鳥取県人会(本橋幹久会長)は十五日正午から午後三時半まで、同県人会会館(聖市ミランドポリス区セザリア・ファグンデス街三二三番)でバイア料理「魚のモケカ」を提供する。 当日は、同県人会婦人部(高井ジャシー部長)が、魚のモケカに、ご飯、サラダ、ピラオンを添えて提供。調理される魚は海で獲れるピンタードで、セアザ卸売市場から新鮮なものを取り寄せる。味付けには個人の嗜好を考慮し、海老や薬味を除いたものも用意。価格は一食分二十レアル。 十日、本橋会長と婦人部の末永勇美子さんが案内のため来社。「美味しいのでぜひ食べに来て」と、多くの来場を呼びかけている。 食券の購入・問い合わせは同県人会事務局(電話11・2276・6032)まで。 写真:本橋会長、末永さん(右から) 2009年11月10日付
Dia: 11 de novembro de 2009
在伯和歌山県人会連合会(木原好規会長)の創立五十五周年記念式典が、八日午前十時から聖市リベルダーデ区の宮城県人会館で開催され、会場に事前準備された四百席の椅子に座りきれない超満員の約六百人が詰めかけた。式典には、母県から仁坂吉伸県知事、冨安民浩県議会議長をはじめ、民間を含めた慶祝団二十七人が来伯して出席。今後のさらなる交流の絆の大切さを確認し合った。 「松原移民」28人も出席 和歌山県人のブラジル移住は一九一七年に始まり、戦前・戦後を通じて千四百十六家族五千八百十九人が渡伯。現在、県人ゆかりの人々は二万人を超すと言われている。県人会の創立は一九五四年。初代会長には、『竹中商会』を設立した故・竹中儀助氏が就任した。 記念式典では、日伯両国歌斉唱、先没者への黙祷、来賓紹介に続き、木原会長が挨拶。県人のブラジル移住と、県民の移住振興を目的に設立された県人会の歴史を振り返り、近年の世界的な社会情勢が著しく変化する中で、さらなる相互依存と地域住民による交流の必要性を説明。県側の短期研修制度の新設と、昨年、中南米交流協会が民間主導で立ち上げられたことに感謝を表すとともに、二〇一四年のW杯、一六年のリオ五輪に向けた人的交流など日伯の橋渡し役として活動していく考えを示した。 引き続き、来賓祝辞を行なった仁坂県知事は、式典前日に移民史料館を訪問した感想として、移民たちが苦労の中で子弟教育に力を注ぎ、現在の伯国での地位を獲得したことを賞賛。和歌山県が明治の産業革命時期と戦後の六〇年代に二度経済発展したことに触れ、「苦しい時に頑張るのが和歌山県民」と位置づけた上で、「サンパウロに来て多くの同胞の方々と会うことができ、それぞれの地位で頑張っておられることを県に帰ってから伝えたい」と述べた。 松本貞次和歌山県議会日伯友好議員連盟副会長、大部一秋在サンパウロ総領事、樫畑直尚和歌山県国際交流協会理事長らの祝辞、祝電披露に続き、百五十五人の高齢者(八十歳以上)と三人(下本八郎、福島義久、中口千鶴の各氏)の功労者の表彰がそれぞれ実施。代表として岡田弘氏(八二)と下本元聖州議員の二人に賞状と記念品が手渡された。 高齢者代表の岡田氏は謝辞の中で、「昨年の今頃は両足を切断し、病床に臥せっておりましたが、今日はこのような賞状をいただき最高の喜びです」と述べ、感謝の意を示した。 聖市議会から仁坂県知事をはじめとする和歌山県側への賞状伝達の後、和歌山県から県人会に対して金一封と記念品、県人会から県および訪問団へ相互に記念品が贈呈。引き続き、二〇〇七年度に技術研修生として建築関連の勉強をした南恵美さんが研修生OBを代表して謝辞を述べた後、中村裕一県議会議員の発声により会場全員で『万歳三唱』を唱和。記念式典を閉会した。 記念のケーキカット、乾杯で始まった祝賀会に続き、午後からのアトラクションでは、日本舞踊、カラオケや青少年中心の「気炎太鼓隊」による和太鼓が披露。また、慶祝団の一員として来伯している大正琴演奏者・畑美琴峰氏が見守る中、『琴聖会』メンバーによる大正琴演奏も行なわれ、会場が一体となったサンバショーで締めくくられた。 南麻州ドウラードスから県人関係者二十七人を引き連れて出席、『松原移民』として同地に移住した谷口史郎さん(六九)は、「式典には五年ごとに出席させてもらっていますが、今回も木原会長に『マットグロッソから県人を連れてきてほしい』と頼まれました。今後、マットグロッソの日系子弟と和歌山県との交流を期待したいですね」と述べ、笑顔を見せていた。 写真:記念式典で挨拶する木原会長 2009年11月10日付
