06/03/2026

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ニッケイ新聞 2009年5月7日付け 徳島の芸能を聖市で――。阿波人形浄瑠璃の「平成座」(藤本友幸座長)が日本の連休を利用して初のブラジル公演を行なった。憩の園、サントス厚生ホームなどの福祉施設ではそれぞれ百二十人あまり、三日午後には聖市の徳島県人会館で公演し、四百年以上続く伝統の芸を一目見ようと四百人近い人たちが足を運んだ。ブラジル側もレプレーザ連阿波踊りが花を添え、〃徳島三昧〃の一日を満喫した。 十六世紀末に淡路で始まったとされる人形浄瑠璃。徳島では阿波藩主蜂須賀家の庇護を受け発展。各地に常設の農村舞台が作られ、庶民の娯楽として親しまれてきた。同公演は昨年十一月、訪日した原田昇県人会長が平成座創立二十周年公演を訪れた際に呼びかけ実現したもの。今回は平成座から藤本座長はじめ十人、公演実現に尽力した徳島ブラジル友好協会(林啓介会長)から尾形光俊副会長など十人が訪れた。各メンバーとも自費で参加したこのたびのブラジル公演。藤本座長は実現に尽力した尾形、原田両氏ら関係者へ謝意を表わすとともに、「初めての海外公演に向けて一生懸命に練習してきました」とあいさつ。「移民百一年目に新しい草の根の文化交流が実現できた」と喜びを表わした。飯泉嘉門知事からの親書も代読され、知事はさらなるブラジルとの交流へ意欲を見せた。その後は今回のため県内の老人会や座員らが作った折鶴や記念品が会長に手渡され、公演へ。この日の演目「傾城阿波の鳴門八段目~巡礼歌の段~」は人形浄瑠璃の定番で、上演前にポルトガル語であらすじの説明も行なわれた。主家のお家騒動に絡んで国を出て、盗賊に身をやつして大阪で暮らす十郎兵衛とお弓の夫婦。そのお弓のもとへ、三歳の時祖母に預けた娘、お鶴が父母を探す巡礼の途上で立ち寄る。身の上を聞くうちに娘と気づくが、素性を明かせば娘も罪に問われる。藤本座長の義太夫節と三味線の音に合わせ、それぞれ三人の人形遣いが母親の切ない心情と、両親の面影を探す娘の悲しみを表現していく。名乗り出ぬまま娘の髪を整え、最後には抱き寄せるお弓。次第に会場は静けさに包まれ、二十五分の公演が終わると満場の拍手へと変わった。公演後は藤本座長により、人形の動きなどの説明も行なわれ、来場者は動かし方の説明に聞き入っていた。その後は訪伯団メンバーによる日本舞踊や詩吟も披露され、来場者も一緒に「花火音頭」を踊るなど賑わった。会場を訪れた多田邦治さん(64)は徳島県出身。「祖母から毎晩この話を聞いていたので、台詞は皆覚えていますよ。なつかしいですね」「日本で見たことがあります」という山下譲二文協副会長は、「百周年以降こうした文化交流が続くか懸念がありましたが、こんな立派な公演が来て良かった。文化の継承には、やはり本場のものが来ることが必要。文協としても考えていかないと」と話す。「人形浄瑠璃を見るのは高校卒業以来」という瀬尾陽子さん(70、徳島出身)は、「日本でもめったに見られないもの。感激しました」と話していた。最後はレプレーザ連の阿波踊りも出演、舞台から会場を踊り歩いて盛り上げ、最後は「ふるさと」を合唱してにぎやかに公演を終了した。一九五三年から六四年までブラジルで暮らしていた尾形さん(79)は帰国後、今回で二十四回目の来伯。「初めての公演は我々としてもうれしい。こちらの人はもっと喜んでくれた」と笑顔。「ブラジルは大事な所。これからも交流を盛んにしないといけない。切れたら駄目」と話す。無事に公演を終え、「四百人も来てくれ、感謝感激」と安堵の表情を見せる原田会長。「人形の動きや語りを見てもらえ、ありがたい」と話し、「次は本格的な阿波踊りを呼べたら」とさらなる交流に期待をあらわしていた。
