ニッケイ新聞 2016年7月27日 聖州ミランドポリス郡の第2アリアンサ移住地(鳥取村=矢尾板暉埜会長)で23日、『入植90周年記念式典』が行われた。母県から8人の慶祝団ほか、郷友会や県人会から80人を超える会員が聖市から集まり、延べ700人超となる来場者で盛大に敢行された。 一分間の黙祷を捧げた後、第2アリアンサ文化体育協会(ACENSA)の矢尾板暉埜会長は「理想郷建設のため原始林を開拓し、村を築いた先人に感謝でいっぱい」と挨拶した。同村で深刻な高齢化が進行する一方、「村を離れた子供たちは立派に成長し、村民との繋がりを強く感じている。後継者のためも村を守り続けてゆきたい」と力強く宣言した。 午前10時からの式典には中前隆博在聖総領事、鳥取県から藤縄喜和県議会副議長、野川聡県庁統轄監ほか、フランシスコ・アントニオ・パサレリ・モルネソ同郡長らが来賓として招かれ、祝福の言葉が相次いだ。 10年前にも当地を訪問した藤縄副議長は、「今後も地域・民間レベルでの交流を強化し、100年、200年と交流を続けていきたい」と積極姿勢を示した。本橋幹久鳥取県人会会長は、94年から行われてきた同村への日語教員派遣事業に対して謝意を表し、「母県からの派遣事業は移民がルーツを知る上でも重要」と評価し、事業の継続を要請した。 慶祝団からは同協会にお祝い金50万円が贈呈されたほか、机や椅子、白板、プロジェクタースクリーンが日語学校へ寄贈され、関係者から謝意が述べられた。 午後には、会館前に新設された移住史料館と鳥居の完成を祝い、テープカットが行われた。アリアンサ出身者らによる支援を受け、旧組合従業員住居を改築し、3年がかりで完成。史料館の佐藤勲館長(76、二世)は、「鳥取出身者は今では三世帯ほど。このままでは母県との繋がりが希薄化する」との危機感から史料館設置に至った。 初代理事として移住してきた大岩村(現岩美町)村長だった故・橋浦昌雄氏の息子・行雄さんも「村を維持してゆくだけでも精一杯なのが現状。同村の子弟が奮発して頑張らないと」と危機感を募らせた。 例年は400人程度というなか、今年は700人超で会館外の席も来場者で溢れかえった。野川統轄監は「ここまで結集力があるとは。日本人が忘れたものがここにはあるように感じた」と率直に語り、「後継者問題など課題は色々あるが、仲間意識・連帯の強さを示したことに価値がある。これが原点回帰となって移住地の精神を受け継ぐきっかけに」として、同村事業支援の甲斐を感じたという。 式典の後、会館では日語学校の生徒や県人会員らによる鳥取の「傘踊り」が披露された。800食分準備した同村婦人会による盛大な昼食会で来場者は懇親を深め、昔話に花を咲かせた。 □関連コラム□大耳小耳 第2アリアンサ90周年式典で、数年ぶりに〃故郷〃を訪れたという小橋節子さん(80、二世)は「木登りをし、満天の星空を眺めた記憶が蘇るよう。小学校時代の旧友とも再会できて、とても嬉しかった」と喜びを見せる一方、「小学校までは6キロもあって、毎日通うのは大変だった」という。他の郷友会婦人も「灼熱の大地を裸足で通学し、火ぶくれになったことも何度もあった」と振り返る。「子供心で楽しんでいたけど、両親は本当に大変な苦労をしていた。教育をきちんと受けさせてくれた両親のお陰で今がある」と感謝を滲ませ、先人の労苦に思いを馳せていた。
鳥取
日伯のさらなる交流誓い合い サンパウロ州ミランドポリスにある第2アリアンサ「鳥取村」の入植90周年記念式典とアリアンサ郷友会の51周年式典が、23日午前9時半から同地の自治会館で行われた。当日は各地から集まった各アリアンサ出身者や郷友会会員、同地の住民など出席者が会場いっぱいに集まり、記念の年を祝った。(佐久間吾朗記者) 式典には、母県鳥取県の藤縄喜和県議会副議長、野川聡統括監など8人の訪問団が来伯して出席したほか、在サンパウロ日本国総領事館の中前隆博総領事、鳥取県人会の本橋幹久会長、ミランドポリスのフランシスコ・アントニオ・バサレリ・モメソ郡長など日伯合わせて32人の来賓が出席した。 赤羽大作祭典委員長の開式の辞、先亡者への黙とうに続き、あいさつに立った第2アリアンサ日系文化体育協会のヤオイタ・テルノ会長が「鳥取村」のこれまでの歴史を説明。「多くの先輩方の犠牲をもって、村の発展の基礎を作りました」と先人らを称えた。また、同村の少子化傾向に触れつつ、「立派に成長した子供たちが、村とのつながりを強めている。次世代を担う基盤ができてきている」とし、若い世代との絆が強まっていると力強く語った。 続いてあいさつに立った藤縄副議長は「皆さんは故郷を遠く離れて困難に立ち向かい、『鳥取村』の発展に貢献した移民であり、その子孫です。皆さんの協力に感謝し、より一層の事業交流の思いを新たにした」と話し、加えてこれまでの県費留学や海外技術制度などの事業を挙げ、「次世代の交流を担う人材育成に励みたい。そして皆さんとの交流は100年、110年と続けていきたい」と今後のさらなる交流を誓った。 鳥取県人会の本橋会長は「『鳥取村』では多くの事業を行っているが、特筆すべきは母県より日本語教師が派遣されていることでしょう。移民の子孫が自らの出自の地の教師から学びルーツを知ること、それが大切なことなのです」と教師派遣事業の意義を話した。同式典では第12代日本語教師として、現在同村に派遣されている大場諒(おおば・あきら)さんが日本語司会を務め、大役を果たした。 同式典終盤には訪問団と同村で記念品の交換が行われ、高齢者表彰では20人に記念品が贈られた。 式典後は祝賀昼食会が開かれ、メイン会場外の席も埋める来場者約800人が訪れ、大いに賑わった。 昼食会後のアトラクションでは、同村日本語学校の生徒らが鳥取県の郷土芸能「しゃんしゃん傘踊り」を披露。途中、藤縄副議長も飛び入り参加し、毎年「鳥取しゃんしゃん祭」に参加しているその腕前を披露した。他にも同県人会の傘踊りグループやコーラスグループが登場し、会場を楽しませた。 同村で生まれ育った中尾秀隆さん(85、2世)は「同年代でこの村に住んでいるのは、今では自分だけになってしまった。今日(23日)帰ってきた人たちはみんな知ってる顔ばかり。『鳥取村』はここにしかない。移住してきた先人に感謝したいし、会館建設費の補助などたくさんの援助をしてくれた母県にも感謝したい」と話した。 サンパウロ新聞 2016年7月27日付