県連(与儀昭雄会長)の十月度代表者会議が、十月二十九日午後四時から聖市リベルダーデ区の福島県人会館で行なわれ、定款改正、第十三回日本祭りなどについて発表された。 会議に先立って、日本から来伯中の西脇祐平海外日系人協会調査役が挨拶。同協会は各都道府県からの分担金を財源としているが、経済不況や地方財政の悪化により厳しい状況にあると説明したうえで、各県人会に向けて賛助会員を募集した。 九月度会計を含めた各種報告の後、議題では先月に続いて定款改正についての議論が交わされた。県人会側から「新定款案には大きな変更点がなく、今すぐに定款を改める必要性がないのでは」などの意見が出されたが、定款改正委員会では提出された案を臨時総会で話し合い、今期中に定款改正を実行したい考えを示した。 第十三回日本祭りについては、坂本アウグスト実行委員長が今月から一週間に一回、各県人会の代表者を集めて会議を行ない、運営面で様々なアイデアを募集していく方針を発表。続いて第三回弁論大会、サントス港上陸記念碑移転祝賀式典、第五十回海外日系人大会についての各報告が行なわれた。 また各県人会の意見交換では、以前に話題になった各県人会館の居住者のマナー低下による諸問題への対応案が提案された。各県人会が居住者本人もしくは家族の出身県と、出身県の県人会に入会しているかどうかを調べるというもので、居住者の身元を明らかにすることで様々なトラブルを未然に防止していきたい考えだ。もしも県人会に入会していない場合は寮を安く利用できなくするなどの案が提案され、次回の代表者会議で再度話し合われることとなった。 2009年11月10日付
愛知、滋賀、大分の三県人会は十五日午前十時半から、愛知県人会会館(聖市リベルダーデ区サンタ・ルジア街七四番)で『第十一回屋台祭り』を行なう。 愛知は味噌串かつ、白もちの定番メニューと、この日のために特製の麺を準備中というやきラーメンを提供する。滋賀は手作りが人気を呼んでいるハンバーグカレー。大分は鳥メシ、牛たたきに、ブラジル初提供のとり天を販売。普通の唐揚げとは異なり、卵との相性の良さが旨味を引き立てる。 食事は、「多くの味を楽しんでもらいたい」との思いから、フェスティバル・ド・ジャポンよりも小ぶりに用意し、廉価で提供する。当日は、会場内のシネ愛知でDVD上映会をする他、午後二時半からは、ステージ上でカラオケも催される。 四日、案内に来社した会長らは、「家族連れ、団体での来場も大歓迎」と、多くの来場を呼びかけている。 写真:案内に来社した県人会会長ら 2009年11月10日付
ニッケイ新聞 2009年11月11日付け 愛知、大分、滋賀3県人会の共催による「第11回屋台まつり」が15日、午前10時半から愛知県人会館(Rua Santa Luzia, 74)で開かれる。愛知からは「やきラーメン」が初登場。手作り麺と野菜や肉などを炒め、醤油味のスープをかけたもの。それに味噌串カツ、白もちを出品。大分からは、日本祭でもお馴染み、鳥飯は豊後の味。他に牛たたきも。さらに名物「とり天」が初登場。下味をつけた鶏肉を天ぷら風に揚げたもの。からし酢醤油にレモンをかければ完成だ。滋賀からは手作りハンバーグカレーを用意する。日本祭で初出品。好評だったため、満を持しての登場。様々な味を楽しんでもらうため、いずれの食事も10レアル以下の低価格に設定されている。