ニッケイ新聞 2009年5月6日付け 在伯埼玉県人会(飯島秀昭会長)は四月二十五日午前十一時半頃から聖州アルジャー市にある飯島会長の別荘で親睦会を開催した。リベルダーデ広場からバスが運行され、会員ら約五十人が参加した。同会では五日の定期総会で飯島さんが新会長に就任。会員の交流を深めることを目的に開かれた親睦会ではシュラスコを楽しみ、会長自らエプロン姿で料理をふるまう姿も。昼食後に会合が開かれ、冒頭、七十二歳で亡くなった田口七良さんへの一分間の黙祷・遺族の紹介、会に尽力した人への花束贈呈などが行われた。飯島会長は挨拶の中で「自分のミッションは何か、伯国にいて何ができるかを追求し活動する。ジャポネース・ガランチードを維持したい」と力強く宣言し、「みなの協力がなければ何も出来ない。共に光る埼玉県人会にしていこう」と会員たちに呼びかけた。新事務所の活用や今後の集まりも呼びかけ、会員同士の交流を通して会の結束を高めたいとする意向を表わした。その後はビンゴ大会も行なわれ、参加者一同で団欒の時を持った。埼玉県の旗を掲げての記念撮影を行い、親睦会は午後五時半閉会した。
ニッケイ新聞 2009年5月6日付け エイサー太鼓団体「琉球國祭り太鼓」(浦崎直秀代表)は四月三十日、サンパウロ日伯援護協会が建設中の福祉センターと福祉協会「希望の家」に、四月五日に聖市アニェンビー国際会議場で開催した十周年記念公演「島に戻(むどぅ)てい」のスポンサー金の残りから、それぞれ四千レアルを寄付した。援協本部で行われた贈呈式には、浦崎代表、上原テーリオ公演実行委員長、上原武夫相談役が訪れ、浦崎代表から森口イナシオ援協会長、尾西貞夫副会長、上村ジャイロ希望の家理事長に手渡された。浦崎代表は、「皆さんのおかげで最高の公演になりました。温かい支援があるから私たちもこうして寄付ができます」と関係者に感謝を示して、「少ない額ですが本当に頑張ってくださいね」と二団体へ激励の言葉を贈った。祭り太鼓の一行は同日、ブラジル沖縄県人会へも二千レアルを寄付。また、公演当日に観客から寄せられた保存できる食料一・五トンを希望の家に寄付している。
ニッケイ新聞 2009年5月6日付け サンパウロ日伯援護協会(森口イナシオ会長)とブラジル宮城県人会(中沢宏一会長)主催による講演会「老人性認知症の基礎知識」が、二日午後二時半から宮城県人会館で行なわれた。講師を務めたのは、東北大学大学院教授の目黒謙一氏(医学博士、宮城県出身)。約百五十人の参加で会場は満席となり、関心の高さをうかがわせた。 講演はポ語の逐次通訳がつけられ、スライドも日語・ポ語の両方で用意された。目黒氏は東北大大学院の医学系研究科高齢者高次脳医学教授で、脳血管性認知症研究の第一人者。十二年前に来伯し宮城県人を対象に診察調査を行っている。認知症には大きく分けてアルツハイマー病、血管性認知病、レビー小体病の三種類があり、アルツハイマー病がその大部分を占める。講演の中ではその各病気の症状・治療法を事例を交えながら詳しく説明した。目黒教授は認知症の発症は生活習慣とは関係がないとし、日本では「仕事人間はボケる」、伯国では「ダンスをしないとボケる」などと言われるが、誤った認識であると指摘した。講演ではまた、同教授が一九九七年の来伯時に行った宮城県人の診察調査をもとにしたブラジル移民の医療協力調査についても報告された。同調査は、伯国の宮城県出身者と宮城県田尻町住民を対象に行われた大規模な比較調査。報告によれば、糖尿病有病率は移民が日本在住者の三倍高く、認知症有病率はほぼ同率。また、移民の高齢者は日本在住者に比べ身体機能が高いと報告され、会場もその結果に納得した様子を見せていた。講演後の質問で大半を占めたのは、認知症への予防策はないのかというものだった。