第2アリアンサ「鳥取村」の入植90周年式典アトラクションでは、鳥取県人会(本橋幹久会長)で練習を行っている「しゃんしゃん傘踊り」のグループがサンパウロから訪問し、踊りを披露した。その中の一人に同村創設時に現地受入理事として鳥取県から派遣され、第2アリアンサ産業組合会長も務めた故・橋浦昌雄氏の三女である野村(旧姓、橋浦)澄江さん(95、2世)の姿もあった。 橋浦氏は同県岩美郡内の村の村長を3期務めた実績を評価され、現地の理事職に抜擢。1927年にブラジルへ派遣された。入植時、野村さんは6歳で、その頃の同村内は住人が住む家と新規の移民用の収容所しかない寂しい場所だったことを覚えているという。入植後の橋浦氏は理事として、新規入植者をサントスまで迎えに行く慌しい日々を送っていたと野村さんは話す。 理事としてブラジルに着任したものの、橋浦氏の子供5人のうち4人は女の子で、長男の行雄さん(91、鳥取)は生まれたばかりだった。農業をやるにも人手がなく、本人も百姓の経験はない。野村さんは「父は来たくなかったといつも言っていた」とその姿を回想する。行雄さんも「父はブラジルに苦労しに来たようなもの」と語る。しかし、そんな苦労の甲斐があってか同村の発展に貢献したことが評価され、66年には鳥取県知事から橋浦氏へ功労賞が贈られた。行雄さんは「父も住民も最初は苦労ばかり。でも90年も村が存続していることはすごいこと」と誇らしげに語った。 式典に出席した野村さんは、懐かしい顔の小林礼子さん(86、2世)と再会した。小林さんを見ると「わー、礼子ちゃん」と声をあげ、再会を喜んだ。野村さんは小林さんの姉と親しくしていたこともあり、小林さんのことも覚えていたという。当時の橋浦家は学校の通学路沿いにあり、「野村さんの家で休憩して、よく水を飲ませてもらった」と小林さんは当時の思い出を語った。 そして午後からは野村さんにとって本番となるアトラクション。95歳とは思えぬしっかりとした足取りで傘踊りを披露した。野村さんは踊ることが大好きで、83年の創設当時からグループに参加。当日は母県鳥取から送られた傘と衣装で踊り、会場から大きな拍手が送られた。「もう歳だから人に見せるような踊りじゃない。一生懸命、間違わないように踊るだけ」と舞台後に話し、大きな声で笑った。 サンパウロ新聞 2016年7月27日付
ニッケイ新聞 2016年7月14日 平成28年度(2016年)外務大臣表彰の受賞者が13日に発表された。在伯大使館管内から1人、在ベレン領事事務所管内から2団体、在聖総領事館管内から3人と計6の個人・団体が選出された。昨年は外交120周年を記念し、全伯で102人が表彰を受けていた。今年の受賞者と功績は以下の通り(敬称略)。 【ブラジリア管内】 ▼三浦武(三浦道場師範) 今年、創設50周年を迎える三浦道場(Judo Miura)から、数々の優秀な柔道家を輩出。単に優秀な競技者を育てるのみではなく、日本の武道精神を伯人へ継承すべく、それらを重視した指導を行った。67年から30年間にわたり、ブラジリア連邦区教育局所属の常任柔道講師を担い、同地区の関連施設において広く柔道の指導を行うなど、日伯の相互理解に尽力している。 【ベレン管内】 ▼アマゾニア日本語学校 週末のみ日語授業を行う学校が多い同地において、幼児から成人までの幅広い層を対象に平日にも開校。授業外のクラブ活動として琴を指導するなど、言語教育のみにとどまらず、基本的な道徳や日本文化を取り入れた青少年の情緒育成を教育目標に、日本語・日本文化の普及と共に日系社会の発展、地位向上に貢献している。 ▼トメアスー日本語学校 1929年に創立された伝統ある同校は、アマゾン入植第一陣が入ったトメアスー移住地において、長年にわたり日語教育に尽力。「日本語をよく理解し日本文化を身につけ、日系ブラジル人として社会に貢献できる人材の育成」を教育目標とし、日語教育を通じた地域への日本理解を促進し、日系社会の地位向上に尽力している。 【サンパウロ管内】 ▼アルビラ・アペル(カンポ・グランデ・セントラル観光マーケット協会会長) 沖縄移民が多い南麻州カンポ・グランデで2006~10年、日系人が経営する沖縄ソバ28店の市場「フェイラ・デ・ソバ」の会長職を全う。集客力を高めるため週末ごとに様々なイベントを実施した。8月に開催するソバ祭りには、毎年10万人以上が来場。また沖縄ソバのモニュメント設置、サンバのリズムでソバを題材にしたテーマ曲のコンテストを行うなど、創意工夫をもって普及に貢献した。沖縄ソバは同市の無形文化遺産に認定されている。 ▼若林和男(美術家) 60年代に移住し、約50年間当地において芸術活動を展開。サンパウロ国際ビエンナーレを始め数多くの展覧会に参加した。ブラジル外務省賞など受賞歴多数。漆工芸の技法や、日本の古典から引用された図柄を活かした作品を多く発表しており、日本の伝統を伯人に分かりやすい形で伝達することに成功している。また後進の指導にも注力し、日伯文化交流のため献身的な活動を行うなど功績は大きい。 ▼本橋幹久(前県連会長) ブラジル日本都道府県人会連合会副会長・会長として、同連合会と日本の地方自治体との交流促進に尽力。ブラジル国内の日系社会の交流のみにとどまらず、ボリビアやアルゼンチン等の南米各国の日本人移住地・日系コミュニティを訪問し、日系団体ネットワークの構築に尽力した。また、同時にブラジル鳥取県人会長として「サンパウロ・鳥取友好の森」植樹プロジェクトを推進し、日伯友好親善と自然環境保護活動に貢献した。
