在伯和歌山県人会連合会(木原好規会長)の創立五十五周年記念式典が、八日午前十時から聖市リベルダーデ区の宮城県人会館で開催され、会場に事前準備された四百席の椅子に座りきれない超満員の約六百人が詰めかけた。式典には、母県から仁坂吉伸県知事、冨安民浩県議会議長をはじめ、民間を含めた慶祝団二十七人が来伯して出席。今後のさらなる交流の絆の大切さを確認し合った。
「松原移民」28人も出席
和歌山県人のブラジル移住は一九一七年に始まり、戦前・戦後を通じて千四百十六家族五千八百十九人が渡伯。現在、県人ゆかりの人々は二万人を超すと言われている。県人会の創立は一九五四年。初代会長には、『竹中商会』を設立した故・竹中儀助氏が就任した。
記念式典では、日伯両国歌斉唱、先没者への黙祷、来賓紹介に続き、木原会長が挨拶。県人のブラジル移住と、県民の移住振興を目的に設立された県人会の歴史を振り返り、近年の世界的な社会情勢が著しく変化する中で、さらなる相互依存と地域住民による交流の必要性を説明。県側の短期研修制度の新設と、昨年、中南米交流協会が民間主導で立ち上げられたことに感謝を表すとともに、二〇一四年のW杯、一六年のリオ五輪に向けた人的交流など日伯の橋渡し役として活動していく考えを示した。
引き続き、来賓祝辞を行なった仁坂県知事は、式典前日に移民史料館を訪問した感想として、移民たちが苦労の中で子弟教育に力を注ぎ、現在の伯国での地位を獲得したことを賞賛。和歌山県が明治の産業革命時期と戦後の六〇年代に二度経済発展したことに触れ、「苦しい時に頑張るのが和歌山県民」と位置づけた上で、「サンパウロに来て多くの同胞の方々と会うことができ、それぞれの地位で頑張っておられることを県に帰ってから伝えたい」と述べた。
松本貞次和歌山県議会日伯友好議員連盟副会長、大部一秋在サンパウロ総領事、樫畑直尚和歌山県国際交流協会理事長らの祝辞、祝電披露に続き、百五十五人の高齢者(八十歳以上)と三人(下本八郎、福島義久、中口千鶴の各氏)の功労者の表彰がそれぞれ実施。代表として岡田弘氏(八二)と下本元聖州議員の二人に賞状と記念品が手渡された。
高齢者代表の岡田氏は謝辞の中で、「昨年の今頃は両足を切断し、病床に臥せっておりましたが、今日はこのような賞状をいただき最高の喜びです」と述べ、感謝の意を示した。
聖市議会から仁坂県知事をはじめとする和歌山県側への賞状伝達の後、和歌山県から県人会に対して金一封と記念品、県人会から県および訪問団へ相互に記念品が贈呈。引き続き、二〇〇七年度に技術研修生として建築関連の勉強をした南恵美さんが研修生OBを代表して謝辞を述べた後、中村裕一県議会議員の発声により会場全員で『万歳三唱』を唱和。記念式典を閉会した。
記念のケーキカット、乾杯で始まった祝賀会に続き、午後からのアトラクションでは、日本舞踊、カラオケや青少年中心の「気炎太鼓隊」による和太鼓が披露。また、慶祝団の一員として来伯している大正琴演奏者・畑美琴峰氏が見守る中、『琴聖会』メンバーによる大正琴演奏も行なわれ、会場が一体となったサンバショーで締めくくられた。
南麻州ドウラードスから県人関係者二十七人を引き連れて出席、『松原移民』として同地に移住した谷口史郎さん(六九)は、「式典には五年ごとに出席させてもらっていますが、今回も木原会長に『マットグロッソから県人を連れてきてほしい』と頼まれました。今後、マットグロッソの日系子弟と和歌山県との交流を期待したいですね」と述べ、笑顔を見せていた。
写真:記念式典で挨拶する木原会長
2009年11月10日付
