【既報関連】ブラジル鹿児島県人会(園田昭憲会長)は、11~13日午前9時から午後6時までサンパウロ(聖)市リベルダーデ区の文協ビル2階貴賓室(Rua Sao Joaquim, 381)で鹿児島県人会創立100周年記念行事の一環として「三人展」を開催する。11日午後7時からは同会場でオープニング・パーティーが行われる。
「三人展」には、画家の森一浩氏(63、3世、千葉)が12点、彫刻家の豊田豊氏(82、山形)と画家の若林和男氏(82、兵庫)が各7点の作品を出展する。
森氏は聖市に生まれ、5歳で日本へ。数々の賞を受賞し画家として確固たる地位を築き、15年前より聖市に活動拠点を移動。以来、毎年最低2回は大作を含め制作活動を行っているという。2007年には聖市イビラプエラ公園内アフロ・ブラジル美術館で個展を開催。その際、同氏の絵画を「書」に近いものがあると評す人がいたという。同氏はそのことについて「黒い絵の具を使い単色に近い作品が多い。ブラジル生まれでも日本の文化に影響を受けているからでは」と語った。
また今回の作品については「ブラジルのダイナミックで開放的な土壌に影響され、自分の毒気を出して頓着せずに感情をむき出しにした画を描ける。6年前からかなり画風が変わったと妻にもよく言われる」と笑顔で話した。
若林氏が絵画を志したきっかけは、1931年満州事変の年に生まれ、軍国主義の下で育ったことだという。「しかし、終戦で価値観は180度ひっくり返った。そのころ、壁画運動で有名なメキシコのダビッド・アルファロ・シケイロスのように万人のための画を描きたいと思うようになった」と同氏。その後、紆余曲折を経て61年に伯国へ移住し、「ブラジル移住後は作品にあえて『日本』を持ち込まないようにしたが、20年たって日本のアイデンティティーを隠すのは違うと感じ始めた。以来、自分の根本にある『日本』を意識して制作するようになった。今の作品は日本を記号化することをテーマに入れている」と自身の作品について語った。
豊田氏は元々絵画を専門に制作していたが、65年にイタリアへ渡ったのを機に彫刻家へと転身。その後、世界をまたに掛けて主にモニュメント制作の 分野で活動し、03年には日本政府より旭日双光章を受章している。同氏は「県人会の100周年記念行事に芸術を取り入れてくれる鹿児島県人会に感謝した い。他の記念行事ではほとんどそういったことはなく、文化的に本当に価値のあること」と話す。
3人は最後に「芸術家は作品に必ず何かしらのメッセージを込めている。美術など分からないと最初から決め付けずに、どんなことを伝えようとしているのか心で感じに来てほしい」と来場を呼び掛けた。
また同県人会創立100周年記念行事として、12日午後2時からは同ビル小講堂で「西郷隆盛講演会」も併せて行われる。講師は志学館大学教授で鹿児島大学名誉教授でもある原口泉氏。
どちらも入場無料。問い合わせは鹿児島県人会(電話11・3862・2540)または文協(11・3208・1755)まで。
2013年10月9日付