平成28年外務大臣表彰で在ブラジル日本国大使館(1人)、在ベレン領事事務所(2団体)、在サンパウロ日本国総領事館(3人)で計4人2団体の受賞が決定した。 受賞者及び受賞団体は次の通り。 【ブラジル大使館管内】 ◆タケシ・ミウラ氏。ミウラ道場師範。ブラジリア連邦区ブラジリア市在住。1966年にミウラ道場を創設し、50周年を迎える道場で優秀な柔道家を輩出し、日本の武道精神を重視した指導を実践。67年から30年にわたりブラジリア連邦区教育局所属の常任柔道講師を行い、日伯両国の相互理解に尽力。 【ベレン管内】 ◆アマゾニア日本語学校。パラー州アナニンデウア市。週末のみの日本語クラスを行う学校が多い同地で、幼児から成人までの幅広い層を対象に平日も授業を実施。授業外のクラブ活動として琴を指導するなど、日本語教育のみにとどまらず基本的な道徳や日本文化を取り入れた青少年の情緒育成を教育目標に、日本語・日本文化の普及と日系社会の発展、地位向上に貢献。 ◆トメアスー日本語学校。パラー州トメアスー市。1929年に開始された日本人アマゾン移住第1陣の入植地であるトメアスー市で創立以来40年にわたって日本語と日本文化を指導。日系ブラジル人として社会に貢献できる人材育成を教育目標とし、日本語教育を通じた地域への日本理解を促進し、日系社会の地位向上に尽力。 【サンパウロ管内】 ◆アルビラ・アペル氏。 カンポ・グランデ・セントラル観光マーケット協会会長。南マット・グロッソ州カンポ・グランデ市在住。沖縄移民が伝統的に多い同市で、「フェイラ・デ・ソバ」の会長を2006年から10年にわたり務めている。集客力を高めるために週末ごとにイベントを実施。沖縄そばのモニュメントを設置し、ソバソングのコンテストを行うなど普及に貢献。沖縄そばは同市の無形文化遺産に認定されている。 ◆若林和男氏。美術家。サンパウロ市在住。1960年代にブラジルに移住。約50年間、伯国で絵画活動を行い、サンパウロ国際ビエンナーレを含む多数の展覧会に参加。ブラジル外務省賞をはじめとする賞を受賞。漆工芸の技法や日本の古典から引用された図柄を生かした作品などを発表し、日本の伝統をブラジル人に分かりやすい形で伝達。後進の指導にも尽力し、日伯文化交流のため献身的な活動を行っている。 ◆本橋幹久氏。前県連会長。サンパウロ市在住。県連副会長・会長として同連合会と日本の地方自治体との交流促進に貢献。伯国内日系社会の交流のみにとどまらず、ボリビアやアルゼンチン等の南米各国の日本人移住地・日系コミュニティを訪問し、日系団体ネットワークの構築に尽力。また、ブラジル鳥取県人会会長として「サンパウロ・鳥取友好の森」植樹プロジェクトを推進し、日伯友好親善と自然環境保護活動に貢献した。 サンパウロ新聞 2016年7月15日付
ニッケイ新聞 2016年7月12日 日本祭りでは今年も連日、長蛇の列をなした『郷土食広場』。今年参加した46の都道府県人会が、懐かしい郷土の味を販売した。同祭でしか食べられない日本食が堪能できるとあって、これを目当てに同祭を訪れる客も多い。昨年より来場者が増加したことで、今年は売れ行きが良いと感じた県人会も多かったようだ。日系社会面の記者3人が、それぞれ気になった食品を担当、上下に分けて紹介する。 モチモチの食感と、根菜や鶏肉の深い味わいで人気の大山おこわを販売していた鳥取。「土曜日は、その日の200食分が午後2時には売り切れてしまいました」と同会婦人らが話す。「今年は若い人が多く手伝ってくれて嬉しい。とても疲れましたが最後まで頑張ります」と明るい笑顔で応えた。 長野には毎年人気の野沢菜付け、シイタケごはん、花梅漬けなどが店頭に。野沢菜漬けは県人会の元会長、北沢重喜さん夫人の指導の下、先週の月曜日から作り始めた。毎年500食を用意していたが、寒波の影響により今年は150食にとどまったという。そのため土曜日の正午には、早々に売切れてしまった。 鹿児島の目玉商品はかるかん饅頭と薩摩揚げ。手間隙かかる郷土食を、2日がかりで準備した。2014年6月の会館売却後、移転先が決まっておらず昨年同様、調理は聖市東洋街の飲食店「レストラン・サムライ」で行なった。 厨房を貸し出した同店女将の上園モニカさんも、「今年は昨年より早く売り切れてしまいました。土曜日の午後3時には両方とも完売しました」と微笑む。 「無添加で体に優しく、手作りの自然な味わいが人気の秘訣です」と話し、「婦人部と青年部が協力し、賑やかに皆と一緒にできてとても楽しかった」と満足げな様子だった。 高知は鯛の蒸しや姿寿司、鰹のタタキなど、下準備に時間のかかる郷土食を提供した。日曜日には既に130食分が完売していたという鯛の蒸しは、一匹蒸し上げるのに一時間半はかかると言う代物。 「特に土曜日の行列はすごかった。今年はお客さんが多かった」と話すのは同会の婦人。「会員のほとんどが70~80代という中、近年、若い研修生が沢山手伝ってくれて活気が出てきました」と話し、「これからも皆と力を合わせて頑張りたい」と、今後に意気込みを見せた。来月には青年部主体で運営する土佐祭りも控えている。(つづく)