しかし、残念ながら現在の医療研究では、認知症は原因不明で細胞が自爆・融解していく病気であると考えられ、具体的な予防策は示されていないという。来場者からは予防策が分からないと心細いという声もあったが、教授は「認知症はまず一緒に住む家族が発見しなければならない」、そして「医療機関できちんとした診断を下してもらい、適切な治療を行う必要がある」と呼びかけた。講演会の最後には、教授から援協と宮城県人会へ寄付が贈られたほか、援協と宮城県人会から来場者に向け約百人分の講演会参加証明書が発行された。教授は、今回の来伯中に宮城県人の追跡調査を行う。調査結果はニッケイ新聞で掲載予定。
ニッケイ新聞 2009年5月5日付け ブラジル千葉県人会(原島義弘会長)は三日午前十一時から、定期総会と新会館竣工式を開催した。先月十七日に建設業者から引き渡されたばかりの白壁が眩い会館(地下鉄ジャバクアラ駅徒歩一分)に百五十人弱が集まって祝杯をあげ、〃団欒〃を楽しんだ。九年越しの悲願だった新会館建設。しかし実際には、レアル安や金融危機による建設資材高騰でおきた資金難が解消しておらず、母県からの追加支援金の残り半額である三百五十万円を頼りにしている現状だ。 「みなさんおはようございます」。先亡者への黙祷後、原島会長の第一声で会場からは拍手が沸き起こった。二〇〇〇年の会長就任以来、会運営を引張って来た原島会長のもと、長年間借りして肩身の狭い思いをしてきた同県人会は創立五十二周年目にして待望の〃我が家〃を持った。原島会長は会員や母県の協力に深く感謝を述べ、「我が家を持つことができたが、主人一人では維持できない。〃女房役〃の副会長や会員ら一致団結して魂を入れなくては。皆さんのための良い会館にしましょう」と力強くあいさつ。そして、母県からの祝辞を代読した。〇七年八月の創立五十周年慶祝団として来伯した堂本暁子前知事は、助成金削減の風潮の中で「ブラジル千葉県人会設立五十周年記念事業協賛会」の特別顧問として音頭をとり、三千二百万円の募金を集めるなど尽力した。「全力を尽くしてくれた前知事に敬意を表する形」として堂本前知事からの祝辞を読み上げた。「我がことのように喜んでいます。ブラジルと日本、千葉県との交流がますます活発になることを願ってやみません」続いて三月の知事選で堂本知事と交代した森田健作新知事、浜田穂積県議会議長、川上茂県議会日伯友好議員連盟会長・協賛会会長らの祝辞が紹介された。議事に移り、〇八年度事業報告を拍手で承認。善村和夫会計理事が〇八年度会計を報告した。昨年の収入は会館建設のための県補助金など約九十三万レアル、会費収入三千七百二十レを含み合計約百二万レ。会運営費に約六万七千レを支出した。予算案は、八部屋十六人が入居できる学生寮の収入見込みを含め、収入の部が十一万五千二百二レ、同額の支出を承認。会計報告、予算案ともに建設費が含まれていないことから、確定していない状態。これについて原島会長は、「まだ県からの追加資金援助の半額三百五十万円が届いていないが、どうなるか分からない。収支決算ができない状態」と説明した。六月に表敬訪問する際、「あたって砕けろの精神で森田新知事に協力を求めたい」と宣言した。〇九年度事業計画案では、八月二十三日に県と合同で新会館竣工式典を行うことを確認。原島会長は、「八月の母県との合同祝賀会で決算書を作って報告する」と会場に理解を求め拍手で承認された。また、「建設はまだ続いています」と会員に更なる協力を呼びかけて総会を終了した。続く祝賀会では、「結婚式もできるわね」「今度からもっと集まらないとね」といった声も会場から聞こえ、午後三時過ぎまで食事や新会館の見学など、それぞれ楽しんでいた。父の故川島武夫さんが初代県人会会員だった馬場富江さん(69、モジ在住)は、歴代の会長が会館建設の夢を持ちつつも実現できなかったことを振り返り、「父もあの世で喜んでるでしょうね」と顔をほころばせた。