午後2時半からカラオケ大会も行われる。案内のため豊田瑠美愛知県人会長、山田康夫滋賀県人会長、大分県人会の伊東信比古さんが本紙を訪れ「お待たせしました。安くて、美味しくて、手作りの食事を食べに来て下さい」と呼びかけた。なお、当日は1974年度の元留学生・研修生30人が集まるという。愛知県へ県費留学生として滞日した、豊田会長の従姉妹が声をかけ実現した。豊田会長は「こういった場を利用して、元留学生が集まる機会を作っていきたい。他の年度の留学生もぜひ」と呼びかけた。問い合わせは愛知県人会(電話=11・3104・8392)まで。
ニッケイ新聞 2009年11月11日付け 「鳥取風味のムケッカいかが?」―。ブラジル鳥取県人会(本橋幹久会長)は15日正午から午後3時半まで、聖市内の会館(Rua Dona Cesaria Fagundes, 323 – Saude)でノルデステ名物の魚の煮込み料理「ムケッカ・デ・ペイシ」祭りを開催するにあたり、来場を呼びかけている。本橋会長、婦人部の末永勇美子さんが案内のために来社した。これまでにも、ラーメン、ヤキソバ、フェイジョアーダ祭りと様々な食祭りを催してきた同県人会だが、今回初めてムケッカを振舞う。数回試食を重ね、「びっくりするくらい美味しい。レストランの比じゃないですよ」と本橋会長。魚はピンタード・デ・マルを使う。「この日は他県人会イベントとも重なるけど、はしごしてでもどうぞ」。海老、コエントロー抜きのものも用意する。一食20レアル(ご飯、サラダ、ピロン、ポテト付、持ち帰りは2レアル増し)。問合わせは同会(11・2276・6032)。
ニッケイ新聞 2009年11月11日付け ブラジル日本都道府県人会連合会(県連、与儀昭雄会長)の10月度代表者会議が先月29日午後、福島県人会館で行われた。与儀会長の挨拶に続き、矢野敬崇・汎米ブラジル日系人協会長から海外日系人協会賛助会員の募集案内があった。前回の代表者会議で配布された定款改正最終案に関して、「新旧比較しても重要なものはない。今、改正をする必要はあるのか」と言う意見に対し、執行部からは、「与儀体制になってから一番の課題。練りに練ったもの。臨時総会を開き、役員会で評決したい」という返答があった。第12回フェスティバル・ド・ジャポンの収支報告について、現在13万レアルの黒字で、残り3つのスポンサーから20万レの支払いがあれば、最終的に33万レの黒字となる見通し。来年の「第13回フェスティバル・ド・ジャポン」について、坂本アウグスト実行委員長は、「各県人会、ブロック毎に1人担当者を出してもらい、週に一度会議を開き、いろいろなアイデアを集めたい」と述べた。ASEBEXとの共催で先月18日に行われた弁論大会は、「好評だった。来年は全伯から参加者を募り開催したい」と報告があった。さらに、同日開催された、サントス港の日本移民上陸記念碑・移転祝賀式典では、記念碑前で桜の植樹が行われ、鳥取県人会による「シャンシャン傘踊り」や沖縄県人会の「琉球國祭り太鼓」も披露されたことが報告された。園田昭憲副会長から、10月14~16日に開催された、第50回日系人大会について報告があった。与儀会長は「ブラジルが日本にとって大きな存在であることを実感した。県人会を利用して、日伯の細いパイプを太くしたい。日系人に対する目が、今までよりも少し熱くなってきた」と感想を述べた。表敬訪問したJICAや外務省、国際交流基金の中南米担当官との面談の様子も報告、経済や今後の日系人の雇用状況、文化交流などについて語られたという。県連や文協関係者と共に訪日した飯星ワルテル下議らは、日伯議員連盟4人らと面談、日伯間の社会保障や教育、職業教育などについて話し合ったようだ。その他、22日に長野県人会創立50周年記念式典の案内があった。また、千葉県人会の原島義弘会長から、同県人会の寮が満室になったことが報告された。続けて、原島会長は、「現在、各県人会館には計300人ほどの日系子弟が入居しているが、両親や祖父母が県人会に入会していない人が多い。県人会に入会してから入居すれば、問題が起きた時にも対応できる。これが県人会離れの一つの方法になれば」との提案もあった。