ニッケイ新聞 2016年7月4日 いよいよ一週間と目前に迫った『第19回日本祭り』――。同祭のなかで毎年最も人気を博しているのは、何と言っても47都道府県が自慢の料理を持ち寄る『郷土食広場』だ。福井県の「越前おそしそば」、昨年4000枚を売り上げて無敵の売り上げを誇った和歌山県の「お好み焼き」など、普段は食べられない料理が目白押しだ。行列必須のブースも多数。気になる料理を事前にここで確認しておきたい。 北海道協会からは、ノルウェー産の新鮮な「焼きニシン」と「焼きイカ」など北国を思わせる海の幸の数々。昨年新しく仲間入りし、大好評を博した「生チョコレート抹茶味」が再登場。舌の上で溶けるような食感と濃厚な深い味わいが人気の秘訣で、甘党にはこたえられない一品だ。そのほか、チョコレートを使ったフルーツフォンデュも(価格未定)。 青森県人会からは、津軽名産の「ふじりんご」づくめ。サンタカタリーナのサンジョアキン農園で、日系移民によって丹精込めて作られた甘味とと酸味のバランスが絶妙なりんごをふんだんに使った「りんごジュース」や「りんごアイス」が味わえる(価格未定)。 宮城県人会からは、チリから取り寄せたサーモンといくらをふんだんに使った「はらこ飯」(25レ)が大人気。茹でた後に特製味噌で味を染込ませた「牛タン」(10レ)も目玉と言い、海鮮ソース焼きそば(25レ)や餃子(10レ)も準備される。 愛知県人会からは、伯人からも愛されるこだわり味噌を使用した「味噌串カツ」。今年は「味噌煮込みうどん」に代わって、ほくほくの「海老の串焼き」が登場。デザートに、抹茶アイスやクリームパフェも(約10~15レ)。 広島県人会からは名物の「広島風お好み焼き」。現地の味覚に合わせた辛めのソースで、キャベツ、もやし、玉葱、青葉など野菜がたっぷり。広島焼きは、小麦粉を溶いたなかに具材を入れて焼き上げるのではなく、野菜を別々に炒めて薄皮で挟むので、胃もたれもせずヘルシー(約25レ~)。 香川県人会からは、特産の「讃岐うどん」が出品される。昨年は、2300杯が売れるほどの大盛況。こしのあるぷりぷりの本場の冷凍うどんを日本から取り寄せて、「てんぷら」と「きつね」の2種を販売する(価格未定)。 鳥取県人会からは、毎年好評の「大山おこわ」(18レ)。椎茸や牛蒡、人参などの根菜から出る豊かな香りと鶏肉のまろやかな味わい。日本産もち米を使用したモチモチ感が人気の秘訣。ボリュームたっぷりの「牛丼」(25レ)も販売される。 詳細の問い合わせ、申し込みは県連(11・3277・6108/11・3277・8569)まで。
ニッケイ新聞 2016年7月2日 ブラジル日本文化福祉協会(呉屋春美会長)主催の『第51回コロニア芸能祭』が25、26の両日、文協大講堂で開催された。2日間で計134の演目に約680人が出演。伝統の日本舞踊や太鼓、カラオケなどで二日合計約3500人を魅了した。 両日とも琴が幕開けを飾った。特に二日目は琴、尺八と声楽で「長城の賦」を披露し豪華な幕開けとなった。舞踊では藤間流やACAL(リベルダーデ文化福祉協会)、玉城流による琉球舞踊が披露された。 ベテラン以外にも若者が元気に踊るヨサコイや、若手民謡家による「グルッポ民」の津軽じょんがら節、舞踊グループ「優美」による美技が観客を魅了。初日のフィナーレを務めた琉球国祭太鼓や、レキオス芸能同好会によるエイサー太鼓も会場を盛り上げた。 川添敏江さん率いるブラジル健康体操の演目では、来場客と共に健康体操を踊り、座り続けていた参加型演目として好評だった。会場は笑顔に包まれ、非日系の観客も「キ・グラッサ!」と体操を楽しんだ様子だった。 毎年芸能祭に来ているという二世の70代女性二人は、「色んな芸能が見られるので毎年来ている。土曜には演目のため舞台に上がったが、とても緊張。でもやっぱり楽しい」と笑った。 県人会からも北海道はまなす会舞踊部、鳥取しゃんしゃん傘踊りなどがコロニア最大の晴れ舞台に立った。特に長崎は同祭フィナーレに、母県から寄贈された龍踊りを披露。皿踊りとともに郷土芸能で締め括った。 9分間もの迫力の演技を終え、踊り手である龍衆が舞台に並ぶと、会場は割れんばかりの拍手であふれ、大団円らしい盛り上がりとなった。 楠本留巳芸能祭実行委員長は、「イタペセリカ文協牧山栄治会長、イタペセリカ太鼓リーダーの今村浩三さんを先頭に、龍衆をしてくれた皆さん、長崎県人会婦人部、その他皆さんの尽力に深く感謝」と成功を喜んだ。 □関連コラム□大耳小耳 多くの観客で盛り上がった芸能祭。観客、演者ともに日系人がほとんどで、日本文化が大事にされているかを感じられた。だが、ふと床を見るとゴミが色んな所に散らばっている。祭りや発表会などの告知で来社する方々から「日本文化の継承」という言葉をほぼ全員から聞くが、日本文化の継承は、芸能だけではなく生活面でも大事では。14年度のワールドカップで称賛された日本の掃除文化を日系人の間でも見たいところ。