会館竣工式で久しぶりに会った原島会長(千葉県人会)は、以前と比べてかなり痩せたように見受けられた。聞けば、会館建設のストレスで八キロほど落ちたのだという。為替変動や資材高騰など、不慮の事態による資金難に悩まされてきた。奔走の末、会館は完成したが、「建設はまだ続いている」と表情を引き締める会長。ハードは出来たが、一番大切なソフト(会作り)はこれから、ということだ。「人生、プラス思考で行けば必ず成就する。これは移民の信念でもある」という会長に、思わず納得。会長はじめ会員のみなさんに敬意を表するとともに、千葉県人会の新たな出発にエールを贈りたい。 ◎ 千葉県人会は会館新築にともない、電話番号が変更となったので注意。新番号は、11・5021・3931(ファックス兼)。住所はこれまで通り、聖市シダー デ・バルガス区ネルソン・フェルナンデス街二四七番。なお、同県人会では現在、学生寮の入居者(男子は満室のため、女子のみ)と住み込み管理人(日系人夫妻)を募集中。詳細は事務局まで。
「『仏作って魂入れず』にならないよう、これから一番大切な中身を作っていきたい」―。千葉県人会(原島義弘会長)は三日、完成したばかりの新会館で、〇九年度定期総会と会館竣工式を行なった。構想から九年、ついに「我が家」を持った会員らの喜びはひとしお。出席した百人は真新しい会館で気分一新、原島会長のもと、更なる団結と会の活性化を誓った。 若者を魅了する活動 8月23日、母県慶視団迎え竣工祝典も 「おはようございます」。開口一番、原島会長の挨拶に、会員らからは暖かい拍手が沸いた。会館建設に奔走し、誰よりも苦労を重ねてきた原島会長。その姿をつぶさに見てきた会員らからの、ねぎらいの拍手だった。 それに笑みで応えた会長は、「みなさんの協力のおかげで今日を迎えられることを嬉しく思います」と静かに始めた。 会館は、地下鉄ジャバクアラ駅から徒歩一分という抜群の立地条件にある。三百平方メートルの敷地面積で、〇四年に購入した平屋家屋を取り壊して新築したもの。 四階建てで、外観・内部ともに白を基調としている。地上部分は一階から順に、多目的ホール、事務所や会議室など、学生寮と続く。地下は十四台分の駐車場を備えた。 母県から約五千万円の資金援助を受け、着工したのがちょうど一年前(〇八年四月末)。ところが、予想外の豪雨、為替変動による資金の目減り、建築資材の高騰など、不慮の事態が続発。工事は大幅に遅れた。 その間、原島会長は骨身を削る思い。毎日、工事現場に通い、資金繰りに奔走した。こうした紆余曲折の末、会館は四月十七日に完成。前身の平屋家屋からは打って変わった立派なものが出来上がった。 「お願いしたいこと」として原島会長は、「外枠は作ったが中身がない、というのでは困る。これからは、一番大切な魂作りをしていきたい。会員一人ひとりの会館を目指したい」と抱負を語り、会員らにも協力を要請した。 会館を見学して回った会員らからは、「きれい」、「近代的」などの感想が漏れ、一様に満足の表情を浮かべていた。 サン・ジョゼ・ドス・カンポスから来ていた内山節子さん(六八、勝浦市出身)は、「孫やひ孫までは、この会館で世話になると思う」とし、県人の結束力をさらに高めていきたい、と話していた。 会場からはさらに、「一番の目的は若い人を惹きつけること」、「若者が集うような会館に」とした要望が多く聞かれるなど、会の活性化と若者を取り込む運営方法に期待が寄せられていた。 これについては、原島会長はじめ役員らも同意見。七月頃には会館運営が軌道に乗ると見込んでおり、それに合わせてイベントやコースなども検討していく。 八月二十三日には、母県から慶祝団を迎えて、新会館の建設竣工祝典も行なう予定。原島会長は、「常に上昇志向で目標を達成していきたい。いいことは全部やる」と力強く語り、会館と会運営に意欲を示していた。 なお総会では、〇八年の事業・会計報告、婦人部・青年部経過報告、〇九年度事業警告・予算案などを審議。役員改選はなかった。 写真:平屋家屋が新装一転 写真:新会館の竣工を祝った会員のみなさん