ニッケイ新聞 2009年11月11日付け 紀州人の誇り大事に――。1954年に創立された在伯和歌山県人会連合会(木原好規会長)による「創立55周年記念式典」が8日、宮城県人会館で開催され、約6百人が歴史を振り返るとともに、県人会の繁栄を祝った。母県からは仁坂吉伸知事を始め、冨安民浩県議会議長、松本貞次県議会日伯友好議員連盟副会長、樫畑直尚県国際交流協会理事長ら公式訪問団11人、民間訪問団16人が駆けつけた。大部一秋在聖日本国総領事夫妻、羽藤ジョージ聖市議、与儀昭雄ブラジル日本都道府県人会連合会会長らが出席した。 和歌山県人のブラジル移住は1916年に始まり、戦前・戦後を通じ、1600家族、6千人とされる。1953年7月、第一陣松原移民22家族112人が南マット・グロッソ州ドウラードスに入植。これを受け、県人移住の受け皿として54年4月に県人会が創立された。初代会長は故竹中儀助氏。木原現会長は6代目となる。現在の会員数は、約2百家族。99年の創立45周年を記念し、会館の改修が行われ、活動の場となっている。県費留学生・研修生として、約130人が父祖の地で学んでいる。(ブラジル県連No5)舞台であいさつに立った木原会長は、「母県の支援や会員らの協力で、55年をかけて県人会は発展してきた」と感謝を示し、「紀州人としての誇りを持ち互恵の精神を深め、和歌山県の伝統と文化を継承する人材の育成に努めます」と感動した面持ちで話した。仁坂知事は、式典前日に訪問した移民史料館に触れ、「各家族が苦労を乗り越え、業績をあげた歴史がある。同胞の活躍を県に伝えたい」と話し、「皆さんに恥ずかしくない故郷をつくろうと思います」と述べ、会場を沸かせた。冨安議長は「両国の友好関係は皆さんのおかげ。このルーツを大切にしたい」と強調。樫畑直尚和歌山県国際交流協会理事長は、「民間レベルでの交流を活発に」と呼びかけた。80歳以上の高齢者155人が表彰を受け、代表の岡田弘さんが仁坂知事から表彰状を受け取り、「今日は最高の日」と謝辞で溌剌とした声を響かせた。功労者表彰では下本八郎さん、福島義久さん、中口千鶴さん3人に感謝状が送られ、その功績が称えられた。記念祝賀会では、ケーキカットが行われた後、谷洋一県議会議員により乾杯の音頭が取られた。午後は、舞踊や和太鼓演奏やカラオケなどが披露され、琴聖会による大正琴演奏「故郷」では会場も一緒に歌った。最後にサンバショーが行われ、来場者全員が参加する盛り上がりをみせていた。 節目に響く、喜びの声=松原移民28人も サンパウロ州ボツカツ市から訪れた同県人会員の笠間悦子さん(72、日高郡日高町出身)は、「県人会は私が来伯した年にできた。日本から多くの人が訪れ、一緒に祝ってくれ嬉しい」と満面の笑顔。民間訪問団の団長を務める和歌山県中南米交流協会代表・迫間脩さんは、「これからは民間レベルでの交流が中心になるのでは」と期待を込める。民間の訪問団は今回初で、14人が初来伯だという。和歌山市から参加した阪本美枝子さん(62)は、60年代に移民した県人会員から当時の話を聞き、「想像もしていなかった話を聞けました」。有田郡湯浅町の山下智左枝さん(53)は「涙ながらに語ってもらいました。生の話から実際の苦労を実感しました」と感慨深げ。第1回松原移民として田辺市から53年に移住した梅田幸治さん(85、聖市在住)は、「現地に行ったら何でもあるから『幸福移民』と言われ、ルイス号に乗ったけど、着いたら何もなかった」と破顔一笑、「母県からも多くが来てくれ、松原時代の懐かしい顔にも会えました」と嬉しそうに会場を見渡していた。