サンパウロ州ミランドポリス市にある第2アリアンサ「鳥取村」の入植90周年記念式典が、7月23日午前9時半から同地の自治会館(Rua Shigueichi Fujissawa, 691)で開催される。当日は母県から県庁、県議会、教育委員会関係者など約10人の慶祝団が来伯して出席する予定で、開拓先亡者慰霊法要をはじめ、記念式典、敬老会、祝賀昼食会、日本語学校生徒及び県人関係者のアトラクションなどが行われる。(松本浩治記者) 第2アリアンサ「鳥取村」は、1924年の第1アリアンサ創立を受け、海外移住地の開拓を希望した当時の鳥取県知事だった白上祐吉氏が鳥取海外協会を組織。26年8月7日、信濃海外協会と共同で第1アリアンサの隣接地に土地を購入し、同村を創立した。現在、同村の日系家族は約30家族で、うち鳥取県出身者及び子弟は3家族のみだが、在住者たちは「鳥取村人」の意識を持ち、村を支えている。 「第二アリアンサ四十五年史」によると、翌27年に鳥取村に足を踏み入れた第1回入植者は、信濃(長野)扱い11家族92人、鳥取扱い5家族26人、熊本扱い12家族57人となっており、総数28家族175人がいたという。 27年5月24日、サントス港に入港した同村入植者175人は、当時の信濃協会理事だった輪湖俊午郎氏が鉄道側と交渉して特別列車を仕立てたため、サンパウロ移民収容所に入ることなく、直接現地入りすることになった。しかし、そのことが皮肉にも5人の死者、重軽傷20数人を出す大事故につながった。 トラベッサ1区に入植した故・中尾喜代治さんは、大事故の様子を「第二アリアンサ四十五年史」の中で次のように記している。 「同(ソロカバ)駅を離れる事三キロの地点にさしかかった際、俄然前方より驀進(ばくしん)して来たサンパウロ急行列車とあわやと云う間もなく正面衝突、現場は一瞬にして修羅の巷と化した」―。 一方、26年に12歳で渡伯してその後に同村に入植し、2001年8月に開催された鳥取村入植75周年記念式典で祭典委員長を務めた故・前田撲(すなお)さんは、「その頃は鳥取県出身者と長野県出身者の対立もあり、長野県人の前を通るとよく、いじめられました」と当時を振り返っており、その頃は各人の県人意識が強かったことがうかがえる。 当時の戦前移住者の率直な気持ちと同様、前田さんも「10年間ブラジルで働いたら、すぐに日本に帰る」という心構えでいたが、戦後の「勝ち負け抗争」が帰国を阻んだ一つの理由だったようだ。 ◎ ◎ 鳥取村には、1994年から鳥取県が日本語教師を派遣しており、去る5月24日には第12代日本語教師として大場諒(おおば・あきら)さん(29、鳥取県米子市)が来伯し、2年間の予定で現地に赴任している。 第2アリアンサ日本語学校保護者会会長の河北ナンシー美智子さんによると、日本語学校の生徒は4歳から17歳まで18人が在籍し、クラスごとに週2~3回の授業を受けているという。 鳥取村関係者は「1926年に鳥取県から移住者が入植してより、我が第2アリアンサ村は今年の7月で90周年を迎えることととなりました。平素よりお世話になっております近隣の方々とともに祝うことができたらと、村民一同願っております」と当日の出席を呼びかけている。 詳細についての問い合わせは同村会(電話18・3708・1335)まで。 サンパウロ新聞
第19回日本祭りで販売される郷土食メニューをご覧ください! 01. 希望の家 – ソーニョ 02. 大阪なにわ会 – 関西風やきそば、なにわうどん、巻き寿司、ミックス寿司、弁当 03. 静岡県人会 – すき焼き丼、おしるこ、餃子 04. 岩手県人会 – 三陸ワカメうどん、岩手そば、餃子、コロッケ弁当 05. 子供の園 – やきそば、天ぷら、天ぷらスペシャル、手巻き、豚汁...
ニッケイ新聞 2016年6月4日 鳥取県の中学校英語教師、大場諒さん(29、鳥取)が24日に来伯、聖州ミランドポリスの第二アリアンサ移住地の第12代日語教師に就任した。 1994年から隔年で教師を招聘し、日語指導や現地村民との交流を通じ、日伯両国の文化交流促進を図るもの。大場さんは同地の日語学校で17人の生徒の指導にあたる。任期は18年3月まで。 教師歴7年の大場さんは、「これが初の海外赴任。去年の2月にこの事業を知った。鳥取県ゆかりの村に、日本語と文化を教える手伝いをしたいと思って応募した」という。今後については、「まずは生徒たちと仲良くなること。そして第二アリアンサの大人の方たちと文化交流ができれば。精一杯がんばる」と意気込みを語った。 同地の日語校保護者会で会長を務める河北美智子さんは、「7月には鳥取村の入植90周年が行なわれる。当日は、大場先生と生徒たちにも出し物をしてもらう」と楽しみにしている様子だった。 同県人会の本橋幹久会長も同席し、「教師1人に350万円の経費がかかる。第二アリアンサのために、鳥取県がそれだけの支援をしてくれることが有難い。とても足を向けて寝られない」と謝意を述べた。
サンパウロ州ミランドポリス市内にある第2アリアンサ鳥取村に第12代日本語教師として2年間派遣される大場諒(おおば・あきら)さん(29、鳥取県米子市)が5月24日から来伯し、翌25日に本橋幹久鳥取県人会長らの案内で来社した。 大場さんは出身の米子市や境港市などの中学校教諭として英語や社会を教えるなど7年間活動し、今年2月に第2アリアンサへの教師派遣制度があることを知り、応募した。 一緒に来社した第2アリアンサ日本語学校保護者会会長の河北ナンシー美智子さんによると、同村の日系家族は約30家族で、うち鳥取県出身者及び子弟は3家族のみ。また、日本語学校の生徒は4歳から17歳まで18人が在籍し、クラスごとに週2~3回の授業を受けている。 本橋会長によると、鳥取県が実施している同制度は年間350万円の費用がかかり、2円間の派遣で計700万円もの大金が必要になるという。「第1アリアンサに派遣している長野県も第3アリアンサの富山県もJICAから日本語教師を派遣するようになりましたが、鳥取県は県内の小中学校の教師を海外で経験させることを目的にブラジルへの教師派遣を重要視してくれており、今後も継続してくれるのは本当にありがたいことです」と本橋会長は母県への感謝の意を表す。 また、今年7月23日には第2アリアンサ入植90周年記念式典が同地で開催されることもあり、母県から県庁、県議会、教育委員会関係者など約10人の慶祝団が来伯して出席する予定だ。 大場さんは「ブラジルは日本から一番遠い国で(教師派遣は)なかなかできない貴重な経験になると思う。日本語学校の子供たちや村の人たちとの文化交流を、2年後に帰った時に鳥取の子供たちに伝えたい」と述べ、意欲を見せていた。 大場さんは5月25日夜に第2アリアンサに向けて出発した。 サンパウロ新聞 2016年6月2日付