親睦と団結誓って ―埼玉県人会― シュラスコパーティー 埼玉県人会(飯島秀昭会長)は四月二十五日、アルジャー市内の別荘でシュラスコパーティーを行なった。五日に就任した会長が、新会員の獲得と若い世代の取り込みを狙って発案したもの。青年部の役員が県出身者らに声をかけ、約五十人が参加した。 青空の下、別荘の庭には三張のテントが設営され、おでんや角煮、酢の物といった和食を会長が用意。それらがズラリと並んだテーブルには長蛇の列ができた。 「これから協力して下さる皆さんの顔が見たかった。だから今日は最大限のもてなしをしたい。まずは食べて」とエプロン姿の会長が次々に肉を焼いて振る舞った。参加者は炭火焼や、前日からじっくり焼いて旨味が凝縮された肉に舌鼓を打った。 会長は、「埼玉県人は光っていると言われるような県人会にしていく。日本人会をどげかせにゃ。埼玉はやりますよ」と熱意を示し、参加者からは新会長に期待する声が多く聞かれた。 初めて県人会活動に参加した二十代の女性は、「同感。埼玉は日本でも存在感が薄い。これからは若い力で動かしていかなければ、集まれ若者たち」と熱のこもった声援を送っていた。 飯島会長は一九七九年に着伯。約三十店舗を抱える美容室「SOHO」の創業者で、昨年の二十五周年を機に引退。現在は「美しくする会」や「YOSAKOIソーラン」の活動を積極的に行なっている。一月には県人会の事務所をブリガデイロ・ルイス・アントニオ大通りに新設した。 写真:「埼玉はやりますよ」と意気込む県人会員ら
人気だった絵画ワークショップ  ウニヴェルソ・ダ・アクアレラ 賑わった文化救済慈善バザー 水彩画グループ「ウニヴェルソ・ダ・アクアレラ」(小松レジーナ、脇坂グラシエラ両代表)主催の文化救済慈善バザーが、四月二十四日午前十時半から午後十時まで、聖市アクリマソン区の滋賀県人会会館で開かれ、平日にもかかわらず累計で約四百三十人(主催者発表)にのぼる人が詰めかけ、盛況を博した。 同バザーは、小松代表らがホテルや判事関係の協会などでこれまで十数回にわたって行なってきたが、滋賀県人会会館で開催するのは今回が初めて。教師、保母など教育関係者への援助や水彩画グループの若手育成が主な目的で、他の団体と協力し合うことで、交流と情報交換やそれぞれの活性化を見込んでいる。 この日のバザーには、サンタクルース病院、ピッコロ、パイネイラなどのコーラス・グループも奉仕し、昼食に用意された弁当百七十食分が早々に完売したという。 会場では、衣類、木工品、宝石・装飾品、陶器や生活用品など十八のバザリスタが出店。地下の空間では、水彩画グループによる絵画や折り紙のワークショップも行なわれるなど、充実した様子だった。 バザリスタの一人である吉本ルシアーナさん(五二、三世)は「医者の仲間から誘ってもらい、初めて自分で作った品物を売りましたが、本当に楽しいですね」と笑顔を見せていた。 滋賀県人会の山田康夫会長は「滋賀県人会だけではできないことを、模索しながら皆さんに協力してもらうことで、県人会の存在を知ってもらうこともできるし、活性化にもつながる」と話す。 脇坂グラシエラ代表は「滋賀県人会だけでも、水彩画グループだけでも人数が少なくてできなかったことを今回、一緒にやることができました。たくさんのボランティアの人にも手伝っていただき、また次もやってみたいと思います」と意欲を見せていた。 写真:滋賀県人会での慈善バザーを成功させた小松・脇坂両代表(右側左から)
