らに要請した。前売り券1枚あたり、各県人会へは10%、県連へは13%の割合で手数料が配当される。 2015年7月2日付
ニッケイ新聞 2015年7月2日 沖縄県人会移民研究塾(宮城あきら代表)が5月、同塾での研究成果をまとめた同人誌「群星(むりぶし)」を創刊した。日ポ両語の白黒180ページで、過去の出版物刊行式やボリビア移住地、沖縄民謡を納めたDVD(約2時間)も付属する。先月30日、宮城代表らが来社して説明した。一つの県の県人だけで研究会を立ち上げ、このような同人誌を自費で発刊する取り組みは極めて珍しい。 13年4月に立ち上げた同塾は1、2カ月に一度会合を重ねてきた。宮城代表はその目的の一つとして、「沖縄移民に関して『写真で見るブラジル沖縄県人移民の歴史』など5冊の本が出ているが、明かすべき史実がまだまだあると感じる。移住者による生の証言を集めることや、移住史を掘り起こす使命がある」と説明した。 構成は「埋もれた歴史の発見―笠戸丸移民・知念亀の足跡、喜屋武亀三親子、琉球古典音楽の大家・山内盛彬」、「移民群像―金城郁太郎の移民物語、悲劇の麻州カッペン移民」、「思い出の記―ボリビア開拓地、ビラ・カロン沖縄村」「沖縄芝居」などで、熊本大学の山城千秋准教授による寄稿「オキナワ移住地の琉球芸能伝承」も。 著者の一人でボリビア移民だった高安宏治さん(県人会第一副会長)は「歴史を記すためにも必要な取り組み。様々な人からの自分史を寄せるなどもしたい」。 また「琉歌 賀陽カマト作歌」の執筆やDVD制作を担当した嶺井由規さんも、「自分たちで費用を積み立てた。言葉の問題で一世の想いや経験は、二世に伝わり難い現実がある。ポ語にして思いや歴史を伝える取り組みが必要だと痛感している。両親や祖父母のルーツを子孫に知ってもらえる一冊になった」と創刊を喜んだ。 創刊号は700部印刷し、県人会本部や関係者を通じ無料で配布している。今後は1年に一度のペースで冊子を発刊する意向だ。宮城代表は「ウチナーンチュ(沖縄県人)の心を受け継ぐための冊子となれば。新しい執筆者も求めている」と期待を込めた。 今月11日には感想を交わすための『合評会』を、聖市リベルダーデ区の県人会本部(Rua Tomas de Lima, 72)で行なう。問い合わせは宮城代表(11・4472・4530)まで。   □関連コラム「大耳小耳」□ 沖縄県人移民研究塾が創刊した『群星』。聞き慣れない言葉だが、昴(プレアデス星団)のことを沖縄語でそう呼ぶという。広辞苑によれば「集まって一つにまとまる」という意味で、宮城あきらさん曰く、「無数の移民群像と共に在るとの思いを込めて」命名したそうだ。沖縄移民の結束の強さを象徴するような誌名と言えそうだ。◎高安宏治副会長によれば、聖市ビラ・カロン支部でのウチナーグチ(沖縄弁)教室には、30人ほどの県人子弟が通っており、『群星』が生徒の間で回し読みされたという。関心を持つ児童にとっては、日語学習の教材としても活用できるかも。とあれば今後は日ポ語に加え、ウチナーグチ三語での出版が必要?