ニッケイ新聞 2016年6月1日 ミランドポリスの第2アリアンサ移住地(鳥取村=矢尾板暉埜会長、てるの)が今年、創設90周年を迎える。5年ごとに記念式典を実施しているアリアンサ移住地。創設時から関わりを続ける鳥取県からも慶祝団が来伯し、7月23日午前9時から記念式典が開かれる予定。 式典当日、聖市からはアリアンサ郷友会、鳥取県人会などの慶祝訪問団が訪れる。開拓先没者慰霊法要、記念式典、敬老会、祝賀昼食会、日本語学校と県人会による出し物が披露される。 会場となる会館前には、元会長の佐藤勲さんが古い家屋を史料館に改造し、開拓当時の写真を展示する予定。入り口には鳥居も建設中で「式典当日にテープカットをしてもらいたい」と話す。 佐藤さんは、村の人口減少と高齢化に言及し、「今回の式典が最後という話も聞くが、これで終わりにすることなく、今後も続けていきたい」と語った。なお現在、記念事業として会館の改修工事が進行中、壁の塗り替えや天井の修繕が行なわれている。 前回80周年式典には500人以上が参加。今回も母県より県庁、議会から約10人の慶祝団が同地を訪れる予定。県人会と郷友会の慶祝団は、バス2台、80人程度になり、全参加者は約600人となる見通しだ。 矢尾板会長は「生まれてから74年間、今までずっとここに住んでいる。90周年を迎えられるのは本当に嬉しいこと」と喜びを語った。 第2アリアンサは1926年8月7日、鳥取および信濃両海外協会が5250アルケールの土地を購入して創設。鳥取県から大岩村(現岩美町)村長だった故・橋浦昌雄氏が初代理事として移住した。縁の深い鳥取県では、会館建設の支援だけでなく、94年からは日本語教師の派遣を行なうなど、密接な関係を維持している。 最盛期だった1934年には約900人(170家族)が暮らした第2アリアンサだが、現在の日系家族は約30。うち鳥取出身者は3家族のみとなっている。 アリアンサは三つに分かれており、一昨年は第1アリアンサ(長野村)が90周年式典を行なった。第3アリアンサ(富山村)は来年、同式典を行う予定。 □関連コラム□大耳小耳 第2アリアンサ移住地へは1927年5月に第1回の入植者が到着。彼らを乗せて聖市から移住地へ向かう列車が、ソロカバ駅近くで上り列車と正面衝突する大事故が起こる。以降も物資の不足、コーヒーが大霜に見舞われて全滅、伝染病など、開拓期の困難を乗り越えていった。そんな伝統あるアリアンサ移住地の歴史を体感したい方は、聖市からの慶祝バスに同乗してみれば?
サンパウロ州ミランドポリス市にある第2アリアンサ「鳥取村」の入植90周年記念式典が7月23日、同地の自治会館(Rua Shigueichi Fujissawa, 691)で開催される。 当日は母県から県庁、県議会、教育委員会関係者など約10人の慶祝団が来伯して出席する予定。午前9時半からの開拓先亡者慰霊法要をはじめ、記念式典、敬老会、祝賀昼食会、日本語学校生徒及び県人関係者のアトラクションなどが行われる。 同村関係者は「1926年に鳥取県から移住者が入植してより、我が第2アリアンサ村は今年の7月で90周年を迎えることとなりました。平素よりお世話になっております近隣の方々とともに祝うことができたらと、村民一同願っております」と当日の出席を呼びかけている。 詳細についての問い合わせは同村会(電話18・3708・1335)まで。 サンパウロ新聞 2016年6月2日付
ニッケイ新聞 2016年3月10日 母県と県人会の新たな関係性を築く―鳥取県人会(本橋幹久会長)が2月14日に行った定期総会で、新事業「母県若人招聘事業」の説明を行った。昨年11月に「県費留学・研修50周年記念式典」を開催して、計99人の受け入れに対し県関係者に感謝の気持ちを伝えていた。今回は逆、母県の若者を伯国に招待する新たな試みが実現されそうだ。 新事業は、鳥取県庁を通して県内の若者に募集をかけ、2週間の滞伯中に活躍する留学OBの姿を見てもらおうというもの。費用は県人会予算と留学OBによる基金で負担。今年7月から8月中に実施する予定だ。 本橋会長は「留学の経験がその後の人生に活きていることを見てもらい、帰国後に県内で広報活動をやってもらいたい」と取り組みの意義を話す。県人会から県に働きかけるという、かつてない取り組みだ。 発足の背景には03年から継続する「中堅リーダー交流事業」の成功があった。県人会と母県の間で、毎年交替で2人ずつ短期間の研修員交換してきた同制度、「日本から来る人はみな皆充実の表情で帰国する。もっと若い人を対象にしても良いと思った」という。 旅程は聖市内での県人会との交流、マリリアやイグアスなどが予定されており、各地域で留学OBが案内人を務める。日程によっては第二アリアンサ(鳥取村)の入植90周年式典参加も予定。同日本語学校には94年から現在まで県の現役教員が県費で当地に派遣されており、県との交流が強いところだ。 狙いの一つとして、「若いOB達が主体となって考える機会を作ることも重要。いつまでも他人ごとでは県人会の活動には参加してもらえない」とした。「毎年は出来なくても、数年に一回のペースで継続させていきたい」。なお、今年も4月から県費留学生、技術研修員1人ずつの派遣が決定しており、総会内で発表された。 その他にも3月末から行われる、アルモニア文協主催の「ブラジル・日本U―15サッカー交流大会」に鳥取県より42人の選手が出場することが報告された。昨年、中堅リーダー事業により来伯した県内小学校教諭で、サッカー指導者の拝藤均さんが主導しており、交流事業が成果となって表れている。