 千葉県人会念願の新会館が完成した。地下鉄ジャバクアラ駅から徒歩一分という好立地。地上三階地下一階、駐車場も完備しており、今週末には家具などをそろえる予定だ。  二人部屋の学生寮(広さ十三平方メートル、家賃一人三百レアル)は既に入居している人もあり、申込みも来ているとか。連絡は原島会長(11・5012・3379)まで。
制度発足50周年迎える 日本へ感謝の気持ち伝えたい ASEBEX、10月に記念式典 ASEBEX(留学・研修生OB会、小松ジェニ会長)は、県連(与儀昭雄会長)、文協(木多喜八郎会長)との共催で今年十月に県費留学生・技術研修生制度開始五十周年を記念する式典を開催する。同制度で日本に行く日系子弟が年々減少する傾向にある中、小松会長は「五十周年の節目を機会に、昔のOBたちに戻ってきてもらうことができれば」と話しており、これまで世話になった日本側への感謝を示すとともに、日本文化を体験してきた日系人たちの存在をアピールする考えだ。   前留学生、研修生OB集合を! 日系人の存在感をアピールへ 県連の創立四十周年記念誌「ブラジル県連」によると、県費留学生制度は、岡山県が他県に先駆けて一九五九年に創設。第一期生は、現在のブラジル文化福祉協会第二副会長の栢野定雄氏だった。 現在、留学生・研修生OBの総数は定かでないが、県費留学生OBだけで千人以上に上る。 小松会長によると、一九六六年にASEB(留学生OB会)、八一年にABEX(研修生OB会)がそれぞれ創立され、九一年に両団体が現在のASEBEXとして合併して今年で十八年になるという。 その他に、文部科学省やJICAによる日系研修生制度などもあり、十月の式典ではASEBEXのみならず、すべての留学生・研修生を対象に参加を呼びかける考えだ。 小松会長は今年一月に会長に就任(一期一年)。九七年に愛知県の県費留学制度で豊橋技術科学大学で化学工学を一年間学び、九九年から一年間JICA研修制度により環境工学(排水処理および廃棄物処理)分野関連会社で研修。現在もサンパウロで環境関連の仕事に就いている。 ASEBEXでは毎年一月、日本への研修希望者を対象にしたセミナーを開催し、五月か六月頃に秋の研修会、年に二回(六月と九月頃)留学生向けの講演会などを実施。七月には県連主催の日本祭りにもボランティアとして協力している。 十月の式典場所など詳細は後日決定されるが、各県人会を通じて各県の知事や国際交流課関係者など招待してもらうことや、県人会からの推薦により代表者を式典当日に表彰する考えだ。 そのほか、OBを中心にインタビューを行ない、ビデオや書籍としてまとめることも考慮しており、現在のところIPK(インスチチュート・パウロ・コバヤシ財団)からの資金協力が決まっているという。 小松会長は「毎年、留学生・研修生の募集者が減っているのが問題視されていますが、OBがいる限り私たちの活動は続けられると思います。今回の式典は、すべての留学生・研修生たちからの日本に対する感謝の気持ちを伝えることが目的ですが、昔のOBや先輩たちに戻ってきてほしいという思いも強いです」と半世紀の節目を機会に、日本文化を自ら体験してきた「日系人」たちの思いを強化することも視野に置いている。 「今の二〇歳代の若者たちの間には、日本文化についてもっと知りたいという思いがあっても、親が日本のことを知らずに教えられないという現実があります。そういう人たちを、私たちASEBEXでもっと引き込みたいと思います。太鼓や祭り、アニメといった日本文化も良いのですが、他人への思いやりや真面目さなど、日系としての基本的な価値をASEBEXで伝えていくことができれば」と小松会長。『日系人』としての思いを継承していくことを望んでいる。