ニッケイ新聞 2015年7月2日 青葉健康生活協会(中沢宏一会長)の「青葉祭り」が今月も4日、18日の午前7時から宮城県人会館(Rua Fagundes, 152)で行われる。 ADSC農協婦人部の手作り食品や有機野菜の販売のほか、整体、各種バザーや薬草の販売が行われる。昼食には、はらこ飯や餅料理、18日にはさんま定食やイカ定食などが用意される。 また話題沸騰の健康食品「モリンガ」のお茶や苗はもちろん、カプセルやふりかけ、モリンガテンプラうどん(4日)やモリンガちらしずし(両日)などの創作料理も販売される。 問い合わせは同県人会(11・3209・3265)まで。
ニッケイ新聞 2015年7月1日 ブラジル日本都道府県連合会の6月の代表者会議が25日午後4時より、県連会議室で執り行われ、各県の代表者40人が出席した。冒頭の会計報告で同月の収入は1万2645・51レ、支出は1万712・23レと発表された。 議題の中心なったのは7月24日から3日間行われる「第18回日本祭り」についてだ。本橋幹久会長の「とにかく残り1カ月」の言葉で会議は開始された。 会計報告後、山田康夫同祭実行委員長(滋賀)と市川利雄副会長(富山)により、県連事務所の改装費等にあてられる予定だった「県連センター基金」約74万レアルを一般会計に組み込み、日本祭りの資金とする提案がなされ、出席者全員による拍手で承認された。 先月の代表者会議で約27万レの赤字になる見通しになった同祭は「県連の貯蓄を切り崩す」ことで開催を決行することになっていた。この承認により、実質的な開催の最終決定が行われた。 その後は当日を想定した機材の運搬や駐車場についての説明が行われ、出席者からも質問が相次いだ。また会議終盤には前回の日本祭りの様子を編集した映像がスクリーンに映し出され、各代表者の当日への意欲を燃やした。
ニッケイ新聞 2015年6月30日 サンタカタリーナ州のニッポ・カタリネンセ協会(篠原ロシャーナ会長)とブラジル宮城県人会(中沢宏一会長)が共催し、『第1回日本祭り&七夕祭り』が4、5日、州都フロリアノーポリス市の州立歴史博物館(Rua Arcipreste Paiva/Praca XV de Novembro, Centro)で行なわれる。 初日は午前11時~午後7時、二日目は午前9時~午後5時。太鼓や茶道、マツリダンスなどがステージを彩り、折り紙、書道、漫画などの展示や体験教室が行なわれる。同地の海産物を使った食品や民芸品、小物販売もある。 池田敏雄在クリチーバ日本国総領事の提案がきっかけで開催に至った。州政府や日系諸団体が後援する。石巻若宮丸の漂流民による日本人初上陸(1803年)を契機に交流する宮城県人会も、七夕飾りの指導等で協力することになった。 実行委員会渉外担当のナジール・デ・モラエス・ヨシイさんと中沢会長が来社し、「第1回目の日本祭りです。SCの日系社会を応援するためにも、ぜひ来場下さい」と呼びかけた。 翌6日午前10時半からは、州政庁(Rodovia SC 401, km 5, 4600)で外交120周年記念式典も行なわれる。...
ニッケイ新聞 2015年6月27日 日伯外交関係樹立120周年の本年、寄港が正式に発表された。23日に在聖総領事館から概要が明かされ、当地には7月末からの11日間にレシフェ、リオ、サントスへ寄港することが分かった。艦隊来伯は移民百周年の2008年以来、7年ぶり11回目となる。 昨年から調整していた練習艦隊の寄港が正式に決まった。海将補の中畑康樹氏(愛媛)を司令官とする艦隊が、海上自衛隊初級幹部を対象に長期間航海(5月21日~10月27日)をすでに始めている。 出発したのは「かしま」(小沢輝男艦長、兵庫)、「やまぎり」(橋本聖一艦長、熊本)「しまゆき」(小圷聖一艦長、愛知)の三隻で、幹部としての必要な知識と技能を育成させるとともに、友好親善関係の増進寄与を目的に12カ国16寄港地を訪問する。 現在は米国、グラテマラといった北中米地域を巡航しており、ブラジルには今から1カ月後の7月28日、ペルナンブコ州都レシフェに到着する。31日まで滞在し、リオには8月4~7日に「かしま」が、サントスには同月5~8日に「やまぎり」と「しまゆき」が分散入港することになっている。 