ニッケイ新聞 2016年1月8日 鳥取県人会(本橋幹久会長)コーラス部の27人が『センター設立20周年事業』として、11月21日に母県を訪問、鳥取市内の施設で地元コーラスグループ「コールおもかげ」と交流コンサートを行なった。 同部からは練習を重ねた6曲を披露、また当地から日本に楽譜を送ったポ語曲「Sambalele」や「花は咲く」を合同演奏し、最後は集まった150人の観客も一緒になって童謡「故郷」を歌い、感動の幕切れとなった。 会場には平井伸治県知事はじめ、10月8日に聖市で行われた式典のため訪伯した県議らも出席。これまで築いた絆を一層確かなものとした。 同部の小森田節子さんは「歌い終わった時、見渡すと自分も含め、メンバーも会場も皆涙をこぼしてたんです」と振り返る。7年間指導を続ける指揮者の大刀ミリアンさんも「皆で気持ちを一つにして、歌の方もレベルアップした」と喜びを語った。 同交流コンサートはコーラス隊で県人会副会長の千田初美さんが、県費留学生中に築いた関係や13年に同県・県人会が実施する『中堅リーダー交流事業』で来伯し、当日も歌声を披露したソプラノ歌手の山尾純子さんの協力があって実現した。 他にも訪日した中島リジアさん、伊勢島誠一さんが来社し、緊張した当日の心境と歌声を披露した喜びを語った。 □関連コラム□大耳小耳 今回の鳥取県人会の交流コンサートは「全員実費で訪日した」というから驚きだ。創立メンバーで数少ない男性メンバーの非日系ジュリオ・バロスさんは、時間や費用の面もあり、半ば訪日を諦めていたが、「どうしても行きたかった」と観光等を除いた〃弾丸旅程〃を決行。成田空港に着いたその足で鳥取に飛び、コンサート後もすぐ帰伯したとか。「舞台では緊張したけど、心の交流ができた」と満足気な様子。ロマンス・グレーの熟年白人の渋さゆえ、平均年齢73歳の地元「コールおもかげ」の皆さんからモテモテだったこともよい思い出だったか。
鳥取市で日伯交流合唱コンサート 「涙ながらの感動の舞台でした」――。ブラジル鳥取県人会(本橋幹久会長)のコーラス部は11月21日、訪日先の鳥取市で地元のコーラスグループ「コールおもかげ」との「歌声は海を越えて」と題した合唱交流コンサートに出演した。メンバーたちはフィナーレで「故郷」を日伯合同で歌い上げ、会場一体となった舞台を冒頭の言葉で表現した。帰伯後の15日、本橋会長とともにメンバーたちが報告のために来社した。今回訪日したメンバーは鳥取県人会コーラス部から13人、その他のコーラスグループ、ピアノ伴奏者などを含めて計25人。一行は11月13日から、同月29日まで訪日し、その間、鳥取県をはじめ、大阪、兵庫、京都、奈良、岡山、広島、神奈川、東京なども観光したという。 日伯合唱交流コンサートのきっかけは、2013年3月に中堅リーダー研修で来伯した「わらべ館(鳥取市)」童謡・唱歌推進員の山尾純子さんと、県人会副会長でコーラス部メンバーの千田伊藤初美さん(61、3世)が連絡を取り合ったこと。コーラス部メンバーがそれぞれ自費で訪日し、初の合同公演が実現した。 コンサート前日の11月20日夜には同市内ホテルで歓迎レセプションも行われ、11月8日にサンパウロ市の鳥取交流センターで開催された鳥取県費留学・技術研修制度50周年及び鳥取交流センター設立20周年記念式典に来伯出席した林昭男副知事や県議会議員らも出席したという。 21日午前10時半に「わらべ館いべんとほーる」で開演されたコンサートでは、オープニングの合同演奏を皮切りに、ブラジル側が「四季・メドレー」「Aquarela do Brasil」など6曲を披露。ブラジル紹介・合同合奏、休憩を挟んで日本側が「風がはこぶもの」「荒城の月」など6曲を合唱した後、合同演奏「花は咲く」に続いてフィナーレでは日伯合同で「故郷」を会場と一緒に歌い上げた。 伯側指揮者の大刀ミリアンさん(65、3世)は「コーラスで日本に行ったのは初めてでしたが、とても勉強になった。日本の曲とブラジルの曲を同じ場所で歌えて本当に良かった」と話す。 コンサートを実現させた千田さんは「初めての鳥取でのコンサートでどうなるか心配でしたが、最後に『故郷』を歌い終わった後は皆、涙を流しながら抱き合って感動の舞台でした」と振り返る。 伯側コーラス部メンバーで旅行ガイドとして旅程を企画した小森田節子さん(59)は「誰も体調を崩すことなく、皆が楽しんで無事(ブラジルに)帰って来れた」と笑顔を見せた。 ピアノ伴奏を行った中島リジアさん(54、2世)は偶然日本で親戚に出会ったと言い、コンサートでは「緊張しましたが、日本の人のピアノの弾き方など勉強になりました」と語った。 今回、2人だけの男性メンバーの一人である伊勢島誠一さん(69、2世)はコーラスを始めて35年になるというベテラン。鳥取県人会コーラス部では7年前から練習している。今回の訪日コンサートについて「素晴らしい体験ができ、鳥取の関係者の方々に感謝したい」と感動の面持ちだった。 2008年から鳥取県人会コーラス部に所属している非日系のジュリオ・バロスさん(72)は「初めて日本に行くことができ、天にも昇る思い」と喜びを表していた。 本橋会長は「20年前に鳥取交流センターが完成したことで県人会活動も活気が増してきた。今回、コーラス部が自費で訪日して合同コンサートを行うなど今までにない交流ができ、県人会としても大きな喜び」とコーラス部の活動を称賛していた。 サンパウロ新聞 2015年12月24日付