 ブラジル日本都道府県人会連合会(県連、与儀昭雄会長)主催のフェスチバル・ド・ジャポン(七月十七から十九日)では、今年も日系女性が美しさを競うコンテスト『ミス・フェスチバル・ド・ジャポン/ミス・ニッケイ2009』の開催が決まっており、主催者側は現在コンテスト出場希望者を募集している。申し込みはサイトwww.missfestival.com.brまたはwww.festivaldojapao.comで受付、締め切りは六月十四日となっている。  出場資格としては日系人女性であること、コンテスト当日に十五歳以上三十歳以下であること、独身であることなどが規定されており、それらの条件を満たしていればブラジル国内どこからでも出場できる。  写真および書類による一次審査が行われ、その通過者だけが七月十八日にフェスチバル・ド・ジャポン会場内で行われる本選に進むことができる。  出場資格、参加申し込み方法などの詳細は前記サイトを参照のこと。
ニッケイ新聞 2009年5月1日付け  ブラジル群馬県人会(内山住勝会長)は十七午前十一時から同会館(サンジョアキン街526)で「第三回群馬やきそば祭り」を催す。 やきそばは一皿十二レアル(前売りは十レ)。そのほか、野菜をたっぷり入れてうどんを煮込む群馬の郷土食「お切り込み」も販売する。 午後三時ごろまで。前売り券等問合わせは同県人会(11・3341・8085)まで。
ニッケイ新聞 2009年5月1日付け 愛知、和歌山、大分、滋賀の四県人会合同の「第十回屋台まつり」が四月二十六日、愛知県人会館で開催され、計六百人以上が足を運んだ。昼食時には約二百席が満員になるほどの盛況をみせ、各県人会員が腕を振るう料理に舌鼓を打った。愛知の味噌串かつは「特製味噌が美味しかった」と好評で、「おかわりするほど気に入りました」と家族三人で足を運んだ内山薫さん(34)。約二百本が売れ、世代を問わず好評だった様子。県連日本祭でもお馴染み、桜海老や甘めの特性ソースが人気の和歌山のお好み焼きは、ベテラン婦人部の皆さんが腕を振るって大健闘。「うちは年季入ってるから。チームワークが良いし、材料も良いもの使ってるからね」と自信の表情を浮かべる木原好規会長。二百食弱を売り上げた。早々とダンゴ汁、牛たたきを完売、地鶏を使ったトリ飯も評判の良かった大分。味にうるさい伊東信比古理事を筆頭に、こだわりの郷土の味を提供した。滋賀はハンバーグカレーで初参加した。ごはんが炊き上がるのが間に合わないなど、「お客さんを逃してしまって残念だった」(山田康夫会長)。「要領が悪いんだよ」といった隣のブースからの茶々にもめげず、長時間煮込んだカレーは全て売り切って手ごたえを感じたよう。「次回はもっと美味しくするよ」とスタッフ全員意気込んでいた。食堂ではカラオケ、入口でバザー、子ども向け映画上映も行われ、友人や家族連れで訪れた人で会場は活気にあふれていた。次回の屋台まつりは同四県人会により十一月十五日に開催される予定。
ニッケイ新聞 2009年5月1日付け  日本人アマゾン入植八十周年慶祝のため企画された県連主催「第三十二回移民のふるさと巡り」が、さらに四十人を追加募集することになった。 応募が百六十人に達しいったん受付けを締め切っていたが、希望者が多いことから追加の受付けを決めたもの。 九月十五日朝サンパウロ発、二十一日夜サンパウロ着の五泊七日。追加分では旅行日程が多少変更された。変更点は出発時間で、十五日朝にサンパウロを出発するため、同日はトメ・アスーで一泊する。 トメ・アスー、ベレン、マナウスの八十周年式典には、以前の募集と同様に参加する。 費用は一人三千五百九十レアル(二人部屋、空港税別、一人部屋は四千三百八十レ)。定員に達し次第受付けを締め切る。 問い合わせ、申し込みはグローバル・サービス(11・3572・8990)まで。