初級幹部166人の出身県も公開された。主だった県で埼玉15、愛知、東京が14、神奈川、千葉が13、福岡8など全42県。また女性乗員は55人となっている。サントスを出港する8日まで各地で行事が行なわれる見込みだ。 レシフェでは到着した28日夜、港で中畑司令官、梅田邦夫大使による交流レセプションが行なわれる。在レシフェ領事事務所によるとまだ詳細は調整中だが、レシフェ日本文化協会の伊与田明会長は「7年ぶりの来伯。交流会や一般公開があるので楽しみ」と地元から期待する声を寄せた。 在聖総領事館によれば、サントスに寄港する5日に聖市を訪れ、歓迎会が行なわれる見込み。日系諸団体が主催し、文協大講堂で昼に開催を予定し、式後には各県人会による歓待行事も準備中だ。6、7日にはサントスで公式行事(艦上レセプション、サントス日本人会訪問など)に臨む。 リオでは6日夕方、外交120周年記念委員会が主催し、市内の日系協会会館にて歓迎会を行なう。リオ州日伯文化体育連盟の鹿田明義理事長は「我々も到着を心待ちにしている」と胸を膨らませた。離伯後はウルグアイ、亜国、チリ、ペルーなどに寄港する。
ニッケイ新聞 2015年6月27日 パラナ州にある兵庫県ブラジル事務所の山下亮(まこと)所長が退職するにあたり、5月29日付けで元県庁職員の彌城正嗣さん(60、兵庫県淡路市)が新所長に着任、知事来伯や進出企業の支援に向けて意気込んでいる。 現地採用で長年所長を務めた山下さんは、「もう自分は老体なのでゆっくりするつもり」と引退を表明。今後は県派遣の駐在員が代わりを担うという。彌城さんは県庁退職と同時に再任用された。 彌城さんは「ブラジルに進出する県系企業が増えてきた関係もあり、直接県庁と話がしやすいように」との県の配慮を代弁し、「兵庫県は海外事務所を5つも持つ。ブラジルへの県職員派遣は兵庫が初めて」と珍しい取り組みであることを強調した。 技術研修制度など南米との交流が盛んだった80年代に入庁したため、当地在住の知人も多いという。「昔の交友を温めたいし、いろんな方にお会いしてこれからの役に立てたい」と語った。 県系企業や新たに進出を図る企業が増えていることから、その支援にも当たることになるようだ。2009年から当地進出を図る兵庫県漁業協同組合連合会の活動も実を結びつつあり、「海苔の工場設立はほぼ立ちえることになるだろう。二の足を踏んでいる間に、中韓の安い部材の供給がどんどん盛んになっていく。工場ができたらそれを基盤にますます部材関係の進出が可能になる」との明るい見通しを語った。 また、1986年に提携関係を結んだパラナ州パラナグアーと淡路はどちらも内海に面した漁業の盛んな都市のため、「例えばえびやひらめの養殖など、内海同士の協力も可能」と漁業面での交流活性化にも期待を示した。 8月23日にある兵庫県人会創立55周年には知事も来伯し、滞在期間中にリオ、パラナ、アスンシオン、パラグアイなどを訪問予定。彌城さんは「8月までは知事来伯に向けた準備を進める」と初仕事に意欲を見せた。
平成27年(2015年)春の叙勲伝達式が、24日午後3時からサンパウロ市モルンビー区の在サンパウロ日本国総領事館公邸で行われ、旭日双光章受章の吉岡黎明氏(78)に勲章と勲記が伝達された。会場となった公邸には、吉岡氏の家族や友人をはじめ、呉屋春美ブラジル日本文化福祉協会会長、菊地義治サンパウロ日伯援護協会会長、本橋幹久ブラジル日本都道府県人会連合会会長ら日系団体各代表者の来賓を含む約25人が集まり、吉岡氏の受勲伝達を祝福した。 開式の辞を中前隆博総領事が述べた後に、来賓紹介が行われ、吉岡氏の功績が読み上げられた。 同氏は、社会福祉法人救済会「憩の園」で会長を務め、「宮腰千葉太多目的ホール」を建設・落成するなど日系社会や地域社会における高齢者への支援及び介護技術普及に貢献。平成23年(2011年)には帰伯労働者情報支援センター(NIATRE)を創設して会長に就任すると帰伯者の就労支援に取り組み、日伯両国の社会問題解決に努めた。 功績が読み上げられた後に、中前総領事から吉岡氏へ勲記と勲章が伝達され、来賓者と家族から拍手が送られた。 引き続き、中前総領事が祝辞を述べ、「吉岡氏は温厚かつ、責任感強く、誰からも親しまれる人柄で、日系社会に大きな貢献をされてきた」と称えた。 学生時代はファベーラ(貧民街)でボランティア活動もしたという吉岡氏は受勲者あいさつの中で「夢にも思っていなかった勲章をいただき、その意味がまだ自分自身はっきり分かっていないような気がしますが、推薦された方々には深くお礼申し上げます」と話し、謝辞を述べた。 伝達式が終わると記念撮影が行われ、式はその後、軽食や飲み物が用意されたパーティー形式の懇談会に移行。参加者各人が吉岡氏との歓談を楽しんだ。 2015年6月30日付