留学・研修生OBが母県から若者招聘 【既報関連】8日に鳥取県費留学・技術研修制度50周年、鳥取交流センター設立20周年記念式典を開催した鳥取県人会(本橋幹久会長)では、活発な動きが目立っている。コーラス部が自費で訪日し、今月21日に鳥取市で地元のコーラスグループとの合同公演が行われるほか、留学生・技術研修生OBが経費を出し合い、来年3月をめどに鳥取県に住む若者をブラジルに招聘する考えだ。8日の式典で、これらの事業が明言された。これまで、母県からの資金援助等で各種事業が行われることが多かった中、県人会が自助努力で資金を出す母県との交流事業として注目される。 ◆コーラス部合同公演 鳥取県人会のコーラス部は鳥取交流センターで行われている約20ある教室の一つで、大刀(おおたち)ミリアンさんを指揮者に34人のメンバーが活動している。 同メンバーで県人会副会長の千田伊藤初美さんによると、指揮者の大刀さんは1976年にそれぞれ鳥取と福島への留学生として訪日した時の同期で、2008年から同コーラス部で指揮を行っているという。 今回、コーラス部が鳥取市の「わらべ館」で地元のコーラスグループ「コールおもかげ」と一緒に合同公演を行うきっかけとなったのが、約2年半前の13年3月に中堅リーダー研修で来伯した同館童謡・唱歌推進員で声楽家の山尾純子さんの存在だ。山尾さんは千田副会長の知り合いで、中堅リーダー研修で来伯した当時、東日本大震災復興支援ソングの「花は咲く」の楽譜とCDを持参し、鳥取県人会コーラス部に教授した。 二人が鳥取とブラジルで連絡を取り合い、コーラス部メンバーがそれぞれ自費で訪日する初の合同公演が実現した。メンバーの一人で、旅行ガイドをしているという小森田節子さんによると、21日の合同公演ではブラジル側が「サンバレレ」など約10曲を披露し、「コールおもかげ」と一緒に「花は咲く」「ふるさと」などを合唱するという。 ◆鳥取県若者招聘事業 鳥取県若者招聘事業は、現在いる留学生・技術研修生OB99人がそれぞれに資金を出し合い、来年3月ごろをめどに鳥取県に住む20代前後の日本人の若者を数人、約2週間の日程でブラジルに招聘するもの。その目的は、(1)留学生・技術研修生OBたちが現在、どのような活動をしているかを知ってもらうこと(2)鳥取県の若者にブラジルの鳥取県人会の活動を知ってもらうこと(3)ブラジルを見てもらうこと、の主に3点。 同事業の募集は鳥取県内の新聞社、テレビ局などのメディアの協力を通じて行われ、ブラジル滞在期間中はサンパウロ市を中心に北パラナ、聖州第2アリアンサ(鳥取村)を回って鳥取県人及びその子弟と交流を深めるほか、リオなどの観光地も視察する予定だ。 本橋会長は「これまで周年行事の記念式典は華やかに行ってきたが、今後はブラジルと鳥取を結び、後世に残る事業を行うことが大切」と県人会主導型の事業の必要性を強調していた。 サンパウロ新聞 2015年11月14日付
鳥取県費留学・技術研修制度50周年、鳥取交流センター設立20周年記念式典に出席するため来伯していた鳥取県からの27人の慶祝団一行は9日、サンパウロ市北部のオルト・フロレスタル森林公園を訪れ、記念植樹を行った。 同地には2012年の鳥取県人会60周年を記念して327本の記念植樹が行われたが、その後と今回の植樹によりパウ・ブラジル、ジュキチーバなどの在来種88種類で計386本が植えられたことになるという。 植樹には林昭男副知事、斉木正一県議会議長をはじめとする県庁、県議団と民間で構成される慶祝団一行と本橋幹久会長ら鳥取県人会役員も同行。県人会副会長で元聖州森林院総裁の山添源二氏の説明と指導により、創立60周年記念の植樹場所から約300メートル離れた所で新しく27人が植樹を行った。 植樹には、フェルナンド・デシオ聖州森林院副総裁も立ち会い、「鳥取と森林公園を結ぶ集まりができたことは嬉しい。この友好関係を末永く続けたい」とあいさつした。 山添氏は「植樹した苗は多様性があり、数年で花が咲くものもあれば、あまり成長しないものもある。これから5年から10年と長い目で成長を見ていきたい」と説明していた。 2015年11月14日付
8日に開催された鳥取県費留学・技術研修制度50周年、鳥取交流センター設立20周年記念式典で、鳥取県内の八頭(やず)高校時代の同級生だった西原昌彦鳥取ブラジル交流団体連絡協議会会長と西尾雅夫(のりお)コチア青年連絡協議会副会長が懐かしの再会を果たし、当時の思い出話に花を咲かせていた。 西原さんは高校時代、生徒会長を務め、西尾さんとは3年生の時に同級だったという。 また、西尾さんの娘と孫も鳥取県での留学及び研修制度で母県で世話になっており、8日の式典には親子孫3代そろって出席していた。 西尾さんは「今でも鳥取に帰ると同級生たちと会いますが、西原さんに会えて特別に懐かしいです」と笑顔を見せていた。 2015年11月14日付