ニッケイ新聞 2009年4月30日付け サンパウロ日伯援護協会(森口イナシオ会長)とブラジル宮城県人会(中沢宏一会長)は五月二日午後二時半より宮城県人会館(ファグンデス街152)で講演会「老人性認知症の基礎知識」を実施する。入場無料。講師を務めるのは目黒謙一・東北大学大学院医学系研究科高齢者高次脳医学教授(医学博士、48、宮城)。脳血管性認知症研究の第一人者で、認知症の判定方法の研究・普及に取り組んでいる。十一年前に宮城県人を対象に診察調査しており、二度目の来伯。今回は宮城県人の追跡調査を行う予定。中沢県人会長、援協の坂和三郎副会長、川守田一省広報渉外室長が案内に訪れ、「老人性認知症とは何かを知ってもらい、早期発見に役立ててほしい」と来場を呼びかけた。
ニッケイ新聞 2009年4月30日付け  千葉県人会(原島義弘会長)は五月三日午前十時半(第二次招集)から、新会館(ネルソン・フェルナンデス街247、地下鉄ジャバクアラ駅徒歩一分)で定期総会を開く。主な議題は前年度事業・会計報告、新年度事業・予算案審議。  総会終了後、午後十二時半頃から新会館の竣工式典を行う。  新会館の建物は十七日に施工業者から引き渡されたばかり。同会では八月に母県から県議会議員らを招き、落成式を行う予定だ。
ニッケイ新聞 2009年4月30日付け NGO団体青葉健康生活協会(中沢宏一会長)が主催する青葉福祉祭りが五月二日、通常の青葉祭りが十六、十七日、午前七時から午後五時まで宮城県人会館(リベルダーデ区ファグンデス街152)で開催される。中沢会長、サンパウロ日伯援護協会の坂和三郎副会長、川守田一省広報渉外室長、ADESC(農協婦人部連合会)の内海千代美会長、飯田正子副会長、画家の五木田綾子さんが来社し来場を呼びかけた。二日の青葉福祉祭りは援協が屋上の食事処を担当し、昼食メニューとして手巻き寿司、かじきマグロのぬか味噌漬炭焼きとおにぎり、ランバリフリッタ、搗きたての餅を入れた雑煮などを用意する。今回もPIPA青空学級によって餅つきが行われ、一袋(五百グラム)六レアルで販売。前回好評だったことから予約(11・9536・0616/矢野)も受け付けている。十六、十七日の通常の青葉祭りでは、宮城の郷土料理としてさんま定食、イカポッポ焼き、イカ入りソース焼きそば、ずんだ餅、はらこ飯、きな粉餅を用意。十六日にはADESCによる「こども絵画教室」も開かれる。講師は五木田綾子さん。六歳から十五歳が対象で、午前九時から正午、午後一時から四時の二回行なう。参加無料。当日はクレヨンを持参すること。内海会長らは「一人でも多くの生徒に来てもらいたい」と参加を呼びかけた。絵画教室希望者は、予約が必要。五月八日までに電話(11・3835・6775)又はメール(adescsp@ig.com.br)でADESCまで。新鮮な有機野菜、ADESCによる手作り加工食品は全ての日程に並ぶ予定。
 十九日に福岡県篠栗町で行なわれた県費留学生の歓迎会でのこと。  参加した日本の若者が「ケンタッキーフライドチキンのカーネルおじさんが来てる」と指を差すので、誰だろうと見てみると、なんと移民百周年記念協会の松尾治さんではないか。  松尾さんは移民百周年を終えて、ローザ夫人と一緒に故郷福岡で羽を伸ばしていた。  歓迎会ではブラジル福岡県人会の子弟たちを激励していたが、同氏の恰幅(かっぷく)の良さが、カーネギーおじさんにそっくりだった。  日伯の交流に尽くしている松尾さん。いずれ、カーネギーおじさんのような銅像がサンパウロに建立されるかもしれない。