山口県のロータリークラブが山口県人会(要田武会長)を仲介し、憩の園とひまわり託児所それぞれに日本米と洗剤などの日用品を贈呈した。サンパウロ市リベルダーデ区の同県人会館で22日午後2時から贈呈式が行われ、憩の園の吉安園子会長、相田祐弘第1副会長、ひまわり託児所のワダ・サチコさんが同県人会館を訪れた。 同クラブがブラジルへの支援金10万円の寄付を始めて今年で21年になる。当初はオザスコ市の団体へ寄付していたが、日系社会に貢献したいという意向から憩の園とひまわり託児所が選ばれ、現金ではなく、「本当に必要としている物」を送りたいとし、5万円ずつの物資援助となった。 憩の園へは日本米270キロ、ひまわり託児所へは粉石鹸140キロ、消毒用塩素288リットル、台所用石鹸84リットルが贈られ、憩の園では先月31日に開催された「手巻き祭り」で早速使用され、来場者を喜ばせた。 同県人会の伊藤紀美子事務局員は「仲介役は大変だが、嬉しいこともある。スーパーの社長やお米屋さんが『何かできることはある?』と自主的に協力してくれる。足が出た分は要田会長が気持ちとして自費でまかなうなど、心のこもった支援を心がけて来た。誰かに良くしてあげたことは、自分に返って来る」と今までを振り返った。 来年の寄付は未定。ブラジルへの寄付が続いているため、ロータリークラブの決定によっては、違う国への寄付に変更する場合もあるという。   【コラム】 モザイク アメリカの在ロサンゼルス山口県人会が、今年で創立110周年を迎えることに合わせ、第4回「在外山口県出身者の会」が11月14日にロサンゼルス市で開催される。当日は山口県議会議長も訪米し、参加者と交流するとか。サンパウロの山口県人会はこれに向けた準備で大忙しだが、同県人会では現在参加者を募集中。山口県出身者でなくても、山口で働いていた親や夫、妻が山口県出身など、山口に縁がある人なら誰でも参加可能。問い合わせは同県人会(電話11・3208・6074)まで。 2015年6月30日付
ニッポ・カタリネンセ協会(篠原ロシャーナ会長)と宮城県人会(中沢宏一会長)が共催する「第1回サンタ・カタリーナ日本祭・七夕祭」が7月3、4両日、同州フロノポリス市の州立歴史博物館(Praca XV de Novembro-Centro)で開催される。また、「日伯外交120周年記念式典」が、同州の州庁舎(Rodovia SC 401-km 5,4600 Bloco1)で6日午前10時半から開かれ、梅田邦夫特命全権大使なども出席する。 中沢会長と同祭渉外担当のナジール・デ・モライス氏が案内に来社した。 同市は1803年に石巻若宮丸漂流移民5人が日本人として初めてブラジルに上陸した場所。現在は宮城県との親善交流が進められており、その関係で宮城県仙台を代表する七夕祭を日本祭に取り入れた。 開催のきっかけについて中沢会長は「各州部では日本祭りを開こうと活気づいている。そんな中、池田敏雄在クリチバ総領事から声を掛けられ、小規模ながら同祭が実現した」と述べた。 当日は、和太鼓、茶道、剣術、居合道、合気道、ラジオ体操、健康体操、盆踊りなどが行われる。その他には折り紙、マンガ、切り紙、日本語、書道、生け花、盆栽、武道など日本文化関連のワークショップも企画され、日本食や民芸品、焼き物なども販売される。 ナジール氏は「フロリアノポリスは魚類、カキなどの海産物も豊富で美味しい。当地の連邦大学の学生らやその他大勢の方々に、日系社会を知ってもらい交流を促進したい」と願いを込めた。 3日は午前11時から午後7時まで、4日は午前9時から午後5時まで。 同祭への問い合わせは宮城県人会(電話11・3209・3265)まで。 2015年6月30日付